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2023年 04月の記事 (53)

遠蛮亭 2023/04/22 06:45

23-04-22.「くろてん」小説再掲1幕3章7話

おはようございます!

昨日はちょこっとだけツクールを起動しましたがゲーム制作としてはそれほど進んでません。というのも娼館イベントにイラストが必要な部分が何点かあり、昨日1日でまずは3枚描きました。

この3枚。娼館イベントは少年(フェラ)、青年(チチモミ・パイズリ)、中年(セックス)、老人(老人)と作るのでこれは対少年用イベントです。このパートはあくまでミニゲームなので台詞は1シーンごとに1ワードとか2ワードとか、そのくらいなのですが画像はエロステの上昇によって変化させたいな、ということで3枚。エロステといっても「口淫経験」「乳房経験」「膣経験」「アナル経験」のみで口淫経験値100だと一番上の絵、120を越えたら2番目、140以上で3番目とかその程度の分岐です。今日は引き続きチチモミ・パイズリ系を描くとして、それでは「くろてん」小説再掲もよろしくお願いします!

黒き翼の大天使.1幕3章7話.赤き騎士の出陣

 風嘯平の会戦から1夜空けて。

 簡易寝台のなかで、新羅辰馬は目を覚ました。

「おはようございます、ご主人さま」
「ん……おぁよ」

 同じ布団の中に、瑞穂がいる。裸にシーツを巻き付けてはいるが、その豊満かつ引っ込むべきところのおどろくほどにくびれた見事な肢体の造形美はまったく隠れていない。実に奇跡的なほどに均整のとれた肉体であり、辰馬より一つ年下であるという事実は下手をすれば淫行なのだが、そんなことは関係なく辰馬は瑞穂の肢体に「あぁ、きれいだな……」とガラにもなく思った。

 辰馬らしからぬ感想は、昨夜の行為がいつものように「押し切られて逆レ」ではなかったから、そのせいだろう。辰馬は自分の意思で瑞穂を呼び、いっしょに寝てくれ、と頼んで、そして自分でも驚くくらい荒々しく瑞穂を抱いた。それはもう何度も何度も、若い二人は燃え尽きるまで絡み合い、まぐわいあった。それは戦場の狂騒というものからの逃避であったかもしれないが、少なくとも辰馬の中で神楽坂瑞穂という少女の重みが今までより遙かに大きくなったのは確かである。優しく目を細めて銀髪を撫でてくる瑞穂にされるままにされながら、辰馬はかつてないほどの幸福感を感じた。

 幸せってこーいうこと、なんかね……いや、しず姉も帰ってきてないし、それに今この戦時中で、言う事でもないだろーが。

 起き上がり、二人身だしなみを整える。仮の身分とはいえ将官である以上、いつものようにだらけた格好もしていられない。

 着替え終えると、門衛が来客を告げた。第12師団長…晦日美咲と、その本営で事務方を一手に任されていたエーリカ・リスティ・ヴェスローディア、そして増援の兵4000。

「たつまーっ! 久しぶり、寂しかったよぉっ! たつまもアタシがいなくて寂しかったよね、これからはずっと一緒にいて護ってあげるからねっ♡」
「はいはい。よろしく頼む」
「ん……? たつまのくせに妙に素直……。なんかあった?」
「いや、なんもねーわ。勘ぐるな」

「新羅さん」
「おー、晦日。お疲れさん」
「はい。この陣を新たに本営として、橋頭堡の要害を急ごしらえで築きます……。それにしてもエーリカ姫ですが、彼女、すさまじいです。師団外内の苦情のとりまとめから兵站調達と補給経路の確保、ヒノミヤとの外交ルートを開いて上層部との交渉、ほかにも数々ありますが……政治力というか、そちらのセンスが尋常ではありません。希有な才能です、大事になさいませ」
「あー、うん……そーする」

 大事に……。うん。まぁ大事にはするけど……。

 エーリカからの好意に引き比べて、けれど一番大事なのは瑞穂なんだよなぁと、辰馬はこの時期から明確に思うようになる。かつて桃華帝国の昔の皇帝が若い頃に言った台詞になぞらえるなら、「妻を娶らば神楽坂」なのだった。

 そして、もう一人客人。

 もとヒノミヤ先手衆(さきてしゅう)次席、今は8000人の大兵力を擁する根無し草となって流亡中の、長船言継。

 衛兵から長船、の名を聞いただけで、瑞穂が息を呑み震える。かつての陵○を思い出しているのは間違いない。辰馬は瑞穂を抱き寄せると、少し強めに背中を撫でた。いまままで恥ずかしくて出来なかったことも、意識の変った今となっては臆面なく人前で出来る。

 とはいえそれを見とがめる者もいるわけで。

「あぁーっ! なにその仲良しっぷり!? たつま、アタシにもやりなさいよ、それ!」
「お前はどーにもなってねぇだろーが。いいから働いてこい、給料でるんだろ?」
「んー、なーんか釈然としないんだけど……まぁ、この話は後で」

 後にすんな、終わりにしてくれ、めんどくさい。

 と、願いつつ、使者を通す。

「やあ新羅公、はじめまして。俺がもとヒノミヤ先手衆次席、長船言継だ。早々の呼び出し、感謝する」

 そう言って現れた蒼衣の使者はまさかの本人。「っ!?」瑞穂が恐怖に顔を蒼くして、辰馬の袖を強く引いた。辰馬はその手を握り返しつつ椅子に腰掛け、長船にも着席を促す。といっても応接室などない野営地の天幕内、適当な長机を仕切りにしてパイプ椅子での対面だが。

 長船は腰掛けつつ、瑞穂を見遣りにやりと淫笑う。

「お久しぶりですな、齋姫猊下。また貴方様とご一緒できるとは光栄のいたり。くく、また『ご慈悲』にあずかりたいものです……」

 ご慈悲、とは身体を饗すことの隠語であり、それを弄(いら)われた瑞穂は羞恥と屈辱で白面を土気色に変えうつむく。辰馬の袖をつかむ力は儚く弱くなり、辰馬は勇気づけるように減った力のぶん強く握り返した。

 大丈夫。こんなことで今更、おまえのことを嫌いになったりしねーから。つーかこの腐れ中年……。

「あのさ、おっさん。あんたの手柄は認めるとして……、おれの前でそれ以上瑞穂を侮辱すっと殺すよ?」
「いえいえ、侮辱などととんでもない。齋姫猊下の持ち物は最高でしたとも……。それに、新羅公、あんたは俺を殺せないさ。いくら感情で俺を憎んでも、理性が俺に利用価値を見いだしてる限りは手を出せない。新羅江南流の教えでいうとそういうこったろ?」
「へぇ……江南流のことをよくご存じで。まぁ、そーだが、あんたが思ってるほどにあんたの利用価値は高くないかもしんないぜ?」
「いやいや、兵士8000、それだけで今のあんたには喉から手が出るほどほしいはずだ。優秀な野戦指揮官がついてくるとなればさらにな」

 確かに、兵力は少しでもほしい。新兵同然の1000より、そりゃあ精鋭8000があればどれだけ楽か。

「それでも、瑞穂を侮辱されるよりはあんたをここで殺しとけ、って気もするなぁ」
「またまた、ご冗談を。あんたはこの程度の計算ができねぇ人間じゃねーや……ま、こっちを信頼してもらうカードが足りねぇのは事実。ってことで、これを」

