「アビ・エシュフの整備……ですか」
金髪のメイド少女、飛鳥馬トキは突然現れた男からそう言われてほんの一瞬だけ戸惑った。
アビ・エシュフとは、彼女が以前仕えていた主人、調月リオが用意した「脅威」に対抗するためのパワードスーツである。
要塞都市エリドゥと共に作られ、エリドゥ円活きの電力と演算機能を用いることで、未来予知にも近いレベルでの気道を可能とする兵器。
トキはそのアビ・エシュフを用いて戦闘を行うのだが――確かに、その兵器を整備できる存在と言うのを彼女は知らなかった。
何故なら、アビ・エシュフというのは必要になったら現れる……必要な時にリオが整備していると思っていたからだ。
「そうそう。リオちゃんから頼まれてね」
「リオ会長が?」
一緒に居たトキの同僚――ミレニアムサイエンススクール所属の秘密組織、「C&C」エージェントであるアカネがそう聞くと、男は無防備な笑みを浮かべて頷く。
一目見れば、その男が何の力も持たない無力な大人に見えるだろう。
シャーレの先生もそうだが、外見上はただの人間……大人の男でしかない。
しかも今はその「大人」の男が二人、トキとアカネの前に立っている。
ただ、「大人」というのはこのキヴォトスにおいて特別な意味があり、この男もまた「大人」の特別な能力を持っているのだろう……とアカネは感じていた。
(それがアビ・エシュフの整備と何か関係があるのでしょうか?)
ミレニアムの科学者集団でも迂闊には触れない超兵器。
戦闘に慣れたキヴォトスの人間たちに対してでさえ戦況を一変させる可能性を秘めたパワードスーツ。
それを整備するというのだから、それだけの知識と技術を持っているのだろう。
ただ。
(胡散臭い……)
アカネは素直にそう思った。
言葉にすれば単純で、けれど信ぴょう性のない単語だ。
――胡散臭い。
瞳の奥が淀んで見える黒髪の男も、軽薄な笑みを浮かべている金髪碧眼の男も。
そのどちらも、シャーレの先生とは違う。
誠実という単語から最も遠い人種に思えてしまうのは、付き合いが短いからだけではないとアカネは感じていた。
「リオ会長は失踪したままですが、今はどちらの?」
アカネが警戒心を消しながら聞くと、男の一人が肩を竦めて首を横に振った。
無力さを感じさせる気弱な表情をした男とは別の、金髪で軽薄そうな笑みを隠そうともしていない男だ。
その顔を見ているだけで、どこか嫌な予感がする。
C&Cのリーダー、ネル辺りが見たらあからさまな嫌悪感を抱きそうな顔だとアカネは思う。
(ある意味、リーダーが居なくてよかったかも)
ゲーム開発部の所へ遊びに行っているネルの顔を思い出しながら、アカネは小さくため息を吐いた。
もし「大人」と喧嘩になった場合、どう転ぶか分からない――というのが正直な話だからだ。
シャーレの先生もそうだが、無害そうな顔をしていて中々に厄介……これまで、どんな劣勢すら覆してきた実績を持つ。
しかも何度も。
そんな「大人」と事を構えたくないというのが、アカネの冷静な部分の判断だった。
まあ、それはそれとして。
「分かりました。では、よろしくお願いいたします」
先日C&Cへ正式に加わったトキは男の言葉を疑いもせず、一礼。
メイドとして見事な対応をする。
「その整備というのは、どれくらい掛かりそうですか?」
「三日くらいかな? ミレニアムの工場を一つ貸し切って、そこで行うよ」
黒髪の無力感を漂わせる男がそう言うと、アカネに工場の座標と名前を伝える。
それはアカネも知っている場所だった。
その情報に嘘は感じない。
「分かりました。トキちゃん、1人で大丈夫ですか?」
「問題ありません。完璧なメイドとして、アビ・エシュフも完璧な状態を維持してもらわなければ困りますので」
「ふふ、そんなに肩肘を張らなくてもいいのに……では、トキちゃんとアビ・エシュフをよろしくお願いします」
アカネは内心で男たちを警戒しつつも、それを表情にも態度にも出さずトキ以上に完璧なメイドとしての一礼を披露。
男たちは学生とは思えない色香を漂わせるアカネの態度に一瞬驚きながらも、笑顔でその場を後にした。
・
「こちらの工場に地下施設があるとは知りませんでした」
「そう? まあ、アビ・エシュフってのは特別みたいだからね」
「人目に付かない場所で整備するように言われてるんだ」
