ago Apr/27/2025 17:55

03:恭平と隆 06

 玄関のドアを開けた瞬間、ほんの微かな違和感がななみの鼻をかすめた。
 部屋の空気がいつもより、どこか落ち着かない。
 その理由を確かめるまでもなく、リビングに視線を送った彼女の胸に、冷たい針のような不安が突き刺さる。

 ――スーツケース。

 開かれたままのそれに、畳まれたシャツ、靴下、充電器。
 几帳面とは言えない手つきで荷物を詰めている背中は、紛れもなく、隆だった。

「……たかし?」

 自分の声が、少し震えていた。
 隆は振り返りもせず、「おかえり」とだけ言って、手を止めなかった。
 一瞬、ななみの背中に冷たい鉄を押しつけられたような感覚が襲った。
 まさか、この家を出て行くつもりなんじゃないか?
 飲んだ息が止まり、吐き出せない。ばくんという鼓動の重たい音が、耳の奥で跳ねた。
 あの夜、ホテルのバーでの出来事が。或いは他の何かを隆が感づいて、愛想を尽かされてしまったのではないか……? そんな不安がななみの中に鋭い棘を張り巡らせる。

「……ななみ?」

 隆の声に、ななみは我に返る。

「ごめん、気付かなくて。おかえり」

 どこまでも優しい隆の瞳、その笑顔に、ななみは自分の心配が杞憂だと悟る。ただ、旅行の準備をする理由がわからない。

「……どうしたの? 荷造りって……」

 ようやく言葉を絞り出すと、隆はスーツを畳む手を止めた。

「今日の夜行で関西に出張行くことになっちゃった」
「えっ……今日のって? もうそんなに時間ないじゃない」

 時計は既に21時に近づこうとしている。今からターミナル駅に向かうとして……もう残された時間はほとんどない。急すぎる。隆は肩をすくめ、小さく苦笑した。

「正直、何を持ってけばいいのかも分からなくて」

 隆は旅行に慣れていない。結婚前に一度だけ温泉旅行に行ったが、彼は普段使っているものをそのまま持ってきており、荷物を嵩張らせていた。結婚した後も、短期出張の度に下手な荷造りを目の当たりにしてきた。隣で何度一緒にやっても彼は慣れなかった。そんな不器用な彼の姿が逆に胸に沁みる。
 ななみはそっと横にしゃがみ込み、鞄の中を見た。

「期間は?」
「えっと、とりあえず一週間……」
「だったら、これとこれはいらないね。向こうのコンビニかドラッグストアで買っちゃった方がいいよ」
「あ、そっか。前も言われた気がする」
「うん、言った」

 はにかむ隆の様子に、ななみも自然と笑みが浮かんでしまう。

「隆は仕事に必要なものの準備をして。あと、出かける前の身だしなみ。その間にこっちはやっておくから」
「わかった。ありがとう」

 隆がドタドタと部屋へ戻っていく。

「さて」

 ななみはスーツケースを見て、入れられそうな目安の荷物の量を大まかに計算すると、足りていないものを探しに向かった。

  * * *

 肌に触れる衣服を彼の代わりに丁寧にやわらかく畳むと、旅行用の衣類袋に入れてスーツケースへ入れた。準備を終えファスナーを閉めると、後ろで見ていた隆がふぅと一息つく。
 いつまでもスーツに着られている印象を残す隆からは、少年の面影が感じられてななみは微笑んでしまう。

