5月更新しました。女エクソシスト、アリーサ・如月・レノウ
更新が遅くなって申し訳ありません。
そして、文字数に制限がある事をすっかり忘れていて、本当にすみません。
……20000文字制限なのに約40000文字ってなんでしょうね。
贅沢コースは「とりあっとぐぬぬ様」がご好意で作ってくださいました、原寸大イラストの擬音付きとなっています。
イラスト内容はそのままですので、お好みでご購入下さい。
夏が近付きつつある梅雨直前の季節。
太陽が昇っている時間が長くなり、夜が短い季節――。
私立、八雲学園の校舎からは多くの学園製たちの賑やかな声が聞こえ、校舎からは多くの学生たちが騒ぎながら校門に向かって歩いていく。
年頃の少年少女らしく楽しげで、帰り道にどこへ寄ろうか、放課後はどうやって遊ぼうかと話し合いながら校門を抜けて帰路につく。
グラウンドからはこれから部活が始まる運動部の気合に満ちた声が響き、歌唱部の発声練習や吹奏楽部の発音練習が校舎から響いていた。
その様子からは活気が感じられ、学園全体が若者たちの生気で満ち満ちている事が分かる。
「せんせー、それじゃあまた明日ねー」
「はい。Ну тогда, завтра снова(それでは、また明日)、気を付けて帰ってくださいね」
八雲学園の校門では、数人の教師が経ち、帰路につく学生たちと挨拶を交わしていた。
夏の直前、陽が長く、夜が短い季節。
最近は変質者の類も僅かに増え、その被害がニュースで放送されることも多い。
だからこそと、教師たちは大切な生徒の気を引き締めるためにも、ここ一週間ほど、こうやって校門に立って「まっすぐ帰るように」「危険な所へは立ち寄らないように」と口を酸っぱくしながら説明していた。
――と言っても、年頃の若い少年少女たちである。
進学校の高校生ともなれば善悪の区別もつくと思うのだが――進学校だからこそ、心身へのストレスからそういう“悪い道”へ進むという事もある。
校門に立つ教師たちは多くが男性なのだが――その中に一人、ひときわ目立つ女教師の姿があった。
女教師というだけなら別段驚くべき事ではないだろう。教師が校門に立つというのなら、そこに男女の区別などあるはずがない。
しかし、帰路につく学生たちの多くがその教師に視線を向ける。
……美しい女だった。
幼さが残る学生の『綺麗』や『かわいい』ではなく、大人の色香を漂わせる『美しい』という言葉がよく似合う女教師とでも言うべきか。
纏っている雰囲気、シックな服装から感じる気配、立ち振る舞い。そのどれもが大人の色香を感じさせ、『年上の女性』として生徒たちに強い印象を与えている。
まず目が向くのはシニヨンに纏められた綺麗な銀髪と、日本人離れした整った容姿に小さな顔だろう。
日本人離れした――一目で外国人の血が入っているというのが分かる、人目を惹く容姿。
身体付きは女性らしく全体的に小柄かと言えばそうではなく、身長は170センチちょうどを数え、踵が高いパンプスによって見た目にはそれ以上に高く見える。
纏っているのは女教師らしい白のベストにパンツスーツというスラリとした体型をより際立たせる服装に、それと対極になる黒のシャツという格好。
胸元はスーツと同じ白のネクタイが飾り、白と黒という対極の色彩が女教師の禁欲的な印象をより一層強めている。
それが、男女学生の視線を集める美貌を持ちながら、どこか中性的な印象を抱かせた。
しかし男性のような力強さを感じさせるのかと言えばそうではなく、その胸元は同性でも羨むほど形良く膨らみ、白のパンツに包まれたお尻は彼女が足を踏み出すたびに魅惑的な動きで左右に揺れる。
