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新戸 2022/11/24 02:34

ウマ娘:ずっとずっと、一緒にいたいから。

休日。
部屋でのんびりしていると、フクキタルが上がり込んできてこう言った。

「トレーナーさん! 何も聞かず、私についてきてくれませんか!」
「え、やだ」
「えー!? そんなー!?」

突然のお願いを、思わず反射的に拒否する。
こちとら休日を全力で堪能しているのだ。
行き先と目的くらいは言ってもらわないと、重い腰を動かす気にはなれない。

……と、いうような返答をしたところ。

「むむむむ……。しかし、それを説明してしまうと効果がですね……」
「神社の願い事みたいな?」
「あ、いえ、そういうワケではないのですが、願掛けという点はその通りと言いますか……。えっと、そういうことなので、ついてきてくれますか?」

ふむ。
雰囲気から察するに、おまじないの類だろうか。
できれば、どこに行くのかは教えて欲しいところだが……。

…………。
………………。

「しょうがないなあ」
「今あからさまに面倒くさそうにしてましたよね!?」
「俺はこのまま休日を満喫してもいいんだが?」
「ありがとうございます! ささ、行きましょう!!」

そういうことになった。



特に荷物は必要ない、とのことなので財布だけを持ってフクキタルと歩く。

「やけにでかい荷物だな?」
「ああ、いえ。これはただの開運グッズですので」

俺は手ぶらだが、フクキタルの方はそうではない。
左手に提げた風呂敷包みのお重は、まあ、お弁当なのだろう。
ウマ娘なら、そのくらいはペロリと平らげられる。

謎なのは右肩のスポーツバッグ的なものだ。
歩くたびにカチャカチャ音が鳴っているし、バッグの長さも1メートル以上。
ブランド名から察するに、アウトドア用品なのだろうが……。

「目的地到着です!」

そう言ってフクキタルが立ち止まったのは学園の並木道、
その一番奥まった場所にある木の下だった。
あたり人気は全くない。
平日でさえほとんど誰もこなさそうなのだ、休日となればなおさらだろう。

「今日はですね。ここでお弁当など食べながら、じっくりとっくりお話をしたいなあと思いまして」
「それなら別に、俺の部屋でもよかったろうに」
「こういうのもピクニックみたいな感じで、いいと思いませんか?」
「そういうのはもうちょっと暖かくなってからだなあ」

なにせまだ三月である。
まだまだ風は冷たいし、地面に長時間座るのも辛い時期だ。
ピクニックなら、もっと春めいてきてからの方が……と思ったのだが。

「ふっふっふ、心配御無用です! 実はこの荷物、中身はなんと~……ピラミッドパワーを宿したテントだったのです!」

ひとまず、冷たい風に震えることはなさそうで安心した。



「いやー、意外と時間掛かっちゃいましたね」

二人でガチャガチャやりつつ、どうにか組み上げたテントの中。
クッションを尻の下に敷いて一息つく。
不慣れなテント設営は、それだけでもくたびれるものだった。

「普通こういうのって、説明書読みながら試しに一回組み立ててから使うもんじゃないか?」
「組み立て簡単と書いてあったので……」
「多分その『簡単』は、慣れた人にとっての『簡単』だと思うぞ」
「ま、まあまあ! そんなことより、体も動かしましたし、お腹空いてきましたよね!」

言われてみれば、確かに空腹感。
時間は正午前だが、少し早い昼食にしても良い時間だろう。

「ということで、腕によりをかけて作ってきたお弁当です! 一緒に食べましょう!」
「お、こりゃ豪華だな。……いや、豪華と言うより、これは……おめでたいと言うべきか?」

主食となるおむすびが入っているのはいいとして。
栗きんとんに黒豆、かずのこ、紅白なますエビ昆布巻……
まるでおせちのような顔ぶれがずらりと並んでいたと思ったら、
タコさんウインナーやトンカツ、ブリの照焼きなどが出てきたり、
納豆がパックのまま収められた段が出てきたり……

