#主計くんと純名さん:ミニボイスドラマ『言ったでしょ』
主計くんと純名さん ミニボイスドラマ『言ったでしょ』
主計:鬼灯馨 さま
純名:麻浪颯斗 さま
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黄昏の梅干し 2022/09/17 23:19
「あなたは逃走経路となりうる北側を塞いでください。そしてあなたは……」
民街の地図上を、鋭利な簪の先が流れるように指し示していく。そのしなやかな仕草に見惚れる者もいるだろう。しかしそんな素振りを少しでも見せれば、この太守補佐は容赦なく官を剥奪し、路頭に迷わせることも厭わない。
ようするにそれだけ任に対して真摯なのではあるが、まるで冰《こおり》のような補佐だと、太守館に勤める文武、そして女官たちは噂する。当然耳に入っているであろうその噂を知って尚も、冷たく光る青い瞳には畏怖の念さえ覚えさせられた。
「それでは、みな各位置へ。必ず任を遂行するように」
「――はっ!」
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黄昏の梅干し 2022/09/16 23:18
「……ねえ、それ本気なの?」
「え? おかしいですか……?」
純名はどこか戸惑った様子で、主計に視線を注いでいた。一方、なにを言っているのか分からないという様子で、寧ろ主計は問い返す。
「いや、なんというか、さ……」
いつになく歯切れ悪く、純名はおずおずと口を開いた。
――三月三十一日。純名の誕生日である。
今日という日が週のど真ん中に位置していることから、本格的な誕生日祝いは週末に行う予定だ。ちょっといいランチでも食べに行くかと思いきや、純名の希望はなんともいじらしかった。
遠出してみたいな。三人でさ、ポムも一緒に。
純名は元々多くを望まない。そんな、とんでもなく健気な願いに胸を撃ち抜かれた。
という訳で、週末には少し足を延ばし、愛犬・ポムを連れて、三人でドッグカフェへ行くつもりだ。
だが、主計はこうして当日にも部屋へ訪れて純名を祝う。いや、誕生日を共に過ごさない理由などないだろう。今日はアルバイト中もわずかにそわそわとしてしまった。
無事にノー残業で夕方に退勤し、こうして純名の部屋にいるわけだ。
『今日は俺が夕飯を作りますから、純名さんはゆっくりしててください』
そう張り切って、キッチンに立っているのだが……。
「なんというか……?」
言葉の先を促すように、主計は首を傾げる。
「主計くん――可愛すぎない、それ」
「えっ?」
唇から零れたのは、予想だにしない台詞だ。主計はますます首を傾げることとなってしまった。
……それ、とは。このことだろうか。料理をするために、純名の部屋に持ち込んだ――
「どうして小学校の家庭科で作るエプロンなんていまだに持ってるの? 当たり前だけどもうサイズあってないし、ティラノサウルスこっち向いて口開けてるし……それ着けて料理しようなんて、可愛すぎるでしょ」
どういうつもりなの。頬を紅潮させて、純名は一息に言う。
そう、主計はいま、小学生の頃に作ったエプロンを身にまとっている。ネイビーブルーの生地に、スタイリッシュながらもリアルに描かれたティラノサウルスが目立つデザイン。
どういう理由かは分からないが、先日実家から送られてきた食料品や日用品のなかにこれがあったのだ。
料理をするならエプロンをした方がいいのだろう。そう思って着けたものの、この姿は純名のどこかしらのツボをぐいぐいと押したらしい。
「正直……夕飯作ってもらってる場合じゃ、ないかも……」
眉を下げた純名の瞳は潤むように光る。色をまとう眼差しに、主計の鼓動が早鳴っていく。
あ、これはだめかもしれない。主計も自らそれを悟った。
「……あっち、行きますか」
「うん――」
そんな大人たちなど気にも留めずに、ポムは美味しいおやつの夢を見て、すやすやと眠るだけだった。
おわり
黄昏の梅干し 2022/09/16 23:13