ピタリと下半身を包み込むパンツのお尻部分にはうっすらと下着の線が浮かび、銀髪の女教師と挨拶を交わして校門を抜けた男子生徒たちは、魅惑的な胸元よりも、蠱惑的なお尻に目が向いてしまう。
男子生徒はその日本人離れした肢体に見惚れ、女子生徒は同性でありながら柔らかな微笑みの中に凛とした大人の芯の強さを宿す美貌を無意識に目で追い、羨む。
彼女――アリーサ・如月・レノウはそんな生徒たちの視線を感じながら、しかし気にした様子も無くこれから帰宅しようとする生徒たちと挨拶を交わし、危険な場所へ行かないようにと釘を刺していく。
「危ない場所へは行かないように――寄り道も、人気が多い場所でするのですよ?」
「もうっ。ガッコの先生が寄り道をしていいみたいなこと言っちゃダメなんじゃない?」
アリーサの注意を、会話していた女子生徒が笑いながら訂正しようとした。
きちんと物事の分別が付いている、いかにも進学校の真面目な女子生徒といった感じの訂正だ。
その言葉に、アリーサは柔らかく微笑みながら首を横に振る。
「別に、帰宅途中に寄り道をしても良いのですよ? 寄り道をしてはいけないという校則はありませんし、そういう息抜きをしなければ勉強も大変でしょう?」
「アリーサちゃんって、真面目なのか不真面目なのか分からないね」
「アリーサちゃん……あの、Называй меня учителем.(先生と呼んでください……)」
アリーサは、自分の事を「ちゃん」付けで呼ぶ女子生徒を嗜めようとしたが、その女子生徒はカラカラと朗らかに笑ってその言葉が聞こえなかった風を装いながら帰っていった。
日本国内でも有数の進学校であるここ、八雲学園の生徒の多くが何らかの外国語……主に英語や中国語を学んでいる。
その中の一握りにはアリーサが得意とするロシア語や、他の外国語を含めた複数の言葉を話せる生徒も多い。
だからこそこうやって日常会話にも他国の言葉を交えるようにしていた。
「はあ……私には教師としての威厳が無いのでしょうか……」
その外見からは想像できないような流暢な日本語で、アリーサはため息を吐いた。
けれど、ああやって教師と生徒という身分差を気にせず話しかけてくれるというのは信頼されている証だと思い直し、気を引き締めなおして帰宅していく生徒たちに向けて顔を上げる。
優しさが感じられる穏やかな瞳は彼女の性格を物語るように、澄んだ金色の瞳が慈愛の輝きを放ちながら帰宅の途に就く生徒たちを映していた。
優しげな雰囲気をより一層印象付けさせる僅かに眦が下がった瞳に高い鼻、ぷっくりと肉付き良く膨らんだ柔らかそうな薄紅色の唇。
優し気な笑みを作る唇は魅惑的な形をしており、うっすらと引かれた化粧で染められ、女子学生には無い色気が感じられて男子たちはそれだけでも邪まな妄想を抱いてしまいそうなほど。
父が日本人、母がロシア人という彼女は周囲から奇異の視線を向けられることも珍しくなく、それを気にする様子も無く挨拶を交わしていく。
ハーフだからと区別されることも無く、むしろ好意的に受け入れられているのは彼女の美貌だけでなく、その人徳からだろう。
父親と同じく敬虔なクリスチャンであるアリーサは聖職者としての資格も有しており、八雲学園から少し離れた場所にある教会へ顔を出し、毎朝の祈りを捧げるほど。
休日は住んでいる地域の清掃活動などにも積極的に参加し、学園でもクリスチャン向けのセミナーを行うことも。
教師としては数学を担当し、そして水泳部の顧問をしている。
