神原だいず / 豆腐屋 2024/06/30 19:00

【再掲 / 玲と悠馬④】主導権はどちらに

 悠馬はいつもつっけんどんだが、素直になったり理性をぶっとばすと、手のつけようが無いほど可愛くなる。
 この事実が発覚したのは、実は結構最近なのだ。
 あれは二か月前の事。
 二人の記念日に買ったお揃いのマグカップの破片を悠馬の家で見つけた日だった。

 その日は、いつものごとく週に一度の映画鑑賞会だったが、彼は夜の8時までバイトのシフトが入っていた。
 あたしはというと、お昼で講義が終わりでそれ以降何も予定が無い。
 せっかくだから先に部屋に行って夜ご飯でも作ってあげようかと思い、合鍵を使って悠馬の部屋にお邪魔していたのである。

 料理がおおかたできあがり、テーブルに箸やコップ、取り皿を並べようと食器棚を開いたときだった。
 奥のほうにわかりづらいが、ビニール袋らしきものが見えた。
 悠馬は、結構几帳面な性格で、食器棚に関係のないものを放り込んでおくなんて不自然だと思った。
 気になる。
 私は、食器が棚から落ちないように気を付けながら、そのビニール袋の端を掴んだ。
 カシャカシャと、破片どうしがぶつかる音がする。

 なんだろう。
 袋を開けてみると、それはどうやら割れたマグカップの破片らしかった。

 袋から大きめの破片を一つ取り出してみる。
 マグカップに描かれた可愛らしいキャラクターの笑顔。
 やっぱりそうだ、去年二人の記念日にお揃いで買って悠馬の家に置いているマグカップだった。
 破片の色はピンク色、あたしが使っていたものだ。
 その時、背後でガタガタと大きな音がした。

 振り向くと、悠馬が帰ってきていた。
 私が持っているものが何かわかった瞬間に、彼の顔から血の気が引いたのが何となくわかった。
 気まずい沈黙。
 悠馬は弁解の言葉を何とか頭の中で組み立てているのか、こちらをじっと直視しながらも虚ろな目をしている。

「これ…」
 そう言うと、悠馬は弾かれたようにあたしの元へ駆け寄り、肩に手を置いた。
「違う、ごめん、その、違うんだ、これは、その…」
 かなり慌てている。
 矢継ぎ早に謝ったり、弁解したりしながら言葉を探しているようだが出てこないようだ。
「とりあえず、お料理冷めちゃうからご飯食べよう」
「怒ってるのか?」
「怒ってないよ」
「でも…」
「怒ってない。ほら、早くご飯食べよう」

 あたしはテーブルに食器を並べ始めたが、悠馬は突っ立ったままだ。
 テーブルの上の準備が整っても相変わらず突っ立ったままだったので、先に座った。
「いただきます」
 箸を取ろうとした瞬間、先に悠馬があたしの手を取った。

「ごめん、玲。ごめん。昨日、映画鑑賞会の前に玲のマグカップ洗っておこうと思って、その時にうっかり落として割っちゃったんだ。ごめん、俺の不注意で。気に入ってくれてたのに、ごめん。新しいの買うし、それでも気が収まらないなら、なんでもするから、だから」
 あたしは、ここでさすがに耐えきれなくなって吹き出した。

「え?玲?」
「いや、あの、ごめん。ごめんね、悠馬が必死すぎて面白くて…。大丈夫だよ、割っちゃったのは仕方ない事でしょ。あたし、怒ってないよ」
 悠馬はあたしの顔を覗き込みながら、「ほんとに…?」と恐る恐る聞いてきた。
「ほんとほんと」
 そう答えると、悠馬は心底安心したようにほう、と息をついた。

「よかった…」
「なんで、あんなに慌てたの?」
「帰ってきた時、何も言わなかったからショック受けてるのかと思ったんだ」
「違う違う、悠馬が黙ってる理由がわからなかったから、何しゃべっていいのかわかんなかったの」
「しかも怒ってる?って聞いたら怒ってないって言うから…」
「彼女が怒ってないって言う時は絶対怒ってる的な事でしょ。あたしに限ってそんなことないない。ほんとに怒ってなかったよ」
「よかった。でも、ごめん…」

