07:夫婦遊戯 03
隆の指が、震えるようにしてななみの肩に触れた。
その肌はまるで夜の湖――静かで滑らかで、どこか冷たかった。
柔らかな照明が、彼女の鎖骨に影を落とし、白い肌に陰影を刻む。
隆は息を荒げ、妻の瞳を覗き込む。
「ななみ……いいんだよね?」
問いかけに、ななみは頷く。
その声は甘く、しかし命令のような強さを帯びていた。
「うん、きて」
その一言に導かれ、隆の身体が彼女の上に沈んでいく。
「ああぁぁぁ……♡」
ななみの手が隆の背に回り、指先がそっと爪を立てる。
引っかかれた隆の肌がわずかに赤くなる。
それが合図かのように、隆の腰が律動を始める。
耳元で響くななみの甘い吐息。
ベッドの軋む音が部屋に広がり、静寂を断ち切っていく。
「はあ……あっ、隆……隆……♡」
ななみの肌は次第に熱を帯び、
隆の手のひらにはじっとりと汗がにじむ。
彼女の笑みを見て、隆は安堵の表情を浮かべる。
その笑みに――自分が求めたすべてが詰まっていると信じて。
「っ、ななみ……っ、もう、だめ……っ!」
隆の腰が震え、身体がのけぞるように跳ねた。
その瞬間、ななみは優しく彼を抱きしめる。
汗ばんだ背中を手のひらで撫で、彼の吐息を耳元で受け止める。
「ああ……♡ うん、大丈夫……大丈夫だよ……♡」
ベッドの上、隆の身体が彼女にしがみつくように崩れ落ちる。
その肩が小刻みに震え、荒い息遣いが胸元に伝わってくる。
ななみは静かに彼の髪を撫でながら、瞼を伏せた。
この時間だけは、演技を完全に愛に変える。
たとえそれが、嘘で塗り固めた愛だとしても。
「……ななみ、俺、幸せだよ」
そう呟いた隆の声は、少年のようにか細く、無垢だった。
彼の指先がななみの腰に触れ、腕に力を込める。
もっと近くにいたいと願うように。
「ふふ……うれしい。わたしも、隆のこと……大好きだよ」
その言葉に、隆の表情が和らぐ。
満ち足りた顔で、彼はななみの胸元に頬を寄せ、目を閉じた。
やがて、微かな寝息が、部屋の静けさの中に溶けていった。
* * *
隆の寝息が、寝室に静かに響いていた。
彼の腕はまだななみの腰に回されていたが、その力はすっかり抜けている。
満ち足りた男の顔だった。夢の中でも、きっと彼女の名を呼んでいるのだろう。
ななみは、そっとその腕をほどいた。
自分の脚に絡みついた隆の足を滑らせ、音を立てぬよう慎重にベッドを抜け出す。
シーツがわずかに擦れる音だけが、夜の空気を揺らした。
裸のまま一歩、また一歩と寝室の隅へ向かう。
薄闇の中でも、彼女の動きには迷いがない。
キャビネットの奥、観葉植物の影——
そこに、黒い小型のレンズが静かに佇んでいた。
ななみはそれをそっと手に取る。
掌に収まるほど小さなその機械から、かすかに熱が残っていた。
ベッドで交わされた愛情の全てが、このレンズに記録されている。
彼女は一瞬、そのガラスの目を見つめた。
(……これでいいのよね、恭平さん)
カメラをハンドバッグの奥へ滑り込ませる。
布の擦れる音が微かに響き、すぐに闇に吸い込まれた。
ななみはゆっくりと立ち上がり、再びベッドを見やった。
隆は穏やかな寝顔で、布団の中に収まっている。
まるで世界で一番幸福な男のように——。
ななみは微笑んだ。その笑みはあまりに静かで、冷たい。
そして、そっと部屋を出ていくと。
シャワーの音を静かに響かせるのだった。