投稿記事

ウマ娘の記事 (7)

新戸 2022/12/27 12:59

ウマ娘:スズカと行く二年参り

「トレーナーさん、そろそろ行きましょうか?」
「ん、そうだな。出発しようか」

十二月三十一日、大晦日。
今年も残すところ一時間。
そんなタイミングでスズカと二人、外へ繰り出す準備をする。

コートにマフラー、右手には黒の手袋。
ポケットに五円玉を二枚忍ばせて、財布を懐に突っ込めば準備は完了。
一足先に玄関を出たスズカは紺色のコートを纏い、左手だけを手袋で覆っている。
施錠を済ませ、鍵をポケットに放り込み、スズカの方を振り向いて、

「じゃ、行こうか」
「はいっ」

俺が左手を差し出し、スズカが右手でそれを握る。
二人並んで歩くようになって、いつしか当然の習慣となったそれ。
特に冬は暖かくてありがたいな、などと思いつつ。

「今年ももう終わりかあ。なんか、年々短くなっていってる気がするなあ」
「ふふっ、トレーナーさんったら。それ、去年も言ってましたよ?」
「あー……確かに言った覚えあるな」

なんでもない会話を交わしながら、近くの神社へと向かった。



近場の神社は、長い階段を登らなければならないこともあり、普段はさほど人気がない。
だが、正月の初日の出を見るのなら、小高い場所にある神社は絶好のスポットとなる。
けれどやはり年をまたぐ、二年参りの時間帯となると訪れている人の姿はまだまばらで。

「まだ少し時間がありますし、甘酒をいただきませんか」
「いいね。温かくて美味しそうだ」

年をまたぐその瞬間の、賽銭箱前の先頭を虎視眈々と狙いつつ。
左手にスズカの体温を感じながら、冬の澄み切った空を見上げ、時を過ごす。
時折手をぎゅっと握ったり、握り返されたり。
視線を感じて左を向けば、スズカと目が合って笑い合ったり。

温かさは自他の境目を曖昧にし、寒さは輪郭をハッキリさせる。
冬の冷たい空気は孤独感を一層深めるけれど。
だからこそ、繋いだ手のぬくもりが一際強く、大きく感じられる。

暖かい部屋の中でのんびり、ぬくぬく過ごすのも好ましいが。
こうして二人、寒い中で待つというのも、俺は嫌いではなかった。

「トレーナーさん」
「ん」

呼びかけに応じて歩を進め、賽銭箱に向かう列へ。

並ぶと言っても、そこまで人は多くない。
今年も残すところあと五分。
結局は、前の人たちがどれだけ長く祈るかの賭けでしかない。
だからスズカにとっても、これはちょっとした運試しみたいなもので。

「あと三十秒か。……スズカ、五円玉」
「ありがとうございます」

けれど、こんなちょっとしたお遊びでも、上手くいったら上機嫌になる。
そんなところに可愛らしさを覚えつつ、五円玉を放り投げた。



「トレーナーさんは何をお祈りしました?」
「いつも通りだよ。スズカは?」
「私も、いつも通りです」

これもまた、いつも通りのやり取り。
具体的に何をお祈りしたか、教えたことは一度もない。
それでも、なんとなく。
お互いに何を祈ったかは、分かっている。

「けど、あのやり方で叶うかどうか」
「大丈夫ですよ。きっと」

玄関を出て手を繋いでから、俺の左手とスズカの右手は、ずっと繋ぎっぱなしである。
つまり、参拝の最中もお互い片手が塞がっているわけで。
お参りの基本的な作法とされる二礼二拍手一礼。
その拍手を、お互いの空いた手をぶつけての「ぱふ、ぽふ」で済ませているのである。

「……ま。神頼みが通じなくても、そうなるように頑張ればいいか」
「はい。今年も頑張りましょう」

「今年もよろしく」と言うかのように、繋いだ手をぎゅっと握られて。
俺もそれに答えるように、ぎゅっと手を握り返す。

静まり返った帰り道。
耳に届くのは除夜の鐘と、お互いの息遣い。

耳が痛くなるような寒さの中でも、孤独はこれっぽっちも感じない。
繋いだ手のぬくもりと、愛しい人の笑顔が傍にあるから。

フォロワー以上限定無料

後書きです。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

新戸 2022/12/18 19:12

ウマ娘:ネコと和解せよ

トレーナー室が、猫に乗っ取られてしまった。

ことの始まりはある秋の日。
風が肌寒くなってきたタイミングで降った雨は、激しさこそなかったものの冬の到来を予感させるには十分なほどに冷たくて。

「トレーナーさん、ちょっとこの子たち避難させてあげてくれませんか?」

そう言って、スカイが何匹かの猫をトレーナー室に連れ込んできたのだ。
その中には俺にも見覚えのある、スカイと遊んでいた猫もいて。

「わかった。タオルとか暖房は必要か?」
「助かります!」

友達の友達を助ける、という感覚に近いだろうか。
ともあれ、そのような許可を出したわけである。

ファンヒーターの前に並び、その温風を気持ちよさそうに浴びる猫たち。
動物嫌いでもなければ心和む情景だろう。
俺もその例に漏れず、仕事の合間にそちらを見ては癒やされたものだ。



