戦慄!ザンギャックの凶悪戦隊【前編】
1
平和な昼下りの陽気は、悲鳴と騒乱によってかき消された。
ここは海沿いの工場地帯。コンテナや倉庫が建ち並ぶ沿岸に、宇宙帝国ザンギャックの雑兵・ゴーミンたちが大挙として押し寄せていた。
地球がザンギャックの標的になってからというもの、毎日のように何処かで繰り広げられている光景だった。
こん棒を振り回しながら追い迫るゴーミンたちに、作業着姿の人々が我先にと逃げ惑っていく。
その流れに逆らうように、二つの人影が颯爽と駆けつけた。
逃げていく民衆を背に、ゴーミンの群れへ堂々と対峙する。
「ったく、私らしか居ないって時に迷惑な奴ら」
黄色の戦闘スーツに身をまとった女性は、気の強そうな声色をゴーミンへ向けながら、手にしたサーベルを肩に担いだ。
「まあまあ。お留守番を命じられた以上、これも私たちの役目ですから」
並び立つ桃色の戦闘スーツに包まれた女性が、柔らかい口調でそれを宥める。
胸に添えた右手に握られたピストルが、陽の光を鈍く照り返していた。
ゴーミンの群れは二人の姿を認めて一様に立ち止まったあと、統率のとれた動きで一斉に襲いかかる。
それを受けて、二人は手にした武器を構えて即座に戦闘態勢となった。
「行くよアイム」
「はい、ルカさん」
掛け声を合図に、二人がゴーミンの大群を迎え討つ。
「ふっ! はぁ!」
四方八方から襲いかかるゴーミンの攻撃を華麗な身のこなしで躱しつつ、足を払っていく桃色の戦士。
僅かな隙間をスルリと抜けて包囲網を脱すると、その両手に握られたピストルの銃口がゴーミンたちを捉えていた。
ゴーカイピンクことアイム・ド・ファミーユ。
正確無比な射撃スキルに、二丁拳銃やゼロ距離射撃という大胆な戦闘スタイルを併せ持つ。
自分を襲うため固まりとなっていたゴーミン達へ向けて、アイムは構えたゴーカイガンを連射する。
一体につき一発ずつ放った弾丸がそれぞれの頭を正確に撃ち抜くと、ゴーミンたちは糸が切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。
一方、こちらも両手にサーベルを持つ黄色の戦士は、近くにいたゴーミンを一薙ぎでまとめて吹き飛ばす。
背後から襲いかかる敵にも目をやることすらせず斬り伏せた。彼女から発せられるセンサーは自らの周囲をグルリと取り囲み、領域内へ侵入する敵は死角であろうと全て察知しているかのようだった。
ゴーカイイエローことルカ=ミルフィ。
そのしなやかな体裁きと、伸縮するワイヤーに繋がれたサーベルの太刀筋はまさに変幻自在。
常人では目で追うこともできない高速の斬撃が、嵐のようにゴーミンたちを襲う。
「はぁぁぁぁ!!」
威勢のいい掛け声と共に、ルカはくるりと体を反転させる。
ワイヤーが急速に縮み、手元へと帰ってきたゴーカイサーベルを掴んだ瞬間、滅多切りにされたゴーミンたちが一斉に爆散した。
ド派手な爆発が、ザンギャックへ反旗を翻す女海賊たちの華麗な勝利を彩る。
その心地のいい風を背中で受けながら、ルカはアイムの方へ歩み寄った。
「ねえ、なんか変じゃない? ザコ共を束ねる怪人がどこにも居ないなんてさ」
「ええ。雑兵であるゴーミンだけが大挙して来るだなんて、こんなケースは滅多に……」
アイムは不審そうに辺りを見回しながら答えた。ゴーミンの部隊を束ねる隊長格らしい怪人の姿は周囲に見当たらない。
「ま、奴らも人手不足なのかもね。なんせ片っ端からぶっ倒してきたから」
手にしていたサーベルをまた肩に担ぎながら、ルカは冗談めかすように言った。
