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挿絵SSの記事 (9)

ひゅー!!! 2023/04/13 20:00

アバレを喰らうモノ【後編】

アバレを喰らうモノ

 3

 風を切る音さえ遠く感じる。自らの脚が産み出した初速に乗って、アバレイエローは一直線に空を駆けた。元より特出していた彼女のスピードは、アバレモードにより更に十倍にまで高められている。これまでの戦いの中で圧倒的な力の差を見せつけられながら、唯一、らんるに残された勝ち筋がスピードだった。
 どんな凶悪な攻撃も、全て躱してしまえば恐れることはない。そして敵の目にも止まらぬ速さで斬撃を浴びせ続ける。アバレモードで強化された力によって、四方八方から止むことのないダガーの嵐をお見舞いすれば、その堅牢な外殻も無傷では済まないはずだ。
 逆境を背にしたことで高まった集中力は、らんるのポテンシャルを極限にまで高めていた。敵はこちらを向いたまま固まっている。このまま身体の軸を右に旋回させて、その顔面にイエローフライングダガーを叩き込む。らんるは一瞬も目を離すことなく、攻撃態勢に移ろうとした。
 そのキラービーストの姿が、消えた。
 視界の全てをコマ送りで捉えていた今のらんるにとって、それは本当に、消失としか言いようのない動きだった。

「えっ?」

 呆けたような声を上げたらんるの傍を、白い影が音もなく駆け回る。らんるはその残像を目で追うことすら出来ない。圧縮された時間の中、無防備にも両腕を広げて滑空するアバレイエローの強化スーツに、無数の光の筋が刻まれていく。
 それは爪痕だった。反応することも敵わない速さで、キラービーストの禍々しい爪がらんるの全身を引き裂いていた。その勢いのままキラービーストが真横を通り抜けるまで、らんるは自分に何が起きたのかも察知できていなかった。
 圧倒的な初速の差。らんるが唯一、敵に勝っていると思っていたスピードすら、キラービーストにとっては蚊の止まるような退屈な攻撃に過ぎない。単にこれまでの戦いでは、素早く動く必要すらなかっただけの事だった。
 らんるの視点では、目の前から突然消えたキラービーストが、次の瞬間には遠く背後にいる。それに気が付いて身体を振り向けたとき、ようやく時間が追い付いた。
 無数に刻まれた光の傷が強く輝くと、そこから噴き出すように激しく火花が噴き上がり、らんるの全身が大爆発を巻き起こした。

「あっ!? あぁあああああぁああああぁ……!!」

 あまりの痛みに仰け反った身体を爆炎が包む。一瞬にして刻み込まれた傷の苦しみは、しかし一瞬では終わらなかった。切り裂かれた全身の傷が一つずつ時間差で開いていく。肩、背中、太もも……。次々と全身から飛び散る火花に翻弄されて、らんるは墜ちることも出来ずに屈辱的なダンスを踊る。

「きゃあっ!? ゃ、あぁッ! いやぁんっ! くぁ……は、あぁんッ!!」

 最も深く斬りつけられた胸から最後にもう一度だけ火花を噴いて、アバレイエローは真っ逆さまに地面へと墜落した。巻き上がった砂煙がゆっくりと晴れ、見るも無残なアバレイエローの姿が顕になっていく。
 ズタズタに切り裂かれたアバレスーツは爆破のダメージで黒く焼け焦げ、痛々しい爪の痕が全身に満遍なく残されている。アバレモードによって展開された白い翼は見る影もなく引きちぎられ、ボロボロに焼け爛れていた。もう飛び立つことは出来ないだろう。 
 得意とするスピードと空中戦でさえ完膚なきまでに叩きのめされた。一縷の望みと共に翼をもがれて地面へ墜とされたアバレイエローに、もはや戦う力は残されていない。辛うじて意識は保っていたが、それも風前の灯だった。

「ぐあぁ……っ! くっ、はぁ……! あ゛……!」

 攻撃は止んだというのに、全身を絶え間なく襲う痛みはまるで引く気配を見せず、らんるの肉体を蝕んでいく。何とか苦痛を和らげようにも、少しでも身体を動かそうとするだけであちこちから火花が散る。その度に鮮烈な激痛が脳を刺し、霞んでいく意識を現実に繋ぎ止める。
 らんるは気を失うことすら許されず、身を守るはずの強化スーツによって嬲りものにされていた。

《無様だなアバレイエロー。トドメを刺してやれ》

「あぁっ! ん、ぁ! く、ぁあ……! ゃあんっ!」
 
 火花を飛び散らせながら地面をビクビクと跳ね回るアバレイエローの醜態に、アバレキラーは壊れた玩具を見るような冷めた視線を送り、キラービーストにそう命じた。
 処刑の宣言を受けても、アバレイエローはただ悶えるばかりだ。ついに意識も尽きかけ、次第に痙攣が弱まっていく標的に向けて、キラービーストが音もなく人差し指を向ける。
 その先端から発せられた赤い閃光が、力なく開かれたらんるの股間に命中した。

「はぐッ!? あっあぁあああああああぁああ!?」

 乾いた破裂音が連続で鳴り響き、股の間から美しい火花が噴き出した。味わったことのない痛みと衝撃に、溶けかけていた意識がまた明瞭となる。思い切り背を仰け反らせてらんるは絶叫した。
 ダイノガッツが尽きかけたアバレスーツに、その直撃に耐えるだけの防御性能は残されていなかった。強化繊維が焼け焦げる嫌な臭い。破壊エネルギーの集中攻撃を受けた箇所はインナーごと食い破られ、らんるの女として最も大切な部分を覗かせていた。
 それでも最低限の役目を果たしたと言えるのか、顕になった秘所には傷の一つも付いていない。
 まだ痛みの処理が追いつかず顔を反らせてうめき声を上げるらんるへ、キラービーストは餌を前にした獰猛な獣のように一直線に歩み寄って行く。

《ふん、品のない野郎だ。しょせんは獣か》

 キラービーストがこれから行うであろう暴虐を察し、アバレキラーは呆れたような声でそう吐き捨てた。
 アバレンジャーが自分たちを救いに来ると信じているであろう爆竜たちの眼前に、三色の亡骸を突きつける。その瞬間に満ちる怨嗟と絶望こそがこのゲームのフィニッシュと考えていたアバレキラーにとって、敗れた女戦士の行く末は興味を唆られるものではなかった。
 だが敢えて止める理由もない。良い働きをした下僕に、褒美をやることも必要だろう。

《まあ良いさ、他の奴らが現れるまで好きに遊んどけ。壊された仲間の姿を見せつけてやるのもまた一興か》

 主の許しに耳を傾けるだけの思慮があったのかも分からないが、キラービーストはその言葉のままに行動した。尻もちをついた姿勢のまま必死で後ずさるアバレイエローに悠然と追いつくと、そのマスクを大きな手で掴み、上体を持ち上げる。

「ぅあ……くっ、なに、を……」

 なす術もなく身体を引き上げられ、丁度顔の高さがキラービーストの股の前に来たとき、らんるは思わず目を剥いた。そこには悍ましく隆起した獣の陰茎が、濃厚な臭いを放ちながら反り立っていた。その強烈な画だけで、これから何が起きようとしているのかを、まだ経験もないらんるにハッキリと突きつけた。

「ぁ、あぁ…… いやっ! 離しなさい……!!」
 
 震える声を上げながら、らんるは頭を掴むキラービーストの手を何とか振り払おうと精一杯に身をよじった。しかし全力の状態で立ち向かってまるで手も足も出ずに叩きのめされた相手に、満身創痍で抵抗など出来るはずもない。
 キラービーストが無造作に振るった膝がらんるの鳩尾を再び貫いた。

「ぅぐはっ!?」

 鋭い衝撃に息が詰まる。それと同時にキラービーストがマスクを掴んでいた手を離すと、らんるは膝をついたままガクリと倒れ、四つん這いの姿勢になった。耐え難い鈍痛に額から汗を噴いて顔を歪めるらんるの背後へ回ったキラービーストは、扇情的に突き出されたその尻を鷲掴みにする。

「んっ……! ぁ、だめ……」

 光沢スーツ越しに柔らかい肌へと食い込んだ爪の感触に、らんるがビクリと肩を震わせた。この次に行われるであろう行為が、戦慄となって背筋を駆ける。だがそれを予感し抵抗の言葉を紡いだ時にはもう、破壊されたアバレスーツから覗く薄桃色の割れ目へ、キラービーストの怒張した肉棒が突き込まれていた。


「な、ぁ……ッ‼ ぐあ、あああぁああぁあぁ……⁉」

 処女を喪ったショックを感じる間もなく、らんるの口からは濁った悲鳴が溢れ出した。焼けた棒を突きこまれるような激痛。これまで散々に痛めつけられた肉体を持ってして、それでも鮮烈に感じられる痛みが、脊椎を渡って脳髄を抉る。キラービーストの太く、硬く隆起した獣の槍が、まだ人のそれを味わったことさえないらんるの秘所を無理やりに圧し広げていく。
 理性の感じられない荒い息遣いを撒き散らしながら、キラービーストはその本能のままに激しく腰を揺さぶる。その度にらんるの脳へと激烈な痛みが運ばれ、マスクの奥で可憐な顔がぐしゃぐしゃに歪んだ。

「ああぁッ‼ うあ゛ッ‼ やっ、やめ……ぐああぁ‼」

 必死に拒絶を紡ごうとする唇は、キラービーストが腰を振るだけでこじ開けられて苦悶を奏でた。
 怪物に犯されている。
 その事実が、らんるの精神を絶望で凍らせていく。更にそれを粉々に打ち砕くように、キラービーストは欲望という鎚でらんるの膣を何度も何度も打ち付けた。
 正義の戦士としての使命に少しずつ、着実に、ヒビが入っていく。その隙間に無理やり流し込むように、キラービーストは大量の精液をらんるの中へと注ぎ込んだ。

「くぁ! あ、ぁあ…… あぁああぁぁあぁ……!!」

 痛みだけの世界の中に熱が混ざる。ただ熱い液体が自分の中に注がれていくのを感じながら、らんるは震えるような長い悲鳴を上げた。
 規格外の量の精液は肉棒が突きこまれたままの性器の中には収まりきらず、ぴっちりと閉じた陰唇をこじ開けて溢れ出す。トロトロと流れた白濁液が肌の最も敏感な部分をくすぐって、苦痛に焼かれた脳に、正反対の刺激が伝わった。

「ん……ッ ふ、ぅあ……ぁ……」

 間断ない激痛の中に、ノイズのように挟まれた異質な感触が、らんるの肩をゾクゾクと震わせた。その兆しなど関係なく、キラービーストは己の欲望を満たすために蹂躙を続けた。
 一度の射精では微塵も到底衰えることを知らない獣の精力は、二人の身体を繋いだまま、らんるの胸の膨らみへとその両手を移した。身体にフィットしたアバレスーツによって主張されていた二つの柔らかな膨らみが、キラービーストの大きく無骨な手によって無残に押し潰される。

「うぐぁッ⁉ ゃ、あ…… ぅあ゛ッ‼」

 破壊し尽くされた強化スーツの上から乳房を鷲掴みにされ、二重の痛みにらんるの身体が跳ねる。禍々しく伸びた爪がスーツの内部に潜り込み、肉体が前後に揺すられる度に、敏感な神経回路を引っ掻いた。
 大量に注がれた精液は潤滑油となり、未開だった膣内を擦りあげられる痛みを微かながら和らげつつあった。その抽送は徐々に滑らかさを増していき、やがて淫靡な水音を立て始める。
 痛みに混ざっていたノイズの方が次第に増していくのを、らんるは戸惑いと共に感じていた。

(ぅ、うそ…… 何、これ……!? なんで…… こんなっ……!)

 キラービーストの陰茎は硬さを失うどころか、さらに一回り強度を増す。それに伴ってストロークもより大きくなり、奥深くまでらんるを突いた。

「ぁ、ぐぅ……! くっ……ん、んんぅ……!!」

 ただ痛みに絶叫していた悲鳴が、押し殺したような声に変わる。唇の端から漏れる息と声の間に、甘く艶めいたものが混ざり始めていた。

《ハッ、なんだよその声。そんな獣にヤられて感じてんのか?》

「なっ!? ふざけ…… ぁ、あぁあん!?」

 降り掛かってきたアバレキラーの嘲笑に、咄嗟に反論しようとした瞬間に、獣の槍がこれまでで最も深い部分を突き上げた。一瞬の無防備をついて叩き込まれた一撃に、言葉の途中で声が裏返る。
 自分の喉から溢れた信じられない甘い響きに、らんるは思わず目を見開いた。
 しかしその羞恥は、更なる衝撃によって上書きされる。
 らんるの胸の双璧を掴んでいた二つの掌が不気味に赤く光ると、目も眩むような雷光が放たれた。

「んあぁあああぁ⁉ あッ⁉ ぐあぁあああああ……‼」

 心臓に近い位置へ無理やりに電撃を叩き込まれ、らんるの身体がショックでビクビクと痙攣する。全身の筋肉が硬直して背を思い切り仰け反らせながら、悲痛な絶叫が地下空間に響きわたった。
 電撃によってギュッと収縮した膣が、キラービーストの肉棒を思い切り締め上げる。身体が灼き切られるような痛みの中、その感触はハッキリとらんるに伝わっていた。
 雷光がやむと同時に全身から白煙が立ち上る。そこに溶けゆくかのように霞んでいく意識を、らんるの尻を叩く強烈なスパンキングが現実へ引き戻す。

「んぁあっ、も……や……ッ やめ、ぁあ……っ」

 苦悶の声に哀願が混じる。いつ解放されるとも知れない地獄の渦に、ついにダイノガッツが底を尽きかけていた。それを象徴するかのようにアバレスーツが崩壊を始め、キラービーストの腰の動きに合わせて、あちこちから火花が飛び散る。
 しかしキラービーストはそんなことにお構い無く、むしろ弱々しくなっていく反応を最後の一滴まで搾り取ろうとするように、再び電撃を流し込んだ。

「ぁ、はがッ!? いぁ、あッ!! ぁぐ、あァ!!」

 全く容赦のない追撃に、今度は肉体の痙攣と共に断続的な悲鳴が上がる。
 二度の電撃に痛めつけられた心臓がむちゃくちゃに鼓動して、その音が頭蓋の中で反響する。血液が逆流するような感覚。

(いや…… このままじゃ、こ、殺されちゃう……)

 生々しい死の焦燥とは裏腹に、電撃によって独りでに収縮する膣壁がキラービーストの肉棒を締め上げる。その要求に応えるように、先程よりも更に濃厚な二発目の精液が勢いよく発射された。子宮口を超えてその先にまで注がれていく。
 その白濁液の中に無数に詰まった一つ一つの種子が、まるで意志を持ったスライムのように暴れ回り、らんるの中を掻き回した。

「あっ、あぁ! あはぁああぁぁああ!!」

 あまりの刺激に、四つん這いになっていた腕がピンと伸びて背中が仰け反る。傷口が開いて血が噴きだすように火花が飛び、らんるは遂に絶頂にまで押し上げられてしまった。大きな瞳から涙が溢れる。

(そ、そんな…… わたし…… イかされて……)