「なるほど」
トキが案内されたのはアカネにも伝えた通りミレニアムの工場だった。
今も無数の無人兵器が開発、作成されている大規模工場。
工場内の至る所から耳をつんざく様な大きな音が聞こえるが、しかしそれも地下へ進んでいくごとに遠くなっていく。
戦闘に慣れているトキは、階段の長さや周囲の音の変化からかなりの深さを降りたのが分かる。
「それで、アビ・エシュフの整備のために私を呼んだ理由は何でしょうか? 私は何をしたらいいでしょうか?」
トキはどこか警戒心を宿した声でそう言った。
今まで何ら繋がりのない相手……しかも大人の男二人と一緒ということで、16歳の少女としての本能が僅かに緊張している。
普段以上の無表情と平坦な声は、トキの動揺を隠しきれていない事が丸分かりだ。
けれど、相手の男たちはトキのそんな感情の機微を察するとどこか楽しそうに笑う。
しかしそれは正確にトキの動揺を察したわけではない。
この状況になったことを、楽しんでいるのだ。
「うん。アビ・エシュフを装着して、その情報をVR上に投影するんだ」
「……と、言いますと?」
「アビ・エシュフ装着時に展開するゴーグル。アレを通してVR上で機動を行ってもらう――まあ、簡単に説明すれば、電脳世界の中でパワードスーツを起動し、そのデータを現実で回収、不備が無いか確認する……って事だけど、分かる?」
「いいえ」
男たちの拙い説明を聞いたトキは、即答した。
「だよね――リオちゃんの説明を聞いた俺たちも、よく分かってない」
「それでアビ・エシュフの整備が出来るのですか?」
「うん。ちゃんとやり方は聞いているから大丈夫。俺達じゃなく、リオちゃんを信用してよ」
黒髪の男が笑顔でそう言うと、トキはそれ以上の質問をしなかった。
ふと目が合う。
淀んだ、暗い目だ。
底が見えない――。
「大丈夫、大丈夫! ちゃんとやるから、信用してって」
「……はあ」
そしてそれは、笑顔を崩さず明るい声を上げた男も同じ。
上っ面に張り付いた笑顔。
まるで仮面のようだとトキは思った。
リオは確かに自分勝手で自分本位で面倒臭い性格の女性だが、その能力の優秀さはミレニアム中の生徒たちが理解している。
トキも同様で、彼女がそうと言ったのなら従うだけだ。
……そんなリオと同じことを、この男たちに出来るのだろうか?
丁度説明を聞き終わると長い下り階段が終わり、地下深くにある秘密の整備ルームへ到着した。
「ここは……」
整備ルームの第一印象は、広い、だった。
用意されている機材は最低限で、コンクリートの灰色が部屋の大部分を占めている。
実用性と機械的な景観が印象的なミレニアムに在って、どこか『廃墟』という印象が強い部屋だ。
ミレニアムの建造物らしくない――と言うべきか。
「それじゃあトキちゃん、アビ・エシュフを出してもらえるかな?」
「分かりました」
トキはそう言うと、パワードスーツ『アビ・エシュフ』を要請した。
耳元の機械にそうと伝えれば、どこからともなくアビ・エシュフが送られてくる。
いつもながら不思議な機構だ。
どこでも、どんな時でも、どんな場所にだって送られてくるパワードスーツ。
それだけでもミレニアムの――調月リオの技術と能力がずば抜けているというのが感じられる。
トキはアビ・エシュフが送られてくるのと同時に着ていたメイド服を脱ぎ去った。
まるで早着替えのように厚手の黒いワンピースドレスを脱げば、その下から現れたのは下着ではなくアビ・エシュフを装着する用の濃い灰色をした競泳水着を連想させるレオタードスーツ。
165センチの身長に比べて小振りな印象を受ける乳房をしっかりと包み込み、括れた柳腰、鍛えられた下半身を煽情的に彩る衣装。
理想的なスレンダー体型は黒の長手袋とニーソックスもあって、肌が見える部分はそれほど広くない。
そんな事務的にも感じるが身体の線にぴったりとフィットした煽情的な衣装の上から、165センチの身長が霞むほど長大で無骨なパワードスーツを纏う。
「へえ、これがアビ・エシュフ」
「整備をするなら、知っているのでは?」
「実物を見るのは初めてでね……ま、いいや。それじゃあこっちに来てもらえる?」
金髪の男はそう言うと、手招きをしながらトキを整備室の奥へと案内した。
(何か怪しい……?)
