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2023年 04月の記事 (53)

遠蛮亭 2023/04/30 06:32

23-04-30.「くろてん」小説再掲1幕3章18話

おつかれさまです!

連投失礼します、くろてん第1幕再掲、これで完結です! 明日からどーするかなと思うのですが、このまま2幕以降をあげていくか、それとも初音やフミハウが登場するゲーム版脚本「くろてんリライト」のほうをあげるか。まあともかくここで一区切り、よろしくお願いいたします!

黒き翼の大天使.1幕3章18話.跋-清算

 ヒノミヤ事変におけるそれぞれの損害。

 アカツキ↔ヒノミヤ戦線は9万対7万でそれぞれの損害8500、31000。ヒノミヤ側の損害は実に実働兵力の半分近く、アカツキ勢は相当に勇戦したものの、それでも1割の大損害を被った。軍旅の事としては互いに当分、再起不能といってよい。

 そしてアカツキ↔ラース・イラ戦線。アカツキの最終兵力は援軍を得て倍近く膨れあがったが、戦闘開始時点における公称値は40万対60万、損害は2万と19000。これもヒノミヤ戦線ほどの苛烈さではないが、およそ全軍の5%という損耗はこれまでの戦争とは一線を画す。総力戦の時代が幕を開けつつあった。

 戦後、アカツキ皇帝永安帝はある少女を探して一時使い物にならなくなったが、この皇帝は暗君ながら無能ではなく、自分の立場を護るための保身感覚においては優秀と言っていい。すぐに特赦を出して人気取りをはかり、公庫を開いて施しを行い各地を賑わした。

 そして恩人たる元帥殿前都点検、本田為朝の慰霊を国葬として盛大に行う。本田は民衆に非常に人気のある元帥だったから、これも人気取りの一環と言えた。人気取り人事はさらに続き、本来殿前都点検を継承するのは過去の実績、そして今回の戦において援軍を果たした功労から井伊正直であるはずだったが、永安帝はこの最重要のポストに本田の娘、弱冠の姫沙良をつける。姫沙良は非常に戦意の高い部隊をひきいて勇戦したもののその活躍は局地的なものにすぎず、この人事には自分が大元帥となるはずだった井伊の恨み節もあって紛糾したが、永安帝は鶴の一言で断行した。

 宗教特区ヒノミヤも、大きな変革を余儀なくされた。陰謀家、神月五十六の画策と蠢動が明るみに出たことでアカツキ司直の手が入り、それまで国家権力と真っ向から対峙できた巨大宗教組織は規模と勢力を大きく減じることとなる。

 その指導者に推戴されたのは、最後に残った姫巫女、鷺宮蒼依。流浪の武芸者の娘から異例にして破格の栄達だが、本人はあまり嬉しがっていない。窮屈な椅子の座り具合に居心地の悪さを感じ、齋姫としての条件であるホノアカの『心臓』の適合者でないこともあり、もっと相応しい指導者……正統な齋姫である神楽坂瑞穗を招聘して立場を変わって貰うべく何度も打診したが、瑞穗は穏やかに、しかしはっきりと断る。以前ならともかく、今となっては瑞穗にとって辰馬のそばという場所は、ただ肉体的欲求だけの理由ではなく特別になっていた。丁重に断り、新しいヒノミヤの発展を祈りますと言い添える。

 長船言継により一度毀された神威那琴と沼島寧々が帰還して蒼依の補佐につく。彼女らの心の傷が癒えることは一生、ないのだろうが、人間という生き物はそんな傷にもどうにか折り合いをつけて生きていくのだろう。

 もとヒノミヤの大神官、神月五十六は、いつの間にか京師太宰の保安部前に置き捨てられていた。その力を恐れられた老神官はしかし昔日の力の片鱗面影もなく、現在王城柱天の地下室で尋問を受けている。五十六の精神力はさすがなもので、苛烈な○問にもほとんど声ひとつあげない。しかし彼がアカツキの脅威となることはもうない。力を取り戻すより早く、老衰が彼を葬るだろう。一時を撼がせた一代の梟勇も、役目を終えて退場すれば哀れなものだった。

 先手衆筆頭、磐座遷は妹と連座して司直に出頭。極刑を覚悟したが、尋問という面談に訪れた宰相、本田馨綋は彼に司法取引を持ちかけ、私的な密偵として迎えた。当然、これまで通り汚れ仕事も担わせられるのだろうが、まず温情的な措置だったといっていい。彼の時間の砂時計はまだまだたっぷりと時間を残しており、その意味で彼にとって物語はまだ終わっていない。

 兄以上に多くの時間を残している妹、ヒノミヤの軍師、磐座穣は、尋問に対してあっさりとすべてを話した。今更、隠して意味のある情報などないだろうし、隠してもすぐに暴かれる。そう判断した結果だった。美少女捕虜を○問する期待に記述官を置かず挑んだ獄吏はあからさまに落胆し、そしてむしろ穣が口にする情報の膨大を記述させられて逆に精神と手首を傷つけられた。穣もまた兄同様に宰相本田の誘いを受けたが、神月五十六に心酔している穣は当然、一切の言葉に耳を貸さなかった。本田としてはこの知恵長けすぎた少女の首に縄をつけることなく解放するのは危険すぎるわけで、ならば監視を兼ねて学校に通うよう言いつける。蒼月館なら新羅辰馬を監視している諜報部の晦日美咲がおり、穣も五十六の仇である新羅辰馬を監視できるから理由付けができる。本田としても魔王継嗣と天才軍師を互いに牽制させ合い、それを美咲に監視させることで保険ができるというわけで、三方両得とまではならないが穣と本田、双方にメリットはある。磐座穣はこの条件を呑み、代わりに定期的にヒノミヤに戻って事務処理、組織経営を続けることを許可させた。

 冒険者育成校、蒼月館の組織経営も、多少の変容を見せた。校長は女性のままだが、理事会に男性が4人増員されて女性主権の風を少々緩めた。また、直接に学園を運営する学生会の男子に対する風当たりも柔らかいものになる。ニヌルタに唆され、踊らされて利用されるだけ利用された学生会長、北嶺院文は自分の不明を羞じ、屈辱に打ち震えた結果、「全てはあいつが悪い」と新羅辰馬を睨み付ける日々を送るが、じっと辰馬ばかり見つめているうち、その胸にやたら甘やかなものが去来する。辰馬は容姿だけなら少年というより美少女なわけで、レズビアンの文が美貌の魔力にいままで参らなかったのはフィルターをかけていたからに過ぎない。うっかり気を抜いて惚れてしまうのも無理からぬことではあった。かわってそれまで文の恋人の地位にあった林崎優姫が、辰馬を目の敵にするようになる。

 副会長ラケシス・フィーネ・ロザリンドはあの事件後、すぐに立ち直り、学園の礼拝堂で普段通りに笑顔を振りまいているかに見える。が、一番トラウマが根深いのはこのタイプであり、なまじっか本人が傷を蓋する精神力を持っているために我慢できてしまい、手遅れになるまで気づかれにくい。時折、さしたる理由もなく悲鳴を上げるラシケスに先輩で親友である北嶺院文は療養を勧め、西方の聖女は夏休みから9月の間、高原の避暑地に療養に向かった。

 そして、新羅辰馬の身辺も、不変ではない。

 なにより大きいことは、

 辰馬の結婚。

 これだろうか。

 相手は神楽坂瑞穗でも、牢城雫でも、エーリカ・リスティ・ヴェスローディアでもない。辰馬にとってはまったく、影も形も知らない相手である。

 小日向ゆか。

 アカツキ皇室傍流三大公家、覇城、北嶺院、小日向の末席、小日向家の当主であり、晦日美咲の仕える主君でもある。

 伽耶聖の裔、新羅家の跡取り、新羅辰馬。

 それが公人として無能なら、なんとでもなる。問題なかったのだが、辰馬は軍人としての破格の将器と、凄絶なまでに人を惹きつけるカリスマを二つながらに証明して見せた。アカツキという国はこれを看過できない存在と見ざるを得ない。辰馬に野心がなかったとしても何人か野心的な諸侯が辰馬を担ぎ、「凌河帝の衣鉢を継ぐ」などと題目を並べたら国が割れる。

 というわけで楔を打つ必要に駆られ、本田馨綋が打った策がこの一手である。まがりなりにも皇籍の一員である小日向家と新羅家の縁談をまとめることで、新羅家を皇室の連枝として取り込んでしまうという訳だ。瑞穗、雫、エーリカ、そしてようやく竜の魔女に受けた傷から回復した女神サティアの四人は非常に不本意な顔をしたが、さすがにこの縁談に横車も入れられない。1816年9月16日、新羅辰馬と小日向ゆかは華燭の典を迎えた。

 それだけで終わらない。皇籍であるゆかを住まわせるに寮の一室などゆるされるものではなく、というわけで、蒼月館の敷地に突貫工事で、少し小さめの宮殿が建てられた。小日向家の公主、ゆかと新郎、新羅辰馬、そして辰馬の側妾たちはこの中に入ることとなる。

 小日向ゆかという少女は素直であり、悪い子ではないのだが、なにぶんにも。

 ガキすぎるよなぁ……

 辰馬としてはそう、嘆息せざるを得ない。

 ゆかはまだ9才。美少女であることはまちがいないが、ロリコンではない辰馬としては突然降って湧いた妹ぐらいにしか思えない。子供ながらのわがままさと無計画な浪費癖を持ち、さらにため息の増えることに、

「あなたを監視させていただきます」

 唐突に転入してきて四六時中辰馬の挙動を観察する磐座穣と、「主君であるゆかさまのお世話は、わたしの役目」とほぼ一日中宮殿に入り浸る美咲。気づけばなんだか熱い視線を注いでくる学生会長と、辰馬が結婚話を受けたときからずっと機嫌悪げな瑞穗、雫、エーリカ、サティアの四人。

 なんだこれ……。

 そう思わざるを得ず、宮殿から抜けて学園外で落ち合った大輔たちにこの悩みを打ち明けると、「贅沢なこってすねぇ」と逆に盛大なため息で返された。

 いやホントに悩んでんだけど。

 しかも、ゆかとの婚儀で名目的に皇籍に列したとはいえ勝手に押しつけられた宮殿の維持費やら生活費やら、そういうものが公布されるわけでもない(ヒノミヤ事変の膨大な報酬は宮殿の造営費を請求されて飛んだ)。むしろ小日向家が国に負っていた借金の返済を押しつけられて辰馬の生活はひどく逼迫され、過去のゆかの浪費は新規にAランク案件をこなしてそれなりの報酬を受けても足りないほどである。宰相の狙いは餓え(かつえ)殺しかと疑わざるを得ない。

 まあそれはいい。よくはないが、とりあえず置く。

 そして。

 ヒノミヤ事変から2ヶ月、11月1日、神楽坂瑞穗は義父、相模の墓を建立した。

 寸刻みに切り刻まれた相模の死骸はほぼ原形をとどめず残らなかったが、瑞穗は遺髪と素服を遺体がわりの人形にまとわせ、しめやかに葬儀を行った。墓には辰馬も呼ばれた。瑞穗も辰馬も、式服や巫女服、かんみそという姿ではなく、神前ということを意識しない普段着姿。寒がりの瑞穗はこの時期もう冬着の重武装である。普段から神に祈ることなど一切ない辰馬だが、ただの個人的敬意から、顔を合わせたこともない故人に素直な気持ちで手を合わせた。

 このときを境にして、神楽坂瑞穗は性格にやや変化を見せる。恐怖と臆病、それを復讐心で糊塗して自身を支えていた少女の性格が大きく変化するわけではないが、少しだけ柔らかく、そしてわがままに自分を主張するようになった。正しい言い方をすれば、本来の人柄に立ち戻ったというべきであろう。

「いままで、わたしはいろいろなことに絡め取られ、囚われていましたが、ようやく新しい一歩を踏み出すことができそうです。全てはご主人さまのおかげです。どうも、これまでありがとうございました……これから先も、そばに置いて下さいますか?」

 辰馬の腕を取り、121センチの超弩級柔肉を大胆にすりつけながら、やや紅潮した顔でうるんだ瞳で、瑞穗は辰馬を見上げる。辰馬がこれまでに見たどの表情より、自然でかわいらしい表情だった。

 この顔を見るために、ここまでやってきたんかな、おれは……。

 わずかに、感慨。

「あぁ……。これから、よろしく。瑞穗」
「はい! 不束者ですが、ご主人さま!」

 瑞穗はより強く辰馬の薄い胸板に顔を埋め、それまで我慢してきた涙を精算するように盛大に泣いた。辰馬はその背中を抱きとめ、優しく撫でる。ヒノミヤ事変、ひとりの少女の悲劇に端を発する長かった物語は、ひとまずここに終わった。

黒き翼の大天使.第1幕.ヒノミヤ事変.了

………………

以上でした、それでは!