「クックッ……あながち間違いではないわね」
だがその軽口に答えたのはアイムではなかった。二人の背中から投げかけられたのは、冷たく響くような、低い女性の声。
ルカとアイムはそれに素早く反応し、振り向くと同時にそれぞれの武器を構える。
しかし二人は、その視線の先に現れた敵の姿に硬直してしまった。
黄色と桃色を基調としたジャケットに、黒いインナー、海賊旗のマークをあしらったメット……。
それはまさしく、ゴーカイイエロー、ゴーカイピンクの二人と全く同じ強化スーツであった。
いや、ジャケットやスカートのラインなど、幾つかに暗い意匠が加えられている。
まるで正と邪で鏡に映したかのような精巧なコピーを、ルカはバイザーの奥から目を細めて観察する。
「幻覚……じゃなさそうね」
「ええ……私たちと、全く同じ姿だなんて……」
アイムも同様にその奇怪な光景を飲み込んで、戦闘態勢に戻っていた。
ゴーミンたちと共にやって来たという点から、この偽物がザンギャックからの刺客であることは疑いようがないだろう。
ならばどんな姿をしていようが、行動は変わらない。ただ撃破するのみだ。
構えをとるルカとアイムを眺めながら、偽物の戦士二人は不敵に笑みを漏らした。
「ふん。手強い相手と聞いて期待してみたが、こうして見ると大したことはなさそうだな」
「ええ、さっさと片付けてしまいましょう。これ以上、ザンギャックとかいう奴らにこき使われるのも癪だわ」
粗野で横暴な口調の偽ピンクに対し、偽イエローは悪辣さと色気を混ぜたかのような声色で答える。
偽物同士の会話に、ルカはメットの奥で眉をひそめていた。
(こいつら、ザンギャックの忠臣じゃない……? だとしたら、あたし達を倒すことを条件に何らかの取引に応じたってとこかしら)
頭によぎる疑問を飲み込んで、いまは目の前の敵だけに集中するよう意識をスイッチングしていく。
変身した姿を自らの目で見る機会などそうはない。本来なら有り得ない光景を前に、見つめれば見つめるほど、正常な感覚が浸食されていくかのような不快感に駆られる。
「どうした? かかってこないのか?」
「戦う前から実力の差を感じ取ったのなら、褒めてあげてもいいわよ」
露骨なまでの挑発の台詞に、思わず吹き出しそうになるのをルカは寸前で堪えた。
こういった不遜な敵を、圧倒的な力で叩きのめしてやるのは嫌いではない。ゴーカイサーベルの切っ先を真っ直ぐ敵に向けて、堂々と言い放つ。
「つまんない冗談ね。偽物なんかにやられる訳ないでしょ」
「私たちの実力、見せて差し上げあげましょう」
その啖呵にアイムが続き、両手に握った二丁のゴーカイガンが吼える。
放たれた弾丸は地面に着弾すると同時にド派手に拡散し、偽物たちの目の前に閃光を吹き上げた。
その目眩ましに乗じて、ルカが離れた位置からゴーカイサーベルを振るう。ワイヤーに繋がれた銀の刃は、凄まじい勢いで敵の元へと飛んでいく。
鋼鉄であろうと何なく両断するその切れ味で、偽物を二人まとめてぶった斬る軌道だった。
しかしルカの手に伝わってきたのは、敵を切り裂いた手応えではなく……
「ッ……!?」
何かにサーベルを叩き落された感触だった。
ワイヤーを収縮しながら、まだ白い残光が滲む敵の方を見つめる。その眩さが和らいでいくと同時に、ルカとアイムは同時に息を呑んだ。
「なるほど。見た目よりは使い易いみたいね」
冷たい声色で云う偽イエローの両手に握られていたのは、ルカのそれと全く同じ形をした、二振りのゴーカイサーベルだった。
