白魚白子 Apr/05/2025 20:41

【サンプル】政略結婚相手とセックスしないと出られないダンジョンに閉じ込められて

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文字数 約21000字
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政略結婚相手とセックスしないと出られないダンジョンに閉じ込められて

 カーナディア家の邸宅にて、レナ・カーナディアは一人お茶を飲んでいた。
 凍てつく冬の空気を閉じ込めたような白銀の髪は腰まで伸び、雪ように一点の曇もなく白い肌、細い肢体は触れれば壊れてしまいそうに見える。
 切れ目の中にある青い瞳は、目の前にあるカップの中にある琥珀色で芳醇な香りを放つ紅茶をただ眺めていた。
 可憐で気品があり、儚げなその容姿は、まるでビスクドールのようだ。
「お嬢様、エヴァン様がいらっしゃいました」
「……わかったわ」
 メイドに呼ばれ、レナはカップを置いて立ち上がる。
 玄関ホールに向かうと、そこには一人の青年の姿があった。
 燃えるような赤い髪に、夕日のような瞳。
 背は高く、服の上からもわかるほどの鍛え抜かれた体。
 太く凛々しい眉は意志の強さを感じさせ、その下の鋭い眼光は見るものを圧倒させる。
 雄々しい顔立ちもあって、どこか猛獣を思わせる彼はレナを見ても仏頂面を崩さない。
 彼の名前はエヴァン・ラインデール。
 レナの婚約者にあたる男性だ。
「エヴァンさん、お待たせいたしました」
「いや、俺も来たばかりだ。気にするな」
 レナが近づくと、エヴァンは持っていたものを彼女へと差し出す。
「これを……」
「まあ、綺麗な花」
 それは色とりどりに咲き誇る花で作られた花束だった。
 エヴァンはレナの元に訪れる際はよくこうして花を持ってきてくれるのだ。
「ありがとうございます」
「別に……大したものではない」
 お礼を告げるレナに、エヴァンはぶっきらぼうに答えた。
 レナは花束はメイドに渡し、部屋に飾ってもらうようお願いしてから、エヴァンと共に外に停めてある馬車へと向かって乗り込んだ。
 御者が鞭を叩くと、馬が嘶きをあげて走り出す。
 二人が向かうのは、通称「縁結びのダンジョン」と呼ばれるダンジョンだ。

 ダンジョンとは、魔力が長い時間をかけて集まり、そこに住み着く動植物や空間にまで影響を与え、一種の異空間と化した場所を指す。
 その中には危険な魔物と呼ばれる存在もいるが、その代わりに希少な素材や魔石も手に入る。
 だから、一攫千金や名を上げるために多くの者がダンジョンへと挑む。
 しかし、「縁結びのダンジョン」は少しばかり事情が異なる。
 なんとこのダンジョン、魔物がほとんど存在しない。
 それも出てくる魔物は少しでも腕に覚えがあるのなら対処ができる下級魔物のみ。
 安全に魔石が手に入るダンジョンとして重宝されている「縁結びのダンジョン」ではあるのだが、このダンジョンは他にも他とは違う特徴がある。
 このダンジョンに入れるのは男女のペアのみ。
 一度、入ったら一ヶ月は次のペアが入れず、さらに同じペアは二度と入れないのだ。
 どうしてこうなっているかはわかっていない。
 その昔、今よりも魔術文明が発達した時代に人工的に作られたダンジョンではないかという噂もあるが、真偽は不明である。
 とにかく、下手に手を入れて、このダンジョンの特性が失われてしまうと困るということで、原因究明などは行われていないらしい。
 だが、男女がペアで入っただけで縁結びとは言わないだろう。
 通常、ダンジョンに入ったペアはすぐに出てくるのだが、極稀に長時間ダンジョンから出てこないペアが出る。
 しばらくすると無事に出てくるそうだが、そのペアにどうしてすぐに出てこなかったのかと聞いても、「わからない」「何も覚えていない」としか答えないそうだ。
 そしてそのしばらくダンジョンから出てこなかったペアは、皆ダンジョンに入る前よりも親密になり、やがて結婚して幸せになっているらしい。
