06:喜びと罪 05
幸い、トイレには誰もいなかった。
ななみは一番奥の個室を選び、人目を忍ぶ必要などないというのに、静かに中へと身を滑り込ませる。トイレという場所の是非はともあれ、ここからば守秘に関する情報はないはずだ。鍵をかける音が、やけに大きく響く。
(何やってるんだろ、私……)
スマートフォンを持ち、鏡代わりにカメラを起動する。
鏡面に映った自分の顔――少し赤く、熱を帯びている。
軽く髪を整え、口元を引き締める。
服のボタンを一つだけ、ほんの少し緩めて――
(……ほんの少しなら、バレない)
シャッター音は、罪の証のように乾いて響いた。
その一枚を添付して、メッセージに載せる。
『……これで満足ですか?』
送信ボタンを押す指先が、わずかに震えていた。
送ってしまった瞬間、胃の奥がキュッと痛む。
それでも、胸のどこかが脈打つように高鳴っている。
(……バカだ)
そう思いながら、スマートフォンに再び表示されたメッセージを目で追う。
『綺麗だ。やっぱり、ななみは俺の理想だよ』
ななみは唇を噛み、俯いた。
吐き気にも似た感情と、心臓の鼓動が混ざり合う。
『別アングル、お願いしてもいいかな?』
指示のように思えるが、これは撮影の時のような、お願いだ。
ななみはわずかに首を傾げ、耳元から首筋が見えるようなポーズを意識した。
『ボタン、もう少し外してもらえる? 君の美しい谷間が見たいんだ』
『ずうずうしいですよ』
そう返しつつ、ななみの指はボタンを外していた。
片腕で谷間が強調されるように胸を寄せ、撮影。
『君の谷間が一番美しいよ』
『満足できました?』
『ああ、こんなになってしまったよ』
送られてきた画像を見て、ななみは息を飲んだ。
それは屹立した恭平のペニスだった。
『なんてものを送ってくるんですか』
『ななみを思っていたら、我慢できなくてね』
『だからって送って来なくても』
そう返しつつも、ななみの指はスクロールで画面を戻し、恭平の画像を見つめてしまう。
じわりと、熱が下腹からせり上がってくる。
喉が乾き、足がかすかに震えていた。
個室の中――それでも外には誰かが来るかもしれないという緊張感が、却って身体の反応を強めていく。
(だめ……なのに)
画面の中で主張する男のペニスを見ながら、ななみは太ももをすり合わせる。
制服のスカートがわずかにめくれ、パンスト越しの温もりを感じた。
『恭平さん……』
指がスマートフォンを握ったまま、空いたもう片方の手が、自分の脚の付け根へ自然と向かっていた。
パンスト越しに触れた自分の中心が、しっとりと湿っているのがわかる。
……こんなにも、求めてしまっている。
『ななみの中に、入りたい』
届いたその言葉が、身体の奥を直接掻き乱そうとしてくる。
(もう、ダメかもしれない)
理性は悲鳴を上げていた。けれど欲望は――指を動かしてしまう。パンストの中に手を滑り込ませた瞬間、自分がどれほど濡れていたかに、ななみは愕然とする。
「んっ……」
漏れそうになった声を慌てて噛み殺す。なのに、恭平のペニスを思い浮かべると、自分の指では到底満たせないことを知っているのに、止められなかった。
(やめて……お願い、これ以上、私を壊さないで……)
その祈りとは裏腹に、恭平から新たな画像が届く。
先ほどのペニスを自ら扱きながら、画面の中で恭平は言葉を添えていた。
『ななみ……通話してもいい?』
その瞬間、ななみの背筋がビクリと震えた。
通話――
ただそれだけの言葉に、息が止まりそうになる。
画面越しの自慰にとどまらず、声を聞き、見られるなんて。
その先にあるものが何か、ななみは気付いていた。
(やめないと……ダメ……)
なのに、指が通話のアイコンに触れていた。
あと一歩。
その一歩が、すべてを壊す。
……その指を文字入力へとずらす。
『……やめて、ください』
震える指で、ななみはようやく打ち込んだ。
だが、その裏に込められた想いが真っ黒な期待として喉の奥をざらつかせた。
――通話のコール。
バイブレーションがななみの全身を震わせた。
このまま取らなければいい。
わかっているのに……通話を押していた。
『ななみ』
「っ……」
その電話越しの声に、ななみはもうだめだと分からされた。