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高橋徹 / 媚熱書房 2023/09/26 00:00

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高橋徹 / 媚熱書房 2023/09/25 00:00

「小鳥遊さんはラブコメ勉強中!」第2話

「えーっと……こ、こんばんは、小鳥遊さん」

 直春はなんとか笑みを浮かべるが、おそらく今浮かべている笑みは人生屈指の苦笑いだろう。レンタルショップの暖簾の向こうで同僚の女の子に遭遇したとき、いったいどんな風に笑えばいいというのだろうか。

 璃子は口をぱくぱくと開けては閉め、目を見開いて直春を見つめている。会社ではどこか抜けていながらも基本はクールな印象の強い彼女だが、今浮かべている表情はなんだかとても幼い。手に持っているジャケットに映る女性は幼いどころか熟女と呼べる年齢なので、なんだかギャップがものすごい。

 初めて見る表情に驚いていると、璃子の頬がほんのりと赤くなり、真っ赤になり、やがて首まで赤くなる。

 やかんみたいだな……などと呑気に思っていると、璃子がすぅぅ……と静かに、深く、息を吸った。

(あ、やば)

 直春は本能的に危険を感じ取ると、

「――きゃあぁもがっ!?」

 筋肉が悲鳴を上げる勢いで間合いを詰め、璃子の小さな口を手で塞いだ。

「むぐー! もがー!」

 口を塞がれた璃子が目をぐるぐると回しながら暴れる。いつもの彼女からは想像できないほどの暴れっぷりだが、力が弱いので肩をてしてしと叩かれてもまったく痛くない。

「ちょ、静かに、落ち着いて……っ!」

 暴れるちっこい同僚を懸命になだめる。手のひらに触れる瑞々しい唇の感触と吐息が生々しい。女性の身体に触れている緊張と、200%事案にしか見えないこの光景を誰かに見られたら……という焦りが挟み撃ちで心臓をたこ殴りにしてくる。誰か助けて。

 数十秒の格闘の末、ようやく璃子が落ち着いた。お互いぜぇぜぇと激しく息を切らしている。璃子はすでにぐったりとしていた。

「さ、鞘野さん、どうしてここに……?」
「なんとなくだよ。小鳥遊さんは……あー、いや、聞かないでおくよ」
「待ってください、ちがうんです。いえ、その、ちがわないんですけど……っ!」

 璃子が涙目になってあぅあぅと慌てている。直春の半袖のワイシャツの袖をくいくいとつまんで、懇願するような上目遣いを向けてきた。手に持ったジャケットを背中に隠しているが、ちょっと遅すぎやしないだろうか。

 どうやら事情があるようだが、ここで話を聞くのもなぁ……と思っていると。

 くぅ、と控えめにお腹が鳴る音が聞こえた。
 
 璃子が直春の袖をつまんでいた手を離し、その手でお腹を押さえて顔を真っ赤にしていた。璃子の薄い唇がもにょもにょと動く仕草に、直春はふっと笑みを浮かべた。

「……その、どこかでご飯でも食べない? ゆっくり話を聞きたいし」

 女性に疎いながらも、これは自然な誘いではないか……と思えた。璃子は上目遣いでちらりと直春を見つめ、自分のお腹をチラ見し、最後になぜか手に持っている作品のジャケットをまじまじと見た。なぜこの流れで見るのか。そんなに昼下がりの宅配というシチュエーションが気になるのだろうか。

「……はい、わかりました」
「よし、それじゃ行こうか。近くにファミレスがあるから、そこでいい?」
「大丈夫です。行きましょう」

 名残惜しそうにジャケットを戻す璃子に苦笑しながら、レンタルショップを後にした。

       ×  ×  ×

「小鳥遊さん、成り行きとはいえオーケーしてくれてビックリしたよ」

 ファミレスの席に腰を下ろしてそう切り出す。璃子は会社の昼休みや終業後は女性としか行動しておらず、男性とは世間話をしているところさえあまり見たことがない。こうしてふたりきりで話すことを了承してくれたことに驚いていた。

 直春の言葉に、璃子はメガネの奥の澄んだ目をぱちくりとさせた。

「そう……ですね。初めてです、男性とふたりでお食事するのは」
「え、そうなの!? なんだか光栄だな」
「鞘野さんは無害だと杏子から聞いていましたので」
「あ、そ、そうなんだ……」

 男として喜ぶに喜べない評価だった。中・高・大と女性に告白しては玉砕を繰り返し、そのたびに「良い人だとは思うんだけど」と言われてきたトラウマにぐさぐさと刺さる言葉だ。