 それ故に、このダンジョンは「縁結びのダンジョン」と呼ばれるようになり、多くのカップルが訪れるようになったのだ。

(まあ……それもどこまで本当のことかわからないけれど)
 馬車に揺られながら、レナは内心呟く。
 レナの周りにも、このダンジョンを訪れたカップルは多いが、皆問題なくすぐにダンジョンから出ることができた。
 誰からもこのダンジョンで特別な体験をしたという話は聞かない。
 だから正直なところ、レナはこのダンジョンの謂れに対して懐疑的だった。
 元々カップルが多く訪れる場所だから、そういうジンクスの一つや二つ生まれやすかっただけなのだろう。
 それにもし、縁結びの話が本当だったとしてもレナには関係のない話だ。
(だって、私と彼がそんな関係になるなんて、あり得ないもの……)
 レナはちらりと、隣に座る婚約者に視線を移す。
 彼は憮然とした表情のまま、口を固く閉ざしている。
 その鋭い視線は、窓の外に向けられていてレナを映すことはない。
 馬車の中、婚約者と二人きりだというのに、二人の間には甘酸っぱい空気などなく、それどころかどこか気まずい雰囲気が漂っている。
 それもそのはずで、レナとエヴァンの婚約は親の決めたものだ。
 決して互いに思いを通わせての婚約というわけではない。
 愛のない結婚など、貴族にはよくあることである。
 そう、よくあること。よくあることなのだ。
「……ふう」
 小さく口から漏れ出たため息は、静かな馬車の中で思いの外大きく響いた。
 いけないと思い、口元を押さえてちらりとエヴァンの様子を窺うと、いつの間にかこちらを向いていた彼と目が合う。
「……疲れているのか?」
「い、いえ……そういうわけでは」
 いたたまれない気持ちになったレナは、エヴァンの視線から逃れるように顔を背ける。
「……あのダンジョンはすぐに終わる。それまでの辛抱だ」
 エヴァンの言葉に、決してダンジョンに行くのが嫌なのではないと伝えるべきだろうかとレナは思ったが、あんなため息をついた後で何を言っても嘘くさく聞こえてしまうのではと考えると、結局何も言うことができなかった。

「エヴァン様、レナ様。到着いたしました」
 結局あれから何も話せず、二人は「縁結びのダンジョン」にたどり着く。
 御者の声と共に馬車の扉が開くと、エヴァンが先に降りてレナに手を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
 レナはエヴァンの手を取る。
 その手はレナとは違い、大きくてごつごつとしていて、なんだか別の生き物のように思えた。
 馬車から降りると、そこは「縁結びのダンジョン」の目の前。
 そこには王宮から遣わされた騎士と役人が数名いて、レナたちの姿に気づいて近づく。
「エヴァン様とレナ様ですね? 本日はダンジョン探索、よろしくお願いします」
「ああ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
 挨拶もそこそこにダンジョンについての説明をされる。
 とは言っても、事前に聞かされていた情報以上のものはなく、二人は早々にダンジョンの中へと足を踏み入れた。
 「縁結びのダンジョン」は崖にできた洞窟の形をしている。
 外側は石でできた神殿のような形だが、中はごつごつとした岩肌がむき出しで、通路は大人が二人並んで歩くのも少し狭く感じるほど。
 エヴァンが先に進み、時折現れる小さな魔物を切り捨てて行くので、レナはただ彼の後ろをついて行くだけだ。
 彼にだけ負担をかけているようで、レナの胸の中に罪悪感というか申し訳ないという気持ちがふつふつと浮かんでくる。
 自分はただでさえ人付き合いが苦手で一緒にいて楽しい相手ではないのに、お荷物にまでなってしまうなんて、エヴァンにどう思われているかわからない。
 先ほどから足を止めることなく進んでいる様子は、早くここから出たいと思っているようにも見えた。
(……そうよね。私のような暗い女、一緒にいてもつまらないわよね)
 こういう時、せめて彼の邪魔にだけはならないようにしなければ。
 そう思っていたレナだが、不意にエヴァンが振り向く。
「っ! レナ!」
「え?」
 エヴァンがレナの腰に手を回して抱き寄せる。
