STUDiO DOLL 2020/04/21 23:07

【転用記事】【公式SS】オーディナリーでいず

※この記事はSTUDiO DOLL全年齢版アカウントからの転用記事です。
 2019年07月27日 18:22

シナリオ:つめずめ/挿絵:甘辛子

 ……気にくわない。
 なにがどうとか、具体的な理由はないけれど。
 でもなんとなく、そうなんとなく、気にくわない。
 初めて会ったその日から、彼女のことが気に入らない。

「ちょっと白いの!」
「は、はいっ。あの、どうされましたか……?」

 名前を呼ばれただけで大袈裟な挙動をし、人の顔を見るなり怯えた目つきになる。

「どうされましたか? じゃなくてプ・リ・ン」
「はい、とってもおいしかったです。クリームブリュレ風プリン……? でしたっけ。カリッとした表面から出てきたクリームがですね、口に入れたらとろって――」
「誰が食レポしろって言ったぁ?」

 そのくせ突然ゆるみきった幸せそうな表情で、笑いかけてきたりもする。

「それ、あたしのなんだけど!」
「そ、そそ、そうだったのですか!? えと、あの、尚人さんが食べていいと」
「なに言い訳するの?」
「事実だろ。誰が買ってきたやつだと思ってるんだよ」
「尚人のものはあたしのじゃん」
「自分の発言が意味不明だって気づこうな」

 今までは好き放題に食べていたお菓子も、気がつくとなくなっている。
 怒ったところで、兄の尚人は赤の他人である彼女の肩を持つ。
 そういうすべてが、面白くない。

「お風呂上がりの楽しみにしてたのに~~」

 空になったプリンの容器は、莉乃に言いようのない腹立たしさを抱かせた。

「そうカリカリせずに、プリンとクリームブリュレの違いでも考えたらどうだ?」
「どうでもいいし! あんたのパンツの色並にどうでもいい」
「そうか。ちなみに今日は青だぞ」
「どうでもいいっつってんでしょ!」
「あ、あの、莉乃さん? すみませんでしたっ。莉乃さんが楽しみにしていたものだとは知らなくて……その、わたしにできることがありましたらおわびに」
「いい。下手なことされる方が迷惑だから」
「あぅ……」
「あぁっ、その鬱陶しい喋り方すんな! もうお風呂行くッ!」


 兄がある日“拾ってきた”少女に、莉乃はまだ気を許してはいなかった。
 居候を許可したのでさえ、懇意にしている先輩に説得されたからに過ぎない。
 白い髪と翠緑の瞳。非日常をまとった女の子。
 それが白雪という存在だった。
 普通でないのは容姿だけでなく、彼女は道端に裸で倒れていたのだという。
 そのうえ記憶喪失で、自身のことをなに一つ覚えていないらしい。
 極めつけは、白雪が初めて家に来た日に尚人が訊いてきた一言だ。

 『この女の子の顔さ、千紗都に似てない?』

 天ヶ瀬千紗都。
 それはすっかり記憶の彼方へと飛んでいた名前だった。
 苗字もこんなのだったっけ? とすら思う。
 幼いころ尚人と仲が良く、ある日唐突にこの世からいなくなってしまった少女。
 存在は憶えていたけれど、莉乃は声も顔すらも思い出せない。
 幼さゆえではなく、彼女のことが好きではなかったからだ。
 今となっては理由も忘れてしまったけれど、そんな過去は莉乃に白雪との関わりを持つまいと誓わせるのに、十分な動機になった。
 しかしひとつ屋根の下で、顔を合わせずにいることなど出来るはずもなく……。
 今日も莉乃は白雪への不満を募らせている。