そして極めつけは、デザートの五円チョコ。
正気ではない。
正気ではない……が、美味そうな弁当であった。

「取り皿とお箸をどうぞ」
「さんきゅ。ほいじゃ、いただきます」
「はい、いただきます」



そうして実際、味は良かった。
まともに美味しくて、逆にコメントに困ってしまうくらいだった。

「──ふう。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」

温かいお茶で口の中をさっぱりさせつつ、余韻に浸る。
風変わりな弁当ではあったが、美味だった。
そして……弁当に納豆はやめておいた方がいいというのもわかった。
食べた後の後始末が厄介すぎる。

「さて、トレーナーさん。ここからが本題なのですが……」
「契約の話、だな?」

姿勢を正したフクキタルにそう問えば「気づかれてましたか」と頬をかいて肯定する。
なにせ弁当の内容が内容だ、なんとなくだが予想はついていた。

おせちの定番メニューは縁起物。
ウインナーは『ウィナー』、トンカツは『勝つ』のゲン担ぎ。
ブリは出世魚で、納豆は粘り強さ。
五円チョコに至っては言うまでもなく、ご縁がありますように……というヤツだろう。
運勢にこだわるフクキタルらしい弁当だった、と言えなくもない。

──最初の三年間というのは、ウマ娘にとって重要な時期だ。
どんな走りをするのか、どのレースを選ぶのか。
己というものを確立し、その名を世に知らしめる時期なのだから。

だが、四年目からは少し違う。
他のトレーナーのチームに移籍するという選択肢が発生するからだ。

走り続ける場合、多くはトレーナーとの絆……信頼関係を重視して契約を続行するが、すでに己の走りをモノにし自信をつけたウマ娘にとって、指導者としてのトレーナーはそこまで重要な存在ではなくなってくるのだ。

中には古強者との切磋琢磨を求め、強豪チームへと移籍する子だっている。
そしてフクキタルは──

「あとニ年……いえ、まずは一年だけでも、私の担当を続けてもらえませんでしょうか!!」
「いいぞ」

契約の更新を望んでいるようであった。

「……へ? いいんですか?」
「いいぞ」
「あのっ、私、自分で言うのもなんですけど、才能のない幸運まかせ神頼みのウマ娘ですよ!?」

『最も強いウマ娘が勝つ』菊花賞を獲っておいてそれを言うか、という思いはあるが、フクキタルの自己評価の低さは今に始まったことではない。

「この通りお料理はできますが、整理整頓は苦手なウマ娘なんですよ!?」
「開運グッズはマジで減らそうな」

そして変なところで図々しいのも、今に始まったことではない。

「そんな私でも契約を続けてくれるんですか……?」
「フクキタルは、走りたいんだろう?」
「それは、まあ……はい」
「だったら一年でも二年でも更新するさ」

出会いはハチャメチャだったし、占いやらなんやらで色々と振り回されはしたが、振り返ってみればそれも楽しい思い出だったと言える。
それに……この三年間で、フクキタルと一緒に過ごすのが当たり前になってしまった。
フクキタルの指導は一段落ついたし、他の子の指導に時間を割くことにはなるだろうが──

「フクキタルのレースは、俺も見てて楽しいからな」
「トレーナーさん……!」
「スパートの掛け声とかハチャメチャだし」
「トレーナーさんっ!?」

にぎやかで、さわがしくて、打てば響くお調子者。
そんなフクキタルに、俺もすっかりほだされてしまったのだろう。

「んんっ、ごほん! 少しばかり不本意なところもありましたが……ともあれ、担当を続けていただけると! そういうことですね!」
「ああ。フクキタルが走りたいと思えるうちはな」
「ということは、十年でも、二十年でも!?」
「二十年走るのは流石に無理じゃねえかな……」

だから、軽くツッコミは入れつつも。
こんな関係が長く続くのも、悪くはないと思ってしまうのだった。



「……にしても、なんでこの話するために、こんなところまで?」
「ハイ! 実はこの木にはジンクスがありまして──」

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新戸 2022/11/10 18:45

ウマ娘:あなたに微笑む(トーセンジョーダン 二次小説)