 その瞬間、レナの背後で空気を切り裂くような音がし、振り向けば蝙蝠のような魔物がそこにいた。
 どうやら先ほどの音は、この魔物がレナに襲い掛かった音だったようだ。
 エヴァンが助けてくれなければ、怪我を追っていただろう。
「はあ!」
 エヴァンの剣が、魔物を両断する。
「怪我はないか?」
「え、ええ……大丈夫です」
 力強い腕に、布越しからも伝わる体温、そして頭上から聞こえる声と息遣い。
 その距離の近さに、レナは動揺せずにはいられなかった。
「……すまない。もう少し気を配るべきだった」
 彼女の動揺を魔物に襲われたことによる恐怖と捉えたのか、エヴァンは申し訳なさそうに謝罪して彼女の体から離れる。
「いえ……私こそ、魔物に気づかずご迷惑を……」
 それが名残惜しく、けれども彼を煩わせたことが不甲斐なくて、レナは俯いた。
「……とにかく、早く用事を済ませてここを出るぞ」
「……はい」
 エヴァンに促され、レナは彼と共に再び歩き出す。
 彼の背中を見つめながら、どうしてもっと可愛げのある反応ができないのか、うまく話ができないのか、とレナは自分を責めた。
 だってレナは、エヴァンと距離を縮めたいのだ。
 それは親が決めた婚約者、というのも理由の一つだが、彼女自身エヴァンのことが嫌いではないからである。
 むしろ……。
「レナ、もう少しでダンジョンの最奥だ。ここで魔石を回収したらすぐに出られる」
「……そう、ですね」
 レナの気持ちなど知るよしもなく、エヴァンは淡々と告げる。
 そんな彼の態度に、やはり自分のことなど何とも思っていないのだろうとレナは少しばかり落胆した。
「あ、あの……エヴァン様」
 それでも、少しでも一緒にいたくて、レナは勇気を出して口を開く。
 しかし、その瞬間足元の地面が光を放った。
「え!?」
 足元を見れば見たこともない魔法陣が展開されている。
 突然の異常事態に、レナは咄嗟に反応ができない。
「レナ!」
 エヴァンが慌てて手を伸ばすのが見えて、レナも彼に手を伸ばした。
 手を握られる感触。
 けれど、その感触を味わう余裕もなくレナの視界は光に包まれた。

◆◇◆

「ん……」
 レナは目を開くと、ゆっくりと体を起こした。
(ここは……?)
 辺りを見回すと、そこは先ほどまでいたダンジョンとは全く違う景色が広がっている。
 そこは、まるでどこかの神殿の一室のようだった。
 白い壁に白い床。天井も高く、窓は無いが壁に埋め込まれた水晶が光って室内を照らしている。
 部屋の中央には大きなベッドが一つあり、本が一冊だけ枕元に置いてあった。
 手が握られている感触にそちらを見れば、レナの手を握ったまま倒れているエヴァンの姿。
「エヴァンさん!」
 レナが慌てて彼の体を揺すると、小さ呻き声と共にエヴァンが目が開く。
「レナ……?」
 彼女の姿を認識したエヴァンは目を見開くと、体を起こしてレナの肩を掴んだ。
「レナ、無事か? 怪我はしてないか!?」
「は、はいっ! 大丈夫です」
 エヴァンの剣幕に、レナはたじたじになりながらも頷く。
「そうか……」
 そんな彼女の無事を確認して安堵したのか、エヴァンは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。
「エヴァンさんも何ともありませんか?」
「ああ、何とも無い」
 エヴァンは立ち上がると、剣に手を添えながら警戒した様子で部屋を見渡す。
「なんだここは……」
「わかりません……私も気づいたらここに」
 レナの言葉にエヴァンは顎に手を当てて考え込む。
「……転移魔術か? しかし、このダンジョンでそんなものがあるなんて聞いていないぞ」
 どうしてこんなことになったのか、エヴァンには全く検討もつかないらしい。
 しかし、レナはこれはもしや例のジンクスが関係しているのではないかと思い至った。
「あの、エヴァンさん。このダンジョンでは極稀に長時間出てこれなかったペアがいるという話はご存知ですか?」
「ん? まあ、噂程度だが……」
「もしかしたら、その人達はここに転移してきたのではないでしょうか?」
