whisp 2020/03/26 23:56

『残り5分のバースデー』2020れいな誕記念書き下ろしSS(進行豹

『残り5分のバースデー』

2020/03/26 れいな誕生日記念書き下ろしショートストーリー 進行豹

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「雛衣市長、避難指示は『勧告』で本当によろしいのですか」
「土砂崩れが予想される地域には勧告でお願いします。空振りになった場合の責任は全てわたしが取ります」
「雛衣市長、湯医町長から『排水機を停止する検討を勧めている』との連絡が」
「湯医ダムの決壊よりは遥かにマシです。ご決断を尊重すること、また、排水機停止にともなう損害に対する支援はできるだけ行うことを返信しておいてください」
「雛衣市長。住民とマスコミからの問い合わせ対応で業務に支障がではじめています」
「問い合わせの電話を全て総務課に集約させるようにしてください。臨時コールセンターとして機能させ、各課から1名ずつの応援をだすように手配してください」
「雛衣市長、ゴルフコース付近の線路で水が吹き出し始めたとの報告が」
「御一夜鉄道の保線部に対応準備を命じてあります。すぐにそちら対応するよう連絡してください」
「雛衣市長
「雛衣市長」
「雛衣市長」
「雛衣市長」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「雛衣市長――ポーレット! ポーレット!!!」
「えっ!? あっ――双鉄くん、いま、わたしっ!!?」
「寝落ちていたようだな。無理もない。ようやく窮地を脱したのだ。緩むなという方が酷だろう」
「あ……」

双鉄くんの声。
低く落ち着いた甘い声。
それがじんわり、疲労しきって綿みたいになったスカスカの体に染みてくる。

現場責任者として土砂災害の警戒・対応にあたってくれてた双鉄くん。
その彼が、ここに、庁舎に、戻ってこれてるということは……

「終わったんだぁ……」

こぼれた言葉が、実感になる。
各所からうけてた報告が、ようやく現実になって固まる。
じわじわ、体にぬくもりが――感情が戻ってくるのがわかる。

「台風被害……想定されてたよりずっと――ずうっと小さく抑えられたよね?」
「うむ。夜が明けてみないと確定的なことはいえんが、おそらくは。
ポーレットが市長として、その責を果たしてくれたおかげと、僕は感じている」
「ううん。わたしなんて、全然。なんにも。
双鉄くんたち、みんなががんばってくれたおかげ。本当に」
「みんなを迷いなくがんばらせてくれることこそが、リーダーの最大の責務だ。
ポーレットは間違いなくそれを果たした。謙遜することはない」
「双鉄くん……」

うれしい。とってもホっとする。
ここが庁舎でなかったら、抱きついて甘えまくりたいほど。

「夜明けまでは、もうできることも少なかろう。
あとは僕が引き受ける。
ポーレットはすぐに帰宅して、休息をとってくれ。
それはポーレットにしかできない、いまなによりも大事な仕事だ」

「わたくしにしかできない――――っ!!!!!」

いけない、休憩もだけどもうひとつ、絶対、今日しかできないことが――
今なら……うん! ぎりぎり間に合う!!!!

「わかった。ありがと。双鉄くん。
けど、なにかあったらすぐに連絡してね」

「無論だ。そのときには間違いなく。
ゆえ、連絡があるまではともかくも休んでほしい。
お城橋のところにナビを着水させてある。つかってくれ」

「……なにからなにまで、本当にありがとう」

けど、だけど。
休憩にはいるその前にどうしてもひとつだけ。

っていうか、しないままいたら、わたし絶対、こころが少しも休まらないから――

(がちゃっ)

「ただいま! れいな」
「あ! おかえりなさぁい、ポーレット」

玄関をあけるやいなやで、れいながぽてぽてにこにこと、かわいくお出迎えをしてくれる。
普段だったらとっくに熟睡している時間――ほとんど日付がかわりかけてる、真夜中であるにもかかわらず。

「おしごとおつかれさまでしたぁ。
たいふう、ものすごかったですねぇ」
「うん。けどね、人的被害はいまのところは報告ゼロなの。
みんなが頑張ってくれたおかげで――多分、誰もケガをしないで、台風、やりすごせたみたい」
「わあああ! それはよかったですねぇ! おめでとうですぅ、ぽーれっと――ひゃっ!!?」

抱きしめている。ぎゅって、ぎゅううって、れいなを笑顔、全部ごと。

「ポーレットぉ。どうしたんですかぁ」
「おめでとうは、れいなの方」

時計を見る。神経質って自分がイヤになっちゃうけれど、どうしても確認してしまう。
まだ、23:55。ほんと、ギリギリ。でも、間に合った。

「れいな、お誕生日おめでとう」
「わ、わ、わああああああああ!!」

抱きしめている腕の中が、ぽかーってしあわせなぬくもりに満ちる。
腕を少しだけゆるめれば

「ありがとうですぅ、ポーレットぉ」

しあわせの色にほっぺを染めたれいなが抱きついてきてくれる。
こんなに喜んでもらえてすごくしあわせで……だからその分、申し訳なくて。

「本当はね? プレゼントも予約してあったの。
昨日受け取りにいくはずだったのに、台風の急な進路変更で、庁舎からでれなくなっちゃって」

「わああああい! プレゼントももらえるんですねぇ。
れいな、とーっても楽しみですよぉ。ポーレットがだいじょうぶになったら、えへへぇ。
れいなもいっしょに、うけとりにいきたいでぇす」

わたしの申し訳無さを、れいなの笑顔が溶かしてくれる。
どうしようもなかった失敗さえも、れいなの笑顔は、新しい楽しみに塗り替えてくれる。

「うん。そうね。そうしましょう。
明日……はまだ無理かもだけど、落ち着きしだいで、ふたり、いっしょに」

「えっへへー、やくそくですよぉ」

「うん、約束――(ぐ~~~~~っ)――はうっ!?////」

指切りしようとした瞬間に、お腹がめちゃくちゃ大きな音でなっちゃった。

「あ! ポーレット、おなかがすいてるんですかぁ!?
あうあう、れいなお料理とかできればよかったんですけどぉ」

「!!!」

なら、うん。
わたしもれいなに、おんなじことをしてあげよう。

れいなが感じてくれている、申し訳ないって気持ちを笑顔で! 新しい楽しみに塗り替えちゃおう!!

「ね? れいな、わたし、れいなにお願いがあるんだけど」

「はい、なんですかぁ、ポーレット」

材料はもちろん揃ってる。
一人でやって、サプライズするつもりで、きっちり準備しておいたから。

「バースデーケーキ、わたしと一緒につくってくれない? 甘くておいしい、シロップづけのいちごをたっぷり」

「わああああああああ! れいな、つくりたいですう!!!!」

「うん! じゃあ、つくろう!!!」

「はあい! れいな、エプロンとってきますねぇ」

ぱたぱたぱた。
天使の羽ばたきみたいなれいなの足音が、ぴたっととまってわたしに振り向く。

「ポーレットぉ! さいっこーのお誕生日プレゼント! れいな、とってもうれしいですよぉ!!!」

;おしまい

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