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whisp 2022/01/04 13:36

2022年年賀小話 『七度四分のお正月』 進行豹

2022年年賀小話 
『七度四分のお正月』 進行豹


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「双鉄さま、双鉄さま! おかえりなさいませ。すぐにお迎えできなくてすみません!」

袂のせいで、階段をしずしずとしか下りられない。なんともどがしいことでしょう。

「日々姫に晴れ着を着付けてもらっておりましたの……で」

ふすまをあけた眼の前に、けれど双鉄さまのお姿はなく。

「……いいな。新しい晴れ着か。きらびやかで、お前にとても良く似合っている」

お声。低いところから――!

「双鉄さま!? いったいどうなされたのですか?」

「いや、なに。大事はない。少し発熱しただけだ」

「発熱!? 大事ではないですか!!」

「微熱だ。37.4℃。なれぬ雪国への出張で、少し体が驚いてしまっただけのことかと思う」

「あああ、なんということでしょう。とにもかくにもおやすみ――は、もうされておられますね」

いけません。
緊急時にこそ落ち着くことが第一です。
慌てずまずはひとつ大きく深呼吸して――

「すううう。はあああああ」

――うん。落ち着きました。
では、なすべきことを考えましょう。
双鉄様はお熱を――ああ、左様です!

「お熱には絞り手ぬぐいが一番ですよね、わたくしすぐに用意してまいります」

「それは助かる、ありがt」

「絞り手ぬぐいでございます! それから、水分補給のためのおみかん。ああ! 加湿。加湿も必須でございますね。
石油ストオブに火をつけて……うん。いま鉄瓶に水を足してまいります」

「ああ、うむ。ハチロク」

「大丈夫です、双鉄様。清美機関士が大昔お風邪を召されたときのこと、わたくしきちんと覚えております。
双鉄様のお風邪にも、きっと役立つ看病を果たしてみせましょうとも」

「う……む」

「水を足して参りました! っと、お部屋、すでに温まってきておりますね。
なによりのことですが、お体、汗をかいてらっしゃるのではないですか?」

「いや、ハチロク――すず」

「お体を拭くには新しい手ぬぐいが必要ですね。と、申しますかお着替えも」

「すず! 頼む」

「!!?」

「落ち着いて。僕の話を聞いてくれ」

「あ……あ、はい」

いやだ。わたくし。
落ち着こう落ち着こうと思っていたのに、完全に舞い上がってしまっておりました。
清美機関士にも大昔、同じお叱りを受けたこと――いまさらながら思い出します。

「今の僕に何より必要なのは安静だ。静かに休むそのことだ。
だから、すず。あれこれと世話を焼いてくれることは嬉しいのだが――」

「はい。かしこまりました。わたくし、おやすみの邪魔をしないよう、すぐにお外に」

「いや」

がっしりと。布団の中から伸びた手が、わたくしの足首を捕まえます。

「双鉄さま?」

「あ、いや――いや――すまん、すず。いっていい」

「いえ。双鉄さま、わたくしをお引き止めになられようとしてくださった……のですよね?」

「うむ。あー……その、だな。素直にいえば、僕はすずに、そばにいてほしいと思うのだ」

「はい!」

「だが、安静の邪魔をしないよう側にいてほしいということは、何もするなというに等しいと思い直した。
せっかくのすずの正月休みを、晴れ着姿を、そのように無駄な時間につきあわせるなど」

「いえ! いえ――双鉄様」

するり、と帯紐を解いてしまいます。
きちんと脱ぐには日々姫の手助けが必要ですが、必ずやわかってくれるはずです。

「わたくしの晴れ着の役割でしたら、すでに見事に果たされました。
『似合っている』と、お褒めいただいたあの瞬間に」

「……うむ」

「その上でわたくしが静かにお側にいることが、
双鉄さまのお休みの助けになるのでしたら。それほど有意義な時間は他にありませぬ。
わたくし、すずは。双鉄様の妻ですので」

「そうか。なら、甘えよう」

――安心してくださったのでしょう。
双鉄さまのお顔がほっとゆるみます。
まぶたが静かに降ろされれば、まつげの長さがふと目につきます。

「なんでもいい。目につくものを順番に。
お前の声で、低く落ち着いたその声で、僕に静かに聞かせてほしい。
それこそが、僕にとってはなによりの子守唄になる」

「かしこまりました。双鉄さま。だんなさま」

声。わたくしの声。
普段どおり、と意識をすれば、なんだか上ずってしまいそうです。

「お布団があり、わたくしの大事な双鉄さまが、その上でお休みになっておられます。
お布団のわきには……ああ、おかわいそうに、よほどご気分がすぐれなかったのでしょうね。
双鉄さまらしくもなく、背広が脱ぎ捨てられてしまっています」

と、と、と、と軽やかで静かな足音。
日々姫がそっと、様子を覗きにきてくれます。

「背広のわきには、旅荷。双鉄さまのご愛用のトランクと、見慣れぬ紙袋もございます。
中身はきっとお土産でしょうね。
ああ――うふふっ、石炭も覗いておりますね?
津輕の石炭でございましょうか? わたくし、楽しみでございます」

しーっと合図を送ってそののち、双鉄さまを指差せば、日々姫もすぐに察してくれます。
あっというまに晴れ着をきれいに、わたくしから剥がしてしまいます。

「双鉄様の枕元には、ちりがみ、ゴミ箱。なんとご準備がよろしいことでございましょうか。
こんなときにこそ、わたくしを頼って、使っていただけましたなら、それもうれしいことですのに」

