#赤青:番外編・十五年後空想【再掲】
「たいしゅのおじさーん!」
甲高い少年の声が通りに響き、次の瞬間には腹部に衝撃が走る。ぼふっ、という音と共に、元気な少年が巻き付いていた。
「おっ、と」
それを易々と受け止めると、目の高さまで姿勢を屈め、その瞳を覗く。
「こらこら。危ないぞ」
「へへ。ごめんなさい」
素直に謝りながらも、にこにことする少年の頭を柔らかく撫でる。彼の背後からまた、小さな少女が息を切らしながら駆け寄った。
「だ、だめだよ、おじさんなんて……たいしゅさまって言いなさいって、母さん言ってたよ」
前屈みに膝に手を乗せ、息を整えつつ、少女は少年に対しておずおずと小言を言う。
それが逆に少年の反骨心に火を点けるのか、彼は助けを求めるように『たいしゅのおじさん』に益々抱き着いた。
「ははっ。まあ、ほんとにおじさんだしなぁ」
楽し気に笑って、後頭部を掻く。首筋まで伸ばした堅い癖毛が揺れた。半端に伸ばされた髪は適当にまとめられているが、葛巾に包まれてはいない。やや野性的だがどうにも彼にはそれが似合っていた。
しっかし――と追って言うと、隣に並んだ影に問いかける。
「どうしてお前は、おじさんって言われないんだろうな?」
「……何故って、その髭のためでしょう」
当然のように言い放ち、ちらと青い瞳が、太守の顎先に向けられる。視線を受けて、顎に沿って揃え生えた髭を撫でる。
「そんなに似合ってる?」
「はあ……」
――たいしゅのおじさん、こと赤伯はからからと笑い、補佐は細く溜息をついた。
「あ、あのっ、ほささま!」
少女はほころんだばかりの杏花のように頬を染め、補佐を見上げる。
「……ほささまみたいに、お団子にしたの……」
耳のやや下で一つに丸めた毛束を指差して、いじらしく少女は言った。補佐の唇は穏やかに三日月を描くと、やがて笑みを乗せて開かれた。
「ええ。とても似合っていますよ。おそろいですね」
その頭髪は耳の下で一つにまとめられ、余った毛束が流れるように下りている。
琴瑟の低い音のような声に笑いかけられて、少女は益々に顔を赤くすると、恥じらいのあまりか走り出す。「あっ、おねえちゃん! まった!」と、太守に抱き着いていた少年もつられて後を追った。
元気な子供たちの背を見送りながら、赤伯は肘で隣人をつつく。
「……結構、罪深いやつだよな、青明って」
「さようですか」
補佐・青明は眉一つ動かさずに淡々と答える。
「……ああいうお子たちが次代を作るのであれば、憧憬は尊いものとなるでしょう」
「うわぁ……――いや俺も心当たりあるか」
「そうでしょう?」
赤伯とて、かつてとある太守に憧れを抱いていた。それを思えば青明の言うことにも、確かに一理ある。
「さぁて、市でも視にいくか」
「ええ。ご随意に」
或る都市の太守と補佐の一日は、こうして穏やかにはじまるのであった。
おわり