──時に。
庇を貸して母屋を取られる、という言葉がある。
一部を貸したら全部を奪われてしまったという、要するに『恩を仇で返される』なヤツだ。
あんな感じの事態が、トレーナー室で発生した。

少し考えれば分かることだが、秋から冬にかけて気温は日々低下していく。
外で暮らす猫たちには厳しい季節だ。
スカイの友達である地域猫にとってもそれは同じで。
故に猫たちは、温風を求めてトレーナー室にやってきた。

『もうすぐ使うだろうし、いちいち仕舞っておくのもなあ』

そう思い、出したままにしていたファンヒーターの前に陣取り、稼働させよと視線で圧をかけられ。
ファンヒーターの前から離れる猫がいたかと思えば、トイレのためにドアを開けるように要求され。
その猫がトイレを済ませて戻ってくるまで、木枯らしを浴びながらドアの前で待機することになり。

「あははー……あの子たち、来ちゃいましたか」

授業を終えてやってきたスカイから、苦笑いと謝罪を受け取ることとなったのである。

「えっと。冬の間、あの子たちをここに置かせてもらっても構いませんか?」

必要なものは、ちゃんと私が揃えますから──。
スカイにそうお願いされては、首を横には振れなかった。
(飼育の許可自体は、理事長に伺いを立てたら秒でもらえた)



その後はまたたく間に、トレーナー室がキャットナイズされていった。
そんな言葉は多分ないが、そう言うほかない。

まず猫用のエサとエサ皿、それからトイレ。
冬が来て、暖房を切って帰っても寒さに震えずに済むようにそれぞれの寝床。
ファンヒーター前に敷くためのラグ。
室内でも運動できるよう、キャットタワーやおもちゃなどなど。

まあ、元々物がそこまで多くない部屋だったから別に問題はないし、猫たちも妙にわきまえているというか……こちらが息抜きをしている時にしか、ちょっかいを出してこない。
腕やキーボードの上に居座ることもなければ、書類や棚には近寄りもしない。
どうやらスカイが言い聞かせた言葉を理解して、ちゃんと守っているらしいのだ。
だから猫がいる、それ自体は別に構わない……のだが。


「あ、またソファで寝て……もうそろそろ肌寒い時期だろうに、まったく」

そんなことを呟きながら、ソファでお昼寝するスカイに毛布を掛けてやったところ。
体をよじ登り、頭の上に陣取った猫に、額をしこたま猫パンチされるという暴力沙汰が発生したのである。
解せぬ。

その後も、コタツを引っ張り出して休憩用のスペースを設けた時。
スカイの隣以外の辺を猫たちに占拠されたので、コタツを諦めてソファに座ろうとしたら、ズボンを咥えて引っ張られ、スカイの隣にお邪魔することになったり。

バレンタインデー。
俺にチョコを渡して走り去ったスカイが、猫に追い回されパンチされたり。

春を過ぎても、当然のように居座り続けてたり……と。


そう。
猫たちにとってトレーナー室は、すでに我が家も同然となっていたのだ。



十年二十年とトレーナーを続けていく気概は、ある。
だからこの部屋に居座り続けること自体は難しくはない……と、思う。

しかし、猫たちの世話をしているのはスカイだ。
現役を退いた後、猫たちを実家に連れ帰るかも知れないし、里親を探す手だってある。
手を出してくることもあるが、基本的には利口な猫たちだ。
もらわれた先でも上手くやっていけるだろう。

だが、果たして俺は。
猫たちも、スカイさえもいなくなったトレーナー室に、耐えられるのだろうか?
「トレーナー室、まこと広うなり申した」とこぼさずにいられるのだろうか?

