サイケデリック・ブレイク・ショー⑥
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衛元藤吾 2020/11/30 19:38
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衛元藤吾 2020/11/30 12:34
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衛元藤吾 2020/11/30 03:31
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衛元藤吾 2020/11/30 03:25
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衛元藤吾 2020/11/25 20:31
白い、白い雪が舞う。
どんよりとした、灰色の空から、白い雪が舞い降りる。そっと虚空に差し出したぼくの手の平に落ちた雪は、肌の温度で溶けて、水になる。手の平に付いた水滴を一瞥して、溜め息を零した。
白い吐息は、空気に紛れて消えていく。
二年ぶりに降り立った故郷の土地の、冷えた空気。久しぶりに思い出す。そういえば、ぼくの故郷の冬は冷えるのだった。コート一枚では、些か薄着に過ぎただろうか。
背後で、列車が走りだす。乗客を降ろして、次の駅へと向かうのだ。
何分田舎であるから、列車の本数も一時間に一本程度。無人の駅には、ぼくしかいない。
列車の音が聞こえなくなってしまうと、後に残るのは静寂だけ。耳に痛いほどに静か。無音の中に、ぼくの鼓動と吐息の音だけが聞こえている。
無人の改札を抜けると、そこに彼女は立っていた。
二年ぶりに会う、古い友人の姿。長い黒髪を風に踊らせ、僅かに赤く染まった頬を手袋で覆われた手の甲で擦る。にへら、と口の端を緩ませて笑うのだ。春の花が咲くようだ、と昔からそう思っていた、見慣れた笑顔。
久しぶりに見る彼女の笑顔は、昔とちっとも変っていない。
「久しぶり」
と、そう言って。
彼女はおどけて、敬礼の姿勢をとって見せた。
彼女の連れられて街を歩く。寒いからか、人も車も見かけない。無人の街に、ぼくと彼女だけが取り残されたかのような錯覚。
それでもいい。
同窓会兼成人式の誘いを受けて、二年ぶりにこの街へ戻って来たのは、彼女に会いたい、とそう思ったから。そうでなければ、きっとぼくは二度とこの街へ帰っては来なかっただろう。
両親も祖父も事故で亡くなってしまって、天涯孤独の身であるぼくは、高校卒業と共に故郷を出て、遠くの街で暮らしている。
そんなぼくの元に届いた、少し早目の成人式と同窓会の誘いの手紙。それを読んで、彼女のことを思い出したぼくは、遠路遥々、具体的にいうと十時間をかけてこの街へと戻って来た。
そんなぼくの隣を歩く彼女の足取りは軽い。陽気に鼻歌なんて歌っている。
「元気そうでよかった」
「元気だよ、私は。なんで?」
「なんでって……」
昔は、病気がちで、一年の大半を自宅か病院のベッドの上で過ごしていたように記憶しているからだ。だから、こうして外に出て、軽い足取りで歩く彼女を見ていると、どうにも嬉しくてたまらなくなるのである。
そのことを彼女に伝えると、彼女は首を傾げて、そうだっけか? と笑ってみせた。
「そうだったよ。ぼくは君が学校を休む度にお見舞いに行った覚えがあるよ。ところで、これからどこに向かうのさ?」
この街には、ぼくの帰る家はない。
同窓会の開始時間まで、まだ少し時間があるので、会場に向かうにしても早すぎるだろう。けれど、彼女の足取りに迷いはなく、そもそもそう言えば、何故ぼくが駅に着く時間に合わせて、彼女は駅に居たのだろうか。
何時着の列車に乗るか、なんてそういえば誰にも話していない。
「そうだね。学校、見に行こうよ。いいでしょう?」