「それで、さっきのことなんだけど……」

 注文し終えると、さっそく本題を切り出した。璃子はほんのりと頬を赤らめて顔をそむけ、薄い唇をもにょもにょとさせる。

「ええと、その……順を追って話していいでしょうか?」
「うん、だいじょうぶだよ。どうぞ」

 笑顔で促すと、璃子がうつむき、上目遣いでちらりとこちらを見て、深く息を吸った。

「……その、私は昔からマンガを読むのが好きでして。それで、少女向けコミックや、もっと年上の人が対象の……女性向けコミックもたくさん読んでいたんです」
「それはいつから?」
「えっと、少女コミックは小学校低学年くらいから読んでいたと思います。女性コミックは中高一貫の女子校に入ってから、ですね」
「そうなんだ」

 小学生の璃子が少女コミックを熱心に読んでいる姿を想像すると頬がゆるんだ。
 璃子が両手でちょこんとグラスを持ち、所在なげにくるくると回す。

「それで、少女コミックを読んでいる中で恋愛に興味を持つようになりまして。それで、その、女性コミックを読んでいたら、その、何と言いますか……」
「……エロにも興味を持ったと?」

 璃子の顔が一気に茹(ゆ)だる。手に持ったグラスの水が蒸発するのではと思った。

 うぅ……と唸り、ちょっと恨みがましい目で見つめてくる。言わないと話が進まないと思ったがゆえの相槌だったので、そんな可愛らしい仕草をされても困る。

 しかし、なんだかちぐはぐな気がするな……と思った。璃子の先ほどの行動は飛躍しているように見えたからだ。なんと言えばいいのか、例えるならしかるべきときにしかるべき経験を積んでいないような……そんな、でこぼこな印象。

「そういう話は友達とはしてたの?」
「いいえ。……私はしたかったんです。あ、いえ、なんかこう言っちゃうと変かもしれませんが……って、さ、鞘野さん、なんで笑うんですかぁ……っ」
「ごめんごめん」

 ころころと変わる璃子の表情に思わず笑みが浮かんだ。

「それで、その……友達がそういう話をしているときに混ざろうとすると、『リコにはまだ早い』って言われて……。それを中学高校と言われ続けて、さらに女子短大に入っても同じように言われつづけて……今に至ります」
「そっか……なるほどね」

 先ほど彼女に抱いたでこぼこな違和感はこれだったんだな、とわかる。

 直春は共学だったが、たしかに男女ともに「この子は性に疎い」というレッテルを貼られているクラスメイトはいた。レッテルは本人の意思に関係無く貼られてしまうから、当人は中々(なかなか)難儀するのだろう。

 璃子がこれまでのことを思い出したのか、顔を伏せて物憂げなため息をつく。儚(はかな)げに揺れるまつ毛は驚くほど長い。

「お待たせいたしましたー」

 会話がふつりと途切れたタイミングで、ちょうど店員が注文した料理を持ってきた。直春の前にチキングリルが、そして璃子の前にはチーズハンバーグが置かれる。背丈が影響しているのか、璃子のハンバーグは妙に大きく見えた。

「とりあえず食べようか」
「……そうですね」

 ふたりであいさつをして静かに食べ始める。ナイフでチキンを切るとじゅわりと肉汁が溢れ出した。口に運ぶと安定の美味しさが口内に広がる。

(うまー)

 ちょっと上を見て目を細めていると、璃子が目をぱちくりとさせていた。

「小鳥遊さん? どうしたの?」
「あ、いえ、その……鞘野さんって、すごく美味しそうに食べるんだなーって」
「え。あ、そ、そう?」
「は、はい……」

 ふたりしてぎこちない笑みを浮かべる。甘酸っぱい、という表現がしっくりくるような空気感。なんだか急にいたたまれなくなった。

 照れを紛らわすように2口目を食べていると、璃子がチーズハンバーグをぱくりと咥(くわ)えた。小さな口いっぱいに頬張り、左右のほっぺがぷっくりと膨らんでいる。

(なんだかリスみたいだな)

 くすりと微笑むと、もきゅもきゅと美味しそうに食べていた璃子が直春の反応に気付き、恥ずかしそうに目を逸らした。それでも口はもきゅもきゅと動いたままだ。

「……私、口いっぱいに食べてしまうクセが子どもの頃から抜けなくて……」
「いいんじゃない? 俺は可愛いと思うよ」
「え?」
「え?」
「いや、なんで鞘野さんが聞き返すんですか……」