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遠蛮亭 2023/04/30 06:18

23-04-30.「くろてん」小説再掲1幕3章17話

おはようございます!

昨日はセックスイベント3つ、今日これからSM・触手イベント3つやりますが……、娼館イベントのお客、ランダムで少年、青年、中年、老人の予定でしたけども、選択肢を出して自分で客を選べた方がいいかも……と思うわけです。どちらがいいでしょう。まあ、娼婦が客を選べるのもちょっとおかしいのでやっぱりランダムかなぁとは思うのですが、好みでないイベントが連続してしまうと萎える、という気もします。どーするかな……。

さておきまして、「くろてん」小説再掲、ラスト2話になりました!

黒き翼の大天使.1幕3章17話.円石を千仞の山より転じるがごときものは勢いなり

 ヒノミヤにおける新羅辰馬の最後の仕事は、自分を解任することだった。

 ヒノミヤから兵を揚げさせるわけにはいかず、かといって辰馬がここにとどまっているわけにもいかない。そのために、大勝利を飾った明染焔たちと合流した辰馬は、すぐさま事後処理、もとヒノミヤの将でありここにとどまるに相応しい片倉長親と、最後に残った姫巫女、鷺宮蒼依に軍と指揮官印璽を引き継ぐと、自分は軍権を返上、山を下りると船で太宰に向かう。

「この水路がもっと大きけりゃなぁ、軍の進退も便利に……あー、いかんわ、この考え方やめんと……」

 甲板で風を受けながら運河の拡大だとかそれによる兵士と糧秣の運搬だとかを考えてしまい、辰馬はいかんいかんと頭を振る。わずか数日、仮の軍人生活だったというのに、ずいぶんとなじんでしまっている自分が怖い。

「確かに、水路が充実すればそれだけ流通の利便性も増しますからな。残念ながら、本朝は海運ということに対して意欲がない。このままではこれからの商業時代、ウェルスやヴェスローディアに置いて行かれましょう」
「うん……あ? うん」

 突然話しかけられた。振り向くと男が立っている。

 30才前後の、太い男だった。首が太く、腰が太く、腕が太い。出水も体躯として太ましいが、この男はぷにデブの出水と違い、ガチデブである。デブなのだが全身の肉がパンパンに詰まっていて、しかもその肉がみしりと硬い。そのせいでだらしない雰囲気はなく、堂々とした風格をまとう。髪型はアカツキには珍しいドレッドで、三白眼。鼻梁逞しく鼻は上を向き、唇は分厚くめくれる。どうお世辞を並べようが決して美男子ではないが、味がある、というのか。なんとなく憎めないものが感じられる。太く威風のある体躯をつつむのはクリームブラウンの三つ揃え。どちらかというと和装で前掛けでもしていればどこぞの大店のやり手若旦那といった風情だ。

「誰?」
「はは、警戒せんでください。小心者でしてね、そう怖い目をされると縮み上がってしまう」
「どこが。総身これ旦、って感じだけど」
「そちらこそ。放胆そのものの用兵と統帥力、感服いたしました。奪った土地でいっさいの略奪もなく、戦後すぐというのに民は安楽。おかげで商売も捗りました」
「商売? あぁ、やっぱ商人さんか」
「はい。梁田篤と申します、以後お見知りおきを」

 梁田と名乗った男は、そう言って胸ポケットから名刺を取り出し、辰馬に渡した。アカツキに名刺のやりとりという風習はまだないが、やはりこれも一応作家の出水が扱うので辰馬は驚くことなく受け取る。

 ふぅん、商業街区の山中屋……山中……あー……。

「山中って、山中伊織の山中?」
「は、ご想像の通りです」
「つーことは……ウチが伽耶の血筋ってことを知ったうえでここにいる……ってことでいいんかな?」
「……は」

 梁田は巨大な三白眼を、やや伏せて声をひそめた。拝跪する。

 山中伊織(やまなか・いおり)は約800年前、アカツキを2分した二人の皇帝、燕熙帝(えんきてい)と凌河帝(りょうがてい)の東西戦争において、敗者の側、凌河帝の下で活躍した武将。いにしえの闘将にあやかって月に七難八苦を祈願したといい、本当に苦難の人生を送ったことで知られるが、実のところ家財を主君のために擲つことなく蔵して子孫に残し、その血筋が商家を興したことから後世の人気は「忠義を尽くした闘将」という評と「主君より自分の家を重んじた悪将」という評で分かれる。

 それはまあ、いい。山中伊織は所詮、ローカルヒロインでしかなく、彼女が大英雄として広く人口に膾炙するに至れなかった理由はその主君筋に伊織をはるかにしのぐ、将器と武芸と、そして美貌とを兼ね備えたスーパーヒロインがいたからであった。

 その名を伽耶聖(かや・ひじり)という。皇弟ながら朝臣たちに祭りあげられ、悲劇の道をたどる凌河帝の物語に華麗絢爛な華を添える、アカツキ史上における最大の英雄。圧倒的大兵を擁し雲霞のごとく押し寄せる燕熙帝の軍を7度にわたり押し返し、最後の戦いでは『天の輝きの精霊(ハジル・チンギス・テングリ)』から授かった聖剣『天桜』で単騎900の首を獲ったと言われる女傑であり、そして、現行皇家の血を憚って声高にいうことはできないが、新羅家の祖にあたる。

 伽耶聖は最後にとらわれ、敗将として言語を絶する凌○のあげくに蓬川沿いの河原で首を打たれるのだが、その子孫は幼かったために赦された。ただし伽耶の姓は朝敵であるためもっぱらに使えず、ために伽耶聖の息子親良(ちかよし)の名を音読みしてシンラ、これが転じて新羅となり、ふたたび訓読に戻りしらぎ、となって現在につながる。現代においてこれはあえて隠していることではなく、少し血筋を調べればわかること。さすがに教科書に載っているほどではないが、歴史好きの人間が東西戦争期の書物を読んでいけばまず簡単にいきあたる。実際、辰馬はそうして気づいたし、傍若無人の祖父、新羅牛雄など公文書において堂々と伽耶朝臣牛雄、と書くぐらいだから、伽耶聖の配下であった山中伊織の子孫が、とつぜん現れた若い将軍に主君の影をみて参じたとしても疑うにはあたらない。

「主公、どうかこの私めを、配下の末席にお加えくださいませ」
「あー、うん。まあ……別にいいかな。軍人になるつもりはねーけど」
「今はそれで。秋(とき)が来れば竜は水を得て天に昇るもの。たとえご主公の願いがどうであろうとも、この乱世は主公を放っておきますまい」

 んー……なんかこの人も、思い込み激しそうだな。長船といい、おれは三白眼のおっさんに懐かれる体質なんか……。

「ひとまず、三条平野に向かわれるのでございますな? しかし兵がない」
「ん」
「将たるものが兵を将いずでは片手落ちというもの、どうか私めにお任せくださいませ」


……
………

「どっから湧いたんですか、こんな大軍!? しかも装備も最新鋭!」

 ここ数日、必要に駆られて軍事カタログを熟読、結果すっかりにわか軍事オタと化した大輔が叫んだ。

 梁田篤が、軍の備品以外ではほとんど流通していない通信機で連絡を取った先は傭兵ギルド。太宰に到着した辰馬の前に、勢揃いする竜騎兵(軽甲銃騎兵)2万。彼らの持つ銃はライフリングされていないマスケットではなく、最新鋭のライフル銃であり、さらには連装式のガトリング銃砲すらも50挺、装備している。

「ジョン・鷹森です。金が続く限り、我が忠誠は絶対。どうぞよろしく、わが主君」

 まさしく森を見晴るかす鷹のごとくに鋭い目を柔和に緩めて、50がらみの褐色肌の傭兵隊長は辰馬に握手を求めた。辰馬も、うさんくさい無私の忠誠より「金の続く限り」という言葉に好感を持ち、逞しい手を握り返す。

「…………」
「……っ!? ……!」

 しばらく、握手が続き。

「はは、こりゃすげぇや。あっしぁこれでも、握力には自信があったんですがね……」
「ここのほむやんとか大輔とか、おれより力強いけど?」
「ジーザス、どういう集まりだ……。野郎ども、負けてらんねぇぞ!!」

 かくて辰馬たちはふたたび騎上の人となる。今回の行軍速度は、今までのそれより圧倒的に速い。馬の性能、傭兵たちの馬術、そして傭兵隊長ジョンの統帥術、それらが合わさって、ラース・イラの「騎士団」に匹敵する、とは言いすぎだが、ともかく相当な速力を生む。


……
………

「多少は楽しめたけれど、最強騎士団のトップ、ここまでかしら?」

 竜の魔女、ニヌルタは嗜虐的に竜眼を煌めかす。その眼光の先に立つのは「騎士団」副団長セタンタ・フィアン。豪放闊達なる戦闘狂は、その全身に無数の大きな疵を負っていた。

 常人なら一つで致命、それを総身に負いながらなお不敵に笑ってのけるセタンタの精神力は大したものだが、実力差はあまりにも大きい。力の差は互いの身に負った傷の重さから明らかであり、序盤に奇襲奇策でおわせた軽傷をのぞいてニヌルタはほぼ無傷。

 確かに俺じゃあこの魔女の相手にはならんか……。だが、こいつをここに釘付けにすりゃあ、全体の戦況はラース・イラのもんだ!

