官能物語 2020/08/31 14:00

母の浮気/58

 えっ、と今度は良太が面食らう番だった。彼女は、今何と言ったのだろうか。聞き間違いや妄想でないとしたら、良太の相手をしてくれると言った。童貞卒業の相手を。願ってもないことである。しかし、良太は、

「ほ、本当ですかっ!?」

 とがっつくようなことはしなかった。押し入れに隠れて、母と男たちの生の営みを見ていたことで、良太は、童貞は童貞でありながらも、精神的に余裕のある童貞という珍しい進化を遂げていた。なので、

「それ、冗談だったら、かなりがっかりしますよ、おれ」

 と落ち着いた声音で返すことができた。すると、その反応が意外だったのか、

「本当に良太くんって経験無いの?」

 と、じいっと、彼女が見てくるので、

「ないですよ。正真正銘の童貞です」

 とはっきりと応えてやった。友人の母親に言う言葉では無いだろうと思ったけれど、元はと言えば、彼女から振ってきた話である。すると、彼女は、少し辺りを見回すようにした。公園の中は、数人の子どもが遊んでいるくらいのものだったが、壁に耳ありというたとえもある。

「こんなところじゃなんだから、これから、家に来ない、良太くん」

 と彼女は言ったあと、良太が応える前に、

「あっ、ごめん、久司がいつ帰ってくるか分からないから、今日はダメかな」

 思い直したように言った。良太は、ドキリとした。今、明確に、誘われたのではないだろうか。女性から誘われたことなどない良太は、それがそうだったのか分からないながらも、他人がいる外から、二人きりでいられるところに行こうと言われたことは事実なのであって、それだけでも股間を硬くするのに十分な事態だった。久司なら、まだあと優に1時間以上は帰って来ないことだろう。しかし、それを彼女に告げることはできないし、そもそもがもしもそういうことになったら1時間で足りるのかという心配もある。

「じゃあ、時間の都合がつくときに、連絡してもらっていいですか?」

 と良太は、スマホを取り出した。

「うん、いいよ」

――マジか!?

 スマホを取り出して、共通して利用しているSNSのアカウントを登録してくれる彼女を見ながら、信じられない思いだった。これは夢か。夢でなかったとしたら、これから夢のような体験ができることになる。

「今日はいろいろとありがとうね。助かっちゃった」
「別に何もしてませんよ、おれ」
「そんなことないわよ。家から出てくるときはめちゃくちゃ落ち込んでたんだよ、それが今はすっきりした気分なんだから。これ、全部、良太くんのおかげだよ」

 そう言うと、彼女は、良太の耳に口もとを寄せてきて

「ちゃんとお礼するからね」

 と改めて言うと、それじゃあ、ということで、ベンチを立った。
 良太は、彼女の後ろ姿が遠ざかるのを、少しの間、眺めていた。

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