春。
出会いと別れの季節。
正門前、数多の出会いと別れを見届けてきた桜並木の下で、俺はジョーダンと別れの挨拶を交わしていた。

「レースとはまた違った大変さがあるだろうけど、頑張って。応援してるぞ」
「言われなくったって。アンタも新しい子の面倒、ちゃんと見てあげなよ~?」

ニッと笑い、拳を軽くぶつけ合わせて。
大きく手を振りながらジョーダンは、学園を卒業していった。



──トゥインクル・シリーズを駆け抜けたウマ娘には、大きく分けて二つの道がある。

ひとつはドリーム・シリーズに進むこと。
肉体的なピークを過ぎてなお、ウマ娘の走力は常人のそれを遥かに凌駕する。
そして身体能力が落ちた分、あるいはそれ以上を、経験と知略でカバーするレースだ。
出走するのはいずれも名の知れた選ばれしウマ娘ばかり。
ゆえにドリーム・シリーズの人気は高く、比例して賞金も高額となっている。

もうひとつは、なにかしら手に職をつけること。
比較的多いのが、子供たちへの走り方のコーチング。
トゥインクル・シリーズを走り仰せたということは、それだけで一種の実績だ。
「えー、教わるなら三冠バがいいー」と子供らしい無茶を言うこともあるだろうが、
実際に走ってみせれば大抵の子供は尊敬し、素直に指導を受けてくれると聞く。

それ以外でも特技や人脈を活かし、それぞれがそれぞれの道をゆく。
アパレルブランドを立ち上げたり、モデル業に専念したり、家業を継いだり……。
中には担当トレーナーを捕まえてゴールイン、というケースもあるようだが、それはさておき。
俺の愛バであるジョーダンは、ネイリストになることを選んだ。
同じような悩みを持つ子たちの力になりたいから、と。



トーセンジョーダンというウマ娘の爪は、彼女が全力で駆けるには脆すぎた。
全力を出せば爪が割れる。
だけど全力を出さないことには、模擬レースにも勝てない。
レースに勝てても、爪が割れれば治療と休養が必要になる。
それはトレーニングの遅れに繋がり、更に勝利は遠ざかる……。

ジョーダンにしてみれば、まさに八方塞がりな状況だっただろう。
加えてあまり要領が良くなく、周囲に理解を求めようとしなかったため、
「あの子はやる気がない」という誤解を受け、
本人も「周りがそう言ってるし、そうなんじゃね?」と思い込んでしまっていた。
胸の奥底では「レースに勝ちたい」と、強く願っていたというのに。

たまたま走る姿を目にし、大樹のウロに叫ぶ姿を見かけ、爪のケアをしながらボヤくジョーダンの言葉を聞いて……そして彼女が聞く耳を持ってくれたから、手助けをすることができた。
結果、時間こそ掛かったもののジョーダンは全力で走れるようになったし、秋の天皇賞ではレコード勝ちという快挙を成し遂げた。

──だから、今度はあたしが助ける番。

周囲に理解があったとしても、爪が割れれば治療と休養が必要なのは変わらない。
だったら、そもそも割れないように保護すべきで。
もし割れてしまっても、ケアの仕方やその間にできるトレーニングの知識、そして相談相手のあるなしで全然違うことを身をもって知ったからと、自らの道を定めたのだ。



ジョーダンが卒業してからも折に触れては連絡を取り、互いに近況を報告しつつ二年が過ぎた。
その間に俺の担当は三冠ウマ娘となり……ジョーダンは、ついに自分の店を持つことになった。
気軽に足を運べるよう学園の近くに居を構えるらしく、折角だし食事でもと誘われたのだが──

「おひさ~、トレーナー。前と見た目変わってなさすぎて、一発でわかんのマジウケんだけど」
「久しぶり。ジョーダンは……結構変わったな?」
「でしょでしょ? オトナっぽくなったっつーか、フォーマルな感じ? この格好ならどこに出しても恥ずかしくねー、みたいな」

ジョーダンの言うとおり、装いは大人の女性といった雰囲気で。
けれど話す言葉はジョーダンのままで、待ち合わせ場所もファストフード店。
距離感も二年前と同じままで。
そのことに不思議と、ほっとした。