 長船は懐から、なにやら小さな桐箱を取り出し、無造作に開いた。そこに現れたものが放つ強く清浄な神力に、辰馬も瑞穂も目を瞠る。

「これは……!」
「……『虚ろの勾玉』ですか?」

 息を呑む辰馬と、思わず呟く瑞穂。ヒノミヤの伝承的呪物、最優秀の巫女100人の命を絞った神力から作り出した、「神力封じの結界を無効化する」護符。その製法の邪悪さゆえに禁忌とされ、ここ数百年造られることはなかったはずだが、それが3個。

「神月五十六は500人の巫女の命を使って5つの勾玉を造り、自分と磐座穣(いわくら・みのり)、山南交喙(やまなみ・いすか)らの姫御子、そして先手衆の磐座遷っていう側近に持たせてる。俺は信頼されてたわけじゃねーが、磐座遷ってのは武人としちゃともかく案外な間抜けでね。ちゃちゃっと拝借してきた。それと、あとの二つは巫女の2位、神威那琴(かむたけ・なこと)と4位、沼島寧々(ぬしま・ねね)のぶんだ。……どーよ、これがあればあんたの力、十全に発揮できるだろ?」

 誇ることを隠そうともせず、長船はそう言ってニタリと破顔する。おまえが欲しいものを呉れてやるぞ、だから俺の要求も聞いてもらおうか、という表情。確かに辰馬にとってこの勾玉は喉から手が出るほどにほしい。輪転聖王さえ使えれば戦局を一瞬で覆しうるし、瑞穂の時軸が使えるようになるのも大きい。

 悪魔の取引。辰馬が清浄な聖人であるならば首肯しない提案を。

「うし。いーだろ」
「へへ、そーでなくちゃあなぁ」

 即時承けた。もともと新羅辰馬という少年は清浄な存在ではないし、邪悪ではもっとない。魔王と聖女の間に生まれた子は「清濁併せ呑む」気質であり、自分と自分の大切な物を護るために手段は選ばない。

「そんじゃ、早速兵士を連れてくるとしますか……。あぁ、それと。巫女の2位と4位の身柄はどーするよ、大将? なんなら慰安用に解放するぜ?」
「お前はふざけんのもいー加減にしろよ、下衆。……今までにやったことは不問にすっから、こっから先は略奪も暴行も陵○もなしだ。それが守れないなら今ここで、おれがお前を殺す」
「はいはい。んじゃ、アカツキ12師に宛てて護送させときますよ。それでいいだろ?」
「ああ、そーしとけ」

 そして、退出前。一瞬だけ瑞穂にねっとりと絡みつくような視線を向けて、長船言継はひとまず去った。

「あれは瑞穂のことあきらめてねー目だな……瑞穂、これからできる限り、おれから離れんよーに」
「……はい、ご主人さま。どうかお守りください……」

 神楽坂瑞穂という少女が自ら「守ってほしい」とそう言ったのは初めてかも知れない。それだけ長船という男に対する恐怖と嫌悪と悪感情が強くすさまじく、独力ではどうしようもなかった。


……
………

 晦日美咲は多忙のなか、護送されてきた姫巫女の身柄見聞に立ち会い、絶句した。

 神威那琴と沼島寧々、二人の姫巫女はどれだけの酷使をうけたのか、酷く消耗し、消衰し、なかば壊れかけていたからである。戦陣に出た少女が敗北の結果に受ける扱いとして当然とはいえ、ここまでの扱いはひどすぎる。美咲は新しく新羅辰馬の幕下に加わった長船言継に詰問吏を放ち、長船に出頭を迫ったが、これに対して偏将、新羅辰馬は「あえて語るべき必要なし」と長船を庇う。

 あえて毒も含む覚悟で進む、というわけですか……。まるで宰相様のような。

 美咲の中で清濁を併せ呑む人物像と言えば直属の上司、宰相・本田馨綋(ほんだ・きよつな)であり、理想のために善も悪も使えるものはすべて利する。そういう人物をそばで見てきたために美咲のなかで辰馬が悪人を登用したことへの反感はさほどに高くはないが、それでも個人的に少女たちを悪辣にいたぶった長船言継という男への嫌悪感は残った。

 この男、新羅さんが切れない相手だというなら、私が斬るべきかもしれません……。

 そう胸(極薄)に期しつつ、ひとまず庶務に戻る。


……
………

「さて。本格的にヒノミヤを攻めるにはまぁ、北嶺山脈の山岳地帯を上っていく必要があるわけだが……」

 天幕のなか。新羅辰馬と神楽坂瑞穂は地図上に駒を配して作戦をシミュレーションしていた。

 初日に崖をのぼって裏口にまわろうとしたことでもわかるとおり、ヒノミヤは山上にある。用兵学的に、高地に拠点があるというのはそれだけで有利だ。力というのは上から下へ流れるものであり、下から上に上りながら戦うより、上から下に降りながら戦った方が圧倒的に力が発揮できるのは当然。なのでできるだけ、逆落としに殴られる形での戦いは避けたいところ。

「これはなぁ……二手に分けるか。山麓で上からの攻撃に耐える大部隊と、それを囮にして囮が殴られてる間にヒノミヤ内宮を衝く小部隊。内宮に達すればこいつらも慌てて引き返してくるだろーから、今度はこっちが上下から挟撃……あとまあ、現地の地形に詳しい人間をこっちに抱き込んで情報をもらう、と。そーやって地形を使わないと、精鋭の逆落としなんか止められねーだろーし」
「はい。十分妥当な策だと思います」
「ん。そんじゃ、細かいツメは軍師殿に任せる」

 新羅辰馬がここまでに掴んだ用兵の神髄は「戦術的勝利の連続による戦略的勝利の達成」。風嘯平の一戦とこのヒノミヤ山岳線もまた、連続性をもってつながる。風嘯平の一戦で意気阻喪している今が攻めどきであり、多少無理押しでも一気呵成に攻めるべきだと辰馬の嗅覚は悟っていた。


……
………

「お兄様、くれぐれも頼みましたよ」
「ああ、了解した」

 磐座穣は通信機に向け、ヒノミヤへの山岳路を護る兄、磐座遷に念を押した。

 見る目聞く耳の術により新羅辰馬が使ってくる戦術はすべてこちらの掌の上にある。さきの風嘯平で長船言継が裏切ったのは痛かったが、早期に膿が出せたと考えれば悪いことばかりでもない。

 すべての兵が私の意図したとおりに動くなら、こんなに苦戦もしないものを……。

 風嘯平の敗北を、穣はそう分析する。騎兵突撃に対しマスケットを並べての連奏射撃も、寡兵で大軍に勝つための攪乱と火計も、どちらも穣の想像を超えたわけではない。ただ、新羅辰馬に対した神威那琴の将才がかの魔王継嗣に劣り、敵に優位な状況を許したがための敗北。自分が指揮官であったらあそこで新羅辰馬の命脈を止めたという自負があり、だからこその慚愧がある。今度こそは止めてのけたいが、やはり今回も穣は全体を俯瞰しての総軍指揮担当であり、登山路上の兄と、内宮城塞の指揮は山南交喙、鷺宮蒼依の二人に任せるほかない。

 速戦で囮を潰して、別働隊も挟撃して叩くとしましょうか。

 そのために必要な駒は、ある。

「ガラハド卿、わが兄の助勢、出陣おねがいします」
「承知した。わが騎士としての誇りにかけて、立ちはだかる敵を打ち倒してご覧に入れよう」

 赤き鎧の騎士、ガラハドの出陣。

 かくて新羅辰馬のヒノミヤ事変、その第2幕が始まる。

………………

以上でした、それでは!

