【上級妖精が愛しの冒険者を手に入れて丸呑みにして子種にする話】サンプル
2021年10月29日に販売した作品のサンプルです。
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基本的に冒険者は複数人でパーティを組む。これがどれだけのメリットを生み出すかは、態々説明しなくとも誰にでもわかるだろう。
しかし、それに伴うデメリットも存在する。人間関係の絡れは容易くパーティメンバー全員を危険に晒すし、報酬の取り分や仕事の負担量など、些細なことも含めれば数え切れないほどの厄介ごとも生じる。
故に、あえてパーティを組まずにソロで活動する冒険者もいる。そのほとんどはモンスターハントや盗賊退治などと言った荒事ではなく、遺跡調査や宝探しを生業としていた。
クリフもそんな冒険者の一人である。彼の場合は少し事情が違う。人間とは組んでいないが、ある異種族と行動を共にしているのだ。
「ようクリフ、今回の仕事はどうだった?」
「ぼちぼちってところさ、悪い稼ぎじゃなかったよ」
酒屋の扉を潜るなり強面の戦士から声をかけられたクリフは「もうちょい稼げたら奢るよ」手を振ってからカウンターに着く。椅子に腰を置いた小さな揺れに合わせて、その肩から金色の鱗粉が溢れた。
「ねぇねぇクリフ、今日は好きなの頼んでいいの?」
その鱗粉をちらちらと散らしているのは、身長二十センチほどの小さな少女だった。背中にはえた美しい蝶のような羽が動く度に光が瞬き、同じく美しい相貌が期待にあふれた笑みを作り、身体をわくわくと揺れている。
これがクリフのパートナーである”妖精種”だった。自身の肩に乗る彼女に微笑みかけて、クリフは首を縦に振った。
「リリィには頑張ってもらったからな、ご褒美だ」
「やったー!」
万歳して喜びを露わにする妖精に、クリフは微笑ましいと気持ちが和らいだ。店主から注文を催促され自身は軽めの酒を、リリィには彼女がねだった蜂蜜のミルク割りを注文する。
「ねーねークリフ、私たちが一緒に冒険を初めてどれくらいだっけ?」
注文を待つ間の雑談で、ふいにそんな話題が出た。クリフはうーんと少し思い出すようにして、
「そういえば今月でちょうど三年か、長いようで短いな」
「うんうん、だから今日は記念日なのよ? お祝いしないといけないのよ!」
テンションが上がったのか、リリィはクリフの肩から飛び立ってパートナーの頭の周りをくるくると飛び回る。光の粒が舞って目がちかちかする。
「記念日か……いいかもしれないな、追加で何か頼むか」
「やったやった! じゃあお菓子食べたい!」
「置いてあるかな……店主、甘い物はあるかい?」
店主の「つまみ代わりならあるぜ」という返答に「それでいいから追加で頼むよ」と注文した。クリフの頬に、「ありがとー!」喜んだリリィの小さい頬が擦り付けられる。すりすりときめ細かい肌の小さな感触がして、クリフはまた和んだ。
「今日はご機嫌だなリリィは、そんなに記念日が好きかい?」
「もちろん! 妖精はお祝いごとが大好きなのよ!」
「はは、その明るい性格には俺も何度か助けられたな」
「そうそう、私はクリフの救世主ってやつなんだから、もっと甘えさせてよね!」
もう横顔に抱きつくようにしているリリィの頭を指で軽く叩いてやると、彼女はまた嬉しそうにきゃっきゃっと喜ぶ。
これらのやり取りを側から見れば、この二人は名コンビだとしか言えない。実際、妖精を従える彼は冒険者の中でも一目置かれる優秀だと言われる存在である。
人間一人ながらもいくつもの未踏破ダンジョンを暴き、地図を作り、多くの冒険者パーティを助けてきた功労者であった。
これが彼一人だけだったならば、いつかどこかでヘマをして一人寂しく生き絶えることもあったかもしれない。それを何度も防ぎ、手助けしたのが妖精のリリィだった。
リリィは妖精種でも珍しい『ハイ・フェアリー』に属する高位妖精で、そこらの野良妖精とは比較にならない強い力を持っている。
彼女たちのようなハイ・フェアリーは傲慢な者が多く、普通は人間に力を貸してはくれない。自身らを特別な存在だと自負し、同時にそれを態度に出してひけらかしているからだ。
やろうと思えば弱い冒険者を単体で害せるのだから、調子に乗るのもおかしな話ではない。それでもリリィはクリフに力を貸していた。
リリィは三年前にあった出来事を思い出すように目を細めた。
彼女が病に冒されていた仲間を助けるために薬草を探していた最中、凶暴な妖精殺しの魔物が襲いかかってきた。その窮地を助けてくれたのが、そこを偶然通りかかったクリフだったのだ。
それだけではなく、薬草を必要としていた仲間たちを貴重な薬で死の淵から救ってくれて、礼は要らないとだけ告げて彼は立ち去った。
高位妖精を何の見返りも求めず助け、礼の言葉だけを受け取って去っていったクリフの勇姿は妖精たちも間では語り草となっている。
リリィがその背を追ったのは、至極当然のことであった。