 繰り返される痛みと快楽の波状攻撃。生々しい死への恐怖に脅かされた脳が防衛本能を働かせ、止めどなく与えられる苦痛を、せめて快楽へと切り替えようとしていた。
 絶頂の余韻で背を反らせたまま震えるらんるの身体を、キラービーストがおもむろに持ち上げた。
 乳房を掴んでいる両腕を引き寄せるようにして、挿入したままその肉体を羽交い締めにする。
 体格の差によってらんるの足先は地面を離れ、自らの体重によって陰茎が更に深くねじ込まれる。

「いや……ぁ……! ぁんっ! や……もう、やめてぇ……っ!」

 まるで終わりの見えない責苦が、遂にアバレイエローとしての矜持をへし折った。
 戦闘では全く歯が立たず完膚なきまでに叩きのめされ、満足に動かすことも出来ない身体を徹底的に犯され、挙句に嬌声を上げてしまっている。
 戦士としてこれ以上ない屈辱を刻み込まれながら、下腹部から湧き上がってくる快感を止めることができない。いつの間にかアバレスーツを押し上げるほど勃起していた乳首が、身体が揺さぶられる度に滑らかな生地と擦れあい、蕩けるような甘い刺激をらんるに与える。

「あぁあぁんッ…… やっ……だめぇ! うはぁあぁああぁ…… ぁ、はぁ……っ」

 半開きになった唇からは涎と共に、吐息のような長い喘ぎ声が漏れる。
 らんるの中を掻き回す肉棒はますます硬さと大きさを増し、いやらしい水音を立てながら子宮口を何度も叩きつけた。肉棒と膣壁の隙間を埋めるように絡みつく液体には、二度に渡って放たれた大量の白濁液だけでなく、らんる自身から滲み出た愛液も混ざっている。
 そこに更なる精液を追加しようと、キラービーストの腰を振るスピードが激しさを増した。

「くあっ!? あっ! あっ! あぁ! あっあっああぁあん!」

 陰茎についた幾つもの“返し”がゾリゾリと膣壁を削る。剛直な槍によって最も敏感な部分を同時に嬲り尽くされ、理性が蒸発していく。

「あぁ! だめっ! だめっ! こんなのっ、イく! イくっ! またイく! あぁっ! イく! イく、イく、イくううぅ!!」

 脇を閉めてギュッと折り畳んだ腕を胸の前で振りながら、らんるは一心不乱に淫らな言葉を叫んでいた。絶え間なく送り込まれる暴力的な快楽。それ以外のことなど全てがぐちゃぐちゃにすり潰されていく。
 未曾有の悪を前に、アバレイエローが完全に屈服した瞬間だった。
 完膚なきまでの敗北を魂に刻み込むように、キラービーストが三度目の射精をらんるの中へと放った。

「あぁあああああぁああああぁああ〜!!」

 焼けるように熱い精液が膣の中を満たすようにこれでもかと注がれる。数十秒に渡る射精。顔を仰け反らせたまま腰をピクッ、ピクンッ、と揺らして、らんるはその敗辱を余すことなく味わった。
 深く引き裂かれた胸のシンボルマークから、最後にもう一度だけ火花が散った。敗北を象徴するかのように。らんるの両腕がだらりと落ちる。
 悍ましい欲望をひとまず吐き出したキラービーストがらんるの乳房から手を離すと、支えを失った彼女の肢体がゆっくり前傾していく。
 射精を終えて尚そそり立つキラービーストの槍は、隙間なく注がれた精液によってらんるの膣にみっちりと吸い付いていた。らんるの身体が前のめりに倒れていくにつれ、ズブブブ、と醜い音を立てながら引き抜かれていく。

「んお゛っ…… お、おぉ…… く、ぉ…… ぉ、おおぉ……」

 絶頂の余韻で未だに痙攣する蜜壺を擦り上げられ、喉が淫らに震える。
 長い地獄からようやく解放されたらんるの身体は、受け身を取ることも出来ずにそのまま地面へと打ち付けられた。弛緩しきった全身はうつ伏せのまま弱々しく痙攣する。もう自分の意志では指の一本も動かすことができない。
 その傍らに立つキラービーストが、トドメと言わんばかりにらんるの背中を思い切り踏み付けた。

「ああ゛!? んあ゛ぁああああッ!!」

 鋭い悲鳴と共に、上体がエビ反りになって跳ね上がる。内臓を圧し潰すような威力に、大量に注がれていた精液が泡を吹くような音を立てて膣から溢れ出した。
 マスクの奥で見開かれた両目がぐるっと回り、瞳が瞼に隠れる。らんるは硬直したまま数秒、うわ言のような喘ぎ声を漏らしていたが、そのままゆっくり、ゆっくりと地面へと沈んだ。ゴトリ、とマスクが硬い土に触れた時、既に意識は果てていた。

「ん、くぁ…… あ、ぅ…… ゃんっ……」

 無様に開かれた股の間に精液を広げたまま、司令機関を失った手足は疎らに痙攣した。気を失っても苦しみからは逃れられず、悪夢の中で未だ責め立てられるように、吐息混じりの喘ぎ声が漏れる。無残にも全てを喰らい尽くされた女戦士の残骸だった。
 こうして、仲間を救うため敵地へ駆けつけたアバレイエローは、圧倒的な暴力の前に完膚なきまでの敗北を喫した。
 だが役目を終えた訳ではない。他のメンバーがここへ駆けつけた時、怒りや絶望を与えるための道具としての使い道がまだ残されている。
 仲間の前で更なる屈辱を味わう未来に怯える余地すらない、ただ黒く塗り潰された世界の中で、らんるは尽きることのない苦悶に嬲られるのだった。

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ひゅー!!! 2023/04/07 20:00

アバレを喰らうモノ【前編】

アバレを喰らうモノ


1

「イエローフライングダガー!!」

 かけ声と共にふわりと宙を舞った彼女の身体が勢いよく旋回した。両手にそれぞれ握られた自慢の武器、プテラダガーが連続で標的を斬りつける。
 アバレイエローこと樹らんる。
 素早い動きと跳躍力に長けた女戦士だ。地球の侵略を企む組織エヴォリアンの魔の手から平和を守る爆竜戦隊の一員でありながら、今は単身で敵と交戦していた。
 しかしそれは、勝負というにはあまりに一方的な展開だった。
 エヴォリアンが産み出した怪人、トリノイドは、アバレイエローの可憐な動きにただ翻弄されるばかりだ。引き締まった肉体に程よくフィットした黄色い光沢スーツが、滑らかなボディラインを自然と浮き立たせていた。

「ぬぬぬ……舐めるなぁ!!」

 攻撃を浴びて仰け反ったまま数歩だけ後ろに退がったトリノイドは、ガトリングになっている両腕から植物の種を乱射した。動物と植物と無機物の混合生物という特徴を持つトリノイドたちは、それぞれが個性的な攻撃を持っている。恐らくこの種も被弾すると厄介な副作用を発生させることだろう。
 しかしトリノイドが両腕を構えたのを察知したらんるは、弾丸が発射された時には既に空へと舞い上がっていた。
 空中は彼女のフィールドだ。一度跳び上がったアバレイエローは、風を味方につけたかのようにトリノイドへの距離を詰めると、空中で何度も斬撃を繰り出した。

「ぐっ、ぐおおぉ!?」

 咄嗟に両腕のガトリングを交差させて防御の姿勢をとったトリノイドだが、二つの刃による怒涛の乱舞に圧され、重心が僅かに崩れる。その隙を彼女は見逃さなかった。
 クロスされた敵の腕を蹴り上げ、空中でクルリとターンしたアバレイエローは、その勢いを乗せたプテラダガーで思い切り敵を斬り裂いた。

「ぬわああああああぁ……!!」

「これで終わりよ!!」

 トリノイドの断末魔を掻き消して、勇ましく澄んだアバレイエローの声が決着を告げる。後ろ向きにゆっくりと倒れたトリノイドの身体が轟音と共に爆ぜるのを、着地と同時に背中で受け止めた。

 少し遅れて、辺りにトリノイドの残骸が散らばる。その中に混じって、無骨なデザインをした鍵のような物体がらんるの足元へ転がった。
 黄色いグローブに包まれた手でそれを拾い上げた彼女は、鮮やかな勝利の余韻に浸る間もなく駆け出していた。
 戦いはまだ終わりではないのだ。彼女の使命は、囚われた仲間をこの鍵で助けることなのだから。

 これは最悪のゲームなのだ。

「ふーん、まさかあいつが一番乗りとはな」

 空中に浮かんだビジョンに映るアバレイエローの姿を見つめながら、アバレキラーはそう呟いた。
 アバレンジャーに良く似たデザインの白い戦闘スーツに身を包みながらも、禍々しい形の椅子に足を組んで腰掛けるその姿は、およそ正義感からは掛け離れた不遜な気配を放っている。

「余裕で見物している場合かぁ? せっかく捕えた奴らの爆竜、このままでは取り返されてしまうではないか」

 エヴォリアンの構成員であり、トリノイドの製造を担当するミケラが青い顔の眉を顰めて訴えた。自らの生み出した怪人をあっさりと撃破され、それすらさも当然と言った様子で観戦されていては面白くないだろう。
 しかしアバレキラーは悪びれる様子もなく、平坦な口調で答える。

「そういうルールだからな。お仲間の命が懸かってるんだ、多少は必死になって貰わないとこうして見物する価値もない」

 アバレンジャー達の相棒である爆竜たちがエヴォリアン−−引いてはアバレキラーの手によって捕縛されたのは二日前の事だった。
 爆竜たちを失い、巨大な敵に対抗する術を持たない今のアバレンジャーを追い詰めるならば、ジャメーバ菌によって巨大化させたトリノイドや、同じく構成員のヴォッファが造るギガノイドを出陣させる作戦が最も合理的だ。
 二人のその提案を、しかしアバレキラーは「つまらない」の一言で跳ね除けた。そして替わりに、自らの立案した計画をエヴォリアンに命じてみせたのだ。

「言われた通り爆薬はセットしておいたぞ。あれなら爆竜といえど、ひとたまりもないだろうよ」

 頭に生えた無数の触手を蠢かせながら、現れたヴォッファが報告した。 
 地中奥深く、ダイノガッツを封じられ眠りに落ちた爆竜たちの周囲には、大量の爆薬が埋め込まれた。炸裂すればいくら巨大生物といえ命はないという量の。
 爆破までに与えられた猶予は六時間。
 アバレンジャーに課せられたミッションは、タイムリミットまでに各地へ散らばったトリノイドを倒し、封印を解くための鍵を手に入れ、爆竜たちを救出すること。
 正義を振りかざすアバレンジャー達が、怒りと焦りに精神を焼かれながら奔走する様を見物することがアバレキラーの目的であった。
 彼にとっては他者の生命も尊厳も、全ては塵芥に過ぎないのだ。
 脳髄が乾いて仕方がない、果てのない退屈。
 それを潤すことができるのは血の滴りだけだと、本能が告げていた。

「だがその鍵も入手されちまったんじゃ、救出も時間の問題だなァ。お前はそれで満足なのか」

 自らの立案を却下されたことに未だ納得のいかないヴォッファが皮肉るように尋ねる。いや、そもそもこの男が何食わぬ顔でエヴォリアンのトップに居座り指示を出していることに、ヴォッファは欠片も納得がいっていないのだ。
 しかしこの男の実力は、そして残虐性は、エヴォリアンである自分たちをも遥かに凌ぐ強さを持っていた。アナザーアースの侵略には、この男が実権を掌握することが近道なのかもしれない。
 “部下”のそんな複雑な心中を察する気もないアバレキラーは、その顔を一瞥すらせずに鼻で笑うように答えた。

「ま、見てな。ゲームにはラスボスが付き物なんだぜ」




 2

 人通りも少ない郊外の一角。恐らく地下に何かを建設する工事が途中で打ち切られたのであろう、骨組みや資材が打ち捨てられたように置かれている建設現場の地面に、四角く切り取られた人工的な穴がぽっかりと空いていた。薄暗闇の中、石をそのまま削ったような無骨な階段が下へと続いている。
 入口から漏れる冷たい空気に混じって、爆竜たちの強力な生命反応がその奥から感じられた。罠の可能性もあるが、それでも行くしかない。告げられた爆発のリミットまで、既に残り二時間を切っていた。
 らんるは黄色いグローブに包まれた右の拳をギュッと握ると、踏みしめるように一つずつ階段を下っていった。
 穴から差し込む上界の光は次第にか細くなって行き、歩が進むごとに闇が濃度を増していく。十メートルほどの階段を下りきった頃には、辺りはすっかり真の暗闇に包まれていた。それでもアバレンジャーに変身し五感が強化されているらんるには、目の前に立ちはだかるスチール製の巨大な扉が見えていた。それだけでなく、その扉に施された妖しいエネルギーの流れも。
 これがただの鉄の塊ならば、全力のパンチで容易くぶち抜いて中へ突入できただろう。しかし、やはり、そんな抜け道は用意されていない。不愉快でも、結局は敵の用意した理不尽なルールに則って行動することが、仲間を救う確実な道なのだ。
 憤りをぶつけるように、らんるはトリノイドを撃破した証である鍵を扉へとかざした。

「さあ、鍵は持ってきたわよ! 観念して扉を開けなさい!」

 その叫びに呼応するかのように鍵が妖しく輝くと、鉄の扉に纏われたエネルギーがゆっくりと左右に流れ始めた。その力に引きずられるように、重い鉄の扉が左右にスライドしていく。
 地響きのような音が数秒に渡って続き、完全に扉が開かれると、らんるの手にあった鍵は粒子状になって消えていった。
 同時に、むせ返るような濃い土の臭いが流れ込んでくる。
 扉の向こうには更に広い空間が広がっていた。相変わらず闇が広がるばかりだが、息遣い、或いは鼓動のように伝わってくる仲間たちのエネルギーを、よりはっきりと感じる。
 しかしらんるの足は止まっていた。眼前に広がる黒一色の世界に怖気づいたからではない。その闇の中に、さらに別の生物の気配が漂っていたからだ。
 こちらへと向けられた明確な敵意。殺気と言ってもいい。刺されるような威圧感を全身に浴びながら、それでもらんるは威勢よく叫んでみせた。

「……そこに居るのは分かってるわよ。正体を表しなさい!」

 それを合図とするかのように、バン、という軽い音が響き、一息に闇が照らされた。掘り出したまま放置された岩肌の天井に這った幾つもの照明が、同時に点灯したのだ。
 アバレンジャーに変身しているらんるは、激しい明転に目が眩むこともなく、前方の“それ”を見つめていた。

 獣。
 白と黒を基調としながら、返り血を浴びたような赤い模様が不気味に散った外殻。鋭く伸びた手足の爪。背を丸めて前傾姿勢になりながら、睨みつけるようにこちらを射抜く深紅の目……。
 これまで相手にしてきたトリノイドやギガノイドとは違う。らんるはひと目でそう確信した。
 初めて相対する存在でありながら、その怪物が纏う気配を良く知っていたからだ。生物としての熱を持たない、それどころか周囲の温度を奪っていくような冷たいオーラを放つ、あの白い悪魔−−。

《ようこそアバレイエロー、ここがラストステージだ》

 脳裡に掠めた男の声がどこからともなく響いて、らんるの全身が強張る。
 この狂ったゲームの主催者、アバレキラー。彼は自らの空虚を満たすことにしか興味がない。目の前の敵は恐らく、そんな悪魔が最後に用意した障壁だろう。