その隣では偽ピンクが、同じように二丁のゴーガイガンを構えている。
「どれ、こちらも試し撃ちといこうか!」
その銃口がルカとアイムに向けられた瞬間には、もう弾丸が発射されていた。二人の反射が間に合わないまま、弾は地面に着弾し、辺りを白い閃光が包む。
先程の意趣返し――。咄嗟にそこまでを理解したルカが、飛んでくるであろう刃を警戒してゴーカイサーベルを構える。
しかし光を割くようにして目の前に現れたのは、サーベルを振りかぶった偽イエローだった。
「くッ!?」
惑っている余裕はない。上から振り下ろされる敵のゴーカイサーベルを、こちらもゴーカイサーベルで受け止める。
その隣ではアイムも偽ピンクによる急襲を受け、敵の大振りなキックを柔よく受け流していた。
偽イエロとサーベルの刃で互いを押し合う体勢を取りながら、ルカは至近距離で敵の様子を観察する。
組み合って初めて分かる威圧感。
見た目はそっくりだが、そのスーツの中身が、とても自分と同じ種族とは思えない。
まるで強力な怪人が、ゴーカイスーツを纏っているかのような……。
「あんた、何者で……」
「あああぁあぁ!?」
敵の正体を訝しむルカの声を遮るように、甲高い悲鳴がこだました。
アイムの声――。反射的にルカは悲鳴の方向へと顔を向ける。
蹴り上げるようなポーズをとった偽ピンクの足先で、アイムが宙に吹き飛ばされている。
くっ、と短く息を吐いて向き直ったルカの眼前に、偽イエローの拳が大きく迫っていた。
「うわああぁあぁぁ!?」
凄まじいパワーの正拳突き。
腹部にめり込むような重い拳に貫かれながら、ルカの足は軽々と地面を離れ、そのまま工場の壁に背中から打ち付けられる。
トタン製の薄い壁はいとも容易く崩れ落ち、ルカは吹き飛ばされた勢いのまま工場内へと転がり込んだ。
「このっ……!」
不意打ちを受けたルカは苛立たしげに唇を噛んだあと、すぐさま体勢を立て直してゴーカイサーベルを構える。
お腹にジンジンと痛みが広がるが、しっかり受け身をとったので大きなダメージではない。
ルカの身体によって空いた大きな穴から、偽イエローがサーベルを振りかぶり飛びかかってきた。
その上段斬りを右のサーベルで受け止め、左のサーベルを横に薙ぐ。
偽イエローもその剣先を刃で止めると、ルカの足と互い違いになるよう半歩分の距離を詰め、再び二人はツバ迫り合いの姿勢となった。
「ッ……! ふぅ、ん……ちょっとは、やるみたいじゃん」
猛獣の突進を止めているかのような重みに耐えながら、それでも不敵な笑みを浮かべてみせるルカ。
対する偽イエローは、至って平常な声色で答えてみせる。
「ふふ、絞り出すような声で見栄を張っちゃって……可愛いわねぇ」
小馬鹿にした言い分にルカが歯を食いしばったその瞬間、偽イエローが思い切りサーベルを振り上げた。
ルカの集中が挑発によって乱された、たった一瞬の隙を突いた攻勢。
「しまっ……」
大きくバンザイの体勢にさせられたルカが、再びサーベルを構えるまでの僅かな間も与えず、偽イエローの振るう刃がルカの胸のふくらみをX字に切り裂いた。
「……あぁああああぁああぁ!!」
パッと火花が飛び散り、ルカは痛みと衝撃に背中を反らせて悲鳴を上げる。
その無防備な肉体に、偽イエローは容赦なく追撃を浴びせていく。
「くうぅ!? んっ! うああぁ!!」
続け様に斬られながら、ルカはなんとか敵の太刀筋を追おうと片目を開く。
偽イエローが両手に握ったサーベルは、流れるような動きでルカの右の肩と左の太ももを斬りつけ、そのまま大きく振り上げられる。
(上からッ……!)
