投稿記事

無料プランの記事 (18)

神原だいず / 豆腐屋 2024/07/07 19:00

【再掲 / 玲と悠馬⑫】紅

 洗面所のコップの隣に見慣れない黒の直方体を見つけたのは、日曜日の夕方だった。
 泊まりに来た玲を最寄の駅まで送り届け、ついでにドラッグストアで洗剤の詰め替えボトルを買い、自宅に帰ってきた直後。
 手を洗おうと洗面所に向かった時に、「それ」はあった。

「……忘れたのか」
 普段なら、きっとすぐにでも写真を撮って、玲に「忘れ物」と簡単なメッセージを送っていたはずだ。
 だけど、俺はスマホにではなく、一旦その忘れ物へと手を伸ばした。
 要は、彼女への連絡を躊躇ったのだ。

 忘れ物とは、玲のルージュである。

 玲が、いつも使っているルージュ。
 俺と話す時に大きく楽し気に動く唇に、俺にキスする時に薄く開かれた唇に塗られている、あの赤い色。

 震える手でルージュのケースを開けた。
 きゅか、と間抜けな音がして、中から金色の筒に包まれた真っ赤な本体が顔を出す。
 ゆっくりと繰り出しながら、脳裏で玲の唇の色を必死で思い出そうとしていた。
 こんなにも濃い赤だっただろうか。

 鏡の前に立ち、口を半開きにしている自分の顔を見つめた。
 これ以上は、ダメな気がするのに。背中を冷や汗が伝うのと同時に、心臓がどくどくと脈打っているのを感じる。

 いけない。いけない。これ以上はいけない。どんな反応をされるかわからない。嫌われるかもしれない。気持ち悪がられるかもしれない。だけど、もしかしたら。

 もしかしたら……?

 次の瞬間、俺は訳も分からぬまま、ルージュを唇に押し当てていた。
 かさついて、薄くて、玲のよりも幾分か色の暗い唇。
 その上にルージュを少し滑らせた瞬間、一気に下唇に鮮烈な赤の線が浮かび上がった。

 北風に晒されて乾燥し、少しめくれた薄皮に赤色が引っかかって出血しているようにも見える。
 右手は所在なく、宙ぶらりんのままだ。
 茫然と鏡の中の自分を眺める。
 唇に色をつけるまでの心臓の高鳴りは、今や消えつつあった。むしろ身体の芯が凍りついたかのようだった。
 すぐにでも、ぬぐい取ってしまわなければ。玲が来る前に。

 突然、錠が回る間抜けな金属音がして、扉が開いた。
「ごめんねー、忘れ物しちゃっ」
「ゔ」
 身体をリビングに向けたまま、不自然に首だけこちらに向けた玲と目が合った。
 息が、吸えなくなった。

 玲はしばらく俺の唇をじっと見つめて固まっていた。俺も俺で、玲の丸く見開いた目を見たまま動けないでいた。

 どうしよう、どうしよう、もしかして、結構高いルージュだったのではなかろうか。
 玲はそこまで潔癖ではないけれど、冷静になって考えたら、勝手に自分のルージュを使われるのはそんなに気分が良いことじゃない。

 謝らなきゃ、そう思って口を開いたときだった。
「塗ったげようか?」

「え」
「……それ。塗ったげようか?」

 玲の顔をよく見た。どうも怒っているわけではなさそうだ。だが、さして明るい顔をしているわけでもない。
 ただ「ネクタイを締めてあげようか?」と同じくらいのテンションで聞いてきた。

 玲の申し出に完全に不意をつかれたので、
「あ、え、じゃあ……」
 と答えた。

 思ったより優しく手を引かれてリビングへ向かう。
「座って座って」
 俺はどうしていいかわからず、ぺたりとその場に座り込んだ。玲も俺の前で膝立ちになった。
 顎をすくわれて、顔を玲の方に向けさせられる。

「口、閉じるんじゃなくて、ちょっと半開きくらいで……。そうそう」
 彼女の言葉に従って唇を半開きにすると、その上をじっとりとルージュが滑っていく。
 俺は、手汗をそっと掌でこねて、ジーンズにこすりつけた。
 唇が震えているのが玲に伝わってしまったらどうしよう、とそればかり考えてしまう。

「んまんまって、できる? こう……んま、んまって」
 玲の見よう見まねで、唇を合わせる。
 思った以上にべたつく唇に一瞬どきりとしながらも、玲と目線を合わせたまま、ルージュを馴染ませていく。

「そう、上手」
 カバンの中から小さな手鏡を取り出して、玲は俺に見せた。
「見て、すっごく可愛い」
「あ……」

 俺は鏡に映った自分の顔を見て赤面した。
 さっき自分で雑に唇を掠めたのとは訳が違った。
 唇全体がほってりと赤く、そこだけ熱を持ったみたいだった。潤む下唇が蛍光灯の光を反射して、ぬらぬら光っている。

「悠馬、赤色似合うね。可愛いなあ」
「はう、あ、も、もういい……」
「ん?」
 鏡を無理やり押しのけて玲に返した。

「もういい、も、落とす……」
 頬が熱くて熱くて、首を振りながら、繰り返し「もういい」と「落とす」しか言えなくなってしまった。

 玲は一つため息をついて、口元を擦ろうとした俺の手首を掴んだ。
 そして、ぐっと自らの方へ俺の身体を引き寄せた。
 俺は慌てて逃げようとしたが、すかさず腰に腕が回って、彼女の腕の中に捕らわれてしまった。
 玲は俺の目をまっすぐ見て言った。

「じゃあ落とす前に、一つだけ聞かせて」
「なんだよ……」
「どうして、あたしのルージュ、塗ろうとしたの?」

 それは正直、自分が知りたいところである。
 どうして玲のルージュを塗ろうとしたのか、うまく言葉にできる自信は無かった。いけないことだと思いながらも、誘惑に駆られて塗ったことは間違いなかった。
 だけど、その誘惑の正体は見当もつかなかった。

「……わ、かんない」
「…………でも、塗りたかったから、塗ったんでしょ?」
「う……ん」
 正直それも自信が無い。俺は首を傾げながら、同意とも否定とも取れない返事の仕方をした。

「いつもなら、あたしが忘れ物したら、すぐ連絡してくれるじゃない。でも、それよりも、ルージュへの興味が勝った……そういう感じ?」
 玲は、辛抱強く俺の言葉を引き出そうとした。
 怒っているわけではない。彼女は困っているだけだ。
 だけど、どうしたってうまく説明できそうになかった。

 それに、今この瞬間も、ルージュを塗られた顔を玲に見られ続けていることが、たまらなく恥ずかしかった。
 なんとか気を逸らそうと、口から思ったままの言葉が飛び出していく。

「わかんない……。俺、そもそもお前に連絡しようとしたのかも、わかんない。忘れ物、見つけて、それで、ケース開けて……。そっから先は、ダメだって思ったんだ。塗っちゃだめだって。玲に、嫌われるかもしれないし、なんなら気持ち悪いって思われるかもしれないから。だけど。だけど、もしかしたら……」

「もしかしたら?」
 玲が顔を覗き込んできた。彼女の目の中に、俺の顔が映りこんでいるのを見た。
 その瞬間、答えがわかってしまった。悲しいくらい明らかだった。

「……玲なら、可愛いって言って、許してくれるんじゃないかって……」

 玲は、俺の答えを聞いて、目元を手のひらで覆った。そして、大きく、それはそれは大きく溜息をついた。
「れ、玲……?」

 怒らせただろうかと不安になり、彼女の顔を覗き込んだ瞬間。
 するりと服の隙間から玲が手を差し込んできた。

「えっ。ま、待って、ごめんなさ」
「許さない」
「ごめんなさ、いっ、あっ♡」
 謝っている最中に、玲の手が脇腹を撫ぜ、そしてひそやかに乳首を掠めた。それだけでどうしようもなく体が跳ねてしまう。

「やっ、ごめ、あんっ……」
「だから、許さない」
「いや、あっ、あっ、耳は……っ!?」
 耳元に息を吹きかけられ、俺は目をつぶった。
 身体を固くして刺激を受け取らないように身構えるが、抵抗虚しく、ぬとりと玲の舌が耳を這いずり回っていく。

「あ、あ、はあっ……んっ、ひんっ、や、や、あぁ……っ」
 乳首を指の腹で転がされ、脇腹をやわこく引っかかれ、耳をしつこいほど丁寧に舐められる。
 一つ一つの刺激は小さいのに、合わさるとそこかしこがじれったく熱を帯びていくのを感じた。

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさ、っ、ひ、あ、あぁ♡ おこ、らないでっ。あんっ♡ ひ、ぅ、うう゛~~……っ♡ ごめん、なさ、ルージュ、勝手に塗って、ごめんなさいっ……」
 首を振りながら必死に謝り続けていると、不意に玲の手が止まった。
 耳を舐めていた舌もゆっくりと離れていく。

 恐る恐る、ぎゅっとつむっていた目を開いた。
 玲は首を振る。
「違う」

「へ」
「あたしが怒ってるのは、悠馬がルージュを勝手に塗ったからじゃない」
「じゃ、じゃあ何……」

「あたしが許すしかないのをわかって、悠馬が媚びたことに怒ってる」
「こ、媚び……っそう、かもしれないけど、でも、媚びようとして塗ったわけじゃ……。ちょっ、あ、ち、ちくび、やぁっ♡」
 乳首を片手間に弄ばれて、俺は背を反らした。

 玲は、へらりと笑いながら、容赦なく乳首を爪で引っかいてくる。
「はいはい、言うと思った。やっぱり、無自覚だったのね。知ってるよ、悠馬との付き合いももう長いから。とんでもない爆弾発言をしてる自覚が全く無いんだよね。いつもね。ねえ、あたし悔しいんだよ。だって、本当に可愛いと思ったんだもん。あたしのルージュ塗って、発情しきった悠馬の顔、本当に可愛いと思ったの。ねえ、せめて確信犯でいてよ。心臓がもたないよ、もうこんなの……」

「まっ……で、だめ、だめ、ちょっ……と……っ!♡♡」
 乳首を引っかかれるスピードがどんどん速くなっていく。
 それに伴って腹の奥がどんどん熱くなって、その熱い固まりが徐々に骨盤に染み渡る。そして尾てい骨を通って股の間へじゅくりと流れ込んできた。
「あっあ、きゅ、う……っ、ひうっ♡ や、だめ、このままじゃ、あ、あ、きもちいの、おりてきちゃ……っ♡ んやあ、ほ、ほんとに、そこぉ……っ!♡」

 強○的に身体が開かれていく感覚に、思わず涙が溢れていく。
「れいぃ……っ、もう、ゆるして、ゆるしてぇ……っ♡」

「あー……」
 玲は、虚ろな目でこちらを見ながら、意味の無い母音を吐き出した。
 そして、俺の胸に顔を埋めて、呻くように言った。

「今日限りは絶対許さない、この可愛い男……」


「あぁあ、だめだめだめだめ♡♡ ぜんりつせ、ん、ぐりぐりしちゃだめっ♡♡ あたまんなかバチバチすゆ……っ! イく、イくぅ、ゆるじて、ごめんなしゃ、あ、あっ、あああっ、イぎゅっ♡」

 ベッドがぎしりと音を立て、自分の身体が大きく反ったのがわかった。
 腹の奥から全身へ一気に侵食していく甘い痺れに喘ぎながら、「多分、明日声が涸れるんだろうな」と、なぜか冷静に思った。

 手首を手近にあったタオルで縛られ、足は大きく開かされた格好で、しつこくしつこく前立腺をいじめられ続けて、どれくらいの時間が経っただろうか。
 開いた足の間に玲が陣取っているせいで、逃げることもできない。

 無防備なまま、身体の中にある最も弱いしこりを集中的に捏ね繰り回されて、頭の中が焼き切れそうな快感でいっぱいになる。

「やめで、やめてもう、おねがいだからあっ♡」
「わがままだなあ、ずっといやいや言うじゃんか」
「はう、せめ、て、せめて、うでのこれ、とっでぇ……っ♡♡ れい、の……っ」
「あたしのこと、ぎゅーしたいって言うんならダメだよ。本当はどっか掴んでないとおかしくなるくらい感じてるんでしょ? 今日はだめだめ、そういう無自覚な媚びは許しません」

 玲の表情はいつもと変わらないのに、飛んでくる言葉はいつもの何倍も容赦ない。
 いつもなら絶対に許してくれるラインにまで来ても、許してくれない。

 だめだ。
 抱きつぶされる。
 だって、玲、本気の顔してる。
 完膚なきまでに、ぐちゃぐちゃにされる。

 身体中ががたがたと震え始めた。脳内が熱くなったり急激に冷えたりを繰り返す。
 後ろに入れられた玲の細い指を、ぎゅうぎゅうと自分の中が締め付けているのがわかる。でも、もうそれも自分では制御が利かない。

「あれ、中、きゅって締まったね。興奮してるの? それとも怖い?」
「……あ、う、わかんない……」
「ふーん……」
 玲はそう言うなり、黙りこくってしまった。
 中をさんざんかき回していた指の動きも止まって、部屋の中はしんと静まり返った。

 玲は、俺の身体を舐めまわすようにじっくりと眺めた。
 どういう顔をすればいいかわからなくて、枕に顔を埋めた。
 玲の中指の感触が、徐々に鋭敏に感じられるようになっていく。身体中にびしびしと玲の視線が突き刺さっているのがわかった。

 縛られた手首、汗でじっとりと湿った脇、酸素を求めて大きく上下する胸元、勃起しきった赤い乳首、先走りで濡れた腹、脈打ち熱を持ったペニス、玲の指を締め付けるアナル。全部、見られている。俺の一番みっともない姿を、大好きな人に見られている。見られている。全部、全部、全部。

「腰、揺れてるよ。悠馬」
 玲が冷たくそう言い放った。突然、頭の中で何かが弾けて、身体が跳ねた。
「あ゛っ……!?♡♡」
「悠馬?」

 舌を突き出している気がする。身体が、がくがく揺れている気がする。身体の奥が熱くてたまらない気がする。中の肉が蠢いて、玲の指にむしゃぶりついている気がする。
 全部「気がする」程度にしかわからない。
 それくらい強い衝撃が、一気に身体を駆け巡っていく。

「う゛~~……っ?♡♡ あ、え……?♡♡ はひっ、んぅ……っ♡」
 額の裏側に靄がかかって、玲の顔がもうよく見えない。
 縛られた腕を必死で伸ばして、玲に助けを求めた。

「れ、れい、たすけ、たすけて、こぇ、なにっ……?♡♡ からだ、も、だめ♡♡ だめ、おれ、も、おかしいっ、ぜんぶ、おかしくなっちゃ、たすけ、んんんん゛~~っ♡♡」
 玲が覆いかぶさり、唇にかぶりついてきた。口の中に玲の舌が侵入してくる。