「あ、そうだ。前も電話で言ったけど改めて。クラシック三冠、おめでと」
「ありがとう。……って言っても、頑張ったのは俺じゃないけどな」
「アンタがそんな風に言うってことは、カイチョーみたいな感じ? それともシービー?」
「いや、うーん……タイプとしてはゴールドシップが近いかな」
「あー……ゴシューショーサマ?」
「ハハハ……まあ、退屈はしてないのは確かだな」

そんな風に、俺の身の回りのことを話したり。

「店はいつごろオープンするんだ?」
「ん。店長さんがこいつら連れてけーって言ってくれたから、今月中にはスタートできそう」
「そりゃまた、でっかい恩ができたな。っていうか、あっちの店は大丈夫なのか?」
「あたし、最初に面接の時に全部ぶちまけたって話、したじゃん? いつか自分の店持ちたいって。それで店長さん、その時から色々準備しててくれたんだって」
「……いい人に出会えたな」

ジョーダンのことを改めて詳しく聞いたり。

「へー。学園の中でも、ネイルを見る目変わってきてんだ?」
「実際、爪の保護としては手軽で効果があるからな。ベースコートだけならそこまで高くもないし」
「だから、あたしが使ってたブランド聞いてきたんだ」
「うん。後は爪が弱くて困ってる子に配って、使ってもってたら、自然と広まっていったよ」
「……ひょっとしてだけど、困ってそうな子をグラウンドで探し回ったりしてないよね?」
「したなあ」
「正直それ、控えめに言って不審者だから。やめといた方がいいよ?」

俺の地道な活動をバッサリ切り捨てられたり。

「勝負服ほどじゃないにしろ、ネイルで気分がアガるってのは生徒会も認めてくれたからな。興味ない子でも、マニキュア乾くまでのニオイさえどうにかしてくれたら別に構わない、って感じになってきてるよ」
「は~……あたしが居た頃とは全然違う感じになってそう」
「って言っても、授業受ける時は基本的にダメだけどな」
「ってことは、あんま凝ったネイルしても仕方なさそーだね。普段は付け爪の方がよさそー」

ジョーダンが叩き出した成績と、俺の地道な活動がもたらした影響を話したり……と。
ジャンクなフライドポテトを肴に、この二年間のことを長々と話し合って。

「っと、そうそう。折角だし、うちの店の名刺渡しとくね。……ポテトの油付きだけど」
「お、秋の天皇賞レコードホルダーの指紋付き名刺か。後でラミネート加工しないと」
「うざー……。んで、アンタは名刺、持ってんの?」
「もちろん。ドーモ、三冠ウマ娘担当のAランク=トレーナーです」
「ぶはっ、アンタの名刺も油で指紋ベッタベタじゃん。ウケる、家宝にするわ」
「紙ナプキンじゃこれが限界だわな」

社会人としては気安すぎる名刺交換をして、その日は別れたのだった。



それからは少しだけ、日常が変わった。
足の爪に関する相談を俺が受けるのではなく、ジョーダンに任せるようになったのだ。
生徒が店に向かうこともあれば、症状の重い子のためにジョーダンが学園に来ることもあった。
その関係で、現役時代のジョーダンが行っていた治療とトレーニングの内容を資料として提供することもあったが、ほとんどのことはジョーダン自身がきっちりと説明し、かつてお世話になった医者を紹介するなどして、後輩たちの助けとなっていった。

後輩たちと仲良くなったジョーダンが、感謝祭やクリスマスに招かれるようになって。
ついでとばかりに俺と担当も巻き込まれて。
その流れで、正月の初詣も一緒に行くようになって。
バレンタインデーにチョコをもらったり、ホワイトデーにお返しをしたりして……

