11:罪の先01
『ななみ……いいんだよね?』
『うん、きて』
『ああぁぁぁ……♡』
『はあ……あっ、隆……隆……♡』
『っ、ななみ……っ、もう、だめ……っ!』
『ああ……♡ うん、大丈夫……大丈夫だよ……♡』
いつものスイートルームが、今夜は異様な熱を帯びていた。
隆が再び短期出張に出た週末、ななみは恭平に呼ばれていた。
煌めくシャンデリアの光が落とす柔らかな陰影が、深紅の絨毯に吸い込まれていく。
壁一面を覆う巨大な液晶テレビには、夫婦の営みが淡々と再生されていた。
そのテレビの正面、しっとりと肌に吸い付くような革張りのカウチソファに、ななみと恭平が並んで座っている。
深いボルドー色のニットワンピースが、彼女の艶やかな黒髪のストレートロングと見事なコントラストを描いている。身体のラインを拾いすぎないものの、しなやかにフィットする上質なニットは、ななみのグラマラスな曲線美を控えめながらも確実に主張していた。
その腰に、恭平の腕が回されている。
彼の腕が、彼女の腰にまわっていた。その手のひらは火傷しそうなほど熱く、じっと肌に食い込んでいる。ソファの柔らかさに身を沈めるななみの背筋に、じわりと汗が滲み出していた。
画面の中で愛に溺れる自分と、隣で冷徹なまでに沈黙を保つ男の体温。
他人の目線で晒される己の姿が、ななみの羞恥心を皮膚を刺すように奪っていく。
隣に座る恭平の横顔は、テレビの光を反射して青白く浮かび上がっている。
一瞬たりとも視線をテレビから外さず、その表情は読めない。
グラスの中で氷が溶け、琥珀色の液体が静かに揺れる音が、スイートルームの静寂に微かな波紋を広げていた。
画面の中で喘ぐ自分と、現実で沈黙する男の体温。
その落差が、ななみの心をじわじわと締めつけた。
(……恭平さん、何を考えてるの……?)
視線を逸らすふりをしながら、彼の横顔を盗み見る。
眉間に寄った皺。わずかに開いた唇。
何かを堪えるようなその表情は、怒りとも、興奮とも、失望ともつかない。
ななみの唇が、何かを問おうと震えかけるが——
その言葉は、彼の無言のまなざしに飲まれて、喉の奥で凍った。
『……ななみ、俺、幸せだよ』
『ふふ……うれしい。わたしも、隆のこと……大好きだよ』
画面の中で交わされる、愛の囁き。
ななみが、隆の腕の中で甘く微笑んでいる。
嘘じゃない。どこにも、偽りの言葉なんてなかった。
けれど、ななみは知っている。その言葉を口にしている自分が、どれほど冷酷かを。
愛していると言いながら、カメラを仕掛け。
映像を持ち帰り、こうして隣の男と一緒に、それを観ている。
(……わたし、本当に最低だ)
羞恥が喉元までせり上がる。
肌を這い、胸を締め付ける。だが、視線は液晶から逸らせない。
なぜなら、その最低な自分に、どこかでひどく惹きつけられているのだから。
画面の中の完璧な妻と、ソファで背徳に浸る自分。
その乖離こそが、ななみに甘美な刺激を与えていた。
ふいに、隣の男が口を開いた。その声は、重く、そしてどこか期待に満ちていた。
「ななみ、僕のことも好き?」
その声に、ななみは瞳を細めた。
液晶に映る自分は、夫にひたすら愛を微笑んでいる。
なのに現実の自分は、別の男と並んで、まるで王の座に座るかのように堂々と振る舞う恭平に尋ねられている——「好きか?」と。
「……嫌いです。こんなお願い、もう二度と聞きませんから」
そっけない声を装いながらも、喉の奥には熱があった。
理性が演技をさせ、情欲が演技を壊す。
拒絶する口とは裏腹に、心は別の意味で強く応じていた。
夫婦の営みを録画してこい、という恭平の命令。
反吐が出る……はずだった。
だが、実際にそれをこなし、持ち帰った自分の胸には、奇妙な昂ぶりが残っていた。
恭平のために撮ってきた。
その背徳感を……楽しんでいる自分がいる。
凍てついた夜の闇を突き破るかのように、熱い快感が全身を駆け抜ける。
そんな事実に気づき、ななみは自分自身が怖くなる。
それは、底の見えない沼に足を踏み入れてしまったような、抗いようのない恐怖のはずなのに……。
微笑んだ恭平がリモコンを静かにテーブルに置くと、視線を液晶からななみに戻した。
彼の瞳は、これまで以上に深く、底の見えない闇を湛えている。
「じゃあ、別のお願いをしてもいいかな」
その声はまるでビジネスの依頼を持ちかけるように整っていつつ、悪戯心が含まれた温もりが感じられた。ななみは彼の言葉の裏に潜む、新たな要求の気配を感じ取る。
彼の手元のバッグから取り出され、ベッドに並べられたのは、丁寧に畳まれた一揃いの衣装だった。
一番上にあったのは、ハリのあるブロード生地で仕立てられた純白のナース服。
胸元には小さくも目を惹く赤十字の刺繍が施されており、まるで「ここに視線を落とせ」とでも命じるようだ。
丈は決して短めというほどではないが、かがめばヒップが強調され、脚の付け根が覗いてしまうような予感を抱いてしまう。
その下には、一見してランジェリーショップの上級品とわかるセットが並んでいた。
レースをふんだんに使った白のブラジャーは、柔らかなカーブを包むというより、形よく「押し上げる」構造になっている。
ショーツは透けるように薄いシフォン地。サイドは極細のリボンが結ばれており、解く仕草すら想像させる作りだ。
さらに、雪のように白いガーターベルトには繊細なチュールが縁取られ、
そこから吊り下げるストラップの先には、なめらかな光沢を放つ白のパンティストッキング。
腿の付け根にはレースの装飾が施されており、"見せる"ことを前提とした淫靡な仕立てだった。
全体としては医療従事者の制服のはずなのに、手に取れば取るほど“患者ではなく男を診察台に寝かせるための衣装”としか思えなかった。
清楚の仮面に隠された、計算されたエロティシズム。
それを今、自分に着せようとしている――その事実に、ななみの喉がほんのりと熱くなる。