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まいてつの記事 (769)

whisp 2022/03/26 23:24

20220326 れいな誕記念書き下ろしSS 『お誕生日と小さなウソと』 進行豹

2022/03/26 れいな誕生祭記念書き下ろしショートストーリー

『お誕生日と小さなウソと』 進行豹



////////////


「……わくわくしすぎて、眠れなかったのかなぁ」

前から一緒に準備していた、れいなのバースデー。
れいなは軽油しか飲めないけれど、パーティーを華やかにしたいからって、ふたりで一緒にケーキを焼いて、じゃがいものガレットをこしらえて。

「……くぅ、くぅ……くぅ、くぅ……」

寝息、深い。規則正しい。

──ブイヤベースにも火をいれて。
バゲットと一緒にテーブルの上に綺麗にならべて。

あとはもう、声をあわせて「いただきまぁす」って言えたなら、バースデーパーティーが始まったのに……

「まぁでも、食べ始めてから寝落ちちゃうよりは、ね」

だって、全部が手つかずだから。
れいなが起きれば、そこから楽しいパーティーを、なにひとつ欠かすことなく始められちゃう。

始められちゃう……はずなんだけど……

(チ、チ、チ、チ)

少しレトロなデザインの時計の針は止まらない。

23時51分。
あと9分しか、れいなのバースデーは残っていない。


「……くぅ、くぅ……くぅ、くぅ……」


──起こすべきか。寝かせておいてあげるべきか。
こういう決断、わたしはなかなか下せない。

どっちの選択にだってきっと、れいなは感謝してくれるけど……
どっちの選択にだって絶対に、小さな後悔もつきまとってくる。

「笑顔だけで、しあわせだけで、お祝いしたい一日だから」

だから、決断しなくちゃいけない。

わたしは、れいなを──





「ふぁ……あ……ふにゃあ……」


れいなが目覚める。
真正面にわたしを見つけて、寝ぼけ顔を安心したようにとろけさせ。

「ふあっ!!!?」

それから瞳がまん丸になる。

テーブルに並ぶ料理をみつめ、もう一度わたしに視線を戻して──
それからゆっくり、おそるおそるに時計を見つめて……

「よかったぁ、れいなのお誕生日に間に合いましたねぇ」

「うん、れいな」

ニ回だけ、時計の針を一時間ずつ戻したけれど。
明日の乗務は、わたし、ちょっぴり寝不足だけど。

この決断に、後悔はない。

「お誕生日、おめでとう!!!」

「わぁい、ポーレット、ありがとうございまぁす!」

だって、れいなの笑顔が咲いているから。
小さな両手でうれしげに、スキットルからグラスに軽油を注いでるから。

「「かんぱぁい!!」」


;おしまい

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whisp 2022/03/08 06:49

20220308ハチロクお誕生日記念書き下ろしSS 『くすり指の上の海』 進行豹

2022/03/08 ハチロクお誕生日記念描き下ろしショートストーリー


『くすり指の上の海』 進行豹


///

 
「ハチロク、お誕生日おめでとう」

「! ありがとうございます、双鉄さま」

はっと小さく息を呑み。
少し緊張した顔を、ゆるゆる笑顔に溶かしていく。

「万が一にもありえないこととはわかっておりましたが――ずうっと言ってくださらないのですもの」

ぷっと膨れる。
今日のハチロクは、いつもよりずっと表情豊かだ。

「わたくし、双鉄さまがお忘れなのかもと。もしもお忘れでないのなら、なにか怒らせてしまったのかしらと、随分気を揉んでおりました」

「気を揉んでいたとは思えぬ乗務ぶりだったが」

「そこはそれ、わたくしもレイルロオドでございますから」

「実に見事だ。けれど、今この瞬間だけは、すず」

軍手を外し、妻の名を呼ぶ。
8620の運転台の中では恐らく、はじめて取る行動だ。