 悠馬は少し悲しそうな顔をしてうつむいた。
 自分が悪かったと思うときは、きちんと謝ってくれる悠馬のこういうところが好きだ。  
 あたしは悠馬の頭を優しく撫でた。

「大丈夫、大丈夫だよ、そんなに落ち込まないで。また新しいマグカップ買えばいいんだし。それよりさ」
 悠馬の頭を撫でていた手をそのまま滑らせて彼の顎に沿え、くいと押し上げた。

「なんでもするって言ったね?さっき」
「えっ、ちょっ、と。あ、うう」
 首筋を舐めると、悠馬の身体がゆっくりとしなる。
 衣擦れの音が、少しずつ激しくなっていく。

「キスしていい?」
「嫌って言っても、するくせに…あっ」
「確かにそうね」
 舌を割り込ませて、悠馬の暖かい口の中をじっとりと嬲った。
 唾液が混ざり合う音、荒くなる吐息、気持ちいいところを掠める度にきゅっと強く握られる両手。
 じゅくりと音がして、二人の口が離れる。

「可愛い顔してる」
 彼の半開きの口から唾液が零れ落ちている。
 蕩けた瞳が、こちらを見上げていた。
 悠馬の服の中に手を突っ込みまさぐる。
 乳首を優しくつまんだり、脇腹をさすると、悠馬の声が一層甘くなった。

「や、ん、あっ、んぁ、も、料理、冷める…っんう」
 お腹がすいてぐずっている子供のように、私の手をぐいぐいと押しのけてこようとする。
 致し方ないので、彼の白い首筋に思いっきり噛みついた。
 悠馬の口から痛みを我慢するようなうめき声が漏れる。
 悠馬が抵抗をやめたところで、あたしは噛みついたところから口を放した。

 くっきりと残った歯型の淵はほんのりと赤くなっているのを見た瞬間、頭の中で何かがぶつんと切れたような音がした。

 歯型の赤い輪郭をなぞるように舌を這わせた。
 水音と吐息が激しくなっていく。
 あたしは、悠馬に覆いかぶさって彼の身体を貪っている。
「ごめん、ごめんね、みっともなくてごめんね、悠馬」
 私は熱にうなされたように何度も謝り続けた。
 そして、もう一度悠馬の首筋を噛む。
「いっ、いや、ぁあ」
「ごめんね、ああ、どうしよう、もう、歯止めきかない」

 この部屋はこんなに暑かっただろうか。
 なんだか頭の奥がぼうっとして、何も考えられない。というか考えたくもない。
 ただただ、目の前に横たわっている悠馬の身体を、めちゃくちゃにしてやりたい。辱めて泣かせたい。欲のままに、抱きつぶしたい。

 いけない。
 いつもなら「悠馬が本当に駄目そうな反応したらやめよう」くらいのなけなしの理性は働くのに。
 リミッターがぶっ壊れているのが自分でもわかる。
 このまま進めたら、やばい事になる気がする。

 その時、悠馬があたしの頬に向かって手を伸ばした。
 瞬間的に、平手打ちされると悟った。
 いや、いっそそのほうが目が覚めていいかもしれない。
 あたしは歯を食いしばって目を閉じた。
 しかし、いくら待てども頬を叩かれる気配がない。
 恐る恐る目を開けた。目が合うと、悠馬はへにゃりと笑った。

「いいよ」

 一瞬、彼が言った意味がわからなかった。
 だって、それは理性をぶっ飛ばしかけてる人間には、絶対に言っちゃいけない言葉のはずだから。

 悠馬はあたしの背中に腕を回してきた。
 自然と抱き寄せられるような恰好になる。
 肌と肌が密着したところから、じんわりと感じる熱。悠馬は続けて耳元で囁いた。
「なんでもして、いいよ」
 心臓が跳ね上がった。うまく、うまく息が吸えないほどの興奮状態。苦しい。

「言ってる意味、わかってんの…?」
 喘ぐようにしながら、何とかそれだけ言い返した。
 何かにつかまっていないと発狂しそうで、悠馬の細い身体をありったけの力で抱きしめる。
 少し痛かったのか、悠馬が微かな吐息をもらした。
 それだけの事に、また興奮してしまう。

