短編小説、没ネタ公開。
――人間は、欲望を満たされると、どうなるのか?
私は、若い頃にふとしたことから手に入れた催○術の力を利用し、富・名声・権力――そして若く魅力的な異性の全てを手に入れた。
成功というにはありきたりだが、自分のしてきたことには満足はしている。
しかし、求めていた生活を手に入れ、ある程度の欲望を満たすことができるようになってしまうと、退屈に感じる時間が増えた。
物質的に満たされたことで、今は精神的な充足――娯楽こそが人生の目的となっていると言っても酔いだろう。
それも、私には他人に使えない力、催○術があるのだ。それを利用すれば、普通ではない楽しみ方もできる。
このところハマっている娯楽――遊びは、他人の欲望を刺激し、それを満たした上で望まぬ結果を迎えた人間の姿を見ることだ。
自分でも悪趣味だとわかっているが、それでも他人の人生を弄ぶ喜悦は抑えがたい。
もちろん、誰かれかまわずにそうしているわけでもない。私には、私なりの美学があるのだ。
そういうわけで、今日も私の眼鏡にかなう『お客様』を待つために、寂れた商店街の奥、人目につかない路地裏で辻占いをしていた。
当然のように、私は占いの知識も技術もない。あくまで、そういう体裁を取っているだけだ。
もっとも、時々は普通に占いをすることもある。大抵のことは、催○術を使えばどうとでもできるからだ。
失せ物などは催○で本人の記憶を丁寧に洗い出せば、大抵は見つかるものだし、恋愛などは、足踏みしているだけで実際には積極的なアプローチをすることで上手く行くことも多い。
どうしておという時は、意中の相手と共に占いに来てもらえば、そこで恋人同士にしてしまえば良い。
理由はわからないが、悪いことが続いている、などという時も、物事をポジティブに受けとめるようになってもらえばいいだけだ。
もちろん、それだけ全てが解決するわけじゃないが、気の向いた時には、権力や財力など自分の持つ力で解決をすることもある。
私に占ってもらえば、すべてが上手くいく。そんな噂も流れているようで、巷では幻の占い師などと言われてもいるらしい。
しかしそれは手段であって、目的ではない。
欲望を満たすための客をひきよせるための撒き餌のようなものでしかない。
「――ねえ、あんたが、幻の占い師なのかしら?」
そう言って声をかけてきたのは、近所でも有名な進学校の制服に身を包んだ少女だった。
艶やかな薄金色の髪を頭の両脇でまとめ、つり目気味ではあるが目は大きく、鼻筋も通っている。
少し背伸びしたような派手な化粧はあまり似合っているとは言えないが、かなりの美少女なのは確かだ。
残念なことに胸は薄いが、手脚は細く長く、すらりとしていてもう少し身長があれば、モデルもできそうだ。
彼女のような人間が、こんな人気のない場所へやってくるのは考えられない。
……どうやら、目的のお客が引っかかったようだ。
「幻かどうかはわかりませんが、占いを生業としておりますね」
「あのさ、ウチの学校にすっごくムカツク女がいるんだけど、そいつのこと、どうにかしたいの」
少女はその見た目に似合わない口調で、吐き捨てるようにそう言った。
「どうにかしたいと言われましても……その方のことを占えばよろしいのでしょうか?」
「は? 何を言ってんの? わざわざこんなとこに、そんなことを頼みに来るわけないじゃない」
私のことを馬鹿にした態度を隠しもせず、鼻を鳴らして顔をしかめる。
……なかなか良い性格をしたお嬢さんのようだ。
「困りましたな。では、私に何をしろとおっしゃっているのでしょうか? できることと言ったら占いくらいしか――」
「催○術、使えるでしょう?」
私の言葉を遮り、彼女が問いかけてきた。
「…………ほう。どこでその話を聞いたのかな?」
口調を変えると、少女はわずかに気圧されたように身を引いた。
「あんたに頼めば、どんなこともできるって聞いたんだけど、本当なの?」
「どんなことも、というのは嘘だな」
私がそう答えると、目の前の女学生は落胆したように深いため息をついた。