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遠蛮亭 2023/04/21 07:10

23-04-21.「くろてん」小説再掲1幕3章6話

おはようございます!

昨日やったことは昨日のフィーリアママの絵に書いたので、今朝は書くことがありません。でも今日は2年ぶりくらいに6時半まで寝たので気分がいいです。これは今日の作業がはかどりそう。

それでは、今日の「くろてん」小説再掲。先手衆・長船言継がいやーな感じの存在感を発揮する回です。

黒き翼の大天使.1幕3章6話.火を行うは必ず拠るところあり

「寝返ろうかと思いまして」

 本気で降るつもりなのか、長船は神官の命にも等しい神官服……水干をまとうこともせず、アカツキ正規兵の青を基調とした軍服をまとっていけしゃあしゃあとそう言った。もともとガラの悪く品のない顔立ちに三白眼、水干を着ないでいると普通にそこらの路地で屯(たむろ)している30男……いや、もうじき40に近いか……にしか見えない。ただしその笑中には鋭利な剣、それも刀身に猛毒を塗った邪剣を含むが。

「本気か、卿?」

 問いつつ、長剣を突きつける。ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンや牢城雫に比べれば遙かに劣るものの、十分に達人の域に達した剣技。喉元に切っ先を突きつけられて、長船は軽薄に笑いつつ額に冷や汗を浮かべる。

「もちろん、偽降ですよ。私の部署する8000があちらに偽って降り、あなた様が正面でぶつかっているところ、背後からこれを衝く。万全の策だと思うのですが」

「ふむ……」

 なるほど理にはかなう。兵法に明るくない那琴でも、その挟撃が有効であることはたやすく理解できた。

 問題があるとすれば、この男の心底か。

 那琴は心中に呟き、有能ではあるが信頼の置けない名将の頭からつま先までを見渡す。姿勢は至誠であり、立ち居振る舞いにその心の有り様は現れるというのが那琴の信念であるが、どうにも、長船という男は理解しがたい。人間を相手にしている感覚が薄いのだ。まるで蛇やトカゲを相手にしているような、そんな感がある。

「いや、必要なかろう。こちらは数で圧倒的優位にあるのだ、兵力を分散させるのは愚といえるのではないか?」

「どうですかね……、あの新人を普通の将と一緒に考えてはいけない気がしますが……」

 もっとも道理なことを言って承服させようとする那琴に、長船は三白眼をやや伏せて呻吟(しんぎん)する。

 実戦経験という点において先手衆(さきてしゅう)ほどに優れる部隊は、ヒノミヤにいない。彼らは神月五十六の耳目となり手足となって働く粛正機関であり、個人戦、集団戦問わず豊富な経験を持つ。大規模な戦争の経験はこの戦役がほぼ初めてという那琴たちとは全くわけが違い、その言葉は重い。

「今この時期、この風嘯平の風向きはこちらに逆風。現状のように一カ所にまとまった配置では、敵が火計をとった場合に手も足もでません。部署の配置換えだけ任せていただけますかな?」

「よかろう」


……
………

「次は、と。数からしてまず正攻法で勝てる相手じゃねーし。火攻めか、水攻めか……」
「火攻めですね。この時期この平野を吹く風は、我々に追い風です。火計に理想的な状況といえるでしょう。まず火をかけて、混乱する敵を浅瀬に落とし覆滅する。基本方針としてはまずそれで問題ないかと思います」

 初戦勝利の報告と援軍よこせの無心を伝令に託し、群議の席を主導するのはもっぱらに辰馬と瑞穂。ほかの連中には辰馬のような歴史知識もないし瑞穂のような戦術頭脳もない。瑞穂は過去の将帥の兵法100種を抜粋した小冊子『百戦要諦』の草稿を大輔たちに渡し、彼らもそれを回し読みして多少の知識を身につけはするものの、それが結実するのは遠い先。とりあえず「そーだなー」と「いや違うんじゃねぇ?」以外はほとんど口を挟む余地がない。

 火攻めかー……一度に大勢殺すことになるよなー……あー、やだやだ。

 人の肉が焼ける臭いを想像してまたせり上がってくる吐き気を、辰馬は根性で堪える。想像力が豊かすぎるというのも、いささか考え物だった。

「偏将さまに、密使が」

 一人の兵士が入ってきて、そう言った。

「密使? どっから?」
「ヒノミヤ将帥、長船言継、ということですが……」
「っ!?」

 過敏な反応を示したのは瑞穂。もともと気丈とは言いがたい瞳が不安と恐怖に揺れ、顔色が青くなる。ふら、と倒れそうになるのを、辰馬は駆けよって支えた。

「どーする? 追い返すか?」
「い、いえ……会いましょう。情報が戦局を左右する可能性があります」


……
………

「で、こっちにつきたいと」
「は。新羅公にはどうかお受けいただきたく」

 ぽっと出の辰馬あいてにわざわざ「公」と敬称をつけ、慣れた調子で口上を述べおわった使者に、辰馬は胡乱(うろん)な目を向ける。

(罠だよな、これ……?)
(十中八九は。けれど長船という人物の性格上、保険としてこちらに誼(よしみ)を、という可能性もあります。もしくは、ヒノミヤとアカツキ、双方にいい顔をして生き残りをはかるか……)
(んー、いやな感じのやつだな……。まあ一応、受けるだけ受けとくか……。瑞穂としてはイヤだろーが)
(いえ……ご主人様の、お心のままに)

 とはいえ、やっぱイヤなもんは嫌だろーなとは思う。出来るだけ長船言継に借りは作らんようにしよう、と考えはするものの、自分の中で長船を使った作戦案が形成されていくのを辰馬自身止められない。戦術の幅が広がったらそれを試したくなるのが用兵家というものであり、新羅辰馬という少年には間違いなくその癖(へき)があった。

 使者に内応引き受けた、そう言い置いて返したその瞬間。

「敵襲! 数およそ騎兵1000騎!」

 哨戒の歩卒が、そう叫ぶ。

「速いな。立て直すよりとにかく強襲、ってわけか。……とはいえ、1000騎で来るとか舐めてるとしか思われんのだが」


……
………

 副官に本陣を預け、神威那琴が突出したのに絶対の自信や裏付けがあったわけではない。ただ、緒戦における敗北とそれによる士気低下、このまま不利な戦いが続けば本当に長船が背くかも知れず、そうなると兵力の上での優位すら保てなくなる。このムードを払拭するために、那琴は示威行為としての突撃を敢行する必要があった。

 新羅隊前線が火砲を放つ。那琴は苦もなくそれを躱し、最精鋭たる1000騎も那琴に続く。神速の用兵。精鋭、突騎を率いるとはいえ、ここまでの速力を発揮しうるのはやはり那琴の資質。

 その耳元を。

 タァン!

