ooo 2023/12/16 22:12

蒼ノ杜小学校の噂 ~5年生の女子達が学校全体を支配している?~

 私立、蒼ノ杜(あおのもり)高校附属小学校。

 とある郊外に校舎を置く小学校の事を知っているだろうか。
 男女共学であり、生徒数、偏差値共に附属校としての水準を逸脱していない、ありふれた私立学校の一つ――そのような理解が一般的であろう。

 しかし、程よく自然に囲まれた蒼ノ杜の校内では、いつしかとても奇妙な光景が散見されるようになっていた。
 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 



「おはようございます!」
「おはようございますっ!」
「おはようございます!!」
「はいはい、おはよー」

 始業前、生徒達の登校時刻になると、にわかに往来の増した校門付近ではいくつもの挨拶の声が響き渡る。
 しかし、このありふれた日常のワンシーンで皆の目に映るのは、極めて異様な光景であった。

 元気良く、むしろ必死さを感じさせる程の大声を張り上げ、視界が地面で埋まるほどに頭を垂れているのは、なぜか全て男子生徒達で……なぜか彼らは校門に整列し、外へ向けて挨拶を放っている。
 彼らに”迎え”られ、気怠げな挨拶を返した女子生徒が一人、校門をくぐった直後にドスンッと形の良い尻を落とす。

 予め待ち構えるように四つん這いになっていた、一人の男子生徒の背中に。

「う゛っ!」
「ふぁ……ねむ」
「ぐっ……ぐっ……!」

 周りの男子生徒に比べ、明らかに発育の良い彼女の尻はとても大きく、 下になっている男子生徒の小さな背中からはむちむち、と柔肉が溢れる。
 しかし、男子生徒は潰れる事も無ければ文句を言う事も無く、苦しげに顔を歪ませながらも校舎に向けて彼女を運んでいく。
 女子生徒の方も特に悪びれる様子も無く、まるで電車の座席に座ったかのような気軽さであくびを一つ溢し、ムニャムニャと眠そうな顔つきで髪を弄ったり、スマートフォンの画面を見たりしている。

 外部の人間が見れば唖然とするような光景の中でもしかし、誰一人として疑問の声を上げる者はいない。 
 整列した男子生徒達はまた大声で次の女子生徒を迎える姿勢に戻っており、集団から歩み出た一人の男子生徒がまた"馬”になった。

「ぐっ……うぐっ……!」
「サッちゃーん!」
「あ、澪(みお)。 おはよー」
「おはよー! 一緒に行こっ!」
「ん、いいよー」
「ぐっ、ぐっ! うっ!」

 遅れて登校した女子生徒が、前を行く別の女子生徒に親しげな声を掛ける。
 後ろの女子生徒が前の女子生徒に追いつくために取った行動は、"馬”の尻を強めに叩く事だった。
 言葉に出さずとも何を求められているかを察した"馬”がその歩みを早める。
 背骨が軋み、腕が震え、膝小僧を擦りむいても、彼は脂汗をながら必死に手足を動かす。
 その一方で、ギュッと太ももで胴体を締め付けられた前方の男子生徒は、その"停止”の合図にすぐさま従う。

 やがて合流した女子生徒二人が談笑しながら"馬”を並走させる。
 人をヒトと思わないそれらの行為に抗議の声を上げる者は無く、他の生徒達はおろか、校門の隅で気配を殺すように立つ男性教員に至っても、その行為に目を向けようとすらしない。



 一体いつからこのような事態になったのか。

 それについて明確な答えを持つ者はここに居ないが、教員を含めたその他全員の共通認識として存在しているのは、"5年生女子に逆らってはならない”という鉄の掟である。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ぜぇ、はぁっ、ぜぇ、はぁっ……」
「おっつ~♪」
「はぁっ、はぁっ、はひ、はぃぃ……」

 自身とペアの――つまり席が隣の女子生徒達を席まで無事に運んだ男子生徒達が、全身を包む疲労感と各部の痛みに悶えながら蹲り、肩で息をする。
 やがて始業のチャイムが鳴れば、彼らはしばらくの間、僅かな人権を得る事ができるだろう。

「あはははっ!」
「ふふっ、てか今日さ、澪のとこ日直じゃん?」
「えっ? わっ! ほんとだっ! 何してんのタカくん早く早くっ!」
「ぜぇっ、はぁっ、げほっ……まっ、待っ……」
「えっ、ちょ、マジで何してんのタカくん!? ”怒られちゃう”よ?」
「ぜひっ、ひっ……はっ、はぃ、い……」
「でさぁ、この前舞衣(まい)ちゃんがね」

 この学級の日直は当番制で、隣り合う男女がペアになって行う決まりだ。
 しかし、ペアの片割れであるはずの女子生徒は疲労困憊の男子生徒を叱咤し、自身は後ろの女子生徒との談笑を再開する。
 
 少女特有の無邪気な笑顔と、言外に恐ろしい意味が込められた言葉に追い立てられるようにして、汗だくの男子生徒が廊下に駆け出していく。
 日直を含め、◯◯係という当番はほぼ全てが男子生徒の役割である。
 もちろんその横暴に誰も文句は言わないし、この場をもし担任教師が居合わせたとしてもそれは変わらない。

 これはあくまでありふれた、今まで何度も繰り返された、日常の一コマに過ぎないのだから。

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