 彼女の舌が頬の内側をこそぎ、上顎の裏をくすぐってきた。
 息が上手く吸えない。苦しいのがどうしようもなく気持ちよくて、また身体がどんどんと昂っていくのを感じた。

 慌てて玲から逃れようとするが、拘束されている状態では俺は無力だった。
 涙と汗と一緒に、快感が一気にせり上がってくる。
 だめだ、また来る。だめなやつが来る。もう無理。無理。
 
 無理だって喚きたいのに、口を塞がれて致死量の快感を注ぎ込まれる。
「んぅ、ん゛~~っ♡♡ んっ、んんんんっ!?♡♡ あんっ、んぅう゛っ♡♡ う゛~~~……♡」
 もう何も考えられなかった。

 玲が唇を離した瞬間、せき止められていた喘ぎ声と、ぐちゃぐちゃの思考が一気に口から飛び出した。
「イぎゅっ、ずーっと、イってう♡ んぎ、イ、く、あ゛~~、また、イぎゅっ♡♡ と、まんな、いぃ♡ すきっ、すきぃ、れい、すきぃ♡♡」
「えっちなところ、いじめられるの嬉しい?」

「うれし、うれし、い……あんっ♡ もっとしてぇ♡ ああ、んはぁっ、は、んんぅ……っ」
「ああ、もう可愛いなぁ、本当に!」
 玲の怒ったような、笑ったような声のあと、一気に指の動きが早くなった。
 部屋中にぐじゅぐじゅと水音が響き渡る。

「あっ、まっ、てそれ、はやいぃっ!♡ や、ぢゅこぢゅこだめっ、ゆび、お、く……っ♡♡ あ、あっ、んんあっ!?♡ まっ、せいえきじゃないの、くる、きちゃ、あ゛っ♡」
 ぷしゅりと音がして、ペニスから勢いよく透明な液体が飛び出した。

 玲はもろに顔面に食らってしまったのか、顔を少ししかめながら、袖で拭っていた。
「いや~、まさか潮まで吹くとは思ってなかった……」
「はひ、ごめ、なさ、あ……あ……♡」
「大丈夫、大丈夫。怒ってないよ、でも、お仕置きの口実くらいにはさせてもらっていいよね?」
「え」

 玲はにこにこ笑いながら、俺の身体から指を引き抜いた。
 そして、ほったらかしにされていたルージュを手に取り、俺の右乳首の周りに押し当てた。
「な、に……?」
 玲は目線を上げて、さも良い提案をしているかのように明るい声色で言った。

「乳首、ハートマークで囲ってあげたら可愛いかなって」

「あう……っ、うそ……♡」
 抵抗する間も与えられず、肌の上にルージュを滑らされていく。
 胸元を襲うぬるりとした感触に、思わず声が漏れそうになるのを必死に堪えた。
「……あと、お腹と太ももかな。悠馬、ちょっとM字開脚のままでいてよ。動かないでね」
「う、うう~……」
 下腹部と、太ももの裏にもルージュでハートマークを書き込まれていく。
 誰の目から見ても、一発で弱い場所がわかるようにされてしまった。

 玲は満足気に頷いたあと、ポケットからスマホを取り出し、何枚か写真を撮った。
 いまや、羞恥さえ快感の呼び水にしかならなかった。

「は、はひ、あう……っ♡♡」
「ふふ。もう、これはだめだね。お仕置きになりそうにないや。あたしの負け負け。せめて、発情しきってるついでに、えっちなおねだりでもしてもらおうかな」
「お、おねだり?」
「そう。悠馬が思いつく限りで、とびきりえっちなおねだりしてみてほしいなあ。ほら、腕のタオル、解いてあげるからどうぞ」
 俺は玲にタオルを解いてもらいながら、朦朧とする意識の中で必死に考えた。

 そして、足をゆっくりと大きく開き、右手の人差し指と中指でアナルを中が見えるくらいに広げた。
 左手は親指と中指で乳輪を広げて、膨れ切った乳首を玲の目の前に差し出した。
 普段ならこんな格好をしたら恥ずかしくて死んでしまいたい気分になるだろうが、残念ながらこの時にはもう羞恥心が死んでいた。

「お、おれの……っ♡ ちくび、と、なか、いっぱい、いじめてぇ♡ もう、はつじょうして、きゅんきゅん、してぅ、のっ♡ イきっぱなし、になるくらい、めちゃくちゃ、してぇ……♡♡」

 瞬間、一気に玲の指が中へ入ってきた。
 広げ切った乳首に吸い付かれて、舌の上で転がされながら、的確に前立腺を刺激され続ける。
「あっ、あっ、あっ、ああんっ♡♡」

 たまらなくなって媚びた喘ぎ声をあげていると、玲の掌が下腹部に描かれたハートマークの上に添えられた。そのまま、かなり強めの力でぐぐっと押される。
「あ゛っ!?♡♡ やめでっ、おなか、おしちゃ、いやあっ♡♡ いや、あっ、ああんっ♡♡ イぐ、すぐイっ、く、イくイくイくイく……♡♡」

 玲は、乳首から口を離して笑いながら言った。
「ここ。癖ついたら、押されただけで気持ちよくなるらしいよ」
「そんなぁ、やめでっ……♡♡ あ、きもち、も、だめぇっ♡♡ ま、た、しお、ふくぅっ……♡ んああ、ああっ、ひぅ♡ はうう、イっ………ぐ!♡♡」
 まただらしなく、ペニスから潮を垂れ流してしまった。

 ベッドの上でびくつく身体に、いくつもキスが落とされていく。
 そのうち、キスが首元から鎖骨を下って、胸元へと向かっていく。
「だめ、いま、ちくびだめ……まっ、で……♡」
「乳首じゃないよ、こっちだよ」
「んああ゛~~っ!?♡♡」
 今日ずっとほったらかしにされていたペニスを急に扱かれて、視界がぐらりと揺れた。
 前立腺をいじめられているときとはまた違う、直接的で激しい刺激に腰がとろけそうになる。

「やめ、ちょ、やすませ、はひっ!?♡ んんん゛っ♡ ぉあ、あうう♡♡」
「前立腺と一緒にいじめられるのって、どういう感じ?」
「しんじゃ、まっで、しぬっ♡♡ きもぢぃ、むり、こぇ、こわれるぅ♡♡」
 玲の身体にしがみついてぶんぶん頭を振りながら、襲い掛かってくる快感に悶え続けた。
 時折、玲が耳元で「大好き」と囁いてくるのも相まって、気が狂いそうだった。

 一生続くかと思われた快楽地獄だったが、終わりは突然だった。
「イっ、く、また、きちゃ、きちゃう……っ♡♡ あ、これ、も、だめ、トんじゃう……っ♡♡」
「次イったら、もう意識飛びそう?」
「んっ、んぅ……♡」
「いいよ、よく頑張ったね」

 玲は俺の頭を優しく撫でたあと、頬にキスをしてにっこり笑った。
「愛してる」

「あっ、おれ、も、あいしてる、あ、あ、ひぎゅ、イ、ぐぅ……っ!♡♡」
 一気に視界が暗くなっていく。唇に何度も優しくキスを落とされている感覚がする。
 でも、もう気持ちよくって、頭が蕩けおちてしまって、目を開けられなかった。

 そのまま、ゆっくりと俺は意識を手放した。


「お前は、これについてどう思う?」
「どうもこうも……あの……」
 玲は、目をきょろきょろ逸らして、口の中で何やらもにょもにょとつぶやいている。

 俺は、手近にあったマットレスを思いっきり強く叩いた。そして、さっきした質問と全く同じ質問を、もう一度繰り返した。
「お前は、これについて、どう思う?」

 昨夜、何度も潮吹きさせられたことによって、我が家のマットレスは完全に再起不能になってしまった。
 ウォッシャブルであればよかったのだが、残念ながら我が家のマットレスはウォッシャブルではなかった。

 つまり、買い替えである。

「お前、ほんと下着だけならまだしも、マットレスまでダメにするって、どういうことだ?」
「でも、媚びたのも煽ったのも潮吹いたのも、悠馬だと思うんですけど……」
「あ?」

 後日、玲と俺は大型ホームセンターに出向き、割り勘でマットレスを買い替えた。
 もちろん、ウォッシャブル対応の製品だ。折半とはいえ、バイトの給料日前にはかなり痛い出費だった。

 明細を見ながら沈む俺をよそに、玲は新しいマットレスをばしばし叩いてご機嫌な様子だった。
「これで、いつでも潮吹いて安心だね!」

 全く反省していないようだったので、三カ月ほど接触禁止令を出すこととなったが、それはまた別のお話。

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

神原だいず / 豆腐屋 2024/07/06 19:00

【再掲 / 玲と悠馬⑪】Dessert

 あたしは、お願いだから早くと泣きながらせがむ悠馬の姿に、心臓が締め付けられそうな思いになった。

 キスをしてあげなきゃ。早く安心させてあげたい。
 顔を近づけると、悠馬が目を閉じる。二人の唇が近付いていく。
 あともう少しでくっつく、と思われた瞬間だった。
 
「へっくしゅ!」
「くしゅんっ」

 二人して、こらえきれずにくしゃみをしてしまった。
 悠馬とあたしはくしゃみが出る直前で顔を逸らし、なんとか互いのくしゃみを顔面に浴びるという事態を回避した。

 あたしたちは互いの顔を見合わせて、ぱちくりと瞬きをした。
 さっきまでのムードはどこへやら。
 二人して鼻をすすって震えているこの状況では、何だか力が抜けてしまいそうだ。

 よくよく考えたら、ろくに体も拭かずにベッドまで来てしまったうえに、二人ともほとんどきちんと服を着ていないのだから、冷えるに決まっている。
 ラブホに行って二人とも風邪を引いて帰ってきましたなんて、そんな馬鹿な事になってはいけない。
 あたしたちは、シャワールームへバスタオルを取りに行った。

「正直、もう媚薬切れてきてない?」

 悠馬の頭を拭いてあげながらそう聞くと、悠馬はこちらをふり返って頷いた。
「風呂上がった後ぐらいから、かなり身体の疼きがましになってきてる。そんなに長くはもたないみたいだな」

「まあ、ああいう薬は、しょっぱなが大事だもんね。興奮して盛り上がってきたら、勝手に気持ちよくなるし…」
 あたしが言うと、悠馬は腕を組んで考え込み始めた。頭を拭き終わっても難しい顔をしている。

 あたしがバスタオルをシャワールームに戻そうと、ベッドを降りかけた時だった。

「……だから、二本くれたのかな」
 今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのですが。

「二本?」
 あたしは悠馬の方を振り返った。
「どういう事、二本って」
「玲の同期の人から、薬の瓶を二本もらったんだ。予備とかなんとかって…」

 ベッドへ上り直したあたしは悠馬に詰め寄った。
「それ、どこにあるの」
 急に距離を詰めてきたあたしに、悠馬はぎょっとして身を引く。

「ど、どういうこと」
 あたしは、身を引いた悠馬の元へさらに詰め寄る。
「二本目の瓶。どこにあるの」

「たぶん、カバンの中に入れっぱなしだと…」
「出してきて」
「え?」 

 一体、何のために?と言わんばかりの顔で悠馬がこちらを見て来る。
 しかし、この期に及んで「悠馬に飲ませる」以外の目的があるだろうか。

「出してきて」
 有無も言わせず、あたしは媚薬の瓶を要求した。

 カバンから、小さくてピンク色でいかにもその手の薬が入った瓶を取り出した悠馬は、おずおずとそれをあたしに手渡した。

 あたしはその瓶を悠馬の手からひったくり、中身を一気に口に含んだ。

 口の中に、どろりとした甘い粘液が拡がる。甘ったるさで気持ち悪くなりそうだ。
 急に媚薬の瓶を空けたあたしを見て、悠馬は大いに慌てている。

「何してるんだ、馬鹿、吐き出せ!」
 ええ、もちろん。言われなくとも、今すぐ「あなたの口の中」に全部吐き出しますとも。

 あたしは悠馬の後頭部に腕を絡ませて、無理やりに唇を奪った。
 やっとあたしの意図を察した悠馬は、意地でも薬を飲まないように、必死で唇を堅く閉じている。

 こうなっては仕方がない。最終手段だ。無理やりにでも口を開かせるしかない。
 あたしは悠馬の鼻をつまんだ。口を塞がれ、鼻をつままれ、全く息ができない事に目を白黒させた悠馬は、ついに観念して唇を薄く開いた。

 そこからは、あっという間だった。
 あたしの口から悠馬の口の中へ、どんどん粘液が移動していく。

「んっ、ふ、んんんぅうーっ、ん、ぐっ、ふぁあっ」
 舌を激しく絡ませると、ぐぢゃぐぢゃといやらしい音がして、口の中で薬が泡立っていく。
 悠馬は必死で舌で薬を押し返そうとしてくるが、唾液と混ざり合ってしまった薬は、どんどん彼の喉奥へと流れ込んでいった。
「んっ、んうっ、あぁ、ん、は、んぐぅう」

 顎裏を舌で舐め上げると、悠馬の身体が跳ねた。
 その瞬間、悠馬の喉奥でごぎゅり、と嫌な音がした。
 どうやら今の勢いで、相当な量の媚薬を飲み込んでしまったらしい。

 それまで固く目をつぶっていた悠馬は、目を見開いた。
 やってしまった…! 
 そう顔に書いてあるようだ。

 口の中にあった媚薬をひとしきり悠馬の口の中に移し終えて、あたしは唇を離した。

「わあ…」
 目の前の男は、思わずため息が出るほどに色気を垂れ流していた。

 潤んだ瞳、赤く上気した頬、唾液と混じって口端からピンク色の液体を垂らし、荒い呼吸を整えようと胸を大きく上下させて酸素を取り入れている。

 あたしは自分の口元を手の甲で拭ったあと、悠馬の口元から零れ落ちている媚薬を舐めた。少しの量でも思わず顔をしかめてしまいそうなほどの甘さだ。

「さて、ご機嫌はいかが?」
「さいあく…」
 そんなハートマーク飛び散ってそうなほど蕩けた目で見られたって、何にも怖くないんだけどな…。

 あたしは悠馬の頬を何度かつついた。
「や、んっ」
 つつかれる度に悠馬が切なげに眉を寄せて、可愛い声で鳴くので、あたしは面食らってしまった。
「即効性なんだね。これだけで、もう感じちゃうんだ」
「ふぐ、ぅう」

 どうやら、あたしも悠馬ほどではないが薬を少し飲み込んでしまったらしい。
 さっきから、やたらと体が熱くて、いつもよりもかなり興奮している気がする。

「ごめん。絶対に怖い思いはさせないって誓うけれど」
 まずい。息まで上がってきた。大きく息を吸って、吐いて、無理やりにでも熱を押さえつけようとしたけれど、うまくいかない。
 大体据え膳にも程がある。悠馬の柔くて白い肌に、今すぐにでもかぶりつきたい。