もうだめだ、あたしの理性は瀕死に等しい。
あと何か一言いわれれば、いとも簡単に消し飛ぶだろう。
どうして。押し倒しているのは私のはずなのに。
主導権は傍目から見れば私にあるはずなのに。
悠馬の言葉一つで私が動かされる構図になってしまうのは、どうして。
これじゃあ、どっちが主導権を握っているのかわからない。

 幾秒かの沈黙。悠馬が言葉を発するために息を吸った。嗚呼。
「めちゃくちゃにしていいよ」
 限界だ。


「あっ、ああ、また、またいっちゃ、いく、だめっ、あぅ、あぁああ――っ」
 これで、もう何度目だろうか。
 あたしの手にまたあたたかな白濁が絡みつく。
 悠馬の目の前で見せつけるようにして手を開いた。
 指と指の間でにちゃりと粘着質な音。

「可愛い。可愛い、悠馬。気持ちよすぎると怖くてだめって言っちゃうんだね、可愛い」
「…そんなかわいいって、いっぱい、いうな」
 悠馬は両手で顔を覆った。
 指の隙間から、ちらりと悠馬の真っ黒な目が見える。
 服も全部脱がされた無防備な状態で、真っ赤になったその顔だけ隠そうとする様がどれだけ煽情的か?
 隠そうとしたところで隠し切れない色気。
 私はまた悠馬の身体に手を伸ばした。

「どうして?こんなに可愛いのに?」
「は、はずかしい、かわいくないっ、あ、ひゃう、ひぐっ、あぁあ、んぅううう」
「恥ずかしがってるのも可愛い。もっと恥ずかしくなって。何が何だかわからなくなるくらいに」
 あたしは、悠馬の身体を見た。
 もうたぶん、明日彼は外を出歩けないだろう。
 この暑い時期にタートルネックでも着るなら話は別だが。
 噛み痕、キスマーク、触られすぎて赤くなった乳首、引っ掻いた痕。
 あたしが悠馬にぶつけた欲が、彼の身体に傷跡になって現れる。

 普段だったら、悠馬に死ぬほど怒られるだろうな、とか、痛そうで申し訳ないとか思うんだろうけど、もう理性が完全にぶっ飛んでしまったせいか、その時のあたしはいっそ達成感すら覚えていた。
「やめて、からだ、そんなじっと見ないで…」
 か細い声が、抗議してくる。
 あたしは、悠馬の身体についた傷をなぞりながら彼にしゃべりかけた。

「やだ。やめない。可愛いからじっと見てるんだよ」
「あっ、うぅ」
「なんでもしていいって言ったのは悠馬だからね」
「やっ、あ、ぁあ」
「だいたい、やめてほしいとも思ってないでしょ。気づいてないとでも思ってたの」

 悠馬の動きがぴたりと止まった。

 あたしからずっと目を逸らしたままだが、構わず続けた。
「あたしが食いつくと思って、なんでもするなんて言ったんでしょ。そんでもって」
 彼の頬をつかんで、むりやり顔をこちらに向けた。

「食器棚の奥に割れたカップを置いておいたのも、わざとだよね。カップを割ったのもわざと?」
「カップを割ったのは、わざとじゃない!」
「じゃあ、どうして?どうして、食器棚の奥に置いたの」
「それは…」

 悠馬が黙り込んでしまったので、あたしは悠馬のペニスを上下にしごいた。
 彼の身体がびくびくと震えた。
 足をすり合わせ、身体に襲い掛かってくる快感に耐えようとぎゅっと目をつぶっている。

「んっ、あぁ、だめ、だめ、やっ、ああ…っ」
 手のスピードを上げた。
 悠馬は最後の抵抗とばかりに、あたしの手首を掴むが、気持ちいいのか全く力が入っていない。
 「やめて」とか「イっちゃう」とか、その他うめき声、喘ぎ声、もろもろ聞こえるがあたしは無視して手を動かし続けた。
 そして、あるタイミングで急に手を放した。

「あっ、あぁああっ、なんで、なんで」
「理由を言わないからだよ。隠し事する悪い子はイかせてあげない」
 意地悪な事をしているのはわかっているのだが、どうにもこの虐めた時の反応が素晴らしすぎて止めがたい。
 それに、彼のズルいところは、きちんと指摘してあげなければいけない。

