特別編 月明かりの舞踏会②
数日後、ローレライ小隊は潜入を開始した。
首都フォートシュタットから続く、商業及び工業が盛んな街カウンティ。
上流階級が住む高級住宅街のエリアと労働者のエリアは隔離されている。高級住宅街のエリアでは低所得者層によるテロ行為が散発的に起こっている。
そのため警備は厳重で、怪しい者は適当な理由で射殺されることも少なくない。
このタウン・ハウスもそんな中にあった。
少し離れた位置に装甲車を停めている。ローレライ小隊の残りのメンバーは装甲車内で待機していた。
何か異常があれば春樹か渚沙から彼らに連絡する。
装甲車とは別地点に、RAを隠せるほどのコンテナを積んだトラックがこの建物の近くに停まっていた。とある物流業者に偽装している。敷地は広いため、特に違和感はなかった。
RAは本来の作戦と違い、1機のみとなった。作戦が直前で変わったためだ。
依頼主である正規軍が本来、機体を待機させるはずだった建物の確保に失敗したのだ。正規軍からはこの件について説明はなかった。代替案の作戦が決行。偽装トラックは用意された。
しかし、RAを積んだトラックをそういくつも置いておくわけにはいかない。不自然であるためだ。そのため、1機分だけに留まった。
春樹は黒服を思わせる防刃スーツに、サブマシンガンで武装していた。
警備員の1人として会場内を眺めた。
椅子に座り、楽器を演奏する者たちが並んでいる。簡単な軽食も用意されているようだった。
「……くだらねぇな」
煌びやかな装飾は100年単位で戦時中の国の建物だとは思わせない。ここの人間たちが持っている資産があれば新型機だって買えるだろうな、と春樹は人々を眺めた。
どの人物も華美な服装をしている。中には若い男女もいた。
その中の女性の1人と目があったが、その目は間違いなく春樹を見ていなかった。ここでは警備員は人としてすら認識されていないようだ。
いや、次に視線が合ったもう1人の女は違った。
(ん……?)
金髪の女性は春樹の顔を見たかと思うと、微笑みかけた。すぐに視線を外し、近くの男性に声をかけた。
「嘘くせぇ笑顔……。なんだったんだ?」
(それにあの顔、見覚えがあるような……)
春樹は考え込み、女性の顔を再び見ようとしたがすでに彼女の姿は人混みに消えていた。
渚沙は正規軍の将校に連れられ、挨拶しているところだった。一応将校の娘となっているが、当然偽装。この将校に娘はいない。
渚沙のドレス姿は美しかった。口を開かなければ上品な顔立ちをしている。碧いドレスがその美しさを際立たせていた。
しばらく渚沙のことを見つめていると、演奏とともにダンスが始まった。
渚沙は上品な容姿の壮年の男性にダンスを申し込まれ、受け入れた。
春樹は任務を忘れ、渚沙のダンスを見ていた。
20名以上の武装した警備員が警備しているのだ。そうそう非常事態が起こるものでもない。
渚沙の踊りは見事なものだった。──そして相手の男も。
あそこにいるのが自分だったらと思ったが、似合わないなとため息をついた。
「くそっ……」
渚沙が他の男と踊っていると思うとどうも虫のいどころが悪い。春樹とて任務だと分かっているのだが。
「き、君……」
「あ……?」
渚沙を見つめているのを邪魔された春樹は若干声を荒げ、声の主を見た。
顔を真っ青にした50代くらいの男が春樹に近づいてきた。
要人の1人だ。
「──じゃなかった。どうされました?」
「どうも体調が優れなくてね。トイレはどこかな」
「向こうです。案内しますか」
春樹はトイレの方角を指さした。任務外ではあるが、上流階級の人間を邪険に扱うと後が面倒だ。春樹は案内を提案した。
「頼む……」
春樹は内心、彼が自分で勝手に行くことに期待したが、自分で提案したうえ、頼まれてしまった以上は仕方ない。
「タンゴ6、要人を便所へ案内する。フォロー頼む」
春樹は他の警備員に無線で連絡を入れた。
タンゴ6は警備員としてのコールサインだ。ローレライのコールサインを使うわけにはいかない。
「了解」
春樹は男をトイレまで送り届けた。
(あのおっさん、我慢してはいるが相当苦しそうだぞ。悪いもんでも拾い食いしたのか)
しばらくはトイレから出てこないだろうな。と春樹は内心、お気の毒と男に言葉をかけた。
「そういや、さっきのおっさん。あの女と話してたな」
先ほどの男性と、春樹に微笑みかけた女性が話していたことを春樹は思い出した。それだけだった。
春樹が配置に戻ろうとすると、数人の警備員が慌ただしく走っていくのが見えた。
「何があったんです?」
春樹は警備員の1人に向かって行った。
「テロだよ。近くの建物で爆発が起きた。念の為、会場内の人間を退避させる」
「俺も参加します」
「いや、いけよ。君には君の仕事があるんだろ」
警備会社にはローレライ小隊のことは伏せているが、特殊な仕事を請け負った傭兵であることは伝わっていた。
「え、えぇ……。ここは頼みます」
春樹は渚沙の元へと走っていった。