「あたしの餌食になるって言ったのは、君の方だからね」
 食べちゃいたいほどに可愛いってのは、わりと誇張した表現じゃないのかもしれない。
 そう思いながら、悠馬の首筋に吸い付いた。
「あ、ああ、あぁあ…っ」

 きつく吸い上げた部分が充血して、首筋に一つキスマークが付く。
 まるで杏仁豆腐の上に浮かべるクコの実みたいだ。
 あたしは悠馬の肌にしみこませるように、キスマークを舐めた。
「ひ、あ」
 悠馬は、首筋を舐められただけで上ずった喘ぎ声をあげた。

 いつもなら、ぐっとこらえて唸るようにしているだけなのに。
 あの媚薬は長時間効き目が続かないものの、かなりの即効性で感度が上がるらしい。

 キスをしながら、悠馬の身体中をまさぐる。
 胸板、脇腹、腕、腋、首筋、鼠径部、太もも、うなじ、背筋。手のひらで撫で上げたり、指先でなぞってみたり。
 悠馬は体をびくつかせながら、必死であたしの舌を追いかけて来た。
 まだ彼の口の中は甘ったるかった。

 口を一旦離した時、あたしはふと思い出した。
「そうだ、さっき乳首舐めてあげるって言ってたのに、まだしてなかったね」
 悠馬の乳首を口に含んだ。舌の上で転がすと、悠馬が一層甘い声で喘ぐ。

「あっ、ひあ♡ んんぅう、んっ、あ、あぁああん」
 舌先を尖らせて乳首を下から上へ舐め上げているうちに、乳首がだんだん固くなっていくのが感じ取れた。

「ひんっ、き、もちい、きもちいい…っ! だめ、いっぱいなめられ、あう、もう、あぁ…っ♡」
 あたしは一度乳首から口を離した。
「だめって言ったって、舐めてって言ったのは君だからね。イくまで止めないよ」

 乳首でイかされるとわかった瞬間、悠馬はあたしの舌から逃れようと身を捩り始めた。
 しかし、いまやあたしは悠馬に馬乗りになっているし、媚薬でとろけきっている悠馬は、大して強い力を出せない。
 逃げようとしたって、彼が快感から逃れる術はほぼなかった。

「ふう、う、あ、あぁっ、あああん、ひっ、だ、め、も、だめ…っ! きちゃう、きちゃ、うう♡」
 もう「来ちゃう」のか? いつもより絶頂に近づくのが早い気がする。
 やっぱり、かなり敏感になっているようだ。あたしは、悠馬の乳首を強く吸い上げた。

「あぁ、はあぁああっ♡」
 悠馬の背中が大きく反った。吸われるのがお好みらしい。
 あたしとしても、乳首を舐めたり吸ったりした事は今までなかったので、とっても楽しい。これからは積極的に吸っていこうとあたしは心に決めた。

「ふうぅうう、イく、イくぅうっ、も、だめっ」
 悠馬の太ももがガクガクと痙攣し始めた。絶頂寸前のところまで来ているらしい。
 あたしは、舐めていないほうの乳首に手を伸ばした。

 片方の乳首を指の腹でくりくりと虐めながら、もう片方の乳首を舐めるとたまらず悠馬は喘いだ。
「ああ、あぁあっ! ら、めぇ、ほんとに、らめ、イく、イ…っ、や、ぁああ~~~っ♡」

 甘イきして、幸せそうに目をとろんとさせている悠馬にあたしはキスをした。

「ん、ん、んっ」
 彼の柔らかな唇を食むと、悠馬もあたしの下唇を自分の唇で挟んでふにふにと食んでくれる。
 これには参った。とんでもなく可愛い。
 また無意識で新しい甘え方を繰り出してくるものだから、あたしはメロメロになってしまいそうだ。

 傍目から見れば、どう見たってメロメロのトロトロになっているのは悠馬の方なのだが。

 しかし、1回イかせたくらいで終わりたくない。
 ラブホに来た目的は、そもそも悠馬の欲求不満解消だったはず。
「もっとしてほしい?」
 そう聞くと、悠馬は何度もうなずいた。うん、まだまだ満足していないらしい。

 こうなったら、意識がとろけそうになるくらいデロデロに甘やかしてあげなければ。
 そうなると、やはり彼のベッド下にあったいかがわしいビデオの内容にもあったように、ローションプレイをしてあげるべきだろう。

 ベッド横にあったダッシュボードをひっかきまわすと、さすがラブホテル。ローションがきちんと入っていた。しかも、2種類。

 あたしはそのうちの一つを手に取った。
 横に置きっぱなしにしていたバスタオルを悠馬の身体の下に敷いて準備は完了だ。
 チューブをぎゅっと握り、悠馬の身体にローションを垂らしていく。

「あ、あぁ、っ」
 ローションが体に垂れ堕ちて来る感覚すら、気持ちいいらしい。彼の腰が艶めかしく蠢いている。
 悠馬の身体にたっぷりとかけられたローションは、部屋のライトに照らされてつやつやとしていた。

 何となくこの光景に既視感を覚えたが、彼の身体の上でローションを拡げていくうちに忘れてしまった。

 さっきシャワールームで泡を伸ばしたように、彼の身体にくまなくローションを塗り広げていく。
 鎖骨から肩へ、二の腕から手首、指先まで、ぐるりと折り返して脇腹からお腹、胸板とお腹を何往復かした後、鼠径部から太ももの内側のきわどいところをさするように。

 指先で少し圧を加えながらゆっくりと手を動かしていく。
「なんだかマッサージしてるみたいだねえ」
「んぅ、うっ、ふう…」
「お客様ー、気持ちいいですかー?」
「はいぃ…」
 律儀にあたしの真似事に乗っかってくれるあたりが、この男の可愛いところである。
 声が洩れてはいるが、善がってるというよりは本当に心地よいらしい。悠馬の表情は心なしか柔らかい。

「下にバスタオル敷いてるから、うつぶせになっていいよ。ついでに、肩とかマッサージしたげる」
 悠馬は素直にごろりと体勢を変えた。
 あたしは背中にもローションを流しかけて、伸ばし広げていく。

 悠馬は同じ身長の男子たちに比べるとそこまでガタイが良い方ではない。
 身体の線が細くて、中性的だ。背中も白くて、肌はすべすべ。
 ずっと触っていたくなる。

「こら、そんな身体に力入れちゃダメ。余計痛くなっちゃうでしょ」
「んっ、だって、え…っ!」
「これが良いの?」
「んっ、んっうう!」
「ほらほら、ここでしょ。ここグリグリってされるのが、良いんだ」
「いっ、ああ、そんな、はげしっ…!」

 勘違いしないでいただきたいのだが、あたしは今普通に、悠馬の肩こりをほぐしているだけだ。
 決して悠馬の性感帯をあれこれしているわけではない。

「ねえー、バッキバキになってるじゃん。根詰めて夜中にまた本読んでるんでしょ…」

 悠馬が顔だけこちらに向けて、痛みに耐えながら抗議してくる。
「だっ、てえ、いまよんでるの、お、もしろいからぁ、っ…! や、いや、ああ」
「夜にちゃんと寝ない子はお仕置きです! ほらほら、どうだどうだ!」

 悠馬が痛がる所を思いっきり両手の親指でぐりぐりと刺激すると、悠馬はぶんぶん首を振って悶えた。
「んんんん! いった、い、いた、いたぁ、ああ、んぐっ」

 これからも定期的に悠馬の肩こりをほぐしてあげないといけなさそうだ。
 いや、彼女としての義務であって、決してあたしがやたら色っぽく痛がる悠馬を見て楽しみたいわけではない。決して違う。
 神には誓えそうにないけど、違う。

 さて、お遊びのマッサージはここまでだ。

「悠馬、仰向けになれる?」
「ん…」
 仰向けになった悠馬の身体に、あたしはさらにローションをぶっかけた。

 自分の身体を見降ろしながら悠馬はぎょっとした顔をしている。
「ま、まだかけるのか…」
「何言ってんの、こっからが本番ですよ」

 またさっきと同じようにローションを塗り広げていく。
 さっきかけたローションと相まって悠馬の身体はぬるぬるだ。
 しつこく何度も何度も太ももの内側やお腹を指圧しているうちに、悠馬の息がどんどん荒くなり始めた。

「な、にこれ…?」
 あたしは、にんまり笑って悠馬の方を見た。
 当の悠馬は目をきょろきょろさせて、自分の身体に起きた変化に困惑しているようだ。

「今、どんな感じ?」
「なんか、あったかくて、う…っ」
「あったかくて?」
「ぴりぴり、す、るっ。あ、まっ、て、ぬらないで、これ、へん…っ、なに…っ?」

 悠馬の顔の前に、ローションのチューブを差し出した。
「快感倍増!温感ローション、だって」
「へう…っ、ひ、なに、どういうこと、あああっ」
「簡単に言うと、媚薬入りのラブローションだよ」
 あたしの言葉を聞いた瞬間、悠馬の目がみるみるうちに見開かれていく。

 しかし、もうこれだけ塗り込まれているのだから、抵抗したって逃げたって無駄だ。効果はすでに出てきている。

「媚薬2本飲まされて敏感になってる悠馬の身体に、媚薬入りのローションをたっぷり塗ったら、どうなるだろうね?」
「そ、そんなの、おかしくなっちゃう…」
「その通り。おかしくなるまでイかせてあげる。怖い事なんか、全部あたしが忘れさせてあげるからね」

 そうだ。腕をこちらに広げて、「抱きしめて」と目だけで強請る。
 そんな可愛いあなたを絶対に守るって、想いを伝えた日に誓ったんだ。
 怖い事から逃げられないのなら、怖い事が消えないのなら、あたしにできるのは、あなたの怖い事を忘れさせてあげる事。

「おいで、悠馬」


 チューブの中身を悠馬の胸元にたっぷりとかけていく。
 乳首の周りをぬらぬらと指先で刺激しながら、悠馬の反応を見た。

「あっ、は、あん、ひうう、らめ、ちくび、ぴりぴりす、う…っ!」
 まだ乳輪を指でなぞっているだけなのに、まるで乳首を引っ掻かれまくってる時みたいな反応をしている。
 これでは、本当に乳首を触ったら善がり狂うのではなかろうか。

「ひんんっ、さわって、ちくび、ぬるぬるして…っ♡」
「もうちょっと我慢できないの」
「がまん、いっぱいした、もん…」
 「もん」? 「もん」だと? 成人男性がこんなに可愛い「もん」使う事ある? 
 しかも何だ、そのちょっと拗ねたみたいに尖った口。

「さわって、もう、おねがい」
 ええい、腕に縋り付いてうるうるお目目で上目遣いなんて、愛嬌フルコースかお前は! 
 抱きつぶされたいのか! 

「普段も、こんな風になってくんないかなあ…」
「え?」
「イヤ、コッチノ話デス…」
 でも普段もこんな風になったら、悠馬の事が心配で心配で死にそうになるな。
 今だって、大学で空き部屋に連れ込まれたり、通学路で痴○されてないか、気が気じゃないのに。

「そんなに触ってほしい?」
「んっ、んう」
 何度もうなずいている悠馬がどうにも可愛いので、ほっぺたにキスをした。
 本当は頭を撫でてあげたかったんだけど、ローションで手がベトベトだったので無理だった。
 その代わり、あたしの手は悠馬の胸元へと向かう。

 微かに膨れて尖った乳首を、指の腹でとんっと押した。
「ひんぅっ」
 すると悠馬の身体がひくりと跳ねた。もう一度指の腹で乳首を押すと、また跳ねる。
 「押す、跳ねる」という一連の流れを繰り返しているうちにだんだん楽しくなってきた。まるでロボットの起動スイッチみたいだ。

 楽しくなって、タイミング良く何度も何度も悠馬の乳首を押しこんでいると、悠馬があたしの手首を掴んだ。
 彼は、全速力でダッシュしてきた後みたいに、はあはあと息を荒げて目を見開いていた。

 悠馬はぶんぶん首を振った。
「むっ、むり、そのスピードは、しぬ」
「あ、ごめん…」
 鬼気迫る勢いで訴えられたので、さすがに触り方を変える事にした。

 爪を立てて、ぷくりと膨れ上がった可愛い突起をかりりとひっかく。
 ローションで思った以上に滑りが良くなっているようだ。
「これ、どう? カリカリってされるの」
「ひぐっ、すご、い、きもちい、だめっ、いああ♡」
 この調子だと、またすぐにでも甘イキしてしまいそうだ。

 快感に悶える悠馬を見降ろしているうちに、あたしは一つ、とっておきの良い事を思い付いてしまった。

 絶頂寸前のところであたしは手を止めた。
「えぅう、なんで」
 恨みがましそうな目でこちらを見て来る悠馬にあたしは言った。

「悠馬、一回自分で乳首弄れる?」

「え」
「ほら、手ここに置いて」
 あたしは悠馬の手首を掴んで、彼の胸元に持って行った。
 彼はかなり混乱していて、自分の胸元とあたしの顔を何度も交互に見ている。

「指で触ってごらん。最初は優しくね」
「あの…」
「ん? 触り方がわからない? こうだよ」
 あたしは手を滑らせて悠馬の細く節くれだった指をつまんだ。

 そして、彼の乳首に指を添わせて、くいと奥へ押し込む。
 すると彼の指の腹が、ぐいっと乳首を押し込んだ。たまらず悠馬は吐息を洩らす。

「さて、今度は自分でやってみようか」
 悠馬の顔は羞恥心によってぐしゃぐしゃになっていた。
 高熱にうなされているかのように頬を赤く染めて、唇を噛み締めている。
 彼の震える指がおずおずと乳首へ伸びた。

 悠馬は触れる直前まで自分の胸元を凝視していたが、こらえきれなくなって顔を逸らした。

 彼はぎゅっと目をつぶり、意を決して自分の乳首に触れた。
「あっぐ、ぅうんっ」
 想像している以上に刺激が強かったのか、悠馬は軽くのけぞって喘いだ。

「上手上手。もうちょっと触ってみ」
「うぅうう…」
 恥ずかしすぎて半泣きになりながらも、悠馬は頑張って自分自身で乳首を虐め続ける。
 ちょっと可哀想になってきたけれども、それがまた可愛いので、あたしはもう少し彼を虐めてみる事にした。

「気持ちいい?」
「んっ、んんう」
「恥ずかしいね、自分で触って気持ちよくなってるところ見られて。ほら、左だけじゃなくて、右もちゃんと弄ってあげなきゃ」

 悠馬が自分で両方の乳首を苛めながら、可愛い声で喘ぎ続けているのを見ながら、あたしは軽い感動を覚え始めていた。

 ラブホってすげえな…と。

 あの照れ屋の悠馬が、自分で乳首を弄って善がっているところを見られるとは思ってもみなかった。
 映画研究会の同期には、最大級の感謝を込めてヘッドロックをかます事に決めた。

