2021/02/07 20:49

感謝をこめて一話短編公開

※感謝を込めて短編を公開します


ネブラ
 ラテン語で霧と彼は名乗った。
それだけで彼の知識量が推測できた。
部屋に入ってきた大男にも臆することなく丁寧に対応して、隣の部屋に案内する。
 丁寧で穏やかで、知識があった。
そうだ、大人に初めて会った気がする。

 霧と名乗った男

 ビアはいつもの通りの席に座り、酒場を見回す。
ネブラと名乗った男はなんでも民俗学の研究者でたまたまこの町に訪れていたと言った。
 よそ者はいいものだ。
 使い捨てにできる。
 仲間に引き入れるのは驚くほど順調だった。
しかも、その優男は見たこともない格闘術を使った。
強くて人格がよくて頭がいい。
しかしながら、仲間たちのネブラという男への信頼ぶりはさすがに顔が引きつる。
いつもなら悪態をつく3人組だって「先生」「先生」と呼んで慕っていた。
ウイスキーと、コニャックなんてすでに崇拝者だ。
 数学を教えてもらい、本までもらっていた。
 コニャックは九九ができるようになったと喜んでいた。
「なあ、スピリッツ」
「なんだよ。」
「俺がボスだよな」
 少し不安になっていつも外れた席で銃を手入れするスピリッツに声をかける。
スピリッツは何をいまさらという顔を見るが、楽し気に因数分解や歴史を教えてもらうウイスキーとコニャック、そして近くで一緒に眺めてるスコッチを横目に合図を送ると。
「まあ、まだ、大丈夫だろう」
 不安が募る。
「先生、先生。終わったら俺と格闘技しようぜ」
 カシャッサが外から帰って来てまっすぐネブラに向かう。
「何言ってんだよ。次は俺たちと賭けだよな?」
「そうそう、負けを取り戻さないと」
「まあ、僕らも先生の授業を受けてもいいよ。もっと簡単なことなら」
 三人組が声をかける。
「先生、人気者だな」
「そうだね。後、先生に教えてもらった料理作ってみたんだ。どうかな」
「俺も、俺も。先生食べてパエリアってこんな感じ?」
 双子も弟ですらも楽しそうに先生のほうに向かう。
ワインも気づけば、先生のそばにいる。
「……そりゃ、まあ、勝てるものもないし。」
 スピリッツの言葉にさらに不安が募る。
「おまえは?」
「そりゃ、銃の知識がある方がいいね。先生はナイフ使いだけど、銃にも精通してる。新型の知識なんてビア。おまえさんにあるかい?」
募るって言うか、もう手遅れかもしれない。
 そして、先生はよく話をしてくれた。
 彼が夢見る素晴らしい未来。
 子供たちは家族に囲まれ、教育を受け幸せに暮らす。
最後にはそれが理想的な共産主義だね。等ととってつけたような言葉を語っていた。
ただ、その御伽噺が銃にしか興味がないスピリッツだって耳を傾ける。
 共産主義なんて本当はどうでもいい。
あんなもの言葉遊びで意味がない。ただ……
 幸福な御伽噺に彼らはなんとなく憧れた。
だって、絶対に自分たちに手が届かないのだもの。
 民俗学の話はよくわからないが、彼はこの辺りを通る移動民族の話をよく聞きたがっていた。
 彼らのことはよくわからない。
 定住もせず、たまに町に他の町の交易品をもってくる。
 肌の色が、黒いのがいる。
祈る神すらまちまちで……
「白いのもいた」
 ワインが口を滑らせた。
「いたな」
「霧みたいな子」
「……あそこまで白いのは珍しかった」
三人組も同調した。
 もちろん、襲った等いわない。ただ、何か嫌な言葉をワインが口を滑らせる。
「その白い子はどうなったんだ?」
 こんな悪趣味な話に珍しく先生が乗った。
ワインが口を開く前にスピリッツが口を開く。
「霧に溶けたんだよ」
「スピリッツ。君は詩的な男だね」
 先生はそう言って、その話は終わった。
 その日から、いや一週間後ぐらいから仲間が誰かにやられた。
手癖の悪いやつらから切り捨てる順だった。
 ご丁寧にすべての遺体から印が切り取られていた。
 ああ、嫌だなとビアは思った。

