05:早朝の駐車場 01
金曜の夜、久しぶりの呼び出しに、ななみの心は抑えきれず高鳴っていた。
仕事に追われ疲れ果てていたはずなのに、ホテルのスイートルームに足を踏み入れた瞬間、その疲れは熱へと変わった。
互いの息遣いと熱を確かめるように抱き合い、唇を重ねる。唇はすぐに激しさを増し、まるで互いを飲み込むかのように絡み合った。
数日ぶりに触れる恭平の体温、囁くような声、ほのかに香るコロン。
シーツの上で二人は激しく求め合い、ななみの身体は彼を貪るように受け入れた。
恭平の手が彼女の肌を滑るたび、熱い波が全身を駆け巡り、ななみは彼の名を呼びながら幾度も頂点へと押し上げられた。
その刹那、夫の顔が一瞬だけ脳裏をよぎる。だが、ななみは恭平の肩に爪を立て、彼の熱に身を焦がすことでその影を焼き尽くした。
やがて力尽きた二人は、指を絡ませたままシーツに沈んだ。
窓の外から漏れる街の光が、薄い影となって部屋に漂う。
ななみはまどろみの中で、かすかな夢を見ていた——この一瞬が永遠に続くかのような、儚い夢を。
背後からななみを抱き寄せた恭平が、どこかためらうような声でぽつりと告げた。
「明日から、海外出張なんだ。一週間くらい」
ななみの呼吸が、一瞬止まった。
理性では「たった一週間」と理解している。けれど、触れられない、声も聞けない、その時間の空白が胸を締めつける。
言葉にできない寂しさが、じわじわと押し寄せる。
ななみはシーツを握りしめ、言葉を呑み込んだ。
それでも、恭平の腕の中で彼を抱きしめ、また抱きしめられた。
* * *
朝日がカーテンの隙間から差し込み、ホテルの部屋に柔らかな光を投げかけていた。
乱れたシーツの上で、ななみは恭平の腕に身を預けたまま、静かに目を覚ました。
昨夜の熱はまだ肌に残り、彼の匂いが髪に絡みついている。
だが、胸の奥では、別れの時間が迫る重さがじわじわと広がっていた。
ななみは恭平の顔を見つめ、別れがたい気持ちを押し隠した。
この一週間、彼の声を聞けない。触れられない。そんな思いが、喉の奥で言葉にならずに疼く。
夫の顔が脳裏をちらつくが、ななみはそれを振り払うように、恭平のシャツの裾を指先でなぞった。
「ななみ」
恭平が寝起きの掠れた声で呼び、彼女の手を握った。
「空港まで、来てくれない?」
「え……」
彼の口元に浮かぶのは、普段のクールな態度とは裏腹な、どこか少年のような笑み。
その甘えるような視線に、ななみの心は揺れる。
「帰りのタクシー代は出すし。もう少しだけ一緒にいたいんだ」
その瞳は真剣だった。ずるい、と胸の内で呟く。
ななみは小さく息を吐き、肩をすくめた。
「……仕方ないわね。甘えん坊なんだから」
軽く笑って答えながらも、声の裏には、理性と情がせめぎ合う震えがあった。
空港まで行けば、別れの時を少しだけ先延ばしにできる。
それがまた一つ、夫への裏切りを積み重ねるとわかっていても——。
彼女は恭平の手を、そっと握り返した。
二人は身支度を終え、静かに部屋を出た。
エレベーターの中、恭平の手がななみの肩に触れる。
その一瞬、ななみは思わず目を閉じた。
このぬくもりを、もう少しだけ感じていたかった。
* * *
空港の駐車場は車で埋め尽くされていたが、運よく空いた一角に、恭平は滑らかに車を滑り込ませた。
エンジンを切っても、二人はそのまま黙って手を重ねていた。
ななみの指先が、恭平の手の甲をそっと撫でる。
まるで、秒針の進みを遅らせるかのように。
「行かなくていいの?」
囁くような声に、恭平は肩をすくめて微笑んだ。
「ちょっと早く着きすぎたかな」
その口調には、落ち着いた大人の仮面を一瞬だけ外した、少年のような無防備さがにじむ。
「なによ、それ」
ななみは小さく笑った。けれど胸の奥では、温かな疼きが波紋のように広がっていた。
ラウンジで待てばいいものを、彼はこの狭い車内を選んだ。
この、誰の目も届かない、二人だけの時間を。
やがて指は絡み合い、唇がそっと重なる。
恭平のキスは最初は静かで、やがて熱を帯び、ななみの呼吸を奪っていった。
彼の指が首筋をなぞるたび、肌の奥で鼓動が高鳴る。
ななみはそれを拒まなかった。
夫の存在が一瞬、幻のように遠ざかる。
恭平の吐息が、その罪悪感の声を塗りつぶす。
昨夜、あれほど彼を求め尽くしたはずだった。
それでもななみの身体は、まだ飢えていた。
彼女の手がシャツ越しに彼の胸を辿り、そっと熱を呼び覚ます。
息が触れる距離で、ふたりの世界だけが密やかに燃えていた。
彼女の手は恭平の胸を滑り、彼の熱を呼び覚ますようにそっと動いた。