【先行公開】優凪ゆうなの配信 始動編【小説】

「語学ダルかったね~」
「ねー。あのさ、この後、授業ある?」
「ううん、ヒマ。カラオケ行く?」
「いいね~」
「行こっか」

 6月上旬にもかかわらず熱気のこもった教室内で、友人たちがワイワイと集まって計画を立てています。それから私の方を見て、

「ナギも来る?」

 と誘ってくれました。でも、私は目を泳がせて「ごめんね」と愛想笑いで躱します。

「ちょっと、午後から用事あって……」

「え、バイト?」「サークル?」「もしかして……」「彼氏!?」そんなみんなの追及をはにかんでいなしながら私はそそくさと退出しました。みんなとのカラオケもきっと楽しいと思うけど、今日は絶対にやりたいことがあって、私は朝からずっと、授業中もずーっとソワソワしてたんです!

 でも、私は気付いていませんでした。そんな私の背中をじっと見つめていた一人の友人の視線に――。

 †

「えっと、本日は……こちらの山を、登ってみたいと思います。山と言っても10分くらいで登れるんですけど……」

 スマホのビデオ録画を開始して、私は小声でモゴモゴと呟きました。山はキャンパスのすぐ裏手にあります。標高わずか40メートル程。山というか半ば公園です。休日は家族連れが多く訪れるこの場所ですが、平日真っ昼間の今はほとんど人影もありません。

 あたりをキョロキョロと見回して、誰も人がいないことを再度確認してから、私は履いていたスニーカーを脱ぎます。白の半袖ブラウスにロングスカート姿の私は、すでにじっとりと汗をかいていました。まだ6月の上旬だというのに太陽はカンカン照りで、ものすごい熱気です。気温は30度をゆうに超えているでしょう。

 スニーカーを脱いだ後、靴下も脱ぎ捨てて……いよいよ素足でアスファルトを踏みしめます。あっ…………来ました。ゾクゾクするこの感じ……。何度もその場で足踏みをして足の裏の感触を確かめます。熱い。ちょっと痛い。やっぱり熱い。ズキズキしてくるこの感じ……これです、これ!

 足の裏に感じる痛くて熱い刺激に頭がツーンとしてきます。屋外で裸足になっているという背徳感も後押しして、たまらない快感が押し寄せてきて頭の中が真っ白になります。

 足裏でとろけそうな気持ち良さを味わいながら、私は靴下をスニーカーの中に突っ込み、木陰の裏へと隠しました。靴はここに置いていきます。自分に課したミッションを達成するまで、絶対に裸足を貫くと決めていたからです。それが私が今日、ずーっとやりたかったことなのです。

 4月に大学に入学。念願の一人暮らしを始めてから、私は中学生の頃からずっと妄想してきたことを実行に移し始めました。それは裸足であちこちを歩き回るコト……。実家の片田舎でそんなことをしたらすぐに噂になっちゃうので踏み切れませんでしたが、ここは大都会です。変な女が一人いたって大した噂にはならないはず……東京に出たら絶対に裸足で出歩く……。そう、私はそのためだけに東京の大学に進学したんです。

 一人暮らしを始めてすぐに、私は真夜中の街を裸足で歩いたり、近所の公園で裸足になったりして、その様子を動画配信サイトにアップし始めました。自分がこんな変態的なことをしているのを人に見られると思うと興奮するからです。世の中に公開していること自体に興奮するので、誰も見てなくても構わないのですが、毎回視聴数が少し回っているので、一部の裸足フェチの人たちには喜んでもらえているようです。見てもらえるのはそれはそれでやっぱり嬉しくて興奮しちゃいます。

 どうして、こんなことをするようになったのか? 自分でも不思議なのですが、おそらく私は足裏が性感帯なのでしょう。足裏への刺激がたまらない快感を引き出して脳みそがとろけそうになるんです。砂地よりもザラザラしたアスファルトが好きだし、アスファルトよりも尖った砂利道の方が興奮します。

 高校や中学の体育祭など屋外で裸足になれる機会は全部ご褒美でした。高校のグラウンドは大きな砂利が多くて、みんな文句を言ってたけど私には最高の時間でした。もちろん足裏は痛いのですが、痛ければ痛いほどドキドキするし、それに耐えて無意味に足裏をいじめ続ける自分に興奮するんです。

 夏の到来はずっと心待ちにしていました。アツアツに熱された地面の上を苦しみながら歩くことを想像するとそれだけで興奮してしまいます。だから今朝、天気予報が「今日は30度超えの真夏日」と告げた瞬間に、私は今日のチャレンジを決意したし、朝からずっと、授業中もずうーっと、このことで頭がいっぱいだったのです。

「じゃ、じゃあ……登っていきますね」

 私は興奮で上ずった声を出しながら、ゆるい坂道を登っていきます。アツアツのアスファルトを踏みしめていくと、最初のお待ちかね、砂利道が見えてきました。実はこの登山コースは前々から何度も裸足で歩いていて、「真夏日になったら、またここに来よう」と決めていたのです。その最大の理由は山頂にあります。私のために用意してくれたとしか思えない、素敵なプレゼントがあるのです。

 ともあれ、まずは砂利道を味わいましょう。よく尖った砂利を素足でしっかり踏んでいきます。う――ん、痛くて気持ちいい……! 足裏の刺激と痛みを心ゆくまで味わいながら進んでいきます。至福の時間です……。動画のコメントでよく「無言すぎ」「リアクション薄すぎ」とお叱りを受けるんですが、あまりに気持ちが良いと頭の中が真っ白になっちゃうんですよね。今も「きもちぃです……」と呟くのが精一杯でした。

