官能物語 2021/07/30 10:00

美少女のいる生活/26

 入学式の朝が明けた。
 この日は平日だったが、貴久はあらかじめ休みを取っておいた。

「どうですか……何か変じゃありませんか?」

 朝食をバナナとコーヒーだけで済ませた貴久は、それに加えてサラダとハムエッグとトーストを食べた美咲が、スーツ姿で現われるのを見た。

「変どころか、よく似合っているよ」
「スーツってあまり着たことないので」
「お父さんが涙ぐむな、成長した娘の姿を見て」
「それ、無視してもいいですか?」
「いや、ダメだろ、何か一声かけてやらないと」
「面倒くさいです」
「じゃあ、おれがやろう」
「お願いします」

 入学式にふさわしい青々とした空の下、会場へと向かうと、待ち合わせた大学門前で、見覚えのあるむさくるしい中年男と、見覚えの無い爽やかな顔立ちの若い女性が立っていた。

「まさしく美女と野獣だな」

 貴久が友人に声をかけると、

「第一声がそれかよ」

 と彼は嫌な顔をした。

「しょうがないだろ、そう見えるんだから」
「『妻』を紹介させてもらってもいいか?」

 二人の近くで、クスクスと軽やかな笑声を立てていた女性は、ショートカットの清楚な風貌である。

「景子と申します。お噂はかねがね窺っています」
「どうせ悪口ばっかりでしょう。全部それひっくり返して聞いてくださいね」
「夫は、『世界で一番信頼できる男だ』って、常々申しています」
「本当ですか? 信じられないな」

 貴久は彼女と話していると、心に弾みを覚えた。
 これは、友人が好きになるのも無理は無いと思われた。

「お体は大丈夫ですか?」
「ええ、まだ3ヶ月なので」
「そうですか」

 二人が初対面を行っている隣で、父と娘の一週間ぶりの対面が行われていた。

「や、やあ、美咲。調子はどう?」
「毎日楽しく暮らさせてもらっているよ。貴久さんは、お父さんと真逆の人だから」
「そ、そうか。それはよかった。何か不自由なことはないか?」
「無いよ。それに、わたしのことより、景子さんのことをきちんと気にかけてあげてね。何だったら、わたしのこともう忘れてくれてもいいから」
「な、何を言っているんだ。娘のことを忘れるなんてできるわけないだろ!」
「じゃあ、時々思い出すみたいな感じでいいよ。3ヶ月にいっぺんくらい、『そう言えば、美咲、どうしているかなー』みたいな。で、思い出して、でも、何もしない」
「何もしない?」
「そう、電話もメールもしない。そうして、わたしも同じような感じで、お父さん、どうしているかなーって思い出しながらも、まあ、便りが無いのはいい知らせだからってことで、何もしないの。ね、それでどう?」
「いや、そんな『取引成立』みたいな言い方されてもな。まだ怒っているのか、美咲?」
「深く傷つけられた感じかな。これはもう一生トラウマになって残ると思うのよ、うん」
「い、一生?」
「そう。だから、もうわたしたち二人は、互いのことを遠くから見守るような感じで行こうよ。時が二人の間を修復してくれるのを淡く期待しながら、ね?」

 娘の言葉に父はがっくりとうなだれた。
 どうやら、スーツ姿に涙している余裕はなかったようである。
 美咲は、継母に向かうと、

「景子さん」

 と心から嬉しそうに声をかけた。
 継母は、苦笑した。

「わたしの旦那様を、あまりいじめないでね、美咲ちゃん」
「わたしがいじめた分、景子さんが慰めてあげてください」
「でも、可哀想じゃないの」
「いいんですよ、父はもうそろそろ子離れしないと」
「美咲ちゃんのことを心から愛しているのよ」
「父からの愛はもういいんです。わたしにとっては、出がらしのお茶ですよ」
「愛は与えた分だけ薄まったりはしないと思うけど」
「だとしたら、わたし、父のこと愛していないのかもしれません。だって、薄まってますもん」
「また、そんなこと言って」
「本当ですよ。それより、父に何かされたらすぐに言ってくださいね。わたしは、120%、景子さんの味方ですから」

 そうしていると、二人は、まるで仲の良い姉妹のように見えた。

「おれは、いい娘を持ったよな?」

 友人が、げっそりとした声で言ってくるのに対して、

「それは間違いないな」

 と貴久は応えたあと、「旧交」を温めるのはそれくらいにした方がいいことを、みなに伝えた。

 式の時間が近づいている。

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