 すんなりと出た褒め言葉に直春自身が驚き、ほんのりと頬を赤らめた璃子が呆れた。

「ごめんごめん、思ったことをそのまま言っちゃった」
「え?」
「え?」
「いや、だからなんで鞘野さんが聞き返すんですか……っ!」

 璃子がきゅっと眉をひそめ、困ったような顔で見つめてくる。数十分前での自分なら考えられない歯の浮くような言葉に、直春自身も戸惑っていた。

「ごめんごめん。……色んなマンガを読んでるんだよね。最近気に入ってる作品はあるの?」

 先ほどの話の続きをする前に気分転換をしてもらおうと、璃子が好きであろう話題を出してみる。何気ない質問のつもりだったのだが、璃子は尋ねられるなりメガネの奥のつぶらな瞳をキラキラと輝かせ、めいっぱい膨らませたほっぺたの中身を急いで噛んで飲み込んだ。もむもむもむもむ、と高速で動くほっぺがシュールすぎる。

「えっと、その、鞘野さんは私がどんな作品を挙げても引いたりしませんか……?」
「ん、大丈夫だよ。俺も女性向けのコミックをたまに読んでるし」
「おお、つわものですね……」

 何やら尊敬の眼差しで見られている。師匠……などと呼ばれそうな勢い。

「ちょうど今日、レンタルショップに行く前に買ってきたマンガがあるんです。すごく人気になっていて、1巻から惚れ込んでいる私としては嬉しいようでちょっと寂しい気持ちもするといいますか……」

 璃子がバッグから紙袋を取り出す。急に饒舌になったことから、本当にマンガが好きなんだなと思った。

「あー、これ俺も持ってるよ。ヒロインを取り合う男が軒並みクセが強すぎて大変そうだよね」

 直春が微笑むと、璃子がますます目をキラキラさせる。彼女自身が少女マンガのキャラクターのように輝いて見えた。

「そうなんです! でもひたすらドロドロするわけでもなくて、合間合間にきちんとユーモアが挟んであってくすりとしちゃうんですよね!」

 璃子が最新刊を両手で持ち、ふんすふんすと鼻息をつく。興奮してきたのかぐいと身を乗り出してきて、テーブルに豊満な胸がたぷんと乗った。無防備に晒された凶器から高速で目を逸らす。

(なんだろう、小鳥遊さんの声がいつもと違うような……?)

 饒舌にまくしたてる璃子の声は熱を帯びて上ずっていて、いつもの山奥のせせらぎのような落ち着いた声とはまるでちがったものになっている。小鳥のさえずりを聞いているかのように心地良く、いつまでも聞いていたくなるような、そんな声。

「小鳥遊さん。ハンバーグ、冷めちゃうよ」

 相槌を打ちながら指摘すると、璃子がハッと目を見開いた。

「そ、そうでした、すいません、熱くなってしまって……」
「いいよ、普段見れない可愛い小鳥遊さんが見れて、すごく新鮮で嬉しいから」
「……鞘野さん、さっきから、その、それは……ワザとですか? ワザとですよね?」
「……ごめん、本音がついこぼれちゃって……」
「ほ、ほら、また……」

 璃子がしおしおとしぼみ、上目遣いで恨みがましく見つめてくる。そうしながらもハンバーグを口に入れれば、ふたたびリスのようにほっぺたが膨らむ。

(あー……なるほどなぁ)

 歯の浮くような言葉を女性に連発するという、直春自身も知らなかった一面が浮き出てきた理由がわかった気がする。璃子のことは元々可愛いと思っていたが、ふたりきりで話すことで彼女の新しい魅力に次々と気付いた。

 それに加え、璃子の反応がキュートでわかりやすいから、ついつい調子に乗って口を動かしてしまったのだろう。

 褒められた璃子は照れこそすれど、いやがっているようには見えない。また褒めたら怒られるかな……とは思いつつも、彼女の可愛らしい反応が見たくて結局また褒めてしまう気がした。

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高橋徹 / 媚熱書房 2023/09/24 13:57

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高橋徹 / 媚熱書房 2023/09/23 18:45

活動方針について

作家&シナリオライターをやっています、高橋徹です!

現在はラノベ
ゲームシナリオ
ウェブトゥーン&コミックの原作
ASMR
これらに取り組みつつ、マーダーミステリーを個人で出すべく動いています。

Ci-enでは以下の活動を行なっていく予定です。

①限定公開小説
有料プラン加入者の方のみお読みいただける小説(一般向けもあれば官能もアリ)を公開する予定です。
無料プランの方も最初の3~5話は読めるようにしますので、もし興味があればぜひ!

以前LINE文庫から刊行しました「小鳥遊さんはラブコメ勉強中!」という作品の1巻未収録部分も含めた公開も予定しています。

②既存作品の裏側
有料プラン向けに、これまでに出した作品のキャラクター履歴書及びプロットを公開する予定です。

上記に加え、個人のリクエスト小説も募集しています。
SKIMA
https://skima.jp/item/detail?item_id=50126

更新をどの曜日にするかなども徐々にお知らせして行きます。
応援していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!!

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