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Sui☆Sweets 2023/07/22 14:40

R18TL小説「路地裏で元ヤクザの組長に助けてもらったら、トロトロに愛されて、会社無断欠勤しました」

 やばい、やばい、やばい!
 私は現在もてる力を振り絞って、朝から全速力で駅に向かって走っている。

『次、遅刻したらクビだから』

 やめてぇ。
 ここがクビになったら、どうやって生きていけばいいの?

 ブラック企業で文句も言わずに働いているのは、転職先がないからなんだってば……。
 それをわかっていて上司も、逃れられない脅しをかけてくるから鬼畜だ。

 毎日、深夜零時すぎの終電に乗って家に帰宅するのが一時半。それから軽く夜食を食べて、シャワーを浴びて翌日の準備をして寝るのが三時ちょい前になる。

 朝は六時に起きて、お弁当を作りながらつまみ食いが朝食の代わり。化粧して着替えて家を飛び出すのは七時。万年寝不足の身体はもう限界をとうに通り越していて……。

 今朝は派手に寝坊してしまった。起きたのがすでに朝の七時だった。とりあえず昨日のスーツを着て、家を飛び出した。

 化粧もしない。髪も洗いざらしの寝ぐせを隠すために、手櫛でちゃちゃったと結ったのみ。

 人として最低最悪の格好で、わき目もふらずに走った。私は日頃から遅刻癖のあるやつだと上司に思われている。

 本当ところ遅刻はしたくない。でも……働きづめで寝不足な身体は気合いでどうにかなる代物じゃない。

 あと一回。遅刻したら、クビにされてしまう。

 その恐怖心だけで、私はいつも通らない路地裏に入った。ここを通れば駅までの距離をかなりショートカットできるのだ。
 普段は絶対に入らない道。

 ヤンキーやらヤクザっぽい人やら……あまり素行のよろしくない人達がはびこるのがこの路地裏だ。

 あやしい店が立ち並ぶ道を私は、速度を緩めずに奥へと走っているとだんだんと人が増えていき、ついには走れないほどの人の多さになってしまった。

 小さい声で「すいません」と言いながら、なんとか前へ前へと進んでいくがいつしか人の壁にぶちあたってしまい、にっちもさっちもいかなくなった。

 えっと……これは……。
 非常に困る事態になってしまった。
 路地裏に人がこんなに集まることってある?

 前も後ろも、右も左も……目つきの悪い男性たちが睨み合っているように見える。

 どうしよう。
 これはまずい。
 こういう人たちって、夜型人間じゃないの? 朝から喧嘩って……ここら辺界隈は、朝活の一種で朝から喧嘩みたいなことが流行っているのかな。

「お嬢ちゃん、こんなところで何をやってんの?」

 ぐいっと肘を掴まれて、路地の隅に引っ張られた。たぶん、人の群れに飲み込まれた私を助け出してくれたのだろう。
 引っ張り出してくれた年上の男性を見つめたまま、私は固まってしまった。
 四十代くらいだろうか。よれっとしたグレーのスーツに白いワイシャツを着ていた。ネクタイはしめずに、一番上のボタンを外して首元をゆったりと広げている。
 黒い髪は猫っ毛なのか、ふわふわしていた。それに似合わない切れ長の鋭い眼は、私ではなくて通りに集まる顔つきの怖い人々に向けられていた。

「……仕事に行こうと思って……」

 絞り出すように言葉を出すと、腕を掴んでいる男性が眉間に皺を寄せた。

「なら、向こうから回って行け」
「駅までの近道だからどうしてもここを通りたくて」
「今日は無理だ」
「そこをなんとか」

 私の声が大勢の男性たちの叫び声でかき消されてしまった。どうやら睨み合っていた男同士の喧嘩が始まったようだ。
私の声に対し、「ああ?」と男性が聞き返してくれる仕草をしてくれたが、お互いの声はもう男たちの怒号で聞こえない。

『ちっ』と男性が舌打ちをしたのを眺めていると、再度ぐいっと腕を引っ張られた。
 寂れた店の脇にある階段をカンカンと小気味よく上がり、二階に行く。なにかの事務所なのか、男性がドアを開けると、無理やり押し込まれた。

 ドアが閉まると、男たちの声が遠くの方で聞こえる。ここならお互いの声が聞こえるだろう。

「これじゃあ、もう……回り道もできねえな」

 二階の部屋の窓から外を見て男性が、自分の顎をさすりながら独り言のように呟いていた。
 私も彼の後をついて窓に近づくと、窓の下で繰り広げられているヤンキー集団の大喧嘩にげんなりした。

