ya-ho-games 2024/07/07 00:00

その日、それは生まれた。            (The wind does not burn.)

終末世界と鋼鉄のトライブ

黒い太陽と灰色の砂に覆われた終末世界
地上を制圧しているのは学習型自己進化プログラムが搭載された自律戦闘兵器たちであり、その一群は『鉄の悪魔』とも呼ばれる『戦闘機械人』の集団。
『鋼鉄のトライブ』だった。

その目的は、
第一に「人類が残したあらゆる記録、文化、文明の焼却、抹消」、
第二に「現生人類が保有する記憶の抹消(人類の根絶)」であり、地下に逃げ延びたわずかな人類が地上を探索することや復興を目指す障害の一つとなっていた。

なぜそれらの自律戦闘兵器たちがそのような目的をもって地上を徘徊しているのか、人類には理解の及ばないことだったが、『鋼鉄のトライブ』は何者かの命令に従って行動しているようだった。

『大破壊の日』の後どれだけの時間が経過したのか、正確な時の流れを知るものは人類の中にはほとんどいないだろう。
地上の92%は制圧され、栄華を極めた人類の繁栄は潰えてしまったのだから。

地下に隠れ潜み、細々とその日その日を生きるだけの集落もあれば、地上の支配権を求め、かつての科学技術を集めて争い合うカイラムズテラーズなどのトライブもいた。

だが、大半の人類はすでに抵抗する力を失い、緩やかな滅びを待つだけの終末世界に屈服せざるを得なかった。
終末世界にわずかに生き残った人類は、何度かの世代交代を乗り越えていたが、しかし、同時にかつての文明で築き上げられた文化、文字、言葉の数々は失われつつあった。
地上を徘徊する自律戦闘兵器たちは、人類が残した文化や文明のすべてを焼却し続けるために行動し、今や、本の1冊、雑誌の1ページどころか、文字が書かれたノートの切れ端ですら貴重な人類の遺産となっているほどなのだ。
口伝で伝えられるわずかな情報、地下の壁に刻まれた先人の導き、それらを頼りに、残された人類は過酷な終末世界をかろうじて生き延びていた。

つぎはぎだらけの希望

灰色の終末世界で、『鉄の悪魔』の一群に追跡されている少女がいた。
凶悪なトライブに集落を襲われ、辛くも逃げだした地上で、運悪く機械の戦闘兵器に気づかれてしまったのだ。

少女が抱えていたのは一冊のスクラップブックだった。
少女にはそこに書かれている文字がどんな意味を持つのか、読むことも理解することもできなかった。終末世界で生まれた少女は文字を読むための教育を受けられなかった。
だが、そのスクラップブックがこの世界にとって代えがたい重要なものであることは教えられていた。
だから、「これを持って逃げろ」と同じ集落の仲間たちが囮となって少女を逃がした。
何人も何人も、少女が最後の一人になるまで仲間たちはその身を盾に囮となって時間を稼いだ。

その『スクラップブック』は、かろうじて生き延びた人類が復興した世界を夢見て作り上げたものだった。
未来に希望を残し、過酷な世界を生きる子供たちにわずかでも勇気を託すために、男女や老若、人種や思想の違いを超えて、それぞれが寄り合い、自らが希望として手にした雑誌のページの切れ端や、知恵や言葉、忘れられない思い出、小説の1ページ、写真や歌詞…一つ一つは小さいがそれは数えきれないほどの人々が絶望の世界で掻き集めた、『つぎはぎだらけの希望』だった。

忘れたくない。忘れてはいけない。この世からなくしてはいけない。
たとえ自分が死んでも、この絶望の終末世界から自分たちが脱落してしまったとしても、残された子供たち、未来に生きるどこかの誰かに、この希望が、自分たちが、過去の人類の一人一人が大切に思ったなにかを、文化を文明を、物語を。思い出を。自分が愛したものを。自分の希望であったものを。
この世のどこかの誰かが受け取って、また希望として未来に繋げなくてはならない。
この世にあるのは絶望だけではないのだと。人間の素晴らしさを、命の素晴らしさを我々は歌い継ぐのだと。
その死に物狂いの決死の覚悟が、人類を危険な地上に駆り立て、命を積み上げた果てにかろうじて形となった『スクラップブック』だった。
一つとして完全な形の情報はない。破損していない絵も、最後まで残された物語も、叶えられた夢も、曲名がわかる歌もない。尊敬する誰かの話ですらバラバラの破片の集まりだ。何もかも、つぎはぎの中途半端で、そこにある情報は雲のようにつかみどころのない不完全なコラージュに過ぎなかった。
だが、終末世界の人類にとって、それは先人たちが命懸けで残した残存する確かな『希望』だった。
いつか、それを完全に読み解く者が現れる未来まで失わせてはならない『希望』だった。

そして今、少女は追い詰められていた。
疲労することのない機械の自律戦闘兵器たちは追跡を続け、やがて少女と『スクラップブック』を捕捉し、その目的通り、少女もろともに人類の希望を焼き尽くそうとしていた…


少女は覚悟した。
自分が生き残ることはできないと。
だが少女は思った。
たとえ自分の命が潰えようと、自分が手にした『スクラップブック』だけは、誰かに託さなくてはならない。
その価値、その希望の重さを完全に理解することはできなくとも、少女はその瞬間、人類の自由と平和のために戦う最後の盾であり砦であった。
機械自律兵器たちの一群を睨みつけ、震えた手で『スクラップブック』を抱えた。
少女にできることは、たったのそれだけだった。
ただ、勇気を示す以外にできることはなかったのだ。
人類は、人間は、諦めない。最後の最後まで絶対に諦めることはない、と。
この手に抱えた小さな希望を、焼き尽くさせはしない、と。

その行動にどれほどの意味があるというのだろう?
心を持たない自律戦闘兵器には理解できず、一瞬、その動きが止まった。
しかし、それも一瞬だった。無意味な行動と判定され、行動は再開した。


やがて無情にも『鋼鉄のトライブ』の鉄の悪魔たちの武装が少女に向けられ、

そして――

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つぎはぎだらけの希望。

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