『登録タイトル:百道大介』SS_10/31の記録
10/31の記録
※この小説は音声作品『登録タイトル:百道大介』のネタバレを含みます。
:::
俺たちの未来は存在する。
本当に?
この前あいつと外出したときに、初めてハロウィーンというイベントを知った。あまりにも色々な場所でその言葉を目にするものだから、てっきり何かを祝う日なのかと思ったがどうやらそういうわけでもないらしい。
黒、橙色、鮮やかな赤。仮装をした人間たち。おどけた顔をしたカボチャの飾り付けも、雲みたいなオバケのキャラクターも俺の目には「見慣れないもの」として映るだけだったけれど、あいつは楽しそうだった。楽しそうで、嬉しそうだった。
ショウケイスに並んだ菓子やいつもと違う街の灯りに投げられる熱の籠もった視線。立ち止まってじっと何かを見たり、店に入ったりすることはない。ただ、いつもより浮き足立っていてまばたきの回数を増やすあいつの姿は、俺にとって新鮮だった。
隣を歩くことで彼女の「楽しい」をすぐそばで感じることができて俺も嬉しい。嬉しくて、楽しい。
可愛い。可愛い。こんな顔もするんだ。今日、一緒に出かけられて、良かった。
電車の中で一度きりの影を探して、呪いにも似た執着で彼女の残滓を胸に掻き抱いていたかつての「百道大介」が、笑った。
俺が笑うとあいつも笑ってくれた。
本当に?
俺たちがこういう関係になってからしばらく経つ。たぶん、数ヶ月は経っている。
今まで一緒にいられなかった時間を取り戻したいという気持ち以上に、あいつ自身を知ることにも俺は夢中になった。
ずっと見ていても飽きないし、それこそ「今まで」を取り戻すかのように俺は彼女の一挙手一投足を刻みこむ。どこに。もちろん魂に。
好きな食べ物。嫌いな音。眠りに入る瞬間の呼吸。家の鍵を開けるときの癖。水を口に含んでから飲み込むまでの時間。手の空いた時間に立ち上げる頻度が一番多いアプリケーション。俺の声を聴いた回数。俺の「ページ」を閲覧した回数。俺の名前を思い出した回数。俺の名前を実際に口にする回数はあんまりなくて、それはほんの少し、寂しいと感じた。
彼女と同じ空間に居られるだけで、あの電車の中でひとりだった頃に比べて俺はじゅうぶんに満たされているのに、寂しいと感じてしまった。
……だからさっき、あいつに名前を呼ばれた気がして、珍しいこともあるものだと俺は慌ててあいつの部屋に行ったんだ。
暗闇の中であいつはうなされていた。眉間が少し寄っていて、唇の端が下がっている。泣くのを我慢している迷子みたいだ。哀れを誘うその表情に胸の奥が痛む。同時に、なんで俺を呼んだのに目を開けないのかと切なくなった。
ああ。彼女が眠っている。
さっき俺の名前を呼んだのに。
──本当に?
本当に。
夢に見るほど、無意識に名前を呼ぶほど俺のことを考えてくれるならそれが悪夢でも構わない。どうせなら目覚めても喉の奥にへばりついて剥がれないくらい、ひどい夢であればいい。
寒いのか、苦しいのか、少し冷えた頬に唇を寄せる。それから彼女の名前を呼んだ。
あの夕焼けの中で手に入れた、彼女の名前を。
ありったけの愛を込めて。
2022/10/31
※この先は『登録タイトル:百道大介』の重要なネタバレを含むため、プラン加入者の方のみ閲覧可とさせていただきます。ご容赦ください。
フォロワー以上限定無料
※『登録タイトル:百道大介』のネタバレを含みます。
無料
この記事にはコメントできません。