 やっぱりあいつ、気にくわないです。
 白雪に対する愚痴を、幼なじみの奈央にこぼしてもみた。
 けれど返ってきた言葉は、「早く仲良くなれるといいね」というトンチンカンなもので、莉乃を落胆させた。
 最後まで頷いていたわりには、いい加減な解釈をしたらしい。
 仕方がないか、と思い出してため息を吐く。
 彼女から頭ごなしに意見を否定された記憶はないものの、他人の悪口を言って肯定された覚えもまた、一度もなかったからだ。

「白雪ちゃんのことをもっとよく知って、同じくらい莉乃ちゃんのことも知ってもらえば、きっとお互いに好きになれると思うけどなぁ」

 知りたくもないし知られたくもないし、好きになるなんて冗談じゃない。
 珍しくした反論は咎められ、その後たっぷり時間をかけてたしなめられた。
 もちろん、現状を変えられてはいない。


***


「ふう。いいお湯でした! ……あれ、尚人さんは?」

 風呂上がりの白雪が、リビングを見回しながら近づいてきた。
 色白な頬が上気しており、空気がわずかに暖かくなる。

「コンビニ」
「こん……びに?」
「買い物。昼間にトイレットペーパー買い忘れたって」
「そ、そうでしたか」

 必要最低限の言葉だけを残し、入れ替わりにソファから立ち上がった。

「これ、ドライヤー。じゃ」

 本当はエアコンの効いたリビングに居たい。けれど白雪と2人で過ごすことを考えたら、寒い自室の方が快適に違いなかった。
 ドライヤーの電源を入れた白雪を横目にドアを開ける。

「ちょ、ちょっとあんたさあ!」

 関わりは最小限。
 決めてはいたものの、目に入った光景に思わず口をはさんでしまった。

「前も言ったけど、あんたドライヤー近づけすぎなの。頭、燃えるから。ていうか壊れたら困るしやめてくれない?」
「あ。す、すみませんっ、つい……えっとぉ」

 白雪が懸命に左手を動かし始めた。
 まだ水気を帯びている毛先が、風に合わせて銀色の光をゆらゆらと散らす。
 本人はいたって真剣なのだろうけど、その手つきは拙い。
 あまりに緩慢な動きに、しばらく見ていた莉乃はこらえきれなくなりドライヤーを取り上げた。

「なんで毛先から乾かすの! 馬鹿なの? 馬鹿でしょ!?」
「へ? で、でも先の方が早く乾くかなぁ……と」
「てっぺん濡れてたら結局水が落ちてくるじゃん」
「……あっ」

 白雪が目を見開き小さく手を打つ。
 もともとこういう人間なのか。それとも記憶とともに知能をも失ったのか。
 前者なら絶望的だな、と気が遠くなる思いがした。

「ったく、もたもたした動き見てるだけで腹立つの。あたしが持ってるからあんたは両手使って乾かしなさいよ」
「いえいえ! そそ、そんなことをしていただくのは悪いですから、自分で」
「だーっ、あたしがやってあげるって言ってんの。早くしろー」
「は、はいぃ……」

 慌てて後頭部の髪をかき出す白雪を見つめながら、今更すぎることを考える。
 この髪色はどうなっているのだろう。
 透き通るような白い髪が舞い、ふと授業で知ったばかりの単語が脳裏を過る。
 風花、という言葉があるらしい。
 風でも花でもない、花のように風で舞う雪を表すものなのだという。
 どうしてかそんな単語が今の白雪にぴったりな気がして、けれどすぐに自分の思考すらも気持ち悪く感じて頭を振る。