 騎竜の爪と火炎の吐息を躱しつつ、セタンタは魔槍、ブリューナクを投擲する。必中にして必殺の槍は過たずニヌルタの心臓へと飛翔し、過たず貫いた。

 貫いたと見えるものの、ニヌルタは何事もなかったような顔で胸に突き立った槍を引き抜く。そして軽く頭上で旋回させると、フッ、と短い呼気とともに投げ返す。血しぶきが上がり、セタンタが膝を突く。

 実のところ、ニヌルタとて魔槍を無傷で受け止めているわけではない。ただ、今の彼女には潤沢に命のストックがあった。宰相、本田馨綋から与えられた『命の精髄』、禁術により精製された、抽出された人間の魂。

 一撃で間違いなく一人分の命を散らすのだから、確かに凄まじくはあるけれど。

 今の自分を崩すことは不可能。これ以上の遊びは無意味とそう確信して、ニヌルタは隻腕を天にかざす。

「天に蒼穹(そうきゅう)、地に金床! 万古(ばんこ)の闇より分かれ出でし、汝ら万象の根元! 巨人殺しの神の大鋸、わが手に降りて万障(ばんしょう)を絶て!! 天地分かつ開闢の太刀(ウルクリムミ)!!」

 放たれる始原開闢の光。もはやここまで、とセタンタは瞑目して。

 網膜を焼く光が、消失。

 何事かと目を開けば、赤い鎧の背中。黄金色の短髪、セタンタより背は低いが、威風堂々たる背中のなんと頼もしいことか。

「貴方ともあろうものが、簡単に諦められては困ります。師匠」

 ややかすれたハスキーな声。騎士団長、ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンの帰還であった。

「……こりゃ、失礼……。団長のお帰りだ! 押し返すぞ!!」

 勇気百倍、ラース・イラの兵士たちはとてつもない鼓舞を得て、一挙アカツキの勢を打ち崩す。ヒノミヤの人造聖女、晦日美咲が行う加護の奇蹟、あの力に匹敵するか、それ以上の効果を、ガラハドはただその背中を見せるだけで友軍に与える。

「あなたが、団長さん? なんだか強そうねぇ……危険だから、まずは死んで。ウルクリムミ!」

 ニヌルタの誰何。と同時のウルクリムミ。しかしガラハドは剣でそれを受け、「ウルクリムミ」そのままに撃ち返す。光衝波はニヌルタと騎竜を猛然と飲み込み、防御障壁を間に合わせたニヌルタはともかく、竜は致命的大ダメージを負う。

「ッ!?」
「退け。無駄に殺すつもりはない」

 この言葉が竜の魔女の逆鱗に触れる。お前などいくらでも殺せる、そうとも取れる言葉を、ニヌルタは看過しえない。

「舐めて貰っては困るわね、団長さん」

 騎竜を降りる。命の精髄、3本ばかりまとめて呷った。

「全力で叩きのめしてあげる。わたしを侮ったこと、冥府の獄で後悔なさい」


……
………

 アカツキ皇帝、永安帝・暁政國が戦場に到着、戦袍と軽甲に着替えて本陣の床几に腰掛けた瞬間、敵兵が突進してきて腰を抜かす。永安帝の来臨を知ってその首を狙った決死隊、これを阻むべく殿前都点検・元帥、本田為朝が近衛を督戦し、任をこなして敵決死隊を全滅させるが、為朝はその乱戦のなか、皇帝を護り戦死。

「主上、前線に出られませ」

 宰相、本田馨綋の言葉に、永安帝はおびえきって首を振る。いつどこから凶刃が襲うか知れない、こんなことなら出御など考えねばよかったと泣きわめく。

「怯えることはありません。敵の威勢もここまで、次はこちらの手が結実するときです」

 本田はそう言って、戦死した本田の元帥杖を拾う。

 高らかに、北に向け、かざす。

 計算通りのタイミングで、鬨の声が天地をどよもした。彼らはアカツキ北方の守護者、桃華帝国と対峙していた元帥井伊正直の20万、大返しでの参戦であり、その後方に続くのは桃華帝国の鎮南将軍、東方屈指の用兵巧者、呂燦の旗。

 新羅辰馬が戦場に到着したのは、このときである。


……
………

 普通なら3日の行程を、2日で駆け抜けて本営に参じた辰馬たちと、2万の兵。

「うし、往くか」
「ちょっと待った、辰馬サン」

 さっそく陣頭に出ようとする辰馬を、シンタが呼び止める。

「あ?」
「これ着ねーと。辰馬サンの正装」

 渡される、白い布。辰馬の顔がたちまち渋面になる。

「お前……ホントしばくぞ。こんなもん二度と着るか、ばかたれ!」
「でも、間違いなくこれ着た方が士気上がるんすよ?」
「ぐ……」
「辰馬サンが恥ずかしがったせいで兵士が無駄に死ぬことになるかもなーぁ? まあ、しかたねーか、無理にとは言えねーしぃ? でも辰馬サンが覚悟すれば、無駄に死ぬ兵士が確実に減るんスよねぇ~」
「く……っ」
「ほら。また歌って踊りましょ、辰馬サン?」
「……くそ、ホント泣くぞ……、着替えっから消えろ、うらぁ!」


……
………

 ほんんど宰相…本田に引きずられる形で陣頭に立たされた永安帝・暁政圀。数十年ぶりに立つ戦場に、テンゲリの王子ハジルに植え付けられた恐怖がよみがえり全身が総毛立つ。そういえば今のラース・イラの宰相はそのハジルだというではないか。皇帝としての体裁など投げ捨てて、身も世もなく逃げ出したかった。

 吼えたいほどの恐怖。

 隣で平然としている宰相が、憎くてしようがない。だが彼らなしで国を立ちゆかせることができないことを忘れられない程度には、永安帝は理性的であった。暗君であり、専横の君ではあるが、暴君ではない。

 そうして恐怖と戦いながら陣前を通り過ぎる兵たちを見送るなかで。

「!?」

 永安帝の心が、ズッキュウゥ~ン♡ と高鳴った。

 腰ほどまでの、緩くウェーブを描く銀髪。ツリ目がちの大きく濡れた瞳は紅玉の輝き、鼻梁すらりと伸び、唇と頬はほのかに紅く、もの柔らかなあごのラインがいかにも育ちの良さそうな気品と優しく典雅な性格を物語る。身にまとうは白く華奢な鎧甲と、その下に羽衣のような白いローブ。胸は……どうにも残念な絶壁具合だが、それを補ってあまりある可憐な美貌。まさに天使。

 ありていにいってしまって、女装した新羅辰馬なのだが。初見の永安帝は完全に騙される。恐怖も忘れて本田の袖を引いた。

「宰相。あの者は誰だ? 姓氏は、出身は、親は?」
「はて、寡聞にして存じませんな。あとで調べておきましょう……しかしこの乱戦、うっかりしていては彼女も……」
「いかん! 全軍突撃! あの娘を討たせるな!」

 本田馨綋という人物は天才的な博覧強記を誇る。辰馬のことは晦日美咲ほか諜報部の報告でその容姿すっかり頭に入っており、女装とは言え特別メイクを施しているわけでもない辰馬を見間違うはずもない。

 しかし本田があえてとぼけたことで、アカツキ本陣が大挙して動く。敵味方併せて100万、とはいえ一度に60万と40万の総力が動いたわけでは当然なかったが、ここにきてアカツキはその全軍を一挙動かすという壮挙に出る。その理由が皇帝のとち狂った恋情というのが締まらないところではあるが、竜の魔女の参戦、北方元帥・井伊の大返しと援軍たる桃華帝国の呂鎮南、それに加えてこの一挙全軍投入。これで戦の勢いはとうとう、完全にアカツキに傾いた。


……
………

 ここまで、だな。戦果は十分。

 ガラハドは強烈なチャージでニヌルタを崩し、牽制の一撃。ニヌルタはわずかに身じろぎして躱し、その隙にガラハドは馬腹を蹴って戦闘領域を外れる。ラース・イラの騎士たちは赤き主将の指揮のもと一糸乱れぬ統制で団長に続き、退いた。アカツキ勢が撤退の敵軍の隙に乗じようとするが、ガラハドは一切の隙を見せることなく、むしろ追撃のアカツキ勢に手痛い痛撃を加える。


……
………

「やっと終わり、か……。ふっはぁ~、ホント、大概疲れたが。頭ン中ちゃっちゃくちゃらんなるし」

 新羅辰馬は撤退していくラース…イラの兵たちを見送り、ここ数日の緊張からようやく解き放たれる。指揮杖がわりの旗をぽいと放り捨て、そして歴史に残る三文字の言葉を残す。

「勝利、平和、万歳!」

「「「勝利、平和、万歳!!」」」

 すかさず、大輔たちが腕を突き上げ、唱和すると、

「「「勝利、平和、万歳!!!」」」

 それは2万の傭兵隊に広がり、やがてアカツキ全軍に広がる。この三文字は単に、辰馬がなんとはなしに口にしただけの言葉だったが。のちに新羅辰馬と彼に従うすべての兵士たちの合い言葉として、大陸を席巻することとなる。

 アルティミシア大陸、帝暦1816年8月6日。

 後世に「ヒノミヤ事変」として伝わる大事件は、ここに終幕した。

………………

以上でした、それでは!

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遠蛮亭 2023/04/29 21:46

23-04-29.「くろてん」小説再掲1幕3章16話+お絵かき(FGO_ジャンヌ・ダルク_非エロ)

おつかれさまです!

あのあとまたお絵描きをしたことと、あと3話でくろてん第1幕が完結、ならばいろいろ忙しくなって作業ができるかどうかわからない後日にするよりもあした日曜に全話(あくまで1幕の全話ですが)をあげ終えようかなということで今日3件目の更新です。

まずお絵描きはこちら。

FGOのジャンヌ・ダルク。FGOではマルタと三蔵ちゃんと並んで好きなキャラです。聖女というだけで劣情に補正がかかる。絵的には下絵の方が上手く描けたのですが、まあこれはこれで悪くないかと。

それでは「くろてん」小説再掲。今話でヒノミヤでの対五十六戦は決着、次話と次次話はエピローグだったり、次幕への準備だったりになります。

黒き翼の大天使.1幕3章16話.剛強なるは必ず死し、仁義なるは王たり

 全開で行く。

 あと数分なら魔王の力も使えるだろうと、辰馬は呪い石を外した。

 呪訣。覚醒する本質。天が謳い地が戦き、空が震える。

 その、地上に生きるすべてが恐れにふるえるほどの霊威を前にして、「くく……そうでなくてはな。来い、新羅辰馬。魔王殺しの栄爵も、ついでに貰っていくとしよう!」荒神を宿した神月五十六は悠然と微笑った。

「やかましーわ、やれるーもんならやってみろ!」

 地を蹴って、肉薄。打ち込む拳は真なる覚醒を経た盈力を帯びて、それだけで父・狼牙の天桜絶禍、叔母・ルーチェの七天熾天使に匹敵する威力。拳が空を裂くたびに、ぎゅおっ、ばひゅ、と轟音が響く。

 そのとおりに、空を切るのだった。中たらない。新羅辰馬という天才が新羅江南流という高度に洗練された術理を今のレベルまでつきつめて、確実に仕留める意思を持って虚実をとりまぜての打撃を繰り出しているにもかかわらず。五十六の身体にはかすりもしない。風に舞う柳の葉、水面に揺れる笹船の歩法と体術。それは新羅江南流、陽炎の術理に通ずる。

 ……こいつ……。

 薄く笑いながらこちに目を合わせてくる五十六に、辰馬の脳裏でひとつの仮定。空間削撃以外にいくつか隠してあるのだろうこの相手の能力、そのひとつはおそらく「目を合わせた相手の技量をコピーする」もの。だから苛烈な攻防の中で、辰馬から目を離すわけにはいかないのだろう。とはいえ、術理が頭の中にあったところで鍛錬なしで新羅江南流の体術秘伝を使いこなせるはずもない。神月五十六の地力が相当高いレベルで肉体を錬磨していることは間違いがなかった。

 そして、フェイントからの右ストレートを読まれ躱され、足下を軽く払われる辰馬。それ自体はほんの小さな崩しにすぎないが、達人同士の読み合い化かし合いにおいてほんのささいな隙こそが致命。

 意識が0.0000001ミリ秒にも満たない時間、足もとを向く。表層の意識は五十六から動いていない。身体も沈めたりしていない。

 それでも、深層の意識がそちらをかすかに意識すれば、五十六には十分。

 辰馬の打ち出した腕に、上から右の鈎手を引っかける。ぐい、打ち下ろし、そのまま引き崩す。上体が空いた。左の掌を辰馬の顎先に。打ち込む瞬間、くん、とスナップをきかせ、衝撃を反響させる。

 どぉふっ!