「あたしがさっきしてたみたいに、爪でカリカリってできる?」
「んっ、んっうう、ひあううっ、も、だめえ…」
「言うの忘れてたけど、イっちゃダメだからね?」

 忘れてたも何も言うつもりすらなかったのだが、ここまで来たら虐め倒したくなってきたので、オプションを追加する事にした。
 悠馬は眉間にしわを寄せて、ああそんな切なそうな顔されても、駄目なものは駄目です…。

「そう、カリカリって。良い子。もうちょっと早くできる?」
「はうっ、ああ、あっ、あ、あ」
 多分もう限界なのだろう。彼の指の動きが、何となく切羽詰まって見えた。
 
 だけども、そんなに簡単には許してあげない。
「はい、ストップ」
「ぁぁぁあう…」
 名残惜しそうな声を出して、悠馬は指の動きを止める。

「じゃあ親指と人差し指で優しくつまんでみよっか、それで……っ」

 自分で指示しておいて、こんな言い方はどうかと思うが、あまりにもいかがわしすぎる光景が眼前に広がっている。

 悠馬はできるだけあたしと目を合わせないように俯き、乳首をきゅうっとつまんだ。
 彼の指の間に挟まれて、ピンクの小さな乳首はグロテスクにその形を歪ませた。

 あたしはしばらくその光景に何も言えず、硬直した。色気の暴力にも程がある。
 もしくは、あたしにも相当に媚薬が回ったか。
 少なくとも、後頭部を殴られたかのような衝撃で、動けなくなってしまった。


「つぎ、はやくぅう…っ」

 あまりの恥ずかしさにこらえきれず、悠馬があたしを急かしてきた。
 あたしはようやく正気を取り戻した。
 危ない。一瞬、この世ではないどこかへと意識がトリップしていたらしい。

「ごめんごめん。それで、つまんだまま、ぐりぐりってしてみて」
「ああん、っあ、らめ、これ、ほんとに、ひっ」
「じゃあ、指のやらかいところで、ぎゅって押し込んで」
「んっぐうう」
「はい、じゃあもう一回つまんで、ぐりぐりして」
「ひああ、んんっ、んっ、んっ、あ」

 あたしは、悠馬のベッド下に隠されていたいかがわしいビデオのパッケージを思い浮かべていた。
 パッケージに映っていた女の人より、よっぽど彼の方がいかがわしい身体つきで、いかがわしい恰好をしていて、いかがわしい声で喘いでいる。

 あたしの彼氏にいかがわしさで勝る人間など、おそらくいないのだろうな。
 これって、親バカならぬ、彼女バカなのだろうか。

「指先で乳首をひっかけて、ぴんって弾ける?」
「…っ、はううっ」
 彼は快感に思わずのけぞった。

「もっとスピード上げて」
「あっ、あっ、あぁっ、はっ、はぁっ、んあっ、あああっ」
「やらしすぎる…。ごめん、我慢できなくなってきた。下、触るよ。乳首は自分で弄り続けてね」
「ひぅううっ!?」

 あたしは、悠馬の下半身へと手を伸ばした。
 先走りで濡れそぼったそこを触ると、悠馬の体温が酷く近くに感じられた。

 上下へしごきながら、悠馬を視姦する。
 彼はのけぞって身体を痙攣させ、口端から唾液をこぼして「あぁ」とか「ひああ」とかひっきりなしに喘いでいた。
 両手は律儀に乳首を弄り続け、彼自身を追い詰め続けていた。

「気持ちい?」
 彼の顔を覗き込みながら聞くと、悠馬はこちらを見つめ返して頷いた。
 虚ろな目ではなくて、意思をきちんと持って。

「きもぢいい…っ、あっ、も、イ、く、イって、いい? イかせ、てえ」
「いいよ。いっぱい我慢させちゃってごめんね。あとの事はあたしに任せて、ぶっ飛んじゃうぐらい気持ちくなって」
「あっ、すき、れいい、すき、すき、らめ、ああう♡」

 あたしは悠馬にキスをした。息継ぎなんてさせる閑もなく舌を絡め合って。

 ガチリと歯がぶつかり合っても、どちらも一歩も引かずに貪り合うように。このまま一つになってしまうくらいに。
 その間にも、お互い手を動かすスピードはどんどん速くなっていく。


 そして、その瞬間は来た。


 悠馬の身体が一際大きく震えた。あたしは指の間に粘液が滑り込んでいくのを感じながら、唇を離した。


 悠馬は、荒い息を整えようともせずに胸元を大きく上下させながら、とろけた顔でこちらを見上げた。

「幸せ?」
「しあわせ、すぎて、しんじゃう」

 あなたがそう言って笑うから、あたしも幸せすぎて死にそうだ。

「それは良かった」
 あたしは悠馬の額にキスを落とした。


「え? あのビデオもオモチャも、悠馬の物じゃない?」

 翌日。
 ホテルの最寄り駅にあるカフェの一席にあたしと悠馬はいた。
 小腹が空いたからと、悠馬はホットケーキ、あたしはスコーンを頼んで待っている最中だった。
 とんでもない事実が発覚してしまった。

「待って待って待って。待って、ほんとに待って。じゃあ誰のなの」
「あれはサークルの同期に、彼女にバレたら殺されるからって土下座されて、一週間だけ預かってたものだな」

 あたしは頭を抱えた。
 じゃあ、悠馬が欲求不満だと思ってたのは、あたしの勘違いだったと? 
 だとしたら、悠馬は本件に関して、利害の一致どころか完全に被害者…。

 と、このタイミングで、頼んでいたホットケーキとスコーンがやって来た。

「お客様、すいません。メープルシロップをお持ちするのを忘れてました。今、お持ちいたしますね」
「ああ、ありがとうございます」
 店員さんが席から離れていったあと、悠馬はカトラリーを取り出しながら言った。

「何を勘違いしたのか知らないけど、俺のじゃないからな。俺はそこまで欲求不満じゃない。お前といて欲求不満にはならない」
「ええ、嬉しいなあ」
「めちゃくちゃやりやがって。二週間くらいは俺に指一本触れるな」
「ええ、急に辛辣」
「1本目の薬に関しては俺が飲んだから自己責任だけど、2本目に関してはお前が無理やり飲ませてきたんだからな」
「その通りでございます。ごめんなさい」
「あのう、お客様…」

 店員さんが、メープルシロップを持って若干おろおろしていたので、あたしたちは慌てて「何事も無いんですよ、これが我々の通常運転なんですよ」という態度をした。
 二人して早口でお礼を言ってメープルシロップを受け取る。

「まあ、反省してるなら、1週間くらいで勘弁してやらん事もない」
 悠馬はそう言いながら、ホットケーキに自分の分のメープルシロップをたっぷりとかけた。カフェの照明を受けてテラテラと輝くメープルシロップ。

 あたしは、何故か既視感を覚えて首をひねった。そして、ぽんと手を打った。

「昨日のローションまみれの悠馬だ! なるほどなるほど、昨日のデジャヴはこれだったの…か…」
 あたしは、ただならぬ気配を感じて顔を上げた。

 悠馬が恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしていた。唇がわなわな震えている。
 やばい、今までに見た中で一番怒ってるかもしれない。
 カトラリーが凶器に見えるし、なんならナイフは本当に凶器だ。

「あは…。ごめん、ねえ…?」
 あたしは顔をひきつらせて笑った。しかし誤魔化しきれなかったようだ。


「もう、半年は俺に触るなああ!」
「うわーん、ごめんなさああい!」



 あとで二人して店員さんにお叱りを受けた。

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

神原だいず / 豆腐屋 2024/07/05 19:00

【再掲 / 玲と悠馬⑩】victim

「いたっ」
 ホテルの一室。
 扉を閉めるなり悠馬が抱き着いてきて、あたしはしたたかに後頭部をぶつけた。
 絶対、明日あたりたんこぶになる気がする。

 涙目になりながら悠馬を睨みつけたが、彼の暴挙は止まらない。
 羽織っていた上着を床に乱雑に脱ぎ捨て、あたしの頬に何度もキスを落とす。
「ゆ、悠馬、せめてベッドに…んぐっ」

 抗議は、彼の舌の間に滑り落ちていった。
 唾液の泡立つ音、熱くとろけてしまうかのような舌の感触が一気に襲い来る。握った手は興奮からだろうか、震えている。
 やられてばっかりも癪なので、彼の腰をぐいと引き寄せて彼の口内を貪った。

 荒い吐息の隙間で、彼の上ずった喘ぎ声が聞こえる。
「あう、うっ、ぅん」
 もっとして、と強請るように舌を差し出すので、きつく吸い上げると悠馬の身体から力が抜けていく。
 視界の端で、彼の膝ががくつき始めているのが見えた。

 ここまで快感を積極的に受け止めようとしている悠馬を見るのは初めてだ。
 いつもなら理性が働くのか、押し返したり、逃げるように身体を引いたりするのだが、今日は全くその素振りが無い。

 彼の股の間に膝を差し入れて、肌に沿わせる。
 キスをしながら膝を前後に揺らし始めると、その微弱な刺激すら気持ちいいのか、身体をびくりと震わせた。
 あたしは、少しずつ彼の身体を愛撫し始める。
 背中や、首筋、胸板、脇腹に手を這わせる。時折、耳や乳首をきゅっとつまむと、彼は可愛らしい声を出した。

 そのうちに、彼の身体が沈み込んだ。膝が笑っていて、もう踏ん張れそうにないようだ。
 慌てて支えようとするが、いかんせん体重差があるうえに、お互いがお互いに身体を預けていたので、二人してホテルの床に崩れ落ちる。

 図らずも彼に覆いかぶさるような形になった。
 しばらく二人とも、体勢を変えずに見つめ合ったまま、ぜえぜえと荒い息を整えるかのように黙っていた。

 彼のはだけたシャツから覗く鎖骨の隆起をそっと指でなぞる。震える吐息が、彼の口から零れ落ちた。
 白くて綺麗な肌だ。
 今からの数時間で、彼の身体にいくつ赤が散らされるのだろう。
 そんな事をぼんやりと考えていると、悠馬が口を開いた。

 部屋は静かだ。彼が言葉を発しようと吸い込んだ息の音までも聞こえるくらいに。

「…どうしよう」
 その声は、自分の身に何が起きたのかさっぱりわからない混乱とともに吐き出された。
 彼は喉の奥でひゅっと息を飲み、顔を歪めた。

「自分がすごくはしたない事をしてるのは、わかってるのに」
 歪んだ顔に、赤みが差していく。
 彼はいつも、無駄な抵抗とわかっているくせに、最後の最後まで理性と恥で、欲を制しようとする。
 だけど、この日限りは違った。

 部屋に入った時点から、否、もっと前の段階から、彼は抵抗していなかった。
 飲み込まれてしまいそうなほどに深いその欲求は、彼の理性を完全に制御不能にしていた。

「あなたの餌食になりたい」
 自分が無意識に生唾を飲み込んだのがわかった。それと同時に彼の喉仏も、上下にごっぐりと生き物のように動いた。

「もっと…!」
 上ずったその声が、彼の理性の断末魔だったように思う。


それは、ホテルの一室に飛び込む数時間前。

 ため息一度。テーブルの上のお菓子に目をやって、もう一つため息。
 三時を指す時計を見てさらにもう一回ため息。
 眉間を指先でこりこりとかいて、駄目押しにもう一度ため息。

「みーちゃん、今日すっごくため息つくねぇ、どうしたの」
 映画研究会(とは名ばかりの菓子パサークル)の同期、小野寺くるみが私の顔を覗き込んできた。
 いつもにこにこ笑顔が絶えない、いかにも「女の子」といった可愛らしい彼女の、茶色くて大きな目と視線が合う。

 映画研究会に用意された小さな小さな部室には、彼女とあたし、そしてもう一人、国川香夏子しかいない。
 同期はこの3人だけ。

 一応、体面上は月2回の定例会なのだが、机の上にお菓子を大量に広げ、今日も今日とてどうでもいい事ばかりをベラベラとしゃべっている。

「何よ何よ?またあの可愛い彼氏の事で悩んでんの?」
 するめいかにかぶりつきながら、香夏子が嬉々として身を乗り出してきた。
 目は新しいおもちゃを見つけたかのように、らんらんと輝いている。

「…香夏子、めちゃくちゃ面白がってるでしょ」
「当たり前よ!人の色恋沙汰が面白くないわけないでしょうよ!」
 いっそ清々しいほどに即答されてしまった。
 香夏子のこういう裏表なくさっぱりしたところ、実は嫌いではない。

「まあまあ、一回話してみたら、すっきりするかもしれないしさ。何があったかくらいは、話してみなよ」
「まあ、それはそうかもね。じゃあ、話すけどさ…」



 悠馬って基本的に、いかがわしいビデオとか漫画とか、あと、雑誌? そういうの、あんまりみない人なのね。
 ほら、何度もお話してる通り、彼は生粋の恥ずかしがり屋だから。
 しかも、ビデオの中で女の人がされてる事を自分がされてるわけだから、思い出して余計に見れないのよ。

 ところがね、先週にあたしが悠馬の家に泊まりに行った時に、偶然見つけちゃったのね。
 ベッドの下にいかがわしいビデオが隠してあるのを。
 しかも、ついでにその横にその、あー、えーと

「いかがわしいオモチャ?」
「そう。ピンク色で震える系のオモチャ。なんでくるちゃん、知ってるの…」
「私も彼氏に使った事あるからねぇ」

 そっ、その話めちゃくちゃに気になるから、またあとで聞かせてね。
 そう、そのいかがわしいオモチャも一緒に隠してあったわけ。
 
 その場で問い詰めてみてもよかったんだけど、何だか見ちゃいけないもの見た気がして、あたし、慌ててそれをもう一回元あった場所に戻したんだよね。

 一瞬見ただけだから内容がけっこう朧気なんだけど、たぶんローションプレイだったのよ、内容が。
 身体にオイルだかローションだか塗りたくって、ぬるぬるにするやつね。

「それは私、彼氏とやった事ある!」

 かっ、香夏子まで…あとで詳しく聞くからね!
 でね、問題なのは、今までいかがわしいものを見てなかった悠馬が、急に見始めたって事なのよ。
 しかも、オモチャまで買ってるの。これってさ、これって、つまり。



「マンネリになってるのかもねぇ…」
「やっぱりそうだよね」
 私はもう一度ため息をついた。

「結構いろいろやってるつもりだったんだけどなぁ。筆責めとか、目隠しとか、手錠はめるとか…」
「まあ、確かに色々やってるけど、あんたが想像してる以上に彼氏の性欲が強かったのよ。それに、いつもどっちかの部屋でやるんでしょ、そういう事」
「マンションの部屋だと制約が多いからねぇ。できる事、限られちゃうかも」

 香夏子は新しいポテトチップスの袋を開けながら、こちらに向かってニヤニヤと笑った。
「たまにはラブホでも行けばいいじゃん」
「そうだよ。お家じゃできない事、いっぱいできるからねぇ」
 くるちゃんも、うんうんと頷いている。