大振りの上段斬りを察知したルカは、自らの持つサーベルを頭上に構えて固いガードの姿勢をとった。
しかし、偽イエローはそのままのポーズで静止した。
振り上げられた刃は、ピタリと止まったまま動かない。
「どういうつもり……?」
時が止まったような静けさの中、ルカが尋ねた。
すると偽イエローはサーベルを天にかざしたまま、大げさに肩を揺らして笑ってみせる。
「ふふふっ……あなたこそ、斬られたことにも気が付かないの?」
「ッ!? ……うああぁあああああぁあああ!?」
その刹那、ルカの股下から胸元にかけて、直線上に大きな火花が噴き上がった。
衝撃に打ち上げられるようにルカの体が真上へ飛び上がり、すぐに重力に負けて背中から床へ叩きつけられる。
「あぐっ……う、うぅ……!」
冷たいコンクリートの上で身悶えしながら、ルカは逡巡した。
偽イエローが刃を振り上げたとき、ルカは咄嗟にそれを上段斬りかと身構えた。
しかし実際は、それこそが斬り上げ攻撃だったのだ。
数秒もの間、相手にダメージを悟らせぬ程の、鮮やかな剣さばき……。
「あら、偽物なんかにやられるはずないんじゃなかったのかしら?」
切り裂かれた強化スーツから白煙を上げるルカを見下ろしながら、偽イエローは楽しそうに首を傾ける。
(こ、こいつ……強い……)
頬を伝う汗が口へ入り、ほのかな苦味を感じる。
ルカは奥歯を噛み締めた。
2
「ああぁっ!! くっ!! うはあァ!!」
一方、ルカと同じく工場の中へもつれこんだアイムは、偽ピンクの猛攻になす術もなく、執拗なまでに鳩尾を責められていた。
ダメージから姿勢を立て直すことすら許されず、何度も、何度も膝蹴りを叩き込まれる。
その身にめり込む膝の感触が、鋼鉄のハンマーのような重さに感じられ、衝撃を逃すことすら許されない。
薄い腹筋に力を込めてダメージを和らげようとするも、そんな抵抗は圧倒的な暴力を前にまるで通用しなかった。
次第に腹筋の力は抜けていき、柔らかい肌にめり込む拳の感触が内臓を揺さぶり始める。
「がっ! ぁはっ!!」
メットの内側によだれが飛び散る。胃の内容物が食道へせり上がってくるのを感じ、メット内に汚物を撒き散らす想像に戦慄したその時。
膝蹴りを繰り出していた右足を軸として、偽ピンクが目にも留まらぬ速さの回し蹴りをアイムに浴びせた。
「きゃああぁぁあ!?」
驚愕の声を上げながら吹き飛ばされるアイムは、積み上げられた一斗缶に激突し、受け身も取れないまま硬いコンクリートへうつ伏せに打ち付けられた。
屈辱的な形ではあるが責苦から解放され、なんとか腕を立てて上体を持ち上げようとしたその背中に、休む間を与えず痛烈な衝撃が走る。
「あううぅ!!」
悲鳴を上げて大きく背中をのけ反らせながらも、すぐさま体をひねって攻撃の正体を確認するアイム。
自分の背中からのぼる煙越しに、ゴーカイガンの銃口をこちらに向ける偽ピンクの姿が見えた。
「くっ……!」
アイムも素早くゴーカイガンを構え引き金をひく。二丁拳銃による早撃ちは彼女の最も得意とする戦闘スタイルだ。
無数の弾丸が、音速を超えて偽ピンクめがけ飛んでいく。
しかし、その弾丸が標的に届くことはなかった。
まるで空中で消滅したかのように弾丸が砕け散ったのだ。
遅れて、発砲音と、粉々になった弾丸が辺りに散らばる甲高い音が響き渡った。
「えっ……? ……くッ!!」
動揺を隠せないまま、アイムはさらに連射を続けた。しかし結果は変わらなかった。
偽ピンクは片手でゴーカイガンを構えたまま一歩も動いていない。
にも関わらず、アイムが放つ弾はすべて道半ばで爆ぜて墜落していく。
その意味を悟ったアイムの頬を、冷たい汗が伝った。
「ま、まさか……わたくしの弾丸を……撃ち落として……」
アイムの放った弾丸を、偽ピンクは同じく弾丸で全て撃ち落としていたのだ。
信じられない精密さと、驚くべき反応速度。
「ふふっ、カウントダウンよ。5、4、3……」
偽ピンクは余裕に満ちた声色のまま、高らかに秒読みを始める。
皮肉にもそれで我に返ったアイムは、唇を噛んで更に高速の連射を放った。