「レイルロオドであることよりも、僕の妻であることを優先してくれ」

「はい! 双鉄さま、だんなさま。けれども、今は――」

「問題ない。運転停車中だ」

わずかな戸惑いの表情が、ははぁ、と悪戯げなものになる。

「ダイアを確認した瞬間から、違和を覚えてはおりました。
みかん鉄道のレイルロオドに確認しても、穏やかな沈黙の共感が返されるばかりで」

穏やかな沈黙の共感、か。
共感が文字通りの”共感”であり、文字や音声による情報伝達を越えるものであるのだなぁと、いまさらながらしみじみ感じる。

「いつもの乗務の、けれど普段にはない運転停車。
ご丁寧に、機関士とレイルロオドは休憩時間とするようにとの注記までついて。
しかもこの場所、この時刻。」

すずの目が、側方窓から外を見る。
夕陽が鮮やかに染める世界を。

「双鉄さまのご差配ですね?」

「お願いしたら、みなが応えてくれたのだ」

御一夜鉄道、みかん鉄道。
両社のたくさんの人たちが、こころよく調整に応じてくれた。

「つまり、この時間は、みなからすずへの誕生日プレゼントでもある」

「皆様から……ポーレット様や、宗方様や……」

声を出さずに、唇が動く。
――確かにだ。

天候ばかりは、調整のしようも無いことゆえに。
この夕焼けをプレゼントしてくれたのは、きっと彼女であるのだろう。

「そうして、これは僕からだ」

「まぁ!」

とても小さなプレゼントの箱。
すすで汚れてしまったのはいかにも申し訳ないが――

「とてもうれしうございます! ね、双鉄さま、だんなさま。わたくし、これを」

「いま開けてくれ。そうしなければ、意味が薄れる」

「かしこまりました。いま、すぐに」

すずも手袋を外しいそいそ、リボンを、包装を解きはじめる。
その指が、外箱を開け、ケースを開いて――

「まぁ! まぁ! まぁ! なんと美しい指輪でしょうか!」

「3月の誕生石の指輪だ。石の名を、アクアマリンという」

「アクアマリン……お名前もとても綺麗ですね」

「意味もいいぞ」

「どのような意味でございましょうか?」

「ラテム語で、アクアは水。そして、マリンは海」

「水と、海」

つぶやいて、うっとりとケースの中のアクアマリンを眺め。
その目がハッと、僕を見、窓の外を見る。

「双鉄さま、だんなさま、わたくし、この指輪を」

「ああ、つけてくれ。夕陽が沈み切るそのまえに」

すずが左手の手袋も外す。
簡素なプラチナの結婚指輪。それと並べて、アクアマリンの指輪を重ね付けする。

「……」

そうして、そっと、夕陽にかざす。

「――ああ」

声が。聞こえる。すずの声が。
そこに重なる明るい声も、たしかに僕の鼓膜に響く。

「トップ・オブ・ザ・ワアルド」

すずの指の上、海が煌めく。
世界一の夕陽に照らされて、オレンジ色に染まった海が。


「………………ありがとうございます、双鉄さま」

やがてゆっくり、すずが振り向く。
祈りを捧げるように組んだ両手の中心に、アクアマリンを輝かせ。

「夕焼け時には、どこでも。わたくし」

「うむ」

一歩を近づく必要もない。
すずも同時に歩みよってきてくれるゆえ。


「すず、お誕生日おめでとう」


;おしまい

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whisp 2022/01/04 13:36

2022年年賀小話 『七度四分のお正月』 進行豹

2022年年賀小話 
『七度四分のお正月』 進行豹


///

「双鉄さま、双鉄さま! おかえりなさいませ。すぐにお迎えできなくてすみません!」

袂のせいで、階段をしずしずとしか下りられない。なんともどがしいことでしょう。

「日々姫に晴れ着を着付けてもらっておりましたの……で」

ふすまをあけた眼の前に、けれど双鉄さまのお姿はなく。

「……いいな。新しい晴れ着か。きらびやかで、お前にとても良く似合っている」

お声。低いところから――!