 痛くて痛くて気持ち良すぎる砂利道は二分も歩くと終わってしまいました。心残りですが、この後にメインディッシュが控えてます。ざらざらする砂地を踏みしめた後、階段を登っていくと、はい、着きました! 頂上です! そして、ここには……

「み、見て下さい。このですね、ベンチの真ん中に、ですね……」

 平たく整地された頂上には正方形の大きな木製ベンチがありま、その中央にはロゴマークが入った鉄板がはめ込まれていました。もちろん鉄板ですから、こんな太陽がギンギンに輝く真夏日には……

「あ、熱っ!」

 鉄板を数秒触っていた私は慌てて手を離しました。そう、鉄板はまるでフライパンのように…………は言いすぎですけど、かなりの熱を持っていました。もしかしたら目玉焼きくらいは焼けるのかもしれません。

「さ、触ってられないくらい、熱いです……エヘヘ……」

 自分が今からやろうとしているコトを想像して、私は内心めちゃくちゃ興奮していました。そして、「20……」と言いかけてから、思い直して、

「30秒……裸足で鉄板の上に立ってみます。絶対に最後まで、頑張ります」

 そう言って木製のベンチの上に立ちました。恐る恐る、素足のつま先で鉄板に触れます。……め、めちゃくちゃ熱いです! 30秒なんて……耐えれるのでしょうか?

 でも決めたことはやるしかありません。ビデオも撮影しているし、私は宣言してしまったのだから。カメラを足元に向け、意を決して鉄板の上に飛び乗ります!

「いち! に! さん! し……!」

 両足裏を揃えて鉄板の上にべたりと付けたまま、最後まで耐えよう……そんな殊勝な気持ちは一瞬で吹き飛びました! 鉄板が熱すぎるんです。二か三を数えた頃には早くも耐えれなくなり、足指をグーのように丸めたり、足の側面だけで立ってみようとしたり、健気な努力で少しでも鉄板から足裏を浮かせようとし始めて……。そして、五を数える頃には私の足裏はバタバタと惨めに踊り始めました。

「きゅ、きゅう! じゅう!!」

 十を数えたところで私は鉄板から逃げ出してしまいます。こんなの……30秒なんて絶対にムリです! 目標設定を間違えました。絶対に火傷しちゃいます。ていうか、10秒頑張っただけで今もう足の裏がジンジンヒリヒリして痛すぎるんです。

「痛ぁ~~~っ」

 私はベンチの上に座り、両足裏を抱えて痛みに耐えます。ただ、その痛みがゾクゾクする興奮をもたらしてくるのも否定できず、私の脳裏に「もう一回チャレンジしようかな」という思いがよぎります。でも「次は本当に火傷しちゃう!」という恐れが勝って、私の頭を押さえつけました。本当に火傷したら病院に行かなきゃいけなくなるし、なんて言えばいいのか……。それに靴は麓に置いてきています。これ以上、本格的に火傷したら下山できなくなるかもしれません。

「えっと、30秒は……全然ムリだったんですけど……10秒は頑張れたので……今日はこれで、終わりたいと思います」

 私はボソボソと言ってスマホ上の録画停止ボタンを押しました。ふう、と小さな溜め息を一つつきます。

 今回のは視聴者的には不満だろうなあ、と考えてしまいます。30秒頑張ると言っておいて10秒しか頑張れないとか誰でもガッカリでしょう。こんなことなら最初から10秒と言っておけば良かったな……。

 まあでも、いいや……早くおうちに帰ってオナニーしよ……せっかく足の裏も痛めつけたんだし……。私は足裏の痛みがあれば無限にオナニーできちゃうんです。この痛みでオナニーするの楽しみだな……そう思いながら、下山しようと後ろを振り向いた時――

 そこにいた彼女と目が合ってしまったのです。常磐亜子さん……この四月に語学の授業で新しく出来た友人の一人です。私はびっくりして、彼女の顔と自分の足下に何度も交互に視線を送りました。そして、青ざめました。

 だ、だ、大ピンチです……。裸足で山登りしていることがバレ……た? ど、どうしよう。健康のためとか大地を感じるためとか、何とかごまかせないか……いやでも、鉄板で足裏を焼いていたことは、な、なんて言えば……。ああ、どうしよう。一体どうすれば!

 言葉も出せずワタワタと焦り続ける私の前で、しかし、彼女は衝撃的な一言を突きつけてきたのです。

「優凪ゆうな」

 衝撃と後悔と恥ずかしさの気持ちがまとめてドカンと襲ってきて、私はフリーズしました。だって、それは動画配信者としての私のハンドルネームで……。だから……それを知っているということは……。

 彼女は続けて言いました。

「宇奈月なぎ……」

 それは私の本名です。

「……からの、優凪ゆうな……」

 あ、終わった。もうダメだ、終わった。

「ちょっと安直だよね。本気で身バレを避けたいなら、もうちょっと捻って名付けた方が良かったかもね」

 頭が真っ白になって天を見上げました。太陽は今も燦々と輝いています。ああ、これはダメです。なんの言い訳もできません。開始二ヶ月、チャンネル登録者数100人にも満たない弱小チャンネルをこの子はなんで知ってるの……。もうダメ。終わった。最悪。私が変態だってバレた。死ぬほど恥ずかしい。最悪すぎる……。

 けれど、放心する私に向かって常磐さんから発せられた次の一言は、あまりにも意外なものだったのです。「あのさあ、ちょっと前から、なぎちゃんのこと見てたんだけど」と彼女は言いました。

「ゆうなチャンネルのダメなところって、そういうところだよ」

 そう、私へのダメ出しだったのです。

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