「……だが、ても……なって」
「は?」

 長さも量もある白雪の髪を乾かす作業は、想像よりずっと手間だった。
 面倒くさい。
 ひとりごちていると白雪の声がすることに気がつき、ドライヤーを止める。

「なに?」
「あ、いえ。なんだかこうしていると気持ちよくて眠たくなってしまい……わぷっ」
「あっそ」

 くだらない私語で中断された仕返しに、白雪の顔へ風をあてて作業を進める。
 しかし10秒も経たずに、白雪がまた口を開いていた。

「だからなに?」
「あのですね……莉乃さんの髪の毛は、いつもご自分でやっているのですか?」

 白雪が拳を握り、頭の左右へ置く。髪型の話らしい。
 適当に相槌を打ちドライヤーのスイッチを入れたと同時に、白雪が喋りだす。
 空いていた左手で白雪の頭を張った。

「あいたぁ!」
「あんたねえ、あたし今ドライヤーかけてるでしょ。聞こえないの! 後にしてよ」
「そ、そうですよね……ごめんなさい……」
「で、なに?」

 乾いたばかりの髪をなでる白雪が、「はて?」と言わんばかりに小首をかしげたので、莉乃はドライヤーごと右手を振り下ろした。

「ひう、い、いたいですっ! そんなもので殴らないでください」
「加減はしたわ」
「うぅ……あ、でも自分でやるよりさらさらになりました」
「当たり前でしょ。あたしがやったんだから」
「えへへ。ありがとうございます」

 気のぬける笑みに答えるのも面倒で、鼻を鳴らしてソファに座る。
 体温が下がってきて寒いから、やっぱりリビングに居よう。
 もうすぐ尚人が帰って来るだろうし。
 訪れた沈黙のなかで携帯をいじる莉乃は、理由を並べる行為すら本来は必要ないことに気がつかない。

「あのぉ、莉乃さん」

 様子をうかがう声と、いつものためらいがちな瞳。
 白雪がわずかに距離を詰めて座りなおす。
 黙ったままでいると再び名前を呼ばれ、しぶしぶ莉乃はため息を返した。

「……なに」
「えっと、莉乃さんの髪……髪が、ですね」
「髪?」
「はい。髪が、えっと……その髪が」
「だぁ、髪髪ってなんなの。ハッキリ言いなさいよ。ハゲてるとか言ったら丸刈りにして外に放り出すわよ!」
「いえっ、そのっ、あの……髪の! いつもの、ま、丸いの……かわいいですよね」

 お団子のことだろうか。
 白雪はどこか照れくさそうに、先ほどと同じように自身の拳を頭へと乗せた。

「あ、そう」
「……かわいい、です」

 なぜ2回言ったのだろう。
 理解はできなかったが、怒りはわずかに和らぐ。
 最初こそセットに手間がかかり苦戦を強いられたが、いつもの髪型を実のところ莉乃は気に入っていた。褒められて悪い気にはならない。

「わたしも……やってみたいです。その、莉乃さんみたいな髪型……」
「はあ? 白いのが?」
「えっと、はい。だからあの、どうやるのかなぁというのが、気になりまして」
「ふうん」

 それは自分でも説明のつかない、ちょっとした気まぐれだったのかもしれない。
 無視をするのをやめ、莉乃はピン止めとヘアゴムを白雪の前に置く。

「少しだけ髪を結んで、そこを中心に巻いてからピンで止めるの」
「ふぇ? り、莉乃……さん?」
「なによ? これ貸すから、やってみたら」
「あ、ありがとうございます! やってみますねっ」

 一蹴されるのかと諦めていたのかもしれない。
 顔色を明るくさせた白雪は、鼻歌をも交えてヘアゴムを手にはにかんだ。
 そんな白雪から視線をそらし、莉乃は携帯を再び手に取る。

「うーんと、まずは結んで……いたたっ、うぅ……ご、ゴムがからまりましたぁ」
「早いわ!」
「り、莉乃さん、どうしましょう」
「取ればいいじゃん」
「んー……あれ? そ、それがなんだか、上手く……いたたた、髪が……あうっ。あたっ、と、取れないです!?」

 なにをどうしてしまったのか。
 半泣き状態のまま慌てふためく白雪の頭では、芸術的なカオスが極まっている。

「ぶっ、なにこれ? え? マジでなにしたの、あんた。ある意味団子でいいじゃん、あはははっ! ははっ」
「り、りのさぁん、笑いごとじゃないですう……」
「笑いごとでしょ。超ウケるんですけどー」

