ago May/20/2025 17:55

07:夫婦遊戯 03

 隆の指が、震えるようにしてななみの肩に触れた。
 その肌はまるで夜の湖――静かで滑らかで、どこか冷たかった。
 柔らかな照明が、彼女の鎖骨に影を落とし、白い肌に陰影を刻む。

 隆は息を荒げ、妻の瞳を覗き込む。

「ななみ……いいんだよね?」

 問いかけに、ななみは頷く。
 その声は甘く、しかし命令のような強さを帯びていた。

「うん、きて」

 その一言に導かれ、隆の身体が彼女の上に沈んでいく。

「ああぁぁぁ……♡」

 ななみの手が隆の背に回り、指先がそっと爪を立てる。
 引っかかれた隆の肌がわずかに赤くなる。
 それが合図かのように、隆の腰が律動を始める。

 耳元で響くななみの甘い吐息。
 ベッドの軋む音が部屋に広がり、静寂を断ち切っていく。

「はあ……あっ、隆……隆……♡」

 ななみの肌は次第に熱を帯び、
 隆の手のひらにはじっとりと汗がにじむ。

 彼女の笑みを見て、隆は安堵の表情を浮かべる。
 その笑みに――自分が求めたすべてが詰まっていると信じて。

「っ、ななみ……っ、もう、だめ……っ!」

 隆の腰が震え、身体がのけぞるように跳ねた。
 その瞬間、ななみは優しく彼を抱きしめる。
 汗ばんだ背中を手のひらで撫で、彼の吐息を耳元で受け止める。

「ああ……♡ うん、大丈夫……大丈夫だよ……♡」

 ベッドの上、隆の身体が彼女にしがみつくように崩れ落ちる。
 その肩が小刻みに震え、荒い息遣いが胸元に伝わってくる。
 ななみは静かに彼の髪を撫でながら、瞼を伏せた。

 この時間だけは、演技を完全に愛に変える。
 たとえそれが、嘘で塗り固めた愛だとしても。

「……ななみ、俺、幸せだよ」

 そう呟いた隆の声は、少年のようにか細く、無垢だった。
 彼の指先がななみの腰に触れ、腕に力を込める。
 もっと近くにいたいと願うように。

「ふふ……うれしい。わたしも、隆のこと……大好きだよ」

 その言葉に、隆の表情が和らぐ。
 満ち足りた顔で、彼はななみの胸元に頬を寄せ、目を閉じた。

 やがて、微かな寝息が、部屋の静けさの中に溶けていった。

 * * *

 隆の寝息が、寝室に静かに響いていた。
 彼の腕はまだななみの腰に回されていたが、その力はすっかり抜けている。
 満ち足りた男の顔だった。夢の中でも、きっと彼女の名を呼んでいるのだろう。

 ななみは、そっとその腕をほどいた。
 自分の脚に絡みついた隆の足を滑らせ、音を立てぬよう慎重にベッドを抜け出す。
 シーツがわずかに擦れる音だけが、夜の空気を揺らした。

 裸のまま一歩、また一歩と寝室の隅へ向かう。
 薄闇の中でも、彼女の動きには迷いがない。

 キャビネットの奥、観葉植物の影——
 そこに、黒い小型のレンズが静かに佇んでいた。

 ななみはそれをそっと手に取る。
 掌に収まるほど小さなその機械から、かすかに熱が残っていた。
 ベッドで交わされた愛情の全てが、このレンズに記録されている。

 彼女は一瞬、そのガラスの目を見つめた。

(……これでいいのよね、恭平さん)

 カメラをハンドバッグの奥へ滑り込ませる。
 布の擦れる音が微かに響き、すぐに闇に吸い込まれた。
 ななみはゆっくりと立ち上がり、再びベッドを見やった。

 隆は穏やかな寝顔で、布団の中に収まっている。
 まるで世界で一番幸福な男のように——。

 ななみは微笑んだ。その笑みはあまりに静かで、冷たい。

 そして、そっと部屋を出ていくと。
 シャワーの音を静かに響かせるのだった。

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