プロローグ
─────あぁ、どうしてこうなってんだ...
俺は、頭の中で自問することしか出来なかった。
ゴツゴツとした岩肌の中に、一段と目立つ荘厳な扉。
塔の上へと続く階段と、それを封じる謎の透明な障壁。
その全ては、炎に燃やされ、斬撃に刻まれ、ボロボロの様相を呈していた。
「ったく、おい勇者御一行様よォ...こんなに暴れ散らかしてどうしちまったんだ」
俺はこれでも気を遣ったつもりで声をかける。
底辺を這う嫌われ者と大評判のシーフである俺は、ビクビクと怯えながら声を掛けるしか無いのだ。
しかし、返事は大変麗しい女剣士様の射殺すような視線だけだった。
一体何があったのか、俺には見当も付かない。
1つ、分かる事があるとすれば、勇者様方が暴れ出したのは階段を防ぐ様に浮いている障壁、そこに浮かぶ文字を見た時からだ。
後ろを着いていく事しか許されない俺にその文字を読む事は出来なかったが、よっぽど我慢ならないのだろうか。
その文字を見た瞬間、御一行は固まり、震え、360度に攻撃を加えたわけだ。(主に女剣士と女魔法使いが)
「え、えっと...ドリーグさn「おい、シーフ!少しの間遠くに離れていろ!チームでの相談だ」
チッ...このクソッタレた冒険の唯一の癒し、女僧侶様の声を女剣士が遮りやがった。
イライラは募るが、力で隔絶した差を付けられている俺は従うしか無い。
障壁付近に固まっている御一行から離れ、反対の扉付近で腰を下ろす。
「しっかし、すげえ扉だぜこりゃあ...」
流石はSランクダンジョン、扉まで規模が違う。
意匠や大きさは然ることながら、1番の特徴は"何があっても壊れない"事だ。あれだけボコボコにされようが壊れてない事が証拠。
驚くべき事に、俺達はダンジョンに閉じ込められたらしい。入って来たばかりの扉が閉じたっきりどんな攻撃を与えても開きも壊れもしない。
これでも何百何千とダンジョンを踏破してきたんだが、こりゃ一体──────「おいシーフ!戻って来い!」
その大声が聞こえた瞬間、思考は途切れる。
ったく、もうこの扱いにも慣れたつもりでいたが、イラつくものはイラつくらしい。
舌打ちを1つ、渋々御一行の元へ戻る。
ここで、俺は漸くもう1つの異変に気付いた。
────勇者パーティの全員の顔が、異様に赤いのだ。羞恥、困惑、屈辱に塗れていた。
「あはは、これは流石にちょっと、恥ずかしいな...」
そう呟いたのは我らがリーダー、女勇者。今この状況に恥ずかしい要素は何一つない。
俺はシーフだ。空気を読み取る力は人一倍ある。しかし、例え冒険者でなかろうと、今の異常な空気は分かるだろう。
何が起きている....
「おいシーフ、お前はこのダンジョンを出たら絶対に殺してやる!くそ、なんでこんな...」
普段なら、殺すなんて言われればカチンと来るものだが、今はなんとも思わなかった。なぜなら女剣士が顔を真っ赤にして声を震わせていたからだ。
「ダメだよアリシア。これは彼のせいじゃないんだ。理由もなく命を奪っちゃいけないよ。それに...」
割り込んで話してきたのは、勇者。
顔は赤いままだが、瞳には強い意志と決意が現れていた。
「ボクが最初にやるからさ、ね?」
瞬間、目に映ったのは、スカートの中のスパッツを膝下まで下ろした女勇者の姿。
鎧とスカートが一体化したような装備を着ている勇者がスパッツをおろせば、その下に残るのはもう、下着しかない。
「うわぁ、いつもと違ってスースーするなぁ...」
そう、照れを誤魔化しながら笑う勇者の姿から、目を離せなかった。
「じゃあ、いくよ...見られなくちゃいけないんだけど、あんまり見ないでね...?」
そう言って勇者はスカートをたくしあげていく。
1度した決意はどこに行ったのか、手を震わせながらゆっくり、ゆっくりと。
そうして少しずつ見えた下着の色は、白。純白だ。
ゆっくりと見える部分が増え、ウエスト部分に辿り着いた時、小さな水色のリボンがちょこんと付いてるのが見えた。
「あはは...そこまでじっと見られると、いくらボクでも恥ずかしいなぁ」
その言葉を聞いてハッとする。
自分でも気づかないほど集中していたようだ。
自分より一回りも二回りも若い女の子の下着、それも絶世の美女のだ。罪悪感など沸く暇もなかった。
「くそ!ネルビアにだけ任せていられるか!」
「死ね、ヘンタイ...」
「わたくしも、仕方ない、ですよね...」
三者三葉の言葉を吐きながら、彼女たちは下着を見せるために邪魔な服を脱ぎ始める。
そうして女騎士は健康的なショートパンツをズラし初め、魔法使いは可愛いフリルの着いたスカートをたくしあげ、僧侶は白い修道服のロングスカートをゆっくりと持ち上げ始めた。
全員の下着が見えそうになる...
その瞬間、障壁が大きく輝き始め─────
もう一度言う
────あぁ、どうしてこうなってんだ...
