【今回は予定を変更し、3本立てでお送りいたします。】快鳥童子シーガルマン八戸夜話 第五回

八戸夜話#5


光線銃を持つ男

ある4月の末の日、八戸市湊町の新井田川沿いに所在する株式会社ITOビルサービス第2営業所の社屋の中の一室には、ITOビルサービスを隠れ蓑に活動する武装集団ヌルズの構成員4人が集まっていた。

窓が無く白色灯に照らされた室内においては、3名が「コ」の字に並べられた机を前にして着席し、1人は部屋の中央に無言で直立している。その様相は、そこそこに良い質感の木目の壁紙も相まってさながら審理中の裁判所を思わせるものであった。この部屋を仮に「ヌルズ簡易裁判室」と呼称するものとする。

 ここで、現在室内にいる4名について各々の様子をご紹介する。

 中央に立たされた男はコードネーム「ヨーク」で呼ばれる、ヌルズの構成員 福田文男である。

 福田の目線の先、他三名の中央の位置には、ヌルズの総責任者であるコードネーム「スケルトン」、本名ユージン・ジョン・スミス、愛称ジーン・スミスとしてヌルズ内に知られる男が、机の上で両手を組みながら常日頃にもまして鋭い眼光で福田を見つめている。

 福田から見て左手には、ヌルズの直接の総指揮官であるコードネーム「エイブル」、本名松方直美が、「ヨーク/福田文男による兵装開発予算の請求に関する査問」と書かれた資料に目を通しながら不敵な笑みを浮かべている。

 最後の1名、福田から見て右手に着席しているのは、ヨークこと福田文男が在籍しているヌルズの第5班の班長を務める男、即ち福田の直属の上司にあたるコードネーム「チャーリー」本名寺内昌隆である。彼は黙って腕を組みながら目を閉じて俯いている。手前の机には複数個の謎の物体が置かれている。

「んだば、はじめるすけ。」

スミスがそう発言すると、松方は立ち上がり、室内によく通る声で話し始めた。

「それでは早速、福田文男くんに、ITOビルサービスに届いた請求書に関する質問をします。」
福田の額から一滴の汗がタラリと流れ落ちた。

松方は一通の封筒を取り出すと、中からさらに一枚の紙片を出した後掲げて言った。

「昨日ITOビルサービス第2営業所宛てに届いたこの書類、“¥93,000,000-”って書いてあるんですけど福田君、これなんて読むのかな?」

松方は人工的な印象の機嫌のいい調子で福田に聞いた。

「…円です。」

福田はぼそぼそと答えた。

「な ん て 読 む の か な?」

松方は打って変わってドスの効いた声で改めて福田に聞いた。

「き、9300万円です!」

福田ははりつめた声で叫んだ。

「はい、それではスミス君、コメントをお願いします。」

ここで松方は責任者であるスミスに話を振った。

「…福田、内訳は?」

スミスは引き続き肘をつきつつ目の前で手を組んだ体勢のもと、低い声で福田に聞いた。

「あっ、えっと…、ひ、秘密兵器の開発予算です!」

福田はそう絶叫した。

「…秘密兵器。」

スミスは低い声でそう呟いた。

ここでこれまで沈黙を保ってきたチャーリーこと寺内がついに口を開く。

「今俺の手前にあるのが、福田の手製の“秘密兵器”だ。」

寺内はジェスチャーまじりにそう言うと、目の前の机に置かれたいくつかの“秘密兵器”を手で指した。

「…んだば、一個ずつ詳しく教えてけんだ。」

スミスは寺内にアイコンタクトを送ると、寺内は無言で頷き、得体のしれない物体群のうちの一つを手で持ち上げ福田に聞いた。

「福田、これはなんだ?」

寺内が持ち上げたのは白い直方体のような物体である。

「はい、それは直方型投擲用セラミック、名付けて”TOFU”―SQ04っす!」

「…トーフエスキューゼロヨン?」

スミスは神妙な顔で奇妙な兵器の名称を復唱した。

「はい、特殊なセラミックを利用した投擲用兵器です!投げるまでは柔らかいんですけど、標的に直撃した瞬間に一種のダイラタンシー現象が発生して、その強力な衝撃で対象を破壊します!」