 そう推測するレナだが、エヴァンは悩むように眉を寄せる。
「しかし、それならその情報がないのは不自然ではないか? 何か特定の条件があるにしても、転移魔術があるぐらいの報告があってもいいはずだ」
「確かに、そうですね」
 エヴァンの言う通り、今まで複数のペアが転移魔術でここに来たのなら、どうして彼らはそのことを伝えなかったのだろう。
 言えない理由でもあるというのか。
「とにかく、今はここを出ることが先決だ。出口がないか探してみよう」
「はい」
 二人は部屋の中をくまなく探すが、出口は見当たらない。
 ベッドを調べてみても、何の仕掛けもない普通のベッドだ。
 残る手がかりは、本のみ。
 エヴァンが手にとって本の表紙をめくり、レナも横から覗きこむ。
「これは……」
 表紙をめくった最初の項。
 そこにはこう書かれていた。
『脱出の手引』
 思わずレナとエヴァンは顔を見合わせる。
「……罠だと思うか?」
「……読んでみないことにはなんとも」
 二人は頷き合うと、恐る恐るページをめくった。
 しかし、そこには何も書かれていない。
 おや、とレナが不思議に思っていると、白紙の上に文字が浮かび上がってくる。
(魔導書だったのね)
 人工的に作られたダンジョンだという話は本当だったのかと思いつつ、浮かび上がった文字を目で追う。
『いらっしゃいませ。突然、この部屋に飛ばされてさぞ驚いたことでしょう。しかも扉が見つからず、戸惑われているものと思います。この部屋には特別な魔術がかかっていて特定の行動を行わなければ出ることができません。ですが、ご安心を。この本に書かれていることを実践していけば、必ずこの部屋から脱出できるでしょう』
 なんとも軽妙で胡散臭い文面であった。
 レナがエヴァンを見上げれば、彼は渋い顔をしている。
 勝手な印象だが、エヴァンはこの手の類は苦手そうだ。
 再度、レナが本へ視線を戻すと文章の続きが浮かぶ。
『ではまず、お互いの好きなところを言い合いましょう』
「え?」
 レナはぽかんと口を開け、エヴァンも目を丸くした。
「なんだこれは、ふざけているのか!?」
 憤慨するエヴァンに呼応するように文字が浮かび上がる。
『これはふざけているわけでも冗談でもありません。本当にここから脱出するのに必要な手順です』
「…………」
 その文章にエヴァンはますます苛立ちを募らせた様子を見せ、レナは慌てて彼を宥めた。
「エヴァンさん、落ち着いてください。とりあえず、指示に従ってみましょう」
 少なくとも、ダンジョンに入って出てこれなかった者はいないのだ。
 この魔導書の意図がどうであれ、脱出の糸口になるのなら試す価値はある。
「……そうだな、すまない」
 エヴァンも冷静さを取り戻したのか、一つ息を吐いて謝罪した。
「しかし、その……するのか?」
 それからなんとも気まずそうな様子でエヴァンはレナに尋ねる。
「……出る為ですから」
 レナの言葉にエヴァンはより一層渋い顔をした。
 いかにも乗り気ではないのが見て取れる。
(……私の好きなところなんて、無いから困ってるんだろうな……)
 ずきんと胸が痛む。
 その痛みが顔に出ないように、レナはぎゅっと唇を噛んだ。
 だが、ここから出るにはやるしかないのだから、無理にでもひねり出してもらうしかない。
「その……では、私から言いますね」
 少しでも早く終わらせようとレナが口を開くと、エヴァンが驚いた様子で彼女の顔を凝視する。
「……あるのか?」
 実に意外そうなエヴァンに、レナは思わず苦笑した。
「ありますよ」
 少なくとも、自分にはあるのだ。エヴァンの好きなところが。
「えっと、いつも花を贈ってくださるところですね。とても綺麗で、いつも楽しみにしているんです」
 エヴァンはレナのもとを尋ねる際、必ず花束を持ってくる。
 それを楽しみに感じるようになったのはいつからだろう。
「……それは、君が花を見つめる顔が綺麗だから、つい贈りたくなってしまうだけだ」
「え?」
 エヴァンの思わぬ言葉にレナは目を丸くする。
 思わずエヴァンの顔を見つめれば、彼は照れたように顔を背けた。
 その横顔が、少し赤く見えるのは気のせいだろうか。
(綺麗って、え? 私が?)