「くぁ……っ!?」

 直撃。よろめく辰馬。魔王の霊威をまとうといえど、肉体そのものは人間ベースから変容したわけではない、脳を揺らされれば脳震盪を起こし、脳震盪を起こせばふらつき、よろめく。かろうじての判断で、追撃を避けて10メートルほど、一気に飛び退いた。無理してのバックステップにひどい吐き気がするが、あのまま間合いにいては仕留められている。どうしようもない。

 くそ、にしても拳で上手いかれるとは……腹ン立つ……。

 辰馬とて弓取りの子(部門の家柄)としての矜持がある。自分の技をコピーしただけの相手にやられるなどと、我慢できることではなかった。

 つまるところ……あっちのほうが冷静で理知的におれを分析できてるからおれをハメられるわけだ。こっちも冷静になれ。拳の達人なるは臆病謹慎。頭を使って、逆に罠にはめろ。向こうがこっちを舐めてるなら、もっと舐めてバカにさせて、驕らせろ。

 苛烈な攻防の中で、わざと隙を作る。隙、といっても常人ならほぼ気づかない、巧妙に隠された空隙。それを五十六は誘い、と知って逆を打つ。それを何度も繰り返す。繰り返すうち、五十六の動きが単調化する。辰馬が隙を見せたら、自動で逆を打つ。惰性でその行動がすり込まれた五十六の一撃、大振りで止めに来る。それがわかっていれば、そこにカウンターを置いておくことは難しくない!

 どぅっ!

 今度は辰馬の右掌打が、五十六の頬桁をえぐりこむように叩いた。続けて左ボディ。さらに、右足を跳ね上げ、高角度で野太刀の斬撃を思わせる、必殺の上段回し蹴り! 神月五十六はガードもできず衝撃を逃すことも許されず、長い黒髪をなびかせて地面に這いつくばる。

「っし!」
「…………」

 残心の構えを決める辰馬の前で、五十六の肩が震えた。痛みと屈辱からか、と思うも、「くくく、ははは……!」という哄笑がそれを裏切る。ゆっくりと、片膝立ちになりつつ立ち上がる五十六は、浅黒くも端正な顔立ちに邪悪な笑みを浮かべた。

「効いた、効いたぞ新羅辰馬。さすがは魔王の継嗣。そして、さすがは我が生け贄! その力を儂に捧げるためにきてくれたこと、心の底から嬉しく思うぞ!」
「誰が生け贄か、ばかたれ。このまま沈めて終わらせる。観念しろ、クソ爺。次に目が覚めたら王城の牢獄だ」

 まとう盈力の密度を高め、次こそ必殺の一撃をと構える辰馬。たちのぼる魔王の気は目に見えるほどに濃密な圧を帯び、しかしそれが徐々に徐々にと、かさを減らしていき、五十六へと流れていく。

「教えておこう。儂の……ミカボシの能力は3つ。ひとつは空間削撃、ひとつは目視した相手の能力の模倣。そして最後のひとつが、「接触を持った相手の力を奪い取り、神力に変換する」力。さすがにそこまで膨大な盈力を一度には奪いきれんが……なんにせよ、終わりだ。こうなった以上、遠からずお前の力は儂のもの。王手詰み……お前流に草原の民の言い方で言うなら、シャー・ルフだ」

 にやり、残忍に笑い。弄(いら)うように言ってのける五十六。辰馬の盈力は着実に五十六へと流れていき、辰馬は消耗に片膝を突く。このままでは魔王化を維持できる時間も、あと1分ともたない。

 轟!

 と空を裂いて、巨大な炎虎の衝撃波が五十六を叩く。それはガードすらしない五十六の髪をわずか、そよがせたのみだったが、五十六はひどく苛ついた表情で不愉快げに相手を睨めつけた。

「この場に不相応の塵(ゴミ)が、神聖な戦いを穢すな。今すぐこの場を去れば神力の毒は消える、見逃してやるからさっさと家に帰って自慰でもしていろ、餓鬼!」
「うるせぇ……親分がピンチの時に頑張れないで、なにが舎弟だ……赤ザル、デブオタ、気合い入れるぞ! 今まで新羅さんに貰った恩、ここで返す!」
「「おぉっ!!」」
「身のほど知らずの塵どもが……ならば死ね!」

 駆けて間を詰める大輔に、五十六の無慈悲な空間削撃。「デブ!」「合点承知でゴザル!」出水が術で造った石像が、大輔の目の前で身代わりになってぐしゃりと粉砕された。時間を得て、大輔は一気に踏み込む。大きく弓を引くように右腕を振りかぶる。毎日30万回の腕立て伏せと、同じく30万回の拳立て伏せ、30万回の指立て伏せと10万回の一指禅で鍛えた上半身。拳のタコは巻き藁がぐすぐずになるまで突きを繰り返した結実、土台となる足腰は日々、腕立てに劣らないだけ繰り返す片足スクワットの成果。その拳は石造りの巨人兵(ゴーレム)すら一撃で破砕する威力。

 かつて、朝比奈大輔はきわめて荒んだ少年だった。家庭環境が劣悪で、水商売の母は不貞を繰り返し、そのヒモである父は酒を昼から酒をかっ喰らい、頭の上がらない妻の代わりに大輔を打擲した。幼い頃、まだまともだった父のすすめで空手に出会った大輔はやがて父よりはるかに強くなったが、父を憎みながらも結局、包丁すら向けて自分を虐め、脅し、痛めつける父を殴ることはできなかったから、傷が絶えることがなかった。

 やがて蒼月館に入った大輔は空手部……は存在しなかったから、拳闘部に入る。圧倒的に強かった大輔は一躍、エース候補と謳われるも、しかし不幸なことに彼は、自分で思う以上に強すぎた。軽い拳の一撃で前エースの3年生を再起不能にしてしまい、その1試合を最後に大輔は試合というものから閉め出されることになる。強者ゆえに、戦うことを禁ぜられた。

 そうして、大輔は、同じような拳闘士くずれを集めて愚連隊を組織し大暴れするようになる。それを「おまえうっさい、しばくぞ」の一言とともに文字通り、たたきのめしたのが新羅辰馬。辰馬は「暴れたかったらおれがいくらでも相手してやっから、他人様の迷惑んなることはやめとけ。はっきり言ってみっともねーし」倒した大輔にそう言った。その後大輔は何度となく辰馬に挑み、挑み、敗北する都度に荒んだ心のささくれがとれた。辰馬としてはただの五月蠅い同級生をしばいただけのことだったが、大輔がどれほど救われたかわからない。全力で殴っても構わない相手がいる、それは拳の道に生きる人間なら、間違いなくなによりも渇望すること。それが大輔が辰馬を兄貴分……主君と慕う確たる理由。シンタにも出水にも同じような理由があり、それはある意味で瑞穗や雫やエーリカが辰馬を想う気持ちにも劣らない。いざとなれば彼らは辰馬のために死ねる男たちであり、そして今がまさにその、いざというとき!

 さておき。

 馬鹿が。そんな大ぶりが……。

 五十六はそう嘲って、軽く上体を逸らそうとする。物理的な威力は驚異だが、五十六に当てることは不可能な大振りでしかない。

 しかし。

 いつの間にか、気配を消して背後から迫ったシンタが、五十六を羽交い締めにする。

「あんまり、脇役舐めんなよ、大神官! ……いけぇあ大輔!」
「おぉ!」

 顔面に、朝比奈大輔全力の轟拳が叩き込まれる。鼻から血しぶきを上げて、五十六は吹っ飛んだ。

「……くそ、塵が、いい気に……」
「らあぁ!」

 かろうじてダウンせず、残した五十六のボディに、大輔の連打。しかし五十六はそのすべてを受け、捌き、そしてカウンターを繰り出して大輔に膝をつかせる。全開の空間削撃を繰り出そうと、力を高めるその力が、しかし不自然に歪む。

「こ、れは……瑞穗、……貴様かっ!?」
「ようやく、貴方の力……ミカボシをとらえることができました。万全の状態であったならどうしようもありませんでしたが、格下と侮っていた朝比奈さんたちから思わぬダメージを受けたことでほころびが生じましたね。人を見下す者はこうして、報いを受けることになります……! これでようやく……、お義父さまの仇と、わたしの恨み!」

 淡く清浄な、光の発現。時軸の発動。時間が遡る。五十六とミカボシの、融合がなされる前まで。

「くあぁぁ……っ!」

 呻く五十六。封印の宝具、ミカボシの封石が、音を立てて落ちた。それをシンタが奪おうとするが、五十六は軽捷にそれを躱し、封石を取り戻す。とはいえすぐさまミカボシは降ろせない。「退け!」シンタを突き飛ばすと、脱兎のごとく星辰宮から飛び出す五十六。そのあまりに潔い撤退ぶりに、辰馬たちはあっけにとられ追うことができない。

「たぁくん、大丈夫?」

 荒い息をつく辰馬に、ようやく我に返った雫が駆け寄る。雫もエーリカも、五十六のはなつ威圧に根源的恐怖心を刺激され、動くことができずにいたのだった。その恐怖の源泉はつまり、瑞穗がうけた仕打ちと同根。敗北し、陵○されることを、雫とエーリカは恐れたということになる。女性に対して神月五十六という男の存在は、すさまじい劇毒だった。

「あぁ……なんとか無事……。瑞穗に決着つけさせることが、できなかったな、すまん……」
「……いえ、十分です。あの老人も、間違いなくわたしに負けたという現実に呪縛されることになるでしょう。それで十分、復讐は果たせました」
「じゃあ、これで終わり?」
「いや……今すぐとって返すぞ! 戦場は……三条平野か」