 爆笑時にありがちな謎のテンションで写真も撮っておく。

「あ、あのう、すみません。た、助けて、いただけないでしょうか」
「やだ」
「えぇっ?」
「あたし絡まったイヤホンとか解くの本っ当苦手なの。面倒だし切れば?」
「そそそ、そんなぁ」

 白雪は自力で解こうと奮闘していたが、不器用なうえに目の届かない場所である。
 一向にほどける気配はなかった。
 腕も疲れたのか、より大きくなってしまった団子を乗せたまま膝を抱え込む。

「はぁ……どうしてなにをやっても上手くできないのでしょう。いつも莉乃さんや尚人さんにもご迷惑ばかりかけてしまって。そればかりか自分のこともこんな風になってしまい、わたしなんか……わっ」

 段々と声をすぼめていく白雪の髪を、莉乃は鷲掴みにして引っ張ってみた。

「いたっ、いたたたた、いたいです、莉乃さん……っ!?」
「ちっ、駄目か」
「あ、頭がとれちゃうかと思いましたです……」
「動くな。本当にむしるよ」
「ひぅっ」

 複雑に絡んだ髪の数本だけをほどいてみる。
 恐ろしく骨の折れる作業になりそうだが、不可能ではないのかもしれない。
 きっと今の状態を放置したら、尚人があきれつつもどうにかしてあげるのだろう。
 その光景は想像するだけでも癪だった。
 数本指を通してみると絡まりがほどけ、そのまま少しずつ髪を引いていく。
 馬鹿とかアホとか面倒だとか、悪態をつくのも忘れない。

「莉乃……さん?」
「そういうのムカつく」
「へ?」
「なにをやっても、とか言えるほどなにかやったの? あんた。違うでしょ」
「は……はい。そういわれると、そう……なのかもしれません」
「まあ、なにをやってもできなさそうなのは事実だろうけど」

 細くしなやかな白髪が手を滑る。絹なんてものにしっかりと触れたことはないけれど、多分こういう手触りなのだろうと勝手に想像してみたりもする。

***

「あー、もう無理!」

 莉乃は細かいことが嫌いで、そして飽き性だった。
 数分後、ソファの背もたれに腕を預け座り込む。

「やっぱ切ろ。そんだけあれば大したことにならないから」
「ままま待ってくださいっ! あ、そうだ。チョコットボール食べますか?」
「は? なに急に。髪触ってる時にお菓子勧めないでよ」
「休憩ですっ」

 髪の毛が大惨事なことはいいのか、白雪がテーブルの上に手を伸ばす。

「この間、尚人さんに頂いたんです。イチゴ味です」
「へえ」

 ピンクを基調とした小さな箱。転がって来るピンク色のボール型チョコレート。
 口の中に放るとほのかなイチゴの風味が広がった。

「すっごくすっごーくおいしいですよね?」
「んー、まあまあじゃない?」
「わたし初めていただいたとき、こんなにおいしいものが世の中にあるんだーってびっくりしちゃいました。こんなに小さいのに、こーんなに甘くて幸せになれちゃうんですよ。すごいですっ」
「はいはい、すごいすごい。こんなのでそこまで幸せになれるあんたがね」
「ふえ?」

 でもでも、と白雪はチョコットボールの魅力をひとり語りだす。
 イチゴの後味も消えてしまったので、もう一度白雪の後ろに回り込んだ。

「ん~、やっぱりお風呂上がりのチョコットボールは違いますーっ」

 お菓子に夢中の白雪がはしゃぐせいで、頭が安定しなかった。
 今ならハサミで切ってもばれないかも。
 莉乃は文具入れのチェストを開けてみたけれど、ハサミは見当たらない。
 そういえば先日、廊下で使いっぱなしにしてしまったような気がする。
 仕方なく諦める莉乃の前で、数十円のチョコレートについて話し続ける白雪。
 やがて彼女が居候になってから食べたお菓子のランキングが発表され、これも兄のパンツの色と同様心底どうでも良かったので、莉乃は適当な生返事を繰り返した。