 正直なところ、悠馬が割れたカップを食器棚の中に置いた理由はもうわかっている。
 頭がおかしくなるくらいに気持ちよくしてほしくて、だけどそれを自分からねだるのが恥ずかしかったんだろう。
 だから、割ってしまったあたしのコップを使って、演出した。
 「なんでもする」っていう言葉にあたしが食いついてくることも多分彼は計算ずくだった。
 そして、あたしはまんまと引っかかって理性をぶっ飛ばしそうになる。
 悠馬はそんなあたしに向かって「なんでもしていいよ」と許可を出すだけでいい。
 そしたら、悠馬は自分が恥ずかしい思いをせずに、目的を達成する事になる。

「悠馬、恥ずかしいからってそういうズルい事はしちゃだめだよ。あたしを受け入れるだけじゃなくて、してほしい事があるなら恥ずかしがらずにちゃんと言って。大丈夫、受け入れてあげるから」

 悠馬の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。
 とどまり切れなかった涙が、頬を伝ってぼろぼろとあふれ出した。
 まずい、泣かせるつもりはなかったのだが。言い過ぎただろうか。
 慌てて悠馬を優しく抱きしめると、ぎゅっと抱きしめ返された。
 背中をさすって宥めていると、悠馬がとぎれとぎれに話し始めた。

「はずかしい、よ」
「うん」
「自分から言うの、はずかしい。玲は、絶対に、受け入れてくれるの、わかってるけど。わかってるけど、どうしてもはずかしい。だって、じぶんが、じぶんじゃなくなるみたい。こんな自分、しらない。こんなわがままな自分なんか、しらない。玲に受け入れられたら、どうなるか、わかんない。こわい」

 泣いている悠馬をなだめながら、あたしの頭の中は「可愛い!」の一言で覆いつくされそうになっていた。

 なんなんだ、この男は一体…。
 「自分が自分じゃなくなるみたい」って殺し文句すぎやしないか。
 だってそれって、あたしに対して悠馬の全部をさらけ出そうとしてるってことだ。
 その結果、自分では気づいていなかったような感情がいっぱい溢れてきて、悠馬はそれに混乱したんだ。
 可愛すぎやしないだろうか。無理。

「いいよ、大丈夫。言ってみて」
「おれ、わがままになるかも、しれない」
 涙目上目遣いでそのセリフはずるい!

「いくらでも、わがままになっていいよ」
「…あのね、あの」
「うん」

 だめだ、可愛すぎてもう心臓が痛い。
 悠馬が言葉を発したら、次は理性どころか寿命がぶっ飛びそうだ。
 彼が口を開いた。そう、結局のところ主導権を握るのはやっぱり悠馬なのだ。

「いっぱい、きもちいこと、して」
 ああああああー!あまりの衝撃に、眉間をおさえてうずくまってしまいました。呼吸もままならない状態か?これは、ノックアウト!三河玲選手、完全にノックアウトです!この可愛さを前にして何人が無傷でいられるでしょうか、いやいられるはずがない!
「もう、いくらでもしてあげる!」


「とまあ、死ぬほど可愛い出来事がちょっと前にあったよねえ」
 しみじみとそう言うと、悠馬があたしの頭を軽くはたいた。
「いてっ」
「…なんで今、その話するんだ」
「なんでって、君がお見送りの最中に甘えてこようとしたからですが」

 いつもどおり家に泊めてもらったお礼を言って、荷物もまとめたので、さてそろそろ帰ろうかなと玄関に向かった矢先、後ろから抱き着いてきたのは、悠馬のほうなんですが。

「珍しいね、素面でこんなに甘えてくるの」
「…わがままになってもいいって、玲が言ったんだろ」
 こう言われちゃ、敵わない。いくらでもわがままを聞いてあげるしかない。
「何してほしいの」
「…一回だけ好きって言って」
「一回でいいの?」
 しばしの沈黙。


「いっぱい、言って…」
「んんんん、そんなのずるい、可愛い、好き、大好き!」
 もう惚れた時点で、私の負けは確定していたようです。

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