「ここまで来て新しい敵をけしかけるなんて、往生際が悪いわよ」

《倒す敵が一体だなんて言った覚えはないな。まあ安心しろよ、そいつで最後ってことは約束してやるさ》

 らんるの抗議を軽い口調であしらったあと、不遜な態度を崩すことなく弁舌は続く。

《とはいえそいつは、お前らの爆竜から奪ったダイノガッツから産み出した怪人に、俺の力を限界まで注ぎ込んだ上物だ。その反動で理性は吹き飛んで、敵を壊す本能しか持たない猛獣になっちまったがな》

 説明を進めながら、アバレキラーの声色に少しだけ温度が宿っていく。内容の残虐性とは裏腹に、まるでお気に入りの玩具を自慢するような情調を帯びた語り口が、らんるの胸に静かな怒りを溜めていった。
 卑劣な欲求を満たすため、大切なパートナーを人質にとり、更には怪人を産み出すための駒同然に扱ったこと。彼女の強い正義心に火を灯すには充分すぎる悪虐だ。

《いわばキラービースト。圧倒的な暴力に、下らない正義の心とやらでどこまで抗えるか、精々楽しませな》

「あなただけは、絶対に許さんたいッ!!」

 その怒りに背を押されるように、アバレイエローは地面を蹴り大きく跳躍した。舗装もされていない土が深く抉られて飛び散り、踏み込みの強さを伝える。
 アバレンジャーのエネルギーであるダイノガッツは、謂わば精神の力。感情の昂りは出力に直結する。先程たった一人でトリノイドを圧倒したのも、大切な仲間を人質に取られた怒りがらんるの実力を全て引き出したことが大きかった。
 真っ直ぐな正義感を持つ彼女が、真っ直ぐな感情を爆発させた時。かつてない程の爆発的なエネルギーがらんるの中に燃え上がっていた。胸の中心から湧き上がる熱によって体温が上昇していくのを感じながら、それでもらんるは冷静に敵を見据えていた。
 キラービーストの体勢は、視線も、さっきまでと全く変わっていない。
 みなぎるダイノガッツの全てを込めた拳が、アバレイエローの渾身のスピードに乗って、標的へと向かっていく。

「はあああああああああああァァ!!」

 激情をそのままぶつけるような叫び声と共に、アバレイエローの全てを乗せた一撃がキラービーストに叩き込まれた。
 その瞬間。
 禍々しい爪の生えた大きな手が、らんるの拳を正面から受け止めた。

「……え?」

 一転して時間が停止したかのような静寂。それは一秒も続かなかったが、かつてない集中状態にあったらんるには、そこからの全てがまるでスローモーションのように映った。
 渾身の一撃を、全開のダイノガッツを乗せた拳は、キラービーストの左手一つで軽々と受け止められた。その怪物が残った右腕を無造作に振りかぶる。意識の全てを攻撃へと費やしていたアバレイエローの、余りにも無防備な鳩尾へ、怪物の右腕がめり込み——。

「んぐふうううぅぅ……ッ!?」

 身体を貫かれるような衝撃と共に、アバレイエローの身体は“く”の字に折れ曲がっていた。強化スーツではとても受け止めきれないダメージが、数瞬だけ遅れて内臓へと伝わり、逆流した胃液が唾液と混じってメットの中に飛び散る。
 キラービーストがそのまま腕を振り抜くと、アバレイエローの身体はボールのように地面を跳ねながら吹き飛んだ。

「あ゛ッ! ぐあッ! ん゛あぁああぁ!!」

 そしてなす術もなく岩壁に叩きつけられたあと、重力のままにズルズルと崩れ落ちる。呼吸もままならない痛みが全身を駆け巡り、アバレイエローはそのダメージを体で表現するかのように地面の上でビクビクと痙攣した。点滅する視界の中、訳も分からず苛まれることしかできない。

(ウソ、でしょ…… な、にが…… 起きて……)

 それでもらんるの脳は、迫りくる脅威に対して懸命に働いた。耐え難い痛みに軋む身体を無理矢理に動かして何とか立ち上がる。鳩尾を右手で抑え、内股になって上体を支えながら、未だ霞む視線で敵を捉える。
 これだけ大きな隙を晒しながら、キラービーストは追撃してこなかった。最初に対峙した時のまま、獣のように背を丸めて、凶悪な意志を宿した赤い瞳だけがこちらに向けられている。
 白い見た目とは裏腹に、底さえない闇を覗き込んでいるかのような、得体の知れない感覚。少しずつ和らいできた痛みに代わって、戦慄が足元から這い上がってきた。
 これまで感じたことがないようなパワーが全身に溢れてくるのを実感しながら、一撃で倒し切るつもりで打ち込んだ、全力のパンチだった。
 それをあっさりと受け止められた。だけでなく、恐らくキラービーストにとっては軽く打ち込んだだけのようなカウンターで、これ程のダメージを。
 拳のひと振りで突き付けられた戦闘能力の差。燃え上がっていた闘志に冷水を浴びせられ、らんるの足が恐怖で竦む。

《おいおい、どうした? もうブルっちまったのか?》

「ッ……黙りなさい!!」

 心を蝕もうとする黒い感情を振り払うように、らんるはベルトに下げたアバレイザーを引き抜いて素早く構えた。ノータイムで引き金を絞ると、発射された幾筋もの光線がキラービーストへと真っ直ぐに飛んでいく。圧縮されたエネルギーが着弾すると同時に炸裂し、白い火花となって薄暗い辺りを照らす。
 放った全ての弾が命中した。にも関わらず、全身から立ち上る白煙の中、キラービーストは微かなダメージさえ感じさせることなく直立していた。
 あまりの光景にマスクの奥で目を剥くらんるに向かって、キラービーストがゆっくりと歩き始める。未だ銃口が向けられていることなど意にも介さずに。
 くっ、と短く喉を鳴らして、らんるは何度もアバレイザーを撃ち込んだ。その外殻に少しでも傷を与えるべく、肩の関節部を集中して狙撃し続ける。しかし何十発とエネルギー弾を浴びせようと、キラービーストの歩みを止めることも、遅らせることさえできない。まるで迫りくる巨大な壁を撃っているようだ。
 その巨体が数メートルにまで近付いた時、らんるはアバレイザーをソードモードに変形させてキラービーストに斬りかかった。どれだけ強靭な外殻であろうと、あれだけの銃撃を集中して浴びせたならば無傷とはいかないはずだ。まだ白煙の上がる敵の肩へ向かって、ぶ厚い鉄塊すらも容易くスライスするその刃を、渾身の力で叩き込む。
 ギン、と凍てつくような音。

 敗れたのはアバレイザーだった。キラービーストの外殻の圧倒的な硬度は、弾丸も刃も、アバレイザーの全てをあっさりと跳ね除けたのだ。

「そんなっ」

 根本から叩き割られた銀色のブレードがくるくると上空を舞っていく。反射的にそれを目で追ってしまったのが、致命的な隙だった。顎が上がったことで無防備に晒された首元へ、キラービーストの無骨な手が潜りこむ。

「あ、ぐあッ!?」

 咄嗟にガードを試みるが遅かった。不覚を悟った時にはもう、純白の生地に包まれたらんるの首に、鋭く伸びた凶爪が食い込んでいた。不条理なまでの握力がアバレスーツの上からでも気道を完全に圧迫する。その手を必死に引き剥がそうとすればする程、眼前の怪物との力の差をまざまざと実感させられ、らんるの背筋から熱が失われていく。

「くぁ…… 離、して…… ぁ、あぁぁ……ッ」

 肺に残された僅かな酸素を懇願と苦悶で吐き出した瞬間、らんるの足先が地面から離れた。キラービーストの膂力の前に華奢な身体は易々と持ち上がり、苦しみが痛みに変貌する。もがく身体を支えるものは何一つなく、ただ首を絞められるまま、黄色いブーツは無様に空中を泳いだ。
 マスクの中、苦悶を形どる唇の端から涎が流れ落ちる。

(苦、し…… このままじゃ…… 意識、が……)

 完全に酸素を断たれ、思考すら途切れ途切れになっていく。抵抗する手段を考える暇もないまま、視界が明滅し、鼓動の音が遠ざかる。

「ぁ、んぁ…… は、がッ……」

 バタバタと宙を蹴っていたらんるの足の動きが、次第に大人しくなっていく。懸命にキラービーストの手を引き剥がそうとしていた両腕も、ついに力を失ってだらりと垂れた。
 ちぎれかけた意識の残滓が疎らに脳と肉体を結び、弱々しく投げ出された四肢をビクッ、ビクッ、と跳ねさせる。このまま気を失えば、待っているのは確実な死だ。もはや勝負は決着したも同然だった。
 しかしキラービーストの遺伝子に取り込まれた悍ましい悪意は、そんな呆気ない幕切れを許さなかった。
 目の前に吊り下げられたアバレイエローの肉体。その無防備な身体に向かって、キラービーストは空いていた右腕を思い入り振り上げた。黒く禍々しい爪が三筋の残像となって、らんるの胸の膨らみをバッサリと切り裂く。

「は、ぁッ!? くああぁああああぁぁ……っ!!」

 朦朧としていた意識が鮮烈な痛みによって覚醒した。痛烈なダメージを浴びせられたアバレスーツから火花が噴き出すのと同時に、キラービーストはようやくらんるの首から手を離す。支えを失った身体は火花の勢いのままに錐揉み回転で吹き飛ばされ、そのまま受け身も取れずに地面へと打ち付けられた。
 悪夢のような首絞めから解放されて激しく咳込みながら、それ以上に、切り裂かれた胸が焼けるように痛む。瞼を何とかこじ開けて傷を確認したらんるは、驚愕の声を上げた。

「そ、そんな、アバレスーツが……!!」

 アバレンジャーの証である胸のシンボルマークごと、強化スーツが深々と切り裂かれていた。銃弾をも跳ね返す強靭なダイノファイバーは破壊の衝撃から黒く焼け焦げ、その下から、ダイノガッツを全身に巡らせる神経回路が仕込まれたインナーが露出している。
 メカの構造を知り尽くすらんるに、その事実は身も凍るような絶望感を与えた。これまでの激しい戦いでも、あのアバレキラーと対峙した時でさえ、強化スーツが損傷したことなど一度としてなかったのだ。

《あいつから目を切らすとはずいぶん余裕だな》

「えっ……」

 アバレキラーの冷淡な声にハッとして、らんるの肩が跳ねる。
 アバレスーツを破壊されたショックから、僅か数秒、敵を意識の外に置いてしまった。それは戦いに置いて致命的な空白だ。しかし、咄嗟に向けた視線の先で、キラービーストは急ぐ素振りも見せずに悠然とらんるの元へ近付いてきていた。

「こ、の……きゃあっ!」

 すぐさま立ち上がろうとしたらんるだが、身体に力を込めた瞬間に、深く刻まれた胸の傷からブジュッと音を立てて火花が飛び散る。死を実感するほど首を絞められ弛緩した肉体にも直ぐには力が戻らず、らんるは仰向けのまま地面をのたうった。
 そうしている間にも、キラービーストは一歩ずつ、恐怖を煽るようにゆっくりと近付いてくる。洞窟の中に重厚な足音が反響して、らんるの焦燥を加速させる。
 敵を壊すという本能しか持たないキラービーストは、それ故に、肉体だけでなく心まで標的を打ちのめす残虐性を産みの親からしっかりと受け継いでいた。
 それでも懸命に立ち上がろうと上体を起こしかけたところで、その努力を嘲笑うかのようにキラービーストの巨大な足がアバレイエローの胸を踏み潰した。

「ぁ、いやっ……ぐはああああああぁっ!?」

  胸骨を砕かんばかりの重い一撃に、らんるの口から絶叫が上がる。あまりの痛みに一瞬意識が遠退く。が、次の瞬間、再び胸を襲う激痛によって強○的に覚醒させられた。
 キラービーストは自らの体重を、その凶悪なまでの脚力に乗せて、アバレイエローを何度も、何度も踏みつけた。その度にパッと火花が上がり、らんるの悲痛な声が響く。

「んうぅ!! ぐっ! ああッ! や、めっ……んあぁああぁああ!!」

 踏みつけをやめたかと思えば、次は全ての体重を一点に掛けるかのように、アバレイエローの胸をジリジリと圧迫する。傷ついた胸のマークを踏みにじられる屈辱が痛みを増幅させ、らんるは震えるような長い悲鳴を搾り取られる。
 アバレンジャーの力を以てして、自分の胸に乗る怪物の足を払い除けることさえできない。圧倒的な実力差に、らんるはただ無力さを噛み締めるしかない。その身に宿した殺意の塊のような悪意が、そのまま強さになっているようだった。
 キラービーストの足がようやく離れたかと思うと、そのままの動きでらんるの横腹を蹴り上げる。

「がはっ!? く、ぁ、あぁあ……っ」

 鈍い衝撃が身体を貫く。なす術もなく地面の上を転がっていき、らんるを包む美しい黄色の光沢スーツが土埃にまみれていく。
 それでも、今度は敵から目を離す訳にはいかない。いつまでも続く劣勢から何とか脱しようと、手足で地面を抑え、無理矢理に身体の回転を止める。痛みが追いつく前に渾身の力で立ち上がると、よろけそうになる足で必死に自らを支える。
 その健気な姿に、キラービーストは身体の中央にある赤い棘から光線を放って応えた。バイザーを通してなお目を焼くような激しい光に顔をしかめた時にはもう、らんるの反応限界を遥かに超える赤い凶光が、彼女の胸に撃ち込まれていた。

「きゃあああぁああぁ!?」

 またしても狙い撃ちされた胸から激しい火花と白煙が噴き出し、らんるの華奢な身体はその勢いに押されて堪らず飛び上がった。しかし攻撃はそれだけで終わらず、キラービーストから放たれた高密度の破壊粒子が胸の損傷箇所からアバレスーツの内部を侵食する。

「ぁ、ぐぁ! あぁ! いやああぁあああああぁああ……!!」

 そのまま身体を内側から食い破られるように強化スーツを続け様に爆破され、らんるは悲痛な叫び声を上げた。反動でクルリと回転したあと、重力のまま地面に打ちつけられる。

「はぅ、あ! んっ…… ゃ、あ……!」

 執拗なまでに責め立てられた傷を庇うように、両腕でギュッと胸を抱いて身悶える。焼け焦げた強化スーツから立ち上る異様な臭い。焼けるような胸の痛みは間断なくらんるを苛み、食いしばった歯の隙間から堪えきれないうめき声が漏れ出る。
 そうしている間にも、キラービーストがまた悠然とした動きでこちらへ向かってくる。立たなければ。頭ではそう思っても、痛めつけられた身体は上手く動いてくれない。悪虐に光る敵の眼光。臓腑を震わせるような重い足音。その全てがらんるの戦意を削っていく。

(か、勝て、ない……。こんなの、わたし一人じゃ……)

 これでもかと力の差を見せつけられ、刻み込まれた痛みと畏怖は、蓄積された毒のように精神を蝕んだ。アバレンジャーにとって最も重要な、敵に立ち向かう不屈の心であるダイノガッツまでもが底をつきかけていた。
 迫りくるキラービーストに圧されて、らんるは尻餅をついた体勢のまま後ずさる。その姿に、高みから見物していたアバレキラーが溜息をつく音が聞こえた。

《おいおい、もうギブアップか? 仲間を思う気持ちなんて、しょせんはその程度か》

 失望を帯びた冷淡な声色が、らんるの心を刺す。
 そう、この戦いには仲間の命が懸かっているのだ。そのタイムリミットは刻一刻と迫っている。きっと他の二人もここへ駆け付けると信じているが、それでも残された時間は、一秒たりとも無駄にする訳にはいかなかった。