その態度に、確かな違和感を覚える。
けれどアビ・エシュフの整備と男たちが言う『リオから言われた』という言葉が、トキの第六感を鈍らせていた。
これが勘に優れるネルやアスナだったら、トキ以上の警戒心を見せていたかもしれない。
……が、トキはそんな違和感の原因が何なのか分からないまま、男たちに言われてアビ・エシュフを部屋の奥へと歩かせる。
「これが、整備に必要な道具ですか?」
そこにあったのは円の形をした金属と、周囲を囲む細いながらもしっかりと枠組みされた金属。
その近くには無数のコードが繋がれた機械。
そして、正面に大きなモニターが置かれている。
広い地下整備場に、明確な意図が感じられる機械はこれだけ。
逆に言えば、この機会の為だけにこの広い空間は用意されていると言うべきか。
……黒髪の男がその機械に近寄ると、コードをいくつか掴んで戻ってくる。
「このコードを繋げたら、アビ・エシュフのデータが機械に転送される」
「んで、そのデータを元にVR上に『現在のアビ・エシュフ』を作成、一緒に君の意識も電脳場へ投影されて、それを動かして不備が無いか確認するって感じだ」
「その辺りの説明が良く分からないのですが……」
トキが素直にそう言うと、男たちはコホンと咳払いを一つ。
どうやら説明は黒髪の男へ全部任せることに決まったようだ。
「まあ、あれだ。現実ではアビ・エシュフを動かさず、データ上で動かすだけ。機体と使用者への負担は最低限で済む……トキちゃんからすればVRゲームをするみたいな感じで大丈夫だよ」
「なるほど、ゲーム開発部の皆さまが作成しているゲームがかなり高度になったようなものですか……」
「……まあ、その辺りは実践して確認してくれ」
とまあ、黒髪の男の方も途中で説明を諦めた。
(とにかく、VR上とやらでアビ・エシュフを動かせばいい、という事でしょうか?)
説明下手な三人が集まると、こうもグダグダになってしまうのか。
トキは改めてリオは優秀だったのだな、と感じつつアビ・エシュフの至る所に繋がれているコードを何とはなしに見ていた。
最後に目元を隠すゴーグルの左右……コメカミの部分にもコードが繋がれる。
「よし、完了だ」
「んじゃ、スイッチを入れるね~」
黒髪の男がそう言うと、金髪の男がコードの元にある機械のスイッチを入れた。
ヴォン、という重く低い音が響いたと思った瞬間、アビ・エシュフが振動し始める。
「これは……」
アビ・エシュフの関節部分に輝いていた青い光が、薄紫色へと変色している。
変色と機体の震えは、まるで機械が別のナニカに侵食されていくことに抵抗しているかのようだ。
けれど纏っているトキ本人はその事に気付かず、自分の視界に映った世界に驚愕する。
真っ白な世界。
どこまでも光が続いていて、その中にアビ・エシュフを纏った自分だけが立っている。
『これは?』
声が遠い。
どこか機械的で、普段以上に感情の起伏が感じられない平坦な声のように思えた。
「おーい、トキちゃん聞こえる?」
『私は、何をしたらいいのでしょうか?』
その声は機械の正面にある大きなモニターから聞こえていた。
VR世界、とでも言うべきか。
ミレニアムの科学力とアビ・エシュフに使われた技術が融合したことで、トキの精神が電脳世界へと送られたのだ。
いまだ公開されていないミレニアムの技術の一つ――意識だけとなって電脳世界で活動することを可能にしたプログラム。
それによって肉体は現世に留まりつつ、意識だけが電脳世界にある。
トキは今、電子上の画面の中に『飛鳥馬トキ』という人格を移されているのだ。
「うお、本当にこんな事が出来るのか……」
「ミレニアムってのはスゲーなー」
男二人は驚きつつも、突然動かなくなったトキの『肉体』に触れた。
アビ・エシュフを纏ったことで少し高い位置にある、その小振りなお尻と胸に男たちの大きな手が重なる。
奇妙な感触だった。
見た目は競泳水着のようなレオタードスーツなのだが、弾力性に富んでいる。
人の身体を触っているというよりも、厚いゴムか何かを触っているかのようだ。
試しに力を籠めて揉んでみると、そんなぶ厚いゴムの向こうに僅かだが女性の柔らかさを感じるような気もしてくる。
けれど、驚いたのは最初だけ。
感触も悪いしトキが反応しないので、全然楽しくない。
「確か、弾力装甲だかなんだかリオちゃんが説明してたな。外からの刺激にめっぽう強いって……これ、触っても全然楽しくねー」
「だな、それに、水着みたいに薄いのに硬くて脱がしづらい」
『すみません。私はここで何をすればいいのでしょうか?』
男二人がレオタード状の服に四苦八苦していると、大型モニターからトキの声が聞こえた。
彼女は電脳世界の中で何をしたらいいのか分からず、戸惑っているようだ。
「とりあえず、何かさせとけば? 敵とか出せるか?」
「知らね。適当に弄ってみるか」
