whisp 2021/03/09 00:01

「真闇様からのプレゼント」 2021ハチロク誕生日祝賀ショートストーリー(進行豹

「真闇様からのプレゼント」
2021ハチロク誕生日祝賀ショートストーリー 進行豹


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「はぁ」

仕方の無いこととわかっております。
双鉄さまにしか果たし得ないお仕事ですから。

「……はぁ」

日々姫と凪と乗務する。それもわたくしのお仕事です。
双鉄さまのお供をしたいと望むのは、分不相応な行為です。

「……はぁあ」

それでも今日のこの日には、双鉄さまの甘いお声で、
『おめでとう』と、ただ一言だけでもいただきたくて……

「はぁあああ」

「はーちゃん、そりゃあ寂しかとよねぇ。
夫婦になってはじめてのお誕生日だっていうのに」

「っ!」

よほどぼおっとしてたのでしょう。
真闇様に気づけませんでした。あわてて姿勢を直します。

「あの、ええと、真闇様」

「ん?」

「お誕生日とのお言葉は、双鉄さまの洒落っ気です。
レイルロオドは製造される――誕生しないものですから」

「製造された日がお誕生日じゃなかと?」

「その日でしたら、ロオルアウト日と呼称されます」

「ロールアウト日」

「旧帝鉄の社則では、レイルロオドが工機部から出荷され、正式に機体番号を与えられる。只それだけの日なのです」

「ふんふん。
ほんならやっぱり、お誕生日よね、レイルロオドの」

「はうぅ」

双鉄様のお言葉と、真闇様のご厚意を
否定することなぞできませぬ。

けれど、けれども……お誕生日という言葉の響きは、
その響きへの憧れは、わたくしをいっそう寂しくさせます。

「やけんね? おねえちゃんもはーちゃんに、
プレゼントばあげたいなぁって思うたばってん」

「ぁぅ」

恐縮すぎます。けれど否定もできませぬゆえ、
ただ縮こまって拝聴します。

「おねえちゃん、プレゼントばっかは上手じゃなくて……
ひーちゃんのことも、何度もがっかりさせちゃったし」

「左様なのですか? 真闇様に苦手があるなど、
わたくし、とてもびっくりしてしまいました」

「あるとよ。たくさん。プレゼントに、ほやに、
息の臭か人に、手袋の片っぽをなくさんでおくことに」

「まぁ!」

思いもかけぬ共通点に、うれしくなってしまいます。

「ナイショのお話にしていただければ助かるのですけれど、
真闇さま――わたくしも、手袋の片方をしばしば迷子に」

「あらまぁ。お仲間。うふふっ、うれしかとね」

「はい! 真闇様もうれしくお感じくださるのなら、
わたくしますますうれしくなってしまいます」

「ほんなら、ね?」

「きゃっ」

抱きしめられます。とてもふうわりしています。
双鉄さまのお胸にはない、まさしく至極のやわらかが――

「ではなくて! ええと、その……真闇様?」

「おねえちゃんプレゼント下手やけん。間違っとったら
そういってもらえると嬉しいんだけど……その」

言い淀みです。真闇様が。どきどきどきと、
レイルロオドの私にはない鼓動が伝わってまいります。

「はーちゃん、なんか我慢しとるでしょお。
我慢ゆーか、無理ゆーか、そんなん」

「っ!!!」

「んふふ、あたった」

否定――は、とても出来ませぬ。
間違いの無いことなうえ、真闇様のお言葉ですし。

「やけん、おねえちゃんからのプレゼントは、
あまやかしの時間でどうかなぁって思うて」

「あまやかしの時間……でございますか」

「はーちゃん。いっつもがんばっとるけん。たまには
甘えたほうがよかよって、おねえちゃんとしては」

「おねえちゃん……」

トップナンバアたるわたくしは、8620形レイルロオド、
全てのいもうとたちの長姉です。

なるほど確かにいもうとたちは、
わたくしに甘えようとしたかもしれません。

「ああ、いえ、けれど……レイルロオドが甘えるなぞと。
わたくしたちは、結局のところは物でございますので」

「はーちゃんがもし物だとして。
物は、あまえたらいけんの?」

「いけないいけなくないではなくて、甘えないかと。
例えば、冷蔵庫も洗濯機も醸造タンクも」

「甘える甘える。どれもめちゃめちゃ甘えてくるとよ」

「え!?」

「かまってあげんとぽぉんて壊れて、
『きちんと手ばかけてー』ゆーてもう」

「!」

かまってもらえず、甘えて壊れる。
回路にノイズが走ります。

「壊れて、しまう――」

でしたら……
わたくしのこの、異常な頻度の憂鬱な排気はもしかして。

「ことに、ね? はーちゃんのこころは、魂は。
部品交換で簡単になおるゆーなものじゃないでしょお」

この不愉快なノイズを人は、不安と称するのでしょうか。
同じか否かわたくしには、確かめようもありません。

「それは……左様でございます。左様であると、
少なくともわたくしたちは認識しております」

たましい。こころ。タブレットに宿るとされているもの。
その詳細は1レイルロオドのわたくしには知りえませぬが。

「こころは、恐らく……」

大廃線の末期。解体リストにあげられるのを恐れるあまり、
こころを壊して寿命を縮めた妹を、何体も見て参りました。

「……左様、ですね。こころは恐らく交換不能な消耗品。
一度破損をしたならば、決して元通りには戻せない」

「ん。おねーちゃんもそぎゃんふうに思う。でね?
はーちゃんが万一こころば壊しちゃったら、双ちゃんは」

「っ!!!!」

それは――断じて。絶対に避けねばなりませぬ。
わたくしが手入れを怠ることで双鉄さまを悲しませるなど。

「……甘えることは、
こころのメンテナンスとになるのでしょうか」