「双鉄さま!? いったいどうなされたのですか?」

「いや、なに。大事はない。少し発熱しただけだ」

「発熱!? 大事ではないですか!!」

「微熱だ。37.4℃。なれぬ雪国への出張で、少し体が驚いてしまっただけのことかと思う」

「あああ、なんということでしょう。とにもかくにもおやすみ――は、もうされておられますね」

いけません。
緊急時にこそ落ち着くことが第一です。
慌てずまずはひとつ大きく深呼吸して――

「すううう。はあああああ」

――うん。落ち着きました。
では、なすべきことを考えましょう。
双鉄様はお熱を――ああ、左様です!

「お熱には絞り手ぬぐいが一番ですよね、わたくしすぐに用意してまいります」

「それは助かる、ありがt」

「絞り手ぬぐいでございます! それから、水分補給のためのおみかん。ああ! 加湿。加湿も必須でございますね。
石油ストオブに火をつけて……うん。いま鉄瓶に水を足してまいります」

「ああ、うむ。ハチロク」

「大丈夫です、双鉄様。清美機関士が大昔お風邪を召されたときのこと、わたくしきちんと覚えております。
双鉄様のお風邪にも、きっと役立つ看病を果たしてみせましょうとも」

「う……む」

「水を足して参りました! っと、お部屋、すでに温まってきておりますね。
なによりのことですが、お体、汗をかいてらっしゃるのではないですか?」

「いや、ハチロク――すず」

「お体を拭くには新しい手ぬぐいが必要ですね。と、申しますかお着替えも」

「すず! 頼む」

「!!?」

「落ち着いて。僕の話を聞いてくれ」

「あ……あ、はい」

いやだ。わたくし。
落ち着こう落ち着こうと思っていたのに、完全に舞い上がってしまっておりました。
清美機関士にも大昔、同じお叱りを受けたこと――いまさらながら思い出します。

「今の僕に何より必要なのは安静だ。静かに休むそのことだ。
だから、すず。あれこれと世話を焼いてくれることは嬉しいのだが――」

「はい。かしこまりました。わたくし、おやすみの邪魔をしないよう、すぐにお外に」

「いや」

がっしりと。布団の中から伸びた手が、わたくしの足首を捕まえます。

「双鉄さま?」

「あ、いや――いや――すまん、すず。いっていい」

「いえ。双鉄さま、わたくしをお引き止めになられようとしてくださった……のですよね?」

「うむ。あー……その、だな。素直にいえば、僕はすずに、そばにいてほしいと思うのだ」

「はい!」

「だが、安静の邪魔をしないよう側にいてほしいということは、何もするなというに等しいと思い直した。
せっかくのすずの正月休みを、晴れ着姿を、そのように無駄な時間につきあわせるなど」

「いえ! いえ――双鉄様」

するり、と帯紐を解いてしまいます。
きちんと脱ぐには日々姫の手助けが必要ですが、必ずやわかってくれるはずです。

「わたくしの晴れ着の役割でしたら、すでに見事に果たされました。
『似合っている』と、お褒めいただいたあの瞬間に」

「……うむ」

「その上でわたくしが静かにお側にいることが、
双鉄さまのお休みの助けになるのでしたら。それほど有意義な時間は他にありませぬ。
わたくし、すずは。双鉄様の妻ですので」

「そうか。なら、甘えよう」

――安心してくださったのでしょう。
双鉄さまのお顔がほっとゆるみます。
まぶたが静かに降ろされれば、まつげの長さがふと目につきます。

「なんでもいい。目につくものを順番に。
お前の声で、低く落ち着いたその声で、僕に静かに聞かせてほしい。
それこそが、僕にとってはなによりの子守唄になる」

「かしこまりました。双鉄さま。だんなさま」

声。わたくしの声。
普段どおり、と意識をすれば、なんだか上ずってしまいそうです。

「お布団があり、わたくしの大事な双鉄さまが、その上でお休みになっておられます。
お布団のわきには……ああ、おかわいそうに、よほどご気分がすぐれなかったのでしょうね。
双鉄さまらしくもなく、背広が脱ぎ捨てられてしまっています」