 今までどうしてこの二人は、あたしと悠馬の話を引く事もなく聞いてくれたのか不思議だった。
 
 しかし、さっきからの言動といい、彼女たちは下手するとあたしより経験があるのではないだろうか…。
 くるちゃんと香夏子の彼氏たちは、一体どれほど喘がされているのだろうか…。

 そんな事を考えながら、震える手でポテトチップスを一枚取る。

「そ、それでやっぱり解決策としては…」
「ラブホ行きな」
「ラブホだねぇ」
「それ以外での解決策は…」
 二人は笑顔で言い切った。
「ない」 

 凍り付く私をよそに、彼女たちはスマホを取り出し、ここのラブホが安いだの、ここならビジネスホテルっぽいから見分けつかないだの、ラブホ談義に話を咲かせ始めた。

 一体、何なのだ。このカオスな空間は。
 現役女子大生が、嬉々としてラブホを語るこの空間は一体なんだ。菓子パの話題にしちゃ、スパイスが効きすぎちゃいないか。
 こうして私のため息が、再び映画研究会の部室に吐き出されたのだった。


 夕方五時。菓子パ(定例会)を終え、私は鬱々とした気分で自宅へと向かった。
 夕焼けの中、カラスがかあかあ鳴いている。
 というか、もはや「アホー」とののしられている気分である。
 ああ、家へと向かう足取りが重たくて仕方がない。

 一体どうすれば…。どういう伝え方をすれば、不自然じゃないだろうか…。
 いや、いっそ不自然でもなんでもいいから、彼が欲求不満になっている事には微塵も気づいていませんよ、という雰囲気を醸し出さなくてはいけない。

 信号を待っている間、腕を組んで考え込む。

 あの生粋の恥ずかしがり屋が、自身の欲求不満を気づかれたと知ったら、たぶん3日くらい布団から出てきてくれないに違いない。
 かと言って「欲求不満です」なんて、馬鹿正直に言ってくれる事も期待できない。

 確かに、割れたマグカップを隠したあの事件から、彼は自分がしてほしい事を少しずつ口に出せるようにはなってきた。
 とはいえ、まだまだ素直に甘えてくれない事も多い。

 信号が青色に変わった。
 人と車の流れが入れ替わり、横断歩道を足早に駆けていくサラリーマンたちに押されるように、私も歩き始めた。

 歩きながらさらに考える。

 やはり、ここはひとつ私が「欲求不満です」と宣言し、(形だけ)嫌がる悠馬を無理やりにでも連れていく、という流れが一番誰も傷つかなくて済む気がする。

 私自身、ラブホに興味がなかったわけではない。
 (できたら初回は、くるちゃんと香夏子と、ラブホ女子会とかそういう形で行きたかったけれど…)
 悠馬も悠馬で、私に無理やり連れていかれたんだ、という言い訳ができるわけだし。

 しかし、私の目論見は二秒後にあっさりと崩れ去った。

 不意に取り出したスマホに、何件もの着信履歴が表示されていたのだ。
 信号でうんうん考え込んでいる間に、悠馬から着信があったらしい。
 しかし、こんなに何度も繰り返し電話をしてくるなんて事は、今まで一度もなかった。

 とっさに嫌な予感が頭をかすめる。悠馬の身に何かあったのかもしれない。
 あたしは慌てて折り返し電話をかけた。

 もし、急に体調が悪くなったとしたら、出られるだろうか。コール音がいやに耳障りだ。胸騒ぎがする。
 お願いだ、せめて電話に出て…。

 スマホを握りしめた次の瞬間だった。ピッ、と軽やかな音がして、電話がつながった。
「悠馬?どうしたの?なんかあった?」
『玲…お願い、早く、来てほしい』
 明らかに声がおかしい。切羽詰まっていて苦しそうだ。息も荒い。

「何があったの?どこか痛む?苦しいの?」
『違う、頼む、早く』
 さっぱり状況がわからない。
 だけど、「違う」と言っているから、少なくとも病気や怪我で苦しんでいるというわけではなさそうだ。

「とりあえず悠馬の家に今すぐ行くから!それまで待てる?」
『待てる。でも、早く来て、おねがい』
 電話を切り、悠馬の家へ走り始めた。
 自分の息遣いが、ぜえぜえ、ひゅうひゅう、うっとうしくてかなわない。
 雑音を振り払うかのように頭を振り、足を進めた。

 五分後、あたしは彼のマンションの部屋の前に立っていた。
「悠馬!悠馬!」
 彼の部屋の扉を何度もガンガンと叩くと、しばらくして鍵が開く音がした。中からドアが開く。

 悠馬が顔をのぞかせたかと思うと、急にすごい力で部屋の中に引きずり込まれた。
 背後でドアが大きな音を立てて閉まるが、あたしは身動きを取る事ができなかった。
 彼があたしに思いっきり抱き着いてきていたからである。

「何?何、どうしたの、悠馬」
 明らかに様子がおかしい。
 抱きしめ返した瞬間、悠馬の身体がじっとりと熱を帯びている事に気づく。だけど、風邪を引いて熱が出ているわけではない事は確かだ。

 というか、これ、もしかして…。
「玲、どうしよう、からだ、変だ」
 目にいっぱい涙をためて、頬を真っ赤に染めた悠馬があたしに縋り付いてくる。

「どんな感じに変か、言えそう?」
「う、ずくずく、する。身体、熱い」
 いや、まさかな…。まさか、そんな事ないよな…と思いつつ、あたしは質問を続けた。

「あついだけ?」
「え」
「熱くて、身体ずくずくして、他に何かない?」

 その質問を聞いた瞬間、悠馬が明らかに動揺し始めたのがわかった。
 言いたい事があるのに、なんだか言いづらそうにしている。
 あたしの中の疑念が、だんだん確信に変わり始めた。

「わかった。質問を変えるわ。何か、得体のしれないもの飲んだりしなかった?」
「飲んだ…」
「誰かからもらったの、それ」
「あの、映画の、玲の、同期のひと…サークル棟で会ったときに…」

 あたしは頭を抱えた。やりやがった、あの二人…。
 スマホを取り出してすぐさま電話をかける。
 相手は2コールで出た。

『みーちゃん、彼氏さん、どーお?』
「どうもこうも。ばっちり仕上がってるわよ。あんたら何飲ませたの」
『なんかねぇ、香夏子ちゃんがこの前自分の彼氏さんに飲ませたヤバめのお薬だよ。ねぇ?』
「香夏子いるの?」
『代わろうかぁ?』

 電話の向こうでくぐもったしゃべり声が聞こえて、すぐさま香夏子の明るすぎる声が耳に飛び込んできた。
『いや、定例会の途中で席外した時に、彼氏さんとばったり会ったから、渡したのよ。せっかくだから楽しんでね』

 あたしは電話を切った。
 これは怒るべきなのか、感謝するべきなのか。頭が痛くなってきた。

 しかし、どちらにせよ悠馬が苦しそうなのは、変わらない。どうにかしてあげないといけない。
 あたしも、こんな状態の悠馬を見続けてたら、我慢できなくなってくる。

「玲…?」
「ラブホテル行こうか、悠馬」
 これが、あいつらのやり方か…と、どこぞのお笑い芸人のような事を思いながら、あたしは悠馬をラブホテルへと連れていく事にした。
 互いの利害が完全に一致してしまったのだ。仕方ない。
 とりあえず、あの二人はあとでシメる。

 かくして我々は、まんまと悪魔二人の策略によりラブホテルの一室へ飛び込んだ。
 電話した直後、ご丁寧に彼女たちはおすすめラブホテルのHPリンクを送り付けてきていた。

 とりあえず、あの二人は絶対に後でシメる。絶対だ。


 さすがに床で事を進めるわけにもいかないし、悠馬は薬のせいでひどく汗をかいていたので、シャワー室に無理やり連れ込む事にした。

「やだ、もう焦らさないで、頼むから」
 悠馬はもうもどかしいのか、小さい子のようにぐずり始めた。
 仕方がないので、彼の服を脱がせていく。
 上着をドアの近くに脱ぎ捨てたままだった気がするが、もういい。あとで回収しよう。

 シャツのボタンを一つずつ外して、肩からするりと剥ぎ取る。
 衣擦れの音と、肌に触れる度に悠馬が漏らすうめき声が、脱衣所を満たしていた。
 あたしまで媚薬を飲んだかのような気分になってきた。

 ベルトを外し、ジーンズを下ろそうとした時。悠馬があたしの手を掴んだ。
「下着は、自分でする…」
「何を今更」
「いい。いいから!嫌だ!」
 あまりにも必死なのが少し面白くなってきたので、悠馬の手を振り払って、そのままジーンズを下ろした。

「うわ、すご…」
 下着は先走りで濡れそぼっていた。
 すらりと伸びる白い太ももに伝い落ちる愛液が、脱衣所のライトを反射してなまめかしく光っている。
 あたしは、その太ももにそっと指を這わせた。

「見るな、見ないで、あ」
「みっともないくらいに濡れてるの、見られたくなかったのね」

 すぐに脱がしてしまうのは、もったいない。
 下着の端に指を差し入れ、下着のラインをなぞるようにして手を動かした。もう片方の手で、太ももを撫ぜ続ける。

 緩やかな刺激に合わせて悠馬の身体が反応する。
 あたしは、それを見ながら自然と自分の口角が上がっていくのを感じた。
「だから…焦らすな、って…ぅあ」
「嫌。焦らされてる時の君の顔が一番好きなのに」

 そう、その切なげに寄せられた細くて綺麗な形の眉、色気を滴らせた吐息をこぼすために半開きになった口、触られている部分を凝視した後に恥ずかしくなってきて不意に逸らした茶色の瞳。全部が好き。

「辛いでしょ。身体が疼いて、熱くて、触ってほしくて、たまんないんでしょ」
 悠馬はうなずいた。あたしは悠馬の耳元に口を寄せる。

「あたしだって、必死で我慢してるよ」

 彼が息を飲んだ音が微かに聞こえる。耳を舌先でちろちろと刺激すると、悠馬は身をよじらせた。
 最近分かった事だが、彼は乳首の次か同じくらいに耳が弱い。
 軽く舐めただけで、彼の口からは熱い吐息と甘ったるい声が零れ落ちてしまう。

「ぅあ、あう、うっ…ぅ、や、も、ああっ」
 可愛い。こんなに可愛い反応されたら、もっと虐めたくなってしまう。

 あたしは、シャワールームの扉を開けて、悠馬と中に入った。
 ラブホテルのシャワールームと言えば、ベッドの方からシャワールームの中が透けて見えるイメージを抱いていたが、ここはどうやらそうではないらしい。
 見る限りは普通のお風呂だ。

 だけど、ラブホテルの中、というだけで何だかいかがわしい雰囲気が増してしまう。

「そういえば、悠馬とお風呂一緒に入るの初めてかもしれない」
「え、あ、そうか…」
「あれ、入ったっけ。あたしが忘れてるだけかな」
「いや、お泊りする度に脱がされてるから、間違えて覚えてたみたい…」

 その節は大変ご迷惑をおかけしております。

 二人ともざっとシャワーを浴びた後、あたしはボディーソープを手に取り、お湯に溶かして泡立てた。シャボンの香りがふわりと漂っていい気持ちだ。

 あたしは悠馬の後ろに立って、「右手伸ばして」と言った。
 悠馬は素直に右手を伸ばす。
 二の腕に泡を置いて、すうーっ、と手首の先めがけて伸ばしていく。そしたら手で作った輪っかで手首をぐるりと一周して、もう一度二の腕に向かって泡を滑らせた。
 腋まで来たら、そのまま手を脇腹に沿わせていく。

「んっ…」
「くすぐったい?」
 悠馬はこくこくと頷く。
 可愛いので、そのまま脇腹を何度も往復して虐めてみると、悠馬は体をひくつかせた。

 あたしの手から悠馬の体がすり抜けていく。
「こら。逃げちゃだめ」
 あたしは、慌てて彼の身体を引き留めるように抱きしめた。
 彼が息を飲んだのがわかった。

 泡でまみれた手を彼の胸板の上で滑らせると、ゆっくりと弓のようにしなり始めて快感を逃そうとする身体。
 あたしはつんと上を向いた二つの突起の周りをやわやわと撫ぜ始めた。

「あ、あ、んっ、んぅ」
 焦らすようにくるくると乳首の周りを触り続ける。
 欲しがっているのは、もう身体のびくつき方からしてわかっているけど、強請るまでは永遠に焦らし続けてやろう。

 そう思った矢先、意外にも早く悠馬は首を振ってねだりはじめた。
「じ、じらさないで。も、つらい。きもちいの、ほしい…っ」
「気持ちいの欲しいの? どこをどうしてほしいの?」

 質問する間も手は止めない。一番悠馬が触ってほしいところには触れないまま、その周りをじわじわと焦らしていく。
 かくついた細い腰が前後に揺れて、彼の身体は欲しい欲しいと泣き叫んでいるけれど、言わない限りはしてあげない。

「ち、くび…」
「聞こえないよ」自分でも思っている以上に冷たい声が出た。
「ちくび、かりかり、し、して…っ」
「お願いする時は、なんて言うの?」

「ちくび、かりかりして、くださ、い、あ、あぁ、っあ」
「かりかりするだけでいいんだ」
 その程度じゃすまないって、自分でもなんとなくわかっているくせに。

「ふうう、ゆびで、はじいて…」
「ほかには?」
「きゅうって、つまんでほしい…」
「それだけ?」

 悠馬はゆっくりと首だけを動かしてこちらを見た。
 睫毛を震わせ、眼尻にきらきらした涙の粒をいっぱい溜め込んで、羞恥と欲望の間から必死で手を伸ばしてくる。

「…あぅ、な、なめて…っ、かんで、も、いっぱい、いじめて…」
「いい子。よく言えたね。舐めるのと噛むのは、ベッドでいっぱいやってあげる」
 あたしは、胸の奥がきゅうと締め付けられるような気分になった。
 もうちょっと意地悪してやろうと思ったのに。そんな切実な顔で見られたら、どうしようもないじゃないか。

 爪を立てて乳首を引っ掻く。
 暖かいシャワールームの中で、血液の巡りが良くなったのかほんのりと紅に染まる白い肌。
 そこにぽつぽつと浮き上がる小さな二つの突起を爪で引っ掻く。
 彼の理性が、まるでスクラッチのようにあたしの爪先にはがされていく。

 媚薬を飲んだのと、長い間焦らされ続けたせいで、悠馬はもう声を抑えようともしなかった。というか、できなかったの方が近い気がする。
 彼は、襲い掛かって来る快感を、もう抵抗もせずに受け入れていた。

「ぅううー、う、あ、ぁあぁ、あー…あ、ぁああ…」
 激しくキスをした後、口端から自然と唾液が零れ落ちていくように、彼の口端からは絶えず喘ぎ声が零れ続けていた。
 あたしが話しかけても、「あぁ」とか「ぅあ」とか、言葉で答えてくれない。