すでに憂鬱だ。
心まで猫たちに乗っ取られてしまった。
そして、ため息なんて吐いていたからだろうか。
スカイにも、猫たちにさえも心配そうな目で見られてしまった。

「トレーナーさん、何か心配事でもあるんですか?」
「心配事というか何というか……」

濁してうやむやにしても良かった。
だが、それは不義理だ。
スカイの悩みに、心のうちに踏み込んだこともある。
だったら俺自身も、胸襟を開くべきだろう。

「実は、かくかくしかじか」

……心の内を語るのは、些か気恥ずかしいものがあったが、快いものでもあった。
悩みを話し、共有することで、心が軽くなったからだろう。
そして一通りの話を聞き届けたスカイは、俺の悩みに対し、こんな提案をしてくれた。

「だったら、引退後は私が近くに家を用意しますから、トレーナーさんも一緒にこの子たちと暮らす、なんてどうです?」
「え。すごいありがたいけど……プロポーズだと思っていいの? それ」
「……」


猫たちとスカイに、しこたまパンチされてしまった。



──ともあれ。
トレーナー室は猫たちに乗っ取られてしまったが。
これからはもっと気楽に、もっと楽しく過ごせそうな気がしたのだった。

フォロワー以上限定無料

後書きです。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

新戸 2022/12/03 03:01

ウマ娘:グラスワンダーの独占力

最近、グラスに後をつけられている。

顔見知りの子たちに、グラスと一緒にトレーニングしてくれるように頼んだり、
その関係で話をするようになったり、ちょっとしたアドバイスをしたりと、
担当契約を結んだトレーナーとウマ娘ほど緊密ではないにせよ、
合えば挨拶をする程度には、親しくなるだけの機会はあったわけで。

知人である以上、何か悩んでいるようだったり、人手が必要そうだったなら、
スケジュールに問題がなければ、手を貸すのは当たり前のことだろう。

が、ウマ娘的には……というよりも、グラス的には、
俺が担当外の子たちにお節介をする様は、少々思うところがあるようで。

「──それで、スイープさんに何故あのような言葉を?」
「そうしたら、グラスのスピードを上げるヒントが掴めそうな気がしたから……かな?」
「……はあ。いえ、確かにタメにはなりました。そこは合っています。ですがトレーナーさん、あの場面で走って逃げようなどとけしかけるのは──」

俺が顔見知りの子たちと話をすると。
決まってその後、このようにしてグラスとお話するのがお決まりとなってしまった。

──そう。
俺はグラスに、後をつけられているのだ。



「俺ってそんなに信用ないんですかねぇ……」
「あー、あはは……」

週末の居酒屋。
グランドライブ関連で縁を持ったライトハローさんに、ついつい管を巻く。

彼女が俺と同世代であったこと。
かつてレースを走り、しかし今は競技者ではないこと。
そして学園関係者ではない、友人であったこと。
それらが俺の口を軽くしていたのだろう。

学生であるウマ娘に愚痴るなんてのは論外だし、
トレーナー間の繋がりに、友情はあれどもライバルであることに変わりはなく。
理事長や、その秘書であるたづなさんに相談するなんてのは論外も論外。

その点、ライトハローさんは同世代で話しやすいし、雰囲気も柔らかい。
それに活躍こそしなかったらしいが、かつて競技者であった経験から
ウマ娘視点での考えや思いを予想してももらえるのだ。

もちろん、それはあくまでライトハローさんの考えであり、
今回で言えば「グラスが何故俺を付け回すのか」を正確に言い当てるものではないかもしれないが、

「でも、グラスちゃんの気持ちもわかります」
「そうなんですか?」
「はい。だって、担当トレーナーさんにもっと自分を見て欲しいって思うのは、誰でもそうだと思いますから」
「──」

「たとえばの話ですけど」と断ってから、ライトハローさんが言葉を続ける。

グラスが俺以外のトレーナーと親しげに話していたら、気になるのでは?
それでグラスが何らかのアドバイスを受け、走りに変化が起きた場合は?
そんなトレーナーとグラスが、俺の知らないところで楽しげにしていたら?

「うぐぐ……。正直に言うとキモいと思われるかも知れませんけど……妬きますね」
「ですよね。トレーナーとウマ娘だと少し立場が違いますから、単純に逆転させるのも正確ではないですけど。でも、結局はそういうことだと思います」

……そうか、そうだよなあ。
良かれと思ってあれこれお節介を焼いてたけど、そう言われてしまうとぐうの音もでない。

「担当以外の子とは、あまり話とかしない方がいいんですかね……?」
「いえ、余計なお節介だと言われてないなら、続けた方がいいと思います。担当の居ない子も、学園にはたくさんいますから」
「それは、確かに」
「なのでトレーナーさんがすべきことは、ちゃんとグラスちゃんに話を通すことです」
「それは、今から誰それと話をしてくるぞー、みたいな?」
「いえ! これからもいろんな子にお節介をするだろうけど、俺の一番はお前だ! とグラスちゃんに言ってあげることです!」