それだけ多忙ながら疲労感といったものを一切滲ませず、常に柔らかな笑みを浮かべている様子は聖女や聖母のように感じられ、一部の生徒は女性としての魅力ではなく母性のような温かさを抱いてしまう。
彼女目当てで水泳部へ入部した生徒も多く、男子生徒たちは学園指定の教師用の競泳水着に身を包む彼女を週に数度、見ることが出来ていた。
顧問と言っても、八雲学園は進学校であると同時に、部活動にも他のスポーツ校に負けないほど力を注いでいる。
顧問だけでも数人、成績が優秀な選手には専属のコーチまで用意する徹底ぶりだ。
美貌の女教師とはいえ、水泳は趣味の範囲を出ないアリーサは一般の生徒が怪我をしないようにと見守る程度であり、お世辞にもそのタイムは強豪水泳部の顧問としては……いささか不足している部分が多い。
ただ、アリーサのような『見守りの顧問』には日頃の生活のストレスを好きなことで発散する、というメリットの部分が多い。
吹奏楽部や運動部の顧問もそうだ。
才能がある優秀な選手やその周囲には専属のコーチが付き、多くの生徒は進学校特有の過度な勉強から生じたストレスを解消させるために身体を動かす――といった側面がある。
生徒たちにとっても、趣味の運動や休息にまで効率を求める専門のコーチよりも、アリーサのような話しやすく穏やかな性格の顧問と一緒の方が勉強のストレスを発散させやすい。
そういう意味でも、アリーサは趣味の水泳と顧問の仕事を両立できる今の環境は嫌いではなかった。
「ひと段落付きましたね。それでは、私は今日はお先に……」
「ええ。次の見守りは部活終わりですが、そちらは顧問の方々が手伝ってくれるそうなので――では、また明日、アリーサ先生」
いつもならこの後は水泳部の方へ顔を出すのだが、今日は顧問の仕事は休みだった。
いくらアリーサが精力的に働いている女性とはいえ、それが毎日続けば体調も崩してしまう。
顧問の仕事は他の教師たちとローテーションを組んで行われており、アリーサの今日の仕事はこれで終わりだった。
同僚の教師たちへ挨拶をすませると、アリーサが向かったのは、学園の敷地内にある駐車場だ。
他の学生たちと同様に、仕事が終わった彼女も学園を後にするため自分の車の元へと向かっていた。
「ふう」
夏場の熱気が籠った車内に入ると、アリーサは中性的な服装に良く合う僅かに高い声で息を吐いた。
車内の熱気は汗が僅かに滲むほどであり、彼女はエンジンをかけると、まず空気を入れ替えるために車の窓を開けた。
次いで車の冷房を入れるが、吹いてきた熱風にもう一度息を吐く。
中学生の時分までロシアで過ごしていた彼女は暑さに弱く、日本の夏は殊更に苦手な季節だ。
特に梅雨の時期、特有のジメジメとした湿度が高い空気が苦手で、この季節になるとアリーサはとても憂鬱な気分になってしまう。
……それも、学園へ出勤し、生徒たちと話せば忘れてしまえるのだから、教育職というのは彼女にとって天職だったのだろう。
冷房で車内が冷えるのを待ってから、彼女は日本で免許を習得してからずっと使っている年季が入った軽自動車を発進させて八雲学園の裏山へと向かった。
参拝客のために舗装された道を通れば車で15分ほどの距離。
立派な朱色の鳥居が見えてくると、鳥居から50メートルほど離れた場所にある駐車場へ車を停める。
ここが彼女の家……というわけではない。
八雲学園は日本国内でも有数のマンモス校であり、それに比例して教師への支払いも高給である。
アリーサは八雲学園から歩いて通える距離にあるマンションを借りており、車で学園へ出勤した際は――この八雲神社へ仕事で来る時である。
敬虔なキリスト教の聖職者である彼女が日本の神社に何用か、と不思議に思う人が多いだろう。