日々姫が再びと、と、と、と静かに階段を上がっていきます。
その間にわたくしもお寝間に着替えて――あら

「双鉄さまは……よほどお疲れだったのでしょうね。眠りに落ちてしまわれました。
ですので、おやすみを妨げないよう――」

そっと、そうっと、布団をめくって、お隣に……

「いまわたくしの真横には、大好きな双鉄さまの寝顔があります。
ですので当然、妻として――」

(ちゅっ)

そうっと軽く口付けて、
わたくしもこの唇と、そうしてまぶたをやすませましょう。

「おやすみなさい、双鉄さま。明日の朝には、お熱、下がられますように――」


;おしまい

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whisp 2021/10/29 21:05

『わたくしだけの雨傘』 (進行豹

『わたくしだけの雨傘』 進行豹

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「……ああ」

ざあ、と心地よい音が立ちます。

ぽつ、ぽつ、ぽつ。
何かが肌に触れたかしらとのんきに思っておりましたのは、ほんの数秒前でしたのに――

「まいったな、これは本降りになりそうだ。舞台の雨は、美しいばかりのものであったが」

「双鉄様、どうぞこちらへ。せっかくのお召し物が濡れてしまいます」

「こちらもそちらも大差ないさ。大木とはいえ落ち葉の季節だ。雨を遮る力などたかがしれている」

「……かもしれませぬが」

双鉄様に、雨粒がしたたり落ちて染みになります。
焦りが、どんどん大きくなります。

「濡れてもいいさ。雨降って地、固まるだ。僕とお前は、実際そうしてきたではないか」

「……それも左様でございますが」

たった今観劇してきたばかりの、御一夜鉄道の成功をモチイフにしたという舞台劇。
その劇中に描写されることがあるはずもない――双鉄さまとわたくしだけが知る、ひとつのシイン。

「随分濡れたものだった。あの雨の冷たさと比べたら……」

双鉄様とわたくしと、同じ情景を思っている。
なんとしあわせなことでしょう。

「……寄り添いあえるこの雨宿りには、ぬくもりだけしか感じんさ」

「わたくしもおなじく感じます」

からだも、こころも。
とてもここちよく、ぽかぽかと。

けれど――

「あのときとはお召し物が違います」

「おおげさな、単なる古着だ」

「汰斗様からの下がりものだというお話ではございませぬか」

フロックコオト。

舞台劇の主役のモデル――双鉄様へと届けられた、
記念すべき初演の貴賓席への招待状に応じての観劇に赴くにふさわしい、と。

真闇様がひっぱりだして、日々姫が手づから仕立てなおした、正真正銘の正装です。

「いわば右田の宝のひとつと感じます。おろそかに濡らしてはいけませぬ」

「ご説まことにごもっともだが……まさか降るとは思わなかった。傘も雨具もなにもない。
多少は濡れても、ここでしのぐ他なかろうさ」

いってぼんやり空を見上げて――
その目がすぐに、わたくしを捉え直します。

「ああいや、日々姫なり凪なり呼び出して」

「わたくしが!」

声。
自分でも驚くほどに大きな声がでてしまいました。

この場所に、双鉄様とわたくしだけの思い出の場所に……
たとえ日々姫であるとしたって、立ち入ってほしくはありませぬ。

「わたくしが一走りして雨傘を持ってまいります」

「それはだめだ、ハチロク」

「ご心配なく、双鉄様。わたくしはレイルロオド。風邪をひくなどありえませぬので」

「それはだめだ、すず」

「!」

名を呼んで――
双鉄さまが、わたくしを抱き寄せてくださいます。

少し湿ったフロックコオトのその内に、すっぽり隠してくださいます。

「お前自身が言ったことだぞ。右田の宝を、おろそかに濡らすなどありえんと」

「はい。ですからわたくしが傘をとってまいりましたら」

「最高に価値ある宝が濡れる。少なくとも、僕――右田双鉄にとっての」

「!!?」

「ああ、うん。そうだな。
お前という最高の宝を守るためであるなら、むしろ」

(ふあさっ)

「あっ」

双鉄さまが、フロックコオトを持ち上げて――

「汰斗さんも許してくれるさ。雨傘としては、守れる範囲があまりに狭いが」

「いえ! いえ! いえ!」

なんと光栄なことでしょう。なんと恐れ多いことでしょう。

最高級のフロックコオトを惜しげもなく――わたくしを雨から守るそのためだけに、使ってくださる。

「……とても、もったいないことです」

わかっています。わたくしは今すぐにだって、この雨傘から出るべきなのだと。
わかっていても――けど、どうしても――

「……」

顔が、ほころんでしまいます。
双鉄さまにぎゅっと、ぎゅうっと、体がくっついてしまいます。

「――わたくしだけの、あまがさ」

「ははっ、いいな。今までで拝命したなかで、二番目に喜ばしい役職だ」

「二番目、でございますか?」

「ほう? 一番目をわざわざ言わせたいのか」

「あ!」

にやけが、いやです、とまりません。
わたくしの顔、どれほどゆるんで――あああ、真っ赤になってしまっているのがわかります。

「野暮だな、僕の花嫁は」

傘が、くるんとたたまれて――

「……双鉄さま」

……わたくしの、くちびるだけに、雨が降ります。


;おしまい

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whisp 2021/08/25 19:18

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whisp 2021/08/18 20:51

【3分で読める】「ニイロクが記録する鉄路と戦争~運転台の手鏡(話:ハチロク)」【レイルロオドのお話】

(あらすじ)
`
鉄路と戦争をテーマとした記録集の制作に協力するため、ニイロクはハチロクに話を聴きます

ハチロクが語ってくれたのは、機関士が胸ポケットに入れていた小さな手鏡の話でした。

【 シルバー会員 】プラン以上限定 支援額:500円

「ニイロクが記録する鉄路と戦争~運転台の手鏡(話者:ハチロク)」(作:進行豹)

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whisp 2021/08/13 18:04

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