ダン、と机をジョッキで叩き、顔を赤らめたライトハローさんが言う。
どう見ても酔っ払いの発言だが……一理ある。
少々小っ恥ずかしいが、それでグラスとの関係が円滑になり、
後をつけまわされなくなるかも知れないのなら、試してみる価値はあるだろう。

「今日はありがとうございました、ライトハローさん」
「いえいえ、どういたしまして」

かくして、週末の飲み会で悩みも解決。
月曜にでもアドバイスを実行しようと心に決めて、帰宅した。



そうして迎えた、月曜日。

「グラス! 俺はこれからもこれまでのように、いろんな子にお節介をすると思う!」
「急にどうしたんですか?」
「でも俺の一番はグラス、お前だ! だから安心してくれ!」
「……平熱ですね」

額に手を当て、熱を測られた。
確かに俺らしくはない行動だけども。だけども。

「誰かに、何か言われたんですか?」
「言われたというか……実はこの間の金曜日に、ライトハローさんにアドバイスを」
「正座」
「えっ」
「そこに正座してください、トレーナーさん。その話、詳しく聞かせてもらいます」

どうしてこうなった。



……その後、グラスに一連の流れを話したことで理解を得られ、
「後をつけまわすのは、もうやめにします」と言ってもらえた。

で。
代わりに、ぶらぶらと歩き回る時は常にグラスが隣にいるようになった。
思い描いていた解決の形とはいささか異なるが……
閃きをすぐさまグラスに伝えられるし、まあ、これはこれでいいか!

フォロワー以上限定無料

後書きです。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

新戸 2022/11/24 02:34

ウマ娘:ずっとずっと、一緒にいたいから。

休日。
部屋でのんびりしていると、フクキタルが上がり込んできてこう言った。

「トレーナーさん! 何も聞かず、私についてきてくれませんか!」
「え、やだ」
「えー!? そんなー!?」

突然のお願いを、思わず反射的に拒否する。
こちとら休日を全力で堪能しているのだ。
行き先と目的くらいは言ってもらわないと、重い腰を動かす気にはなれない。

……と、いうような返答をしたところ。

「むむむむ……。しかし、それを説明してしまうと効果がですね……」
「神社の願い事みたいな?」
「あ、いえ、そういうワケではないのですが、願掛けという点はその通りと言いますか……。えっと、そういうことなので、ついてきてくれますか?」

ふむ。
雰囲気から察するに、おまじないの類だろうか。
できれば、どこに行くのかは教えて欲しいところだが……。

…………。
………………。

「しょうがないなあ」
「今あからさまに面倒くさそうにしてましたよね!?」
「俺はこのまま休日を満喫してもいいんだが?」
「ありがとうございます! ささ、行きましょう!!」

そういうことになった。



特に荷物は必要ない、とのことなので財布だけを持ってフクキタルと歩く。

「やけにでかい荷物だな?」
「ああ、いえ。これはただの開運グッズですので」

俺は手ぶらだが、フクキタルの方はそうではない。
左手に提げた風呂敷包みのお重は、まあ、お弁当なのだろう。
ウマ娘なら、そのくらいはペロリと平らげられる。

謎なのは右肩のスポーツバッグ的なものだ。
歩くたびにカチャカチャ音が鳴っているし、バッグの長さも1メートル以上。
ブランド名から察するに、アウトドア用品なのだろうが……。

「目的地到着です!」

そう言ってフクキタルが立ち止まったのは学園の並木道、
その一番奥まった場所にある木の下だった。
あたり人気は全くない。
平日でさえほとんど誰もこなさそうなのだ、休日となればなおさらだろう。

「今日はですね。ここでお弁当など食べながら、じっくりとっくりお話をしたいなあと思いまして」
「それなら別に、俺の部屋でもよかったろうに」
「こういうのもピクニックみたいな感じで、いいと思いませんか?」
「そういうのはもうちょっと暖かくなってからだなあ」

なにせまだ三月である。
まだまだ風は冷たいし、地面に長時間座るのも辛い時期だ。
ピクニックなら、もっと春めいてきてからの方が……と思ったのだが。

「ふっふっふ、心配御無用です! 実はこの荷物、中身はなんと~……ピラミッドパワーを宿したテントだったのです!」

ひとまず、冷たい風に震えることはなさそうで安心した。



「いやー、意外と時間掛かっちゃいましたね」

二人でガチャガチャやりつつ、どうにか組み上げたテントの中。
クッションを尻の下に敷いて一息つく。
不慣れなテント設営は、それだけでもくたびれるものだった。

「普通こういうのって、説明書読みながら試しに一回組み立ててから使うもんじゃないか?」
「組み立て簡単と書いてあったので……」
「多分その『簡単』は、慣れた人にとっての『簡単』だと思うぞ」
「ま、まあまあ! そんなことより、体も動かしましたし、お腹空いてきましたよね!」