 隣で無精ひげをさすっている彼の言う通り、これではもうどちらにも進めない。
 戻れないし進めない。
 これはもう喧嘩が終わるまではおとなしくしてないといけないようだ。

『次、遅刻したらクビだから』
 ふいに上司の言葉が脳裏をかすめていく。

「もう……だめだぁ」
 絶望だ。
 私は全身の力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。

「……終わった」
 脳内で人生終了のゴングが鳴り響いた。

「一時間もすれば終わるだろ? そしたら駅まで送って行ってやるよ」

 状況を飲み込めていない男性は、明るい声で言ってくれるが……一時間後にたとえ仕事に到着したとしても、もう……会社に私の席はない。

 クビだ。

「無理です。もういいです。すみませんでした」

 私は何も考えられなくなった思考力で、ぼそぼそと返事をすると窓際の壁に背中をつけながら膝を抱えた。
 肩にかけていた鞄からスマホを取り出すと、アプリを立ち上げた。
 転職専用のアプリのマイページを開くと、「不採用」という文字の羅列だけが目に飛び込んでくる。
 ブラック企業に就職してからずっと続けていた転職活動。いまだかつて採用になったことがない。
 このままクビになったら、私は無職だ。

「はあ」

 私は大きなため息を吐くと、膝の間に顔を伏せた。
 これからどうやって生きていけばいいの?

「お嬢ちゃん、そう絶望した顔すんなって……」
「そりゃ絶望の顔にもなりますよ」

 クビ確定なんだから。
 私はため息を吐くと、じゅわっと溢れ出てくる涙を歯を食いしばることで、これ以上流れてこないように押しとどめた。

「今日遅刻したら、私は仕事をクビになるんですから」
「……は?」
「だからクビになるんです!」

 私の目線に合わせるようにかがんできた無精ひげの彼に語気を強めてはっきりと告げた。
 信じられないと言わんばかりの顔で、あんぐりと口を開けたままの彼はなんだか可愛く見える私は、きっと疲れすぎているのだろう。

「そんなことで……」
「世の中は冷たいんです。『そんなこと』で簡単にクビにされるんですよ。とくに私みたいな使えない人間は……。やっと就職できて、ブラック企業だとわかっていても文句も言わずに働いてきたのに」

 再び、膝の間に顔を埋めると「もう、やだ」と小さく呟いた。
 無情な世の中だ。非情とも言える。

「んじゃ、俺んとこで働くか?」
「……え?」

 私はパッと顔をあげて、目の間にいる彼をじっと見つめた。

「ってか、嫌か。こんな薄汚ねえとこじゃなあ……お嬢ちゃんには似合わない……」
「いいんですか? 私を雇ってくれるんですか?」
「お、おう! お嬢ちゃんさえよければ……」

 私の食い気味の質問に、少々引き気味の彼が何度も頷いてくれる。

「本当にいいんですか? 私、高卒ですよ? たいして働けませんよ? ドジでのろまで全然優秀じゃないし……それに、それに……」

 息継ぎなしで一気に言い、ほかにもある自分の短所を言おうと回転の遅い思考を巡らせていると急に目の前が真っ暗になった。

「ちゅ、ちゅく」
 ねちっこい水音が耳に入ってくる。

 唇から温かい感触がして、簡単に彼の舌の突破を許してしまった。口腔内へと侵入してきた彼の舌は、私の歯列をなぞり、そして舌を絡め合わせてきた。

「んっ、ふ、んぅ」

 全身の血が沸騰するのではないかと思うほど、一気に身体が熱くなる。彼の手が私の頬にそっと触れてくるだけで、ゾクゾクとした感覚が皮膚の表面を走り抜けていく。

――キスされている?

 そう理解できた時にはもう、私の目はとろんと蕩けていた。
 情熱的に求められるようなキスをされた経験が今までに一度もない私は、もう彼の口づけですっかり思考力を奪われてしまった。

 何も考えられない。
 ゆっくりと離れていく体温を寂しく思いながら、茫然と目の前にいる雄の顔をした彼を眺めるしかできなかった。

「……なんで……?」

 かろうじて出てきた言葉は、キスをした意味の問いだけだった。
 怒りよりも驚きが強く、もっと言うならば、キスが終わってしまったことが悲しいとさえ思っていた。

「自分を卑下する言葉なんて聞きたくねえんだよ」
「でも……本当に……んぅ、あ、んぅぅ」

 私は使えない人間だから――。
 再び、唇を塞がれてしまう。




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