「さっさと帰って。此処はキミのような子が来る場所じゃない」
首都聖アルナフル南東の旧市街。
内戦の余波により経済停滞し、スラム街と成り果てている現状からは想像も付かないが、十数年前は世界有数の自動化を誇った繁栄街だった。
神託を重んじて栄華を極めた過去の面影は既に無い。唯一、この街に神が残したものは
「女性は男性の所有物であり、いかなる場合も資産の所持が認められない」
という絶対の掟だけであった。
ここに、とある小さいなカフェを経営する男装少女がいる。
東洋人―――――かつて高度な経済成長を誇った時期には海を越えこの国にやってきた「改宗者」が少ならず存在していた。
しかし、このムラサキと名乗る少女は彼らともどこか雰囲気が異なる。
男性の住民IDを持ち、国立神学院に在籍中の交換生という怪しげな経歴を持つ彼女が店を続けられるのは軍政府の管理が行き届いてない旧市街故だろうか。
Closedのプレートが掛けられた扉の奥で、賑やかな話し声が聞こえてくる…
「やはりチューターが淹れる紅茶は格別の香りです。僕も挑戦しているのですが難しくて…」
眉太い男の子「エーリク」。子供の中で一番のしっかりもの。ムラサキに淡めな恋心を抱いている。
「雲を見ているわ。ほらあそこに。鳥みたい、自由で……あ、死んだ」
掴み所のないクールな女の子「イングリ」。とにかくマイペースだが、ムラサキを慕う気持ちは他の子に負けない…らしい。
「セロリの匂い……ううーん、食べ残しはだめだよね、わかってる」
気弱な先住民の子「アルネ」。いつも誰かの後ろにおどおど隠れているが、思うこと割とはっきり喋る子。一見普通の少女に見えるがその体に秘密が…。
この笑顔を守り続けるためならどんな苦痛、辱めにも耐え続けられる。
幸せな時間を彼女達から貰う度に、その決意を心の中で反芻する。
汚れた身体を忌むことも忘れてしまう程に。
そして今夜は、その幸せがいつもより一人分多く貰えている。
普段は空席となってい椅子に、今日は一人の少女が腰かけている。
他国の裕福な家庭に引き取られた筈の彼女が、今朝ひょっこりと姿を見せたのだ。
「新しい環境には慣れた?ご飯は毎日おなか一杯食べてる?勉強はつらくない?
なんにせよ無事に戻ってこれてよかったわ」
数か月ぶりに見る彼女の顔を前にし、ムラサキも思わず口数が多くなる。
「新しい環境ぉ?そうね…
部屋が広くて、料理は豪勢、従順な召使いが数えきれないほど……
今の私には退屈すぎだわ。ウスノロのアンタには丁度いいかもだけど」
「オルガ」はきつい口調で返した。
元から気が強く挑発的な性格ではあったが、少し会わない間にその態度はより顕著になった印象を受ける。
思わずたじろぐムラサキであったが、これから起こる事態に比べればほんの些細な変化であるということを彼女はまだ知らずにいた。