言われてみれば、確かに空腹感。
時間は正午前だが、少し早い昼食にしても良い時間だろう。

「ということで、腕によりをかけて作ってきたお弁当です! 一緒に食べましょう!」
「お、こりゃ豪華だな。……いや、豪華と言うより、これは……おめでたいと言うべきか?」

主食となるおむすびが入っているのはいいとして。
栗きんとんに黒豆、かずのこ、紅白なますエビ昆布巻……
まるでおせちのような顔ぶれがずらりと並んでいたと思ったら、
タコさんウインナーやトンカツ、ブリの照焼きなどが出てきたり、
納豆がパックのまま収められた段が出てきたり……

そして極めつけは、デザートの五円チョコ。
正気ではない。
正気ではない……が、美味そうな弁当であった。

「取り皿とお箸をどうぞ」
「さんきゅ。ほいじゃ、いただきます」
「はい、いただきます」



そうして実際、味は良かった。
まともに美味しくて、逆にコメントに困ってしまうくらいだった。

「──ふう。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」

温かいお茶で口の中をさっぱりさせつつ、余韻に浸る。
風変わりな弁当ではあったが、美味だった。
そして……弁当に納豆はやめておいた方がいいというのもわかった。
食べた後の後始末が厄介すぎる。

「さて、トレーナーさん。ここからが本題なのですが……」
「契約の話、だな?」

姿勢を正したフクキタルにそう問えば「気づかれてましたか」と頬をかいて肯定する。
なにせ弁当の内容が内容だ、なんとなくだが予想はついていた。

おせちの定番メニューは縁起物。
ウインナーは『ウィナー』、トンカツは『勝つ』のゲン担ぎ。
ブリは出世魚で、納豆は粘り強さ。
五円チョコに至っては言うまでもなく、ご縁がありますように……というヤツだろう。
運勢にこだわるフクキタルらしい弁当だった、と言えなくもない。

──最初の三年間というのは、ウマ娘にとって重要な時期だ。
どんな走りをするのか、どのレースを選ぶのか。
己というものを確立し、その名を世に知らしめる時期なのだから。

だが、四年目からは少し違う。
他のトレーナーのチームに移籍するという選択肢が発生するからだ。

走り続ける場合、多くはトレーナーとの絆……信頼関係を重視して契約を続行するが、すでに己の走りをモノにし自信をつけたウマ娘にとって、指導者としてのトレーナーはそこまで重要な存在ではなくなってくるのだ。

中には古強者との切磋琢磨を求め、強豪チームへと移籍する子だっている。
そしてフクキタルは──

「あとニ年……いえ、まずは一年だけでも、私の担当を続けてもらえませんでしょうか!!」
「いいぞ」

契約の更新を望んでいるようであった。

「……へ? いいんですか?」
「いいぞ」
「あのっ、私、自分で言うのもなんですけど、才能のない幸運まかせ神頼みのウマ娘ですよ!?」

『最も強いウマ娘が勝つ』菊花賞を獲っておいてそれを言うか、という思いはあるが、フクキタルの自己評価の低さは今に始まったことではない。

「この通りお料理はできますが、整理整頓は苦手なウマ娘なんですよ!?」
「開運グッズはマジで減らそうな」

そして変なところで図々しいのも、今に始まったことではない。

「そんな私でも契約を続けてくれるんですか……?」
「フクキタルは、走りたいんだろう?」
「それは、まあ……はい」
「だったら一年でも二年でも更新するさ」

出会いはハチャメチャだったし、占いやらなんやらで色々と振り回されはしたが、振り返ってみればそれも楽しい思い出だったと言える。
それに……この三年間で、フクキタルと一緒に過ごすのが当たり前になってしまった。
フクキタルの指導は一段落ついたし、他の子の指導に時間を割くことにはなるだろうが──

「フクキタルのレースは、俺も見てて楽しいからな」
「トレーナーさん……!」
「スパートの掛け声とかハチャメチャだし」
「トレーナーさんっ!?」

にぎやかで、さわがしくて、打てば響くお調子者。
そんなフクキタルに、俺もすっかりほだされてしまったのだろう。

「んんっ、ごほん! 少しばかり不本意なところもありましたが……ともあれ、担当を続けていただけると! そういうことですね!」
「ああ。フクキタルが走りたいと思えるうちはな」
「ということは、十年でも、二十年でも!?」
「二十年走るのは流石に無理じゃねえかな……」

