#主計くんと純名さん:ミニボイスドラマ『言ったでしょ』
主計くんと純名さん ミニボイスドラマ『言ったでしょ』
主計:鬼灯馨 さま
純名:麻浪颯斗 さま
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黄昏の梅干し 2022/09/17 23:19
「あなたは逃走経路となりうる北側を塞いでください。そしてあなたは……」
民街の地図上を、鋭利な簪の先が流れるように指し示していく。そのしなやかな仕草に見惚れる者もいるだろう。しかしそんな素振りを少しでも見せれば、この太守補佐は容赦なく官を剥奪し、路頭に迷わせることも厭わない。
ようするにそれだけ任に対して真摯なのではあるが、まるで冰《こおり》のような補佐だと、太守館に勤める文武、そして女官たちは噂する。当然耳に入っているであろうその噂を知って尚も、冷たく光る青い瞳には畏怖の念さえ覚えさせられた。
「それでは、みな各位置へ。必ず任を遂行するように」
「――はっ!」
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黄昏の梅干し 2022/09/16 23:13
「喧嘩だ! ちょいと誰か止めておくれよ」
その声を聞き、青明は咄嗟に駆けだした。
市井の視察中、突如聞こえた声だった。太守である赤伯とは別行動をとっている。これが殴り合いや刃傷沙汰にまで発展しているとしたら……単独で収められる問題であることを願いながら、人だかりの中に飛び込む。
「なにごとですか」
補佐様、と野次馬たちが口々にほっとした声を漏らすと、中央で揉み合っていた人影は動きを止めた。それは男と女が一人ずつであった。
「両者ともに、手を離しなさい」
青明が淡々と言うと、男と女は再び睨み合う。女は男の髪を掴み、男は女の衿元を掴んでいる。
「早くなさい。離さなければ召し捕りますよ」
三、二……と青明が数え出せば、ようやく彼らは互いを解いた。
「なにを揉めていたのですか。このような往来で」
「こ、こいつが……可愛げのねえことばかり言うから!」
「ちょっと! そう言うあんたこそ分かってないんじゃない!」
……はあ。遠慮ない青明の溜息が、やり合う声に紛れて消える。薄々勘付いてはいたが、ようは痴話喧嘩というやつだ。
「せっかく髪飾り買ってやったのに、趣味が悪いとか言うのはお前だろ!」
「なによ! それでも趣味の悪いこの簪着けてあげてるじゃない!」
女の黒髪には確かに簪が挿し留められている。青明は内心で、特段彼女に似合わないものでもない、と意外にも冷静に思うことができた。
近ごろ流行りの珠飾りがついているあたり、決して男の美的な感性が欠陥しているわけではないように見える。……いや、そうではなく。
「お前はいつもそうだ! 夫である俺を馬鹿にして、感謝の言葉もなければ罵ってばかり! 愛想尽かされても仕方ねえだろ!」
「は? 狭い男ね! 言わなくたって……あたしがあんたをどう想ってるかくらい分かってよ!」
あ……と短く呻いたきり、男は開いた口をぴたりと止めると、瞼をしばたたく。周りで観戦してい野次馬たちは堪えきれず、どっと笑い声を弾かせた。
「なんだよ、素直になれないのか!」
「かわいいなー!」
声援に近い言葉があちこちから投げかけられる。女は耳まで真っ赤にすると、うるさいわよ! と誰にともなく怒鳴った。
「だけどよ、俺も全部が分かるわけじゃねえんだ。たまには素直になってくれよ」
「……な、なによ。簪だって……本当は嬉しかったし、気に入ってるの……ただ、買いに行くなら一緒に行きたかったなって」
一体、なにを見せられているのか。青明は一つ手を打ち鳴らすと、その鋭い音で騒々しさに静寂を戻した。
「……よろしいでしょうか。いたずらに騒ぎを起こすようでしたら、次こそ引っ立てますので」
「はい……すみません。お前、帰るぞ」
見物の輪は散り、件の夫婦も青明に頭を深々と下げると、肩を並べて去っていく。
「ああ……」
青明は何度目か分からぬ溜息をついた。とんだ茶番に付き合わされたものだ。呆れたためかどっと疲れた。
「おーい! せーめー!」
徐々に近づいてくる声。およそ太守とも思えぬ無邪気な呼び声だ。あわせて軽やかな足音も間近に迫ると、青明の目の前で止まる。
「……お疲れ様です。そちらは?」
「おう、異常なしだ。青明は? 一人で大丈夫だったか?」
「は? 異常もありませんし、一人で問題ないに決まっているでしょう」
青明は夜空色の髪をさらりと流し撫でると、進んで歩き始める。うん、それならよかった。と、赤伯の温かな声が背中にぶつかった。
――たまには素直になってくれよ。先ほどの夫婦のやりとりが頭をよぎる。
「どうした?」
先を行く青明の足が止まり、赤伯もそれに倣って立ち止まる。
――彼も、そう思っているだろうか。ただでさえ青明は小言が多い。加えてこの態度だ。
『馬鹿にして、感謝の言葉もなければ罵ってばかり!』そんな覚えが、ないわけでは、……ない。
「あ、の……、……気にかけてくださり、ありがとうございます」
もぞもぞと唇を動かすと、青明はまた、咄嗟に駆けだす。空色の衣が風に揺れた。
「えっ? なんだって?」
耳に届き損ねた言葉を追いかけるように、赤伯は地面を蹴った。
おわり