 エヴァンから言われた言葉を理解して、レナも共に赤くなる。
 そんな風に思われていたなんて思いもよらなかった。
「次は、俺か……あー、さっきも言ったが、花を見つめる君の顔が好きだ」
 いかにもばつが悪そうに視線を逸らしながら、エヴァンが呟く。
「そ、そうですか……」
 レナは恥ずかしさのあまり、それしか言えない。
 しかし、互いの好きなところを言い合ったのだから、これでここから出られるはずである。
 ちらりと魔導書を見れば、文字が浮き出てくる。
 だがそれは、レナ達の期待を裏切るものだった。
『まだそんなものでは足りません。もっとお互いの好きなところを挙げてください』
「は?」
 エヴァンが思わずといった様子で声を上げる。
 レナも、これには開いた口がふさがらなかった。
「おい、どういう事だ!? 言われた通りにしたのだから、さっさとここから出せ!」
 エヴァンが魔導書に向かって怒鳴るが、魔導書の文章は変わらない。
(そんな……も、もっと言わなくちゃいけないなんて……)
 今でさえ心臓が早鐘を打っているというのに、これ以上言ったら自分はどうなってしまうのだろう。
 しかし、ここから出られるにはやるしかない。
「エヴァンさん、その……魔導書に書いてある通りにしましょう」
 レナがエヴァンの服の裾を引くと、エヴァンはむぅと唸ったが渋々頷いた。
「……わかった。では、今度は俺から言おう」
「は、はい」
 エヴァンが咳払いをして口を開く。
「その……君の、笑顔が好きだ」
「え、え、笑顔ですか?」
 予想外の単語に、レナは動揺する。
 そんなこと初めて言われた。
 家族からも表情が乏しいだとか、何を考えているかわからないとか言われてきたのに。
「ああ。最初は控えめでわかりにくかったが、最近はよく笑うようになっただろう? それが、なんというか……可憐と思う」
「か、可憐……」
 恥ずかしさが込み上げてきたレナは悲鳴を上げて逃げたくなったが、ぐっと堪える。
 可憐と言われたのもそうだが、よく笑うようになったという彼の言葉にも驚いた。
 自分では全くそんなつもりはなかったのだ。
 逆上せるような熱を誤魔化そうと、レナは口を開く。
「つ、次は私ですね。えっと、馬車から降りる時や段差がある時に、必ず手を差し伸べてくれるところが、好きです」
「いや、そんな……それぐらい、普通だ」
 大したことじゃない、とエヴァンは言うが、レナはそうは思わない。
「そうだとしても、嬉しいという気持ちは変わりません。それにエヴァンさんの手は大きくて温かいから、なんだか安心してしまって……」
「そ、そうか……」
 後半の言葉はレナも照れて声が小さくなってしまったが、それでもエヴァンには届いたようだ。
(も、もういいかな……?)
 しかし、魔導書の文章に変化はなかった。
 どうやらまだ足りないらしい。
(うう……さっきはエヴァンさんから言ったから、次は私よね)
 恥ずかしい気持ちを抑え、レナは深呼吸をする。
「えっと……意外と甘いものが好きなところが、可愛いと思います」
「……か、可愛い?」
 今までの人生で可愛いなどと称されたことがなかったのだろう。
 エヴァンは面食らったような顔をした。
「その、はい……エヴァンさんは普段とても頼れる方なので、そういうギャップが可愛いなと……」
 レナの言葉にエヴァンは片手で顔を覆い、大きく息を吐いた。
「……わかった。次は俺だな」
「……お願いします」
 今度は何を言われるのかと身構えていると、レナの予想に反してエヴァンは何も言わない。
「…………」
 沈黙が一秒、二秒と続く毎にレナは全身から熱が引ていく。
(あ、もう無いのか)
 そう悟ったレナは、猛烈な羞恥心に襲われた。
 当たり前のようにまだ自分に好きなところがあるだろうと思っていた自分が恥ずかしい。
(そもそも好きなところがあるとも思っていなかったのに、二つも言ってもらえた時点でもう十分じゃない。それなのに、私ったら……)
「あ、あの……無いなら無理に言わなくても……」
 いたたまれない気持ちに思わずレナが口を開くと、エヴァンが慌てたように口を開いた。
「いや、違う! その……どれを言おうかと迷っていたんだ!」
「え?」
 エヴァンの言葉にレナは目を丸くする。