「ふざけないで……。私はまだ、戦えるんだから……!!」

 皮肉なことにアバレキラーの言葉が、尽きかけていたらんるの闘志を蘇らせた。
 いま自分に出来ることは少しでもあの怪物にダメージを与えることだ。たとえ敵わなかったとしても、このまま傷の一つも与えられずに逃げ回るなど、囚われた仲間たちにそんな姿を見せる訳にはいかない。
 一瞬とはいえ心が折れかけた自らに対する怒りが、らんるのダイノガッツを更に増幅させた。身体の奥底から湧き上がる力がアバレスーツに纏わり、両腕に翼を展開させる。
 アバレンジャーの感情が極限にまで達した時にのみ、その身に宿した爆竜の力を表出するアバレモード。
 研ぎ澄まされた集中力は一時的に身体の痛みを忘れさせ、らんるの瞳はただ敵だけを見据えている。
 土を抉るような踏み込みで地面を蹴り、空中へ舞い上がったアバレイエローは、純白の翼を携え、怪物へと真っ直ぐに飛びかかった。

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ひゅー!!! 2022/11/21 08:48

オルナアタの果実【後編】

 2

 天井から垂れた水滴に肩を叩かれて、さくらはゆっくりと瞼を開けた。うろんな意識が数秒にして覚醒していく。
 狭い根城の中で、依然としてさくらと菜月は向かい合うようにして拘束されていた。床、壁、天井の六方から伸びた幾つもの根が、うねり、ねじり合って二人の手足に絡みついている。やはり脱出は叶わない。
 菜月は頭をガックリと落としたままピクリとも動かなかった。時折苦しげな吐息が漏れることで、気を失っているだけであることは確認できた。

(それにしても……これは、一体……)

 額から伝ってきた汗が目に入りかけて、さくらは思わず顔をしかめる。
 通気性など欠片もないこの根城は蒸し返るような暑さで満ちていたが、たとえここが熱帯の密林であろうと、砂漠の中心であろうと、アクセルスーツを纏っていれば体温は一定に保たれるはずだった。
 しかしさくらは、自分の身体が激しく熱を帯びているのをハッキリと感じていた。頭、胸、そして下腹部の中心から、とめどなく熱さが込み上げてくる。

「はっ…… はぁ…… はっ…… これ、は…… はっ…… ぁ……」

 荒い呼吸がマスクの中でこだまする。エアダクトから吐き出される息が、生暖かく感じられる程の熱を持っている。アクセルスーツに何らかの異常が起きていることは明白だった。
 身体を完全に拘束された状態で、身を護るたった一つの頼りが、得体の知れない症状に侵されている。その現実は、冷静沈着なさくらにも足を焼かれるような焦燥感を与えた。
 これ以上悪化する前に何としても脱出しなくては。せめて片腕。それだけでも自由になれば、植物の蔦などサバイバスターでどうにでも出来るはずだ。
 なんとか右腕の拘束を破ろうと身じろぎした、その瞬間。いつの間にか硬く浮き上がっていた乳房の先端が、アクセルスーツの滑らかな生地と擦れあった。

「んぁっ!? く、ぅ! んんんうぅん……ッ!!」

 たったそれだけの刺激で、さくらの全身がビクリと跳ねた。胸の先端から全身に電撃が走ったかのような、鋭い衝撃。漏れ出そうになる声を、歯を食いしばって必死に抑え込む。

「な、何……が…… 起きて……」

 しかしその衝動を抑え込もうとすればするほど、心臓の鼓動は速く、呼吸はさらに荒くなっていく。身体の至る箇所から汗が噴き出し、大粒の滴が下腹部をするりと滑って内ももを舐めていく。たったそれだけの感触で、さくらの口から吐息に混じって甘い声が漏れた。

「んぁ……っ は、ぁ…… んっ…… はっ…… そん、な……」

 自らの肉体に、性的な快楽が押し寄せている。認めたくなくとも否定しようのない事実だった。
 ――依存性を伴う幻覚作用、あるいは……。
 自らの台詞が脳裡を過る。

(まさか…… オルナアタの、催淫効果……? だとしたら、一体…… いつ……)

 全身の皮膚から絶えず送られてくる刺激に耐えながら、さくらは必死で思考を働かせる。
 この森に足を踏み入れた時から、二人は常に変身した状態だった。ボウケンジャーのマスクはあらゆる毒ガスや化学兵器を遮断する。媚薬の類を吸い込むことはありえない。それは全身をぴっちりと包むアクセルスーツも同じことだった。
 これまで幾度もの困難、死闘を乗り越えてきた装備が媚薬の侵入を許すなど、にわかには考え難い。
 しかし実際、オルナアタの催淫効果は、既に獲物の肉体を完全なまでに支配していた。
 彼女たちの体に絡みつく根は、ニつの種類に分かれていたのだ。動脈と静脈のように、栄養を吸い上げる根と、淫液を送り込む根に。
 さくらの想定を上回っていたのは、その根の『細さ』だった。
 肌よりもきめ細かいアクセルスーツの繊維の隙。それすらも通り抜ける極細の根毛は、アクセルスーツに詰め込まれた様々な基盤や装置を侵食して、その内部を“樹液”で満たしていく。
 本来は緊急時に鎮静・鎮痛作用のある薬品を投与するための機能が裏目に出た。
 肌まで染み込んだオルナアタの樹液によって、さくらの肉体が快楽に見舞われると、心拍数の異常を察知したアクセルスーツが、鎮静剤と入れ替わった“樹液”を更に体内へ送り込むという、最悪の循環が完成したのだ。
 人間一人の理性をいとも容易く崩壊させてしまうという、凶悪な最淫効果を持つオルナアタの蜜を……。

「んあぁっ! く、うううぅ……! ん、ぐ……うっ」

 自らの強化スーツに陵○されていると言って過言ではない状況にありながら、さくらの脳はそこまでの考察を巡らせる余裕を既に失っていた。
 心臓の脈打つ音が頭蓋の中でいやにうるさく響く。
 今にも理性が砕け、叫び出しそうになる程の快感に襲われながら、それでもなお、鍛え上げられた彼女の精神力は辛うじて崩壊を防いでいた。

「はぁっ…… はぁっ……。こ、こんなものに、負けるわけには……」

 荒い呼吸の合間に、さくらは自分に言い聞かせるように呟く。しかし、その声に応えたのはオルナアタの根の方だった。
 最初に感じたのは、冷たさ。火照りきった手足の先が、急速に熱を失っていくような。そしてそれが、手首、腕を伝い、身体の中心へと広がって行くような……。

「あふ、く、ぅ……!? んあ、ぁ、ああああぁあああぁ……!?」

 次の瞬間には、さくらの口から震えるような長い悲鳴が溢れていた。
 胸の中央から指先や足先に向かって、無理やりに力が引き摺り出されていく。脱力感のような緩やかな苦痛。まるで体中の血液が全て流れ出ていくかのような虚無感が全身を襲う。

「こ、これは……! 身体から、力が、吸われて……!」

 味わったことのない感覚に驚愕しながらも、さくらは菜月の様子を伺う。イエローのアクセルスーツに身を包んだ菜月は、未だに頭を項垂れたまま動く気配はない。
 オルナアタは活動している獲物を取り込むことに集中しているようで、催淫効果もエナジーの吸収も、気を失っている菜摘にはまだ及んでいないようだ。
 菜月が目を覚ますまでの間に、何か打開策を見つけなければ――。そんな健気な思いは数秒後、粉々に打ち砕かれることになる。
 さくらはまだ知る由もなかったのだ。オルナアタの真の恐ろしさが牙を剥くのは、これからだということを。

「ひっ!?  んあっ!  ぁ、はぁっ!  くぅうぅぅううぅうっ!?」

 力を吸い取られる鈍い苦しみが、突如としてその形を一変させた。ボウケンピンクに変身し、全身に漲っていたエナジーが全て吸い取られたことで、オルナアタの根はさくらの肉体から無理やり生命力を吸い取り始めたのだ。
 血液が逆流するような得体の知れない感触と同時にさくらを襲ったのは、およそ味わったことのない、死のような快楽だった。

「ん゛ッ!? んお゛おぉッ!? ぐっ、うあ…… ぁ……ッ あ゛あぁああああぁああぁあああ……!!」

 なんとか声を堪らえようとする必死の抵抗を嘲笑うかのように、暴力的な快感がさくらの口をこじ開ける。
 まるで快楽に繋がる神経だけを電撃で責められているかのように、激しい刺激が肌をくまなく跳ね回り、さくらの脳内を白く染め上げていく。

(何、これ……ッ 頭が、おかしく……ッ)

 生命力を吸われたことで生まれた空白を埋めるかのように、オルナアタはさらに多量の淫液を分泌していた。肉体に絡みついた根毛が、アクセルスーツの内側に入り込み、より深くまで浸透していく。

「ふーっ、 ふーっ……、 ん゛ッ…… ぐっ……」

 快感に耐えようと食いしばった歯の隙間から息が吹き漏れる。唇の端からは涎が零れた。
 ジュルジュルとおぞましい音を立てながら、無数の根がさくらから生命力を吸い取り、代わりに淫液を注入していく。

「ん、ぐう、ぅ……ッ! まけ、ない……! ぜった、いに……」

 それでも尚、さくらの理性は必死に抗おうと虚勢を並べる。
 その瞬間、再び聞こえたのは、あの風切り音だった。気を失うまでいたぶり抜かれた、オルナアタによる鞭打ちの刑。何度も聞かされ、そして刻まれた激痛の記憶に、さくらの身体がビクリと強張る。
 その記憶のまま振り下ろされた根が、またも胸に強烈な斬撃を浴びせた。もうズタズタのアクセルスーツからそれでも火花が飛び散る。剥き出しになった神経回路を直接責め立てる一撃。
 しかし次の瞬間、さくらは激しく絶頂していた。

「きゃあぁ!? ぁ、んぁはああぁああぁああああぁぁ……!!」

 美しい声は震えながら長い悲鳴を奏で、洞窟の中を何度も反響した。
 さくらの鍛え上げられた肉体は媚薬に犯し尽され、もはやあらゆる刺激を快楽に変換するだけの装置と化していたのだ。
 ヒュン、ヒュン、と、また二つの風切り音。その瞬間、さくらの精神をギリギリの所で正気に繋ぎ止めていたか細い糸が、ついに断ち切られた。
 肩と太ももに鋭い衝撃。またも鮮やかな火花が飛び散り、そして……。

「ん゛お゛おぉおおおぉ……! だめっ、だめえええぇええぇ……!!」

 絶叫と共に、さくらの股間からブジュッと音を立てて愛液が噴き出した。アクセルスーツの吸水性を持ってしても受け止めきれなかった快楽の蜜が、ボタボタと地面に落ちる。
 絶頂に押し上げられてなお、オルナアタからの淫虐は止まらない。さくらの心が折れたことを悟ったかのように、更に激しくエナジーを吸い始める。

「いやぁあああぁ……! なに、これぇ……! あ、あぁあぁ、体が、勝手にぃ……ッ」

 唯一自由の効く腰が、ヘコヘコと前後に揺れ始める。完全に屈服したことを主張するかのように。捲れ上がったスカートから覗く股間から液体が巻き散らかされる。
 とめどなく注ぎ込まれる暴力的な快感が、さくらの深い理性を嬲り尽くしていく。
 極限まで敏感になった胸が、脇が、内ももが、アクセルスーツと擦れ合うだけで、さくらは激しく仰け反って絶頂した。
 全身から溢れ出した様々な汁が肌とスーツとの間に満ちて、ぐちょぐちょと嫌らしい水音を立てる。

「はっ…… はぁ…… んはっ、ぁ…… ぁんっ…… も、ゃめ…… ん゛あ゛あぁ!? ああ゛あ゛あぁああああぁああああッ!!」

 エナジーの吸収速度には緩急があり、激しく強引に吸い出したかと思えば、次は弱い力でじっくりと責め立てる。獲物をより苦しめ、決して逃さないという悍ましい意志。 

「お゛お゛ぉっ! ぁお゛おおぉ! んぐああぁああ゛あぁああああぁ……!!」

 情など入り込む余地のない、生命力という自然の作用が、冒険者としての経験も、戦士としての矜持も、女性としての羞恥も、全てを喰らい、溶かしていく。

「あ゛あ゛っ! あ゛っ! んああ゛あぁああああぁあ゛ああぁ……!!」

 抵抗どころか思考すらも奪われたさくらは、押し寄せる快楽の波に飲まれ、揉まれ、沈んでいくのだった。


 3


 どこからともなく聞こえてくる荒い息遣いが鼓膜を揺さぶり、脳の中心から少しずつ意識が覚醒していく。長い睫毛を震わせながら、菜月はゆっくりと瞼を開いた。
 視界が酷くぼやけている。何度も瞬きをする内に少しずつ定まってきた焦点は、アクセルスーツを身にまとったまま、細く、無数に枝分かれした植物の根に拘束された、さくらの姿を捉えた。

「さ、くら……さん……? これは……」

 その姿を見てようやく、菜月は自分もまた同じように身体を絡め取られていることに気が付く。

(そうだ…… 私たち、あの植物にやられて……)

 菜月は胴や胸から手足の先までをオルナアタに巻き付かれ、宙に浮かぶような形で四肢を固定されていた。腕を引き抜こうと思い切り力を込めるが、彼女のパワーを持ってしても根はビクともしない。まるで根の一本一本が頑強な鎖のようだ。

 ひとまず脱出を諦め、菜月はさくらの方へ向き直る。いつも冷静な判断で的確な指示をくれるさくらになら、きっとこの窮地を脱するアイデアがあるはずだ。
 しかしそこで、菜月はある事実に気付かされた。
 先程から響いていた、ふーっ、ふーっ、という荒い息遣いは、さくらのものだった。呼吸音に合わせて肩が大きく上下している。まるで激しい運動のあと息を切らしているかのようだ。
 純白のアクセルスーツに包まれた股間に、濃い染みが広がっていた。

「さくらさん、一体……」

 菜月の問いを遮って答えるかのように、ジュルルッ、という何かを吸うような不快な音が響いた。さくらを拘束する根が微かに蠢く。
 その瞬間、さくらの背中がビグン、と大きく仰け反った。

「んお゛っ! ん゛お゛ぉおおおぉっ!! ぐうううぅううあ゛あ゛ああぁぁ……!!」

 理性を失った獣のような叫びがこだまする。
 それは間違いなく、目の前のさくらから発せられている声だった。
 菜月は開いた口を塞ぐことも忘れて、その信じられない光景を見つめていた。全身をジンジンと包む痛みの余韻が、これが夢ではないことを雄弁に告げていた。

「あ゛っ! だめっ! あ゛ぁ゛! イぐ! またイく! い、いぃ、いや゛あぁ! イぐううぅ!!」

 両胸の乳首は激しく勃起し、肌にぴっちりと張り付いたアクセルスーツを押し上げて存在を主張している。同じく光沢を放つ特殊繊維に包まれた股間の割れ目から、滴るほどの液体が滲み出ていた。