と、と、と、と軽やかで静かな足音。
日々姫がそっと、様子を覗きにきてくれます。

「背広のわきには、旅荷。双鉄さまのご愛用のトランクと、見慣れぬ紙袋もございます。
中身はきっとお土産でしょうね。
ああ――うふふっ、石炭も覗いておりますね?
津輕の石炭でございましょうか? わたくし、楽しみでございます」

しーっと合図を送ってそののち、双鉄さまを指差せば、日々姫もすぐに察してくれます。
あっというまに晴れ着をきれいに、わたくしから剥がしてしまいます。

「双鉄様の枕元には、ちりがみ、ゴミ箱。なんとご準備がよろしいことでございましょうか。
こんなときにこそ、わたくしを頼って、使っていただけましたなら、それもうれしいことですのに」

日々姫が再びと、と、と、と静かに階段を上がっていきます。
その間にわたくしもお寝間に着替えて――あら

「双鉄さまは……よほどお疲れだったのでしょうね。眠りに落ちてしまわれました。
ですので、おやすみを妨げないよう――」

そっと、そうっと、布団をめくって、お隣に……

「いまわたくしの真横には、大好きな双鉄さまの寝顔があります。
ですので当然、妻として――」

(ちゅっ)

そうっと軽く口付けて、
わたくしもこの唇と、そうしてまぶたをやすませましょう。

「おやすみなさい、双鉄さま。明日の朝には、お熱、下がられますように――」


;おしまい

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whisp 2021/10/29 21:05

『わたくしだけの雨傘』 (進行豹

『わたくしだけの雨傘』 進行豹

///


「……ああ」

ざあ、と心地よい音が立ちます。

ぽつ、ぽつ、ぽつ。
何かが肌に触れたかしらとのんきに思っておりましたのは、ほんの数秒前でしたのに――

「まいったな、これは本降りになりそうだ。舞台の雨は、美しいばかりのものであったが」

「双鉄様、どうぞこちらへ。せっかくのお召し物が濡れてしまいます」

「こちらもそちらも大差ないさ。大木とはいえ落ち葉の季節だ。雨を遮る力などたかがしれている」

「……かもしれませぬが」

双鉄様に、雨粒がしたたり落ちて染みになります。
焦りが、どんどん大きくなります。

「濡れてもいいさ。雨降って地、固まるだ。僕とお前は、実際そうしてきたではないか」

「……それも左様でございますが」

たった今観劇してきたばかりの、御一夜鉄道の成功をモチイフにしたという舞台劇。
その劇中に描写されることがあるはずもない――双鉄さまとわたくしだけが知る、ひとつのシイン。