だから、軽くツッコミは入れつつも。
こんな関係が長く続くのも、悪くはないと思ってしまうのだった。



「……にしても、なんでこの話するために、こんなところまで?」
「ハイ! 実はこの木にはジンクスがありまして──」

フォロワー以上限定無料

後書きです。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

新戸 2022/11/10 18:45

ウマ娘:あなたに微笑む(トーセンジョーダン 二次小説)

春。
出会いと別れの季節。
正門前、数多の出会いと別れを見届けてきた桜並木の下で、俺はジョーダンと別れの挨拶を交わしていた。

「レースとはまた違った大変さがあるだろうけど、頑張って。応援してるぞ」
「言われなくったって。アンタも新しい子の面倒、ちゃんと見てあげなよ~?」

ニッと笑い、拳を軽くぶつけ合わせて。
大きく手を振りながらジョーダンは、学園を卒業していった。



──トゥインクル・シリーズを駆け抜けたウマ娘には、大きく分けて二つの道がある。

ひとつはドリーム・シリーズに進むこと。
肉体的なピークを過ぎてなお、ウマ娘の走力は常人のそれを遥かに凌駕する。
そして身体能力が落ちた分、あるいはそれ以上を、経験と知略でカバーするレースだ。
出走するのはいずれも名の知れた選ばれしウマ娘ばかり。
ゆえにドリーム・シリーズの人気は高く、比例して賞金も高額となっている。

もうひとつは、なにかしら手に職をつけること。
比較的多いのが、子供たちへの走り方のコーチング。
トゥインクル・シリーズを走り仰せたということは、それだけで一種の実績だ。
「えー、教わるなら三冠バがいいー」と子供らしい無茶を言うこともあるだろうが、
実際に走ってみせれば大抵の子供は尊敬し、素直に指導を受けてくれると聞く。

それ以外でも特技や人脈を活かし、それぞれがそれぞれの道をゆく。
アパレルブランドを立ち上げたり、モデル業に専念したり、家業を継いだり……。
中には担当トレーナーを捕まえてゴールイン、というケースもあるようだが、それはさておき。
俺の愛バであるジョーダンは、ネイリストになることを選んだ。
同じような悩みを持つ子たちの力になりたいから、と。



トーセンジョーダンというウマ娘の爪は、彼女が全力で駆けるには脆すぎた。
全力を出せば爪が割れる。
だけど全力を出さないことには、模擬レースにも勝てない。
レースに勝てても、爪が割れれば治療と休養が必要になる。
それはトレーニングの遅れに繋がり、更に勝利は遠ざかる……。

ジョーダンにしてみれば、まさに八方塞がりな状況だっただろう。
加えてあまり要領が良くなく、周囲に理解を求めようとしなかったため、
「あの子はやる気がない」という誤解を受け、
本人も「周りがそう言ってるし、そうなんじゃね?」と思い込んでしまっていた。
胸の奥底では「レースに勝ちたい」と、強く願っていたというのに。

たまたま走る姿を目にし、大樹のウロに叫ぶ姿を見かけ、爪のケアをしながらボヤくジョーダンの言葉を聞いて……そして彼女が聞く耳を持ってくれたから、手助けをすることができた。
結果、時間こそ掛かったもののジョーダンは全力で走れるようになったし、秋の天皇賞ではレコード勝ちという快挙を成し遂げた。

──だから、今度はあたしが助ける番。

周囲に理解があったとしても、爪が割れれば治療と休養が必要なのは変わらない。
だったら、そもそも割れないように保護すべきで。
もし割れてしまっても、ケアの仕方やその間にできるトレーニングの知識、そして相談相手のあるなしで全然違うことを身をもって知ったからと、自らの道を定めたのだ。



ジョーダンが卒業してからも折に触れては連絡を取り、互いに近況を報告しつつ二年が過ぎた。
その間に俺の担当は三冠ウマ娘となり……ジョーダンは、ついに自分の店を持つことになった。
気軽に足を運べるよう学園の近くに居を構えるらしく、折角だし食事でもと誘われたのだが──

「おひさ~、トレーナー。前と見た目変わってなさすぎて、一発でわかんのマジウケんだけど」
「久しぶり。ジョーダンは……結構変わったな?」
「でしょでしょ? オトナっぽくなったっつーか、フォーマルな感じ? この格好ならどこに出しても恥ずかしくねー、みたいな」

ジョーダンの言うとおり、装いは大人の女性といった雰囲気で。
けれど話す言葉はジョーダンのままで、待ち合わせ場所もファストフード店。
距離感も二年前と同じままで。
そのことに不思議と、ほっとした。