「はあ……なんだ。噂は噂でしかないってわけ? 期待させておいて、大したことなかったってこと?」
「神ならぬ身の上だからな。死人を生き返らせたり、病気を治したり、空を飛べるように、なんてことはできないぞ?」
「……ちょっと待ちなさい。じゃあ、他のことなら可能だってこと?」
「内容と報酬次第だな。当然、できることと、できないことがある。それで、キミはどのようなことを願うだ?」
「ウチの学校に、ちょっと見た目がいいだけの、清楚ぶっているクソ女がいるわけ」
相手のことを思い出しているのか、醜悪とさえ言える顔をしている。
元が良いだけに、嫉妬に歪んだ顔は見るに堪えない……もっとも、それくらいのほうが、私の楽しむ相手としては相応しいと言えるが。
「あいつ、あたしの彼に色目つかってんの。そんなに男が欲しいなら、他にたくさんいるでしょ? 適当なのが」
「……ああ、そういうことか」
女同士の恋のさや当て……いや、この場合は目の前にいる女学生が横恋慕をして、男を振り向かせる――略奪愛とやらをしたいのだろう。
「では、その彼女の興味を他の男へ向ければいいと?」
「そ。できれば、汚くて臭い……そうね、ホームレスとかのおじさんがいいわ」
「可愛らしい顔をして、ずいぶんとエグいことを考えるんだな」
「あたしと彼の仲を邪魔する女なんて、それくらいされて当然でしょ? それに、あたしはあなたの意見なんて聞いてないわ。聞きたいのは、できるのか、できないのかってことだけよ!」
「もちろん、その程度なら簡単だ」
「だったら――」
「その前に、報酬について話をするとしようか」
少女の言葉を遮り、私は依頼料について尋ねる。
金など有り余っているので貰う必要はない。ただ、ここで相手が差し出す代償。私にとって重要なのは、それだけだ。
「……いくら必要なの?」
「私は、金銭を報酬としていないんだよ。それも知っているんじゃないか?」
「噂は本当みたいね。毎回、求められるものが違うっていうことは聞いたけど……」
「ああ、その通りだ。その時々の依頼人に合わせた代償だ。内容が違うのは当然だろう?」
「で、あたしは何を代償にすればいいわけ?」
「そうだね……その少女から男を引き剥がすのと引き換えに、キミの常識をいくつかもらいましょう」
「常識……?」
「ああ、そうだ。たとえば……トイレで用を済ませたあとは手を洗うとか。食事の前にいただきますと言うとか、そういうことだよ」
「そんなことができるの? それに、それのどこが報酬なわけ?」
「できるし、私にとっては十分な報酬だ……と言っても理解はできないだろうな。なに、心配はいらない。依頼された内容と等価だと私が判断する程度のものを、いくつかもらうだけだ」
「ふーん……だったら、あたしの言うことなら何でも聞く、クラスで友達もいない暗い女がいるから、好きにしていいわ」
自分の欲望のためならば、他人を簡単に差し出すか。
まったく……見た目はいいが、腹の中は真っ黒か。金や地位を目当てに俺に近づいてきていた女達と同じか。
こういう女に目をつけられた男には同情をするが、お客様としては上等の部類だ。
「残念だが、私は望みを持つ本人以外と契約はしないようにしているんだよ」
「だったら……どれくらいその常識を渡せば、彼をあたしの物にできるわけ?」
「まずは、条件の確認だ。その少女がキミの彼氏に興味を持たなくなること。少女が周りから嫌われているような存在――ホームレスと付き合うようになる、だったか?」
「そうね。それでいいわ」
こんな女に敵視され、巻きこまれただけの少女は不幸だが……理不尽というのは、相手も場所も時間も関係なく降りかかるものだ。 とはいえ、彼女の希望を叶える範囲で、可能な限りは幸せを与えてやろう。
「わかった。では、報酬の話をしようか」
「…………ちゃんと、あたしの望みが叶った後に払うわ」
「報酬は先払いだ。不満なら、今回のお話はなかったということに――」
「わかったわよっ。それでいいわよっ」
半ばヤケになったかのように言うと、私を睨みつけてくる。