「たぶん、きっと。おねえちゃんは、少なくとも
今のはーちゃんには利くかなぁって」

「でしたら。でしたら――大変恐縮ではございますが。
その――わたくしを、あまやかしていただけましたら」

「もちろんよかよ」

「んっ……」

柔らかは、お胸だけではありません。
髪を撫ぜてくださいます手の、なんとふわりと暖かな。

「いいこ。いいこ。はーちゃん、いいこ。
とってもまじめながんばりやさん」

そうして、お声も。意味ではなくて響きがすうっと、
ここちよく溶け、わたくしのどこかに共鳴します。

「いいこ、いいこ。はーちゃん、いいこ。
がんばりすぎまで、がんばれちゃうこ」

「あっ」

「ん?」

やさしいなでなではそのままに、お声の響きがとまります。
それが本当に寂しくて、声が引きずり出されていきます。

「あの……
わたくし、がんばりすぎなのでございましょうか」

「がんばりすぎかもって、
はーちゃんはどぎゃんして思うたと?」

考えずとも答えられると――
思うと同時に、ことばは流れでています。

「口から『はぁ』と、不正規な排気が続くのです。
とても頻繁に。けれど、止めようとしても止まらなくて」

「どぎゃんして……」

なでなで、なでなで。
同じリズムがつづくからこそ、沈黙を怖く感じます。

「うん。はーちゃんはどぎゃんして、
口からため息、でちゃうと思うと?」

「恐らく、ですが――」

なでなで、なでなで。許されていると感じます。
いまこのときは、何を申しても平気なのだと。

「双鉄さまのご不在を、寂しく思う……
そのせいであるかと、わたくしは」

「どぎゃんして、双ちゃんがおらんと寂しいの?」

「それはもちろん、一分一秒ででも長く。
双鉄様と一緒の時間をすごしたいと――っ!!?」

そこまで話して、自覚します。
わたくしが本当は、何を恐れているのかを。

「……人間の男性の平均寿命は70年以上と学びました。
あと50年、少なくとも双鉄様は旅を続けられるでしょう」

「きっと、そぎゃんね」

「わたくしは所詮老朽機です。どれほどお手当を頂いても。
あと20年――10年もつとは思えませぬ」

「そぎゃんと?」

「はい。妹たちの末路を調べるに、恐らくは。
ですので――ですので、わたくしは」

なでなで、なでなで。
どんなに浅ましい望みでも、手指が優しく引き出します。

「わたくしは、双鉄さまと一緒にいたい。
片時もはなれたくないのです」

「どぎゃんして、片時もはなれたくなかと?」

「わたくしを覚えていてほしいから。
わたくしを思い出していただきたいから、それだけです」

それだけだからこそ強い――
なんと浅ましい欲でしょう。

「もちろんそれが双鉄さまのお時間を奪うともわかります。
わかってもなお、望むことを止められない……」

だから、苦しい。
思考が無限循環し、どこまでだって加熱して――

「……真闇、様」

真闇様なら。双鉄様が心底から頼り切ってる真闇様なら、
あるいは、もしかして正解を――

「もしも願うことが許されるなら――
ああ、お願いです真闇様」

許されているのだとしても、程があります。完全にそこを
踏み越えて――なおも問わずにはいられませぬ。

「わたくしはどのようにすればよいのかを――
その道筋を、どうかお示しください」

「はーちゃんの道筋だけじゃいけんでしょお」

「えっ!?」

「双ちゃんの道筋と寄り添える道じゃなくっちゃ、
意味のなかけん」

「あ」

なでなで、なでなで。
強張りきっていました何かが、ほぐされていくと感じます。

「やけん、おねえちゃんから話してあげよーか?
双ちゃんに、はーちゃんが何を悩んでいるか」

「お気持ち、まことにうれしうございます。
けれども、ですね。真闇様」

なでなで、なでなで。手がどこまでもあたたかだから、
思いをそのままことばにできます。

「わたくし、もう大丈夫です。自分のことばで伝えます。
なにが不安か、真闇様に教えていただきましたので」

「そっか。もう大丈夫なんね?」

「はい。いまはそのように感じます」

「うんうん。そいばよかとねぇ」

なでなで、なでなで。
手指はいまだとまりません。ただただ甘く暖かに――

「たっだいまー! おまたせー!!」

「っ!!!?」

日々姫の声に飛びのきます。
あれほどの甘さとあたたかが、一瞬に消えてしまいます。

「にぃにの分もお祝いするけん!
ハチロク、楽しみにしとってねー」

「は、はい! ありがとうございます、日々姫」

とととと足音。階段を声ごと駆け上がっていきます。
なんと元気なことでしょう。

「石炭ケーキ! れいなちゃんとこさえたけんねー。
プレゼントもね、きっと喜んでもらえるかなって」

「あらまぁ」

ふんわり、微笑。
真闇さまの唇が、わたくしの耳に近づきます。

「期待してよかよ?
ひーちゃん、プレゼント選びもセンスの塊やけん」

「はい。大いに楽しみにさせていただきます。
けれども――あの――大変恐縮なのですが、真闇様」

「ん?」

「ひとつだけ、どうかひとつだけ訂正をさせてください」

「もちろんよかよ。ばってん――訂正って?」

1レイルロオドが人間に訂正などとおこがましい。
けれどそれでも――どうしても伝えねばなりませぬ。

「真闇様のプレゼント選びは、下手どころか、上手です。
それも、極めつけにお上手かとわたくしは感じます」

「あらまぁ」

にっこり、とても嬉しげな笑み。

ああ、この方は――
どこまでだってやわらかくあたたかい。

「最高のお誕生日プレゼントを、
ありがとうございます! 真闇様!」


;おしまい」

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