事実、アリーサ本人も、最初は八雲神社からの依頼を不思議に思う……いや、疑問に思ったものだ。
「う、горячий(暑い……)」
冷房が効いていた車内から出ると、アリーサが小さく呻いた。
夕方とはいえまだ太陽は明るく、影は濃い。
日本の自然が豊かに残る八雲学園の裏山は青々と茂った緑に包まれ、山の麓にある八雲学園よりも少しは涼しく感じられる……ような気がする。
アリーサがこの八雲神社に通うようになったのは、つい最近である。
数か月前から八雲学園のみならず、八雲が関係する多くの建物に霊的な問題が発生するようになった。
学園では夜な夜な悪霊が徘徊し、近隣住民からは夜に不審なモノを見たという苦情が時々上がるように……。
最も被害――というか、悪霊という目に見える霊的障害が発生している八雲学園には早くから有名な退魔師を呼んで対処していたが、それも問題解決には程遠い。
八雲神社の神主、学園の長である八雲傑(やくもすぐる)の父、八雲巌(やくもいわお)は八雲傑が雇った退魔師とは別に、日本式の退魔業ではなく海外の除霊術の知識を持つアリーサを雇い、そして彼女にも八雲学園の近辺で起きている不穏な事態の収拾するよう依頼していた。
……もちろん、秘密裏に、だ。
八雲傑と巌の不仲は、少し調べればわかる程度には有名である。
依頼を受ける前にアリーサが調べたところによると、息子の傑は学園の運営で得た利益で八雲家が持つ土地の多くを購入し、この土地で古くから親しまれる『八雲家』を自分の物にしていた。
一人息子なのだから、父の巌が亡くなれば自動的に自分の物になるはずなのに、だ。
確かにこれにはアリーサも不信を覚え、教師として八雲学園に従事しながら彼の近辺を探っている。
が、よほど巧妙に『なにか』を隠しているのか、それとも親への反抗心がそうさせただけなのか、八雲傑には不審なところは何もない。
そもそも、スパイの真似事など、優秀とはいえ一介のクリスチャンでしかないアリーサには無理があり、彼女は当初の依頼通り今では八雲巌から仕事を受けて近隣で発生する悪霊が起こす霊的障害の解決と八雲学園の教師としての給料を得る立場に収まっていた。
「それで今日は、どのようなご依頼でしょうか?」
鳥居を通り、境内を掃除していた巫女に案内されたアリーサは、差し出されたお茶を静かに一口楽しむと、奥で待っていた巌へ単刀直入に質問した。
彼女への依頼は、スマートフォンへのメール一本で行われる。
内容は簡潔なもので、訪ねる日時が書かれただけ。内容や報酬の類は一切なし。
それでもメールはすぐに破棄するように言われているのだから、父・八雲巌の息子への警戒心は相当なもの。
もう数か月も依頼を受けているアリーサからすると、巌が学園の運営に成功した息子へ一方的に敵意を向けているようにも見えてくる。
それも当然だろう。
八雲神社が近所の人々から親しまれていたというのは、もう数十年も昔の事。
……巌の浪費癖によって神社の経営は傾き、その事が世間へ知れ渡ると近所の人たちは八雲神社ではなく近隣の別神社へと参拝するようになった。
通された奥の間を見回せば、その浪費癖がどれほどのものか簡単に想像できる。
煌びやかな調度品、日本の神社仏閣に良く似合う大小二刀の日本刀。
ここだけでなく、社務所には人目を惹くように置かれた武者鎧など――とにかく、参拝客の目が向く場所には、人目を惹く高級感のある物品が多い。
(これを手放せないあたりが、息子さんとの差……でしょうか)
アリーサはそう思いながら、けれど表情にも口にも出さない。
あまり気乗りしない依頼主だが、しかし貴重な収入源なのだから。