福田は、先ほどまでの態度と打って変わり自信満々に答え始めた。

「『豆腐の角に頭をぶつけて死ね』という言葉から着想を得まして、実際に現場でハウさんに使ってもらいました!」

「で、結果は?」

スミスは寺内に尋ねた。
「確かにうちのハウが投げたこれはシーガルマンの肩アーマーを破壊した。…が。セラミックの重量に耐え切れず、ハウは右肩を脱臼、さらに本物の豆腐を投げたと勘違いしたシーガルマンがブチ切れてハウをタコ殴りにして、ハウは3週間寝込んだ。」

寺内が答えた。

「…無事回復したすけ、いがった。」

スミスは表情と体勢を変えることなくそう呟いた。

「それで福田君、お値段は?」

突如松方が福田に話を振った。
福田は一瞬びくついた後、若干背を丸めながら答えた。

「せ…1300万円です。」

「はい、“13,000,000-”っと!」

松方は陽気に答えた。相変わらず人工的な陽気加減である。

「次はこれだ。福田。」

寺内が持ち上げた次の物体は一見するとLEDや煌びやかな装飾が施された大型の自動拳銃と、打って変わって武骨な弾倉のようなものだ。弾倉には、なぜか紙幣の投入口がついている。

「はい、乱数式拳銃”CRマグナム001”っすね」

福田は再び堂々と答えた。

「…乱数式拳銃?」

「乱数を使用して射撃する拳銃っす。銃弾が発射される際、内部の特殊なアルゴリズムによって生成された乱数が使用され、命中する場所が予測不可能となります。これにより、対象の動きや状況に応じて命中精度が変化し、戦術的な柔軟性が向上します。」
「…まっだ癖がありそったな。」

スミスがボソッと呟いた。
福田は意に介さず説明を続ける。

「それから、射撃の際にランダムなボーナス効果が発生する可能性があります。例えば、特定の乱数が出た場合、弾丸が追加の爆発効果を持つことがあります。しかし、逆に不運な乱数が出ると、命中精度が低下したり、弾丸が無効化されることもあります。これにより、戦闘における予測不能な要素が生まれ、緊張感と戦略性が高まります。そして、ボーナス発生時はド派手な演出で射手のドーパミンを増幅させることで戦闘への没入感を高めます!」

「…ふむ。それで、寺内が左手で持ってるのは弾倉か?」

「そうです!」

「…なして1000円札の投入口がついてるのさ。」

「その…やっぱり予算がかかっちゃったので、現場で回収しようかと。」

福田はポリポリと首をかきながら答えた。

「…現場で?」

スミスは首を傾げた。

「正確にはそれ、弾倉とセットになった“弾貸し機”です。」

「“弾貸し機?”」

「1000円を投入すると、弾が5発弾倉に補充されます。そこからマグナムの使用開始です。」

「寺内、現場だばどうだった?」

スミスは再び寺内に話を振った。

「実戦ではうちの班のピーターが使った。…が。」

寺内が言いよどんだ。

「…が?」

スミスが寺内に聞く。

「あいつ、マグナムの演出に妙にハマっちまったみたいで、戦闘そっちのけで馬鹿すか弾を無駄撃ちするようになっちまった。今は週一回カウンセリングに通ってる。」

「…はぁ。」

スミスがため息をついた。

「でも、お陰で100万円ほど回収できました!」

「で、銃とマガジンのお値段は?」
松方が鋭い印象の目つきで唐突に福田に問いかけた。

「…2000万円です。」

「…。」

スミスは無言で頭を抱えた。

「次はこれだ。」

寺内は、水色の粘土のような物体を取り出した。

「…もしかすっどそれ、一班の連中が食ってた非常食か?」

「はい!正確には食用プラスチック爆弾、C4-Xっす!」

福田は三度自信満々に答えた。

「…―」

すると、スミスは無言で席を立って裁判室を退出した。

残された3人は何とも言えない表情をしながら数分待った。

「…悪ぃがっだ。続けてけんだ。」

戻って来たスミスはハンカチで口元を拭いながらそう言うと、若干力なく席に座った。

「はい、子ども向けの誤飲しても安全な粘土を見て思いついたんですけど、従来食べると甘いけれど強い毒性のあったC4爆弾を、素材を色々と変更することで健康上の問題なく非常食としても活用できる―」
「…もう大丈夫だ。松方。」

