特別編 月明かりの舞踏会①
八城春樹と渚沙・エイデンは荷造りをしていた。
ここは傭兵部隊アリアの本拠地。傭兵部隊ローレライ小隊が間借りしている部屋の一つ。任務に必要なものをかき集めているところだった。
「俺たちが護衛任務とはな」
「えぇ、なぜ我々へ依頼が来たのか説明はされましたが、納得はいきませんね」
ローレライ小隊は秘密裏に正規軍に雇われている暗殺部隊である。対幻種戦に駆り出されることも少なくはないが、潜入任務はやったことがない。
「まぁ、いずれにせよ我々に拒否権はありません。今回の依頼は正規軍から直々のものですから」
「ま、スポンサー様の依頼は断れないよな」
ローレライ小隊の今回の任務は上流階級のパーティに参加し、秘密裏にある要人を護衛することである。
今回のパーティを襲撃しようという未確認情報があるらしい。それを警戒してのことのようだ。
政府に対して不満を持つものはごまんといる。それ以外にも貧富の差が拡大しているこの時代、富を持つ者も狙われることが少なくない。
だが、正規軍がRAで大々的に護衛するわけにはいかない。そのため、ローレライ小隊が付近で機体と共に待機。有事の際はそれで迎撃することになったのだ。
「それにしても、護衛とはいえお前だけで大丈夫なのか?」
「おや、春樹くんは私が上流階級のパーティには相応しくないと?」
だが、会場内部で銃撃が行われる可能性も決して低くはない。ボディーチェックがあったとしても、会場に銃を持ち込む方法はいくらでもある。
そのため正規軍から警備に話を通し、渚沙は正規軍のお偉い方の娘として潜入。春樹は警備の1人として潜入することになった。もちろん、ローレライ小隊であることは隠し、とある傭兵部隊ということになっている。
「あー……いや、別に見た目は大丈夫だと思うが。お前、上流階級の作法とか知ってるのかよ」
「それなら私と響子が入った傭兵ギルドのカリキュラムである程度はやっています」
「スパイってやつか?」
春樹のいた傭兵ギルドの養成所では、単純な戦闘技能しか学んでいないので意外だった。春樹のいた養成所は小さい場所だったから、規模の大きいところではカリキュラムも違うのだろう。と、春樹は内心勝手に納得していた。
「スパイというより、潜入任務ですね。こういった特殊なケースも想定して訓練はしてきましたから。ダンスも踊れますよ」
「なんか想像つかないな」
「ただ、響子はこういうの苦手で、疑わしい人間全員に銃ぶっ放しかねないので今回は待機です」
「あー……やりそう。それにしても、俺は警備の制服は借りるからいいとして、ドレスはどうするんだ。持ってるのか?」
「今から仕立てている時間もありませんし、レンタルするしかありませんが……どうしたものやら。私はそのあたり詳しくないんですよね」
「カリキュラムでやったんじゃないのかよ……」
「ドレスの借り方なんて学んでませんよ……技能が必要になるとも思ってませんでしたし」
「まぁ、それもそうか。セフィア指揮官に頼んでみたらどうだ?あの人アークライト重工の社長令嬢なんだし、ドレスなんて腐るほど持ってるだろ」
「腐ったドレスは嫌ですね……。まぁでも他にあてがあるわけでもないですね……」
「他の4人は指揮車で待機だろ。俺もそっちがよかったなぁ」
ローレライ2、響子・エイデン。ローレライ4、ノエル・フォルスター。ローレライ5、クルト・ヴェルナー。ローレライ6、葵衣・グラシアの4人は付近に装甲車を停め、待機する。
春樹もそっちに入りたかった。
「逃しませんよ……」
「分かってるよ……〈リッパー〉でドンパチリやってる方が楽そうだぜ……」
春樹と渚沙は同時にため息をついた。
渚沙は早速、傭兵部隊アリアの執務室へと向かい、指揮官であるセフィア・アークライトに相談した。
「……と、いうわけなのですが」
「ん……構わん。貸してやろう」
事情を説明すると、意外なことにセフィアは即承諾した。
「本当ですか?お代は後で支払いますが……意外ですね」
「父のスポンサーの護衛にもなる。父に恩を売っておくのも悪くない。一応建前上はローレライはウチの隊員ということになっているからな」
ローレライ小隊は秘密の部隊だが、当然基地がないと運営などできるわけがない。そこで、傭兵部隊アリアを隠れ蓑として使っているのだ。
「歩、手伝ってやれ」
セフィアが、自身の横に秘書のように立っていた歩に言った。渚沙はあえて気づかないふりをしていた。単純に彼女のことが嫌いだからである。
「はい。お部屋に入りますがよろしいですか?」
歩がセフィアに尋ねた。
「構わんよ。変なものに触らなければな」
「変なものがあるんですか?」
「ない」
「残念です……。それでは渚沙さん、こちらへ」
執務室を出ると、渚沙は歩の後ろをついていく。セフィアの私室へ向かい、中に入る。
兵士用の部屋とは広さが段違いだった。さらに奥に部屋があり、中には社交用のドレスやらが並べられていた。
「ここ傭兵部隊の本拠地ですよね」
渚沙が呆れた顔で言うと、歩はクスッと笑った。
渚沙はそれがおもしろくなくて、眉を顰めた。しかし、歩はそれをみてなお笑みを浮かべる。
「まぁ、これは指揮官の趣味というより押し付けられたようですが。定期的に使用人が整理しています」
「それでは渚沙さんに合うドレスを選びましょう」
「え、えぇ……」
歩はドレスを次々と渚沙に向け吟味していく。
普段、歩は渚沙を挑発したりからかってはくるものの、こういうときに手は抜かない。そういうところだけは信頼していた。
人の男にちょっかいをかけなければ仲良くなれるのですが、と渚沙は内心思った。
「これでいいでしょう」
「はぁ……」
渚沙にはどのドレスも色が違うくらいにしか思わなかったが、歩は決めたようだ。
「白い肌に深い碧のドレスは映えますよ」
「そうでしょうか……」
「直しは私がやります。ローレライ小隊が出発するまでには仕上げます」
「できるんですか……?」
「ある程度は」
(脳筋ゴリラとばかり思っていましたが、知性もあったんですね……)
歩は渚沙の採寸を始めた。時折わざとらしくうんうん唸っている。
「さて、どの長さなら渚沙さんが転びやすいかなんとなく分かってきましたよ」
「そんなことしたら殺しますよ」
「あら、構いませんよ。私の方が早くあなたを殺せますから」
「ふん……」
「冗談ですよ。でも、いいなぁ、春樹さんとパーティ」
「遊びじゃありませんってば。あと私の春樹くんです」
「あら、略奪愛っていうのはご存知ない……?」
2人はしばらく睨み合っていたが、それぞれ準備に入った。