「で。アンタ、いつになったらあの子と正式にくっつくワケ?」

──そして、ジョーダンが店を持ってから、じきに三年目を迎えようかという時期に。
俺はジョーダンの親友であるゴールドシチーに喫茶店へと呼び出され、詰められていた。

「……ジョーダンには内緒だぞ。次の春、卒業式の後に申し込もうと思ってる」
「その場しのぎのでまかせ、って感じでもないか。はぁ~……いい加減、さっさとくっつけばいいのに」
「はは。悪いね、面倒くさいヤツで」
「ほんとそれ。アンタも、ジョーダンも……ま、そういう意味じゃ似た者同士か」

シチー曰く、ジョーダンと出かけるとしょっちゅう俺の話題を出すものの、「好きなら告白して付き合っちゃいなよ」とけしかけると、決まって「あたしなんかよりいい子が」と自分を卑下し始めて、とても面倒くさかったらしい。

「んで? なんで卒業式の後?」
「ジョーダンが相談受けてた子が、今年卒業でな。あの子はジョーダンのおかげで、トゥインクル・シリーズを諦めずに済んだ」
「あー。それでジョーダンに自信? 自負? を持たせてから、ってことね」
「あとはまあ……後ろ指さされないで済む年齢になるのを待ってたってのも、多少は」
「だったらハタチになった時点でも……いや、その時だと店開いたばっかりか」
「恋愛にうつつを抜かして、夢が中途半端になってたら本末転倒だからな」
「……恋愛って、もっと情熱的でもいいと思うけどな」
「見守るような愛もある、ってことで」

話すうちに険は取れ。
話題は自然と共通の友人、ジョーダンへと移っていく。

「アンタ、ジョーダンのどこが好きなの?」
「そうだな。不器用で、まっすぐで……バカなところかな」
「え、ひど。バカな子を騙して丸め込むのが好きなタイプ?」
「このバカはいい意味でのバカだから。そういうシチーはどうなんだよ」
「まあ、アタシも大体おんなじかな。裏がなくって気持ちいいっていうか」
「自分を責めすぎなきらいはあるけどな」
「ね。その分アタシが見ててやんないと、って思ってたけど……」
「けど?」
「アンタがいるなら、春からは御役御免かな」

そう言うとシチーは伝票を取り、「今日はありがと。じゃあね」と、店を出ていった。

……友人に恵まれ、勤め先での人間関係にも恵まれ、これからの先行きも明るいのは。
やはりひとえに、ジョーダンの愚直なひととなりがあればこそなのだろう。
その「恵まれた人間関係」に自分を含めるのは、いささか気恥ずかしいものがあるが、

「ジョーダンを見初めた俺の目は、まあ、認めてやってもいいかもな」

ひとりごちて、気持ちを固めるのだった。



そして季節はめぐり、再び春。
出会いと別れの季節。
正門前、数多の出会いと別れを見届けてきた桜並木の下で、俺はジョーダンと後輩のやり取りを見守っていた。

「本当、ジョーダン先輩には感謝してもしきれないです!」
「大げさだって。あたしは手助けしただけで、ちゃんとケアしたのもトレーニング頑張ったのも、アンタなんだから」
「えへへ……そう言ってくれるのは嬉しいです。けど! やっぱり恩返しはしたいんで、よければ私のこと、先輩の店で雇ってくれませんか!」
「ええっ!? いや、確かに色々わかってる子が入ってくれるのは歓迎だけど、あたし人事担当じゃないし……」
「でしたら人事さんにお話を通しておいていただけるだけでも!」
「あー、うん。それなら多分、オッケー……かな?」
「ありがとうございますっ! トレーナーさんも、ありがとうございました! では!!」

言うだけ言うと後輩の子は駆け出し、クラスメイトたちに合流して去っていった。

「……バクシンのノリを感じる子だったな」
「ひょっとしたら、ヴィクトリー倶楽部の関係者だったのかも」
「ありそうだなあ」

最初に見た時はもっと大人しかったんだが……多分、今のあの子が本来の姿なのだろう。

「なんにせよ、あの子が最後まで走りきれたのは、ジョーダン。君のお陰だな」
「いや、それは言い過ぎじゃね? さっき言ったけど、あの子が頑張ったからだし。ていうか、ケアだけなら別にアンタでも──」
「担当でもないトレーナーじゃ、限度があるさ」

