トンド研究 円形枠組が生む不思議な世界
トンド(Tondo)とは?
最近構図について勉強していたのですが、その中で「トンド」という形式を知り、興味が湧いたので、この形式がもつ可能性について考えてみました。
トンド(Tondo)はイタリア語で「円形の」という意味で、絵画や彫刻における円形の作品形式を指し、特にルネサンス期に流行しました。フィレンツェでは、結婚や出産といった慶事を祝う際に、装飾が施された円形のお盆を贈る習慣があり、これが絵画におけるトンド形式の発展に影響を与えたと考えられています。世界的に有名な作品ではラファエロの『小椅子の聖母』などがトンド形式の作品です。
過去作品のトンド化実験
画面が円形であるトンド形式は絵画空間に非常に強い制約を課す一方で、四角いキャンバスにはない独特な構図上の効果を生むと言われています。今回は実際にその構図上のパワーがいかなるものか実験するために、自分の過去作品をトンド状の円形枠の中に収めてみました。簡単な実験をするだけだったので、円形枠の模様は既存の素材から借用しましたが、もしも本格的にトンド形式を追求する場合は枠の装飾から検討する必要がありそうです。
まずは作画タッチが比較的ルネサンス絵画に近い方だと思われる今年の迎春用春麗春画「春春春 2025」を当てはめてみました。
元絵はこちら
非常におさまりがいいですね。バルログが自分が作り上げた美の世界に浸っている感じもします。また、左下に向かうバルログの顔と右上に向かうバルログの手が円形枠の中に収まることで、絵全体が反時計回りの渦を描いているようにも感じられ、その渦の中心にあるおっぱいの存在感が引き立ちます。元の絵にあった情報がかなり割愛されるので状況がわかりにくいところもありますが、構図上の効果の方ははっきりとわかります。
続いてはこちらもルネサンス絵画にタッチが近い「カタリーナ・エランツォ」のトンド形式です。
元絵はこちら
正面顔と二つの胸が描く二等辺三角形と頭上で拘束された両腕が描くV字型のラインが円形の中心付近に配置されることによりかなり明確になり非常に安定的な構図になりました。聖画などにおいてはこうした構図の安定は「運動感の排除・不動性→時間の超越→永遠の象徴性」を表現します。
次は現代のソーシャルゲームのタッチに近い「永瀬綾」をトンド形式にしてみましょう。
元絵はこちら
こちらも正面顔と二つの胸が描く三角形が中心付近にあるので安定感があり、まるで屈辱の瞬間だけが切り取られて永遠に残るようなイメージがします。現代風の絵柄でも特に問題はなさそうです。しかし、完全に安定していた「カタリーナ・エランツォ」とは違い、今回は画面から動きを感じます。しかも渦を巻きながら中心に収斂していった春麗画のときとは少し違う、グルグル回り続ける円運動のようなイメージです。原因はどうやら、三角形が中心軸からやや外れて傾いていることに加え、胴体から首へのねじれなどの全身のくねりにあるようです。特に首の傾きと右腕の曲がり方が右肘周辺のトンドの円周と共鳴し合って時計回りの運動ベクトルを生み出しているような気がします。首のねじれと右腕の曲がり方によって生まれる運動ベクトルはもちろん元絵でも確認できるのですが、トンド形式においてはそうした回転運動が枠組みの円によってさらに強調されるだけでなく、枠組みの影響を受け続けてグルグルと回り続けるような持続性をもちます。視線の注意がこの運動に巻き込まれると、おっぱい→切なげな表情→右腕→拘束された手首→左腕→おっぱいというループを無意識のうちになぞることになります。
次は「淫水」というタイトルのリアルタッチのセーラーマーキュリー触手陵○画です。
元絵はこちら
ここでも回転運動が起きていますが、「永瀬綾」のときにはあまり感じなかった別の現象も起きています。まず、左から迫る大きな触手の先と、口を○す触手は明らかに時計回りの運動ベクトルを生み出し、それがトンド形式によって強調されます。しかし、抵抗しようとして体を起こそうとしているマーキュリーの腰→胸→頭のラインは反時計回りの運動ベクトルを生み出しており、その結果一つの絵の中に向きが逆の回転運動が同時並存的に潜在していることになります。どちらの方向の回転イメージが優勢になるかは絵の中のどの部分に意識を向けるかによって変化します。意識する場所の違いによって見え方が変わるというのは錯視の一般的なメカニズムです。ところで、「優勢な回転イメージの方向が切り替わる」という現象はさらにもう一つの現象を誘発します。それは右脚と右腕が与えるイメージです。この右腕と右腕は拘束から逃れようともがいているところなので、イメージされる運動ベクトルは時計回り方向と反時計回り方向を交互に繰り返している感じのものです。もともと両方向の運動ベクトルを潜在させているこの右脚と右腕が、意識の向け方によって時計回り方向や反時計回り方向の運動ベクトルを発生させる構図のパワーの中に置かれているせいで、意識の焦点の揺らぎに呼応して何となくクナクナと両方向に反復的に動いているような印象を与えます。回転イメージを強化するトンド形式の中に意識の向け方によって切り替わる二方向の回転イメージが並存し、なおかつもともとどちらの回転イメージにも見えるようなパーツがあることで、弱いながらも錯視効果が働き、全体が蠢くような印象が生まれます。静止画が動いているような印象を与えるのですから、これは一種の「錯視的アニメーション効果」と呼べそうです。