――それはさておき。
今ではそれほど親しまれていない参拝だが、年寄りは年に数回行うし、若い人だって年末年始には賽銭を落としていく。
冠婚葬祭も別の場所で行うようになれば、神社を運営する事すら難しくなる。
国から一定の補助が受けられるとはいえ、今までのような暮らしは出来なくなった……自業自得だが。
そこで、息子が学園の運営に才能を発揮したのだから――その疑いが嫉妬から来たもの、と考えてしまうのも自然だろう。
「うむ、よく来てくれたね。アリーサさん」
齢70に近い八雲巌はそう言うと、皴が目立つ顔を僅かに緩めた。
年老いた老人だ。
肌は皴が目立ち、声も低い。
しかし、八雲学園の学園長である八雲傑と肉親である証拠か、肉付きの良い身体は70歳には思えないほど丸々としており、手足も驚くほど太い。
そんな肉感たっぷりの肉体を包み込むのは純白の上衣に空の色のように澄んだ明るい青色の袴である。
神職者らしい格好と俗世の欲にまみれた肉体という対比が、八雲巌という人物がどのような人間か――よく表しているようだった。
「先日はこちらの無理な依頼を受けてくれて、ありがとう」
「いいえ。私も、この街に住まう方々が平穏に暮らせる手助けができたのなら……幸いです」
それは、二日前の依頼の話だった。
アリーサは巌の依頼で八雲学園から少し離れた場所にある廃屋にて、不審な人影を見る人が多くなったというもの。
本来なら警察なりが対応するべき問題だろうが、どれだけ近隣の人々が警察に依頼しても不信な人物は見つからない。
それどころか、若者たちは面白がってその廃屋で肝試しをするようになり、巌がアリーサに依頼したのだった。
アリーサも、学園での教師業で十分生活できるだけの給金を得ているが、困っている人が居るというのなら手助けしたいと思い、その依頼を受けていた。
結果、そこに昔に住んでいた人物の霊魂が悪霊となって住み着いており、アリーサが聖句と聖水によって科の魂を救済した……というのが事の顛末だ。
八雲傑が雇った杠葉さくらとはまた違う、退魔ではなく霊を救う除霊術。
それが、彼女――アリーサ・如月・レノウの戦う術である。
聖職者の悪魔祓いには疎い巌だが、ここ数か月でアリーサがこなした数件の依頼内容によって強い信頼を抱いているというのが、その口調から感じられる。
「それで、今回もお仕事を依頼したいのだが――」
「はい。私もそのつもり出来ましたので。それで、どのような内容でしょうか?」
アリーサは老人特有の回りくどい……まあ、長い話を遮るように、依頼内容の説明を求めた。
この八雲巌という老人も多くの老人たちの例に漏れず、話が長い。
脱線して十数分という無関係な話を聞かされることも多々ある。
ここ数か月の依頼でそれを理解しているアリーサは、早く説明を求める事にしていた。
「うむ。実は、八雲家が持つ土地の一つに、古い洋館が建っていましてな」
「洋館、ですか?」
アリーサは相槌を打ちながら、疑問に思った。
八雲家は古くから神社を営み、それによって財を築いた一族だ。
そこに『洋館』という単語が不釣り合いに思えたのだ。
「ご先祖様が西洋の建物に興味を持たれたようでな。明治の時代に作られたそうだ。今ではその建物自体にも価値があるほど、古いモノだ」
「はあ、なるほど……」
(メイジ――明治、か)
日本の歴史にはあまり詳しくないアリーサは少し考え、時代の背景だけは見えてきた。
つまり、八雲家の先祖には、巌のように浪費癖がある人物が居たのだろう、と。
(これがпроисхождение(血筋)というものでしょうか?)