「んっ…… う、そ…… さくら、さん……」

 快楽に蹂躙されるさくらの姿を前に呆然としながら、菜月は下腹部が熱を帯びながら収縮するような、味わったことのない感覚に苛まれていた。
 ボウケンジャーの中で最も戦闘経験が豊富で、不測の事態にも冷静に対応する判断力に長け、ミッション中は感情を表に出すことさえほとんどない、およそ完璧な存在。
 菜月にとってさくらとは、そんな憧れの対象だった。
 そのさくらが、圧倒的な快楽になす術もなく嬲られている姿。抵抗すらできずに淫らな声を上げて、その引き締まった肉体を揺らしている――。
 菜月の心臓がドクン、ドクン、と強く脈打ち、熱い息がメットの内側にこもる。
 さくらをこんな風にしてしまった原因を突き止めなければならない。そう思いながらも、今のさくらの姿から目を離すことができない。
 無意識のままに体が動き、菜月は自分の太ももを擦り合わせていた。肌触りの良いアクセルスーツの感触が甘い刺激となって脳まで伝わり、甘い吐息が漏れる。

「そん、な…… ぁ、はぅっ…… さくら、さん…… ぁ、ん……っ きゃっ……」

「あぁああ゛ああぁ! だめっ! だめっ!! だめええぇえええぇ……!!」

 四肢を拘束されたまま、さくらが大きく背を仰け反らせて絶叫する。その身体が何度も激しく痙攣し、またも透明な蜜が股間から撒き散らかされる。どうやら失禁しているようだった。
 これまで想像すらできなかった、さくらの恥態。快楽に完膚なきまで屈服したボウケンピンクの無様な姿。絶え間ないさくらの嬌声を聞きながら、菜月の心が音を立ててヒビ割れていく。

「ん゛イぐ! イ゛く! イ゛く! イくうううぅ!! ん゛あッ! くあああぁああぁ……!」

 あのさくらの綺麗な声で、信じられない台詞が叫ばれている。あまりの倒錯感に目の前がクラクラするのを感じながら、それでも菜月の息遣いは更に荒くなっていた。今までに感じたことの無いような強烈な疼きが、意志とは関係なく身体を操る。

「ゃ、あ…… さくらさん、が…… ぁん、な…… きゃっ…… は、ぅ……」

 弱々しく呟いてぎゅっと瞼を閉じると、大きな瞳から涙が零れた。太ももの動きが少しずつ早まり、昂りも激しくなっていく。
 既に菜月の肉体もオルナアタに支配されつつあった。アクセルスーツの内部に満たされた淫液が体内に吸収され、奥底から押し上げるような熱が全身を包み込む。
 その機を見計っていたかのように、菜月を拘束する根からもエナジーの吸収が始まった。

「んッ!? は、あうううううぅぅ……!?」

 吐息のような甘い喘ぎは一瞬にして悲鳴へと変わった。身体の芯から体液を抜き取られるかのような苦痛が、注ぎ込まれる膨大な淫液によって快感として脳を揺さぶる。
 全身が激しく震え、視界がチカチカと明滅する。菜月はあっさりと絶頂へと押し上げられた。
 さくらの痴態を見せつけられて綻びかけていた理性が、秘裂から溶け出してアクセルスーツに染みとなって広がっていく。

「んくっ!?  あ゛っ!  くはッ!  あ、くぅうぅぅううぅうっ!?」

 いくら叫んでも、身体の主導権が戻る気配はなく、肩が独りでに跳ね上がる。全身に絡みついた根の締め付けが強くなっていくのは、下拵えの済んでいた菜月の全身から凄まじい勢いで力が吸い取られていくせいだ。
 辛うじて目を開けば、霞む視界の先でさくらが尚も蹂躙されている。限界まで背を仰け反らせてビクン、ビクン、と跳ねるボウケンピンクの無様な姿に、菜月の心は絶望に凍っていった。

(ああ、私たち…… 負け、たんだ…… 完全、に……)

 押し寄せる快楽に揉まれながら、微かに残されていた最後の思考さえもが消え失せていく。
 長い時間をかけておおかたのエナジーを吸い尽くしたオルナアタは、しかしまだ、満足することはなかった。
 食事の仕上げはこれからなのだ。
 貪欲な根を体内にまで侵入させ、尽きつつあるエナジーの最後の一滴を味わうために……。
 岩肌から勢いよく飛び出したオルナアタの根が、さくらと菜月の秘所を、アクセルスーツの上から貫いた。

「ふッ!?」

「ん、ぐッ!?」

 受け入れるための液をたっぷり滴らせていたとはいえ、まだ経験のない秘部へと無理やりに突き込まれたその強烈な痛みすら、全てが快楽へと変わって……。

『あ、ぁ…… ああぁああぁああああああああぁぁ……!!』

 股の割れ目から雷のような刺激が全身に駆け抜けて、二人は同時に絶叫した。アクセルスーツ越しに挿入された根はすぐさま吸収を始める。
 ここまで媚薬に犯し尽くされた上で最も敏感な部分を責め立てられ、もはや二人の女戦士に抗う術などなかった。

「ん゛おおぉ! はっ……ん゛ぉ! お゛ッ! はぁっ! くおお゛ぉ……!!」

 挿入されたまま位置を固定した根に対し、さくらは自ら腰を前後に激しく振って、一心不乱に快感を貪る。冷静沈着な普段の面影はそこになかった。
 それは菜月も同じだ。

「あはあぁッ! あ゛っ! んあっ! くあぁああぁあぁ!!」

 まだ自分で弄ったことすらない陰核への刺激が、聞いたことのない音を立てて脳を溶かしていく。初めて味わう種類の快感にも関わらず、菜月もまた身体の赴くままに腰を激しく振り始めた。本能に刻まれた雌の動き。
 さくらも菜月も、ボウケンジャーとしてのプライドは粉々に破壊されていた。
 ただ送り込まれる死のような快楽に溺れ、その代償に生命エナジーを捧げる供物となり下がったのだ。

『うあ゛あぁあああぁあああああぁぁあ……!!』

 全てを吸い尽くされたその瞬間、二人は長い長い絶叫のあと、ついに意識を手放した。根に体重の全てを預けて沈み込む。
 完全に意識を失った獲物を、オルナアタはあっさりと解放した。二人は重力のままに床へと崩れ落ちる。
 たとえ体力が回復して目を覚ましても、さくらと菜月はもう自力でオルナアタから逃れることはできない。微かに身体を動かすだけで簡単に果ててしまうだろう。
 そうして無力化された獲物から、またエナジーを吸い尽くす。息が絶えるまで、延々とそれを繰り返す。それがオルナアタの狩りの全貌であった。

「ぅ、あ…… はッ…… ん、ぁ…… く……ッ」

「きゃ……ぁ…… ん…… は、ぁう……」

 無防備な姿勢を晒して倒れたまま、さくらと菜月は時おり身体を痙攣させた。その度に肌へと刺激が伝わり、官能的な声を漏らす。
 日も落ちかけた洞窟の中に、快楽に完膚なきまで敗北した二人の淫らな声だけが残されるのだった。

 ――信号が途絶えたことで送り込まれた第二班によって、さくらと菜月が救出されたのは翌日になってからのことだ。
 媚薬袋と化したアクセルスーツに一晩に渡って嬲り尽くされた二人は、ボウケンジャーに変身するだけで絶頂してしまう体質となっており、長い療養を余儀なくされた。
 身体を締めつけるような独特な着衣感と、滑らかな生地が肌を擦るあの刺激が、楔のように脳の奥底にまで刻み込まれたのだ。
 強き冒険者と深き冒険者、その二人のエナジーをこれでもかと吸い尽くしたオルナアタの果実は、サージェス財団によって収容されたあと、濃厚な香りを放つ、異様なまでに巨大な実をつけたという――。

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ひゅー!!! 2022/11/21 08:47

オルナアタの果実【前編】

 1

「これが、禁断の……?」

 何キロ歩いただろうか。空を覆うように木が覆い茂る森の中。少し息が上がった間宮菜月の声が、不気味な程の静けさに染みていく。
 ボウケンイエローに変身していてもハッキリと分かる程の強い湿気と、濃い植物の香りが辺りに充満していた。
 菜月の目前には、流れる水が長い時間をかけて地表を削り作られた、石灰洞の入り口が広がっていた。
 まるで獲物が吸い寄せられるのを待ち侘びているかのような、巨大な怪物の口のようだ。そんな負のイメージを抱いてしまうのは、この洞窟の詳細を聞かされた以上は仕方のないことだろう。

「何が仕掛けられているか分かりません。慎重に行きましょう」

 整備もされていない山中を数時間に渡って歩いた後でも、西堀さくらは疲れの一つも見せず、冷静にそう告げた。同じく既にボウケンピンクに変身していたさくらは、枯れ葉と枯れ枝で出来た地面を踏み越えて洞窟へと近付いていく。
 ざわり、と背を撫でる悪寒を跳ね除けるように、菜月もその後ろに続いて歩き出した。

 ――サージェス財団によって『禁足地』と定められたスポットが、世界には幾つか存在する。
 その周辺に近付くための道は全て遮断され、地図やネット上を始めとした様々な資料からもその土地の存在を抹消される。
 もちろんその理由は、現代科学を大きく逸脱した危険な力を持つ秘宝、プレシャスによる被害を防ぐためだ。
 そして今、二人が足を踏み入れているこの森がまさしく、その禁足地の一つであった。
 一見するとなんの変哲もないこの森が禁忌として扱われている理由が、あの洞窟の中に潜んでいる。アクセルラーに表示されるハザードレベルがハッキリとそれを示していた。
 苔に覆われた岩肌に足をかけ、洞窟の入り口に軽々とよじ登ったさくらは、菜月に向かって手を差し出す。

「さあイエロー、足元に気を付けて」

「うん。よいしょっ……と」

 その腕をしっかりと掴んで、菜月もまた岩肌を一息に登り切った。膝についた汚れを手で払って、首をひょこりと傾ける。

「へへ。ありがと、さくらさん」

「イエロー、今はミッション中です。呼ぶ時はコードネームで」

 今日だけでも何度口にしたか分からない台詞で諌めながら、実際のところ、菜月のこの口調を直すことは無理だろうと諦めてもいた。
 命を懸けたミッションの最中であっても、緊張感とはおよそ縁遠い口調、振る舞いを貫く菜月に、さくらは当初、困惑したものだ。単なる子供……とも違う、何か不思議な生物と接しているかのような感覚。
 しかしその天然ボケとも言える彼女の性格は、厳格な教えの元で育てられたさくらとは対象的な、柔軟な発想と広い視野を持っていた。
 この任務には二人で臨むのが好ましいとボイスに告げられた時、相方に菜月を指名したのはそんな理由からだった。危険なミッションに挑むのならば、バディはなるべく自分とは正反対な人間が好ましい。それは以前の自分なら有り得ない考え方で、ボウケンジャーとして個性の強い仲間と様々な危険を潜り抜ける中、自然と色を変えていった価値観でもあった。
 そんなさくらの気を知ってか知らずか、菜月はマスクの額に備えられたライトを点けて、洞窟の中を覗き込む。

「あれえ。近くで見ると、案外ふつーの洞窟だね」

「油断は禁物です。ここからがミッションの本番ですから」

 そう言いながら、さくらも菜月と同じような感想を抱いていた。長らく森を歩いてようやくこの洞窟が見えた時は底知れぬ不気味さを感じたものだが、中を覗いてしまえば、洞窟自体は何ら特色のないものだった。
 四方を覆う滑らかな岩肌には苔が自生し、時々、岩の隙間から水滴が落ちる美しい音が反響する。深さはそれほどなく、入り口から差し込む陽の光によって内部を見渡すことは容易だ。洞窟というよりは、洞穴と呼ぶ方が正しいかも知れない。

 唯一の異変は、穴の一番奥の壁。その下方に、淡い紫色の光が浮かんでいることだった。
 顔を見合わせたあと、二人は頷いて、ゆっくりと洞穴へ足を踏み込んだ。苔むした岩による急な傾斜という悪路も、高機能なブーツによって滑ることなく軽やかに下っていく。
 紫色の光の元まで辿り着いたさくらは、アクセルラーを取り出して、そこに表示された情報を冷静な声色で読み上げた。

「ハザードレベル130、プレシャスです」

「うっわ……。なんていうか、思ってたよかグロテスク……」

 光の正体は、植物だった。
 地底から栄養を吸い上げるかのように、岩の隙間に幾筋もの太い根を張っている。
 紫色に発光しているのは、中央の房のような箇所にいくつも実った、不気味な果実だった。外見の特徴は事前報告と完全に一致している。こんな植物は、世に二つとないだろう。
 プレシャス『オルナアタの果実』。
 古代の文献や壁画に僅かな記録が残されているばかりの、空想の産物、もしくは遥か昔に絶滅したとされていた、植物兵器だった。

「イエロー、あまり不用意に顔を近付けないように。本来それは、人が手を触れてはならない禁断の果実です」

「うん。でも不思議だね。これを食べようと思う人が居るなんて」

「人の食への探究心は測り知れませんから。それに、私達がこれだけ近付いてオルナアタの影響を受けていないのは、アクセルスーツのマスクが空気中の成分を無効化しているからです」

「ってことは、ここで変身を解除しちゃったら……」

 菜月の問いに、さくらは首を横に振って答えた。
 この森にプレシャスが存在することは、かなり以前から判明していたらしい。古くからこの地に住む者たちの間でも、決して近付いてはいけない森として長らく口伝されていたのだ。
 オルナアタを現代の括りで分類するならば、麻薬、ということになるだろう。
 その実から放たれる豊潤な匂いは、半径十キロ内に居る人間の自我を失わせるとまで言われる。オルナアタに惹きつけられた者は一心不乱に匂いの元まで駆け寄っていき、そして、二度と戻らない。
 破滅に誘われた者がどのような末路を迎えるのか、その記録はどこにも残されていなかった。
 サージェス財団が森の隔離にまで踏み切りながら、プレシャスの確保に手を拱いていた最大の理由がそれだった。
 ロボットやドローンを用いてオルナアタを採取しようにも、まずはその強力な誘惑への対策を完成させなければ、悪戯に被害を拡大する可能性が極めて高い。オルナアタを中心に危険エリアを丸ごと立ち入り禁止とし、絶対に人を近付けない。長らくの間、それが最善手だったのだ。
 そこへ、あらゆる化学兵器、生物兵器を遮断するアクセルスーツの開発、ひいてはボウケンジャーの目覚ましい活躍により、ようやくこの森への調査にゴーサインが降りたのだった。

「とにかく、長居は無用です。早く済ませてしまいましょう」

 さくらはその場に片膝を付くと、オルナアタの実へと手を伸ばした。採取用のピンセット越しでも分かる柔らかな感触。それをゆっくり引き抜くと、何の抵抗もなく実は房から離れた。もがれた果実は、それでもなお紫色の光を放っている。果汁そのものに蛍光成分があるようだ。
 空気を完全に遮断する収容ポッドを菜月が差し出す。それを受け取ったさくらは、ピンセットごと素早く果実を収容して立ち上がった。

「よしっ。山登りは大変だったけど、無事に終わって良かったね」

「任務はサンプルの回収です。これを持ち帰るまで、気を抜かないでください」

 とはいえ、未知の植物が人間にとって脅威になるだけとは限らない。医療を大きく発展させる鍵となる可能性も有り得るのだ。収容、活用、破壊。どういった措置を下すか判断するためにも、まずはプレシャスの一部をサンプルとして回収することがサージェス財団からの指令だった。
 二人での任務になった理由は、オルナアタのような広域への影響が予想されるプレシャスの確保に、最大人数で挑むことはリスクが大きいと判断されたからだ。