 ワインは酒一つですべてを話した。
あの日、起こったことをもちろん彼の性格から誇張があるだろうが……
 殺した三人に聞いても、結果は同様だった。
 彼の愛する妹の名誉は獣たちに汚されてた。
 先生は一人考えを改めた。
 彼らは未来を奪われた不幸な子供ではない。
 ただの獣だ。
 酒場は得体のしれない暗殺者に戦々恐々としていた。
 ビアはいつもの席で頭を抱えて酒をあおる。
 誰かという話が酒場で交わされる。
今、思えば傲慢だったと思う。あれが生まれて初めて見せた。おごりというやつかもしれない。
 俺だよ。馬鹿共。
 小さく動かした口の動き、ジンがにっこりと笑顔でいった。
「ああ、先生が殺したの?」
 先生はその無邪気な笑みに猫のように目を細める。
そして、困ったように曖昧な笑みを浮かべて首を傾げた。
「なんのことだい?」
「え?三人をさ。先生が殺したんだろ?でも、なんで?」
 その言葉で誰も疑わず、それぞれ先生との距離をとり銃を構える。
「おい」
 ビアの声で一番近い男が先生に手を伸ばす。
先生は困ったように笑いながら、ナイフを構えた。
 その動きがあまりに上品で奇麗なので、誰もが一瞬見とれてしまった。
まるでバターを塗るように、彼は世界で一番上品に男の首をかききった。
 男がひざとついた瞬間、ワインの悲鳴に我に返る。ただ、そこからが悪かった。スピリッツがいつも銃を準備してる机にぶつかり、あまつさえその銃を分捕った。
 スピリッツの文句を前にワインは先生に顔面を蹴られ腕を切られてその場にうずくまった。
 スピリッツは場所が悪かった。
 手に取れたのは遠距離用のライフル銃だった。
せいぜい、盾に使えるぐらいだ。
「それで、スピリッツ君。どうする?銃が好きな君には悪いが、見ての通り間合いに入られたらそれはただの棒だ。ナイフのほうがやはりいいと思うよ」
 スピリッツは銃を盾にして、先生を蹴り飛ばそうとするが。
先生はさくりと彼の首を突き刺した。
「ワイン君はもちろん、C-だ。君はBかな?」
 音を立てずナイフは抜き取られる。
「僕ならそれでも銃を耳元で撃つかな。一瞬音でひるむかもしれないし、ああでも繊細な僕の耳は君たちのおかげでとうに腐ってるかもしれない」
 穏やかにそう言った。
「首をしっかり押さえつけて止血をしたまえ。運が良ければ少しぐらい寿命が延びる」
 スピリッツはその場にうずくまり、先生に指示された場所を強く抑えた。
 一気に二人戦力が減った。
 ビアは頭をかかえる。
 スコッチとカシャッサがタイミングを視線で合せてるが、あれはダメだ。
カシャッサのことだ。飛び掛かるタイミングで声をだす。スコッチは三人組を背にしてる、三人組はそのせいで銃を構えたままタイミングを計れない。
 ウイスキーと、コニャックの顔を見ればわかる。
こいつらには撃てない。
 双子とジンは台所に隠れてる。
 こちらは指示待ちだ。
「どりゃぁあああ」
 カシャッサのタイミングでスコッチが飛び掛かるが、一瞬で懐に入られ顎を強打される。カシャッサはお待ちしていますとばかり顔面にひじをいれらて頭をひっつかまれて、三人組の方の盾にされた。
「カシャッサも、Cだね。せっかく、背中から飛び掛かるのに声をだす馬鹿が……ここにいるね。スコッチも君の動きは単調だし、君のせいで後ろの……すまない。気を失ってる」
 気を失てるスコッチを踏みつけながら、穏やかな笑みでビアを先生はみた。
「さて、どうする?ビア君」
「とりあえず、わかった。テストってやつだ」
 ジンの場違いな声が室内に響き、鍋を持って飛び出してくる。
「そうだね。ジン君。君はたぶん、僕の人生で一番優秀な生徒だよ」
「だろう?」
「でも、いいのかい?回答を、ビア君」
 静かに目を閉じたビアは天を仰ぐ。
「俺なら、カシャッサを三人組に投げるね。二人はもう戦力に数えてない」
「ご名答」
「三人の位置が悪い。そもそもこんな狭い店内で銃撃戦なんてやってみろ、どうなるか目に見えるだろう?」
「続きを」
「双子を戦力に数えるか、人を呼びにいかせるか。迷うところだが、あいつらもだめだな。呼びに行かせる間に三人もやられる。銃を増やす?増やせばいいってもんでもない。先生は逃げればもういつでも勝ちだ。スコッチとカシャッサは忘れず止めをさせばいいし、先生一人に……考えただけで気が滅入る」
「すばらしい。ビア君、Aをあげよう」
「どうも。俺が出てもいいが、俺が相打ちは一番避けたい。手の数が減るのも避けたい。っということで、天下無双のジン君の出番だ」
 ただその天下無双のジン君とやらはパエリア鍋をもってカウンターの上で立っている。
先生は言葉通り、三人組にカシャッサを投げつけた。
 バーボンが慌てて受け取った。
「なんで、野郎なんぞ…」
「俺がAをとったおかげで生きてるんだよ。ありがたく思えよ」
 今一状況がよくわからない。
「しかし、武器を準備しなくていいのかい?」
「いいよ。だって、ナイフで鍋を切ることは無理だし。俺の得意なのって料理と遠距離だよ」
「料理は君の場合……」
「そんなことないよ」
「そうだね。確かに君に狙われたら僕はなすすべもなく終わっているね」
「だよね。まあ、俺が外に出て構えてる間に先生。逃げてると思うけどさ」
「もちろん、逃げ足は速い方だ。」
「銃弾撃ち込んできた方とは別の窓から出ればいいだけだしね」
 和やかに話しながら和気あいあいとナイフを構えた男と鍋を手に持つ少年が笑う。
「後、先生って左ききだろ?先生がいってたフェイントってやつだろうけど、俺やめといたほうがいいと思うよ」
「なるほど、どうしてわかったんだい?」
「何度言っても、パンをスープにつけるだろ?その時いつも左だし」
「一度試してくれないか?本当においしいんだよ」
 先生が一歩前に踏み出す、鍋を持つ少年の指を狙う。
少年は一瞬にしてその鍋の持ち手から手を引き、ナイフがその持ち手に入り込んだ。
 鍋の重さを利用して、ナイフを横回転の動きで一気に奪い取った。
「ね?奥の手って奥すぎるとうまくいかないんだ。やっぱり利き手って普段から鍛えた方がいいよ」
「そうだね。すばらしいよ。ジン君、今後の教訓にする。あればだけど」
 ナイフと鍋が宙を舞い、先生がさらに一歩踏み入れその次に少年はしゃがみ込み。先生の足元に足払いをかけ、そのまま先生が床に転がった。
「先生はさ。やっぱり、考えすぎてると思うよ。この後のこと。だからさ。鍋を直接掴む手と取っ手を持ってる手だったら取っ手を狙う。無駄な動きがなすぎて奇麗すぎるから少しずらせば取っ手にナイフが取られる。それでそこは先生が教えてくれた横回転。人間って横回転に弱いんでしょ?鍋って重いし」
 そして、近くの椅子を先生の上に乗せて全体重をかけて上に乗った。
 無邪気に笑いながら先生の首元を踏みつける。
どれほど、彼が軽くてもそれだけですべてが終わる。
「っで、先生。俺は何?A?S?」
「残念ながら、僕には測定不能だ」
「そっか」
 残念そうなジンの声とともに、鍋が床に落ち、持ち手に刺さったナイフが床にからんっと落ちた。
 誰も声をあげられないでいた。
「まあ、おつかれさん」
 ビアの言葉にジンは嬉しそうに笑う。