 指で乳首を弾かれるのに弱いらしく、人差し指で両方の乳首を弾き続けると、まるで笑い声かのような喘ぎ声を吐く。
「あっぁあ、あは、あ、あぁはあぁ、へ、あ、う、んんぅ」

 もしかして、これって俗に言う「アヘってる」状態なのだろうか。
 確かに彼は理性をぶっ飛ばす。
 それでも最後までなんとか会話ができるものなのだが、今はもう会話すらできそうにない。

「悠馬、気持ちいい?」
「んぅ、えへ、あ、は、へ、ぁああううう…っ」
 ダメだ。これだもんな。あたしは彼の顔を後ろから覗き込んだ。

 彼の目は虚ろで、口元にひくついた笑みを浮かべていた。
 あたしは手を止めた。

 彼の身体から泡を洗い流し、シャワールームから出る。
 ふらつく彼の身体をろくに拭く事もできないままベッドルームに向かい、二人してベッドに倒れ込んだ。

 悠馬は、不思議そうにあたしの顔を見つめている。
 まるでどうして飛行機が空を飛んでいるのか知りたがっている子供のようだ。
 あたしは、彼の両頬に手を伸ばした。

 火照った頬の熱が手のひらにじんわり広がる。そのまま見つめ合った。
「ぅ……?」
 悠馬が首を傾げた。それに合わせてシーツがずざりと乾いた衣擦れの音を立てる。

 今はキスさえしたくない気分だった。
 このまま二人見つめ合ったまま、眠れたなら、もうそれだけで満足なほどだ。

 なんとなく胸の内側がざわざわしている。このざわざわの正体をあたしは知っている。
 トラウマだ。前と同じ思いをしそうで、手が止まってしまう。
 頬に触れるぐらいで精いっぱいだ。

「水飲もうか、悠馬」
 あたしは悠馬の頬から手を離し、ベッドから降りた。
 裸足のまま、床に落ちていたリュックのところまで歩いていき、リュックサックの中にあるペットボトルを取り出す。
 キャップを開けて悠馬に渡すと、彼はそれを受け取って一口飲んだ。

「ちょっと落ち着いた?」
 悠馬はペットボトルをあたしに返しながら、こくりと頷いた。
「まだずくずくする? 身体」
「する、けど…さっきよりはまし」

 あたしはリュックにペットボトルをしまいながら、努めて明るい声で言った。
「今日は、おしまいにしよっか」
「れい…?」
「寝たらなんとかなるよ、きっと。そうだよ、媚薬って言ったって、ヤバい物飲んだ事には変わりないんだから安静にしてなきゃ」
「玲」

 あたしは床の上にリュックサックを放り投げた。どさりと音がして、それっきり部屋は一気に静かになった。
 何もかもが一切の動きを止めた。世界中の時が止まったのだと思うような一瞬だった。

 悠馬があたしをそっと後ろから抱きしめた。
「玲」
「……怖かったの」
 声が、震えてしまう。どうしてあたしが泣きそうになってるんだ。

「悠馬、初めてこういう事した時と、同じ顔してた…」
 怖い思いをして苦しむのはいつだって悠馬のほうなのに。

「怖いのと気持ちいいのがピークになって、頭の中がもうぐちゃぐちゃになってて、防衛本能で顔が笑っちゃってるの。だけど目が笑ってないの」

 初めてこういうことをした時もそうだった。
 あの表情になってすぐに、悠馬は高校時代のトラウマを思い出して、半狂乱になった。
 何度も何度も誰かに許しを請い、過呼吸寸前まで見えない何かを怖がった。

 悠馬はあの時、なだめようとしたあたしの手すら払いのけた。
 伸びてくる手の全てが、彼にとって脅威だった。
 震えが止まらないのに、抱きしめられる事すら恐ろしくて、必死で自分の腕で自分を抱きしめるしかない悠馬の姿は、あまりにもむごかった。

「戻ろう、今からでも世間一般の普通に戻ろうよ。男の人が上で女の人が下で。それがいいじゃんか」
 そう言うと、悠馬があたしから腕を離して、あたしの正面に回り込んだ。

「なんでそんな事言うんだ」
 まっすぐな目で追及してくる悠馬を直視できなくて、あたしは顔を逸らした。

「そっちの方がいいじゃんか。人体の構造から考えたって、世間体から考えたってそっちの方が普通だよ」
「普通って何がだ。普通が良いのか。今までの俺たちが普通じゃなくて、異常だったって言いたいのか」

 悠馬があたしの肩を掴んだ。だけど、あたしはまだ悠馬の方を見る事ができない。
「どの線引きで異常って言いたいんだ。俺が今まで玲に抱かれた事が、全部おかしい事だって言いたいのか。冗談じゃない」

 悠馬が無理やりあたしの顔を正面に向けた。
 声の調子からして怒っているのかと思ったが、悠馬の表情は全く違った。
 困惑しているようにも見えた。あたしに縋っているような目をしていた。

「玲は、俺を抱きたくないのか。本心から普通に戻ろうって言ってるのか」
「……だって、だって」
 目の端に溜まった涙が視界を歪める。悠馬の顔がちゃんと見えない。

「大好きだから……。大好きだから、悠馬の事、抱きたいし、可愛い顔いっぱい見たいし、いっぱい気持ちよくさせたげたいよ。だけど、悠馬に怖い思いさせてまで、エゴは通したくない。また、こういう事してる最中に悠馬が昔の事を思い出したら、あたし、たぶんもう悠馬の事、抱けないよ……。でも、そんなのやだ……」

 自分が支離滅裂で、とてつもなくワガママな事を言っている事が嫌で嫌でたまらない。

 悠馬があたしの涙を指で拭った。やっと、悠馬の表情がちゃんと見えるようになった。
 彼は、さっきよりも優しい顔をしていた。
「俺の事を抱くのが、辛い?」
「……辛くない。悠馬の可愛い顔が見れるから、好きだよ。でも、たまに、こんな風にどうしようもなく怖くなる」

 自分の手を見降ろすと、震えていた。
 固く握りしめて、開いて、また握りしめて、開いて、震えを逃そうとするけれど、おさまらない。
 見かねた悠馬が、あたしの手を握った。

「ごめん。怖い思いさせて」
 悠馬が謝る事なんか何もない。
 そう言いたいけれど、口を開いたら泣いてしまいそうで、あたしはぶんぶん首を横に振った。

「でも、社会科教室でされた事を忘れるのも、トラウマを完全に消すのも無理なんだ。多分なんだけど、抱いても抱かれても、思い出す時は思い出してしまう。これから先も、もしかしたら思い出して発作を起こす時があるかもしれない。それで玲を悲しい気持ちにさせたり、苦しめたりしてしまう事があると思う」

 悠馬は、困ったように眉を下げて笑った。
「今でも、トラウマでしんどい思い事をする時はあるからな。特に男の人と二人きりで個室にいたら吐き気がする。バイトの休憩室なんか大変なんだぞ。ハゲ頭の店長とでも、吐き気が止まらないんだから」

 悠馬はそう冗談めかして話した。だけど、あたしの手を握る悠馬の手は少し震えていた。
 あたしの知らないところで、彼はどれだけトラウマに苦しめられてきたんだろう。
 想像してあげる事しかできないのが、もどかしい。あたしが、代わりになれたなら。

「でも仕方ないんだ。トラウマとはもう一生付き合っていくしかないと思ってる。例え、あの男が土下座してきたって許せないし、トラウマが消えるわけじゃないから」

 あたしは知っている。
 人が冗談めかして話す時は、皮肉を言う時か、何かをごまかしている時か、面白い話をしようとしている時だって。
 そして、皮肉も言わずストレートに怒るこの堅物な男が、冗談めかして話す時は、何かをごまかしている時一択である事も。

 そしてごまかしている「何か」が、「恐怖」である事も。

 あたしは、ありったけの力で悠馬の身体をベッドに押し倒した。彼はびっくりしたような顔で、こちらを見つめている。

 あたしも、自分でこんな力が出るとは思わなかった。そして気づいてしまった。
 自分がどうしようもなく怒っている事に。

 彼を怖い目に合わせた男に、彼を救わなかった全ての人に、恐怖をごまかし続ける彼自身に、そして何より悠馬に恐怖をごまかし続けさせてしまった自分自身に。

「言って」
 頬を涙が滑り落ちていく。

「怖いって、素直に言って」

 滑り落ちた涙が、悠馬の頬にぽつりと当たって弾ける。悠馬の顔から一切の表情が消えた。

「怖いの、誤魔化さないで…」

 怖い思いをさせたくない。それすらも、あたしのエゴでしかなかった。
 あたしは怖がる悠馬の姿を見たくなかっただけだ。
 悠馬はあの日から今まで、そしてこれからもずっとトラウマと一緒に生きていかなければいけないのに。

 悠馬が腕を伸ばしてきた。あたしは彼の手を取って、自分の背中へ回させた。

「怖い」

 悠馬は、ぽつりとつぶやいた。唇が震えていた。泣くのを堪えているようにも見えた。

「怖い事、全部忘れたい」
「うん」
「だから、怖い思い出の餌食になる前に、あなたの餌食にして」

 悠馬の腕があたしの身体に絡みついてくる。抱き寄せられて、顔が近付く。
 今、きっと世界にはあたしと彼しかいないのだと、そう錯覚するほどに近く。

 互いの吐息しか聞こえなくて、互いの瞳の奥しか見えなくて、互いの体温しか感じない。

「全部忘れさせてほしい……」
 瞬きを一つすると、悠馬の目から涙が零れ落ちた。

「二度と普通に戻ろうなんて言わないで」
「……ごめん」
「俺が怖がっても、何度でも抱いて。ワガママだって自分でもわかってる。でも、愛してる人と肌を重ねる事は、涙が出るくらい幸せなんだって、身体に教え込んでくれなきゃ嫌だ。玲じゃなきゃ、嫌」
 
 彼の顔がぐしゃりと歪む。
「…お願い、早く来て」

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

神原だいず / 豆腐屋 2024/07/04 19:00

【再掲 / 玲と悠馬⑨】Embrasse-moi

 これぞ、最高の昼下がりと言うべきではないか…?

 部屋の中には、ページがめくれるかすれた音と、扇風機のファンが立てる間抜けなふぉおおおーん…という音だけしかない。
 おそらく外では猛威を振るう日差しも、窓とカーテンをすり抜けてしまえば、部屋の中では牙が抜けて柔らかなものに変わる。

 悠馬はフローリングの上に寝っ転がって、あたしは悠馬のお腹の上に頭をのっけて、二人で傍らに積んだマンガを延々と読み続けている。
 
 時間を贅沢に消費しているこの感覚がたまらない。
 映画鑑賞会もそうだが、あたしは悠馬とこういう風に、同じ作品を共有して楽しむ事が大好きなのかもしれない。
 あたしは読み終えた7巻目をパタンと閉じて8巻目に手を伸ばそうとした。

 しかし、傍らに積んだ山の一番上は9巻目だった。
 寝っ転がったまま、右側をちらりと見ると、8巻目は悠馬の手元にあった。

「ゆうまぁ」
 悠馬は漫画から顔を上げずに「ん」と生返事をする。
「7巻終わった」
「ん」
 その後、何か言うのかと思って待っていたが悠馬は何も言わない。

「8巻まだ読み終わらない?」
 悠馬の目は漫画を必死に見つめている。
 紙面を隅から隅まで見渡しているのか、ビー玉のように2つの黒目がころりころりと動く。
 返事はない。

「悠馬」
 少し大きめの声でもう一度悠馬を呼ぶ。
「ん?」
 語尾が上がっているから、これは疑問形なのだろう。
 「何?」程度のつもりだろうか。相変わらず彼は顔を上げてくれない。

「8巻まだ読み終わらない?」
「ん」

 起き上がって悠馬の方をじっと見る。
 あたしのこのじとりとした視線に、微塵も気づいてくれそうにないようだ。
 8巻も読めなければ、悠馬もこっちを見てくれない。なんだかちょっぴり面白くない。
 あたしは良い事を思い付いた。
 ちょっかいをかけたら、少なくともこっちを見てくれるはずだ。我ながら名案。
 悠馬の脇腹を、1回つんっとつついてみる。

 しかし、反応はない。相変わらず悠馬は、ページをめくり漫画を読み続けている。
 もう一度、つついてみる。やっぱり反応はない。
 さらに、続けて2回つんつん、とつついてみる。

 いつもなら、くすぐったがったり、笑い声を漏らしたりするのに、今日は一切何も反応を示してくれない。
 今度は、漫画の表紙をつかんでいる節くれだった指にそっと右手を這わせてみる。
 相変わらず彼は綺麗な手をしている。しかし、綺麗な手の主はやっぱり反応してくれない。

 もう、ここまでくるとわざと無視しているんじゃないか? 
 キスの一つでもすれば、こちらを見るくらいはしてくれるだろうか。
 あたしは右手を這わせた手と反対側の手に、触れるか触れないかくらいのキスを落とす。

 すると悠馬がようやくこちらを見た。じろり、と鋭い目つきで。
「今、いいとこなんだからあとにしろ」
 それだけ言ってまた目を漫画に戻してしまった。
 あたしは、悠馬の不機嫌そうに寄せた眉間を凝視した。

 「あとにしろ」だって? つれない反応だ。
 しかし、あたしだってこの程度でめげる女ではないのだ。
 生粋の恥ずかしがり屋かつ素直じゃないこの男と付き合っていくには、時に少々強引に事を進めなくてはいけない。

 あたしは、悠馬が読んでいる8巻を引っ掴んで、取り上げた。
「あっ。おい、返せ」
 不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、悠馬がこちらを睨んでくる。
 それ、たぶん世間一般だと恋人に向ける表情じゃないとあたしは思う。
 理不尽なクレーマーに当たった後の休憩室とか、無礼な振る舞いをしてくる他人に対する表情で、仮にも好き合っている彼女に向ける表情では絶対ない。

 しかし、このあたしは、これしきでめげる女ではないのだ。

「あたしに好きって言ってくれたら返す」
 さあー、どうだ! 
 これなら恥ずかしがって、可愛い真っ赤な顔を見せてくれるだろう。
 期待を込めた目で彼を見たが

「愛してる」

 その期待は、一瞬にして崩れ去った。
 悠馬は真正面からあたしの目を見据え、ぴくりと表情も変えずに、言い切った。

 まさか愛してるとまで言われるとは思っていなかったので、あたしは手から漫画を取り落とした。
 悠馬は何も言わず、そそくさと漫画を取り返し、再び作品の世界に没入し始めてしまった。

 あたしは、がっくりと崩れ落ちた。
 しっかりしろ、あたしは、これしきでめげる女ではない。ないはずだ。
 ないと言いたいが、ちょっとどうにも頬が熱くて考えがまとまらない。