トンド効果のまとめ
トンド形式として作られた作品ではないにもかかわらず、円形枠にはめ込むだけの簡単な実験でこれだけの効果が実感できたことは正直驚きでした。
トンドの円形枠組みは中心に非常に強い構図的安定を生む効果があることから、「春春春 2025」の場合のようにポージングから生み出される運動ベクトルが中心に向かって渦のように収斂していったり、「カタリーナ・エランツォ」のように不動の安定性を生み出したりします。このような効果は枠組みの装飾などとも相まって、まるでヒロインの悲劇的瞬間が記念のモニュメントとして永遠に残るような印象を生み出します。「春春春 2025」の場合などはこうした効果が耽美的で自己完結的な世界に浸ろうとするバルログの性格にも合っているので、トンド形式がもつ構図上の効果が一つの作品テーマにまでなっていることになります。
また、「永瀬綾」や「淫水」の場合のように運動がループしたり反復的に動く錯視的アニメーションを生む場合は、まるでヒロインが生きたまま永遠に変わることがなく抜け出せないシチュエーションの中に閉じ込められてしるような印象を生みます。こうしたケースにおいてはトンドの円形枠はヒロインを閉じ込めるカプセルのようにも感じられ、前述の記念的なニュアンスとは別の趣きをもったフェティシズム表現になります。
何よりも重要なのはこうした効果が何か人目を引き付けるようなものや特定の印象を与えるものが描かれていることによって生じているのではなく、主に円形枠組みがもつ構図のパワーによって引き出されているという点です。この効果を上手く使い、鑑賞者の視線を無意識レベルで誘導することができれば、「なぜだかわからないけど見入ってしまう」作品を作ることも可能かもしれません。
課題と展望
今回はトンド形式とは異なる形式で描かれた作品をただ円形枠組みにはめ込むだけの実験だったので、トンド形式の効果を十分に引き出せていない可能性もあります。また、当然ですが、円形枠組みに無理やりはめ込むことで、従来の作品にあった情報量がかなりの部分割愛されてしまっています。例えば「永瀬綾」は周りを取り囲んで見下ろしている男たちの存在は完全に消えていますし、舞台がどこなのかもよくわかりません。最初からトンド形式として制作して情報提示の方法を模索するというのが正攻法の解決策なのですが、一つの妥協案として、今回の実験のように普通の四角形キャンバスの作品のおまけとしてトンド形式版を作り、はめ込む画像にはトンド形式用に多少の加筆修正をするという方法もありだと思います。全体の状況などはオリジナル版で理解してもらい、トンド版では主に円形構図がもたらす効果を楽しんでもらうという感じです。
また今回は実験用に既存の模様素材を使って円形枠組みの装飾をしましたが、実際には枠組みの装飾は枠内の構図力学にかなりの影響を及ぼします。
例えばこれは今回実験に使った模様素材(左)と別の模様素材(右)を比べた画像ですが、印象がかなり違います。トンド形式が生み出す効果は枠組みの模様によってもかなり変わるようなので、枠組みの研究もかなり重要になりそうです。
また枠組みの問題は次のような派生形態の可能性もはらんでいます。
元絵はこちら
こちらの作品(「響レン」)は枠組みを黒にして少しだけ輪郭をぼやかしているのですが、これも円形枠組なのでトンド形式の一種です。枠組を装飾のない黒一色にしただけで、何となく望遠鏡でのぞいているような、鑑賞者自身の視線が作品のテーマの一つになっているような不思議な効果が得られます。こうした枠組みのバリエーションによる効果の問題は今回はほとんど実験することができなかったので、今後研究していく必要があります。
その他の実験作品
合計で95の作品をトンド形式化する実験を行い、実験作品をpixivにアップいたしました。興味のある方は御覧下さい。また今回トンド形式化された作品の中で特に気に入ったものや、トンド形式についての感想などありましたら、是非コメントで教えてください。今後の研究の参考にいたします。
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