 彼は更に続けた。
「先ほどの、俺の裾を引いたところも可愛いと思うし、髪を耳にかける仕草や、俺を見上げる時の上目遣いも好ましい。俺のような口下手で無愛想な男に対して臆せず話しかけてくれるところがいじらしいと思う」
「え……え?」
怒涛のように繰り出される言葉に、レナは目を白黒させるしかない。
「それから……」
「も、もういいです! もう十分ですから!」
 更に続けようとするエヴァンに、堪らずレナは声を上げた。
 これ以上続けられたら恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
「そ、そうか……」
 エヴァンも自分の言った言葉が恥ずかしくなったのか、片手で口元を覆う。
 二人の間に沈黙が流れる。
 けれどもそれは、あの馬車の中で感じた気まずいものではなかった。
「あ、あの……私、ずっとエヴァンさんともっとお話をしたいって思ってました。けど、私は人付き合いが苦手で面白い話もできないし……ベタベタして嫌われたらどうしようって、そう思うと余計に足が竦んでしまって、何もできなくて……」
「レナ……」
 エヴァンは驚いたような、それでいて嬉しそうな表情をした。
「俺も、君ともっと一緒に過ごしたいと思っていた。だが、君はそんなことを望んではいないのかもしれないと思うと、不安で堪らなかったんだ」
「そうだったんですか」
 まさか、彼が自分と同じことを望みながらも悩んでいたなんて。
「俺たち、案外似た者同士なんだな」
 そう言ってエヴァンは苦笑する。
「ええ、本当に」
 レナもつられて笑った。
 互いの気持ちを確かめあった二人。
 閉じ込められているという状況は変わっていないが、より一層ここから無事に脱出しようと気持ちを強くした。
 魔導書を見れば、文章に変化が現れている。
 どうやら先ほどのやりとりで、条件をクリアできたらしい。
 しかし、その内容を見て二人は固まった。
『ありがとうございます。それでは次が最後の条件となります。それは性行為を行うことです。これが終わればこのダンジョンから出られますよ』
「え?」
「は?」
 レナとエヴァンの声が重なる。
 あまりにもあからさまな内容に、レナは目眩を覚えた。
 エヴァンも呆然としていたが、徐々に顔が赤くなっていくと同時に目が鋭くなっていく。
「ふざけるのも大概にしろ! そんな条件を飲めるか!」
 エヴァンが魔導書に向かって怒鳴るが、魔導書は淡々とした文章を浮かべた。
『この条件をクリアしなければ、ここから出られません。頑張ってください』
「で、できるか! そんな行為!」
 エヴァンはもう我慢できないとばかりに本を殴ろうとするが、魔導書はふわりと浮かび上がってひらりとかわす。
そのまま、レナの手元までやってくると、文章が書き換えられた。
『頑張ってください。私はことが済むまで姿を隠しますので、ごゆっくり』
「ま、待て!」
 エヴァンが慌てて手を伸ばすが、魔導書はパチンと弾けるように消えてしまう。
「くそっ!」
 エヴァンは苛立たし気に舌打ちした。
 一方のレナは顔を赤くして俯く。
(ど、どうしよう……)
 レナはちらりとベッドを見る。
 ここで、エヴァンとそういうことをしなければならない。
 婚約者なのだから、いずれはそうなることはわかっていたが、こんなにも早くその時が来るとは思ってもみなかった。
羞恥を覚えながらエヴァンを見ると、彼もまたレナを見ていて目が合う。
「あっ……」
 体の熱がまた上昇するのを感じたが、レナはエヴァンから目を逸らすことができなかった。
 エヴァンもレナから視線を外さない。
 その眼差しが徐々に熱を孕んでいくように見えて、レナはごくりと喉を鳴らした。
「レナ……」
 エヴァンがレナの頬に触れる。
 彼の手はいつも温かいが、今回ばかりはとても熱く感じた。
「その……こんなところで嫌かもしれないが、すまない……」
 エヴァンの言わんとすることはレナにもよくわかる。
 確かに、こんな場所で行為に及ぶのは抵抗があった。
(でも……)
 レナは頬に触れているエヴァンの手に自分の手を重ねる。
「わ、私……エヴァンさんとなら、嫌じゃない……です」
 恥ずかしくて死にそうになりながらも、レナはなんとか自分の気持ちを伝えた。