 あたしから悠馬に対して、「好き」とか「可愛い」とか言う事はたくさんあっても、悠馬からあたしへ愛情表現をしてくれる事はそう多くない。
 さっきも言ったけど、この男は恥ずかしがり屋かつ素直じゃないから。

 そのくせ(それゆえ?)、時々とんでもないほど重い一撃を放ってくる事がある。
 しかも、全くもって予想していないタイミングで。

 そりゃ、恋人どうし「愛してる」ぐらい言われた事はある。
 でも、前言われた時は頬にキスされた後で顔がよく見えなかった。
 今回は真正面からだ。だめだ、言い訳が多い。

 はっきり言おう。完全に今の一撃に、あたしはやられてしまったようだ。

 だってさっきから、心臓の音がこんなにもうるさい。
 猛暑から逃れて部屋の中に避難しているのに、どうしてこんなに体の内側が熱いんだろうか。

 ていうか、この男は言いっぱなしで何もしてくれないうえに、フォローも無いのか? 
 と愛してると言ってもらったくせに、贅沢にもあたしは悠馬を睨んだ。
 しかし、すぐさまあたしは表情を緩める事になった。

「君、顔、真っ赤じゃん…」
 悠馬は耳まで真っ赤にしながら漫画を握りしめていた。
 絶対、もう内容は頭に入っていない。

「うるさい、黙れ、玲の方がよっぽど真っ赤だ」
 そういいながら、彼は赤くなった顔を隠すように、漫画を顔に近づけた。

 あたしはまたしても彼の手から漫画を取り上げた。
「もう、返せったら!」
 悠馬は手を振り回して漫画を取り返そうとしてくるので、あたしは8巻を部屋の隅に放り投げた。
「俺のだぞ、おま、え…」
 吹っ飛んでいく8巻の方を見ながら怒る悠馬の赤くなった頬を両手で挟むと、彼はたちまち大人しくなった。
 二人して、タコみたいに顔を真っ赤にして見つめ合っているこの光景がどんなに滑稽か。

 眼鏡の奥、悠馬の黒い目がぐらぐら揺れている。
 あたしの頭の奥でも思考がぐらぐら揺れている。
 ここからどうするか、何にも考えてなかった。キスしようにも、ちょっと恥ずかしすぎてできそうにない。

 そもそもなんで、あたしは8巻を放り投げて悠馬と見つめ合おうとしたのか。自殺行為に等しいじゃないか。
 いけない、変な汗出て来た気がする。どうしよう…。そう思った次の瞬間だった。


 悠馬は、あたしがしているのと同じように、あたしの頬を両手で挟んで顔を近づけて来た。
 必然的に、唇が重なる。


 キスと呼ぶにはあまりに可愛らしすぎた。
 一瞬だけ、そっと触れ合った程度。
 触れ合ったところから全身に電流が走ったように、二人は体を引き離す。

 あたしは、心臓の上を手で押さえながら必死で深呼吸をした。
 落ち着かなくては。
 とりあえず、この火照りをどうにかして覚まさなくては。
 顔を上げると、悠馬も同じように深呼吸を繰り返していた。

 ばちりと目が合うと、二人してまた慌てて逸らす。
 どうしてだ。
 いつももっとすごい事してるのに、なんで軽くキスした程度でこんなに恥ずかしいんだ。どうしたらいいんだ。 

 頭を抱えているうちに、あたしは急になんだかおかしくなってきてしまった。
 ふへ、と口角がゆるむ。
 それを境に、じわじわと口角が上がっていく。だめだ、どうにも抑えられそうにない。
 人間あまりにも恥ずかしくなると、もはや面白くなってくるのだな、といらない見地を手に入れた。

 あたしはついにこらえきれなくなって、吹き出してしまった。

 急に笑い出したあたしを見て悠馬がぎょっとした顔でこちらを見て来る。
「な、なんで笑って…どうした…」
 頭がおかしくなったと思ったのか、悠馬が眉を下げて困ったような顔をした。
 あたしは構わずひとしきり笑い続けた。

 やっと落ち着いて、指先で涙を拭いながらあたしは言った。
「ちゅ、中学生じゃあるまいし…。キスどころか、目が合っただけで照れて逸らすなんて、付き合う前にもなかった事だよ。はあ、おかしい」

 悠馬は、頭をかきながら「…付き合う前はしょっちゅう喧嘩してたからな」とつぶやいた。

「だいたい悠馬が先に怒り出すんだよね」
「ちょっかいをかけてくるのはいつもお前からだった」
「懐かしいね。こうやって、しょっちゅう言い合って、うるさいって先生にも怒られてさ」
「ほんとに迷惑だったんだからな。俺はいまだに数学の先生に怒られた時の事、忘れてないぞ」
 そう言いつつも悠馬は笑っていた。

 あたしは、彼のその表情を見て、胸の内側がじんわりと熱くなるのを感じた。
 だけど、その熱の正体がさっきと違う事になんとなく気づいていた。

「愛してるよ、悠馬」
 その言葉が自然と口をついて出た。
「……ありがとう、俺も愛してる」
 悠馬は今度も目を逸らさなかった。

 自分の心の内を見せる事が得意じゃなくて、それでもあたしへの思いはストレートにぶつけてくれるこの男の事が、あたしはどうにも好きでたまらない。

 あたしは悠馬の服の裾を引っ張った。
 言葉はいらなかった。悠馬は目を閉じた。
 二人の距離がまた0になる。

 唇を離そうとすると、今度は悠馬があたしの服の裾を引っ張った。
 あたしは彼を抱きしめて、また唇を重ねた。
 何度も、何度も。
 自らの胸の奥にある熱を、口移しで彼に流し込む。


 たくさん辛い思いをした彼の胸の内が、この先いつまでも穏やかでありますように。

 そう祈りながら。

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

神原だいず / 豆腐屋 2024/07/03 19:01

【再掲 / 玲と悠馬⑧】酔いが回って

 全力で問いたい。
 一体何なのだ、この状況は。
 なんで悠馬にベッドに押し倒されているのだ。
 これじゃいつもと逆だ。
 いや、押し倒されたというような色気もない。
 クッションも巻き込んでベッドにタックルされたかのようなこの雑多さは、一体何なのだ。

「なんで、かまってくれないの!玲、おれの事きらいなの?」
 キスしようと悠馬が顔を近づけてくるので、手のひらで頬を押し返した。
「いや、嫌いとかじゃなくて、君べろべろに酔っぱらってるじゃん…」

 事の発端は30分前、私のスマホに突然悠馬から意味不明の怪文が送られてきた事から始まる。

『えいはうまそこみおりに?』
「え、急にスマホ壊れた…?」
 お風呂上りで体がほこほこ、なんだかいい気分。
 ベッドに寝転がりながらだらだらとスマホをいじっていた。
 すると、急に悠馬から一切意味の分からない文が送信されてきたのだ。

 スマホを何度かたたいてみるが、特に変化はない。
 再起動してみても全然メッセージの文面に変化はない。
 あれこれ試しているとポシュッと軽い着信音がして、友人から
『来週って語学のテストあったよね?』
 と、普通に意味が通る文が送られてきた。

 ということは、悠馬の文はスマホのバグなどではなく、悠馬のスマホから送られた文章そのままなのだろう。
 余計意味がわからなくなってしまったが。
「えいは、うま、そこ、みおりに?エイ?海で泳いでるあのエイ?うまは馬?そこって、ど、どこよ…?」
 みおりに?に至ってはもう推測しようもない。

 もしかして。
 小説やドラマで恋人や友人から怪文が送られてくるという時は、きわめて危険な状況に巻き込まれている。
 悠馬も必死にメッセージを残そうとしたのかも。これは暗号なのかも。

 真剣に考えなくては、と思ってカバンからルーズリーフと筆箱を取り出した瞬間。

 ピリリリリリ、ピリリリリリ。
 着信だ。それも悠馬から。

「はい、もしも」
「うわっ!三河ちゃんじゃん!久しぶりー!覚えてるー?俺の事」
 言い終わらないうちにテンション高めの声が聞こえてくる。
 このスピード感、声のトーンはもしや。

「浅尾くん?」
「えっ、覚えててくれたの!まじで嬉しい!」
「いや、だって全然変わってないもん、しゃべり方。浅尾くん、相変わらずうるさいよね」
 高校生の時から本当に変わっていない。
 いつも、クラスの中心でよく笑いよくはしゃぎよく怒られていたうるさい、否、元気がいい男の子だった。

「いや、辛辣すぎじゃね?」
「…さお、要件言わな…と…」
 浅尾くんの声の後ろで、これまた聞き覚えのある声がする。

「え、阿波崎くんもいるの?」
 しばしの空白があって、電話の声の主が変わった。

「三河さん、久しぶり」
「うわあー、久しぶり!元気してた?」
 阿波崎くんも変わってない。
 浅尾くんと正反対で大人しくて真面目だったけど、あまりにも正反対すぎて逆に話が合うのか、浅尾くんとよく仲良くしていた。
 高校3年のクラスで阿波崎くんと仲が良かった悠馬は、彼を通じて浅尾くんとも知り合い、仲良くしていた。

 ぶっきらぼうな悠馬と、穏やかな阿波崎くんと、にぎやかな浅尾くんの3人組は、クラスのみんなからは不思議な組み合わせだと思われていたみたいだけど。

「元気だよ。ごめんね、急に電話かけちゃって。今、渡の携帯からかけてるんだけど」
「うん、悠馬に何かあったの?」

「いや、それがね。僕と浅尾が夏休みに旅行でここの近くに来たもんだから、渡と3人で遊んでご飯食べに行ったんだけど…」
「うんうん」


「…ってわけで」
「ごめんなさい!!今すぐ、馬鹿悠馬を迎えに行きます!」

 お風呂上り、ほぼスッピン部屋着のままでマンションを飛び出し、電車に飛び乗った。


 事の経緯はこうだ。

 浅尾くんと阿波崎くんと悠馬は一緒に遊びに行ったあと、晩ご飯を食べに行った。
 悠馬はお酒が全く飲めないので、ソフトドリンクを頼み、阿波崎くんと浅尾くんはお酒を頼んでいた。
 全員で2杯目を頼んだ時に、事件は起こった。
 店員さんが、ソフトドリンクとアルコールを間違えて渡したのである。
 運が悪いことに、ジュースの色とアルコールの色がそっくりで見分けがつかなかった。

 そして悠馬は、阿波崎くんが頼んでいたお酒をジュースだと勘違いして飲んでしまい、完全に酔っぱらってしまったのだという。
 酔っぱらった悠馬は本当にたちが悪い。いつもの5倍くらいたちが悪い。
 私はお酒が飲めるから一度、映画鑑賞会の時にお酒を持って行ったことがあるのだが、悠馬がべろっべろに酔ってしまったので、それ以降二度と悠馬とお酒は飲まないと誓った。


 連絡を受けた店の前に着くと、ひらひらと浅尾くんが手を振っていた。
 阿波崎くんの肩にぐったりと悠馬がもたれかかっている。

「ほ、本当にごめんね…!」
 息を切らしながら彼らのもとに走り寄る。
「いや、大丈夫だよ。というか、こればっかりはどうしようもないよ」
「とりあえず、渡の家までタクシーで行こうぜ。三河ちゃん、案内よろしく」

 タクシーに悠馬を詰め込み、悠馬の家へと向かっている道中だった。
「…いや、でも三河さんと渡が仲良さそうにしてて僕、安心したな」
 タクシーの中で阿波崎くんがしみじみとつぶやく。

「ほんとそれ!渡、酔っぱらってから三河ちゃんの話しかしねぇし」
 助手席に座っていた浅尾くんも振り返って悠馬を指さしながら言う。
「いいじゃーん、愛し合ってるねー!」
「ほんとに浅尾くん、うるさいままだね」
「おま、ほんと辛辣だな!照れてんだろ!」
 別に照れてない。ちょっと嬉しかったな、とか全く思ってませんから。ええ。

「いや、浅尾くんと阿波崎くんこそどうなの?どうせ、今も仲良くお付き合いしてるんでしょ?」
 阿波崎くんの顔を覗き込むと、彼は照れもせずに
「うん、今も付き合ってるよ。僕は浅尾の事、大好きだな」
 と言い放った。

「だってよー、浅尾君」
「ねえねえ、なんとか言ってよ、浅尾ー」
 二人してニヤニヤと浅尾君をからかったが、彼は真っ赤になって何も言わなくなってしまった。
「浅尾、恥ずかしくなったら急に静かになるよね。かわいい」
「…だって、急に、言うから」
 付き合うまでも付き合ってからも、いろいろな事があって、悠馬と一緒に彼らの悩みを聞いたりした事もあった。
 時には、二人とも泣くほど思い詰めている時があった。
 だけど、今、二人が幸せそうに笑っているから、私はなんだかとっても嬉しい。

 悠馬をマンションの部屋に放り込んだあと、2人はホテルへ帰って行った。
「悪い、俺たち明日には帰るから今日はホテルに戻るわ」
「ほんとごめんね」
「いやいや、こっちこそほんと悠馬が迷惑かけちゃって、ごめんね」
 またこっちに来る時は連絡してね、と言って2人と別れた。

 …さて。
 このベッドでのびてる悠馬をどうにかしないと。
 ぴくりとも動かないけれど、死んでいやしないだろうか…。

 心なしかほっぺがいつもより赤い気がする。
 悠馬の顔に耳を近づけると、すうすうと寝息らしきものが聞こえたので、どうやら死んではいないらしい。
 メガネを取ってあげよう。寝返りした時に割れたら危ない。
 起こさないようにそっとそっと、メガネのつるに手をかけた瞬間だった。

 天地がひっくり返った。
「…玲ぃい…好き…」
 えへ、とだらしない笑みを浮かべる悠馬が私の上に覆いかぶさっているではないか。

 そして冒頭に戻るわけである。
「んんんんーーー!」
「だから今日はだめだってば。酔ってるでしょ」
 悠馬はほっぺを膨らませて拗ねた。

「なんで!いつもは強引にしてくるくせに!なんで俺が甘えた時はだめなの!」
 ぽかぽかと肩をグーでたたかれる。地味に痛い。
「だから、あなためちゃくちゃ酔ってるじゃんか…大人しくしてください」
「酔ってるとか関係ない!」

 悠馬が私の肩にしなだれかかってきた。
 私にだけ効果があるフェロモンでも出てるのか知らないけど、ものすごく甘い香りがする。
「かまって、ねえ、お願い…。素面じゃ、はずかしくてこんなこと、できないもん…」
 ほーう。そういう事言っちゃうか。必死で突き放して我慢してあげてたのにな。

「えい」
「あっ」
 私に覆いかぶさっている悠馬の脇腹にぎゅっとしがみつく。
 そのまま、壁側にぐるりと回転するとあら不思議。形勢逆転だ。
 おでこと頬に何回もキスを落とす。
「さて、これで満足かね、悠馬さん」