「それでですね、レオレはちょっと苦かったんですけど牛乳とよく合っていて、わたしがたくさん食べてしまったら尚人さんが……あ、ごめんなさいです。わたしばかり喋り過ぎてしまいました」

 申し訳なさそうに白雪が振り返る。
 その頭を無理やり前に戻し、莉乃は手を動かした。

「それに髪、あ、あの……わたしがやってしまったことですので、あとは自分で」
「あとちょっとだからいいから黙って」
「は、はい」

 言われた通りに白雪が黙り込むと、とたんに静寂が訪れる。
 普段は気にも留めたことのない時計の秒針すらうるさく感じた。
 尚人はいつ帰ってくるのだろう。テレビでもつけようか。
 気を紛らわせようといろいろ考えて、やめる。

「……チョコットボール。あたしは昔のやつがいい」

 思考を打ち止めた代わりに、自分でも思っていなかった言葉が口をついて出た。
 すぐになんでもないと否定をする。
 けれど白雪には聞こえなかったのか、聞こえていても気にしなかったのか、振り返り目を輝かせた。

「えっ、昔は今と違かったのですか!?」
「あ、うん。まあ」
「そうなんですか? どういうものでした? 気になります気になりますっ」
「だー、だから頭動かすなっての。どうでもいいでしょそんなの」
「で、でもぉ……これよりもおいしかったチョコットボールなんて、気になります」
「……はあ。昔のは、中身がチョコだったのよ」
「へ? 今もチョコですよ」
「じゃなくて。今はなんか変なのが入ってるじゃんカリカリした……そう。パフ」
「はい、そのカリカリとした触感もクセになっちゃいますっ」
「あたし、それ嫌」
「へっ、そ、そう、ですか……」
「いつの間にか中身がイチゴチョコだったのが外身と逆転してるし。チョコっていうなら純粋にチョコだけでいいのよ。ミルクチョコの中にいちごチョコが入ってて、それだけで十分なわけ。わかる?」
「は、はあ」

 それなのに最近のチョコットボールときたらイチゴ味に限らず、様々なフレーバーでパフだのビスケットだのといった不純物を入れ始め――

「……はっ」

 ふと我に返ると、白雪がくりくりとした瞳をこちらに向けていた。
 驚いたような、新しいおもちゃに興味を示した子供のような表情が癪にさわる。

「なによ文句あるの」
「莉乃さん、チョコットボールがお好きなんですね」
「はっ、な、誰がっ、あんな子供向けの安っぽいお菓子!」
「でも食べていなければ、そんなに話せないです」
「それは……」

 白雪の言葉は半分外れていて、半分は当たっている。
 特別に好きではないけれど、文句を言いつつも口にしていることは事実だった。

「嬉しいです! わたしが好きになったお菓子を莉乃さんも好きで」
「だーかーら、あたしは別に好きじゃないっての」
「い、いひゃい……あ、今度はぜいたくな2個食べです~、はむっ」