先ほどまでの態度とは打って変わって、粗野な口調を隠す様子もなく二人は会話するとコードが繋がれた機械を適当に弄ってみた。
すると、大型モニターの向こうにミレニアムの無人機たちが無数に出現する。
『これを倒せばいいのでしょうか?』
「あ、すげ」
トキの行動は素早かった。
2メートルを優に超えるパワードスーツを本物の手足のように操り、出現した無人機たちを破壊していく。
その仕草は無駄という物を一切省いた、洗練されたもの。
素人目にもそうと分かる動きで、出現した三十体近い無人機は物の数十秒で撃破されてしまった。
だが、それはデータ上の存在だ。
コードが繋がれた機械は適当に弄った影響か、無限に敵性エネミーを出現させ続ける。
『まだですか?』
トキはどこか飽きた様子でそう言うと、戦闘を続行。
――そんな電脳世界で繰り広げられるトキの活躍をモニター越しに見ながら、男たちは現実世界で微動だにしない少女の身体を嬲り続けていた。
「へえ。トキちゃんって服の上からは分からなかったけど、結構おっぱいって大きい?」
「マジで? 後で揉ませろよ」
男たちはレオタード状の服を脱がせないと分かると、その隙間から手を突っ込んでいた。
防具としては優れているが、下着としては隙だらけ。
なんとも実用性ばかりを意識した造りの服は、ミレニアムらしいと言うべきか。
しかも外からの刺激には強いのに、腋から手を突っ込めば簡単に服の隙間に手を入れられる。
レオタードは黒髪の男の手の形を浮かび上がらせ、ぴったりと肢体に張り付いた競泳水着に自分の手が浮かび上がっているかのようだ。
下半身でも同じように服を脱がすのをあきらめた男が、横から手を滑りこませて小振りだが形の良いお尻を乱暴に揉んでいる。
「あー、柔らかいな。リオちゃんほどじゃないけど、こう、丁度手に収まる感じってヤツ?」
「ホント、若い子は肌がスベスベでいいねえ。ずっと触っていられるよ」
「オヤジかよ」
『ふう――これはいつまで続くのでしょうか?』
自分の肉体が大人の男たちによって嬲られているだなんて想像もしていないトキの声が、大型モニターから聞こえてくる。
どこまでも平坦で感情の起伏が感じられない、普段通りの声だ。
そしてそれは現実の肉体でも同じ。
胸やお尻を触られた程度ではトキの肉体は反応せず、ただただ紫色の光を放つアビ・エシュフのコックピットとも言える中心部分で微動だにしない。
「……なんか、人形でも相手にしているみたいだな」
「生身のダッチワイフってか?」
「反応が無くて面白くないって意味じゃ、間違ってないな」
自分の身体が性玩具に例えられる屈辱にも、トキの肉体は反応しない。
その四肢はアビ・エシュフのアームとレッグに拘束されたまま。
「そろそろいいか?」
「だな。人形相手はもう飽きた……ってか、これクスリを使っても反応するのか?」
「知らね」
男たちはそう言うと、部屋の隅に隠していた道具を引っ張り出してきた。
道具と言っても、大型のボストンバッグが一つだけ。
ファスナーを開ければ、中には複数の注射器や得体のしれない錠剤が入っている瓶がいくつか。
……男たちはボストンバッグをアビ・エシェフの足元へ置くと、躊躇いなく注射器を手に取った。
自分へ危機が迫っているというのに、トキは反応しない。
彼女の意識は大型モニターの中で無限に出現する無人機を豪快に撃破し続けていた。
「怪我はさせるなよ?」
「大丈夫だって」
黒髪の男が注意するが、金髪の男は気軽な様子のまま。
それぞれ左右の腕に狙いを定めると、その血管に注射する。
そこには慣れた様子が感じられ、躊躇いは無かった。
注射器の中に入っていた得体のしれない透明な液体が、トキの体内に注射されていく。
「リオちゃんは四本でネを上げたけど、トキちゃんは何本耐えられるかな?」
「そう考えると凄いよな。『外』じゃ一本で十分だってのに、学生のリオちゃんが四本も耐えるってのも」
「キヴォトスの人間はタフだからな。おかげで、こんな媚薬の血管注射にも耐えられるんだろうが」
……そうやって男たちが世間話をしている間に、トキの肉体に変化が表れ始めた。
なにをされても無反応だった16歳の少女の肢体が火照り、全身に汗が浮かび始める。
『ふう――これで241体……』
意識は確かに、大型モニターの中……電脳世界の中に行ったままだ。
トキは疲れ知らずの体力で戦い続けており、言葉には疲労ではなくどこか面倒臭さ……退屈さが混じり始めている。
見事な成績を叩きだしてなおまだ余裕がある雰囲気を感じられた。
けれど。
「はぁ……はぁ……」
現実世界ではアビ・エシュフのぶ厚いゴーグル越しにも隠し切れないほど頬を赤らめ、キュッと閉じていた唇が開き、荒い呼吸を繰り返し始める。
なまじぶ厚いゴーグルが残っていることで、機械特有の冷徹な部分と突然注射された媚薬の効果で火照りはじめた肌の印象が異なる卑猥さを際立たせていた。