八卦鏡 2022/04/15 00:00

寮長日記10[星女1]

星の界
月なきみ空に きらめく光
嗚呼その星影 希望のすがた
人智は果なし 無窮の遠に
いざ其の星影 きわめも行かん

雲なきみ空に 横とう光
ああ洋々たる 銀河の流れ
仰ぎて眺むる 万里のあなた
いざ棹させよや 窮理の船に

1910年(明治43年)教科統合中学唱歌 第二巻

星祭り
生徒会室の椅子に座り、生徒会長の刹那は珈琲を飲んでいる。
感染症による学校閉鎖以降、学園では大きな問題は起きていない。
かなりくつろいでいる刹那の机の上に、何かが置かれた。
それは、緑、紅、黄、白、黒の短冊だった。
短冊を置いたのは、副生徒会長の静香だ。

刹那「これは、五色の短冊か」
刹那「そうか、今日は七夕か」

静香「生徒会長も、何か願い事を書いてはいかがですか?」

刹那「ふむ、そうだな」

刹那はボールペンを手に取ると、短冊に願い事を書く。

学園平穏

白の短冊に、力強い文字でそう書かれている。

静香「願い事ぐらい、個人的な内容を書かれてはいかがですか?」

静香は苦笑しながら、白の短冊を受け取る。

刹那「私の個人的な願い事もそれと同じだ」
刹那「君も願いを短冊に書いたらどうだ?」

静香「そうですね」

静香は紅の短冊に願いを書いて、刹那に見せる。

素敵な恋人が欲しい!

流れるような綺麗な文字で、そう書かれている。

刹那「ふむ、恋する乙女の願いだな」

刹那は色恋沙汰は苦手で、月並みの感想を述べた。

静香「これは、私の本気のお願いなんですよ!」
静香「揺るがぬ信念を持ち、窮地でも冷静な判断を下す方が好みです!」

刹那「そうか、そんな人物が君の前に現れるといいな」

静香「はい、既に私の人生の中に登場しています!」

静香は意味ありげに微笑んだ。
突然、生徒会室の部屋が青白い光に包まれた。

刹那「なっ、何だ?」

そう思った瞬間、部屋の中央に人影が出現した。
それは、橙色の三つ編みの髪をした少女だった。
無彩学園の制服と、装身具を身に着けている。
占い研究部の橙寺仙子だ。
だが、いつもの雰囲気とは明らかに違っている。
仙子は興味深げに部屋の周囲に視線を巡らせている。

仙子「ここが、この施設の司令塔で間違いないか?」

仙子は警戒態勢の刹那に向かってそう言った。

刹那「君は誰だ?」

刹那は敢えてそう質問した。

仙子「私の個体識別ネームはゼクス」
仙子「惑星ヤディスからこの星にやって来た」

刹那「惑星ヤディス?」
刹那「君の着ている服は、無彩学園の制服のようだが?」

仙子「今の私は精神体で、この星の人間と融合している」
仙子「この人間の個体識別ネームは、橙寺仙子だ」

刹那「人間と融合しているだと?」

静香「橙寺仙子は占い研究部で、学生寮の生徒です」

刹那「この学園の生徒なのは、間違いないようだな」
刹那「君はこの星の言語を話しているが、異星人なのか?」

仙子「この人間の記憶を共有して、この星の言語で話している」
仙子「ここが学園と呼ばれ、若者の訓練施設までは理解している」
仙子「だが、この人間の記憶の解析が、全て終わっていない」