 銃声一つ。耳朶に熱いものが走った。

 狙撃。騎馬で駆けている那琴を、それもわざとヘッドショットを避けて耳朶を擦らせた凄腕の射手。那琴は射手を求めて視線を舞わせ、驚嘆する。

 いわゆるマスケット、あるいは烏銃といわれるものの射程は80~100メートル前後、有効射程となるとさらに下がる。それを、那琴の視線が捉えた相手はずっと後方、300メートル近く離れた場所からの精密射撃をやってのけた。これはもはやマスケットではなくまだこの世界に存在しないライフル銃同等の射程と精度、あるいはそれをしのぐ。射手が見せた妙技に、那琴は戦慄した。

 10数人ほどの歩卒を率いたその射手はこちらが見ていることに気づいているのか、挨拶をするように軽く片手をあげた。全体に飄然として軽薄な風だが、今見せつけられた精密狙撃を考えると侮ることもできない。

 結局、那琴はひとまず陣を退いた。無理押しすればまず、射斃される。死は神の庭に迎えられること、それ自体恐ろしくはないが、祖父のために戦えないことは辛く、今ここで無駄死にするべきではなかった。


……
………

「つーわけで、追っ払ってきたっスよー! 辰馬サン、褒めて褒めて! なんならケツ触らせて!」

 陣に戻った馬前使…シンタこと上杉慎太郎は得意満面の高笑いを放った。辰馬としても喜びを隠せない。迎撃に誰を出すか、それを話し合うより先に突出したシンタが見事な成果を上げたことは僥倖の至りであった。

「あー、ご苦労さん。けどケツはやめろ。……しっかし、シンタにそんな特技があったとはねー……」
「いやまぁ、ナイフとか射的とか、なんか射つもの全般、なんでも得意なんスよ。銃ははじめてでしたけど、やっぱこれも天才ってやつですかねー、はっはっは!」
「調子乗んなばかたれ……とはいえ、敵の強襲を未然に防いだわけだしな。なんか褒美は必要か……なにがいい?」
「1.辰馬サンのケツ揉み、2.辰馬サンとキス、3.辰馬サンともにょもにょ、のどれかですかねー……さぁどれ?」
「どれもねーよばかたれ! 殺すぞ!」
「えー……頑張ったのになぁ」
「知るか。……まあ適当に、1万弊くらいでいいか。お前に10万もやったら堕落するだろーし。さて、そんじゃ次、こっちから仕掛ける。敵陣に潜入して擾乱、および放火の決死隊100人、志願者は?」

 さすがに、志願者の数は少ない。数千……長船の部隊も含めれば万を越す敵の中に100人で潜入、という時点でまず生きては帰れない話であり、二の足を踏むのもわかる。辰馬自身が陣頭に立つならまだしも、今回辰馬は本陣で火の手が上がるのを見て全軍突撃を指揮する立場であり、決死隊に参加できないので偉そうに「お前がやれ」ともいえない。しかしどうにかやってもらうほかない。寡兵で勝つためにここはどうしても火計の成功が必要だった。

 たぶん勝勢に傾けば、長船の8000はこっちにつく。

 そういう打算もある。そのためにも是非、天秤をこちらに傾ける必要があるのだが。

「では、拙者が行くでゴザルよ。隠密と言えば忍者!」

 妖精、シエルを肩に乗せ、くいっと丸眼鏡をもちあげながら、出水秀規が立ち上がる。至急の軍服が内側の肉でぱんぱんになっているが、ある意味恰幅がよく人の上に立つ雰囲気、と評せないこともなかった。

「俺が護衛につこう」

 厷武人が、刀を執って同じく、立ち上がる。彼は軍装ではないのだが、もともと学生服と軍服を組み合わせたような服装故に正規兵といって問題ない風情があった。なるほど兵士たちの上に立つなら服装もしっかりしていた方が、士気的によい。

「よし、んじゃ兵員の選抜からなにから、二人に任せた。頼むぞ」
「了解でゴザルよ」
「将軍、戦果を待て」


……
………

 神威那琴の陣に、出水秀規率いる100人は潜入を果たす。

 女だらけでゴザルな……。3次元の女には興味ないのでゴザルよ……。

 というか、苦手。

 小デブで厚底メガネで汗っかき、しかもこの国の風潮は女尊男卑であり、出水秀規という少年はそうした中で虐げられる立場の男であったために現実の女性が苦手……嫌いといってもよかった。

 そうした鬱憤を晴らすために書き始めた陵○系エロ小説でストレスを発散することを覚えた出水は持ち前の集中力……妄念といってもいい……から自分の文章に宿る下級精霊、すなわち自分の理想の具現であるシエルを喚びだすに至り、夜だけ人間サイズになれるという特質を持つ彼女を伴侶と契って女性への苦手意識を克服したわけだが。

 ヒノミヤ、神威那琴の陣は女7:男3の比率であり、出水に忘れていた肩身の狭さを思い出させる。

「くっ……拙者がオレだったころの痛みが、苦しみが……ッ!」
「出水、狼狽えるな。我々は粛々と任務をこなすだけだ」
「あ、あぁ、そーでゴザルな、拙者としたことが」
「それで、ただ火をつけるだけではすぐ消し止められる。敵陣を混乱させる方策としては……」
「問題ないでござる。ではみんな、この書信のとおりに噂を撒くでゴザルよ!」


……
………

 10分後。
 神威那琴の陣は、面白いように恐慌状態に陥っていた。
 精強を誇る突騎部隊、士卒も強悍をもって鳴り、簡単にびくりともしないはずであったが、出水秀規の撒いた術策は女性心理を突いた恐るべきものだった。

 曰く。

『陣中に脂ぎった中年変質者が紛れ込み、そこかしこで痴○行為と下着ドロを働いている』という一見、アホみたいな噂に過ぎないのだが、これが若い女性兵士たちを大いに脅かし、恐慌に追い立てる。悲鳴を上げるもの、犯人を引っ立てようと腕をまくるもの、とにかく一度勢いさえついてしまえばあとはどうとでもなるもので、混乱はさらなる混乱を生み、大恐慌をきたした。

 そこに火がつく。混乱の収拾、鎮静すら困難であり、消化など追いつく状況ではない。

「バカな、こんなくだらない流言蜚語で……!」

 神威那琴は愕然と呻くが、実際彼女の前に広がる光景がなにより雄弁に現実を語る。


……
………

「出水たちがやったな。よーし、全軍、突撃ぃ! 殺す必要ないから。殴って浅瀬に落とせばこっちの勝ち!」

 敵陣に火の手が上がったのを確かめて、辰馬は1000人を一極集中、景気よく指揮杖を振って炎に逃げ惑う敵中に突撃する。防備を固めるいとまもない敵を撃ち、崩し、切り伏せて進む軍威はそれこそ天の軍使。その圧倒的なことは石で紙を裂くかのごとし、指揮系統が機能している軍としていない軍とでの絶大な戦闘力の違いを見せつけた。新羅隊は踏ん張りの効かない敵勢を一気に浅瀬へと追い落とし、炎に巻かれ水にあえぎ、足下の定まらない敵兵を叩いては拿捕していく。

 状況の収拾困難とみた神威那琴は、長剣を抜き敵陣最前線に立つ将へと突撃した。長剣と指揮杖が激突、火花を散らす。

「なこちゃん!?」
「瑞穂、いま助ける!」

 驚きの声を上げる瑞穂に那琴は雄々しく咆えて、剣撃を加速させた。上下の斬撃、喉元への刺突、手首狙いの跳ね上げ。達人の凄腕と言って良いそれを、しかし辰馬はたやすく受け、捌き、いなす。

「まあ、そこそこ腕は立つとして……今更おれを苦戦させるほどじゃあないなー。久しぶりに楽勝な相手」
「く……馬鹿にするか!」

 辰馬が余裕を口にすると、那琴の剣に熱が入る。熱は邪念、無駄な力がこもり、読みやすくなる。武人なら心は常に静謐な水面でなければならず、それを保てない時点で那琴の敗北は決定している。

 キィン!