「……本当にいいのか?」
 確認するように、エヴァンが尋ねる。
 レナはこくりと頷いた。
「はい」
 レナの返事を受け、エヴァンは彼女の体を優しく抱きしめる。
 彼の体温に包まれ、レナも彼の背中に手を回す。
「……一応、言っておくが……俺はこういうことは初めてなんだ。だから、上手くできるかわからない。だが、精一杯優しくすると誓う」
「はい……私も頑張りますね」
「それから、不快に思うことがあったらすぐに言ってくれ……君に無理をさせたくない」
 こんな時でも自分を気遣ってくれる彼に、レナの胸は温まる。
「わかりました。でも、エヴァンさんも何かあったら、我慢しないで言ってください」
「ああ、わかった」
 二人は互いに見つめ合う。
 そして、どちらからともなく唇を重ねた。
 最初に感じたのは柔らかい感触だった。
 少し乾いた、けれども温かいエヴァンの唇。
 その温かさをもっと感じたくて、レナはぎゅっとエヴァンの服を掴む。
 エヴァンもそれに応えるように、レナの体を更に抱き寄せた。
(ああ……私、今エヴァンさんとキスしてるんだ)
 そう自覚すると、途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。
 けれども、それ以上に嬉しさの方が勝っていた。
「んっ……」
 唇が離れると、今度は角度を変えてまた口づけられる。
 ちゅっと音を立てて唇を吸われる度、レナは頭がぼうっとした。
「んむ……」
 何度か繰り返した後、エヴァンの舌がレナの唇をつつく。
 その意図を察し、レナはおずおずと口を開くと、エヴァンの舌が口内に侵入してきた。
「んっ……んんっ……」
 歯列をなぞられ、レナの体がびくりと跳ねる。
 舌先で上顎を撫でられると、ぞくぞくとした感覚が背筋を走り抜けた。
(なに、これ……)
 初めての感覚に、レナは戸惑う。
 だが、嫌な感じはしない。
 寧ろもっとして欲しいとさえ思った。
 レナはエヴァンの首に腕を回し、自ら舌を絡めていく。
「んっ……ふっ……」
 エヴァンの舌に自分のそれを絡めれば、彼は応えてくれる。
 それが嬉しくて、レナは積極的に舌を絡めた。
 互いの舌が絡み合う度、ぴちゃぴちゃという水音が部屋に響く。
(キスって、こんなに……気持ちいいんだ)
 レナはぼんやりとした頭でそんなことを思った。
 エヴァンとのキスに没頭していれば、彼はレナの体をベッドへそっと横たえる。
「あ……」
 名残惜し気にエヴァンの唇が離れれば、二人の間に銀糸が伸び、ぷつりと切れた。
「レナ……」
 熱を孕んだ声で名を呼ばれ、心臓が高鳴る。
 エヴァンの両手がレナの両頬を包むように触れた。
「愛してる。一生、大切にする」
 レナは潤んだ瞳で彼を見つめ返す。
「私も、愛してます……エヴァンさん」
 彼女の返事を受け、エヴァンは優しく微笑んだ。
 そして、再び口づけられる。
 今度は触れるだけの優しいキスだ。
 何度か啄むようなキスをした後、エヴァンはレナの服に手をかける。
 ボタンが一つ一つ外され、肌が露わになっていく。
 外気に触れた肌がひやりと冷たいが、火照った体にはちょうど良かった。
 ボタンを外し終えたエヴァンは、晒されたレナの肌をうっとりと見つめる。
「綺麗だ……」
 ぽつりと呟かれた言葉に、レナの頬が紅く染まる。
「あ、あまり見られると……その……」
 恥ずかしいです。
 そう言おうとしたレナだったが、それよりも先にエヴァンの指先が彼女の首筋をそっとなぞった。
「んっ……!」
 ぞくりとした感覚に、思わず声を上げてしまう。
 エヴァンはレナの反応にふっと笑みをこぼすと、鎖骨、胸元へと手を滑らせていく。
 その優しい手つきに、レナはくすぐったいような、もどかしいような感覚を覚えた。
 エヴァンの指先はやがてレナの胸へと到達する。
 下着も外され、レナの乳房はエヴァンの前に晒された。
「あ、あまり見ないで……ください……」
 羞恥に耐えられず、レナが腕で胸を隠そうとすると、その手をやんわりと掴まれてしまう。
「すまない。だが、どうか隠さないでくれ……」
 懇願するように言われると、レナはそれ以上抵抗できなかった。
「し、仕方のないですね……」