「喧嘩だ! ちょいと誰か止めておくれよ」
その声を聞き、青明は咄嗟に駆けだした。
市井の視察中、突如聞こえた声だった。太守である赤伯とは別行動をとっている。これが殴り合いや刃傷沙汰にまで発展しているとしたら……単独で収められる問題であることを願いながら、人だかりの中に飛び込む。
「なにごとですか」
補佐様、と野次馬たちが口々にほっとした声を漏らすと、中央で揉み合っていた人影は動きを止めた。それは男と女が一人ずつであった。
「両者ともに、手を離しなさい」
青明が淡々と言うと、男と女は再び睨み合う。女は男の髪を掴み、男は女の衿元を掴んでいる。
「早くなさい。離さなければ召し捕りますよ」
三、二……と青明が数え出せば、ようやく彼らは互いを解いた。
「なにを揉めていたのですか。このような往来で」
「こ、こいつが……可愛げのねえことばかり言うから!」
「ちょっと! そう言うあんたこそ分かってないんじゃない!」
……はあ。遠慮ない青明の溜息が、やり合う声に紛れて消える。薄々勘付いてはいたが、ようは痴話喧嘩というやつだ。
「せっかく髪飾り買ってやったのに、趣味が悪いとか言うのはお前だろ!」
「なによ! それでも趣味の悪いこの簪着けてあげてるじゃない!」
女の黒髪には確かに簪が挿し留められている。青明は内心で、特段彼女に似合わないものでもない、と意外にも冷静に思うことができた。
近ごろ流行りの珠飾りがついているあたり、決して男の美的な感性が欠陥しているわけではないように見える。……いや、そうではなく。
「お前はいつもそうだ! 夫である俺を馬鹿にして、感謝の言葉もなければ罵ってばかり! 愛想尽かされても仕方ねえだろ!」
「は? 狭い男ね! 言わなくたって……あたしがあんたをどう想ってるかくらい分かってよ!」
あ……と短く呻いたきり、男は開いた口をぴたりと止めると、瞼をしばたたく。周りで観戦してい野次馬たちは堪えきれず、どっと笑い声を弾かせた。
「なんだよ、素直になれないのか!」
「かわいいなー!」
声援に近い言葉があちこちから投げかけられる。女は耳まで真っ赤にすると、うるさいわよ! と誰にともなく怒鳴った。
「だけどよ、俺も全部が分かるわけじゃねえんだ。たまには素直になってくれよ」
「……な、なによ。簪だって……本当は嬉しかったし、気に入ってるの……ただ、買いに行くなら一緒に行きたかったなって」
一体、なにを見せられているのか。青明は一つ手を打ち鳴らすと、その鋭い音で騒々しさに静寂を戻した。
「……よろしいでしょうか。いたずらに騒ぎを起こすようでしたら、次こそ引っ立てますので」
「はい……すみません。お前、帰るぞ」
見物の輪は散り、件の夫婦も青明に頭を深々と下げると、肩を並べて去っていく。
「ああ……」
青明は何度目か分からぬ溜息をついた。とんだ茶番に付き合わされたものだ。呆れたためかどっと疲れた。
「おーい! せーめー!」
徐々に近づいてくる声。およそ太守とも思えぬ無邪気な呼び声だ。あわせて軽やかな足音も間近に迫ると、青明の目の前で止まる。
「……お疲れ様です。そちらは?」
「おう、異常なしだ。青明は? 一人で大丈夫だったか?」
「は? 異常もありませんし、一人で問題ないに決まっているでしょう」
青明は夜空色の髪をさらりと流し撫でると、進んで歩き始める。うん、それならよかった。と、赤伯の温かな声が背中にぶつかった。
――たまには素直になってくれよ。先ほどの夫婦のやりとりが頭をよぎる。
「どうした?」
先を行く青明の足が止まり、赤伯もそれに倣って立ち止まる。
――彼も、そう思っているだろうか。ただでさえ青明は小言が多い。加えてこの態度だ。
『馬鹿にして、感謝の言葉もなければ罵ってばかり!』そんな覚えが、ないわけでは、……ない。
「あ、の……、……気にかけてくださり、ありがとうございます」
もぞもぞと唇を動かすと、青明はまた、咄嗟に駆けだす。空色の衣が風に揺れた。
「えっ? なんだって?」
耳に届き損ねた言葉を追いかけるように、赤伯は地面を蹴った。
おわり