やれやれ、報酬は私の胸先三寸だというのに、そのような態度を取るとは……。
「二人の人生をねじ曲げる分だからな。重いものならば一つ、軽いものならば4つくらいというところだな」
「重いのって、どんなものなのよ」
「服を着て生活をするのは当たり前のこと、とかはどうだ?」
「もしそれを選んだら、どうなるの?」
「みんな、どうして服なんて着ているんだろう、と思うようになるな。裸であっても自分のしていることをおかしいと感じ無い」
「なっ!?」
「もっとも、ちゃんと『服を着て生活する』ように意識すれば、問題はないだろうが」
「だとしても問題だらけじゃない……だったら、軽いっていうのは? 4つだっけ?」
「そうだな……大したことはじゃない。外から帰宅したら、うがいをする。トイレを使用した後は手を洗う。食事の時はくちゃくちゃと音を立てない。汚れた下着は毎日替える……というあたりか」
「……そんなの全部、当然のことじゃない」
「その当然が当然でなくなるというわけだ」
「ふーん……」
自分が受ける影響について、メリットとデメリットを考えているのだろう。
「トイレの後に手を洗うのと、下着を毎日着替えるのは、意識すればできるのよね?」
「ああ、もちろんだ。それを禁じるわけじゃないからな」
「だったら、いいわ。気を付ければいいだけだし。多少忘れても、大したことないし」
「わかった。では、これで契約完了だ」
「だったら、あたしは帰らせてもらう――」
「その前に、キミが嫌っている、その少女の情報を教えてもらおうか」
「はあ!? それくらい、あんたが自分で調べるべきじゃないの?」
「私が調べるのならば、この場でキミに催○をかけて、無理やり聞き出すのが最も確実で、早く、楽な方法だぞ? それでもかまわないのか?」
「あたしにそんなことするなんて、許されると思っているの?」
許す許さないは私の決めることなんだが、無意識に他人を見下し、世界の中心は自分であるとでも思っているようだ。
……いやはや、すばらしい傲慢さだ。
「時間を無駄にしてもいいのならば、こちらで調べるが、その間に二人の関係がより深くなっても責任は取れないぞ?」
「わかったわよっ。まったく、面倒くさいわね」
ブツブツと言っているが、ちゃんと説明をする気になったようだ。よほど、その彼とやらにご執心なのだろう。
「あいつは私と同じ清泉(せいせん)学園の2年で、クラスは2組。名前は、烏山千歳(からすやま・ちとせ)。髪は黒で背中くらいの長さ。身長は私より頭半分くらい大きいわ」
「それだけか? 他に情報はないのか?」
「……成績は、それなりね。運動もそこそこ」
嫌っているこの娘がそういうからには、どちらも優秀なのだろう。
「こんなところでいいでしょ?」
「ああ。十分だ。あとは、こちらでやっておこう」
「明日にはどうにかできる?」
若いというのに……いや、若いからこそ性急なことだ。
「さすがに、そんなに簡単なものではないぞ? まあ、数日以内にはどうにかしてやろう」
「……ちょっと、どういうことなのよっ!!」
あれから十日ほど経過している。
私は再び、商店街でも目立たない場所で占いをしていたのだが、怒り心頭と言った様子で、この前のお客様が怒鳴り込んできた。
「何のことでしょう?」
「あんたに依頼した、あの女のことよ! それに、彼のことも!」
「はあ……あまり大きな声を出さないでもらおうか」
「大きな声を出したくなるようないい加減なことをしているからでしょ!」
「心外だな。ちゃんと、千歳だったか? 彼女はキミの彼氏とやらに一切の興味を持たなくなったはずだし、他の男に夢中なはずだ」
「それは……でも、あの女、彼のことに興味ないって顔しているのに、未だに二人で一緒にいることが多いじゃないっ!」
「それは、キミの言う彼氏が彼女に声をかけているからだろう?」
「…………だ、だとしても、あいつのことばっかり話すし、気にしてるのよっ!!」
「なあ、本当に、キミとその彼は恋人なのか?」
「……そうよ」
返事をするまでの空白が全てを物語っているぞ?