……
………

「くそ……まさか屑ごときに……!」

 五十六は通路の壁を力任せに殴りつけた。30前後に若返っていた顔や指は、ミカボシとの融合がとけたことでふたたび老いを感じさせるものになっている。何度かミカボシを身に降ろそうと試したものの、さっきまでミカボシを降ろしていられたのは磐座穣をはじめとしたヒノミヤ諸子のはたらきで蓄えた霊力を変換した神力あってこそ。今の衰えた五十六の霊力ではなにをか況んやだ。五十六は苦々しげに頭を振り、今や追っ手の恐怖に身震いした。

 厩舎に趨る。馬厩士をなかば強引にどかし、一番名馬の栗毛の四白流星に跨がるとヒノミヤを駆け去る。

「捲土重来、このままでは終わらんぞ、儂は絶対に……」
「神月老」

 呪うように呟くもと、大神官の馬前を遮る、一人の赤い鎧の騎士。

「ガラハド! いいところに来た、護衛せよ!」

 最強騎士を得てまだ運はつきていない、と意気を盛り返す五十六、その首元に突きつけられる、白く輝く長剣。魔法の力こそ帯びていないが、名剣であることは一目で知れる。

「牢城くんに言われたことがあり……。騎士の責務に縛られるより、心の命じるままに振る舞ったらどうかと。……心のままに振る舞うのなら、私の行動はこういうことになります」

 そして。
 剣光が閃いた。


……
………

 来た道を戻る辰馬たち。その前を遮る、ひとりの巫女。

 肩までの、さらさらの金髪セミロングに、ヒノミヤの巫女としてはむしろ異端な、袖も分かれていないしごく普通の巫女服。青い瞳は復讐に燃えながらもなお美しく、清楚な美貌はヒノミヤの最後に残った女神と言うにふさわしい。右手に持った短杖を、磐座穣は辰馬へと突きつけた。

「磐座さん……」
「ひとまずご勝利、おめでとうございます……。ですが最後にヒノミヤ最後の一員として、お相手願いましょう。このわたしがいる限り、宗教特区ヒノミヤは、神月五十六さまの理想は焉りません!
「終われって……今更、戦う意味ねーだろーが……」
「意味はなくとも、意義はあります! わたしの誇りと矜持と、存在のすべてを賭けて最後の勝負です!」

 神力の光を陽炎のように立ち昇らせ、穣は気炎を吐く。辰馬たちは顔を見合わせた。正直なところを言えば、もうこれ以上戦う意味はない。しかも現在辰馬の魔王化、雫の天壌無窮、瑞穂の時軸がことごとく打ち止めで、うっかり戦えば全滅させられかねない。ここはどうあっても戦うわけにいかない。どうやってあきらめてもらうかというのが眼目になる。

 んー……どーすっか……。

 逡巡する辰馬と、仲間たち。その前でひたすらに殺る気の穣。

 その穣の頭を、突然現れた人影の剣がごすり、と叩いた。

「はぅ?」

 あえなく目を回す穣。そこに立っていたのは、まだ辛そうにしてはいるものの動くことのできる程度に回復した磐座遷であった。

「ありがとう……妹を死なせずに、済んだ。あとは司直に出頭して、罪を償うとする」

 そう言い残し、軽く穣の華奢な身体を肩に担ぐと、磐座遷は去って行く。

「……よし、んじゃ、あと一踏ん張りするぞ!」


……
………

 宰相、本田馨綋(ほんだ・きよつな)は帝の玉座の前にいた。

 普段なら文武百官が勢揃いしてしかるべき場所だが、今はラース・イラと総力戦という緊急事態。下級の文官がまばらに残ってはいるものの、上級士官のほとんどは出征中。しかし本田の顔は普段、碁盤の前で策を練っているときとまるで変わらずなにを考えているかわからない。ただ、まったく焦ってはいないということだけがわかるのみだ。

「陛下、そろそろご出御の頃合いです」
「ふむ? そうか」

 帝、永安帝も落ち着いたものである。いよいよ出番がきたということで、うきうきした顔で聞き返す。

「は。どうぞ救国の君として、名を成されませ」

 すでにラース・イラ勢を駆逐する策は完成している。竜の魔女の出陣と、もうひとつの手もすぐに萌芽するだろう。あとは帝の出御という、錦の御旗で箔をつけるのみ。

「今度はこちらからラース・イラに攻め込むのもいいやもしれんな」
「ご冗談を」

 冗談でもなく言った主君を、一言で窘める。怜悧冷徹な言葉ひとつで、独裁の君主たるはずの永安帝は震え上がってしまう。

 そしてアカツキの元首と宰相が、いよいよ戦場に親征するはこびとなった。

………………

以上でした、それでは!

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遠蛮亭 2023/04/29 16:02

23-04-29.「くろてん」小説再掲1幕3章15話+お絵かき(アーシェおかーさん)

こんにちわです!

「日輪宮」娼館イベントセックス篇まで終わりました! 残るはSM篇3種のみ、体調を崩さなければ明日一日で終わります。あとはバグ取りとか調整をじっくりと。

で、時間の余裕ができたので今日もお絵描き。

アーシェおかーさん杖持ちオナニー。もともと裸の絵だけだったんですがTwitterにアップする用に修道衣を着せてこんなふうに。でも裸も捨てがたい、ということでこちらも。Twitterにも書きもしたが最近、お絵描きに工数と時間がかかるようになりまして。なので描くのがキツいなと思うところもあるのですがたぶんこれは上手くなってる証拠だろうと思って頑張ることにしています。杖はクリスタの素材。まあ身体自体も素材のデッサン人形使ってますが。

そして今日は「くろてん」小説再掲をもう一話。まあ、おかーさんのイラストだけだと物足りないなぁということで穴埋めですけども、五十六ジジイとの決戦開始、よろしくお願いいたします!

黒き翼の大天使.1幕3章15話.籌策を帷幄に巡らし、勝ちを千里の外に決す

 内宮に入る前、新羅辰馬は全力で上杉慎太郎の頬桁を殴り飛ばした。

「がっふ!? すんませんしたァ!」
「おう。次は本気で怒るからな」

 魔王化した辰馬を「化け物」と呼んでしまったシンタへのけじめ。内心では複雑多様なコンプレックスが渦巻くものの、実際化け物なのだから仕方ないと自分を納得させる。

「うし、そんじゃ往くぞ」
「「「おう!」」」

 かくて内宮へと、辰馬たちは足を踏み入れる。


……
………

 そして同じ頃、三条平野。

 状況はアカツキに不利に働きつつあった。ラース・イラの騎兵隊は着実に防衛戦の弱いところを押し込み、一つ一つ崩してゆく。一点、小さなほころびさえ作れば、あとはラース・イラ騎兵を止められるものはそうそう存在しない。ひたすら徒に正面突破をしかけたと見せかけ、ひそかに側翼を叩いて防衛戦の弱いところを巧みに撃っていたラース・イラ、セタンタ・フィアンの戦術はついに奏功し、とうとう左翼に大穴を穿つ。明染焔の用兵ならこの瞬間、後詰めの後陣が敵を排除すべく突出するのだが、ここにいるのは凡庸の将。普通に敷かれた長陣後方は、すぐに前に出ることが出来ない。

 アカツキの将たちはここで抜かれては、と兵力を穴の開いた左翼に集中。そうして正面が手薄になる。そこを狙って、セタンタは満を持して正面突撃を仕掛けた。

「今まで我々を『赤い野猪』と呼んでくれたアカツキの諸君よ、ここからは猪の恐ろしさ、とくと味わって貰う! ……全軍、突撃ぃーっ!」

 副騎士団長を先頭に、ラース…イラの総勢60万、そのほぼ半数におよぶ20数万が、一斉に三条平野を疾駆する。馬蹄のとどろきは百戦錬磨のアカツキ兵たちをすくませるに足りた。彼らも勇敢な武士たちではあるが、将校クラスを除く多くの侍たちは歩兵中心であり、突進する騎兵たちを支えるにいかんともしがたい。それまで拮抗していた戦場は、一挙ラース・イラに傾いた。乱戦となってしまっては陣形も兵法もあったものではなく、ただ数と武装と戦意の勝負。そして数においても士気においても、今、ラース・イラはアカツキを大きくしのぐ。

これは……まずいですね。収集のつけようが……。

 晦日美咲(つごもり・みさき)は内心、臍(ほぞ)を噛む。美咲隷下の数千人がいくら加護の力で無敵隊となったところで、この数の差はどうしようもない。全軍が崩れ立つなかで、どうにか部隊が崩れないよう、手綱をとるのが精一杯だ。

 彼女の冷徹な密偵である部分はここでアカツキを見限り、ラース・イラにつくことを提案する。それが現実的ではある。アカツキの諜報部においてトップに近い地位にある美咲のもつ情報をラース・イラの上層部は疎略に扱わないだろうし、そのカードを持ってすれば主君、小日向ゆかの身柄を保全することも可能だろう。主のためならむしろ国家の逆臣となっても進んでそうするべきだが、そこで目に入るのは本田姫沙良(ほんだ・きさら)。この状況下で、どうにか起死回生の一手はないかと頑張る元帥令嬢を、美咲はどうにも見捨てられそうになかった。

 陣頭指揮の姫沙良に襲いかかる、騎士たちの無慈悲な刃。美咲はすかさず鋼糸を走らせ、彼らの腕を絡め取る。ほとんど不可視の刃は鋼化タングステンの100倍の硬度。竜の魔女、ニヌルタの竜鱗すら斬り落とした刃が多少、神聖魔法で強化されているとはいえ鉄鎧(てつがい)ごとき斬れないはずもなく、豆腐でも斬るように手足が斬れ落ちる。あたりに血しぶきの花が咲いた。

「つ、晦日さん、ありがとうございます!」

「仕方ないでしょう。貴方を見捨てては宰相の心証も悪くなりますからね……。さぁ、次はどなたです? この命果てるまで、私と死のダンスを踊っていただきます!」

 素直ではなく姫沙良に言い放ち、美咲は騎士たちと姫沙良の間に立ちはだかる。絶世の美貌を誇る赤毛の少女は決然と身構えながら、帰ることができない臣下の不明を心の中だけで主に詫びた。

 そのとき。

 ぶあ、と沸き起こる疾風、そして大地を焼く轟焔。

 美咲も騎士たちも。一人残らずが空を見上げ、そして息を呑む。7体の赤鱗の巨竜と、それに跨がる有翼竜眼の男女、竜種たち。最前の、ひときわ巨大な竜に跨がるは、隻腕、赤毛。暇つぶしの道具を見つけたとばかり竜眼を輝かせるその女性を、当然、美咲が忘れるはずもない。

 竜の魔女、ニヌルタ。そして彼女の配下たる竜種たち。宰相・本田馨綋(ほんだ・きよつな)との司法取引の結果、その私兵として働くことになった竜騎兵……西方に言う軽甲騎兵ではなく、まさしく竜を駆る騎士たち……の、参陣であった。美咲の前に降りたった7体の竜と30人近い竜種、彼らはニヌルタを先頭にして、美咲の前に傅く。

「宰相・本田馨綋が名代、晦日美咲さま。宰相の命により、わたくしニヌルタ以下、竜種28名、貴方様の隷下に馳せ参じました……まぁ、愉しませてくれないと困るけれど。わたしの腕を切り落としてくれたあなただもの。つまらない指揮はしないでしょう?」