 清澄な、甲高い金属音。那琴の剣がはね飛ばされた。

 辰馬が攻勢に転じる……と思った瞬間、那琴は躍馬辰馬の前から飛びすさる。状況不利を悟った那琴はためらいなく撤退を選んでいた。ヒノミヤの敗勢は確実、やむなく供回りの突騎、最精鋭1000騎を糾合して敵中突破をはかる。

「この距離なら撃てますけど……どーするっスか?」

 シンタがマスケットを構えて那琴の背を追うが、

「いや、いらん。無駄に殺す必要もねーや。大輔、だいたい制圧完了したら消火と救出。虐殺、略奪、暴行は厳罰、相手に女が多いからな、特にこれ徹底して」

「了解です!」

 副将として無類の有能を誇る大輔が、事後処理に駆け出す。辰馬は一仕事を終え、ようやく息をついた。

 かくて、後世史上に名高いヒノミヤ事変最初の大戦、「風嘯平の戦い」はこうして新羅辰馬とアカツキの勝利に帰す。この一戦でヒノミヤ側の被害は捕虜、重軽傷者含め4000近く、総動員兵力80000中の5%に達した。


……
………

 さておき、神威那琴。

 とにかく敵中を抜けて旋回、ヒノミヤへの帰途を咆哮する彼女らを、一隊が迎える。

 それは長船言継隷下の部隊であり、接収された那琴らは長船の前に引き据えられるが、そこでの長船の態度はかつてないほどに尊大なものだった。

「なっさけねぇなぁ、那琴ちゃんよ? 『数で圧倒的優位』? バカが、んなこと言ってっから負けるんだよ!」
「貴様、誰に向かって口をきいている! この方がどなたか……」

 ぞんっ!

 脇侍の女性士官を、長船は撫で切りにした。すさまじい斬撃。技巧型とパワー型の違いこそあれど新羅辰馬にも引けをとらない武芸に、思わず那琴の背筋が凍る。

「どなたかって、そんなもん負け犬だろーが。それ以上でも以下でもねぇ」

 徹底的に見下した態度。自分が日和見を決め込んだせいで負けたという事実について、なんらの後ろめたさも感じていない。むしろ自分を使いこなせなかった那琴の無能をあげつらうような雰囲気すらある。

「そんじゃ、お前には新羅サマへの手土産になってもらうか。姫巫女の第2位の身柄と、俺の兵8000、これだけありゃあ、まず疎略にはされねぇだろーぜ……」

 そしてたった1000人の新羅を乗っ取るのに、これだけの兵がいれば十分。長船はまた薄く、爬虫類めいた笑みを浮かべた。

………………

以上でした、それでは!

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遠蛮亭 2023/04/20 20:03

23-04-20.お絵かき(フィーリア・牢城_非エロ)

こんばんわです!

今日も昼の2時くらいまでエンジン掛からなかったですが、「日輪宮」は徐々に完成に近づいています。タクティカルコンバットのご感想がいただけないのが、不評なのかなぁとそこだけ心配ではあるんですが。ちなみにあれから敵キャラのHPを増量、スキル攻撃力もちょっと尖らせましたし対術結界、砲撃結界持ちのキャラも増やしました。これで大火炎陣持ってればほぼオートで勝てる、という戦法は使えなくなります。

さておいてこちら。

雫おねーちゃんではなくフィーリアママ。おっぱいサイズ以外ではほとんど区別できない二人ですけども。一応前髪の形が違ったりするのですけどね、雫おねーちゃんはぱっつん、フィーリアママはザカザカ。この絵は先日の雫おねーちゃんが失敗だったのでママでリベンジというわけなのでした。小説版にほとんど登場しない彼女の性格をまだつかみきれてないところがあるんですが、雫おねーちゃんに似た性格で明るく元気、辰馬くんにセクハラしてからかうような性格だと思います。そういう方向性でゲーム「くろてん」のイベントは組みました。

それでは、以上でした!

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遠蛮亭 2023/04/20 06:40

23-04-20.「くろてん」小説再掲1幕3章5話

おはようございます!

昨日は結構遅くまで作業ができました。とはいっても午前中は体調不良で横になってましたし、夜も10時前には寝ましたが。やったことは「日輪宮」のバグ修正と闘技場イベントのシナリオ。闘技場シナリオ(ゴブリン相手のママショタみたいな、あんましエロくないイベント)もほぼ完成してあとは娼館と出産ぶんをちょこちょこ、それと修正できるイベント絵の修正と背景がおかしいぶんの差し替えですが……もう少しで完成しても現在生活保護状態なので売りに出せないのでした。生活保護から外れるまでしばらく寝かせることになりそうです。

では、今日も「くろてん」小説再掲行かせていただきます! ここからいよいよ戦記物。

黒き翼の大天使.1幕3章5話.風嘯平-1.騎と戦うは行馬蒺蔾、而して撃つ

 布陣する。

 瀬を右手に置き、辰馬率いる本隊300。このいかにも「殴りやすそう」な的に敵が釣れたなら、左手の丘に伏せた明染焔の遊撃700が発って敵側翼を衝く手筈。

 とはいえヒノミヤの誇る「突騎」の威力ばかりは当たってみなければわからない。瑞穂曰く通常の騎兵とは一線を画す突撃力というが、瑞穂とてその真骨頂を肌で体験したわけではないから伝聞の域を出ない。

 とにかくまあ、初撃で鎧袖一触されなきゃなんとかなる。

 と、そう信じるほかない。とりあえず負ける前提で戦いを挑む趣味は辰馬にはなく、今回も勝つつもりではいる。おそらくそれは最低限将として必要な気構えであろう。負けると思って兵を戦わせるぐらいなら、最初から戦わずに北(に)げればいい。

「しず姉、30分したら起こして……って違うわ……」

 バカかおれ。しず姉今いないだろーがよ。

 頭を振った。なんのかんので雫への依存度が高い。なにせ1才でアカツキに連れてこられたときすでに9つの雫がお姉ちゃんとしていたわけで、身の回りの世話全部やってもらって過ごしてきた。普段雫の方が辰馬を偏愛していたためにその部分は目立たなかったが、実のところ辰馬はかなりシスコンの甘ったれなのである。

 うん、まあ……寝る。

 軍用マントを毛布代わりに、横になるとすぐ寝息を立てる。戦争の凄惨というものに吐き気をおぼえる繊弱さをもちながらにして、こういう部分は驚くほど放胆。普通なら精神が高ぶって落ち着かないはずだが、闘争そのものに関して緊張がないのは弓矢の家の子として慣れがあるからか。


……
………

 その頃。
 新羅辰馬の放った両路の使者は、それぞれ神威那琴(かむたけ・なこと)、長船言継(おさふね・ときつぐ)の陣所へとたどり着き、手筈通りに拘束され、密書を奪われた。

 この密書について、神楽坂瑞穂は機密レベルの重要文書と言い含めてある。新兵にそこのところの演技など出来ないだろうからいっそ兵自身をも欺いた(冷静に考えて偏将に過ぎない辰馬が気密に与る資格などないのだが、そこは新兵故に騙される)わけだが、ために使者は密書を奪われまいと必死で抵抗し、そのおかげで書面の内容への信憑性は増した。