「高校か? そういえば、この先だったっけ」
卒業式以来、一度も足を運ばないまま街を出たのだったか。
グラウンドの片隅に植えられた、大きな桜の木を思い出す。彼女は、桜が好きだった。病気がちな彼女の為に、彼女の両親は自宅に庭に桜を植えた。彼女が入院していた病院の庭にも、桜の木があった。
窓から見える桜の木を見て、彼女は季節を感じていた。病気の具合によっては、何カ月もの間、外出もままならない彼女にとって、窓の中の風景だけが世界の全てだったから。
そんな彼女の枕元には、桜の造花が飾られていた。
今だって、彼女の長い黒髪には、桜の髪留めが光っている。
黒い川の中に、桜の花びらが浮いている。
ゆっくりと歩く彼女の隣に並んで、彼女の見ている景色を臨む。人の気配のしない住宅街。空から降ってくる、細かい雪。灰色の雲。溶けた雪に湿ったアスファルト。
まっすぐ伸びた道路の先に、くすんだ白色の大きな建物。ぼく達の通っていた高校があった。
校門を潜って、雑草の茂ったグラウンドを横目に校舎を目指す。グランドの隅に植えられた桜の木には、当然だけど葉っぱも花もついてはいない。
代わりに、雪だけが僅かに枝の先に積もっていた。
白い枝と、白い幹と、白い雪。
風が吹いて、花びらの代わりに雪の粉が散った。
「こっちこっち。上へ行こう」
正面玄関を押し開けて、彼女は土足のまま廊下へと上がる。埃の積もった廊下に、彼女の小さな足跡が残る。その足跡を追いかけるように、彼女に続く。コツコツと、冷えた空気を足音が揺らす。
「土足だけど、いいの?」
「いいの。昨年、廃校になったからね。誰も文句は言わないよ」
「そっか」
どうりで、グラウンドには雑草が茂っていた筈だ。
自分の通っていた高校が、自分の知らない間に廃校になっていたと聞かされると、ほんの少しだけ寂しい気分になる。
彼女はどうだろう。
籍こそ置いていたものの、彼女は碌にこの学校へ通えていなかったと思うけど。
「誰もいない、誰も通っていない学校は寂しいけどね。でも、嬉しいよ。私はあまりこの校舎に通えなかったけど、ここは大好きな場所だったから。君が居て、友達も居て、先生も居て、そんな場所を今は私と君だけが占有してるんだから」
「そう。それならいいんだ。君が楽しいならぼくは嬉しい。所でさ、どこへ向かっているの?」
「うん? 屋上だよ。屋上から見える景色が、私は好きなんだ」
てってと軽い足音を鳴らし、階段を上がる彼女の後ろを追いかける。
二階、三階と足を止めることなく彼女は一気に最上階へと昇り切った。
屋上に吹き荒ぶ冬の風が、彼女の髪を躍らせる。桜の髪飾りを右手で押さえて、彼女は転落防止用の柵へと近寄って行く。彼女の後ろから、彼女の背中越しに眼下に広がる景色を眺めた。人の気配のしない街。うっすらと雪の積もった白い山。灰色の空。
どこにでもある、極々普通の街の景色。
それを眺めて、彼女は笑う。これ以上、幸せな景色なんてない、とでもいうかのような幸福そうな笑顔。
あの時も、彼女はきっと笑っていたのだ。
雪の降る、この街の景色は、彼女が最後に見た景色だ。
「綺麗な景色だ。これが、君が最後に見た景色?」
「そうだよ。向こうの空に、太陽が沈んでね。街があかね色に染まっていたんだ。舞う雪が、キラキラって光って見えてね、星が降っているみたいだったよ」
「そう……。だけど、君はここから飛んだ。十八歳になる前に、学校の屋上から飛び降りて、ぐちゃぐちゃになって死んだんだ」
「そうだね。思い出したんだ?」
「うん。ぼくが街を離れたのも、それから一度も戻って来なかったのも、君のことを思い出すのが辛かったから」
「そう。そっか。ごめんね。君には悪い事をしてしまったね。でも、仕方なかったんだ」
「病気が治らないから? 余命半年もないと、そう言われたから?」
彼女が飛んで、彼女が死んで、それから暫くして彼女の両親から聞かされた話。病気の進行が早くて、彼女の命は春まで持たない、とそう宣告されていたそうだ。
