ago May/09/2025 17:55

05:早朝の駐車場 01

 金曜の夜、久しぶりの呼び出しに、ななみの心は抑えきれず高鳴っていた。
 仕事に追われ疲れ果てていたはずなのに、ホテルのスイートルームに足を踏み入れた瞬間、その疲れは熱へと変わった。
 互いの息遣いと熱を確かめるように抱き合い、唇を重ねる。唇はすぐに激しさを増し、まるで互いを飲み込むかのように絡み合った。
 数日ぶりに触れる恭平の体温、囁くような声、ほのかに香るコロン。
 シーツの上で二人は激しく求め合い、ななみの身体は彼を貪るように受け入れた。
 恭平の手が彼女の肌を滑るたび、熱い波が全身を駆け巡り、ななみは彼の名を呼びながら幾度も頂点へと押し上げられた。
 その刹那、夫の顔が一瞬だけ脳裏をよぎる。だが、ななみは恭平の肩に爪を立て、彼の熱に身を焦がすことでその影を焼き尽くした。
 やがて力尽きた二人は、指を絡ませたままシーツに沈んだ。
 窓の外から漏れる街の光が、薄い影となって部屋に漂う。
 ななみはまどろみの中で、かすかな夢を見ていた——この一瞬が永遠に続くかのような、儚い夢を。
 背後からななみを抱き寄せた恭平が、どこかためらうような声でぽつりと告げた。

「明日から、海外出張なんだ。一週間くらい」

 ななみの呼吸が、一瞬止まった。
 理性では「たった一週間」と理解している。けれど、触れられない、声も聞けない、その時間の空白が胸を締めつける。
 言葉にできない寂しさが、じわじわと押し寄せる。
 ななみはシーツを握りしめ、言葉を呑み込んだ。
 それでも、恭平の腕の中で彼を抱きしめ、また抱きしめられた。

  * * *

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、ホテルの部屋に柔らかな光を投げかけていた。
 乱れたシーツの上で、ななみは恭平の腕に身を預けたまま、静かに目を覚ました。
 昨夜の熱はまだ肌に残り、彼の匂いが髪に絡みついている。
 だが、胸の奥では、別れの時間が迫る重さがじわじわと広がっていた。
 ななみは恭平の顔を見つめ、別れがたい気持ちを押し隠した。
 この一週間、彼の声を聞けない。触れられない。そんな思いが、喉の奥で言葉にならずに疼く。
 夫の顔が脳裏をちらつくが、ななみはそれを振り払うように、恭平のシャツの裾を指先でなぞった。

「ななみ」

 恭平が寝起きの掠れた声で呼び、彼女の手を握った。

「空港まで、来てくれない?」
「え……」

 彼の口元に浮かぶのは、普段のクールな態度とは裏腹な、どこか少年のような笑み。
 その甘えるような視線に、ななみの心は揺れる。

「帰りのタクシー代は出すし。もう少しだけ一緒にいたいんだ」

 その瞳は真剣だった。ずるい、と胸の内で呟く。
 ななみは小さく息を吐き、肩をすくめた。

「……仕方ないわね。甘えん坊なんだから」

 軽く笑って答えながらも、声の裏には、理性と情がせめぎ合う震えがあった。
 空港まで行けば、別れの時を少しだけ先延ばしにできる。
 それがまた一つ、夫への裏切りを積み重ねるとわかっていても——。
 彼女は恭平の手を、そっと握り返した。
 二人は身支度を終え、静かに部屋を出た。
 エレベーターの中、恭平の手がななみの肩に触れる。
 その一瞬、ななみは思わず目を閉じた。
 このぬくもりを、もう少しだけ感じていたかった。

  * * *

 空港の駐車場は車で埋め尽くされていたが、運よく空いた一角に、恭平は滑らかに車を滑り込ませた。
 エンジンを切っても、二人はそのまま黙って手を重ねていた。

 ななみの指先が、恭平の手の甲をそっと撫でる。
 まるで、秒針の進みを遅らせるかのように。

「行かなくていいの?」

 囁くような声に、恭平は肩をすくめて微笑んだ。

「ちょっと早く着きすぎたかな」

 その口調には、落ち着いた大人の仮面を一瞬だけ外した、少年のような無防備さがにじむ。

「なによ、それ」

 ななみは小さく笑った。けれど胸の奥では、温かな疼きが波紋のように広がっていた。

 ラウンジで待てばいいものを、彼はこの狭い車内を選んだ。
 この、誰の目も届かない、二人だけの時間を。

 やがて指は絡み合い、唇がそっと重なる。
 恭平のキスは最初は静かで、やがて熱を帯び、ななみの呼吸を奪っていった。
 彼の指が首筋をなぞるたび、肌の奥で鼓動が高鳴る。
 ななみはそれを拒まなかった。

 夫の存在が一瞬、幻のように遠ざかる。
 恭平の吐息が、その罪悪感の声を塗りつぶす。

 昨夜、あれほど彼を求め尽くしたはずだった。
 それでもななみの身体は、まだ飢えていた。

 彼女の手がシャツ越しに彼の胸を辿り、そっと熱を呼び覚ます。
 息が触れる距離で、ふたりの世界だけが密やかに燃えていた。

 彼女の手は恭平の胸を滑り、彼の熱を呼び覚ますようにそっと動いた。

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