爪が割れる痛みも、それで走れなくなる辛さも、負ける悔しさも。
共に分かち合うことのできない相手の言葉じゃ、きっと、響かない。

「君だから助けになれた。心の支えになれたんだと、俺は思う」
「あたしだから……」

普段のきらびやかな服装とは違う、落ち着いた髪型とスーツ。
時と場所をわきまえた姿もまた、彼女が大人になった証なのだろう。

「誇れる自分になれたか? ジョーダン」
「……うん。そうだね。あれだけ感謝されたんだから、他でもないあたしが、あたしを認めてあげないと」

一度目を閉じ、開く。
まるい瞳に、勝ち気な光が宿る。
……かと思えば再び目を閉じ、数回深呼吸をして、

「ねえ! トレーナー! よ、よよよ、よかったら、あたしと付き合って──」
「おっと、ストップ。それは俺から言わせて欲しいかな」

全てを言い切られる前に、言葉を奪う。
へにゃりと笑うジョーダン、その肩に舞い降りた花びらをつまみ上げながら。
ふと思い出した花言葉の通り、彼女に向けて笑みを浮かべた。



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新戸 2022/11/06 19:50

ウマ娘:風邪ひきトレーナー(タイシン編)

「滝行で風邪ひくとか、完全にバカの所業じゃん」
「面目次第もない……」

夏のある日、トレーナーが滝行に参加した。
いかにも涼しげだし、トレーニングのヒントに繋がりそうだから、とかなんとか言って。
けど、滝の水は思ってたよりもずっと冷たかったみたいで。
結局、トレーナーは風邪をひいた。

「……まあ、確かに閃いたっていうヒントは、ためになったけどさ」
「それは良かった」
「良くないっての。それでアンタが体調崩してちゃ意味ないじゃん」

体が冷え切っても、閃くまで続けるとか。
そんなことされても嬉しくないっての。
……いや、まあ、ちょっとは嬉しいんだけどさ。
言ったら調子に乗るだろうから、絶対言わないけど。

アタシのせいじゃないけど、アタシのためではあったわけだし、
トレーニングを早めに切り上げて看病しにきたはいいけれど。
正直、あんまりやることがない。

飲み物はペットボトルを何本も枕元に置いておいたし、
栄養補給用のゼリーも二、三日は困らない数用意してきた。
頼まれたらご飯くらいは作るけど、食べられるかわかんないし、
体を拭くのは……流石にちょっと、提案するのもためらわれる。
……一応、ボディシートは買ってきてるけど。

「なあ、タイシン」
「ん、何?」
「看病して貰えるのは有り難いけど、俺なら全然大丈夫だからな?」
「は? 40度近い熱出しといて言うことがそれ?」
「でも俺、元から体温高い方だし……」

頭きた。
病人は病人らしく、人を頼れっての。
こうなったら、今日は付きっきりで看病してやる。

……って、反射的に頭に血が上りかけたけど。
近くに他人が居たら、気が休まらないってこともある、か。
アタシだって、クリークさんと同室で暮らし始めた時はそうだった。

けど、だからって距離を置いてたら、いつまで経っても変わらない。
頼られたいなら少し鬱陶しいくらいで丁度いい。
遠慮するような仲じゃない……とは、思うし。

「決めた」
「うん?」
「今日一日、付きっきりで看病するから」
「流石にそこまでしてもらうわけには」
「……迷惑なら、やめるけど」
「迷惑なんかじゃない!」

──かかった。

「じゃあ決まり。ほら、病人なんだから大人しくする」
「……もしかして俺、乗せられた?」
「さあ? どうだろうね」

とぼけてはぐらかしつつ、スマホを見る。
晩ご飯には早すぎるし、寮の門限もまだ先だけど、済ませられるものは先に済ませておこう。

「外泊届け出してくる。欲しいものあったら、持ってくるけど」
「んー……あー、腹にたまるものが欲しいかも」
「その熱で……? じゃあ、後で何か作るから」

食欲があるってことは、そこまででもないってのは本当なのかも。
油ものは負担が大きいだろうし……ドライカレーなら大丈夫かな。

「じゃ、ちょっと行ってくるから」
「ん。行ってらっしゃーい……」

一声かけて、外に出ようとして。
不覚にも「こういうの、ちょっといいかも」なんて思ってしまった。



寮に戻って届け出だして。
着替えの用意と、ルームメイトのクリークさんへの書き置きをして。
カレー粉とか野菜とかひき肉とか、必要なものを調達してきて。
そうして部屋に戻ってきたら、トレーナーはスヤスヤ眠ってた。
考えてみると、コイツが寝てるとこなんて初めて見るかも。