しかし弾丸はただの一つも敵に届くことなく、空中で潰えてしまう。
「2、1……」
偽ピンクは焦燥感を煽ることを楽しむかのように、わざとゆっくりとカウントを読み上げる。
得意としている射撃で遊ばれている――。屈辱に下唇を噛み締めながら、それでも懸命に弾丸を放ち続けるアイムに、絶望の知らせが告げられた。
「……0」
「いやあああぁぁああぁァ!?」
カウントが終わった瞬間、アイムの全身を衝撃の嵐が襲った。
偽ピンクが本気でゴーカイガンを連射したのだ。まるで咆哮のような火力に、アイムの放った弾丸はいとも容易く飲み込まれた。
集中砲火を浴びて、アイムの身体は激しく揺れながら火花を飛び散らせる。
「くうぅ! あ! あ! あ! あぅ! うぁッ! きゃあぁ!」
弾丸の勢いに倒れることもできないままアイムは小刻みな悲鳴を上げる。その時、周囲に転がった一斗缶の一つを弾丸が打ち抜いた。
こぼれ出た燃料にアイムの体から飛び散った火花が引火し、大爆発を巻き起こす。
「うぁあああぁああァァ!?」
爆風に吹き飛ばされたアイムは地面を派手に転がり続け、工場の中央付近でようやく停止した。
痛みと衝撃のあまりチカチカと点滅する視界の中、それでもアイムは出来るだけ素早く顔を上げた。
しかし、その瞳に飛び込んできたのは……。
「んああぁあぁ……! ぁ、はっ……ぁあ、ん……」
偽イエローからトドメの一太刀を胸に受け、くるりと半回転してから崩れ落ちる、ルカの姿だった。
「ルカ、さん……」
か細い声で呼びかけるアイムの声に反応し、ルカは痛みに震える声で答えた。
「アイ、ム……」
満身創痍の二人は苦しげにお互いの名前を呼び合うと、お互いの白いグローブをギュッと掴んだ。
激しく痛む体を二人で支え合いながら、何とか立ち上がる。
どちらかが手を離すと二人とも崩れ落ちてしまうだろう。僅かな時間でそれほどのダメージを二人に刻み込んだ敵は、対照的に全く無傷のまま、視線の先に佇んでいた。
「どうした? 宇宙海賊とやらの力はこんなものか?」
煙を吐く銃口を上に翳して、偽ピンクが尋ねる。
「良い気になるのは、早いっての……!」
「勝負はまだ、これからです……!」
肩で息をしながらも、二人は威勢よく吠えてみせた。
これまでも絶望的な死線を幾度となく潜り抜けてきた二人の闘志は、この程度で燃え尽きたりはしない。
偽ピンクと偽イエローは、そんな二人を見下し、嘲笑するような声色で告げる。
「ふん、宇宙帝国が手を焼く相手と聞いて、敬意を表してこの格好で来たが……」
「どうやらその必要もなさそうね。私達の真の姿、冥土の土産に見せてあげましょう」
そう言い終わるや否や、工場に取り付けられたライトが不気味に明滅し始めた。
偽ピンクと偽イエローの周囲の空気が、まるで“ねじれる”ように歪んでいく。
それも数秒の内、今度はバチンッという破裂音と共に、閃光のように強烈な光が発せられた。
バイザー越しでも反射的に瞼を閉じてしまうような光に、ルカとアイムは顔の前で手をかざして防御する。
残光がじわりと消えていき、元の薄暗い景色が戻ったとき。
そこに偽ピンクと偽イエローは居なかった。
「そ、その姿は……」
アイムが震えるような声を上げる。
黒を基調としたボディスーツに、メタリックな色彩の装甲。睨みつけるかのような印象を与える強面のマスク。
威圧的な形貌を誇示するかのように、二人の敵は高らかに名乗りを上げる。
「ネジイエロー!」
「ネジピンク!」
『邪電戦隊、ネジレンジャー!』
「んっ……ぁ」
その瞬間、ルカの背中をゾクゾクと悪寒が走り抜けた。盗賊として生きてきた彼女の、危険を察知するセンサーは敏感だった。
それは、圧倒的な強者に出くわした時により強く働く危険信号。
ザンギャックの新鋭隊長デラツエイガーや、宇宙一の賞金稼ぎであったキアイドー、怪人としての正体を現したバスコ・ダ・ジョロキアと対面した時に味わった感覚と同じものだった。
「レンジャーキーとやらに長らく封印されていた私たちの力……」
「忌まわしきメガレンジャーに代わり、とくと見せつけてやろう……!」