「でも、そこまで人を狂わせちゃう効果って一体何なんだろ」

 ビンの中に収まった紫色の実を観察しながら、菜月がポツリと呟く。単に正気を失うほど美味しい果実……というだけなら平和な話だが、プレシャスがそう甘い代物でないことは二人とも良く知っている。

「さあ、そこまでは。文献を読む限りでは、依存性を伴う強い幻覚作用、あるいは媚薬のような効能か……」

「ビヤク……って、なあに?」

 あどけない菜月の質問に、歩き出していたさくらの足がピタリと止まる。

「それは……」

 どう答えたものか、言葉に詰まって生まれた沈黙に背を押されるように、さくらは再び歩き出しながら答えた。

「……生き物を、興奮させる作用を持つ、薬のことです」

 珍しく大雑把なさくらの回答に、菜月は人差し指を顎に当てて何か考えているようだったが、早歩き気味にさくらが離れていくのを見て慌てて後をついていく。

「なんか良く分かんないけど……さくらさんには全然効かなさそうだね、そーいうの」

「へ、変なこと言ってないで、早くここを出ましょうっ」

 顔の辺りが熱くなるのを感じて、さくらは今が任務中であることを自分に言い聞かせる。ついでに話題も変えようと、少し早口に言葉を継ぎ足した。

「この森は元々、人の手が入らない未開の地ですから。ターゲット以外にも、どんな危険生物が潜んでいるか分かりません」

 その台詞を受けて、今度は菜月の足が止まった。何かに気付いたかのように洞穴の中を見渡しながら、普段の調子と打って変わった訝しげな声で尋ねる。

「……ねえ、さくらさん。そういえばこの森に入ってから、虫って見かけた?」

「え?」

 意表を突くようなその質問に、またもさくらは返答に詰まった。
 道中は険しい山岳を踏破することやトラップの可能性、敵対勢力の動向に思考のリソースが割かれていて、そんな事にまで考えが回っていなかった。しかし言われてみれば確かに、この道中で一度もその存在に顔をしかめた記憶がない。虫が大の苦手なさくらだからこそ、確信を持ってその問いに答えることができた。

「見て、いません。いや、それどころか、鳥の声すら……」

 重たい風が吹いて、木々のざわめく音が洞窟の中にまで反響した。これだけ大きな手つかずの自然の中に、野生動物が全く存在しないことなどあり得るだろうか。
 木々とは生物の食料となり、住処となり、酸素となる。そしてその肥沃な土地で育った命の果てを、木々が吸い取っていく。それが自然のサイクルのはずだ。
 もしここに一切の動物が居ないのだとしたら。この広大な森の生命の循環図が、ガラリと書き換えられることになる。辺り一面に覆い茂る植物たちが、食物連鎖の頂点に君臨しているかのような……。
 さくらの背に冷たい予感が走ると同時に、その視界の端で何かが動いた。

「ッ……!!」

 瞬間、横薙ぎに飛んできた鞭のような“攻撃”を、さくらはギリギリのところで回避した。菜月の気付きがなければ、背後から直撃を浴びていただろう。
 直ぐさま姿勢を立て直して攻撃の正体を確認する。

「うそっ!?」

 菜月の悲鳴にも似た声。無理もない。さくらも目の前の光景に思わず舌をもがれる。
 岩肌の隙間から伸びた無数の根が、まるで触手のように滑らかに蠢き、二人を取り囲んでいた。目などあるはずもない植物だが、何らかの手段によって周囲の状況を把握しているようで、根の先端はブレることなく二人の方へと向いている。
 統率の取れたおぞましい光景だった。一つの意思によって全ての根が制御されているのならば、これはまるで巨大な怪物だ。

「退避を! 急いで!!」

 勢いよく叫んで、さくらは菜月の手を引いて洞穴の出口へ走り出す。もしも根が足元からも伸びてくることがあれば厄介だが、見たところその様子はない。全速力で走れば数秒で外へ出られる。外でも襲われることがあれば応戦するしかないだろう。それでも、この暗く狭い穴ぐらで戦うよりは幾分か有利なはずだ。
 緊急事態において凄まじい速度で回る思考を、光が止めた。紫色の光。二人の背後から放たれた強い輝きが、閃光となって眩く弾ける。
 次の瞬間には、さくらと菜月の身体を電流が貫いていた。

『きゃああああぁあああぁぁ!?』

 アクセルスーツから無数の火花が飛び散り、悲鳴が重なる。収容ポッドがさくらの手から滑り落ち、甲高い音を立てながら転がった。
 強力な電撃によって二人の全身の筋肉は硬直し、弓なりに背が仰反り、踵が浮き上がって爪先立ちになる。壁中に張り巡らされた根から放たれた幾筋もの光が、狙い澄ましたかのように“獲物”へと照射されていた。

(ありえない……! 植物に、こんな力が……!)

 人智を超えたプレシャスの脅威を全身で味わいながら、さくらは鉄のように固まった腕を何とか動かし、腰に下げた武器を抜こうと試みる。しかし指先がサバイバスターへと触れた瞬間、ビュン、という鋭い風切り音が響いた。同時に、胸に切り裂かれるような痛みが走る。

「んあぁああッ!」

 パッと白い火花が飛び、ダメージを浴びた胸を強調するように仰け反ってしまう。先程避けた鞭のような攻撃だった。強靭な長い根を大きくしならせた一振りは、目に見えないほど速く、剣のような切れ味を持つ。
 唐突に電撃が止み、弛緩した肉体がぐらりと崩れそうになるのを、鞭の応酬が襲った。

「きゃあっ! あっ!? はぅん!」

 衝撃に揺れる二人の身体を火花が照らし出した。背中、肩、胸……。前後左右から飛んでくる斬撃がアクセルスーツを切り刻む。

「ぁくっ、サバイバスター!」

 ベルトに下げた武器を引き抜くと同時に、菜月は三発の弾丸を間断なく発射した。
 狙いは完璧だった。しかしオルナアタの強靭な根は、零点下の速さでその身を収縮させると、反動の膨張によって弾丸をいとも容易く跳ね飛ばしてみせた。
 打ち返された弾丸が真っ直ぐに菜月へと向かい、防御すら間に合わない彼女の無防備な胸へ、続け様に炸裂する。

「そんな!? うわああああぁああぁぁ……!?」

 身体が浮き上がるほどの衝撃を浴びながら、四方からの更なる追撃が、倒れることすら許さない。
 前のめりに崩れかければ前方から、後ろへ仰反れば後方から、絶え間のない猛攻に晒される菜月は、まるで踊っているかのように斬られ続ける。

「あんっ! きゃっ! ぃやあぁあ!!」

 痛みと衝撃だけの世界に囚われ、その手からサバイバスターが零れ落ちる。反撃の余地すら与えられないまま、アクセルスーツが何度も、何度も火花を散らせた。

「はッ! サバイブレード!!」

 さくらは何とか手にしたサバイバスターを剣形態のサバイブレードへと変形させ、根の一つを斬り落とした。植物とは思えない重厚な手応えは、まるで筋肉の塊を切断したかのようだ。
 しかし多勢に無勢は変わらない。死角の足元から飛んできた斬撃が、左の太ももに命中する。

「くぁ! しまっ……」

 一瞬の怯みは致命的な隙だった。
 前方から大きくしなった根が勢いをつけて振り下ろされる。防御も回避も、間に合わな……。

「ぁ、ぁああああぁ……!?」

 思考ごと切り裂かれ、悲痛な叫び声に爆発音が重なった。アクセルスーツから立ち上った白煙を裂いて、さらに追撃が襲いくる。

「この…… あッ!?」

 それを迎撃しようと振り上げたサバイブレードを、狙い澄ましたかのように根が叩き払った。手から離れたサバイブレードが壁にぶつかり重い音を立てる。そこからはまるでスローモーションだった。脇を見せつけるように片腕を上げたさくらの身体を、前と後ろから二つの根が、挟み込むようにざっくりと斬り裂き……。

「きゃああぁああああああぁぁ……!」

 先程よりも更に大きな爆発。胸と背中から体重の火花が噴き出し、さくらの身体を覆い隠すほどの煙を巻き起こす。
 そこでようやく斬撃の嵐が止まった。猛攻から解放された二人だったが、ダメージの処理が追い付かないアクセルスーツからは遅れて何度も火花が飛び散り、その衝撃に揺さぶられるようにしながらガックリと崩れ落ちた。

「ぁ、あぁ…… ん、ぁ……」

「きゃっ…… ぁ、う…… ん……ッ」

 何とか立ち上がろうと腕で上体を起こすが、全身を斬り刻まれた痛みの余韻に力を奪われ、二人は硬い岩肌の上で悶え苦しむ。
 立て続けに大ダメージを浴びせられたアクセルスーツは黒く焼け焦げ、純白の布地を汚していた。

 倒れ伏した二人の姿を、上空から無数の根が舐め回すように観察していた。獲物の動きが充分に弱まったのを確認すると、未だ立ち上がることの出来ない二人の腕に、太い根が絡みついた。

「あっ!? な、何を……」

「きゃっ、やっ! 離し……ッ」

 二人の身体が持ち上がると同時に両足までが拘束され、完全に身動きが取れなくなる。それまでは独立して動いていた幾つもの根が、完璧な統率の下に二人の身体に巻き付いていく。
 為す術もなく宙に囚われた二人は、そのまま互いを見つめ合う形で壁の両端で磔となった。まるでオルナアタと一体になったようだ。
 抜け出そうと必死にもがくが、根は軋みを上げることすらなく、二人の自由を完全に削いだ。菜月の人間離れした怪力を持ってして、ビクともしない頑丈さ。
 さくらはマスクの奥で下唇を噛み締めた。
 ――迂闊だった。ここは根城で、そして、あの果実は『餌』だったのだ。
 自我を失わせる程の強烈な誘惑によって様々な生物をこの巣まで引き込み、捕食するための。恐らくこの森において、オルナアタこそが生態系の頂点に君臨する生物。
 禁足地に指定され人や獣が外から立ち入ることのなくなった今、虫や鳥を捕食して命を繋いでいた空腹の覇者に、大型の獲物が二体、ようやく舞い込んだということになる。

「く、ぅ……! こんな拘束、すぐに……!」

 諦めず抵抗を続ける菜月を嘲笑うかのように、またオルナアタから紫色の光が放たれた。マスクをしていても目が眩むような強い閃光。先程浴びたその攻撃の恐怖が蘇るよりも早く、菜月の身体を電撃が貫いた。

「うああぁあああああぁああああぁ……!!」 

「ッ、菜月!!」

 全身を駆け巡る痺れ。熱。痛み。根から直接叩き込まれる電撃の威力は、先程とは比べ物にならないダメージを菜月に与えた。
 絶叫を上げながら激しく身をよじらせる菜月の姿を、ただ見ていることしか出来ないさくらは、思わず彼女の名を叫ぶ。

 限界を迎えたアクセルスーツが、パァン、と乾いた音を立てて小爆発を起こす。許容量を超えた痛みが皮膚を破って飛び出すかのように、至るところから火花が噴き上がる。

「あぁ! んあっ! きゃあぁ!」

 動かすことのできる上体を必死によじらせて痛みを和らげようとするが、意にも介さず電撃は菜月の意識を蝕んでいく。

「あァ! くああぁああああああああぁぁ!!」

 背を仰反らせた長い悲鳴のあと、限界を主張するかのように、胸のシンボルマークから断続的に火花が爆ぜた。胸を突き出したポーズのまま数秒固まって、その後、糸が切れたかのように身体が沈む。

「ん、ぁ…… は、ぅ…… くッ…… ん……」

 それでもなお流れ続ける電流が、菜月の肉体をビクビクと痙攣させた。獲物の意識が尽きたのを確認したのか、唐突に紫色の光は収まり、電撃も止まる。その途端に菜月の身体から大量の煙が立ち上った。内側から痛めつけられたアクセルスーツは黒く煤けて、爆発により破れた箇所からは内部回路が露出していた。

「菜、月ッ! ぐあッ! ぁ、はうぅ!」

 菜月が電撃によって気絶する姿を眼前で見せつけられながら、さくらもまた苦悶の声を上げていた。 
 岩肌から伸びた何本もの細い根が、間を置かずにさくらの身体を切り刻んでいく。手足を完全に拘束されている状態では、その攻撃から逃れる術は何もなかった。執拗なまでの斬撃によって、アクセルスーツは無惨にも切り裂かれていく。

「ん、は……ッ! きゃうっ! ぃやあッ!」

 微かに動かせる胸と腰は、ダメージの大きさを主張するかのように悶えるだけだ。ズタボロにされたアクセルスーツは最早防御力を失い、ただ肌を切り裂かれるような鮮烈な痛みだけが脳へと送られてくる。
 マスクの奥でさくらの端正な顔が絶望に歪む。いつ終わるとも知れない責め苦に、菜月と同じく、その身体が痙攣を始めた。

「きゃあぁ! は、あぅん! ぁ、くぁ……! あ、ぅ……っ」

 悲鳴さえも次第に勢いを失っていく。気を失う訳にはいかなかった。しかし抵抗すら出来ずに全身をなます斬りにされる地獄の苦しみは、さくらの気力を文字通り削ぎ落としていく。

「ぐ、ぁ…… こん、な…… ぁ、んっ…… こ、んな…… ぁ……」

 視界が歪み、霞んでいく。全身から力が抜けて、思考すらままならない。派手に飛び散る火花がまるで血飛沫のようだ。生々しい死の実感が背中をゾクゾクと伝っていく。
 これまでも危険と隣合わせの任務をいくつもこなし、数多ものトラップを看破し、死線も何度か超えてきた。しかし彼女たちはついに地雷を踏んでしまったのだ。
 ――決して人が手を触れてはならない、禁断の果実。
 脳裡によぎる自らの台詞を聞きながら、さくらの意識は深い闇の中へと沈んでいった。

「は、ぁ…… んっ…… あ、ぅ……」

「きゃ……っ ぁ、ん…… やっ……」

 根城に静けさが戻った。聞こえてくるのは木々のざわめきと、徹底的に痛めつけられた二人の冒険者の、微かな苦悶の声。
 しかしオルナアタは、まだ恐ろしさの片鱗しか見せてはいなかった。さくらと菜月が禁断の果実たる所以を本当の意味で理解“させられる”のは、これからのことだったのだ。

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ひゅー!!! 2022/11/21 08:28

搦めとられた翼

 荒々しい岩肌が突き出した採石場の跡地を、その背景とは対象的なまでに鮮やかな桃色のシルエットが駆けていた。
 ホウオウレンジャー、“天風星”リン。
 世界を暗黒に染めようと目論むゴーマ族から平和を守るため戦う、ダイレンジャーの一員にして唯一の女性戦士だった。

(気力はこの辺りから感じるわ。奴らより先に見つけないと……)

 すでに転身を済ませ、ホウオウレンジャーの姿となっていたリンは、ダイレンスーツに包まれた全身の感覚を研ぎ澄ましながら辺りを見回す。ダイレンジャーの中でも最も気力の扱いに長けているリンは、他のメンバーよりもいち早く標的の元まで辿り着こうとしていた。
 五星戦隊の新たな戦士、キバレンジャーへの変身が可能になるアイテム『白虎真剣』。その存在が明かされたのは突然のことだった。
 これまでもたった五人で幾度となくゴーマ族を退けてきたダイレンジャーに更なる戦力が加わることは、戦いのパワーバランスが一層大きく傾くことを意味する。
 ダイレンジャー達は新たな仲間を増やすために。ゴーマ族は何としてもキバレンジャーの誕生を阻止するために。相反する目的を抱えたまま、正義と悪は同じ標的を求めて奔走する。
 しかしこの日、運命は悪に味方した。