「はい」
「ありがとう」

 荷物を持ち玄関へ向かう。靴を履き替えドアの前に立った隆が、少し名残惜しそうに振り返った。

「じゃあ、行ってくるね」

 ななみは急に不安になって隆へ声をかける。

「駅まで送ろうか?」

「いいよ。夜は危ないし」

 優しく笑うその表情に、ななみは何も言えなくなる。
 心のどこかで、この人を信じていいと思える瞬間だった。

「……気をつけてね。着いたら、ちゃんと連絡して」

「うん」

 そして、唐突に。

 ぐいっと、引き寄せられる。

「……!」

 ななみの細い身体は、隆の胸にすっぽりと収まった。

「連絡するから」

 言葉とともに柔らかな感触が唇に触れた。
 やさしい、それでいて確かな意思のこもったキスだった。

「……うん、行ってらっしゃい」

 ドアが静かに閉まる音。
 残されたななみは、しばしその場に立ち尽くしていた。

  * * *

 柔らかな月光が、カーテンの隙間からリビングに差し込んでいた。
 風呂上がり、火照った身体を綿のパジャマが優しく包み込む。入浴剤のミルクの甘い香りがななみの身体からうっすらと漂わせていた。
 髪の毛を乾かし、化粧水で肌を休ませる。
 いつもならば隆がいる家だが、今日は誰もいない。
 風呂上がりのルーティンを終わらせたななみはソファに腰掛け、膝に抱えたクッションを無意識にぎゅっと握りしめる。
 彼の不在を、こんなにも静かに感じてしまうだなんて。
 時計の秒針が刻む音だけが、彼女の耳に響く。

 『連絡するから』

 彼はああいったが、まだスマホのメッセンジャーアプリには何の通知も来ていない。
 ななみは隆と去り際に口づけしたことを思い出し、唇を人差し指で撫でた。
 あの時の幸せな感触が蘇る。
 指先を、舌先でちょんと嘗めた。
 隆のことを思い出すため。そのはずだった。
 けれど脳裏をかすめたのは別の記憶。
 バーのVIPルームで恭平を唇で愛した時の感触が蘇ってしまう。

 (ダメ……)

 心でそう叫ぶのに、ななみは指を舐めるのをやめられない。

 くちゅ……くちゅる……

 小さな水音が、静かなリビングに響き、徐々に大きく、淫靡になる。彼女の女の部分が熱く疼き始める。

 (……お風呂に入ったばかりなのに)

 あの夜、隆からの連絡がなければ、ななみはどうなっていただろう?
  ワインに火照った肌は、恭平の体温を拒めたのだろうか?
 無意識に、空いた手がパジャマの胸元に滑る。

「……んっ」

 ななみは薄手の綿パジャマ越しに、豊満な胸を両手でぎゅっとつかむ。
 たわわなふくらみが手のひらに溢れ、柔らかく弾む肉感が指先に吸い付くように広がった。
 彼女の指がその重みに沈み込むたび、滑らかな肌がほのかに揺れ、熱い吐息がこぼれる。
 パジャマの生地が胸の曲線にぴったりと寄り添い、深い谷間を際立たせた。
 ななみはそっと指を滑らせ、ぷっくりと硬く膨らんだ突起を人差し指と中指で挟む。
 擦るように、まるで愛撫するように撫でると、甘い疼きが胸の奥から全身を駆け巡る。

「……んっ……はぁ……」

 漏れる鼻息が、指をしゃぶる唇に絡み、湿った水音――くちゅ、くちゅる――と混ざり合っていく。静かなリビングにその音が響き、ななみの心をさらに乱した。

 彼女の脳裏に、男の熱い手がこの胸を貪るように愛した記憶が鮮やかに浮かぶ。
 あの夜、太い指が乱暴に柔肌へと深く食い込み、むしゃぶりつくような視線が彼女の谷間を這いまわった。男の荒々しい吐息が耳元で響き、彼女の胸は欲に呼応するように震え、熱く濡れていた。

 その感触が、今この瞬間に再現されるように、ななみの身体を火照らせ、理性を揺さぶる。
 彼女の指の動きが無意識に激しくなっていった。
 突起を軽くつまみ、柔らかな肉を揉みしだくたび、胸の深いところから甘い電流が迸る。
 パジャマの生地が肌に擦れる微かな感触すら、彼女の神経を鋭く刺激していく。

「ふぅ……ぅ……ぁ……っ……」

 ななみの下腹部、子宮の奥がじんわりと疼き始めていた。
 それはまるで、男の手に導かれるように熱を溜め込み、彼女の身体の奥を溶かしていく。
 子宮の熱は甘く、切なく、抑えきれずに波となって広がっている。
 彼女の太ももが無意識に擦れ合い、疼きを鎮めようとするが、逆に火に油を注ぐように高まっていく。

 (……こんなの……ダメなのに……っ」 )

 心の奥でそう叫ぶのに、ななみの身体は逆らう。
 子宮の疼きは、まるで彼女をあの男の腕の中へ引き戻すように、執拗に脈打った。
 彼女の指は胸の柔らかさを確かめるように、執拗に愛撫を繰り返し、谷間をなぞるたびに新たな快感が湧き上がる。
 ななみは目を閉じ、男の熱い唇が胸に触れた幻影に溺れそうになっていく。
 彼女の身体はありもしない男の熱を求め、子宮の奥で疼き続ける。
 彼女の指が『誰のことを想いながら』だろうか?
 パジャマのズボンの内側に滑り込もうとしたその時だった。

 スマホが軽く振動し、ななみはハッと顔を上げた。

 画面を見ると、隆からのメッセージ。
 ななみの心が一瞬ざわつくが、その文面に心は穏やかな水面のように静けさを取り戻す。

 隆:ななみ、忙しかったよ……。早くななみに会いたい。

 ななみはクスッと笑い、指先で返信を打ち始める。

 ななみ:もう、今日行ったところじゃない。ちゃんとご飯食べた?