もし、以前の刹那なら、この女生徒の妄言を最初に疑うだろう。
しかし、今の刹那は、超常的な事象が実在する事を知っている。

仙子「改めて、ここはこの施設の司令塔か?」
仙子「そして、君がこの司令塔の司令長官か?」

刹那「この学園の役割的な意味ではその通りだ」
刹那「それで、ここに現れた理由はなんだ?」

突然の異星人の来訪という、異常な状況である。
それでも、刹那は動じる事なく、冷静に言葉を運ぶ。
そんな刹那を、静香は惚れ惚れとした顔で見ている。

仙子「ふむ、それではまずこちらの事情を話そう」

刹那「その前に、もう一人この場所に呼びたい人物がいる」

仙子「私は司令長官以外には用事がない」

刹那「その人物は、君が共有している人間において、私よりも権限がある」

仙子「ほう、それは誰だ?」

刹那「この無彩学園の学生寮の寮長だ」

刹那は静香に目配せする。
静香は黙って頷き、携帯で寮長の青島魔夜に電話を掛ける。

魔術師
生徒会室の部屋の何もない空間に、巨大な鏡が出現した。
その鏡には、生徒会室の部屋ではなく、学生寮が映っている。

刹那「もう、何も隠す事なく魔術を使ってくるな」
刹那「ハロウィンの時は、普通に扉から入室していたが」

静香「緊急事態だと伝えましたので」

学生寮を映す鏡の中から、青島魔夜が姿を現す。

仙子「ほう、これは」

仙子が興味深そうに、魔夜の姿を見詰める。
魔夜は部屋に降り立つと、すぐに仙子を一瞥する。

魔夜「なるほど」
魔夜「橙寺さんは、何かと融合しているようね」

仙子「もしかして、君は魔術師か?」
仙子「私の星にも、魔術師がいるから分かる」

魔夜「まずは、橙寺さんの体から離れてもらうわ」

魔夜は片手を仙子に向ける。
仙子は不敵な笑みを浮かべる。

仙子「魔術では、私とこの人間の体は分離できないぞ」
仙子「魔術的に融合しているわけではないからな」

魔夜「…………………………」

刹那「二人ともそこまでだ!」
刹那「ここは生徒会室だ」
刹那「惑星ヤディスでもなければ、学生寮でもない」
刹那「ここでは、生徒会長の私に従ってもらう」

魔夜「そうね、ここでは生徒会長に従いましょう」

仙子「もとより、私はここに話をしに来ただけだ」

刹那「ともかく、これで役者は揃った」
刹那「では、話を聞こうじゃないか」
刹那「個体識別ネーム、ゼクスだったか?」

仙子「そう、私はゼクス」
仙子「惑星ヤディスの警察官だ」

刹那「警察官?」

仙子「この星の職業で言うならば、それが一番近い」
仙子「私は脱獄犯を追ってこの星まで来た」

刹那「脱獄犯?」

仙子「そう、個体識別ネームはドライ」
仙子「罪状は、禁止された崇拝による同族大量殺害だ」

刹那「禁止された崇拝?」

仙子「惑星ヤディスでは、崇拝が禁止されている神がいる」
仙子「その神の名は、イゴーロナク」

刹那「イゴーロナク?」

魔夜「悪徳と倒錯を運ぶもの」

仙子「ほう、そこの魔術師は、イゴーロナクを知っているようだな」
仙子「イゴーロナクは、悪が存在する星には、どこにでも顕現する」
仙子「この宇宙を悪で染める事が、イゴーロナクの望みだからだ」
仙子「ドライはイゴーロナクを崇拝し、儀式と称し同族を殺害していた」
仙子「ドライは逮捕された後、死刑判決を受け、牢獄に収容されていた」
仙子「しかし、牢獄を脱獄して宇宙へと逃亡した」
仙子「私はドライの追跡と拘束の命令を受け、この星まで来た」

刹那「そちらの経緯は理解したが、何故この場所に?」

仙子「私はこの星に近い座標でドライに追いつき、宇宙船での戦闘になった」
仙子「ドライの宇宙船は被弾して損傷し、この星に不時着した」
仙子「当然、私もドライの宇宙船を追って、この星に着陸した」
仙子「この施設の近辺に、ドライの宇宙船が不時着した可能性が高い」

刹那「つまり、この学園近辺に、脱獄犯が潜伏している可能性があると?」

仙子「そうだ」

刹那「君は人間の肉体と融合していると言ったが、その脱獄犯もそうか?」

仙子「その可能性は非常に高い」

刹那「そもそも、なぜ君は人間の肉体と融合している?」

仙子「いい質問だ」
仙子「我々の種族にも、本来の肉体はある」

仙子は左腕に装着された、銀色の奇妙な形状の腕輪を操作する。

すると、空中に画像が表示される。
そこに映し出されたのは、人型の奇妙な生物だった。
黒色の昆虫と哺乳類を、掛け合わせたような身体。
頭髪はなく、頭頂から象の鼻のような口吻が伸びている。

仙子「これが、我々の本来の肉体だ」

刹那「手に持っている、楽器のようなものは何だ?」

仙子「これは、楽器ではない」
仙子「これは、チューブライフルだ」

刹那「チューブライフル…銃なのか?」

仙子「そう、ヤディス人の科学者が開発した、ビーム兵器だ」
仙子「だが、今はその事はどうでもいい」
仙子「話を戻すぞ」
仙子「我々のこの肉体は、星間飛行の負担が非常に大きい」
仙子「そこで、我々は肉体と精神体を分離して、星間飛行を行う」
仙子「これが、我々が星間飛行を行う宇宙船だ」

仙子が再び腕輪を操作すると、空中に新たな画像が表示される。
その画像には、奇妙な形状のオブジェクトが表示されている。
強いて言うなら、人間の三半規管に似ている。

刹那「この奇妙な宇宙船は、サイズは大きいのか?」

仙子「人間の両手で、簡単に抱えられるほどの大きさだ」

刹那「ふむ、そんなに小さいなら、簡単には見付けられんな」
刹那「ところで、今の君は精神体だけという事か?」

仙子「そう、本来の私の肉体は、惑星ヤディスにて保存されている」
仙子「ドライも肉体は捨て、精神体だけで宇宙船に乗り、逃亡したはずだ」
仙子「さて、話は以上だ」
仙子「これで、知的生命体が存在する星での、調査の告知義務は完了した」
仙子「では、確かにこちらの捜査の事情は告知したぞ」