 ビアはルールを決めた。
寝させない。
一回一人が殴れば、皆で殴る。
 先生は何も言わず、ただ静かに笑うだけだった。
 いくつの夜が訪れたか、先生はまだ生きていてその日はたまたまみんないた。
「ねえ、先生。そろそろ仲間になろうよ。俺、先生好きだよ」
 ジンが殴り終わって無邪気にそういう。
「だって、俺はさ。先生の話好きなんだ。めでたし、めでたしで終わるだろ?」
「……昔さ」
 長い暴力の中、ぽつりと先生が呟いた。
「変なやつらに捕まった軍人がいたんだ。子供ばかりの兵士でさ。みんな殺されたんだけど……そいつだけ生き残った」
 ビアたちが静かに聞き耳を立てる。
「なんでって?……そいつは毎夜、子供たちに御伽噺をしてたんだとさ」
 初めてネブラという男は楽し気に笑う。
「おまえらは結局、夢見がちな餓鬼なんだよ」
「うん。そうだね」
 ビアが殴りつけたのでもう一巡……
 殴り飛ばしたジンが笑う。
「ジン。君のような心をもたないやつが人に愛されるわけないだろう?」
「そんなことないよ。俺には運命の子がいて、俺はその子にあったらすぐわかるんだ」
「無邪気な君には呪詛も利かない……ああ、何もかも嫌になる。おまえらはいまだに僕が誰かもわからないのかよ」
 誰もが一瞬首を傾げた。
「白い子……それでわかるか?」
 静寂の中、先生は笑いながら言葉を続ける。
「数年前おまえらに家族を奪われたのが僕だ」
 白い記憶がよみがえる。
「僕たち移動民族が君たちのいう劣等民族だからだろう?」
 男の笑い声が狭い室内に響き割った。
「僕たちは定住してなかった……だからだろう?」
 笑いながら血を吐き出し、猫目の男はビアたちを一瞥する。
「全財産持って移動する。僕たちはいい獲物だったろう?」
 うっすらと霧の中に消えた過去が忍び寄る。
「ああ、わかった。過去も血も何もかも捨ててやる」
 静寂が霧が……
「だから、おまえたちの仲間に入れてくれ」
 見たことがある。
「そして、返してくれよ」
 響く音は反響して……
「僕の家族を妹を……かけらでいいから……」
 霧の夜の記憶を呼び出す。
「なんだよ。食いつくして何も残ってねえのかよ。この獣ども……僕の妹はまだ」
 その言葉はビアの拳で遮られる。
 先生は少なくとも大人で優しかった、でも、その先生が初めて子供のように泣きながら叫ぶ。
 あれは……そんなに悪いことだったの?
 だって……あれは……
長い暴力と、骨の砕ける音。
 誰かが銃を撃ち込んだ。
絶命したのを確認して、その場でばらばらにした。
 空にした樽の中に入れて次の日、森の奥にばらまいた。
樽に右足が残ってたので、樽ごと窪地に落とした。
 そうして……何もなくなった。