 隆:うん、食べてるよ。コンビニだけど。早くななみの卵焼きが食べたい

 その言葉に、ななみの胸がきゅっと締め付けられた。
 隆の声が、文字越しでも少し弱っているのが分かる。

 何か元気づけてあげたい……。

 一瞬悩んだななみだったが、そうだと立ち上がった。
 学生時代、就職活動で疲弊していた彼のためにやってあげたサービス。
 ちょっと大胆かもしれないけど……隆が喜んでくれるなら。

 ななみは寝室に移動し、クローゼットから薄手のキャミソールを手に取る。
 淡いピンクのそれは、隆が「似合う」と目を輝かせて褒めてくれた一着だ。
 特に、彼が愛してやまないななみの豊満な胸を、柔らかく包み込むように強調するデザイン。
 彼女はそれを身にまとい、鏡の前に立つ。
 キャミソールの生地がななみのたわわな胸にぴったりと寄り添い、深い谷間を際立たせる。
 ななみは頬をほんのり赤らめた。
 彼女は鏡に映る自分の姿を見つめながら、隆の手がこの胸を愛おしそうに撫でた夜を思い出す。彼の指が、柔らかく弾むような感触を確かめるように這い、熱い吐息とともに「ななみのここ、本当に好き」と囁いたあの瞬間。ななみの心は、愛された記憶と彼への想いで熱くなる。

 彼女はゆっくりと肩紐をずらし、キャミソールの胸元を大胆にはだけさせた。
 ふくらみの上部が露わになり、柔らかな肌が寝室の柔らかい光に照らされて輝く。
 ななみは自分の胸に軽く触れ、その重みと滑らかな弾力を感じる。
 隆が夢中になるのもわかる気がする――この感触は、まるで彼の手に吸い付くようにしっとりと柔らかい。
 彼女の指が軽く沈み込むたび、胸が小さく揺れ、ななみ自身もドキドキしてしまう。

「隆、喜んでくれるかな…」

 少し恥ずかしそうに微笑み、スマホのカメラを構える。
 胸元を強調するように上体を軽く反らし、自然な仕草で、でもどこか誘うような角度を探す。
 キャミソールの縁が、ふくよかな胸の曲線を際立たせ、谷間がより深く、挑発的に映る。
 ななみはサービス精神を込めて、唇に小さくキスを浮かべた表情でシャッターを切った。

 出来上がった写真は、ななみの豊満な胸が主役だった。
 薄い生地越しにほのかに透ける肌、柔らかく揺れそうなその質感は、隆の心を鷲づかみにしそうなほど魅惑的だ。
「これで元気になってね、隆」と呟きながら、ななみはドキドキする胸を抑え、メッセージとともに写真を送信した。

 ななみ:元気出た?

 しばらくして、隆からの返信が届く。
 ななみはスマホを握りしめ、ドキドキしながら画面を確認した。

 隆:元気出た!

 その言葉に、ななみは思わず笑顔になる。

 隆:これで明日も頑張れそう! いや、頑張る! 俺たちの未来のために!

 ななみ:興奮しすぎて、夜更かししちゃだめだよ

 元気の良い『OK!』のスタンプが貼られた。
 本当は通話で話したい。
 けど、きっとそうしたら二人して寝不足になる。
 ななみは『おやすみ』のスタンプを送り返す。
 それを隆も分かっているから『OK!』のスタンプが届いた。

「隆……」

 ぎゅっとスマホを抱きしめる。
 ついさっきまで自分を苛んでいた疼きは消え去り、ななみはそのことを忘れかけていた。
 その時、再びスマホが振動した。
 やはり名残惜しくなってしまったのだろうか?
 ななみはスマホを手にし、通知欄を見て表情を凍らせた。

 そこには恭平の名前があった。

 

 

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