見られる体:思春期の乳房をめぐる身体の変化と社会のまなざし「第4章」
第4章:「胸」をめぐることば
これまでの章では、「胸」が思春期に目立つようになること、そしてそのことで「見られる」という特別な経験が生まれることについて学んできました。
この章では、そんな胸というからだの一部が、社会の中でどのように語られ、どんなイメージを持たれているのかを見ていきます。
それは、わたしたちがどんな言葉で「胸」を話しているか、またどんな言葉をかけられるかということにも関係しています。
胸にまつわる、いろいろな言葉
胸という部分には、体の成長をあらわすしるしとしてだけでなく、社会の中でさまざまな意味がつけられてきました。たとえば、こんなふうな言葉を聞いたことがあるかもしれません。
- 「胸が大きくてうらやましい」
- 「その服、胸が目立っているよ」
- 「胸がふくらんで、女の子っぽくなったね」
- 「恥ずかしいから隠しなさい」
- 「胸があるから守ってあげたい」
こうした言葉は、どれも「胸」という場所を、ただの体の一部ではなく、「何か特別なもの」として語っていることがわかります。
いろんな気持ちがあつまる場所
胸に向けられる言葉には、さまざまな気持ちがふくまれています。
- 「きれい」「うつくしい」という思い
- 「恥ずかしい」「かくしたい」という気持ち
- 「守られるべき」「だれかのもの」などの考え
- 「自信が持てる」「うれしい」という感情
でもよく考えてみると、ひとつのからだの部分に、これほど多くの意味が集まってしまうのは、とてもふしぎなことではないでしょうか?
それはつまり、胸が体の中でも「特別な意味をもたされてきた場所」だということなのです。
自分がどう思うかも、大事な「ことば」
「胸が大きいといい」
「小さいとだめ」
「見せるのははしたない」
「見せないのが正しい」
こうした考え方や言葉は、社会の中で知らないうちにうけ取っているイメージや思いこみです。
けれど、からだは人によってちがいますし、感じ方もちがって当たり前です。
だからこそ大事なのは、まわりの声やイメージにまどわされず、「自分はどう思うか」をことばにしてみることです。
- 「わたしはこう感じている」
- 「ぼくには、胸ってこう見える」
- 「胸のことで、こんな気持ちになった」
そういった「自分のことば」を持つことで、まわりの声にただ流されるのではなく、自分らしく体と向き合うことができるようになります。
胸のことでからかわれたら?
思春期のころには、胸についてからかわれたり、じろじろ見られたりしていやな思いをすることもあるかもしれません。
そのとき大切なのは、
- 自分の気持ちをだいじにすること
- いやだった、と言っていいこと
- 信頼できる大人に話してみること
です。
からかいは、冗談に見えて、相手の大切な体や気持ちを傷つける行為です。胸がふくらんできたことも、変化がまだおそいことも、ぜんぶその人にとって自然で大切なことです。
ことばは、誰かをしばるものにもなる
ことばは、あたたかく人を守ることもできますが、ときに人をしばりつけたり、苦しくさせたりすることもあります。
たとえば、
- 「そんな胸じゃだめだよ」
- 「もっと隠したほうがいいよ」
といったことばは、相手に「自分のからだを間違っている」と思わせてしまうかもしれません。
だからこそ、わたしたちはだれかのからだについて話すときに、やさしさと注意深さをもつことが大切です。
胸について話すことを、こわがらないで
「胸」という場所について話すことは、少しはずかしいと感じるかもしれません。けれど、それはとても大切なことです。
だれかに伝えるだけではなく、まずは自分で考えること、自分に向けてことばにすることから始めてみてください。
次の章では、「そもそも、どうして胸はこんなに目立つのか?」という問いをもう一度考えながら、自分の体について語ることの大切さにふれていきます。
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