「あ、そうだ。前も電話で言ったけど改めて。クラシック三冠、おめでと」
「ありがとう。……って言っても、頑張ったのは俺じゃないけどな」
「アンタがそんな風に言うってことは、カイチョーみたいな感じ? それともシービー?」
「いや、うーん……タイプとしてはゴールドシップが近いかな」
「あー……ゴシューショーサマ?」
「ハハハ……まあ、退屈はしてないのは確かだな」

そんな風に、俺の身の回りのことを話したり。

「店はいつごろオープンするんだ?」
「ん。店長さんがこいつら連れてけーって言ってくれたから、今月中にはスタートできそう」
「そりゃまた、でっかい恩ができたな。っていうか、あっちの店は大丈夫なのか?」
「あたし、最初に面接の時に全部ぶちまけたって話、したじゃん? いつか自分の店持ちたいって。それで店長さん、その時から色々準備しててくれたんだって」
「……いい人に出会えたな」

ジョーダンのことを改めて詳しく聞いたり。

「へー。学園の中でも、ネイルを見る目変わってきてんだ?」
「実際、爪の保護としては手軽で効果があるからな。ベースコートだけならそこまで高くもないし」
「だから、あたしが使ってたブランド聞いてきたんだ」
「うん。後は爪が弱くて困ってる子に配って、使ってもってたら、自然と広まっていったよ」
「……ひょっとしてだけど、困ってそうな子をグラウンドで探し回ったりしてないよね?」
「したなあ」
「正直それ、控えめに言って不審者だから。やめといた方がいいよ?」

俺の地道な活動をバッサリ切り捨てられたり。

「勝負服ほどじゃないにしろ、ネイルで気分がアガるってのは生徒会も認めてくれたからな。興味ない子でも、マニキュア乾くまでのニオイさえどうにかしてくれたら別に構わない、って感じになってきてるよ」
「は~……あたしが居た頃とは全然違う感じになってそう」
「って言っても、授業受ける時は基本的にダメだけどな」
「ってことは、あんま凝ったネイルしても仕方なさそーだね。普段は付け爪の方がよさそー」

ジョーダンが叩き出した成績と、俺の地道な活動がもたらした影響を話したり……と。
ジャンクなフライドポテトを肴に、この二年間のことを長々と話し合って。

「っと、そうそう。折角だし、うちの店の名刺渡しとくね。……ポテトの油付きだけど」
「お、秋の天皇賞レコードホルダーの指紋付き名刺か。後でラミネート加工しないと」
「うざー……。んで、アンタは名刺、持ってんの?」
「もちろん。ドーモ、三冠ウマ娘担当のAランク=トレーナーです」
「ぶはっ、アンタの名刺も油で指紋ベッタベタじゃん。ウケる、家宝にするわ」
「紙ナプキンじゃこれが限界だわな」

社会人としては気安すぎる名刺交換をして、その日は別れたのだった。



それからは少しだけ、日常が変わった。
足の爪に関する相談を俺が受けるのではなく、ジョーダンに任せるようになったのだ。
生徒が店に向かうこともあれば、症状の重い子のためにジョーダンが学園に来ることもあった。
その関係で、現役時代のジョーダンが行っていた治療とトレーニングの内容を資料として提供することもあったが、ほとんどのことはジョーダン自身がきっちりと説明し、かつてお世話になった医者を紹介するなどして、後輩たちの助けとなっていった。

後輩たちと仲良くなったジョーダンが、感謝祭やクリスマスに招かれるようになって。
ついでとばかりに俺と担当も巻き込まれて。
その流れで、正月の初詣も一緒に行くようになって。
バレンタインデーにチョコをもらったり、ホワイトデーにお返しをしたりして……

「で。アンタ、いつになったらあの子と正式にくっつくワケ?」

──そして、ジョーダンが店を持ってから、じきに三年目を迎えようかという時期に。
俺はジョーダンの親友であるゴールドシチーに喫茶店へと呼び出され、詰められていた。

「……ジョーダンには内緒だぞ。次の春、卒業式の後に申し込もうと思ってる」
「その場しのぎのでまかせ、って感じでもないか。はぁ~……いい加減、さっさとくっつけばいいのに」
「はは。悪いね、面倒くさいヤツで」
「ほんとそれ。アンタも、ジョーダンも……ま、そういう意味じゃ似た者同士か」

シチー曰く、ジョーダンと出かけるとしょっちゅう俺の話題を出すものの、「好きなら告白して付き合っちゃいなよ」とけしかけると、決まって「あたしなんかよりいい子が」と自分を卑下し始めて、とても面倒くさかったらしい。