「遅かったわね、ホウオウレンジャー」

 上空から降ってきたのは鈴の音のような澄んだ声。反射的に崖の上へ向き直ったホウオウレンジャーの目に映ったのは、艶やかな黒髪を風に漂わせ、巫女の装束に身を包んだ女性の姿だった。

「イヤリング官女! それは……!?」

 その名を叫んだあと、ホウオウレンジャーはすぐに敵の左手に握られている物の存在を認めた。白い虎の意匠が施された短剣が、陽の光を返して眩しく輝いている。まさしくダイレンジャーとゴーマが血眼で探し求めていた、白虎真剣そのものだった。

「ほっほっほ、スピード自慢という割には、随分とノロマなことね。ご覧の通り、お探しの物はわらわの手の中よ」

 美しい顔に邪悪な笑みを浮かべて、イヤリング官女は見せつけるように白虎真剣を掲げる。その左手の周囲が、空間ごとグニャリと歪んだ。その部分だけ光の屈折率が変わったかのように、空気が揺らめき、捻れ始めると、リンに反応させる間も与えぬまま、その渦の中へと白虎真剣は消滅していく。
 時間にして一秒にも満たない内に空間の歪みが元に戻ると、イヤリング官女の白い指は、もう何も握ってはいなかった。

「あッ! 白虎真剣をどこへやったの!?」

「あなたが知る必要はないわ。もはや白虎真剣は我らゴーマのもの。もっと有効な使い方をさせてもらうまで……」

 問いに答えながら、イヤリング官女は崖から大きく跳躍した。鮮やかな宙返りと共に地面へ落下してゆく間に、その端麗な姿はみるみる形を変え、着地を決めた時には恐ろしい怪人の姿にまで変貌していた。
 艶やかな黒髪という特徴はそのままに、肌は青白く染まり、巨大に膨らんだ耳に、名の由来であるイヤリングが輝く。大きな口から覗いた緑の眼球が、獲物であるホウオウレンジャーをしかと捉えていた。

「次はお前の首も、阿古丸様へ捧げてあげるわ!」

「やれるもんなら、やってみなさい!」

 相対するホウオウレンジャーもまた、威勢のいい叫びと共にダイレンロッドを構えた。全身に漲った気力がロッドにも伝わっていき、そのしなやかな肉体と一体になっていく。静かで隙のない、美しい気力の流れ。
 目の前の邪悪を退け、白虎真剣を取り戻す。目的が定まったリンの瞳もまた、真っ直ぐに敵だけを見据える。
 互いが構えを取ったまま、風の音だけが鳴る時間が続いた。
 その静寂を破り、最初に仕掛けたのはホウオウレンジャーだった。地面を蹴って高く跳び上がった彼女は、自らの身長を優に超える長さを誇るダイレンロッドを振り下ろした。
 円形の刃が地面を抉り、砕かれた石が辺りに飛び散る。寸前で真横に身を躱していたイヤリング官女は妖力による反撃を試みる。攻撃を空振ったホウオウレンジャーの姿勢が整うまでの僅かな隙を狙った、的確なカウンター。
 その狙いを貫くように、ホウオウレンジャーの鋭い蹴りが炸裂した。地面に突き立てたロッドを軸に、振り下ろした勢いを遠心力に変えて回し蹴りを繰り出したのだ。

「ぐうッ……!」

「まだ終わりじゃないわよ!」

 胴を思い切り蹴り抜かれたイヤリング官女が後退ったのを追うように、桃色のグローブに包まれた拳が、ブーツに包まれた踵が、目にも留まらぬ連撃となって悪を打ち抜く。小柄でパワーには欠けるホウオウレンジャーだが、それを補って余りあるスピードは凄まじい威力を産み出す。
 顔への蹴りがヒットし、後ろへ思い切り吹き飛んだイヤリング官女に、ホウオウレンジャーは再び渾身の力でロッドを薙いだ。完璧なタイミング……そう自讃したのは誤りではない。
 しかし後ろへ倒れかけたイヤリング官女は、その勢いのまま上体を思い切り反らせて、ロッドを鼻先で回避した。宙返りのように二度、三度と跳んで大きく距離を取る。
 これだけ痛打を浴びせたというのに、イヤリング官女の身体には傷の一つもなく、ダメージが通った様子も見られない。やはり阿古丸直属の怪人というだけあって、これまでの敵と同じようにはいかないらしい。ダイレンロッドを握る指先に力が入る。

「ほっほっほっ、少しは抵抗してくれないと、遊び甲斐がないというものよ」

 言葉とは裏腹な怒気を孕ませながら、イヤリング官女は右手に鈍く光る短剣を出現させた。ダイレンロッドのリーチの長さとは比較にならない武器に、ホウオウレンジャーは思わず失笑する。

「あら、そんな武器で私と戦おうっていうの?」

 それにイヤリング官女は攻撃で応じた。
 足先が十数センチほど地面から浮き上がり、剣を構えたまま宙をスライドするかのようにホウオウレンジャーへと向かっていく。
 敵の太刀筋を読み、それを弾くように振るったダイレンロッドを、短剣はスルリと抜けた。どこからがフェイントだったのかすら分からない無駄のない動き。

「え……っ」

 短く漏れた驚きの声と同じタイミングで、銀色の刃がホウオウレンジャーの胸を切り裂く。

「きゃああぁ!!」

 短い悲鳴。それと共に、ダイファイバーを用いて造られた強靭な戦闘スーツから、そのダメージを表すかのようにパッと火花が上がる。
 懐に潜り込まれてしまえばリーチの長さは関係ない。怯んだホウオウレンジャーは、イヤリング官女が次々と振るう剣先を避けることも出来ないまま、肩に、太ももに、もう一度胸にと、その斬撃の嵐を浴び続けた。

「ああぁ! うあッ! く、うぅん!」

「ほらほら、どうしたの? 自慢のロッドはただの飾りかしら!?」

 薙ぎ払うような剣捌きに数歩ほど後ろへ圧されたホウオウレンジャーとの距離を、イヤリング官女は剣を振り上げながら一瞬にして詰める。
 咄嗟に盾として差し出したダイレンロッドも間に合わず、ホウオウレンジャーの胸に刃が押し当てられた。柔らかな二つの膨らみが、硬く冷たい金属に押し潰される感触に、ホウオウレンジャーがびくりと反応した瞬間。敵は吐き捨てるような冷笑と共に、その刃を引いた。

「……雑魚め」

「きゃああぁああああぁ!!」

 噴き出す火花の勢いに押し飛ばされるかのように、ホウオウレンジャーはくるりと回転して地面に倒れ込んだ。吐息のような苦悶と共に、斬り裂かれた胸をギュッと抱きしめる。
 肌を切り裂かれたと錯覚するような鋭い痛みが敵への意識を逸らさせた。二秒にも満たない警戒の空白は、イヤリング官女が距離を詰めるには充分すぎる時間だ。

「こら、誰が寝ていいと言ったの?」

 頭上から降ってきた声にハッと顔を上げたホウオウレンジャーの首を、イヤリング官女の細い指が掴み上げた。

「ぐぁ!? ぁ、ぐ、うぅ……ッ!」

 イヤリング官女の腕が上がっていくのに連れて、そのままホウオウレンジャーの上体も持ち上がっていく。血に染まったような真紅の指先が、首を覆う白い生地へと食い込んで気道を圧迫する。何とか指を引き剥がそうと試みるが、イヤリング官女はまるで意に介さずにホウオウレンジャーの首を更に締め上げた。

「は、離し、なさ…… くあぁああ……!」

 足先が地面から離れた瞬間、ホウオウレンジャーの苦悶は一際大きさを増した。浮いた右足で必死にイヤリング官女を蹴るが、苦し紛れの抵抗は何の意味も成さない。
 強靭なダイレンスーツを容易く貫通してくるその圧力は、今相対している敵が自分たち人間とは全く異なる種であることをまざまざと伝えていた。
 酸素を遮断され、視界がぼやけると同時に、中心から白い光が広がっていく。目に映っているのではなく、脳の奥から漏れてくるような光。続いて身体が重力から解き放たれ、ふわりと浮き上がるような快感がリンを包んだ。

「うァ…… か、はっ…… んっ…… あぁ、ん…… ぁあぁああ……」

(まずいわ……。落とされる……。で、も……)

 死へと誘う快楽が焦燥までもを飲み込んでいく。力を失い開かれた指からダイレンロッドが滑り落ち、カラン、と高い音を立てた。マスクの奥で苦痛と快感に歪むリンの瞼から涙が溢れ、少しずつ閉じていく。意識を失うまであと数秒。
 その時、イヤリング官女はホウオウレンジャーを思い切り投げ飛ばした。その細い腕からは考えられない膂力が、ホウオウレンジャーを数メートルは遠くの地点に叩きつける。

「うああぁあ!! くっ……げほ、けほっ……」

 目まぐるしく転回する視点と、背中から地面に墜落した痛み。突如として気道が開かれ、こみ上げてくる咳と唾液。それらに一帯となって責め立てられながら、それでもホウオウレンジャーはすぐに立ち上がった。
 イヤリング官女は近付いてくることなく、間合いを保ったまま愉しそうに笑う。

「ほっほっほっ、ダイレンジャーには地獄の苦しみを与えろというのが阿古丸様からのご命令。気持ち良さそうに喘ぎながら死なれたんじゃ、命令を果たしたとは言えないわね」

「なっ!? 気持ち良くなんかないわよ!」

 辱めを反射的に否定し、リンは下唇を噛む。
 怒りのまま向かってどうにかなる相手でないことは、首や背にジワジワと広がる嫌な痛みが告げていた。悔しいが、近接戦闘では敵の方が上手のようだ。
 しかしホウオウレンジャーはまだ、自身を戦士たらしめる能力を使ってはいない。離れた敵へ精神を集中させると、身体の中心に火が点き、その熱が血管を通して全身に駆け巡るように、筋肉や神経に力が澄み渡っていく。気力こそがダイレンジャーの最大の武器だった。

「口だか目玉だか分からないけど、すぐに黙らせてやるわ! はあっ!」

 叫びと共にホウオウレンジャーの両腕から放たれた気功は、空気を自在に圧縮、膨張させて風を操作する自慢の技だった。大岩をも軽く吹き飛ばす威力の透明な砲弾が、イヤリング官女へと真っ直ぐに飛んでいく。

「……幼稚な技だこと」

 だが、遠距離からの攻撃を目論んでいたのは敵も同じだった。その瞬間、イヤリング官女の両胸に垂れた黒髪が独りでに動き出し、ミサイルのような勢いで急伸した。そのまま黒髪は目に見えない気功の技をあっさりと貫き、突然のことに反応もできないホウオウレンジャーの身体を、ぐるりと絡め取る。

「えっ!? な、ぁ、これは!?」

「さあ、地獄の苦しみの始まりよ。わらわの黒髪地獄、とくと味わいなさい」

 イヤリング官女の美しい笑い声と共に、ホウオウレンジャーが空へと浮き上がった。しかし彼女を羽ばたかせたのは自らの翼ではなく、身体に巻き付いた触手のような黒髪だ。
 まるでその一本一本が意思を持っているかのように蠢き、肌よりも敏感なダイレンスーツの表面を撫で回す。不快感に上擦った声を漏らしながら、ホウオウレンジャーは何とか拘束を解こうと黒髪を掴んだ。
 しかし艶やかな髪の束は、そのフワフワとした柔らかな感触とは裏腹に、まるで束になった鋼鉄のワイヤーのように強靭で引き千切ることすら叶わない。

「く、ううぅ! こん、な……! あぐっ!」

 ギチギチと軋むような音を立てながら、黒髪はホウオウレンジャーの華奢な身体を激しく締め上げる。ダイレンスーツを装着していても、内蔵を搾られているかのような圧迫感だった。もしも変身していなかったら、既に身体を引き千切られていただろう。
 かつて紐男爵にも同じような責めを受けたことがあったが、その苦しみは比較にならない大きさだった。

(私を締め殺そうったって、そうはいかないんだから!)

 しかし、ホウオウレンジャーがこの程度で諦めることはない。
 確かに強力な拘束ではあるが、五人の中でも最も強いホウオウレンジャーの気力を集中して放てば、脱出の目は必ずあるはずだ。
 身体を締めつけられる苦しみの中でも、鍛え上げられたホウオウレンジャーの精神はすぐに集中し、気力を練り上げ始める。

「おほほ、お馬鹿な娘ね」

 しかしその目論見が成るのを、敵が黙って見ていることはなかった。
 イヤリング官女が両腕を顔の前でクロスさせると、その交点に赤い光の筋が走る。それが凝縮された妖力であることを悟ったホウオウレンジャーの背に冷たいものが走った。
 身体に巻き付いたこの黒髪が、電線のようにあの妖力をここまで運んできたら……。その想像は間を置かずに現実となった。
 放たれた赤熱を帯びた雷光が、艶やかな黒髪を伝い駆けってくる。拘束された身体は防御すら許されず、ホウオウレンジャーはただ、その凶光に無防備なまま晒された。

「うあああぁあああああぁあああぁ!?」

 悲痛な叫び声と同時に、胸から勢いよく火花が噴き上がる。胴を黒髪に巻かれながら、ホウオウレンジャーの背は限界まで仰反った。
 肌が跳ねるような衝撃と痺れを感じたのは一瞬で、それはすぐに皮膚を焼かれるような熱さ、そして激痛へ変わり、ホウオウレンジャーの全身を襲う。
 痛みは表層だけでなく、身体の内部までもをじっくりと痛めつけた。黒髪を通じて注ぎ込まれた悍ましい妖力が、肉体を隅々まで蹂躙し、皮膚を突き破って外へ飛び出そうとするかのような……。

「ああぁあ!! あッ! あぁああぁあ……!!」

 ダメージのあまり、二度、三度と火花を飛び散らせるダイレンスーツ。
 鮮やかな緋色を急速に失いながら地面へ落ちていく火花を眺め、イヤリング官女はその鬼のような形相で、大袈裟に体を揺らし嘲けてみせた。
 
「ほっほっほっほっ、あらあら、気力がスパークしたのかしら?」

「ぅ、うぁ……。こ、んな……。く、ぅ……」

 自らのダイレンスーツから立ち上る白い煙に包まれたまま、ホウオウレンジャーは痛みの余韻にうなされていた。
 これまでの戦いでもゴーマからの激しい攻撃を受けたことは幾度となくあったが、気力によって力を発揮するダイレンスーツに妖力を流し込まれる痛みは、今まで味わったどんな責めよりも鮮烈なダメージをホウオウレンジャーに与えた。

「さあ、わらわの黒髪地獄は始まったばかりよ」

 イヤリング官女は広げていた両腕で自身の黒髪を掴むと、そう高らかに宣言する。同時に、ホウオウレンジャーの身体は急降下を始めた。
 拘束から解放されたかという期待は、脳裡を掠めただけで直ぐに否定される。その速度は明らかに自由落下のそれではなく、忌まわしい黒髪は未だにホウオウレンジャーの身体に絡みついている。
 つまりこれは落下ではなく――

「ぐあぁあああぁ……!!」

 叩きつけだった。五メートルを優に超える、長く、強靭な黒髪を思い切りしならせたそのパワーは、先端に捕らえられたホウオウレンジャーの身体に何倍にもなってぶつけられた。

 まるで頭蓋が割れるような衝撃と痛み。視界がチカチカと点滅する。息が止まり、一瞬、自分が意識を保っているのかすら分からなくなる。
 そんな状態でもホウオウレンジャーは、戦士としての本能で地面に腕を立て、何とか立ち上がろうと試みる。

「こ、の……ああああぁあう!?」

 その健気な姿を嘲笑うかのように、再び赤い閃光。悲鳴。噴き出す火花と共にホウオウレンジャーの全身の筋肉が硬直し、砂に汚れたブーツの中で爪先がピンと伸びる。
 流し込まれた妖力は先程と同じ濃度だが、ホウオウレンジャーの受ける痛みは蓄積する毒のように確実に増していた。

「もっとよ。もっと、もっと苦しみなさい!」

 イヤリング官女の語気と共に締め付けは更に強くなり、ダイレンスーツに護られたリンの肉体から、ミシッ、と骨の軋む音がなる。再び足先が地面から離れて上空に吊られると、その痛みは一段と増すようだった。
 その上、敵は容赦なく更なる妖力を流し込み……。

「ゃ……いやっ……きゃああぁああああぁ……!!」

 長い黒髪を伝って赤い光が自身に走ってくる様は、逃れようのない恐怖となってリンの精神を蝕む。
 ダイレンジャーの装備は、装着する者の気力にその性能が大きく左右される。ホウオウレンジャーを――リンを倒す方法として、その精神をいたぶり抜くというイヤリング官女の策は最善の成果を上げていた。
 ホウオウレンジャーにとって、この攻撃は最大の弱点だったのだ。
 獲物の気力の乱れは、ダイレンスーツに絡みついた黒髪の一本一本が雄弁に伝えてくれる。イヤリング官女はその乱れの波を的確に突いて、ホウオウレンジャーの身体を振り回した。

「ぐううぅううぅ……!! うあぁあああぁぁ……!!」

 地面に、壁に、容赦なく叩きつけられたかと思えば、胴を引き千切らんばかりに黒髪がホウオウレンジャーを締め上げる。
 痛みは秒を重ねる毎にその激しさを増していった。

(だめ……。防御力が、下がって……!)