♢
シーフ。それは、薄汚いハイエナと忌み嫌われてる冒険者のジョブだ。
冒険者のランクを上げるには、自分のランク以上のダンジョンを攻略する事や、規定値以上の報奨金を稼ぐ事、その他諸々の条件がある。
シーフは、言うなればその殆どの条件を寄生で達成できるのだ。
実力のある冒険者パーティーに入れてもらいダンジョンに潜れば、身の丈に合わないランクも付与される。報奨金も、戦闘しない分割合は悪いがそれでも低ランクダンジョンで雑魚を狩るより何倍、何十倍も貰える訳だ。
故に、嫌われる。燻ってる冒険者ほど、忌み嫌うわけだ。
それでも、シーフというジョブが無くならないのは、冒険に無くてはならないから。
ダンジョンにある罠を見分け、宝箱を開ける。
冒険に必要な物資を全て持つ。
ダンジョンが高ランクになればなるほど、罠解除の難易度は上がり、ミスしやすくなる。
1フロアの空間は広くなり階層の数は増え、物資の量も増える。
他にもやることはあるが、あえて挙げる程のものでもない。
一つ一つは誰でも出来る簡単な仕事だが、それを全て高水準でこなすのは、それこそ誰でもできる事じゃない。
だがしかし、そう言う仕事は伝わりづらいもんだ。
特に、ランクの低いうちはな...。
「おい、あのシーフまた呑んだくれてやがるぜ」
「いつまで冒険者にしがみついてやがんだ、アイツ...」
今日もブツブツと愚痴が聞こえる。揃いも揃って低ランクの冒険者共だ。
聞こえないように喋ってるつもりかもしれないが、五感を研ぎ澄ます事を半ば強要されているシーフと言う職の俺には普通に聞こえる訳だ。
聞かせるつもりが無かったとしても、悪意のある愚痴は聞いてて気持ちいい物じゃない。
それでも文句を言いに行かないのは、腕力で勝てるわけが無いのもあるが...俺が、Sランクのシーフだからだ。
齢は35。冒険者を初めて20年の程々にベテランだ。
冒険者を始めたのは、15の頃。スラム街の孤児で金がなかったってのもあるが、スラムにも流れてくる冒険譚のような、剣士や勇者、魔法使いになってみたかったと言うのが始めた理由だ。
まぁ、そんな幻想は速攻潰えるわけだが。
剣の才も、魔法の才も無かった俺は、誰でも出来てそこそこ金も稼げるらしいシーフになった。
昔から手先が器用だった俺は多少シーフに向いてたらしく、着々とシーフに必要な技能を身に付けていった。
そんなこんなで20年、気づけばSランクになってた訳だ。
まぁ長々と過去を思い浮かべていた訳だが、何を言いたかったと言えば...
愚痴しか吐けねえ低ランク冒険者より、何百倍も稼いでるって事だッ!!!
だからちょっとの悪口を聞こうが聞き逃せるのさ。そう自分に言い聞かせてる訳じゃあない。そうに違いない。
そんなこんなでいつも通り、そしてあの冒険者たちの言う通り昼間から呑んだくれていた。訳だが...
「...ん?」
迷宮都市1のこのギルド、その扉付近がやけにザワついているのが耳に届いた。
さっきまで俺の話をしていたあの冒険者共も、他のみんなも入口を見つめている。
「おい、あれって...」
「嘘だろ、現代最強のパーティー...!?」
そんな喧騒に釣られ、俺も入口に目を向ける。
────そこには、今をときめく最強の勇者パーティーがいた。
先頭に立つのは勇者。
腰まで伸びる黒い髪は陽の光を反射し、冒険者とは思えないほど輝いている。身長は女性には珍しく高く167くらいだろう。シーフは目測が上手いのである。
黒曜石のように美しい右目とは裏腹に、真っ赤に燃える左目は、勇者として選ばれた瞬間に宿ったらしい。
名前はネルビア。平民だった為姓はないが、勇者に選ばれた時に貴族のような扱いになっている。齢は16。
元々は、運動が好きな美しい町娘だったらしい。
その勇者の後ろに控えるようにたっているのは、女騎士だ。
薔薇のように煌めく赤髪は、後ろに結び背中まで流している。
真っ赤な髪と瞳、そして鎧は戦場で更に朱に染まる事から、鮮血の騎士と呼ばれている。身長は173程か。
名前はアリシア・アルバーン。この王国で一番の武闘派と言われるアルバーン伯爵家の長女であり、近衛騎士志望だったが、勇者誕生に伴い勇者の補助についているらしい。齢は18だったか。
その女騎士の横を無表情で歩いているのは、魔法使いだ。
晴天の空のような色をした髪はボブカットに整えられ、髪とおなじ空色をした瞳には僅かな苛立ちの感情だけが浮かんでいる。身長は153程で、前のふたりに比べかなり小さい。
名前はエリカ・ホルン。この王国で1番魔法を研究しているホルン侯爵家の3女であり、そのホルン家が設立したこの世界で1番規模の大きい、ルドールヴ魔術学院の中等部を首席卒業した才女である。齢は15。
最後に、その後ろをてとてとと着いて行くのは僧侶。
純白の髪を長く伸ばし、その青い目は自信なさげに伏し目がちだ。
身長は149程か。この中で一番小柄である。
名前はソフィ。産まれる前から神託により選ばれた、本物の聖女だ。主神サーシャから、産まれる直前に世界を救うべく特別な力を授かったらしい。
平民だったソフィはすぐに教会に引き取られ、様々な教育を施されたようだ。齢は14。
俺はそんな勇者パーティを睨め付ける。
どいつもこいつも特別なやつばっかりだ。強い力をもてなかった俺からすれば、本当に嫌になる。
俺は、憎たらしいくらいに輝いている勇者パーティから目を逸らし、いつの間にかぬるくなってたエールを渋い顔で喉に流し込んだ。