「自分で、自分を殺すことはなかったんじゃないかな」
「そうかもね。だけど、後悔はしてないよ。私は、病気に殺されたくはなかったから。今まで、色んな人の助けを借りて生き続けて来たの。最後くらいは、自分で終わらせたかったの」
病気に殺されるのが嫌で、彼女は自分で自分を殺した。
理解できないけど、彼女が自分で決めたことなら、ぼくにそれを止める権利はない。
ただ、悲しかっただけだ。
ぼくに何も言わないで、死んでしまった彼女のことが恨めしいと思ったこともある。
今は、どうだろう。
こうして、彼女からその話を聞けて、それで少しは救われたのだと思っている。
屋上の縁に立つ彼女の隣に並ぶ。
街を見下ろして、溜め息を零す。白い息に視界が霞む。
「ぼくもここで、死んでしまいたいかな」
君が死んだ、この場所で。
ぼくも死んでしまうのだ。
そうだ。
君のお墓に花を供えて、そのまま君の後を追って死のうと、そう考えて、ぼくはこの街へ帰って来たのだ。
だけど、君は静かに首を振る。仕方ないな、と苦笑を浮かべて空を見上げる。
「それは駄目だよ」
そう言って、彼女はぼくの手をとった。手袋越しに、彼女の手のぬくもりがぼくの冷え切った手を温める。
そっと、彼女はぼくの手を離す。
いつの間にか、ぼくの手には桜の枝が握らされていた。薄紅色の花が、寒風に揺れている。グラウンドの隅に、彼女の家に庭に、彼女の入院していた病院の庭に、この街の山に、至るところに植えられている桜の枝だ。
「君は生きて。私が見ることの出来なかったものを見て。そしてそれを、私に教えて。君が話してくれるなら、私はそれを聞いているから」
いつも通りでしょう?
なんて、言って。
彼女の姿は、風と一緒に何処かへ消えた。桜の花びらが、空へと舞いあがる。
そうだった。
ぼくは、彼女のお見舞いに行く度に、その日あった出来事を、自分の感じた全てのことを、彼女に話して聞かせていたのだ。
彼女はそれを、いつも黙って聞いてくれていた。
楽しそうに、幸せそうに頬笑みながら、彼女はぼくの話に耳を傾けてくれていた。
いつもの通り。
だけど、彼女はもういない。
「分かったよ。君はもういないけど、君がそう望むなら、ぼくは君の為に話すよ」
今日のこと、昨日のこと、明日のこと。
ぼくの感じたことを全て。
ぼくの思ったことも全て。
君に語るよ。例え、君がそこに居なくても、ぼくは君の為に話しをしよう。
いつも通り。
「さようなら。今日は会えてよかったよ」
そう言ってぼくは、屋上の柵を乗り越える。
背中から。
空を見上げて、地上へ向かって飛び降りた。
雲が割れて、青い空が覗いていた。あかね色の光が、降りしきる雪を金色に光らせている。きらきらと。まるで、星の中を泳いでいるみたいだ。
桜の花びらと、舞い散る雪が、空中で混じりあって、視界を塞ぐ。
頬に触れた雪が一粒、体温に溶けて水へと変わる。
ぼくはきっと、泣いていた。
目が覚める。窓の隙間から吹き込む風と、それから雪の粒。
頬に感じる熱い感触。気付けばぼくは、泣いていた。
車内アナウンスが、目的地を告げる。次の駅で降りないと、とそう思って立ち上がったぼくの手には、桜の枝が握られていた。
「ねぇ、君。今日は、不思議な夢を見たんだ。自殺をしようと思って、故郷に帰っていたんだけどね、その途中、夢の中で君に会ったよ。君はあの頃と同じ姿をしていて、ぼくは君に連れられて母校に帰ったんだ。そこで、君に怒られたんだ。ぼくの見た全てのことを、私に話して聞かせて欲しい、とそう言われたよ」
だから、君よ。
ぼくはもう、心配ないから。
君は、ゆっくり休んでて欲しい。
君が何処に居ても、ぼくは君に語りかけよう。
雪に桜の舞う屋上で、ぼくは君と約束をしたから。
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