[♀/連載]不浄奇談 [4-1.真崎えりかの話]

『不浄奇談』キャラクター紹介


     4-1.真崎えりかの話

 言いたくないんですけど。実はその、ちょっと、ほんともう、我慢が苦しくて……。
 私、このままだと、次の話が終わるまで我慢しなくちゃいけませんし。ちょっと、その、それ、難しいかも、しれなくて……。
 もじもじしている? もじもじ、してますよ! だって、我慢してますから!
 わ、笑わないで下さい。だって、仕方ないじゃないですかあ。せ、生理現象、ですよ。そんな風に笑ったりするものじゃないって、小学校でも先生が言っていました。う、だ、だから、笑わないで下さいったらぁ。
 それでもダメ? それじゃあ、手短に済ませます。
 この学校、昔は病院だったらしいです。だから、幽霊とかもいっぱい出るみたいです。
 以上。私の話はおしまいです。これでいいですよね? 
 そうですよ。よく考えたら、名案じゃないですか。こういう感じで、どんどん短く終わらせていけばいいんです。これなら、全然怖くもないですし、『不浄奇談』を中断した呪いも避けられるんじゃないですか?
 別にダメなこと、ないと思います。そもそも、亜由美先輩や悠莉先輩が、最初に長く話をしすぎたんですよ。そのせいで、みんな、長くなきゃいけないみたいになっちゃって。短くていいんです。怖い話なんて。そもそも、この期に及んで、怖い思いなんてもう誰もしたくないわけですし。
 屋上に放り出す? ま、待って! イヤ、それはぜったいにイヤです! わ、わかりました。少しだけ、話を詳細にしますから。許して下さい。
 それじゃあ、ええと――そう。人って、やっぱり、必ず死にますよね。私も、悠莉先輩も、他のみんなも。全然、実感はありませんけど、最後には全員死ぬと思います。人はそういう運命ですから。それじゃあ、人が最期の瞬間を迎える場所ってどこが多いと思います? 自宅とか、道路とか、色々ありますよね。でも、私、やっぱり、病院で最期を迎える人の割合が大きいと思うんです。だって、重い病気や怪我を負った人は、病院で治療を受けることになるわけですから。だから、病院で無念の想いを抱えたまま亡くなった幽霊が、病院跡のこの学校にはたくさん棲み着いているわけです。
 ところで、話はちょっと変わりますけど、学校の中で病院に似た施設ってありますよね。そうです。保健室です。ちょっとしたものですけど薬があって、ベッドがあって、怪我をした子や体調が優れない子がそこで眠る――。
 実はね、出るらしいんですよ。この学校の保健室。やっぱり、学校の中で唯一、元々ここにあった病院に似通った雰囲気の場所だからでしょうか。
 友達から聞いた話なんですけど、体調が悪いとか吐き気がするとかの仮病を使って、保健室のベッドでよく眠っていた子がいたらしいんです。ある日、その子が保健室のベッドでいつも通りにゆっくり眠っていると、誰かが中に入ってきた気配がして目を醒ましました。
 保健室なんですから、普通に考えたら、入ってくるのは保健の先生か、具合の悪くなった生徒ですよね。でも、どうも、様子が妙なんです。彼女はベッドを囲むように張られたカーテン越しに様子を窺っていたんですが、ベージュ色をした厚手のカーテンに映る影は大きく、ずいぶんと背が高かった。生徒のものではなさそう。かと言って、保健の先生のものかと言えば、そうでもない。彼女は保健の先生が立ち働く影を、サボりのたびにカーテン越しに見ていました。だから、見慣れていたんですね。保健の先生はせっかちで、足音も影も、いつもせかせかと早いテンポで動き回っていたそうです。けれど、目の前の影は違う。まるで足を引きずってでもいるように、ゆっくりと歩いているのです。小柄な保健の先生と比べると、影はずいぶんと大柄でもあったようです。
 彼女はなんだか気味が悪くなってきました。ついでに――まあ、本当はそれで目が醒めたのかもしれませんが――ひどく、トイレにも行きたい。
 でも、困ったことに、影はいつまでも保健室内をゆっくりゆっくり歩き回っています。まるで、何かを探しているかのよう。一分や二分ならまだ我慢もできましたが、十分も、二十分も、そうしているのです。彼女は我慢の限界でした。気味が悪いのを堪え、影と対面する覚悟でカーテンの外に出る決意をしました。
 カーテンを掴み、勢い良くカーテンを開く。カシャ、という音がして視界が開ける。そこには――水を打ったように静かな保健室が広がっていました。
 そうです。誰もいなかったのです。確かに黒い影が、ついさっきまで、はっきりとカーテンには映っていたのに。
 彼女は恐ろしくなって、すぐにその場を去ろうと思いました。そうして、ベッドから起き上がろうとした瞬間です。突然、枕元に置いてあった携帯電話が着信音を鳴らしました。ひどく気が張り詰めていて、我慢の限界に達していた彼女は――これはちょっと笑っちゃうような話ですが――自分の設定した、自分の携帯の着信音に驚き飛び跳ねて、あっ、と思った時にはもう遅い。我慢していたものを、ベッドの上で始めてしまったそうです。止めようと思っても、本格的に始まってしまったおしっこは、なかなか止まるものじゃないですよね。彼女は全部、そのままやってしまいました。ふふ、おもらしした格好で廊下に出ることもできず、彼女は気味の悪い保健室でずっと保健の先生が戻ってくるのを、今か今かと待ち続けるしかなかったらしいです。
 彼女の失敗は年齢不相応の失敗『おねしょ』として片付けられて、彼女が見た影の話は単純に彼女が見た怖い夢と解釈されました。中学生にもなって、怖い夢を見て『おねしょ』してしまった幼稚な女の子。そんな風に扱われてしまうのは、誰だって心外ですよね。彼女もそう思って抗議しましたが、保健室の影の話を信じてくれる大人は誰もいません。不幸中の幸いだったのは、彼女のベッド上での失態が保健の先生と彼女の信頼できる何人かの友人以外、誰にも知られずに済んだことです。
 それ以来、彼女はもう二度と保健室でサボろうとはしませんでした。それどころか、気味悪がって、保健室そのものに寄り付きもしなくなったとのことです。足を引きずる、奇妙な影。この学校では、同じような目撃談が少なくないそうです。まだ何の被害も発生していませんから、先生達は夢だの幻だの言って見ないふりをしていますけど、やはり本当に何かいるのではないでしょうか。
 ……というわけで、以上。私の話はおしまいです。
 え、短かった? 全然怖くなかった? むしろ、ちょっと和んだ? し、仕方ないじゃないですか。そもそも、先輩達がここまで作り込んできているとは思っていませんでしたし、それに怖い話なんかよりも、私達が置かれているこの状況の方がずっと……。
 はい、言いません。言わずに置きます。とにかく、早く終わりにしましょう早く。そうしないと、せ、先輩達だって、この子の二の舞にならないとは限らないんですからね!

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