そう言うと、仙子の身体は青白い光に包まれその場から消え去った。

刹那「…………………………」

静香「…………………………」

魔夜「…………………………」

魔夜「今回の橙寺さんの件に関しては、学生寮が対応します」

魔夜はそう言うと、出現したままの巨大な鏡を潜って消えた。

来訪者達が去り、生徒会室の部屋に静寂が訪れた。

静香「言いたい事だけ言って、二人とも去って行きましたね」

刹那「まあ、これくらいなら、想定内の展開だ」

静香「あら、そうでしたか」

刹那「ゼクスは、我々に捜査の協力を求めるのかと思ったが、違ったな」
刹那「現地の星の知的生命体に、捜査の事情を告知する義務があったようだ」
刹那「それは、ゼクスが所属する組織の規則なのだろう」
刹那「逆に言えば、規則以外の事は、好き勝手にやる可能性がある」
刹那「事実、この学園の女生徒の肉体を、勝手に乗っ取っている」
刹那「学生寮の魔女の反応は、予想通りだな」
刹那「寮生が絡むと、あの魔女は必ず介入してくる」

静香「学生寮が対応すると言ってますが、放置しますか?」

刹那「まさか、そういう訳にはいくまい」
刹那「ゼクスの情報が本当なら、脱獄犯がこの学園近辺に潜伏している」
刹那「かと言って、こんな超常的な事案は公には開示できない」

静香「では、生徒会としての対応はどうしますか?」

刹那「まず、我々はヤディス人について、詳しく知る必要がある」

商店街
夕暮れ時の商店街は、物々しい雰囲気に包まれていた。
商店街の入口には、黄色の立入禁止のテープが張られている。
そのテープの前には警官が立っていて、侵入者を阻んでいる。
道行く人々が立ち止まって、ヒソヒソと話をして通り過ぎる。

通行人「商店街の花屋の娘さんが、殺されたらしいよ」
通行人「とても美人で、愛想のいい娘さんだったようだよ」
通行人「それで、犯人は捕まったの?」
通行人「いや、犯人はまだ捕まっていないらしい」
通行人「もしかして、例の逃走した殺人鬼の仕業?」
通行人「数日前、護送中に逃亡した殺人鬼が犯人てこと?」
通行人「逃亡しながら、殺人を○すとかヤバすぎだろ」
通行人「逃亡中の殺人鬼の名前って何だっけ?」

鬼島三郎(きじま・さぶろう)

通行人「若い女性だけを狙う、連続婦女暴行殺人犯だな」
通行人「まだ、この近くに潜んでいるかもしれないぞ?」
通行人「いや、それは怖すぎだからやめてよ!」

被害者
花屋の娘が殺されたのは、店舗の裏口の路地だった。
娘の遺体は、裏路地の地面に放置されていた。

その遺体は首だけで、体は存在しなかった。
正確には、首と被害者のものと思われる、衣服が残されていた。
衣服のエプロンの上には、メッセージカードが添えられていた。
メッセージカードには、こう書かれている。

堕落の花を配る、素晴らしき悪女。
その体は、主への最高の供物となる。
その首は、悪徳を称えこの地に飾る。

老いた刑事「何だこりゃ?」

老いた刑事は、不可解な顔で、メッセージカードを見詰める。
そこへ、若い刑事がやって来る。

若い刑事「被害者の部屋から、大量の大麻が発見されました」

老いた刑事「何だと?」
老いた刑事「麻薬関係のトラブルなのか」

若い刑事「例の逃亡中の殺人鬼との関係はないですかね?」

老いた刑事「鬼島三郎か」
老いた刑事「あいつは暴行した女を、口封じの為に殺していた」
老いた刑事「だが、この現場を見ろ」
老いた刑事「これが、ただ口封じの為だけの殺人に見えるか?」
老いた刑事「被害者の身元を隠す為に、首を持ち去るならまだ分かる」
老いた刑事「だが首を残し、体を持ち去る意味は何だ?」
老いた刑事「しかも、わざわざ衣服を脱がして、この場に残している」
老いた刑事「この猟奇的な殺害方法は、鬼島三郎のやり口とは異なる」

若い刑事「敢えて、猟奇的に殺した可能性はありませんかね?」
若い刑事「自身の犯行である事を、悟られない為です」

老いた刑事「だとしても、逃亡中なら、頭の方を持ち去るだろう」
老いた刑事「どうして、重たく持ち運びが大変な、体の方を持ち去る?」

若い刑事「確かに、言われてみればそうですね」

老いた刑事「これは、俺の長年の刑事の勘だが」
老いた刑事「この殺害からは、宗教的な臭いを感じる」

寮長日記10[星女2]

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