 言って、挑発的に笑うニヌルタ。神国ウェルスの田舎の奥地、『聖域』に閉門蟄居させられるよりは、彼女はアカツキの一員となることを選んだ。

「ち……たかが竜が7匹、なんだという! 今の貴様らの醜態をガラハド団長が見たらどう思われるか!」

 一挙、意気を覆されたセタンタ・フィアンは声を張り上げて督戦する。彼やガラハド、そして指揮官クラスの将校たちは竜を前にしておびえるような男たちではないが、一般の兵たちはそうはいかない。人間の根源的恐怖、「大きなものを恐れる」というのはどうにも簡単に克服できることではなく、ましてや竜である。世界最強のラース・イラ騎士団とはいえ、本物の竜を見たことのある人間は限りなく少なく、その時点で威圧の効果は十分すぎた。竜の焔は容赦なく戦場に焔の柱を燃え上がらせ、鎧ごと騎士たちを焼き焦がす。一瞬前まで一方的なハンターであったラース・イラ勢が、今度は一転、狩られる側に転落した。

「あら? たかが竜、といったかしら、あちらの指揮官どの」

 セタンタの大声をしっかり聞きとがめて、ニヌルタは立ち上がる。一度敗れ、片腕を失ったとは言え、そのたたずまいはなお女帝の風格を失っていない。

「聖女さま、往ってもよくて?」
「今はまず陣容を建て直すべき……と、言いたいところですが。どうせ聞くつもりはないのですよね?」
「当然。あの皇子様ほどおいしそうでもないけれど、なかなか強そうな獲物だし。それに……」

 ニヌルタは懐から、何本かの試験管を取り出す。

「気前のいい宰相殿がくれた『命の精髄』、早速試してみたいのよねぇ」

 ニヌルタの能力の本領は「一度自分の力の一部を相手に譲渡→相手の中で醸成された力を回収→本来の力に倍する力を手に入れる」というもので、これにより実力においては互角だったはずの北嶺院文をあっさり追い落とし、新羅辰馬すら一度は捻じ伏せた。アカツキ当局に引き渡したときこの力には美咲自身が厳重な封印を施したのだが、宰相はそれを翻して利用することにしたらしい。命の精髄というのは錬成され結晶化された魂であり、ニヌルタの力をお手軽に増幅できるアイテム……人間を生け贄にしてその魂を抽出するという製法ゆえに禁呪とされ、製造は厳禁されているのだが……まで持たせて、ニヌルタという女の野心を考えると危険きわまりないと言わざるを得ない。

 とはいえ。

 使いこなせ、ということでしょうね……やっかいなことを押しつけてくれる……。

「宰相名代、晦日美咲の名において、騎竜の将…ニヌルタに命じます! 敵将セタンタ…フィアンの首を獲ってきなさい!」
「ふふ、御意!」

 美咲の下命に、ニヌルタは竜に跨がるとふたたび空を駆けた。


……
………

「そう来ますか……宰相本田馨綋、なかなかどうしての手を打ってくる……しかし、もう間に合いませんよ……、あと1歩、わたしが新羅辰馬と神楽坂瑞穂を献じることで、猊下はすべてを超越した『真なる神』となられるのですから」

 ホノアカの心臓を握りながら、磐座穣は呟いた。『見る目聞く耳』で三条平野の決戦の様子を見た穣にとって、竜の魔女の参戦は慮外ではあった。本田が彼女を使いたがることは予測できたが、ニヌルタの性格上ひとの風下にはつくまいと楽観していたのだ。珍しい、穣の計算違いだった。

 そして、もう一つの計算違いは。

 やる気満々の兄、遷が、新羅辰馬たちの前に立ちはだかったことだった。こちらも深意を測り損ねた。五十六に対して忠誠の薄い兄は最低限の仕事を済ませたらやる気をなくして沈黙するか、ヒノミヤを去ると踏んでいたのだが、どうにも一人で辰馬たちを全滅させる気構えでいるらしい。

 余計なことを……。

 兄の心、妹知らずでそんな風に思ってしまう穣。

 まあ、すべては誤差の範囲です。結果は変わりません。

 本来、天才軍師・磐座穣はわずかの誤差も許さない予見によってすべてを掌握してきたのだが、最後の詰めでついに知恵の鏡が曇り始めようだった。このわずかな計算違いが、最終的に彼女の命運を大きく変えることになる。


……
………

 そして新羅辰馬と磐座遷の戦い。

「暗涯(あんがい)の冥主! 兜率(とそつ)の主を喰らうもの、餓(かつ)えの毒竜ヴリトラ! 汝の毒の牙もちて、不死なる天主に死を与えん! ……焉葬、天楼絶禍(えんそう・てんろうぜっか)ァ!!」

「せあぁ!」

 抜き打ちに払われる蛇腹の短刀。久々に神讃全開で放たれる黒い光の魔力波は、『領巾』でも消しきれない。遷は『太刀』を抜刀、居合い気味に薙ぎ、難なく切り裂いて霧散させる。しかし辰馬に気を取られた隙、間合いに入った牢城雫の斬撃が、遷の脇腹を撃った。

「く……ちぃ!」

 半歩下がって、わずかに苦鳴を漏らす。斬撃そのもののダメージは『領巾』が消してくれるものの、叩きつけられた衝撃は身骨を揺らす。揺らぎ、かしいだその先、出水の術が脚を絡め取り、そこに拳を腰だめに構えた大輔。

「っけぇあ! 虎食み!!」

 ごう、と猛虎の闘気が直撃。これ自体は『領巾』が打ち消し、ほぼノーダメージ。しかし一瞬の時間を稼がれ、次はシンタ。六本のナイフを円環状に遷の周囲に投げて突き立て、すかさず。

「爆!」

 七本目は遷本体ではなく、その影を刺して爆ぜさせる。これとてもダメージにはならないが、しかし息つく暇を与えぬ連携は遷に反撃の暇を与えない。辰馬と雫が切り札である魔王化と天壌無窮を使ってしまっている現状ではあるが、このぶんならまず負けはない。なにより遷の身体はすでに神器の力に耐えられるものではなくなりつつあった。端正な美貌も、逞しかった身体も手足も、時間を追うごとに癩病のようにぼろぼろとくずれていっている。無尽の奇蹟を具現化する『珠』は、新羅辰馬たちを倒すまで肉体を保たせるというただ一点に使い切られており辰馬らへの脅威とはなりえない。

 そして、限界が訪れた。辰馬たちがどうこうするまでもなく、磐座遷の身体はもはや気力では支えられないところに来てしまう。ここまで気力と根性でもたせていたのが驚異的であり、それ以上は磐座遷の気迫をもってしてもどうしようもなかった。太刀を持つ力すら残らず倒れ伏す遷に、辰馬と瑞穂が近づく。

「……アンタは瑞穂にひどいことはしなかったらしいが、結局助けてもやらなかったんだよな? それって結局、あんたも陵○に荷担したのも一緒だよ」
「わかって……いる。俺は偽善者に過ぎないことは……。齋姫を助ければ俺だけでなく、穣が責任を問われる。それは俺にとって、どうしても我慢ならないことだ……。だから、齋姫には悪いと思っても『手を出さない』以上のことはできなかった……」
「そーかい……。瑞穂、決着、つけてやれ」
「はい……」

 瑞穂は一歩、前に出て、手をかざす。神々しくも優しく穏やかな光が玄室を満たし、収束して遷を包む。

「とき、じく……? 俺を助けるおつもりですか、猊下!?」

 瑞穂がなにをしようとしているか、察して。遷は声を荒げた。自分の罪をまさかこの少女は、許すというのか。敵として立ちはだかった自分の死を前にして、この命を助けるというのか。

「やめなさい! 俺に貴方が力を使われる価値はない! 貴方が俺のために命を削る理由などないんだ!」
「理由がないと救ってはいけないなんて、そんな理由はないでしょう?」

 時軸の力で朽ちつつある遷の身体、その時間を遡らせ、瑞穂はやや青ざめた顔で慈母のように微笑む。

「理由が必要なら……これからのヒノミヤを、頼みます……」

………

「妹を、救いたかった」

 命を拾った磐座遷は、呟くようにそう言って妹の覚悟を辰馬たちに明かした。命を賭して五十六のために尽くそうとする穣と、その穣のためにすべてを擲った遷。兄妹の覚悟をきいて、人情話に弱い辰馬は鼻にすんと来てしまう。

「最初から、死ぬ前にこれを頼むつもりだった。ここから、直接神月のいる『星辰宮』への道をつないである。行ってくれ。穣とは戦わないでくれ、あいつは、神月に誑かされているだけなんだ……」
「了解。ま、あれだ。無駄な戦いを避けられるなら、こしたことねぇし」
「たぁくんったらまーた悪ぶったいいかたしちゃって。穣ちゃんと戦わない理由が出来てほっとしてるんでしょ?」
「まったく、わかりやすいわよねぇ、たつま。ま、そこが可愛いんだけど」
「うるせーなぁ……行くぞ!」


……
………

 そして、星辰宮。

 そこは広大無辺、どこまでも白く白い、清浄な神力の空間。

「う……」
「げぅ……っ」
「ぐぶ……」

 大輔、シンタ、出水の三人が、息苦しげに呻吟する。

「どーした、お前ら? ……毒?」
「まさか。毒なものかよ。穢れを清める浄化の気よ。神力を持たぬ穢れたものには確かに、毒かも知れんがな」

 怪訝げに訊く辰馬に声を返し、現れたのは。

 長髪、浅黒い肌に、水干。

 わずかにまばらな髭が生えているが、まずこれを汚いとかみっともないと見る向きはいないだろう。野趣に満ちた、若く、逞しく、美しい男だった。

 まとう圧倒的な神力は、女神ホノアカを顕現させた山南交喙(やまなみ・いすか)や神器を手にした磐座遷を大きくしのぐ。間違いなく、全盛期の女神サティアや竜の魔女ニヌルタに比べても遜色のないレベル、超越存在。

「あなた……は……、まさか……?」
「くく、分かるか、瑞穂? さすがにあれだけ肌を重ねただけはあるな。そう、儂は神月五十六! この星辰宮に封印されしいにしえの星神、アマツミカボシと合一した、唯一にして真なる神である!」
「ミカボシ……荒神を!?」

 アマツミカボシ。かつてこの星の外から飛来してあらゆる厄災のもとをなしたとされる大悪神にして、『男神』。その力から一度は神の座に列せられたがあまりの乱暴狼藉から古代の女神たちにより殺され、厳重に封印されたはずの存在。ヒノミヤの存在意義のひとつが、封印の管理だ。その封印を、どうやら神月五十六は解いたらしい。この青年が本当に五十六であるのか、というのが、辰馬にはまだ判然としないのであるが。
 
 五十六を名乗る青年は、軽く手を差し上げる。

 放たれる光の波動。逆巻く不可視の神力波は、空間をぐぢゃぐじゃとかみ砕きながら辰馬たちを襲う。最前衛の辰馬とエーリカがそれを受けた。受けた瞬間、これをまともに受けてはまずいと理解。「飛べ!」叫んで、自らも横っ飛び。7人がそれぞればらけて飛び退いた。

 ずぅ……ごじゅぐっ……!