 消え入りそうな声でそう呟くと、ゆっくり腕をおろす。
「ありがとう」
 エヴァンは目を細め、レナの頬に口づけた。
 そして、レナの胸へと手を伸ばす。
「んっ……」
 エヴァンの大きな手が、レナの乳房を包み込む。
 彼の手は温かく、触れられた箇所からじんわりと熱が広がっていくようだった。
 やわやわと胸を揉まれる度、レナの口から吐息が漏れる。
「んっ……ふっ……」
「痛くないか?」
「はい……」
 気遣うようなエヴァンの声に、レナは小さく答える。
(なんだか、不思議な感覚……)
 初めて感じる感覚に戸惑いつつも、レナはエヴァンに身を任せた。
「あっ……」
 エヴァンの親指が、胸の突起を掠める。
 その瞬間、今までとは違った感覚に襲われ、レナは小さく声を上げた。
「痛かったか?」
 エヴァンが心配そうな表情を浮かべ、レナの顔を覗き込む。
「いえ……大丈夫です」
 レナは首を横に振ると、エヴァンの手に自分の手を重ねた。
「続けてください」
 その言葉に、エヴァンはこくりと頷くと再び手を動かし始める。
「あっ……んんっ……」
 自分の口からあえぎ声が零れたことに驚きつつも、レナはそれを抑えることができなかった。
 じわりとした快感が体の奥から湧き上がってくるような感覚。
 自分の体なのに、知らない体みたいでレナは戸惑った。
 けれども、決して嫌ではない。
「ふっ……あっ……」
 エヴァンはレナの様子を見ながら、強弱をつけて胸を揉みしだいていく。
 彼の手の中で形を変える胸。
 その先端が徐々に芯を持ち、硬く尖っていくのがわかった。
 それに気づいたエヴァンが指先で押し込む。
「ああっ!」
 その瞬間、びりっと電流が走ったような感覚に襲われ、レナは大きく体をしならせた。
「ここがいいのか?」
 エヴァンは確認するように尋ね、レナが答えるよりも先に同じ場所を刺激する。
「あっ、だめっ、そこは……ああっ」
 エヴァンの指先で捏ね回される度、レナは体を震わせた。
 自分の口からこんな声が出るなんて、信じられない。
 レナのそんな反応を見て、エヴァンは気を良くしたのかくにくにと執拗に同じ場所を責め立てる。
「んぁっ、ああっ、だめったら、もうっ」
「すまない。君があまりに可愛いものだから、つい……」
 レナに謝りつつ、エヴァンは彼女の耳たぶを食んだ。
 耳の縁に沿って、舌がゆっくりと這う。
「あっ……んん……」
 ぞくぞくとした感覚に身をよじれば、エヴァンはレナの首筋に顔を埋めた。
 そして、ちゅっと軽く吸い付く。
「んっ」
 ちりっとした痛みに思わず声を上げると、エヴァンはレナの首筋から顔を上げた。
「レナ……」
 熱っぽい声で名を呼ばれる。
 エヴァンはレナの首筋から鎖骨、胸元にかけて口づけを落としていく。
「あっ、んっ」
 彼が触れた箇所から甘い疼きが生まれ、レナは体を震わせた。
 エヴァンの唇が胸へと辿り着くと、彼はそのまま先端を口に含む。
 ぬるりとした舌の感触に、レナは小さく声を上げた。
「んっ、ああっ……」
 エヴァンは舌先で先端を転がしたり、軽く吸い上げたりする。
 まるで飴玉をしゃぶるようにぺろぺろと舌を動かされ、レナはたまらずエヴァンの頭を抱え込んだ。
「あっ、ああっ……んっ」
 彼の舌が動く度、ぞくぞくとした快感が背中を駆け上がる。
 もう片方の胸も彼の手で愛撫され、レナの口からは絶えず甘い声が零れた。
「やはり、ここが弱いんだな」
 エヴァンはそう言うと、胸の突起をきゅっとつまむ。
「ああっ!」
 強い刺激にレナは一際大きな声を上げ、背中をしならせた。
「可愛いな、レナ」
 エヴァンが満足そうに微笑むと、レナはむうと頬を膨らませる。
「もう、エヴァンさんのいじわる」
「すまない」
「……でも、可愛いって言われるのは嬉しいです」
 レナは照れたように笑うと、エヴァンの首に腕を回した。
「もっと、言って欲しい」
 レナがそうねだると、エヴァンは彼女の耳元に口を寄せる。
「可愛いぞ、レナ。君ほど可愛い人はいない」
 低く掠れた声が鼓膜を震わせる。
 それすら、今のレナには快感になった。

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