スミスは頭を抱えながら松方に話を振った。

「えっ。…ああ、福田君、お値段は?」

松方は福田に聞いた。

「…10個で2000万円っす。」

「高級食材だねー。」

松方は乾いた笑顔でそう言った。

「最後はこれだ。」

そう言って寺内が手に取ったのは、金色に輝く拳銃である。

「確か…“ネロルヤ光線銃”だったべか?」

「正確には、『五次元光線銃ネロルヤ』。四次元の世界を克服し、不可能を可能ならしめ、あらゆる科学兵器より強い。問答無用でターゲットを気絶させる傑作っす!」

「話はきいた。確か不意打ちでシーガルマンを昏倒させた銃だったべか。」

「はい!これなら文句ないですよね?」

「福田くん、お値段。」

松方は冷たい声で福田に言った。

「…3500万円です。」

福田は肩を落としてそう答えた。

「…それだけじゃないよねぇ。」

松方はさらに低い声で福田に尋ねた。

「……専用の使い捨てバッテリーがあって、一発100万円です。」

「さて、今回の請求書の総額です。」
松方は、手書きで記入した丁寧な表を一堂に見せながら話す。

「投擲用セラミック、乱数式拳銃、食用プラスチック爆弾、ネロルヤ光線銃、その他付属品、全て合計して、9300万円の請求書が、福田君から当社に送られました。」

「福田、わけを聞かせてけんだ。」
スミスは低い声で福田に尋ねた。

「…その…すみません。最初会社からお金がでるものと思ってて…。」
福田は頭を掻きながら蚊の鳴くような声でそう呟いた。

「でも、材料とか買うにしても先立つ資金は必要だったはずだろ?」

「その…闇金で。」
福田は引き続いて頭を掻きながらそう言った。

「…ハァ。」
福田以外の一同は揃ってため息をついた。

しばらく後、松方が声を上げた。

「では、福田君の処遇についてです。私からは、ネロルヤ光線銃以外は製造法ごと没収。光線銃も無駄撃ち一発につきスクワット1万回を提案します!」

『異議なし』

スミスと寺内は同意した。

「福田。異議はないな?」

寺内がそう尋ねると、福田は無言で頷いた。

スミスはその様子を見届けると、起立して声を発した。

「んだば、福田。“判決”を言い渡す。」

「はい。」

「ネロルヤ光線銃は無駄撃ち一回につきスクワット1万回、その他の兵装はすべて没収するものとする!」

「…はい。」

「最後に請求してきた9300万円だけんども、うちさそったら予算はねぇじゃ。」

「……はい。」

福田はずっと背を丸めてスミスの言い渡しを聞いている。

「よって、これから闇金に“話をつけに”行くべ。福田、寺内、んがんどついてきてけんだ。」

「…了解‼」

「それじゃ、私留守番してます。福田君、帰ってきたら去年無駄撃ちした1発分、早速スクワット1万回ね!」

「えっ。」

その後、八戸市湊町の道路には、武装したスケルトン、チャーリー、ヨークが乗車した、一般車両に偽装した戦闘用ワンボックスが走行する様子が見られた。

翌日、八戸市内でひっそりと活動していた闇金の事務所13件が、そのいずれも“悲惨な事故により爆発した”というニュースが地元新聞の3面記事を飾り、その後ITOビルサービス第2営業所内で膝を震わせた福田の姿が目撃されたのは言うまでもない。

F I N

(作:伊角茂敏)

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