 空間をかみ砕き、ねじ切りながら地面に着弾した神力波は、着弾すると床を激しく食い破り、轟音を轟かせて数メートルの縦穴を穿つ。

 空間削撃……空間を操るって部分はサティアに近いが、威力はこっちか……。

 亜空間から無尽蔵に光剣を抜いて放つサティアと、空間を粉砕して喰らい尽くす五十六。確かに多少似ているところはある。とはいえサティアの光剣に比べても、五十六の空間削撃の威力は桁が違った。

「ふふ、次はこれでどうだ?」

 そう言うと、五十六は一度に10条を超える空間削撃場を生み出す。なにが危険といってまずその視認のしにくさ。ほぼ透明であり、周囲の空間をガンガン派手に振動させているからかろうじて知覚できるが、人間の感覚は7割方視力頼り。達人は皮膚感覚や第6感で危機を察知できると高らかに謳う論者は多いが、あんなもん嘘である。超感覚知覚である程度の察知が出来ようと、これだけ視覚に依存している人間という生き物が視力を封じられれば圧倒的不利を強いられるのは間違いない。

 それを立て続けに打ち込まれ、辰馬たちは一瞬にして満身創痍に追い込まれる。かろうじて致命は避けた……あるいは、相手がわざと外した……とはいえ、ダメージはいきなり大きい。
 
「くっくく……こんなものでやられないでくれよ、魔王どの? せっかくの力だ、どの程度遊べるのか、しっかり確かめさせて貰わねばな」

「くそ、思いっきり悪役笑いしやがって、どっちが魔王だばかたれ……望みどおり、こちも本気でやってやるよ!」

「威勢のいい。やってみろ、ただし、早くな。さもないとそちらの3人が死ぬぞ」

 五十六は大輔たちに顎をしゃくってみせる。女であり女神の祝福を受ける瑞穂とエーリカ、祝福されていない魔力欠損症だが欠損症ゆえに神力の干渉を受けない雫、そして母から受け継いだ聖女の資質がある辰馬にはなんともないが、純度の高すぎる神気は女神の祝福の象徴、神力を持たない『男』というものにとって危険物だ。

「時間制限付き……ってことか。まーいい、とにかく速攻でぶちのめす!」

………………

以上でした、それでは!

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遠蛮亭 2023/04/29 06:52

23-04-29.「くろてん」小説再掲1幕3章14話

おはようございます!

昨日は銀行に行って家屋売却費用の入金確認と所有権移転の手続きだったわけですが、GW前で忙しかったせいかそれとも業者さんが詐欺なのか、お金が入っていませんでした。10時ごろから銀行に行って、3時過ぎまでずーっと通帳記入を繰り返したんですがなんとも。で、仕方ないので所有権移転の手続きだけは先にやってもらうことにしたのですが、詐欺という線も捨てられないので領収証にサインすることはやめておきました。最初の段階で「印鑑お願いします」と言われて軽率に捺印せずによかった。

で、疲れ切って帰ってきた後はゲーム制作する気にもなれず、イラスト一枚描いてそのままばったり。そのイラストがこちら。

創世の竜女神グロリア・ファル・イーリス、敗北しボコられて十字磔の図。実際ゲームを順調に発表し続けられたとしても彼女をボコれるときは相当先になりますし、辰馬くんを主人公で考えるとこういうシーンありになるかどうかもわかりませんが、いずれ是非描きたいところです。

それでは、今日も「くろてん」小説再掲。本日もよろしくお願いいたします!

黒き翼の大天使.1幕3章14話.憂えて見る孤城落日の辺

 アカツキ40万とラース・イラ60万、古今未曾有の大戦争は、膠着の様相を呈した。

 最初こそセタンタ率いるラース・イラの「騎士団」、その突破力に圧倒されたアカツキ軍だが、12師師団長、晦日美咲(つごもり・みさき)の献策による、馬防柵で機動力を削ぎ、その上で優勢な火力を集中するという戦術が奏功して大打撃を与えることに成功。以後あちらも従前通りに野放図な突撃は控えるようになった。

「ははっ、赤備えの野猪(やちょ)ども、また馬鹿の一つ覚えの突撃か。この荷車要塞を抜けると思っておるなら、現実を思い知らせてやるわ! 撃て撃て、蜂の巣にしてやれぃ!」

 会戦前、美咲の献じた神楽坂瑞穂の防衛陣戦術を「落ち武者狩りの戦い方」と唾棄した将軍、長正綱(ちょう・まさつな)が、一番ワゴンブルクの強さに酔って砲撃を指揮していた。ラース・イラの突進力というのは総軍一斉の大衝撃力こそ本領であって、散発的なものではアカツキのワゴンブルクを抜くに至らない。突撃を止められ、地面に撒かれた鉄条網……あるいは元帥本田為朝の令により急遽近隣からかきあつめられた古着など……で足を絡め取られたラース・イラ騎兵たちは、いい的になってアカツキの烏銃(マスケット)の銃火に倒れる。

 それでもなお、20万の兵力差と騎士団副団長、セタンタの指揮統率力により、均衡を崩すには至っていない。アカツキの将軍たちも戦争経験が少ないわけではなく、北の桃華帝国、そしてラース・イラ相手に頻繁な出陣を繰り返してはいるのだが、セタンタ・フィアンその人に匹敵しうるだけの将帥を、アカツキ上層部は持たない。個人のカリスマと統率力は戦術的な多少の優位を覆し、ワゴンブルクや馬防柵のわずかなほころびを衝いて突撃、崩して、着実にこちらへダメージを与えてくる。

 美咲は神楽坂瑞穂の指南から荷車を防衛陣地のためだけでなく石や爆薬を積んで突撃させるなどして攻勢にも使い、その適宜優れた指揮は敵に痛撃を与えるが、それは第12師晦日隊……現在は名義的に本田姫沙羅隊……が真っ先に狙われる標的となることをも意味する。

 そして。

「敵の崩れに乗じます、突撃!」
「待ってください、師団長。今、突出することは危険です」

 突撃したがる仮の上官、本田姫沙羅の突出を止めるのにも心を配らなければならないのが、美咲としてはつらいところだ。おとなしそうな容姿と表面的な性格とは裏腹に姫沙羅の戦術的根幹は敵の弱点を見抜いてそこに全力をたたきつけるというもので、戦術眼としては優秀、確かにそこを衝けば崩せるであろうところなのだが、それはあくまで「一部分を崩せるだけ」に過ぎず、そこからの継続的攻撃がなければ全体的な勝敗は得られない。そして元帥の娘はあるいは嫉みから、あるいは侮りから軽視されており、同輩の将たちを動かす人望に欠ける。にもかかわらず功にはやる姫沙羅を宥め賺すのに、美咲は苦労させられる。雇い主の宰相、本田馨綋(ほんだ・きよつな)への定時連絡で「援軍送る、諸事予定通り」と告げられるも、なかなか安心はできないままに何度か敵の波状を凌いだ夕刻。

 ヒノミヤの山……一般に「ヒノミヤ」とだけ言われるが、正式には「白雲連峰」その主峰「白山」という名将が用いられる……から、ぞっとするような魔力の波動が、三条平野に集結する100万の人馬を震わせた。

 ……今、のは?

 なまじに齋姫としての力を移植されているだけに、美咲の霊的感応力は非常に高い。霊的資質のほとんどない兵士たちですらも本能的恐怖に震え上がった波動に、美咲はあご先を強打されたときの脳震盪に似た酩酊を感じた。


……
………

 アカツキ内宮。

 その絶大な魔力の波動にふらつきそうになりながら、磐座穣(いわくら・みのり)は自分の計算どおりの事態の推移に会心の笑みを浮かべた。

 まず、ここで新羅辰馬に切り札を使わせる。これでもう、当分魔王の力は使えないでしょう。

 最初から、山南交喙は辰馬に力を使わせるための供犠の羊。

「兄さん、この先、手筈通りに」
「ああ。山南が敗れたところで『心臓』を奪ってくる」

 女神ホノアカの『心臓』。それが山南交喙を主神たらしめるもの。適正のある姫巫女、すなわち齋姫に力を与える神具。だが、道具である以上奪うことは可能であり、適性がなくとも、身を滅ぼす覚悟なら姫巫女が数分の間、主神の力を振るうことはできる。

 消耗しきった新羅辰馬に、神具を手にしたわたしなら十分。神楽坂さんの時軸(ときじく)は驚異ですが、あのひとの性格は戦闘向きではないから恐るるに値しません……この身を滅ぼす覚悟で、かの二人の力と魂、五十六さまに捧げましょう!

 それがヒノミヤの軍師、磐座穣の術策。最初から、穣は自身を長らえさせるつもりがなかった。遷は妹の覚悟を知って、そのうえで唇を噛むしかできない。

 あの老爺(ろうや)に、どうしてそこまで尽くす……!?

 そう怒鳴りたいが、既にそこは兄姉の間で結論の出た話だ。穣の意思は限りなく強固であり、それを覆すことは不可能。ならぱ兄にできることは、妹の望みを全力でかなえることただ一つ。

 とはいえ。

 それにしても、あの爺……。

 という気分が止むことはないが。

 長兄・創、末妹・穣と違い、遷は大神官、神月五十六という老人に心酔していなかった。

 もともと彼ら三兄妹が五十六に帰属したのは父が死に、母と自分たちを養うためであったのは既に述べたとおり。長兄・始は実務能力からヒノミヤの行政官として運営に携わり、穣は天才的頭脳からヒノミヤの国家戦略そのすべてに参与する大参謀となったわけだが、上級監査官にして先手衆(さきてしゅう)筆頭に封ぜられた遷にあてがわれた仕事は軍務のほかに粛正と暗殺であり、ヒノミヤの……というより五十六の暗く汚い部分をたっぷりと見せつけられた遷が五十六に傾倒できず、嫌悪を抱くに至ったのは当然といえる。

 なにより妹を愛する兄として、あのさらばえた老人がかわいい妹の心身を好きに扱っている事実が許せない。

 何度も、五十六を殺し、すべての罪を告発してアカツキに投じようと思ったものだが、それを実行すれば穣は決して自分を許さないだろう。それゆえに、遷は五十六に逆らうことができなかった。

「では、わたしは星辰宮(せいしんぐう)の猊下のところへ」
「ああ」

 静かに退室する妹を見送り、遷も覚悟を決める。妹を殺すわけにはいかないが、新羅辰馬と戦えば妹は間違いなく、命を賭すだろう。

 ならば穣と新羅辰馬を、戦わせないために。

 俺が止めよう。

 そう覚悟して、磐座遷は『祭具殿』に向かった。ここはヒノミヤの保管する祭具、宝具、遺産の集積庫。ここにある宝具のひとつで一州が買えるといわれるが、遷にとってそんな価値はどうでもいい。必要なものは3つ。

 万障を断つ『太刀』、あらゆる攻撃を無効化する『領巾(ひれ)』、そして意のままに世界を変容させ奇跡を起こす『珠』。

 どれも、かつてまだ齋姫が女王を兼ねた時代の、さらにその初代。最初の齋姫が使ったとされる、アカツキはおろか世界最高級の宝具だ。ホノアカの『心臓』同様、適正のある齋姫以外が扱えば命をむしばまれる……高い神力を持つ姫巫女ですらそうであり、過去の歴史上、男でこの神器を使ったものは存在しない……が、妹のためなら遷にとって、自分の命など塵も同然に軽かった。