「…う…」
 なんだ、その顔は。
 めちゃくちゃ嬉しそうな顔してるじゃないか、その顔はなんですか?
 口角が上がっているよ、おでこをおててで押さえてるよ、ほっぺが真っ赤っかだよ、なにこの可愛い生き物。

「うれしい…」
 悠馬を酔わせてみれば、理性大決壊の音がする。
「覚悟しなさいよ、悠馬…」
 さんざん煽っておいて、無事に済むと思わないことね。


「ひっ、はうぅ…っ、んぅう、み、みみ、も、なめないでぇ…」
 悠馬は耳も絶対に弱いとは思っていたけど、実はきちんと虐めてあげた事がなかった。
 しかし、こんなに気持ちよさそうな声を出すなら、もっと早くに開発してあげればよかった。

「んっ、や、あ、…うぅう」
 右の耳たぶを食みながら、舌でじゅっ、と吸い上げた。
 左は耳の後ろや、耳穴のあたりをくるくると人差し指で触れるか触れないかくらいで、撫でてあげる。

「ひ、ぅう、ゃ、はう、んぅう…」
 必死で私の手を押しのけようとしているが、全く力が入らないらしい。
 手首を持っているだけになっている。

 耳の外側をゆっくり舌で舐め上げると、悠馬が体をよじらせて喘いだ。
「んんんぅ、それ、や…」
「あら、これが好きなんだね」
 もう一度、ゆっくり舐め上げ、折れ目の部分を舌でちゅるちゅると刺激する。

「ひっ、や、あぁ、みみ、や、やだ、あぁあん…」
 執拗に舐めていると、悠馬の声がどんどん熱を帯びていく。
 酔っているからか知らないが、いつもよりスイッチが入るのが早い気がしてきた。
 今日、ものすごい可愛い顔が見られるかもしれない。
 ちょっとだけ期待で胸がわくわくしてきた。

「ふーーっ」
「ひぅうう!?」
 息を唐突に耳に吹きかけると、悠馬はより一層高い声で鳴いた。
 よほど驚いたのか、目をキョロキョロさせている。

「へへ、かわいい…悠馬、もっと耳の奥まで犯したげようか」
「うぅ、う…」
 迷ってる迷ってる。素直に言うのが恥ずかしくて迷ってる。全然こっち見てくれない。

 お、目が合った。

「して…?」
 首かしげちゃうのまでワンセットなのが控えめに言って可愛すぎるな。
 私の彼氏、すごいな。
 これは全人類が平伏すレベルの可愛さだと思うし、なんなら自主的に平伏してほしい。

「いいよ」
 耳穴の周りを一周、れろっ、と舐め上げる。
「ひっ…」
「まだ、入り口だよ」
 もう一度、舐める。もう一度。
 少しずつ感覚を狭めていき、れろれろ、くちゅくちゅ、と音がするまで耳穴付近を虐め続ける。

「んはぁあ♡んっ、んぅう…」
 内ももどうしをすり合わせているのが視界の端に見える。
 きっと下着は少しずつ愛液でじっとりと濡れ始めているころだろう。まだ触ってあげないけども。
 わざと音を立てながら舐め続ける。
 時折、耳の穴の中に舌を割り入れると悠馬の体が一層大きく跳ねた。

「ぁあ、う、ぅうう、んん、ん♡」
 少しずつ耳の中に舌を進めていく。最初は浅くちろちろと素早く出し入れを繰り返した。
「んぅ、ひっ、あぁ、そ、それ…ぁ、ああ♡」
 悠馬が逃げようとするので、頬に手を添えてぐっ、と口元に近づけた。
 今度はゆっくり、奥深くまで舌を入れ、ぬろろっ、と引き抜く。

「んんんんぅう…」
 もう一度、ゆっくりゆっくり奥深くまで舌をねじこみ
「ひうぅう…んっ」
 またゆっくりゆっくり引き抜く。
「ぁ、や、やぁああ♡」

 これを何回も何回も繰り返す。
「悠馬、腰揺れてるね」
「…っだ、だってぇ…んんんっ」
 悠馬の腰がいやらしく揺れている。
 着衣でもこの色気なのに、脱がせたらもう我慢が効かないかもしれない。
「だめでしょ、耳だけでそんな色っぽい声出して腰揺らしてちゃ」

 ジーンズの上から悠馬のペニスをそっと撫でた。
「んっ、んぅ」
「まだズボンの上からしか触ってあげない」
 何度も軽く上下に撫でているだけなのに、悠馬はたちまち息を荒くして喘いでいる。
「ひ、ひぁ…っんんぅ、や、ぁ…っ!」

 やたら気持ちよさそうにしているので、耳を虐めるのも再開してあげると、悠馬はさっきよりも激しく身をよじりだした。
「んぅうう、はぁ…っ、ぁ、あ、ああ。れ、れいぃ…あ、だめ、いっぺんに、あ♡だめぇ…」
 少しずつ舌を抜き入れするスピードを速めていく。
 耳元からちゅこちゅこと、さらにいやらしい音がする。

「悠馬は、耳犯されてこんなに感じちゃうんだね」
「ぅ、ぅううん、はうぅ、や、ぁあああ、ひぁあっ♡」
 ちゅぐちゅぐちゅぐ、ぐちゃ、ちゅこ、ちゅく、水音がどんどん悠馬の脳を支配していく。

「脳まで犯してあげようか」
 手近にあったタオルを悠馬の目元に巻き付けて、視界を奪った。
 そして一気に耳の奥まで舌を割り入れ、できる限り早いスピードで悠馬の耳を○す。

 悠馬が口端から唾液を垂れ流しながら喘ぐ。
「ぁあああっ、こ、これ、だめ、ら、らめ、や、脳みそおかされちゃ、うっ…♡」
 ほんとに虐め甲斐があるな。
 ここまでぐずぐずに感じてくれるのは嬉しい反面、ほんといつも心配になってしまう。
 たまに突然ねっとり、ゆっくり舐めてあげると、折れるのではないだろうかと思うほど腰が跳ね上がる。

「ぁ、あ、あ、あ、あぁああ♡んんんっ、も、らめ、おかしくなる…っ、めかくし、とって、や、これ、らめ…」
 ついに悠馬の呂律が回らなくなってくる。
 ジーンズのチャックを下ろすと、すでに下着は濡れそぼっていた。
 やっぱりそうだ、今日、やたら感度が良すぎる…。
 目隠しされているのも相まって余計に感じているのだろうか。

 耳を犯し続けたまま、ふにふにと下着の上から悠馬の中心を刺激する。
「ひぐっ、ひぁ、ぁああ、んんっ」
「下着、めちゃくちゃ濡れてるね。気持ちよくて先走りいっぱい出しちゃったの?」
「んんんぅうーー…っ、ひっ、あぁ、う」
「答えて」
 悠馬のペニスをぎゅっと握る。

「ひうぅ!」
「答えてよ、ねえ」
「ぁ、ぁうう…きもち、くて、あ、う、いっ、ぱいでちゃ、でちゃったの…っあ、あぁ♡」
 だめだ、可愛すぎてもうどうにもできない。
 ちゃんと言えたご褒美に、キスをしてあげよう。

 口の中に舌を割り込ませると悠馬の熱い舌が必死に追いかけてきてくれる。
 よっぽど嬉しいのだろうか、なかなか離してくれない。
「ぅ、ふぅ…んっ」
 本当に可愛い。
 キスをしながら、下着の上からまた虐めると、悠馬の体は気持ちいいところをかすめる度に、びくびくと跳ねている。

 ちゅぱっ、と音がして二人の唇がやっと離れた。
「はふ…っ、ふ、う…も、おねがい、も、ちょくせつ、さわって、おねがい…」

 この声は本当にずるい。
 いつもの低くて落ち着いた声はどこへやら。
 ただでさえ、普段から悠馬のお願いなら何でも聞きたいと思っているのに。
 そんな切なそうに上ずった声で強請られたら、断る理由なんかどこにもない。
「いいよ」
 だから、無意識のうちに許してしまう。

 悠馬の下着をずり下ろしていく。
 直接、そっと優しく触れるとそれだけで悠馬は口元を抑えて声を我慢しようとしている。
「触っただけだよ…?」
「んぅ、だ、だって、みえないから…」
 ぬるっ、と上に手を滑らせる。
「んんんぅう」
 次は下に。
「ひぁぁあ」
 もう一回。また上に、下に。

 ぬるぬると手を滑らせて刺激すると悠馬はまた私の手首をつかんだ。
「や、はや、はやい…だめ、い、いっちゃ…」
「何言ってんの、1回イったくらいでやめたりしないから安心してよ」
 ぬちゃぬちゃといやらしい音が部屋を支配する。
 悠馬は体を弓なりに反らせて必死に快感を逃そうとしているが、もう限界が近いようだ。

「だ、だめ、い、いく、いっ、ちゃう…ぅう♡あぁああああん♡♡」
 大きくびくんっ、と悠馬の体が跳ねたあと、白濁がどくどくとあふれ出してくる。
「ぁ、ぁぁあ…っ、はう」
 そのまま間髪入れずに片手で先っぽをひっかいて、もう片手で上下にぬるぬると刺激すると悠馬はさらに乱れた。
「えっ、やっ、なに、なにしてるの、まって!ぁっ、ぁああ、ひうあ、やっ…」
「待ちません」
「ぁああ、やぁあん♡いま、い、いっ、いったからぁあ♡いま、だめ、らめ、い、いじっちゃ、あぁ、さきっぽ、らめぇ、らめ、はうううう♡♡」
 悠馬は首を横にいやいやと駄々をこねる子どものように振り続ける。
「もっかい、イこうね、悠馬」
「や、やだああ、やだああああ♡あ、ま、また、またいっちゃ…!」
 ベッドの上でのたうちまわる悠馬はひどくいじらしい。
 どうしてこんなに嬲りたくなるのだろう。不思議な人だ。

 前髪は汗を吸ってペタリとおでこにくっついている。
 耳や首まで真っ赤にしながら、必死に歯を食いしばって快感に耐えている様は何というか非常に嗜虐心を煽るというか。
 目隠しの下の目はどうなっているんだろう。

「~~~っっ!!♡」
 2回目はあまりの快感に、もう声も出ないまま悠馬は果てた。
 白濁はさっきより多くないがそれでもびゅく、びゅく、と零れ落ちている。

「な、なんでぇぇ、おねが、て、もう、とめて…っ、も、いけない…いけないぃいっ」
「やだよ、止めない。だいたい、悠馬もう勃ってきてるよ」
「ひぁ、も、ぁ、だめ、だめ、おかしくなる、せめて、めかくしとって、きもちいいのいっぱいきちゃうから…っ」
 悠馬の体を起こし、後ろから抱きかかえるような形にする。

「わかったわかった。じゃあ最後にするから、悠馬が気持ちいとこ全部虐めてあげるね」
 耳を犯しながら、右手は乳首に、左手はペニスに持っていく。
「らめ、いっぺんは、ほんと、らめ、こわれる、こわれちゃ、こわれちゃうから…っ」
「でも悠馬、期待してるでしょう。気持ちいいところ全部いっぺんになじられて、頭おかしくなっちゃうくらい気持ちよくされる事、期待してるでしょ」

 悠馬は、少しだけ考え込んだあと、ゆっくりとうなずいた。
 顔が見れないのが残念だけど、きっとすごく虐めたくなる顔をしているから、見るのはやめておこう。

 乳首をひっかき、ペニスを上下にしごき、耳の奥深くまで舌で○す。
 一度に三か所も責められて、悠馬はたまらず体をよじらせて逃げようとした。

 だけど、逃がしてあげない。逃がすわけにはいかない。
 乳首を虐めている腕で悠馬の上半身をがっ、と抱き寄せ、自分の脚を外側から悠馬の脚に絡めて、ぐっと外に広げる。

「はあうううう、らめ、あぁああ、ぁん♡も、だめ、これ、きもちよすぎて…あ、あ、ひうう♡も、おかしくな、る…っ」
 先っぽを親指でぐりぐりと虐めると、悠馬は体をひくひくと震わせた。
「ん、ん、んんんんぅう♡も、だめ、や、きもぢ、ひぅうううう」

「…好きだよ」
「やっ、あぁ、~~~~~っっ♡♡」
 悠馬は最後にがくがくと体を震わせながら精を吐き出した。
 3回連続で出したからさすがに薄くなってはいたが、手にはてらてらと悠馬の愛液が張り付いている。
 悠馬はぜえぜえと息をしながら、私の肩にもたれかかってきた。
 体に全く力が入らないようだ。

「ごめん…虐めすぎた…」
 事が終わると、急に頭がさえてきた。
 どう考えても、酔っぱらいにやる所業ではなかった。
 思いっきりがっついてしまった…。
 翌朝、殺されるのではないだろうか。冷や汗が滝のように流れ落ちる。

「あ、そういえば目隠し…」
 慌てて彼の目隠しを取り、顔を覗き込むと、ぐずぐずにとろけた瞳と視線がかち合う。
 虐めてる最中に目隠しを外さなくて心底よかったと思った。
 
 気持ちよさで放心状態になって、さっきから微妙に焦点が合ってない感じがする。
 ビー玉のような丸い黒目がころころと動くその様の色っぽさ。可愛い。
 じっと眺めていると悠馬が口を開いた。
「もうだめ…」

「え?」
 悠馬がずるるる、と崩れ落ちた。

「え、うそ、悠馬!悠馬!悠馬―――!」


「確かに昨日酔っぱらって、阿波崎にも浅尾にも玲にも迷惑かけた。それは本当に悪かった。ごめん。あとでお詫びに何かする。だけど、どう考えてもお前もやりすぎだよな?なあ?」
「申し訳ございません…」
 翌日、案の定悠馬に死ぬほど怒られて、平謝りをする羽目になった。

「何かお詫びします…。何なら今からデートしようよ、最近行けてなかったしさ」
 悠馬はしばらく黙ったあと、立ち上がってすたすた歩いて行ってしまった。
 ううん、さすがに今回ばかりは本気で怒らせたかもしれない。
 どうしよう…と思案するもつかのま。

「何ぼおっとしてるんだ、早く準備しろよ」
「えっ」
「行くんだろ、デート」
「えっ」
「えってなんだ、玲が言ったんだろ」

 悠馬が振り返った。面食らっている私を見て、少し照れたように笑った。
「…阿波崎と浅尾見たら、俺だって玲とデートしたくなったんだよ、ほら早く」

 すさまじい衝撃波をまともに食らってしまった。
 心臓が死ぬほどバクバクする。
 これは、やはり惚れた方が負け。何でもお願いを聞いてあげたくなってしまう声だ。
「しよう、デート!私は映画館と水族館とゲームセンターと最近できた新しいカフェとショッピングモールに行きたい!」
「どれか一つにしなさい」

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

« 1 2 3 4

月別アーカイブ

記事を検索