そんなわけで、リリィはクリフに多大な恩がある。妖精種はそういったことを軽視しがちだと言うイメージが伝わっているのだが、実際には彼女らは大変義理難く、受けた恩は忘れないのだ。同時に、受けた仇も絶対に忘れないという少し怖い側面もある。
人間からはイタズラ好きで、男を誑かす厄介な存在として見られることも少なくない。そんな妖精をパートナーに選ぶ冒険者も少なく、この近辺で活動し始めた頃のクリフとリリィは周囲の人間に認めれないこともあった。けれども今ではすっかり慣れられたもので、
「なんでぇお祝いか?」
「お前たちには世話になってるからな、こっちからも祝いとして奢らせてもらうぜ!」
「我ら冒険者を導く水先案内人に、乾杯!」
酒場でもすっかり一人と一匹の冒険者仲間として認められていた。
ハイ・フェアリーを連れて我先にとダンジョンへ飛び込み、罠の有無や迷宮の順路、それに危険なモンスターの巣などを暴いて生還するマッピングのプロは、遠回しに何人もの冒険者を救っているのだ。
彼らを認めないのは相当な捻くれ者か、人気に嫉妬している者くらいである。
「みんなありがとう、ありがたくいただくよ」
「ふふん、もっと祝ってくれていいのよ! なんてったって今日はクリフと私の記念日なんですからね!」
「こら、あんまり調子に乗っちゃダメだろ? ちゃんとお礼を言わなきゃ」
クリフにめっと叱られ、少ししょげて「はぁーい」と返事をしたリリィを見て、また酒場が湧く。まるで親子のようなこのやり取りは荒くれ者たちからしても微笑ましく思えるもので、この酒場の名物なのだった。
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やんやと盛り上がり祝杯場と化した酒場も、夜更けになるとがらんとなった。クリフ以外の冒険者は皆それぞれ帰路につき、店主も離れた位置の椅子に腰掛けてコップを磨くだけである。
「うぇーい……」
「だから酒はやめときなって言ったのに」
酔い覚ましの茶を飲むクリフの横で、顔を赤くしたリリィがぐでんと寝そべっていた。机の上で打ち上げられた魚のようになっている彼女の顔は、嬉しそうに緩んでいる。
「みんなにお祝いされて、よかったねー」
「そうだな、見てくれはともかく気は良い奴らばかりだ」
「うふふ、みんな私とクリフの仲を認めてくれてるしー、これはもう、あれよねー」
「あれって?」
ずりずりと机の上を這い、リリィがカップを持っているクリフの手首にしなだれかかる。温かい抱き枕を見つけたとばかりに顔をぐりぐり擦り付けてきた。
「あれはあれよー、伴侶ってやつよー」
「ああ、そういう……妖精種でもそういうのはあるのか」
妖精種には女性しかいない。そのため番を作ることもないとされている。繁殖に関係する生態はあまり知られておらず、魔力による何らかの現象で増えるのではないかと推測されていた。
その種族から伴侶という単語が出るのは、クリフにとって意外であった。
調査専門の冒険者としての血が騒ぎ、クリフは酔って口が軽くなっているだろうとリリィに日頃の疑問を投げかけてみることにした。
「妖精の伴侶というのは、同族同士でやるものなのか?」
「その場合もあるけどー、それだけだと子供は作れないよー」
「子供がいるのか、見たことないけど作れるんだな……普段は隠れてるとか?」
「んー? いつもは隠れ里から出てこないもん、人間には見つけられないよー」
隠れ里、という単語も初耳だった。『それなりに種類がいる割に目撃情報が少ない妖精は、人間に知覚できない空間に隠れ潜んでいるのではないか』と学者が仮説を立てているとは聞いたことがあったが、どうやら正解だったらしい。
「興味深いな……その中で子供を作るんだね」
「そだよー、でも、交尾は外でやってもいいのー」
「交尾ってことは、俺たちが知らないだけで異性が存在するの?」
「うーうん、妖精には女の子しかいないよ」
首を振って否定されて、クリフは少し混乱した。
異性が存在しない。同族で番を作ることはあっても子は生せない。だけれど交尾はする。
ではどうやって妖精種は増えているのだろうか、それについて聞き出そうと口を開きかけたとき、
「そんなに知りたいならー」
クリフを見上げるリリィの顔は、いつの間にか普段の顔色に戻っていた。いつ酔いが覚めたのか、どこから素で語っていたのか、クリフは思わずしまったと硬直した。
そんな様子を見てくすくすと、元来の妖精がするようにリリィは笑った。
「その身で教えてあげよっか?」
「あー、いや……それは遠慮しとくよ……悪いね、酔ってるからって色々聞き出して」
それを承諾するのは、なんとなくだが不味い気がした。なんとか謝罪の言葉を口にして誤魔化そうとしつつ席を立とうとするクリフだったが、立ち上がった途端にくらりと目眩がして姿勢を崩した。
「っ、これ、は……」
「えへへ、今日はクリフと私が出会ってちょうど三年目の記念日、ずっとずっと好きだったあなたに、想いを伝えるにはちょうど良い日よね?」
がくりと椅子にもたれかかって崩れ落ちたクリフの耳元で、ハイ・フェアリーは囁く。
「大丈夫、何も怖いことはしないから──」
それを聞いたか聞かないかで、クリフの意識は眠るように落ちていった。