レンジャーキー。封印。メガレンジャー。
幾つものワードがルカとアイムの脳裡に飛び交い、いつか鎧から興奮気味に聞かされた記憶が少しずつ呼び戻されていく。
地球を守り戦ってきたスーパー戦隊の歴史の中に、『悪の戦隊』と呼ばれた者たちが少なからず存在したこと。
その中でも驚異的な力を持っていたのが、電磁戦隊メガレンジャーと対峙していた邪電王国ネジレジアが、王であるジャビウスⅠ世の細胞から造り上げたという悪の戦士たち。
一度はメガレンジャーたちを圧倒的な強さで叩きのめした、その敵の名前が確か、邪電戦隊ネジレンジャーだった。
「さあ、終劇と行きましょうか」
ネジイエローの合図と共に、二人の悪の戦士がルカとアイムめがけて走り出す。
咄嗟に身構える二人だったが、ネジレンジャーの速さはその反応すらも悠に超えていた。
「ぐうぅ!?」
「ヵ……はァ……!!」
ルカもアイムも、腕を跳ねのけられて無防備になった腹に強烈なパンチを受け、一撃で膝から崩れ落ちる。
しかし倒れ込もうとした二人の女海賊を、ネジレンジャーは抱きかかえるようにして受け止めた。
「くっ、ん……何すんのよ……!」
「や、ぁ、離してくださいっ」
追撃の予感に身をこわばらせるルカとアイム。しかし二人を襲った攻撃は、全く予想外のものだった。
『あ、あぁぁあぁあぁあぁ……!!』
二人の口から震えるような悲鳴が溢れ出た。
ネジイエローはルカの、ネジピンクはアイムのメットを片手で掴んでいる。その掌から、凄まじい勢いで“何か”が吸い取られていた。
「ふふっ、お前たちの力……全て吸い付くしてやる!」
勝利を確信したように、ネジピンクが首を反らせて大きく嗤った。
「う、ああぁ……! わたくしの、力が……抜け、て……」
「な、何よ、これ……! やめなさ……ぁ、んッ……」
全身から生気が奪い取られていく得体の知れない攻撃。痛みというよりは脱力感と表現するべき苦しみに、ルカとアイムの口から自然と悲鳴が漏れ出る。
なんとか引き剥がそうと敵の腕を掴むが、まるで根が張られたようにネジレンジャーのグローブは離れない。
「ぁ、ぅあ……ぁ、ァ…………」
なす術もなく“何か”を吸われ続けるアイムの体が、膝立ちのままびくびくと痙攣し始めた。弱々しく掠れていく苦悶の声を隣で聞きながら、ルカが唇を噛み締める。
(このままヤラレるなんて……冗談じゃないわ……!!)
意を決したルカは大きく息を吸い込むと、鉛のように重たい腕を必死で動かしゴーカイガンを手にとった。
「そんなものが今さら通用すると思っているのかしら?」
至近距離で突き付けられた銃口にもネジイエローがたじろぐことはない。ゴーカイガンではネジレンジャーの強化スーツに傷一つ与えられないことは、数分前に証明済みだ。
そんなネジイエローの余裕に対し、しかしルカは不敵な笑みと共に答えた。
「バーカ。あんたなんか狙ってないっつーの」
言い終わる寸前に放たれた数発の弾丸は、垂直に天井へと伸びていき、正確に鉄骨の中心を撃ち抜いた。戦闘のさなか、振り回されたゴーカイブレードによって大きな傷を受けていた箇所だ。
「何!?」
凄まじい反応速度で危険を察知したネジレンジャーの二人は、マスクから手を離して後ろへ飛び退く。
「まだ、です……ッ!」
その隙をついて、アイムもまた最後の力を振り絞るようにゴーカイガンの引き金を引いた。放たれた弾丸をネジレンジャーが苛立たしげに弾き飛ばす。
ダメージを与えることは叶わずとも、間隙を引き伸ばすことは可能だ。
次の瞬間には、けたたましい音と共に瓦礫や鉄筋、ガラス片が雨のように降り注いでいた。大きく土埃が舞い上がり、ネジレンジャーとゴーカイジャーの間にスクラップの山が出来上がる。
「姑息な真似を……!!」
憤ったネジピンクがその障害物に向かって光線を放ち、鉄やコンクリートで造られた山の尾根が粉々に吹き飛ぶ。平らになった足場に飛び乗ったネジレンジャーは、悔しげに舌打ちをした。
既に獲物の姿は消え失せていた。
「あいつら……! すぐに追いかけるよ!!」
「まあ待ちなさい」