まあ、聞くまでもなく調べはついているのだが。千歳という少女はもとより男にはあまり興味を持っていなかった。これは催○をかけた時に聞き出したので間違い無い。
男は健気に彼女にアプローチをしていたようだが、その男に惚れている目の前の女が逆恨みをしているというわけだ。
「だったら、彼女――千歳に関わらないように言えばいいだけだろうに」
「それができないから、依頼したんじゃないの! それに、千歳だって、いつもと変わらないじゃないっ」
「彼女の恋愛対象は、小汚いおっさんだ。自らを穢されたいと、そういうふうに思うようになっているぞ? もっとも、実行に移していないのならば、想像だけで我慢しているのだろうがな」
「実際に、あの女が酷い目に遭わなくちゃ意味がないのよ!」
「やれやれ、だったらもう一度、契約をしてもらうことになるな」
「はあ? あんたがいい加減なことをしたんだから、どうにかするべきでしょ!!」
「何度も言わせるな。文句があるのならば、話はここまでだ。依頼も二度と受けることはない」
「く……!」
くやしげに唇を引き結び、私を睨みつけてくる。
「どうするかね?」
「……わかったわ。じゃあ、軽いやつで、もう一度、契約すればいいんでしょ」
「私が契約をしてほしいと頼んでいるわけではないのだが?」
「……もう一度、私と契約をしてちょうだい」
相変わらず口の利き方を知らないが、まあ、いいだろう。
「わかった。では、今回は風呂には毎日入る。寝る前に歯磨きをする。人前に出る時は化粧をする……でどうかね」
「……この前の時も思ったけど、もう少し他のはないわけ?」
「それでは依頼は請けられないな」
「わ、わかったわよっ。お風呂に入るってことは、シャワーなら毎日浴びてもいいんでしょ?」
こちらの要求を正確に理解をしているようだ。なかなか良い着眼点だ。私に辿りつけたのだから、学業の成績はどうだかわからないが、地頭は悪くないのだろう。
「ああ、問題ない。この前のだって、そうだっただろう?」
「まあ、そうね……つい、忘れたりはしてたけど、気を付ければ平気だったし……」
「そうだろう? 私は契約で嘘はつかない。そんなことをしてたら、つまらないからな」
「つまらないって……まあ、いいわ。どうせ毎日湯船につかるわけじゃないし、歯磨きは、朝と夕飯の後にすればいいし、化粧は……面倒でもするだろうし」
この後、依頼者の彼女は「彼氏」を手に入れることができますが、自分はどんどんと「汚女」となっていきます。
個人的に少し前から注目している同人CG作品サークル「狭くて暗い」さんの作品のように、取り返しのつかないくらいに落ちていく……というのもいい思ったのですが、自分の書いている方向では、エロスが足りないというのもあって諦めました。
ちなみに、巻きこまれた千歳ちゃんは、少しばかり特殊な趣味を持ち、おじさん達を相手に援交をしまくるようになります。
もっとも、おじさん達の相手を悦んでするようになったので、みんなの人気者となります。
端から見たら不幸だけれど、本人はおじさん達の性処理を至上の悦びと感じ、幸せになる、というような感じの予定でした。
初めましての方も、見に来てくださっている方も、よろしくお願いします、HAREです。
最近はゲームの進捗とかないじゃんというご意見もありそうですが、そちらはじわじわ進行中です。
……ということで、まだ別の催○物が終わってませんが、短編の途中までのやつなどを……と言っても、これは自主的に没にしたやつです。
なので、新しく書いたのではなく、既存のものを再利用して更新のつなぎに(以下略)
没と言っても、商業の何かに使おうとしていたわけではなかったりします。
そう、色々と手伝ってもらっているざくそん氏のサイト、E=MC2(※注1)に、投稿(※注2)しようと思っていたやつです。
わかる人は、すぐにわかると思いますが、元ネタ的なのは、藤子不二雄先生の笑うセールスマンとか、ああいう系統の作品です。
因果応報ではありますが、その原因を作った人間(今回で言うところの主人公)は傍観者のままなんですよね。
順繰りに色々とやっていき、最後は主人公が――という展開にしようと思っていたのですが、なんか「しっくり」が来なかったので諦めました。
まあ、気が向いたら、続きを書くとか、ちょっとリメイクして続きを書くとか、するかもしれません……しないかもしれません。
その辺りはいつも通りに行き当たりばったりな感じです。
さて、次回は有料プランのほうで進捗と、全体公開で以前、有料プランで公開した開発状況の告知の予定です。
もしかしたら、ASMRの進捗のほうを先に告知するかもしれませんが。
では、また次の更新で。
//※注1
https://www.zaxonmc.com/
通称抹茶。催○系の小説サイトとしては、もう20年以上の歴史のあるところですね。
おくとぱす氏も、シナリオライターデビュー前から投稿しています。
//※注2
平均すると、数年に1作程度の状態なので、寡作な作家状態ですが。