 そして、彼らは高級娼館に行った。
ウイスキーの財布も緩み、わかりやすく女の子の質が高く、わかりやすい体つきで、とてもわかりやすくみんな癒されている。
 体温に匂いに感触、あんな霧に溶けた子なんてもう忘れてしまう。
 落ち込んでいたウイスキーとコニャックはもちろん、三人組も。双子も、スコッチもカシャッサも……
 スピリッツは生死の境をさまよって、ワインはまあ制裁はすんでるがお留守番だ。
 そんなことよりも今は贅沢な食事に酒、女……
美しい女の胸に顔を寄せながらビアはそういえばと弟の顔を見た。
 なんというか……次に黙れと言いかけたが、弟の口は素早く開く。
「見かけだけで料理がまずい、酒を水で薄めすぎー、これであの値段ふざけてんの?」
 空気が凍った。
「後、臭い。引っ付かないで、べとべとする。」
 空気が砕け散った。
 結論から言うと彼らは追い出された。
「何?あの店信じられない」
 無邪気に怒る末っ子の後ろを帰りながら一団は天を仰いで思う。
 運命の相手なんて絶対いない。



 救貧院の一角で、一人の少女が猫の前にたつ。
猫は痩せた鼠をくわえていた。
 声のない声でにゃーにゃーと鳴いて、手を開き少女は懸命に威嚇する。
 猫は相手にしないように塀を超えた。
 少女は天を仰いだ。
 おなかすいた。

「くしゅん」

それぞれみんな同じ空の下、よくわからないがくしゃみした。

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