 ゆるんだ笑顔が気にくわないので髪を引っ張るが、白雪は箱から2つ出てしまったチョコットボールに気を取られていて、ご機嫌なまま菓子を口に入れている。

「ん~、これはもう一度に全部食べてしまいそうですー! 莉乃さんもどうぞ」
「あんたさぁ、いつか太るよ」

 手足を大袈裟に振る白雪に呆れつつも、人のことは言えないわけで。
 2つのチョコを舌先で転がしていると、ふと先日の出来事が思い出された。

「そういえば、なっちゃんがさ」
「なっちゃん……? えっと、奈央さん、でしたっけ?」
「そう。この間友達と集まった時に、チョコットボールを持ってきてたのよ」

 期間限定のものが出ていた、おばあちゃん家に行ったら地域限定のものがあった。
 そんなことを話しながら物珍しい商品を何点か披露していた。

「その時に『バナナ味とイチゴ味は一緒に食べるとメロンの味がするー』とか言い出してさ、おっかしいの。最後には『これスイカかもしれない』だって。もっとおかしな方向に行っちゃった」
「メロン……? スイカ?」
「なに、あんたそんなのも忘れてんの? まあ、いいや。みんなで食べてみたんだけどメロンでもスイカでもなくて……っていうか、もうイチゴでもバナナでもないなにか。本物のメロン味のチョコットボールをお土産でくれた後に、そんなこと言い出すんだもん。それと全然味違うじゃん! ってみんなから突っ込まれててさぁ」

 あまりにも否定意見が多いので、しまいには、
「イチゴとバナナのチョコ部分だけを削って溶かして混ぜて、新しいチョコットボールを作れば絶対にわかる」
 などと言い出してしまった。
 あ、これめんどくさい時の先輩だと呆れつつも、そこにいた誰もが彼女の作りだす雰囲気を楽しんでいて、思い出すだけで莉乃は頬が緩んでしまう。

「なっちゃんって昔からそんなことばっか言ってて……ってなに笑ってるわけ!」

 莉乃につられたかのように、小さな笑い声を漏らした白雪の頭を小突く。

「い、いえ。莉乃さんが、その、とても楽しそうにお話されていたので」
「それのなにがおかしいっていうのよ! 馬、鹿、に、し、て、ん、の?」
「ちちち、違いますっ! 馬鹿になんてしてないですっ。莉乃さんとお話しする時はいつもわたしばかりが話してしまっていたので、こんな風に莉乃さんからお喋りをしてくれることが嬉しくて……」

 恥ずかしいセリフに、聞いている莉乃の方が体がむずがゆくなる。
 あからさまに向けられる好意というものに、莉乃はあまり慣れてはいない。

「今日はちょっとだけ、莉乃さんのことを知ることができたような気がします」
「はあ? 勝手に知った気にならないでよ」
「あぅ、ご、ごめんなさい……で、でもですねっ! えっと、その、わたしはもっと、莉乃さんのこと知りたいと思います。莉乃さんがどんなものがお好きなのか、とか……どんなものが苦手なのか、とか」
「とりあえずあんたのことは苦手。以上」
「うぅ……」

 声にならない嘆きを漏らしながらも、もっと知れば仲良くなれるかもしれません、と呟いた白雪の声を莉乃は聞き漏らさない。
 意外なメンタルの強さに、呆れなのか感心なのかよくわからない感情が芽生えた。おそらく、両方だ。

「なによ、ちょっと話したくらいで調子に――……あ、ほどけた」

 最後はあっけなく、白雪の髪に絡まっていたヘアゴムが取れた。

「よ、よかったです。莉乃さぁん……もうずっとこのままかと思いました」
「ったく大袈裟ね。感謝しなさいよ」
「はいっ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
「だいたい白いののクセにあたしと同じ髪型にしようなんて生意気なのよ。似合うと思ってんの?」
「そ、そうですよね。莉乃さんがしているからかわいらしいのであって、わたしなんかがしても……調子に乗ったせいで手間もかけてしまいまして……」

 どんより、そんな言葉が似つかわしい空気が白雪の周りを包む。
 だいたいの人間と売り言葉に買い言葉、非難の応酬といった関わり方をしている莉乃にとって、憎まれ口に本気で落ち込まれるのは想像以上のやりにくさを感じた。
 もっと言ってしまえばそれは、

「あー、鬱陶しいなぁ」

 というわけであり、苦手という言葉も本心だった。
 同じように言い返される方がどれだけ楽なことか。

「わかったから、もう1回座って」
「え? なにを……」
「いいから座れ!」
「は、はいっ」

 めったに見せない素早さで座った白雪の、流れる白髪をじっと眺める。
 いじわるではなく、彼女に団子ヘアーは似合わないような気がする。
 数十秒考えたところで、耳の後ろの髪に手を伸ばした。

