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他人に依存するのはやめましょう。人は来るときも、還る時も一人です。

こんばんは、七草堂ひろきちです。
今日は作品を作る心得の一つとして「人に頼らない心を持とう」という話です。

僕は神社に良く行きます。子供の頃はよく「~が上手く行きますように」など、お願い事をしておりました。

しかし、ある日「宮本武蔵は決闘の前に神社に寄ったが、神様に願うことなく立ち去った。神様はすがるものではない。と、彼は思ったからだ。」と、いう記述を知り、衝撃が走りました。


以来、僕は神様は尊敬はしても、頼るものではなく、感謝・報告するものだと決めました。
下手を打ったら自分のせい。上手に行ったら神様に感謝する。このスタイルで生きてきました。

 その結果、僕はいつの間にか人に期待する・依存するという精神は少なくなりました。
人に期待しない」と聞けば、「お前には誰にも期待しないのか?ひどい言い草だ。薄情だ。」、そう思われる人も多いかと思いますが、ちょっとニュアンスが違います。

 正確には「自分の思い通りに相手がしてくれなくて、もそれが普通。期待通りに動いてくれたら、むしろそれは超幸運と思う」と、いうことです。

 過去に僕は嫁に、「親友だと思ってる~君、ひろきちの事を「あんなのただの付き合いで友達じゃないよ」って言ってたらしいよ」と、言われました。

 僕は「そんなの知らん。僕は彼を友達だし親友と思っているし、それだけの話だよ。」と、返しました。

 「本当の親友」ってのは何でしょうか?
自分が思っていると相手も同じレベルで思っているのが親友。でしょうか?

じゃあ、相手がもっと僕のことを思ってて、僕はそれと同じレベルでもないけど親友だとおもってたら、親友じゃないのでしょうか?

 僕の答えは「自分がそう思っているなら親友だし、そう思えないなら違うんだろう」ということです。これは親友だけじゃないと思います。基本的に世の中の人付き合いは、自分が思う「気のせい」でしか成り立っていません。


 例えば、「子犬」を見たとします。
僕が見れば「かわいい」子犬も、幼児から見れば大きな「怖い」存在です。

そこで無理やり「どうして?かわいいでしょ?ホラホラ!」と
自分の考えを押し付けても「怖いものは怖い」のです。


 すべては、「自分がそう思うから」に他はありません。

だから、「こいつなら~してくれるだろう」「こいつは俺をこう思っているはずだ」というのはすべて依存だと思います。

人に期待すると、そこに依存が発生し、思い通りに動いてくれない時には「恨み」という感情が発生します。

この感情は、僕は動物すら持たない未来に何もつながらない最低の感情」と思っています。世の中で一番僕の嫌いな感情の一つです。

肉食動物に捕食され、それを恨む草食動物がいるでしょうか
己の実力の無さを痛感することはあっても、
恨むなどという次元の低いことはないと思います。となれば動物以下です。

自分が勝手に期待して、勝手に裏切られたと思い、勝手に相手を憎む。
神様に僕がお願いをしなくなったのも、神様を恨みたくないからです。
程度の差はあれど、願えば、依存し、叶わぬ時には自然と恨むようになるのです。

そうではなく、
「俺はそう思っているけど、気のせいかもしれないから、期待しないでおこう」
「思ったようにしてくれなかったけど、それは自分の過剰な見込み違いなだけ
というスタンスいれば、
要らない失望も、押し付けの期待もしないし、見通しに注意深くなり、
自分を磨けるようになるのではないかな?と思います。

なんとも取り留めのない精神論ですが、僕の人生には結構大きなコツになっているので、今回ご紹介させていただきました。


いつも僕の記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
僕は専業に挑戦し、2週間になろうとしています。日々、勤め人のいままでになかった、自由とプレッシャーに戸惑いながら、感じたことや、お役に立ちそうな情報を発信してゆこうと思います。

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