旧世紀の精神
本題の前に、
「38度のつぼみ・第二話」の各販売サイトの売り上げが
計69本に、
そして「FANZA」での「第1話」の売り上げも
69本に達しました!
ありがとうございます。
それでは本題に、
今ほどリベラルではなかった20世紀。
学校教育においても「強く美しい精神」を生徒たちに求めていました。
「スポ根」な部活動なら尚更です。
●「我慢」
健全な精神は、兎にも角にもまずは
「ガマン」から。
休むことはサボること。
みんなや先輩ががんばってるのに自分だけラクをするわけにはいきません。
熱だって汗をかけばきっと治まるはず。
練習中にトイレに行くなんて、たるんでる証拠。
真剣に打ち込んでるみんなの集中が途切れてしまいます。
授業中に言い出せなかった思い出のある方もいるでしょう。
「みんな」という同調圧力にガマンを強いられ、
それが時に「悲劇」を引き起こすのです。
●「礼儀」
作中で「体育館に礼」をする所を描いています。
施設や備品を使えることは当然ではなく、それを作って下さった人、提供して下さった人がいるということですね。
●「上下関係」
そうして培った強く美しい精神は「目上の人」のためにあるのだと
目上の人から教え込まれるのです。
「よい子」とは「大人に都合のよい子」という
一面を持っています。
子供は大人の言うことを聞くものだと教わります。
たとえ、大人が歪んでいても。
よい子に育った「蕾」にとって毒島「先生」に
歯向かうことは大変な葛藤なのです
。
卑劣な猥褻の合間に、やさしく我慢をほめてくれただけで、体を支えてくれただけで、
「今までの仕打ちがもし、本当に私のためを思ってだとしたら…」
ほんの少しでも先生への非難をためらったら、
その一瞬逆らえなくなってしまうのです。
それが、自分を襲った男でも。
大人に抗いきれない弱みにつけ込まれて
誰にも言えない悪夢を味わったのです。
「古き良き時代」の陰には行き過ぎた精神論の
犠牲者、そして
卑劣な大人の犠性者も…