 特に、長船言継は自分が誅殺されるという危機感を深刻に受け止める。もともと参謀・磐座穣(いわくら・みのり)との関係が良好でない状態であり、彼自身ヒノミヤへの愛国心、忠誠が薄いがために、本来の彼の頭脳であればまだ疑うべきであるところを、簡単に乗ってしまう。

 神威の後方を伐って、アカツキに寝返るか……そんな考えがよぎる。実際それをしなかったのは現状ヒノミヤ優勢なのと那琴の突騎相手に勝てる算段がつかなかったためで、もしヒノミヤの勢いが敗勢に傾いたなら彼はすぐにでも裏切るだろう。言継は使者を供応し、よしみを通じる返書と幾ばくかの財貨すらつけて帰陣させた。どちらにせよ、自分を高く買ってくれるところにつく。それが長船言継という男の処世術である。

 対して神威那琴の方は。

「偽書だな」

 一目(いちもく)で断じた。離間の計、などという言葉はよく知らない那琴だが、これが両将の反目をあおる偽文書であることはわかる。

 時間がないのだろうし、多少は筆蹟(て)を変えたつもりだろうが……君の字なら私はわかるんだよ、瑞穂。

 手紙の筆蹟は神楽坂瑞穂のものであり、男の書体らしくしてはあったが那琴にばれないはずもない。なにしろ神威那琴と言えば神楽坂瑞穂のヒノミヤ時代における一番の親友であり、周囲から男女の仲とそやされた関係。瑞穂のことならすべて知っていると豪語する那琴は、遠望した敵将のそばに神楽坂瑞穂の姿を認めて瑞穂奪還の意思を固める。この時点で神威那琴という少女は、瑞穂がどれだけ凄惨な陵○を受けてヒノミヤから去ったかを知らない。アカツキに奪われた、とだけ思っており、取り戻せばまた齋姫として迎えられると信じている。

「この使者はどうしますか?」
「殺す……までは必要ないか。耳目を潰して送り返してやれ」

 それにしても、長船離反、か。ありえないことではないだけに、怖いな……。

 自ら偽りと断じておきながら、なお疑心暗鬼は残る。それだけで新羅辰馬と神楽坂瑞穂の計略は、すでに中(あた)ったといってよい。


……
………

 そして、風嘯平(ふうしょうだいら)。

 新羅辰馬は神威那琴6500、長船言継8000、総勢14500を迎える。

 さすがに偉容というか、兵が立ち上らせる気が山南交喙(やまなみ・いすか)とは桁違いだった。こちらの指揮官が新羅辰馬という、人の心を収攬(と)ることにおいて絶対的なカリスマ、求心的太陽でなければ、この兵力差と兵気に呑まれて戦前で敗北すでにしていたに違いない。

 しかし辰馬率いる300は、泰然自若と構えて不動。

 いや、実際は指揮官がまだ眠っていて動くに動けなかったのが実情なのだが、兵士たちの間ではこの状況で放胆に眠る辰馬への信頼感が無駄なほどに高まっている。

「突騎隊、掛かれ! ヒノミヤの武威を見せよ!」

 両者指呼の間、まず那琴が指揮杖代わりの長剣を振るうと、突騎6500のうちまず2000が突撃を開始する。馬蹄のとどろき、圧倒的勢いで戦場を支配する、まさにその勢は覇王の軍!

「ふぁ……おあよ-……と、ちょうどいい頃合いか……。銃兵砲兵、ひきつけてひきつけて……うし。てー!」

 ぽやーとした、威も迫もないが無性に人をなつかせる声で、寝起きの辰馬は前線に立つ。新羅辰馬隊はわずかに300、しかしそのうち160が新式のマスケット銃兵であり、40が20門の大砲を扱う砲兵隊。新兵故に銃火器の扱いも得手というわけではない。が、敵の方から的になりに来るなら正面に向けて撃鉄をひくだけ。外す道理がない!

 ドォフッ! ダンダンダァン、タァーン……ッ!!

 号砲炸裂。なぎ倒される突騎兵。火器運用の神髄は斉射による火力の集中。辰馬は銃兵160を80と80に分け、前列後列を交代させ間断なく撃たせることによってこれを達成した。かつてアカツキ東西戦争期において、同じ戦術で覇をとなえた女将軍…覇城菘(はじょう・すずな=アカツキ傍流三大公家の首座、現在の最大派閥・覇城家の女当主であり、牢城雫にとっては本家筋の祖先に当たる)のごとくであり、歴史マニアの辰馬は当然、この戦術を識る。迂回して側翼を衝こうとしてくる敵には馬防柵を立てて道を遮り、擬似的にこの平原に隘路を作って敵の機動を阻害した。

 識っている=実際に使えるではないのだが、新羅辰馬という少年に限ってはこの二つは等符号で結ばれる。知識を十全な形で自分の武器とできる、それゆえの天才。

「そりゃ、猪みたく突撃してくる騎兵にはこれだろーよ。歴史に学ばないばかたれに、負けてやる道理はないからな」

 目の前の2000が1900になり、1800になり、1700、1600とガンガン減っていく。そのつどに血臭たちのぼり、屍体積み上がり、血の流れが大地を染めて辰馬の精神を責めさいなむが、今の自分は部下の命に責任ある身、と自分を叱咤勉励、せりあがる胃酸をぐっと飲み干して堪える。

 1200を切ったところで、相手が退勢を見せる。辰馬はすかさず指揮杖を振り、側翼、丘の上から明染焔(みょうぜん・ほむら)隊700が突撃を敢行。

「オーーーーーーーーーーーーーーラアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 咆哮。巨大な蛮刀を頭上振り回し、騎上の明染焔は半壊の敵陣に猛追する。この瞬間に初戦の勝敗は決した。備えのなかった側翼からいきなりの強撃、なお戦意を失わなかった最精鋭たちが、焔の振るう蛮刀一閃、まとめて吹っ飛ぶ首4つ5つに、つづけて打ち摧(くず)される陣に、たちまち意気を萎ませる。さらに焔の副将たる歩兵隊長、厷武人(かいな…たけひと)が抜剣突撃、完全に敵勢萎えきったところへ、辰馬も銃士たちに抜剣突撃を命じる。

 辰馬の脇、最首となって敵をなぎ倒すは朝比奈大輔、上杉慎太郎、出水秀規。後世の史書において記される新羅辰馬の伝説において、特筆されることには彼のそばに控える最優秀の元帥、そのほとんどがこの時点ですでに揃っていたことが挙げられる。彼らは辰馬の友として親愛を受けただけでなく将帥として間違いなくこの時代の一流であった。引きながら退きながら、弓矢で鉄砲で追撃を剥がそうとする銃火の中を、辰馬を先頭として4人は無人の野を往くがごとく突撃、戦神の加護でもあるかのように、猛然たる銃火はしかし辰馬たちをみずから避けるかのようにことごとく外れ、それに勢いを得た隷下の志士たちも一斉に続く。

 完全勝利。1時間とかけない初戦の戦闘において、2000あったヒノミヤ勢はアカツキ1000によりほぼ完全に覆滅される。兵士たちの略奪を強く戒め、辰馬は帰陣。


……
………

「あ゛ぁ?」

 神楽坂瑞穂から敵の死体から装備を剥いだ兵士が6人いる、という報告を受けた辰馬は、瞬時に怒り心頭、逆鱗に触れた。

「やから最初にそーいうのやめろっていったやんか、ばかたれが!」

 思わず、南方方言で瑞穂を怒鳴り、すぐに「すまん」と謝るもののいらだちはどうしようもない。生来の潔癖だけでなく、「新羅辰馬は略奪を容認する」という風評が立つとこの先非常に不都合。もしこの件が市街戦で大規模に略奪がおこなわれたならもう取り返しがつかないわけで、そんなことを助長しかねない噂は根を断たなければならない。