「ひゃあぅ!?」
「変な声出すな」
「ごごご、ご、ごめんなさい! くすぐったくて……えっと、なにをしているのですか? もしかして……」
「うるさいなぁ、気が散る」

 いつもは怯える白雪が、ひるむことなく穏やかな表情をしている。
 わずかな余裕がまた気に入らなかったりもするのだが、莉乃はもう怒る気にはなれなかった。
 手にとった髪で、ざっくりと三つ編みを編んでいく。
 新雪のようなさらさらとした手触りと、純白さはどこか人間離れをしていて、幼いころにした人形の髪いじりを思い出させる。
 どうして自分がこんなことを。
 ふと呟いた疑問は誰にも届くことはなく、もちろん答えも返ってこなかった。

「あのう、莉乃さん」
「なに? 無駄話なら1文字につき1本髪抜くけど」
「ひ……っ」

 しばらく黙っていた白雪だが、わずかに緊張した面持ちで息をのみ言葉を発する。

「ぇえと、莉乃さん? わ、わたし、朝の『星座占い』が気になっていまして」
「ふーん、髪が惜しくないの」
「だだだダメでしたか!?」
「逆になんでその話題がイケると思ったわけ? っていうかあんた自分の星座なんてわかんないじゃん」
「そうなんです、それが残念で……えっと、莉乃さんは何座ですか?」
「うお座」
「あっ、うお座の今日の運勢は12位でした!」
「あんたさぁ! なんなの、喧嘩売ってんの?」
「すすすみません! う、売ってないです。えっと、確かラッキーカラーは『まつざきしげるいろ』? だった気がします」
「なに色よそれ!?」

 時に怯え、時に笑いながら、ころころと表情を変える白雪の話を聞き流していく。
 今日はもうすぐ終わるけれど、確かに運勢は悪かったのかもしれない。


「あー。駄目だこりゃ……はは」

 繰り返すが莉乃は細かいことが嫌いで、そして不器用だった。
 自身の髪型をセットできるのは慣れたからであり、髪のスタイリングが得意なわけではない。むしろ苦手な方だ。
 とっ散らかった、という表現が適切な白雪の頭を前に乾いた声が漏れる。
 両サイドで結った三つ編みをハーフアップにしてみたものの、最初の三つ編みの時点ですでに失敗していた。ところどころがほつれ、不揃いな三つ編みが全体をアンバランスにしている。

「えっと……どう、なったのでしょうか?」
「失敗失敗。なんか鳥の巣みたいになった」
「へっ!?」
「慣れないことはするもんじゃないわ」
「あっ、ちょっと待ってください」

 ほどこうとしたところで白雪が立ち上がり、莉乃の右手は宙でふらつく。

「せっかく莉乃さんにやっていただいた髪型、見ておきたいです」
「だから失敗したって――」

 莉乃の言葉には耳も傾けず、白雪は脱衣所へと駆けて行ってしまう。
 しばらくして戻ってきた白雪はご機嫌で、「キモイ」という莉乃の悪口もものともせずに相好を崩した。

「なんなの」
「とてもかわいいです」
「自分を自分で『かわいい』とか言っちゃう女子、あたしムリ」
「ちっ、ちがいます……いえ、ちがくはないです……あ、あれ? えっと、かわいいのは莉乃さんにやっていただいた髪の毛であって、わたしがかわいいというわけではなくて」
「はいはい、マジレスいいから」
「えへへ……ありがとうございます」
「はいはい」

 締まらない笑みに、今日は調子を崩されてばかりいる気がする。
 一体いつまで彼女の相手を続けなければいけないのか――続ける必要はないのだけれど、ため息をついたところでリビングのドアが開き、コートに身を包んだ尚人と目が合った。
 ただいま、と小さく口にした言葉を無視して目をそらす。