「随分濡れたものだった。あの雨の冷たさと比べたら……」

双鉄様とわたくしと、同じ情景を思っている。
なんとしあわせなことでしょう。

「……寄り添いあえるこの雨宿りには、ぬくもりだけしか感じんさ」

「わたくしもおなじく感じます」

からだも、こころも。
とてもここちよく、ぽかぽかと。

けれど――

「あのときとはお召し物が違います」

「おおげさな、単なる古着だ」

「汰斗様からの下がりものだというお話ではございませぬか」

フロックコオト。

舞台劇の主役のモデル――双鉄様へと届けられた、
記念すべき初演の貴賓席への招待状に応じての観劇に赴くにふさわしい、と。

真闇様がひっぱりだして、日々姫が手づから仕立てなおした、正真正銘の正装です。

「いわば右田の宝のひとつと感じます。おろそかに濡らしてはいけませぬ」

「ご説まことにごもっともだが……まさか降るとは思わなかった。傘も雨具もなにもない。
多少は濡れても、ここでしのぐ他なかろうさ」

いってぼんやり空を見上げて――
その目がすぐに、わたくしを捉え直します。

「ああいや、日々姫なり凪なり呼び出して」

「わたくしが!」

声。
自分でも驚くほどに大きな声がでてしまいました。

この場所に、双鉄様とわたくしだけの思い出の場所に……
たとえ日々姫であるとしたって、立ち入ってほしくはありませぬ。

「わたくしが一走りして雨傘を持ってまいります」

「それはだめだ、ハチロク」

「ご心配なく、双鉄様。わたくしはレイルロオド。風邪をひくなどありえませぬので」

「それはだめだ、すず」

「!」

名を呼んで――
双鉄さまが、わたくしを抱き寄せてくださいます。

少し湿ったフロックコオトのその内に、すっぽり隠してくださいます。

「お前自身が言ったことだぞ。右田の宝を、おろそかに濡らすなどありえんと」

「はい。ですからわたくしが傘をとってまいりましたら」

「最高に価値ある宝が濡れる。少なくとも、僕――右田双鉄にとっての」

「!!?」

「ああ、うん。そうだな。
お前という最高の宝を守るためであるなら、むしろ」

(ふあさっ)

「あっ」

双鉄さまが、フロックコオトを持ち上げて――

「汰斗さんも許してくれるさ。雨傘としては、守れる範囲があまりに狭いが」

「いえ! いえ! いえ!」

なんと光栄なことでしょう。なんと恐れ多いことでしょう。

最高級のフロックコオトを惜しげもなく――わたくしを雨から守るそのためだけに、使ってくださる。

「……とても、もったいないことです」

わかっています。わたくしは今すぐにだって、この雨傘から出るべきなのだと。
わかっていても――けど、どうしても――

「……」

顔が、ほころんでしまいます。
双鉄さまにぎゅっと、ぎゅうっと、体がくっついてしまいます。

「――わたくしだけの、あまがさ」

「ははっ、いいな。今までで拝命したなかで、二番目に喜ばしい役職だ」

「二番目、でございますか?」

「ほう? 一番目をわざわざ言わせたいのか」

「あ!」

にやけが、いやです、とまりません。
わたくしの顔、どれほどゆるんで――あああ、真っ赤になってしまっているのがわかります。

「野暮だな、僕の花嫁は」

傘が、くるんとたたまれて――

「……双鉄さま」

……わたくしの、くちびるだけに、雨が降ります。


;おしまい

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whisp 2021/10/25 23:01

2021日々姫お誕生日記念ショートストーリー 『プレゼントにはネックレスを』(進行豹

2021日々姫お誕生日記念ショートストーリー
『プレゼントにはネックレスを』

2021/10/25 進行豹


  *


「ネックレス。――首飾りか」

自分から聞いたことではあるが、少し意外な返事とも思え聞き返す。

「誕生日のプレゼントに、日々姫は、ネックレスが」
「欲しかと、すっごく」

言い終える前に言い切られた。
僕を見つめる日々姫の目線はかなり強い。

「心得た。恋人同士になって初めてのバースデープレゼントだ。
最初から、なんであれ日々姫の望むものを送るつもりだった」
「なら!」
「!?」

言葉が、視線がさらに強まる。
ぐぐっと鼻先が寄ってくる。

「私の欲しか、私に似合いのネックレス。にいにが選んで贈って欲しかと!
ねぇねとかハチロクとかポーレットさんとか、他の誰かにに聞くとかじゃなく、
にぃにが自分で――自分ひとりで、私のことをいっぱいいっぱい考えて――そうして贈って欲しかとよ」