「んで? なんで卒業式の後?」
「ジョーダンが相談受けてた子が、今年卒業でな。あの子はジョーダンのおかげで、トゥインクル・シリーズを諦めずに済んだ」
「あー。それでジョーダンに自信? 自負? を持たせてから、ってことね」
「あとはまあ……後ろ指さされないで済む年齢になるのを待ってたってのも、多少は」
「だったらハタチになった時点でも……いや、その時だと店開いたばっかりか」
「恋愛にうつつを抜かして、夢が中途半端になってたら本末転倒だからな」
「……恋愛って、もっと情熱的でもいいと思うけどな」
「見守るような愛もある、ってことで」

話すうちに険は取れ。
話題は自然と共通の友人、ジョーダンへと移っていく。

「アンタ、ジョーダンのどこが好きなの?」
「そうだな。不器用で、まっすぐで……バカなところかな」
「え、ひど。バカな子を騙して丸め込むのが好きなタイプ?」
「このバカはいい意味でのバカだから。そういうシチーはどうなんだよ」
「まあ、アタシも大体おんなじかな。裏がなくって気持ちいいっていうか」
「自分を責めすぎなきらいはあるけどな」
「ね。その分アタシが見ててやんないと、って思ってたけど……」
「けど?」
「アンタがいるなら、春からは御役御免かな」

そう言うとシチーは伝票を取り、「今日はありがと。じゃあね」と、店を出ていった。

……友人に恵まれ、勤め先での人間関係にも恵まれ、これからの先行きも明るいのは。
やはりひとえに、ジョーダンの愚直なひととなりがあればこそなのだろう。
その「恵まれた人間関係」に自分を含めるのは、いささか気恥ずかしいものがあるが、

「ジョーダンを見初めた俺の目は、まあ、認めてやってもいいかもな」

ひとりごちて、気持ちを固めるのだった。



そして季節はめぐり、再び春。
出会いと別れの季節。
正門前、数多の出会いと別れを見届けてきた桜並木の下で、俺はジョーダンと後輩のやり取りを見守っていた。

「本当、ジョーダン先輩には感謝してもしきれないです!」
「大げさだって。あたしは手助けしただけで、ちゃんとケアしたのもトレーニング頑張ったのも、アンタなんだから」
「えへへ……そう言ってくれるのは嬉しいです。けど! やっぱり恩返しはしたいんで、よければ私のこと、先輩の店で雇ってくれませんか!」
「ええっ!? いや、確かに色々わかってる子が入ってくれるのは歓迎だけど、あたし人事担当じゃないし……」
「でしたら人事さんにお話を通しておいていただけるだけでも!」
「あー、うん。それなら多分、オッケー……かな?」
「ありがとうございますっ! トレーナーさんも、ありがとうございました! では!!」

言うだけ言うと後輩の子は駆け出し、クラスメイトたちに合流して去っていった。

「……バクシンのノリを感じる子だったな」
「ひょっとしたら、ヴィクトリー倶楽部の関係者だったのかも」
「ありそうだなあ」

最初に見た時はもっと大人しかったんだが……多分、今のあの子が本来の姿なのだろう。

「なんにせよ、あの子が最後まで走りきれたのは、ジョーダン。君のお陰だな」
「いや、それは言い過ぎじゃね? さっき言ったけど、あの子が頑張ったからだし。ていうか、ケアだけなら別にアンタでも──」
「担当でもないトレーナーじゃ、限度があるさ」

爪が割れる痛みも、それで走れなくなる辛さも、負ける悔しさも。
共に分かち合うことのできない相手の言葉じゃ、きっと、響かない。

「君だから助けになれた。心の支えになれたんだと、俺は思う」
「あたしだから……」

普段のきらびやかな服装とは違う、落ち着いた髪型とスーツ。
時と場所をわきまえた姿もまた、彼女が大人になった証なのだろう。

「誇れる自分になれたか? ジョーダン」
「……うん。そうだね。あれだけ感謝されたんだから、他でもないあたしが、あたしを認めてあげないと」

一度目を閉じ、開く。
まるい瞳に、勝ち気な光が宿る。
……かと思えば再び目を閉じ、数回深呼吸をして、

「ねえ! トレーナー! よ、よよよ、よかったら、あたしと付き合って──」
「おっと、ストップ。それは俺から言わせて欲しいかな」

全てを言い切られる前に、言葉を奪う。
へにゃりと笑うジョーダン、その肩に舞い降りた花びらをつまみ上げながら。
ふと思い出した花言葉の通り、彼女に向けて笑みを浮かべた。



『あなたに微笑む』

フォロワー以上限定無料

後書きです。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

« 1 2

月別アーカイブ

限定特典から探す

記事を検索