「しゃんねー。おれが自分で斬るわ、そいつら……用意して」
「はい……辛いお仕事、心中お察しします……」

 辰馬は瑞穂に命じると、罪を犯した6人を引き据えさせた。臨時に作られた刑場に引っ立てられた6人はまだ辰馬とかわらない年格好の少年兵であり、将来のことを考えると許してチャンスを与えたくもあったが、信賞必罰は守らなければならない。

 瑞穂が罪状を読み上げる。死体漁りと、略奪した金品を同僚に売りつけ。冒険者としてならなんの罪でもないのだが、兵としての規律に照らせば重罪。

 ……その程度で殺すのも実際、なんかなーと思うが。

 まあ仕方ない。6人の命で1000人の綱紀が粛正させるなら、やるべきだ。

 命が助からないと知った6人の少年兵は、辰馬を口汚く罵った。師団長に取り入って偏将の地位を得た、自分の友人で側近を囲っている、兵士たちのおかげで勝てたのを自分のおかげと勘違いしている……。

「あー、そーだな。憶えとく。けど、どっちにせよお前らには死んでもらうが」

 天桜を抜き、自ら斬首。精妙の斬撃に、6つの首がはかなく落ちる。

 そして、とうとう我慢の極に達して吐いた。

「うぇぶ……けほっ……かは……あー、やってられん……」

 この嘔吐がまた、新羅辰馬の評判を上げる。人を殺すことへの忌避感…禁忌感を強く抱えながら、なお規律のため自ら手を下すという姿勢は配下の心を強くつかんだ。


……
………

「先鋒の突騎2000が覆滅……なるほど、たいした将器だ……」

 被害報告を聞いて、神威那琴はそう呟く。確かに端倪すべからざる戦果ではあるが、こちらにはまだ4500の突騎があり、後詰に長船言継の騎兵8000がいる。敵は1000でしかなく、まだまだこちらに圧倒的有利、悲観する要素はなかった。

 そこに。

「本日もご機嫌お麗しゅう、神威嬢」

 左右に女神官兵を隷侍(れいじ)させ、那琴の陣に長船言継が入ってきた。

 従前ならこちらは巫女の二位であり、相手は先手衆といえど祖父の私兵の次席、「無礼な」の一喝で退けられた相手だが、今は事情が違う。ヒノミヤ最強の持ち駒のひとつであり、アカツキに勝利するために不可欠のカードだ、機嫌は損ねられない。

「なに用か、長船卿?」

 儀容をただして、そう尋ねる。

「アカツキに寝返ろうかと、思いまして」

 薄い淫笑を浮かべ、心底の見えない顔で、長船はそう言った。

………………

以上でした、それでは!

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遠蛮亭 2023/04/19 06:32

23-04-19.「くろてん」小説再掲1幕3章4話

おはようございます!

昨日は「くろてん」のイベントフロー、まず共通ルートの分を作って瑞穂ルートの途中まで……を作っていたらやたらと疲れ、夕方6時ごろにはもう起きていられず布団に入ってしまいました。で、今朝起きてみたら胸が痛く。精神由来の疼痛とは感じが違うので、風邪でもひいたかもしれません。なので今日は満足に作業ができるかどうか心配。昨日「日輪宮」の作業をやっていないので今日その分を取り戻したいところではありますが。

さておき、今日も「くろてん」小説再掲させていただきます。辰馬くん、生涯初の大開戦に挑む1話手前。

黒き翼の大天使.1幕3章4話.混水模魚

 偏将となった辰馬だが、その仕事はむしろ雑用係に近い。上からの命令を下に通達、下からの要望のとりまとめ、就任から30分で、辰馬は精神疲労の極に達した。事務処理能力が低いわけではないがやはり性格的に向き不向きはあるもので、そこのところは参議官としてそばに控える瑞穂と分担する。前々からもしかしてこの娘、すごい頭いいんでは、と思うところはあったが、実際その事務処理能力は辰馬に十倍した。辰馬の能力が低いわけでなく、常人に数倍する辰馬の、さらに十倍。絶人の域といっていい。立て続けに右から左から錯綜する情報に混乱すると、瑞穂がそばで耳打ちしてくれるのが非常に助かる。

 もうひとり異能を発揮するのは、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア。この少女は「先天的に偉そうで向かない」辰馬、「内向的、臆病すぎて向かない」瑞穂の苦手分野である外交と渉外…周旋という分野にとてつもない才能を発揮、各部署からの苦情その他諸々についてを一手に捌き、粗漏も遅滞もない。

 意外なところで意外な才能があるもんだ。

 辰馬はぼんやりそう思うものの、自分の将器というものをまだ認識していない。初戦で、手勢五百にして敵主力二万を完敗させた手腕はすでにして各部に伝達され、今回こそ「あれが新羅の……」という風評を確立しているのだが、辰馬は普段からそういう視線になれているせいか、まったくといっていいほどに気づかないでいる。

 とはいえまだ30分でしかない。ここからいやというほど、世間を知ることになるだろうが。

 師団長…晦日美咲から、12師指揮官各位に伝達。反撃戦の意思統一について。

 その伝令が達するや、辰馬は筆を放って戎衣(じゅうい=甲冑)をまとう。

「先駆ける!」

 隷下500と新規に預けられた500、総勢1000人を前にしてそれだけ告げると、馬にまたがり駆け出した。この馬に関してもさっきまでは国からの借り物だったが、将官となったことで正式に辰馬の持ち馬に。まあ国もただでくれるわけでなく、俸給から馬頭費100000弊(約100万円)、さっ引かれるのだが。馬前使のシンタと馬後使・出水が慌てて追う。焔と厷もそれに続いた。

 瑞穂も追う。彼女の知謀は運筹帷幄というべきであり、主君のそばで謀計百出してこそ輝く。どんくさい瑞穂が名馬を得て猛突する辰馬に追いつけるはずもないが、幸い、彼女についてはさきの齋姫ということで優遇措置、車駕が用意されている。ひとを顎で使うのは気の持ちようとして心苦しいがこの際であり、瑞穂は役夫を叱咤勉励、辰馬を追わせた。

 大輔も残余の兵をまとめて辰馬のあとを追う。なにせ辰馬がひといきで連れて行った兵は100人かそこらである。まず残り900を合流させねばならず、食糧もてぶらというわけにはいかない。そういう地味で地道だが絶対に必要な作業に関して、大輔もまた天才といえた。ふつう、天才といわれる人物に見受けられる、輝かしいひらめきはない。しかし彼の用兵には堅実なまちがいのなさがあった。そもそもざっと一目しただけで「この人数が1日で使う食糧」をざっと算出できるあたり、これも異能といえる。このあたりが後生、赤竜帝国五大元帥のひとりに名を連ねる要因となるのだが、まだこのときの大輔にとって自分が将来職業軍人になることも国を構えることも、完全に慮外である。

エーリカは自分の「盾」としての能力と事務処理能力を秤に掛け、まずこちらだろうと事務能力の方をとる。本営の晦日美咲のもとを訪れ、各部署、上下の折衝にあたり、抜け駆けの辰馬へに対する風当たりが少しでも少なくすむように計らった。