 ホウオウレンジャーの焦りすら見透かしたようなタイミングで、さらなる妖力が叩き込まれる。絶え間のない乱高下の狭間。天と地の感覚すら掴めない状態に置かれながら、その苛烈な痺れと痛みだけは、まるで衰えることなくホウオウレンジャーを苦しめた。

「ぅんあぁ! ぁんッ! あぁんっ!」

 黒髪を伝って赤い光が走るたび、ダイレンスーツは様々な箇所から派手に火花を散らせて、その攻撃が着用者へ効果的なダメージを与えていると敵に知らせてしまう。どれだけ耐えようとしても、妖力を流し込まれる度にリンの口は痛みにこじ開けられ、悶えるような悲鳴が漏れた。
 もはやホウオウレンジャーは、その扇情的な仕草と悲鳴で敵を愉しませるだけの玩具と成り下がっていた。

「んんぅ! ぐっ、うぅ! あぁあぁぁ……!!」

(だめ……。イヤリング官女、なんて強さなの……。このままじゃ、やられてしまうわ……)

 辺りが見えないほどの白煙に包まれながら、リンは思わず心の中で弱音を漏らす。ホウオウレンジャーとして、これまでゴーマを幾度も打ち倒してきたからこそ、その経験が告げていた。
 目の前の敵の力量は、自分を大きく上回っている。一人では勝てないと。
 味わう度に苛烈さを増す妖力の痛みが、予感を確信に変えていく。

「くぁ……っ、あぁああああぁぁん!!」

「ほほほ、仲間の助けを期待しているなら諦めたほうが懸命よ」

 悲痛な叫びに被せるようなイヤリング官女の宣告に、己の胸中を見透かされたホウオウレンジャーの心臓がドクリと強く脈打った。

「はぁ……はぁ…… 急に、何を……」

 全身を鞭で打たれるような痛みの余韻の中、ホウオウレンジャーは声を震わせる。対するイヤリング官女は般若のような恐ろしい顔つきのまま、それでも続きを紡ぐ声には愉悦が満ちていた。

「お前の仲間はね、白虎真剣を囮にして遠く離れた場所まで分断し、わらわのお姉様達に遊ばれているのよ」

「な、なんですって……!?」

 そう。リン達の目的は白虎真剣を探し出すことで、それ故にリンを含め五人はバラバラに散っていたのだ。要となる白虎真剣がゴーマの手に渡った今、それを囮にダイレンジャーを罠にかけるのは造作もないことだろう。
 もっと有効な使い方をさせてもらうまで……。
 イヤリング官女の台詞が脳裡に蘇り、リンから熱を奪っていく。

「ほっほっほっ。ダイレンジャーの中で最も強い気力を持つお前が、三女のわらわ一人に手も足も出ないというのに、他の有象無象共にお姉様の相手が務まるのかしら」

 焦燥や絶望を煽るかのようにイヤリング官女は捲し立てる。力の源となる気力を徹底的に削ぎ落としてしまうことこそ、ダイレンジャーにとって何より有効な攻撃だ。
 しかしその企ては、ホウオウレンジャーに諦めとは全く逆の感情を与えた。

「さあ、地獄の続きを楽しみましょう…… ん?」

 イヤリング官女の高笑いが不意に途切れた。自らの黒髪をしかと掴まれる感触が、触手のように伸びた長い道を伝って脳にまでフィードバックしたのだ。桃色のグローブを通して感じるその圧力は、確かな力強さを帯びていた。
 もはや嫐られ、朽ちるだけの存在と見做していた獲物の思わぬ抵抗に、イヤリング官女は押し黙る。対する“獲物“は息を切らしながら、それでも澄んだ声で言い放った。

「許さないわ、そんなこと……!」

 その全身から、凄まじい気力が立ち上った。淡い桃色の光が辺りに広がる。決して眩しくはない優しい光。あらゆる感覚器として機能するイヤリング官女の黒髪は、ホウオウレンジャーの周囲の空気が暖められていくのを感じ取った。
 自らに迫った危機よりも、遠くの仲間の危機を知った時、ホウオウレンジャーの潜在能力は最大にまで引き出された。
 持ち前の負けん気は、死地に身を置くことで不屈の精神力と呼べるまでに昇華されていた。

「調子に乗るのも、ここまでよ! はあああっ!!」

 自らに巻き付く忌まわしい黒髪に、ホウオウレンジャーは溜まった気力を思い切り放出した。美しい桃色の気力が、長い黒髪を伝ってイヤリング官女の元へ走り抜けていく。
 先程まで散々に苦しめられた攻撃の意趣返しだ。マスクの奥で頬が綻ぶ。
 しかし。

「かかったわね――」

 イヤリング官女は不敵な笑みと共に、そう呟いた。

「――この時を待っていたわ」

 気力の全てを振り絞った一撃。ダイレンジャーにとってそれは、身体を護る気力までもを攻撃に転じる、リスクの大きな手段だ。
 裏を返せば“気力の全てを削がれた”状態となるこの瞬間を、イヤリング官女は雌伏して待ち侘びていたのだ。

「ぇ……?」

 ホウオウレンジャーに許されたのは、呆けたような一音を絞り出すことだけだった。
 イヤリング官女の身体から放たれた、先程までとは桁違いに強く、鋭い凶光が、桃色の気力をあっさりと飲み込み、その主であるホウオウレンジャーの全身までもを……。

「うぐああぁあああああぁあああああ……!!」

 その日一番大きな悲鳴と共に、ダイレンスーツは大爆発を巻き起こした。鮮血のように噴き出した大量の火花が地面に降り注ぐ。
 完全に無防備だった肉体に注ぎ込まれた大量の妖力は、一度の爆発だけでは到底処理が追いつかず、数秒の間を置きながら何度も、何度も美しい火花となってリンの叫びを彩った。

「あはぁああぁ!! ……んああぁ!! ……くううぅうう!!」

「ほほほ、逆転の期待を打ち砕く花火。風流なことね」

 断続的な火花を飛び散らせるホウオウレンジャーの姿を見上げながら、イヤリング官女は愉しそうに笑う。
 火花の勢いが弱まっていくに連れ、ホウオウレンジャーの全身を覆う白煙もまた少しずつ色を失っていき、ようやくその姿が顕となった。
 鮮やかな白と桃色の戦闘スーツは、至るところが黒く焼け焦げ、爆発の衝撃を在りありと物語る。
 鳳凰を象ったマスクも同じく無惨に破壊され、苦痛に歪む素顔が内部の基盤と共に露出していた。

「ぁ…… く、ぁ…… そん、な…… ダイレン、スーツが……」

 これまでの激しい戦いでも一度として破壊されることのなかった自慢の装備が、なす術もなく打ち破られた。渾身の反撃をあっさりと飲み込まれたことも加え、その事実はリンの心を絶望で凍らせるに充分な威力を発揮した。 
 しかしイヤリング官女が嗜虐心が、この程度で満たされることはなかった。

「お似合いの格好になってきたわねぇ。そのまま焼き鳥にしてあげるわ!」

「ぁ、やっ ……んああぁあああぁぁぁ!!」

 もう何度目とも知れぬ妖力をその身に浴びせられ、ホウオウレンジャーは身体を仰け反らせて悲鳴を上げる。穴の空いた器から中身が溢れるように、いくつもの破壊箇所から火花が噴き上がった。
 電撃のような痺れと、灼かれるような痛み。インパクトの後も、その二つが余韻となって身体にまとわりつく。苦しみのあまり本能的に閉じてしまった瞼の隙間からまた赤い光が差し、恐れとなって目をこじ開ける。

「ゃ、んな…… きゃああぁああああぁ!!」

 妖力による連続爆破。気力も尽きかけたホウオウレンジャーにとって、もはやダイレンスーツは艶めかしく肌に張りつくだけの布に過ぎない。ゴーマの攻撃を耐えるだけの力など残されてはいなかった。
 イヤリング官女はそれを見越し、わざと弱い妖力を間を置かずに流し込むことでホウオウレンジャーの味わう苦痛を最大にまで高める。

「ゃ、んぁ…… あはぁああああぁ!! ぁ、もっ、だめ…… いやああぁあああああぁ!!」

 気を失わないギリギリを見極めるかのように、何度も、何度も、微弱な妖力を流し込み続ける。赤い光。火花。悲鳴。永遠にも思えるような苦しみが、ホウオウレンジャーの闘志を、酸のように溶かしていく。

(ぃ、や……。これ以上は……もう、だめ……。ま、負ける……。負けちゃう……)

「きゃああああぁぁぁ! ぁ、はぁ! ぁ…… ぁ、うぁ…… んああぁ……」

 その溶け出した闘志が、股の割れ目から液体となって溢れ出した。太ももを包む桃色のタイツに、濃い染みの線が描かれていく。

「あぁ……っ ぁ、はぁあぁ……ッ」

「おほほほ、無様だこと。敵を前にして失禁するだなんて。わらわなら恥辱で死んでしまうわ」

 戦士としてあるまじき恥態を嘲られようと、言い返すだけの力さえホウオウレンジャーには残されていなかった。喉は吐息のような、喘ぎ声のような甘い音を鳴らすばかりだ。
 太ももを伝っていく生温かい感触は、痛みで朦朧とする彼女の意識に、それでもなお深い屈辱となって刻まれた。
 徹底的なまでに蹂躙された女戦士を見上げながら、イヤリング官女は見せつけるようにゆっくりと、頭の横に両腕を掲げた。もう何度となく繰り返された動き。しかしそれを目にしただけで、ホウオウレンジャーの身体は硬直し、上擦った悲鳴を漏らす。

「ひっ……」

「これでトドメよ」

 その宣言の通り、先程の大爆発と同じほど――いや、それ以上に強く、赤い光が放たれた。
 割れたマスクから覗くリンの瞳は大きく見開かれ、自身の全てを飲み込み、喰らおうとする凶光を、ただ映していた。

「ぐッ、ぁ……! ぅあ……ッ! ぁ、が、ぁ……!!」

 体が爆ぜるような衝撃に、ホウオウレンジャーはもはや美しい悲鳴を奏でることすらできなかった。ただ濁った声だけが鳴り渡る。その全身はびくん、びくんと激しく痙攣し、肉体が意志から完全に分かたれたことを示す。
 妖力を流し続けたまま、イヤリング官女は黒髪を縮め、獲物を自らの顔の前まで引き寄せる。眼前で狂ったように悶えるホウオウレンジャーに、イヤリング官女は艶めかしい声で告げた。

「ぅ、お……ッ! ぁ、あァ……! ぐぁ……ッ!」

「お眠りなさい、ホウオウレンジャー。この世界が暗黒に染まる様、お前には特等席で見せてあげるわ」

 その囁くような小さな声が、千切れかけたリンの意識を刹那で繋ぎ止めた。その脳裡にある光景が浮かぶ。
 いつか叔父である道士・嘉挧の叱咤として体験した、ゴーマに支配された世界のヴィジョン。暗黒に飲み込まれ荒廃した大地で、人々が暴力の恐怖に追い立てられている絶望の景色だった。

「負け、ない……。負ける、わけ……には……」

 微かに残された正義の残滓が、リンの唇を僅かに動かした。譫言のように繰り返しながら、リンはその最後の力を振り絞るかのように、ゆっくりと右腕を持ち上げる。
 その涙ぐましい抵抗を、イヤリング官女は避けるどころか、警戒すらせずに静観していた。もはや目の前の獲物に反撃の力など一片も残されていないことは、未だリンに絡みつく黒髪が告げている。
 リンは敵に、己が力量の全てを見透かされていた。この黒髪に捕われた時点で、既に勝負は決着していたのだ。
 泥まみれのグローブに包まれたリンの指先が、イヤリング官女の甲冑へと触れた。やはり、ただ、それだけだった。リンの腕はそのままダラリと脇に垂れた。
 破壊されたマスクから覗く瞼は力なく閉じられ、形の良い眉が苦悶を形取っている。ブラブラと揺れる腕とは別に、桃色のタイツに包まれた太腿が小さく、そして次に大きく痙攣し、半開きとなった口からは弱々しい喘ぎ声が漏れる。
 風を操る桃色の戦士・ホウオウレンジャーは、イヤリング官女の黒髪地獄を前に屈辱的な完全敗北を喫したのだった。

「おっほっほ、ホウオウレンジャー、敗れたり」

 ホウオウレンジャーの、リンの意識が完全に失われたことを確認して、イヤリング官女はようやく黒髪による拘束を解いた。
 忌まわしい拘束から放たれた鳳凰は、しかし飛び立つこともできず、ただ重力のままに地面へと崩れ落ちた。
 その衝撃でまた胸から火花が噴き出し、仰向けに倒れたリンの背がビクリと仰反る。

「んぁ、あ…… ああぁ…… ゃ、め…… ぁあ、ん……」

 未だ夢の中で嬲られ続けているかのように、リンの身体は微かに痙攣し、その度に甘い声が漏れ出る。拘束から開放されても、リンを苦しめる黒髪地獄はいつまでも続いていた。
 こうして地に墜ちた鳳凰の扇情的な鳴き声は、無情な風に飛ばされ、岩々の狭間へと沁み入り消えていくのだった。

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