ほっぺたでもつついてやろうかと思ったけど、やめた。
コイツ、起きてるだけでも無駄にエネルギー使ってそうだし。

「……さっさと元気になってよね」

空のペットボトルを回収した後、料理に取り掛かる。
多少手間をかけても、今からなら晩ご飯の時間には間に合うだろう。



「うん、うん。美味い。美味いぞタイシン!」
「うっさ。……っていうか、元気になるの早すぎでしょ」
「そりゃまあ、しっかり寝たからな」

……ドライカレーが出来上がってすぐ、トレーナーは目を覚ました。
寝起きなのにお腹を盛大に鳴らすもんだから、少なめを渡したらペロっと完食した上に倍の量でおかわりを要求されたりもした。
無理してる雰囲気もないし、実際に熱も38度5分まで下がってたけど……なんか、納得いかない。
風邪って普通、もっと長引くもんじゃないの?

「この感じだと、明日には治りそうだな」
「どういう体してんの」
「んー、まあ、免疫がちゃんと働けばこんなもんっていうか」

……嘘か本当か、トレーナーの思い込みかはわからないけど。
体温が下がって免疫力も低下して風邪をひいたけど、体温を上げて免疫の働きを活発にしたから調子が戻った、と。
なんか、そういうことらしい。

「だからまあ、温かくして瞑想でもしてれば結構マシになるぞ。迷走中にうっかり寝たら、体温が下がったりはするけどな」
「……へ? 瞑想?」

え。
じゃあ、あれ、寝てたわけじゃなかったの?
だったらあの時のアタシのひとり言も、丸聞こえだったってこと?

「~~~っ!!」
「ご馳走様でした! ……? どうかしたのか、タイシン?」
「うっさい、バカ! 知らない!」

食器をひったくって、台所に逃げる。
ひとりで勝手に恥ずかしがってるとか、バカみたいだけど。
けどまあ、そういうのとはまた別に。
さっさと元気になってくれるんなら、なんでもいいやとも思えた。

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新戸 2022/11/03 21:01

ウマ娘:風邪ひきトレーナー(タキオン編)

──風邪を引いてしまった。

自分の体調も管理できないトレーナーの言葉に、説得力はない。
だからなるべくオーバーワークにならないよう気をつけてきたし、
事実トレーナーになってからは大きく体調を崩さずやってこれた。
それが、窓を開けたまま寝たせいで風邪を引くとは。
迂闊と言うほかない。

いや、だが、急に下がる気温も悪いのでは?
ようやく涼しくなってきて、クーラーかける必要がなくなって。
外から入ってくる虫の声と草木の香りを楽しめるなと思ったのに。

急に、朝の最低気温5℃て。
チェックし忘れた俺も悪いけどさ。5℃て。
そりゃあ風邪を引いても不思議はないし、そうでなくても自律神経だって狂おうというもの。

……まあ、デキるトレーナーは常にエアコンで温度も湿度も管理してるらしいのだが。
風流人を気取ったのが間違いだった。

「一通り連絡もしたし……大人しく寝ておくか」

タキオンには風邪を引いたから今日は休むと伝えたし、同期には可能ならタキオンのトレーニングを見てくれと頼んでおいた。
同期にタキオンが御せるのか、タキオンが変なことをしでかさないか……色々と不安はあるが、信じて大人しく養生するとしよう。