……
………

「敵襲! 敵襲です!」
「落ち着ついてください。数は?」
「数百から一千、寡兵ですが勢いがすさまじく……こちらの敷いた防衛戦が次々破られています!」

 山南交喙(やまなみ・いすか)を引きずり下ろし、中央路の指揮に返り咲いた磐座穣は静謐に伝令を窘める。普段は穣をラース・イラとのまざりものと内心で見下している連中が、この戦役に突入してからというもの穣に頼りっぱなしだ。穣としてとは16年の溜飲がようやくにして下がる思いだが、とはいえここで終わってはいられない。まず勝つこと、それが唯一最大の命題。

 それを達成するために。

「那琴さん、いけますか? いま、攻めてきている一千はおそらく、アカツキ最強の千騎といえるはずですが」
「問題なしだ。殲滅戦には飽いたところ、存分に雌雄を決してくるさ」

 漆黒の巫女服を翻し、那琴は男前に答えると隷下の部卒に指示を飛ばす。きびきびと律動的なその兵の動きから、彼らがヒノミヤの精鋭足ることがうかがえる。

 一躍、鞍上にまたがる那琴は150センチちかい大段平をゾロリと抜き、それを掲げた。

「ヒノミヤが巫女の第二位、神威那琴(かむたけ・なこと)、出陣する!」

 突騎出撃。新羅辰馬の部隊は歩兵が主で、那琴の突騎は当然、騎兵。兵力は1000対8000、まず平地での激突なら負けないが、辰馬の詐略がどうくるか、穣であってもそこの読みが難しい。ひとまず那琴に注意を促すだけはしたものの、神威那琴という少女は武人的直情の人であり、心理的陥穽を衝かれると弱い。

 本来わたしが向かうべきでしょうが……。

 全体を俯瞰できる人材は得がたい。穣の見たところヒノミヤにそれができる将は客分ガラハドと、不気味な先手衆の長船言継しかおらず、長船は信用に値しないしガラハドが信用できたとして他国人でヒノミヤの正式な一員でもないガラハドに任せるわけにも行かない。しぜん穣に権が集中する。神月五十六なら全体を俯瞰して指図を出せるだろうが、五十六はいま女神ホノアカの力のすべてを、山南交喙へ降ろす大魔術のさなかにあり行動不能である。最高指令権を任された穣が、一局地戦に自分の才能を使い切るわけにはいかなかった。

「巫女さま、狡いですな。この私にも手柄を立てる余地を残してもらえませんと」

 ゆら、と立ち寄ってそういうのは、長船言継(おさふね…ときつぐ)。三白眼の目をギラらつかせ、手柄に飢えはやってはいるが、なおその精神は怜悧さを失っていない。実力は先日、沼島寧々の窮地を救ってみせたとおり、用任するに問題なし、といいたいが、穣としてはこの男を使いたくなかった。

「指揮系統が二つになっては混乱をきたします。長船様には別の戦場を用意しますので、ひとまずここは神威にお任せを……」
「は、イヤなこった。アカツキの新顔を叩いていいところを見せたいんだろーがよ、そうはいかねぇ。巫女に手柄を独占させてたまるかよ、俺は勝手にやらせてもらう!」

 言い捨て踵を返し、言継はその場を辞す。穣はこのとき追って止めるべきだったかも知れないがどうしても彼への生理的嫌悪が先立ち、大過なかろうと黙認してしまう。このちいさな断ミスが実にこの「ヒノミヤ事変」の行く末を決定づけるのだが、それはこの時点で人の身におよびつくところではなかった。


……
………

 辰馬は愛馬を停まらせる。

 敵が、近い。地面を走る馬蹄の音、遠くとどろく指揮官の音声(おんじょう)、空気の震撼、砂埃の立ち具合。そしてなにより。肌を刺す敵意と殺気。それらを勘案して、間違いなく、敵が近い。

 猶予2時間あるかないか、ってとこか……。

 まず、偵察の密偵部隊……といっても専門職など配下にいるはずもなく、新兵中から使えそうな者を適当に抜擢しただけだが……を放つ。

 つぐ間に思索。平野と浅瀬……行軍速度からして騎兵主体だろーし、真っ向勝負では無理。となると浅瀬に追い立てる、か。

 そのあたりを、瑞穂に計る。当然ほかに手はないので意見は一致するが、問題はどうやって敵を浅瀬に落とすか。

 半刻とせず、偵察隊が戻る。敵突騎6000騎、指揮官神威那琴、もう一隊、騎兵8500騎、指揮官長船言継。

「二人、か……。それならむしろやりやすいかもな」

「はい。まず使うべきは混水摸魚(こんすいもぎょ)、ですね」

 と、そう言われても辰馬は読書厨、歴史マニアであって兵法マニアではない。詳しく、と言うと瑞穂ははじらったように一つ咳払いし、混水摸魚の計について語る。簡単に言えば敵の指揮系統を乱してこちらのいいように操縦してしまおうという、そういう策であり、言われてみればそう難しい話ではない。相手の指揮官の統率力がどれほどかということにもよるが、この際敵が一人ではなく二人、相食ませるのに都合がいいと考えるべき。

 急ぎ敵陣に向け、使者を放つ。使者には密書。もちろんフェイクであり、捕まり発見されることを見越してのものだ。

 いや、これ仕込んで見つからなかったら大失敗なんだが。

 まさかそんなことはないと思うが。敵がよほど間抜けだったらそれもあり得る。相手の程度までをも考え、見切るというのは難しい。

 那琴の陣には、長船言継のヒノミヤ離反の件に関する言祝(ことほ)ぎの言葉と、音物礼物(いんもつれいもつ)の書状。書状には宰相、本田馨綋(ほんだ・きよつな)の花押。本来花押は代筆家か、できるものなら本人の手を使いたいものだが、今回余裕がないので瑞穂がそれらしく代筆。

 そして言継の陣には、言継を忌んだ磐座穣による、神威那琴への長船抹殺指令、誅殺を促す書状をつかませる。これで両者を疑心暗鬼とさせ、可能ならば互いに食ませる狙い。両者の性格や心理状態を鑑みてまずうまくいくだろう、ということなのだが……

「瑞穂お前……よくこんなの思いつくな……えげつない」

 思わず出た台詞はそれである。奇しくも先ほど、見方に敵の大軍をおしつけた際にシンタが言ったことと同一だが、まさしくえげつないとそう言うほかない。確かに勝つために万端の策を求めたのは辰馬なのだが、すかさずこんな策をひねり出してくる瑞穂の頭脳、その希代にして奇態な構造に恐怖すら憶える。

 しかしそれは辰馬にだけは言われたくなかった言葉のようで、瑞穂は明らかなショックを受けて震え出す。「あー、悪い悪い、すまん」辰馬は後悔して瑞穂の頭をなでた。背中をさすってやりたいところだが、かんみその背中は辰馬が触るには露出が高すぎる。

「そんじゃまあ敵さんをお迎えしよーかね。……この辺って、地名は?」

 地元が近いらしい兵が答える。風嘯平(ふうしょうだいら)。

「ってことは、……後世の史書に曰く、この戦いで、当時偏将の新羅辰馬は名を成すことになりました。すなわち風嘯平の一戦です! お前らはその生き証人だ!」

 冗談めかしてそう言う。事実後世の歴史書にそう記されることになるということを、今の辰馬はまだ知らない。

……………

以上でした、それでは!

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