「あ、尚人さんです。おかえりなさいっ」
「ああ、ただいま。やっぱり外は寒い……ん? 白雪、その髪型どうしたんだよ?」

 右手にトイレットペーパー、左手に買い物袋を下げた尚人が、白雪の頭に視線を送りながら近づいていく。白雪もまたハーフアップの尾をひょこひょこと跳ねさせがら、尚人へと寄って行った。

「これはですね。莉乃さんに、やってもらったんですっ」
「り、莉乃に!?」
「はい。どうでしょう……?」

 照れくさそうに三つ編みを触る白雪のを観察していた尚人が、莉乃を振り返る。
 再び目が合い、文句があるのかと睨むが軽くいなされてしまった。
 白雪の髪以上に、莉乃がやったことを尚人は気にしているのかもしれない。

「尚人さん?」
「あ、ああ。どうって、まあ、いいんじゃないか? 似合ってると思うぞ」

 ちょっと雑だけど、という余計な一言が癪に障り、莉乃は尚人の肩をどついた。

「似合ってるって言われちゃいました」
「鳥頭に鳥の巣ヘアーだからでしょ」
「う、ひ、ひどいです……」
「なんだ。案外仲良くやれてるんだな、おまえら」

 細めた目の光が優しかったことや『仲良く』といワードが出てきたことが気に入らず、莉乃はもう一度尚人の肩を叩く。
 抗議の声も無視して不平を重ねた。

「どこが? そう見えるなら眼科行って目ん玉くりぬいてきなよ。そんな目ついてる意味ないから」
「なんでそんなに過激なんだよ……あ、そうだ。早くしないとアイスがとける」

 せっかくコンビニに行ったから、と少し言い訳じみたことを言いながら尚人はレジ袋からいくつかのお菓子を出して並べた。
 白雪が来てから、尚人がお菓子を買ってくる頻度が高くなったような気がする。
 そんな事実もなぜか気にくわない莉乃は、独り言のようにぼやく。

「……また白いのばっかり甘やかして」
「なんだよ。莉乃の分も買って来てるぞ」
「え?」
「これで文句ないだろ」

 尚人から手渡された見覚えのあるパッケージ。
 そこには先ほど食べ損ねた、『クリームブリュレ風プリン』の文字が躍っている。

「ふんっ、最初からこうしてれば良かったのに」
「あのなぁ、言っとくけどさっきのも別におまえのじゃなかったからな」
「はいはいはいはい」
「はいは一度にしろ」

 特段このプリンが食べたかった、と訊かれるとそうではない。けれどもどうしてか、まがい物くさいこのデザートが、今はとてもおいしそうに見える。

「なによ尚人のくせに…………りがと」
「え? なんか言ったか?」

 聞こえてしまったせいか、それとも伝わらなかったせいか、顔が熱くなる。

「う、うるっさい。今はアイスの気分だって言ったの!」
「あぁ? なんなんだよ、おまえは」

 ふと顔を背けた先で、翡翠の輝きと目が合った。
 その光を宿す2つの瞳は、なにかを言いたそうに、けれど何も言わずにじっと莉乃を見つめている。
 彼女には聞かれてしまった、そう察することができたのはどうしてだろう。
 目の前の少女がこれまでにないほど、似つかわしくない得意げな笑みを浮かべていたせいかもしれない。

「……なによ」
「い、いえ」
「なにか言いたいことがあるなら言いなさいって」
「えっと、それでは。あの……莉乃さん。アイス、半分こしませんか?」
「だから太るっつーの!」

 言葉にできない色づいた感情が、目まぐるしく体中を駆けめぐる。
 そうして結局、上手く掴むことのできたただ一つの気持ちだけを莉乃は口にした。
 やっぱりコイツ……気にくわない。

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