「心得た」

そうとは口では答えても、内心かなりヒヤリとしている。
……装飾物の類のことなど、まるきり興味も知識もない。
ならば知識のある者に教えを請いたく思うのだけれど――

「心得た。自分ひとりで、日々姫のことをいっぱいいっぱい考えて。そうして似合いの品を贈ろう」
「うん!」

視線が和らぐ。笑顔に崩れる。
距離が離れて、ふわり、日々姫の甘やかな香りだけが一瞬、残る。

「にぃにぃのこと信じとるけん! やけん! 楽しみにしとるけん!!」
「うむ!」

……大事な大事な義妹で、いまとなっては惚れた女だ。
期待されれば、なんとしたって応える他にありえない。

「しかし……ううむ。まずは知識を仕入れるところからはじめるべきか」

『誰かに聞く』を封じられてしまった以上、知識を求めに行く先は、書物か、ネットか、あるいは――

「――ああ、いや」


///

「双ちゃん、どぎゃんしたと? そぎゃんひーちゃんのことば見て」

「うむ。いやなに。よく見てみれば日々姫は案外、細やかな装飾品を身に着けているのだと思ってな」

「双鉄さま? いかがなさいましたか? 日々姫になにか」

「なに、大したことではない。日々姫の身につけているものは、花の模様が多いのだなといまさらながらに感じただけだ」

「双鉄くん? 日々姫ちゃんに……ああ、話しづらいとかなら、わたし、きっとなにかのお役にたてるかなぁって」

「いやいや、そうではない。日々姫の仕事ぶりをみていただけだ。……成長著しくあれど、まだまだ弱い……不安定な部分も残しているな、と」


///


「で。だ」

小さな包み。
石炭ヒトカケの重量もないに決まっているのに、やけに重く、固く感じる。

「僕なりに精一杯に日々姫を見つめ。その上で考え、選んだ――これがその贈りものとなるのだが」

「♪」

ぴょん、と日々姫が小さく跳ねる。
髪飾りの、ブラウスの花がつられてゆれる。
そうして、気づく。
ただよってくる髪の香りも、また、花だ。

「うれしか! ね、にいに、開けてもよかと!!」

「無論だ。それはもう日々姫のものなのだから」

「うふふっ」

日々姫の細い指先が器用に動き、ピンクのリボンを、白い包装を剥がしていく。
その内にある濃い青色の箱がぱかりと開かれて――

「かわゆか! お花! 白いお花のペンダント!!」

「うむ。日々姫の暮らす毎日に馴染むものをと思ってな」

「うん! すっごくしっくりはまりそう! ね? にぃに。にぃにの指でつけてほしかと」

「心得た」

幼いころから日々姫の肌には幾百度となく触れている。
恋人同士になって以降は、それまでとまるで違った意味でも、幾度も幾度も……

なのだけれども。

「ううむ、微妙に緊張するな」

「えへへ、うれしか。お願い、守ってくれたとね」

ぱっとほころんだ笑顔の頬が、じわり、桃色に染まってく。

「……いまさらあらためて緊張するほど、にいに、私のことばしっかり見つめてくれたとね」

「!」

言われて気づく。

自分で考え自分で選べと言われたがゆえ――
判断を他に委ねる道を最初から閉ざされたゆえ――

「だなぁ」


今までになく日々姫を見つめた。
面倒をみるべき相手としてではなく、いつでもそばにいることが当然である存在としてでもなく――

「恋人としての日々姫のことを。一人の女性な日々姫のことを。今までになくしっかりと僕は見つめて」


見つめたことで芽生えた想いか。
見つめる前からあった想いに気がついたのか。
どちらであれど、何の違いも生じない。

「だから、うん。緊張して当然なのだ」

納得する。理解する。
この指先の震えこそ、僕の正直な感情なのだと。

「――僕は日々姫を、どうしようもなく好きなのだから」

「大好き! にぃに!!!」

日々姫が僕に飛びついてくる。
つけたばかりのネックレスを、その先端の新たな花をふわりと揺らし。

「さいっこーのお誕生日プレゼントを、ありがとう!!!」


;おしまい

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