……
………

 そして、新羅辰馬。

「ご、ごしゅじん、さま……?」

 瑞穂が、呆然と呟く。その声に含まれるのは、畏れと恐れ。

「たぁ、くん……」
「辰馬、あんた、魔王……って」

 雫とエーリカの対応も、似たようなもの。辰馬の変貌とその凄まじすぎる力に、放胆さとそれを裏打ちする実力の持ち主である雫でさえも喉をひりつかせる。それほどに辰馬を中心として立ち上る盈力の奔流が圧倒的であり、さらには辰馬自身が口にした「魔王」という言葉が大きい。その事実は周知だとして、辰馬自身が魔王を継ぐ、そう言ったことは過去にないのだから。

「ば、バケモン……」
「バカお前、赤ザル!」

 害意はなくとも孟夏の太陽のごとく肌を焼き肉を焦がす辰馬の力。あまりに絶大すぎる力を恐れて、シンタが、思わず「それ」を言ってしまった。大輔が叱責するも過ぎたるは及ばず。辰馬の背中がわずかに、ぴくりと揺れる。

 いやまぁ。魔王なんてそのものズバリでバケモンですけど? そらまぁね。この力、解放したらそー言われることはわかってたよ? わかってたけどなぁ~……地味にツラい。見ず知らずの他人に言われるのとはわけが違うしなぁ……はあぁ……。

 軽く鬱になる辰馬だが、それ以上に。

 つーか、いかんな、これ……。

 軽く右手をぐっぱと開閉。それだけで、バチバチッ! という魔力(盈力)の波動。なにがまずいといって、その力があまりにも大きすぎる。うっかり力の1割でも解放しようものなら、軽く四方千里は塵も残らない。

 困り切った顔で「うーん」とか「あー」とかつぶやく辰馬に、山南交喙(まなみ・いすか)は眦をつり上げる。一瞬はあまりに絶大な魔力を前におびえ、すくんだが、神敵を前に神族の血が黙っていない。

「神敵滅殺! 滅びよ魔王!!」

 螺旋の神焔、白き炎がうなりを上げる。一条、二条、たてつづけに十発、二十発と叩き付けた。一切の容赦ない、主神の全力。

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 さらに放つ、放つ、放つ! 限界をさらに超えて、神力の白焔をひたすらにぶっ放すが、しかし辰馬に毛ほどの傷も与えることができない。どころか、神力は辰馬の身体に飲み込まれ、吸収され、そして魔王の力に変換される。

 とはいえ。

 内心、辰馬は冷や汗であった。

 ど、どげんしよ……これ、反撃したらまずかよね……。ほんなこつどげんしよか? ここまで馬鹿げた力やと思わんかったが……。

 心の声とはいえ、南方方言が止まらない。身じろぎ一つで世界に影響を及ぼしかねない大魔力、かつて魔王はほとんど自分の玉座から離れることがなかったというが、それも納得だ、こんなもの、わかりやすい表現をするのなら、アメリカ合衆国の保有する全水爆を剥き身で抱えているに等しい。

 交喙は動かない辰馬を、チャンスとみた。これは効いている。いける!

 陽炎に乗って、間を詰める。なお身じろぎしない辰馬の胸板、心臓に、具象した焔剣を突き立てる!

「殺(と)った!」
「……? あー」

 邪魔、辰馬がそう思っただけで、交喙の細身の身体は強大無比の竜巻に呑まれたように大きく吹っ飛んだ。凄絶無比の衝撃波は主神の防御障壁など存在しないかのように素通しし、五体をばらばらに引き継ぎるような、全身の骨をすりつぶすような、全身の血液を灼けた鉄に入れ替えるような、言語を絶する大ダメージを交喙に与える。大きく吹き飛ばされた交喙は平野をごろごろ転がり、砂塵にまみれ擦り傷だらけで倒れるが、それでもなお内宮につながる門は突破させぬよう、その身を挺して阻む。

「あぁ、すまん……。つーか終わりにしよーや。いまのでわかったろ、どー逆立ちしても勝てないって」
「く……馬鹿にして、くれる……!」

 轟! 天を衝くような爆炎が、辰馬の前身を呑む。しかしやはり効かない。向けられるあらゆる力は、辰馬に吸収されて魔王の盈力を増大される結果にしかならない。

「だから、やめとけって」
「ちぃ、化け物が……」
「はいはい、そーですよ、バケモンです。お願いですから通してくださいませんかね?」
「通すわけが、ないだろうがァッ!」

 ひたすら、門だけは死守して、交喙は限界まで力を高める。

 それは中天の太陽に働きかけ。

 灼熱の天球は大地を焼き、大気を焦がす。草は枯れ果て、水は渇える。当然、馬も人も無事で済まない。周囲の兵たち、そして瑞穂たち仲間が孟夏に灼かれて苦悶する。女神として本来人びとに与え約束するべき豊穣とは真逆の、飢餓の顕現。孟夏の熱も乾きも辰馬の身を焼くことも渇かせることもないが、苦悶にあえぐ仲間たちの姿は、間違いなく辰馬の心を苛む。

「やめとけっての!」

 不可視の鉄槌が、痛烈に交喙をたたき伏せた。「がふっ!?」苦鳴をあげたことで交喙の力が解け、人々はかろうじて大渇から解放される。

「そーいう無差別とか、ほんと怒るぞ?」
「黙れ! そちらこそ魔王なら魔王らしく、私を八つ裂きにして進んでみろ! 人間らしいふりをして、なんのつもりか!?」
「なんでもねーわ、そんなもん! だいたいアレだ、そーいう考え方は魔王差別だぞ」
「やかましい! とにかく、ここを通りたければ私を殺していけ! 天朝の勇士、その身死しても魂は死せず!」
「!?」

 あーもう、こっちがどんだけ頑張って力抑えてっかとか、わかんねーからなぁ、向こうには……どーにかならんか……?

 自分をもてあます辰馬は頭をかきむしりたい衝動に駆られるが、それより交喙の言葉にビクッ! と反応したのは出水秀規。

「主様(ぬしさま)、ちょっといいでゴザルか?」
「ん、おぉ……」
「では、少々失礼……山南どの! 貴殿、『忍者ちんちんかもかも丸』のファンとお見受けするが、如何に!?」
「!?」
「……は?」

 辰馬の『鉄槌』に撃たれたときも気丈を保った交喙が、目に見えて平静を失う。辰馬がそのわけのわからん名前に脱力して口をあんぐりさせる横で、出水は色紙……どこに忍ばせておいたか知らんが、そこは自称、忍者なので……を取り出すとさらさらーとサインを書いて、交喙に見せた。その瞬間の交喙の愕然とした顔といったら。愕然と驚愕、羨望と恍惚が綯い交ぜになった表情は、ほとんど放送禁止レベルのだらしなさ。

「ま、まさか、あなたが『ちんちんかもかも丸』様……ですか?」
「いかにも!」
「いや……なんだよ、その名前……?」
「ん? 言ってなかったでゴザルかな、拙者のPN。さっきの台詞でピンときたのでゴザルよ、『天朝の勇士、その身死しても魂は死せず!』拙者の処女作『爆乳くノ一触手温泉湯けむり淫獄変』の主人公、ひなきの幼なじみで誇り高き侍、桃嚴(とうえん)の台詞でゴザル。いや、初参加イベントで4部しか捌けなかった本なのでゴザルが……」
「あ……あー、そう……うん、わかった……」
「あの本が4部!? 世間の連中はどうしようもない節穴です! 先生の原点はあの本にこそ……!」

 いや……なんなのこの会話。おれも本は好きだからわからんこたぁないけど……なんか違う……。

「じゃ、ここ通してもらえるか?」
「く……それは……では、この着物にちんちんかもかも丸様のサインを……」
「あ、それはOK。うし、進むぞ!」
「あ……いやー、今の拙者、商業もやってるからにはうっかりサインするのも……」
「知らんわ、いーからやっとけ。ふぅ……そんじゃ、これで」

 辰馬は投げ捨てた呪い石を拾い上げ、また腕に通す。世界全体を圧伏した絶大なプレッシャーが、ようやく収まる。

「はー、まだまだ魔王の力は御しがたいな。ここんところの連戦でそこそこ、レベル上げたつもりだったが……。ま、いいや。神月五十六は所詮、人理魔術だろーし。磐座穣の力は情報収集力。これでようやく完全に、シャー・ルフ(王手)だな」


……
………

「これが女神ホノアカの『心臓』です、ちんちんかもかも丸さま♡」

 懐から取り出した赤い楕円形の丸石を差し出して、山南交喙は出水秀規に撓垂れかかる。出水はだらしない笑みを浮かべ、16年の人生の絶頂、ご満悦だった。

「珍しー、出水君がモテてる……」
「あのデブ、モテることあるのね、意外……」
「お、お二人とも失礼ですよ?」
「じゃ、瑞穂。あんたアイツとつきあえる?」
「ぇ……い、いえ、すみません、無理です……」

 女性陣は口々に、結構ひどいことを言う。まあ、デブだしメガネだし、脂性でもある出水を好きになる女性はそうそういないだろうから当然の反応ではある。そのデレデレの出水が、突然「あぎひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーッ!?」と絶叫した。

「な、なにをするんでゴザルか、シエルたん!?」

 果物用フォークで眼球を容赦なく突いた妖精の少女に、出水は批難の声を上げるが、

「ふふー、出水ちゃん、呪い殺してあげよっか?」

 にっこり笑うシエルのまとう黒いオーラに、出水はいっさいの浮気が許されないことを理解した。出水秀規、人生の絶頂は、こうして終わる。

「んじゃま、主様、これを……」
「ん……」

 と、出水から辰馬の手に渡される寸前。

 横から伸びた手が、『心臓』をかっ攫う。長身、碧眼。白地に赤線の水干には不似合いな、腰までの金髪。優しげだが実直そう、悪く言えば融通の利かなさそうな顔立ち。実際実直であり、禁欲的でもある。かつて神楽坂瑞穂凌○の際、彼だけは瑞穂に指一本触れることをしなかった。

 ……助けるということも、しなかったわけではあるが。

 ともかく、その人影と、その身に帯びる神器を見て瑞穂が声を上げた。瑞穂の記憶通りの代物だとすれば、あまりにも危険。

「磐座上級監査官!? 皆さん、全力防御!」

 その声と同時、遷は太刀を一振り。大気がぶぁ、と裂け、衝撃に不意打ちとは言えすでに相当なレベルに達した辰馬たち7人があえなく吹っ飛ばされる。

「俺が相手をしてやる。せいぜい追ってこい、新羅辰馬」

 辰馬が立ち上がる前に、遷はすぐさま宝珠を使い転移。

 くそ、あいつ、あの力……いかんな、あんなのが先にいるんなら、ここで魔王の力を使うべきじゃなかった……。

 全身にわずかなしびれを残す強烈な斬撃の残滓に、辰馬は片膝ついて立ち上がる。

「なんにせよ、だ。内宮往くぞ! 決着まであと一歩!」

 そしていよいよ、戦場は内宮へ。

………………

以上でした、それでは!

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