そう考えながら、巌の次の言葉を待つ。
「その建物は傑のヤツにも奪われていないのですが、どうにも……最近の幽霊騒ぎの所為か、建物や土地の価値が……」
「происхождение?」
「うむ、すまないがロシアの言葉は分からんのだ……」
「ああ、すみません。えっと、土地の価値がどうしたのかと思いまして」
アリーサが質問すると、巌は苦虫を噛み潰したような顔を一瞬覗かせ、しかしコホンと咳払いを一つする。
(また、何かに散財したのでしょうね)
その様子からアリーサは何事かを察し、それ以上の質問はしないようにした。
依頼主の機嫌を損ねれば、こちらの報酬にも響いてしまうというのを理解した対応だ。
「それで、私はその洋館の様子を確かめてくればよろしいのでしょうか?」
「その通りです! いやあ、話が分かる!」
(そう褒められても、おそらく土地の安全を確保して、散財の埋め合わせに先祖から伝わる洋館を売る、と言うだけでしょうけど)
その辺りの事情を察しながら、ただ、部外者であるアリーサがそれ以上何かを言うこともない。
結局は八雲巌の決断でしかないのだから……。
(この様子だと、学園長への恨みも一方的なревность(嫉妬)なのかもしれないですね)
「了解しました。それでは、さっそく今夜から」
「はい、はいっ。こちらが洋館の鍵となりますので、よろしくお願いしますよ」
なんとも調子の良い口調だと感じながら、アリーサは鍵を受け取った。
明治から残る建物らしいが、真新しい鍵である。おそらく、時代時代に合わせて、防犯のために鍵やセキュリティは新調しているのだろう。
「ですが、今回もお一人で大丈夫なのかね? 洋館は広く、最近は不審なことも多い。不審なものお供すると聞く。なにかあれば……」
「ふふ、問題ありませんよ。こう見えても私、結構強いんです」
アリーサはそう言うと、優雅に微笑んだ。
しっかりと背筋を伸ばし、凛とした視線を細め、口元を柔らかな笑みが飾る。
それは教育者というよりも聖職者、人を安心させるための笑み。老齢となった八雲巌ですら一瞬見惚れてしまうほどの美貌が向けれら、老人はコホンと小さく咳ばらいをした。
「いえ、アリーサさんの力を疑っているわけではないのですが、なにかあればと……」
「ふふ。ご心配、ありがとうございます。では、失礼いたします」
そう一言断り、アリーサは八雲神社を後にした。
彼女は、神職に在りながら金銭ばかりを気にする八雲巌があまり好きではない。
態度には出さないが、生徒たちへ向けるような慈愛の心が彼には向いていないというのが、うっすらとだが口調に滲み出てしまっていた。
「……ふん」
そして、八雲巌も馬鹿ではない。
金銭の浪費に溺れた愚か者だが、馬鹿ではないのだ。
アリーサの態度の僅かな変化を感じ、理解し、先ほどまでの下手に出ていた笑みが消え、面白くなさそうに息を吐く。
けれど、それもすぐに消え、満面の――下品な笑顔へと変わった。
彼は新職に在りながらけれど金銭に敏感な精神の持ち主だ。
そこは、流石は学園の運営に成功した八雲傑の父親、と驚くべき長所なのかもしれない。
「ふふ、さてさて、今夜はどうなる事やら」
八雲巌がアリーサと会話した部屋を出て自室へ戻ると、そこには無数のテレビ画面があった。
隠し撮りをしているのだろう。
画面に古びた内装の部屋――彼が先ほど話した悪霊が出るという洋館の内部に仕掛けられた防犯カメラの映像であるというのが分かる。
彼は今夜、いや、アリーサが洋館全体の悪魔祓いを終了させるまで、その一部始終を映像に残そうとしていた。
美しいロシア女が凛々しく戦う場面。そして、彼女が優れたエクソシストであればあるほど、その先に待つ恥辱が際立つというもの。
八雲巌は、そうやって複数の女性退魔師やエクソシストを秘密裏に雇い、その映像で財を築いている人物だった。
しかも、商売相手は巌のようにやんごとない立場の人々――溢れるほどの金銭を持ち、老後の楽しみに苦心している暇人……つまり、溢れるほどの金を持つ老人である。
――妙なところで鼻が利くというべきか、それとも齢70にもなって商魂たくましいと呆れるべきか。
どちらにしても、この男に僅かな嫌悪を抱きながら、けれど生来の心優しさによって本性を見抜けなかったアリーサは、八雲巌が用意した『罠』に引っ掛かろうとしていた……。
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