………………

…………

……



「ふむ。体温は高いが、呼吸音に異常はなし。食事と解熱剤で様子見といったところか」
「ん……。タキオンか……?」
「おや、起こしてしまったようだね」

耳に馴染んだ声につられ、長く眠った時特有の浅く、気怠い眠りから浮上する。瞼を持ち上げれば、思った通りの人物がいた。

「……不審者みたいな格好だな」
「見舞いに来た私が後で風邪を引いたりしたら、君は自分のせいだと気に病むだろう?」
「まあ、うん」
「だからこうして、完全装備で来てあげたというわけさ」

お見舞いに来てくれたのは、他ならぬ俺の担当するタキオンだった。
口元は不織布のマスクで隠され、目元もゴーグルに覆われているが、間違いない。こんな目をしたウマ娘なんて、そうそう居るものではない。

「とは言え、さほどたちの悪いウイルスでもなさそうだ。君、腹でも出して寝てたのか?」

そんなことを言いながら、ゴーグルとマスクを外し始める。
まあ、タキオンがそう判断したってことは、大丈夫なんだろう。
単純に邪魔だっただけかも知れないが。

「……今朝、というか今日の未明。すごい冷えただろ?」
「ああ。確か最低気温が5℃、だったかな? 急に冷え込んだとあちこちで話してたが」
「ベッドの横のこの窓、開けたまま寝て……それでな」
「……これからは気をつけたまえよ?」
「……ああ」

しみじみ言われるのって、呆れられたみたいで辛いなぁ。



「モルモット君は、今日は何か口にしたかい?」
「いや、スポドリだけしか」
「食欲は?」

タキオンの問いに、目を閉じて己の腹具合を探る。
……空腹感は無いが、食べられないという感じもない。

「食べようと思えば食べられるくらいには」
「なら、軽めにしておこう」

そう言うとタキオンはキッチンの方へ行き、なにやらガサゴソし始めた。

「……え。まさか、料理? タキオンが?」
「そのまさかだが。君は私をなんだと思ってるんだ?」
「いや、だって」

研究の時間を確保するために、食材をミキサーにぶちこんで時短してたって、自分で言ってたじゃん。

「それを言うなら、まずは見舞いに来たことへの疑問を持ちたまえよ」
「う。……いや、すまん。ありがとう、助かる」
「なに。たまにはモルモット君の面倒を見るのも一興というものさ。それに……」

──これまでの研究の成果も、君が居てくれたからこそのものだし、ね。

キッチンにいるタキオンの表情は、ベッドの上からではわからない。
けれどその声は、とても優しい色をしていた。



「ごちそうさまでした」
「お粗末様。食べられるものになっていたようで何より」
「意外……って言うとアレだけど、食べやすいし、美味しかったよ」
「意外は本当に余計だよ」

出汁と塩味がいい感じのお粥に、トマトの酸味がきいた野菜スープ。
そして食後にレモン果汁入りのリンゴジュース。
水分量が多めのメニューだったのは、発汗を考慮してのことだろう。

「さて、食事も済んだことだしお薬の時間だ。……なんだい、その『ああ、やっぱり』みたいな顔は」
「いや……これでこそタキオンだよなーって思ったっていうか」
「心配しなくても、病人で実験するようなマネはしないさ。ただの解熱剤だよ」
「……解熱剤って、青く光るもんだっけ?」
「青いほうが涼しげだろう?」
「飲んじゃったらもう色とか関係ないのでは?」

などと言いつつ、渡された液体を一息で飲み干す。
解熱剤は、子供の時に飲んだシロップ薬のような味がした。



「それじゃあまた明日」

そう言って、タキオンは帰っていった。
孤独な環境ではないとは言え、一人暮らし。
風邪を引き、多少の心細さを覚えたりもしたが、そんなものはすっかりどこかへ飛んでいっていた。

「……今日中に治さないとな」

風邪が治らなければ、またお見舞いに来てくれるかも知れない。
けれど、それでタキオンの時間を奪うというのは、本意ではない。

明日会う時は、トレーナールームで。
そんな決意と共に布団を被り、早々に床に就く。
薬の副作用だったのだろうか。
日中あれだけ寝たというのに、不思議とすんなり眠れたのだった。

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