激昂のまま走り出そうとするネジピンクを、ネジイエローが至って冷静な声色で引き留めた。
「奴らから奪ったデータがある以上、居場所を割るのは簡単なことよ。焦る必要はないわ」
今しがたルカのメットから情報を抜き出した掌を、ネジイエローはゆっくりと握りしめる。
「私たちをコケにした罪……もっと相応しい方法で償わせてあげましょう」
空気を凍らせるような冷たい声色。
激しい戦闘によって半壊した工場に、邪悪な戦士の笑い声がこだました。
3
「はぁっ、はっ……はっ……」
荒い息遣いを響かせながら、ルカとアイムは傷付いた体を引きずって逃避行に励んでいた。
既に変身は解除され、気を抜くともつれそうになる足を必死に繰り出し続ける。入り組んだ迷路のように配置されたコンテナ群を抜け、背の低いビルが立ち並ぶ街の入口まで辿り着いた二人は、物陰になっている非常階段へと倒れ込むように腰かけた。
「はぁ……はぁ……アイム、平気?」
「えぇ……ルカさん、こそ……」
荒く上下する肩を鎮めるように深く呼吸しながら、ルカとアイムは無事を確かめ合う。ダメージは小さくないが、微笑み合って互いの手を握るだけの余裕は残されていた。
しかしそんな微笑みも、互いの無事を確かめ合った後には、すぐに事態の深刻さから曇っていく。
「ネジレンジャー……。あんなに恐ろしい敵が、まだ存在していただなんて……」
「奴ら、ザンギャックに忠誠を誓ってる様子じゃなかった。私たちを倒すために雇われたってとこかしら」
訓練を重ねた体はすぐに平常時の心拍を取り戻し、二人は突如として現れた敵への対策に意識を移していく。
先の戦闘で、ネジレンジャーは少しも本気を見せていない。直接対峙しても強さの底を推し量ることすらできないという経験は、二人にとってもそうある事ではなかった。
「とにかく、すぐに皆に知らせましょう」
モバイレーツを取り出すアイムの腕を、ルカは咄嗟に掴んで制した。
「待ってアイム。奴らに吸われた情報が、もしも私たちの通信パターンだとしたら……」
「そんな。私たちだけでなく、皆の居場所まで……?」
台詞を引き取ったアイムの顔が凍りつく。
ゴーカイジャーの拠点であるゴーカイガレオンは、ザンギャックのレーダーから逃れる特殊なシステムを搭載している。
しかし、それはあくまでもゴーカイガレオン単体のステルス機能に過ぎない。モバイレーツによる通信パターンが解析されてしまえば、発信者と受信者の居場所はすぐに特定されてしまうだろう。
それはゴーカイジャーたち全員が、ザンギャックに一網打尽となることを意味していた。
「もしそうなら、このモバイレーツから発している電波も辿られてしまうのでは?」
「多分、それも時間の問題ね。今はまだ見つかってないみたいだけど、ゴーカイガレオンに帰ってる余裕は……」
ルカはモバイレーツを握りながら神妙な顔でうつむく。
惑星をまたいだ距離であろうと通信できるこの機器は、裏を返せばそれだけ強力な電波を備えているということだ。電源を切ろうとも微弱な信号を常に発してしまう。通信パターンを手に入れたネジレンジャーがそれを見つけるのは、そう難しいことではないだろう。
仲間との連絡を絶たれたとなると、二人に残された道は二つ。
全ての通信機器をここで投げ捨て、息を潜めるようにガレオンまで逃げ帰るか、或いは……。
「……アイム。一つだけ作戦があるんだけど」
「ええ、ルカさん。わたくしも恐らく、同じことを考えていましたわ」
不敵な笑みを浮かべたルカの投げかけに、アイムもまたニッコリと笑って答えた。
それが未知の強敵であろうとも、全力で立ち向かい、ド派手に撃破する。
宇宙帝国という巨大な敵との戦いに身を投じているゴーカイジャーにとって、それは当然の選択だった。
「そうと決まれば、次はあいつら、ギッタンギッタンにしてやろうじゃん?」
「はい。ゴーカイジャーの底力、思い知らせて差し上げましょう」
短い休息ながら充分に回復した体を意気揚々と持ち上げ、ルカとアイムは勢いよく立ち上がった。
果たして二人の女海賊は、かつてない強敵を相手に一矢報いることが出来るのであろうか。