「てんうぃ 労働編」の解説

地獄の門をくぐるもん娘

 物語の主人公のアクハマ・ハナコは、もん娘の姿をしているため、地上の人間の街で雇用してもらうことができません。人間の街は、人間しか雇用しないからです。そのことに落胆したハナコは、もん娘でも問題なく雇用することを謳う唯一の職場である「地獄」の門を叩きます。「てんうぃ」の地獄というのは、一般的にイメージされる地獄とはかなり大きくことなる設定になっていて、死者の魂のゆくところではありません。もちろん死者の魂もいるのですが、生きている者が生身の肉体を持ったまま訪問することが物理的に可能な設定になっています。我々日本人の感覚で言うと、北海道に住んでいる人が飛行機で沖縄県へ行くぐらいの手軽な感覚でしかなく、地獄を訪れるために幽体離脱をする必要はありません。 そのため、「てんうぃ」の作中世界の地獄は、およそ地獄とは思えないほど観光産業や飲食業が発展しており、観光や外食を目当てに地獄を楽しむ観光客も多いという設定です。

差別と迫害

 「地獄」が観光産業や飲食業が発展しているほど人間的な文明を持っている地域であるということは、当然小売業の概念もあり、主人公のハナコは、ある大きな商店の労働者として正式に採用されることとなります。ハナコは非常に真面目に、真剣に働こうと努力しますが、店長の指示通りの仕事をこなすことが全くできません。それは何故かというと、仕事にまつわるルールが現実世界と異世界では全く異なるからです。例えば、異世界では魔術師以外の職業につく者でも最低限の魔法学の知識をもつことを求められますが、現実世界の日本で生まれ育ったハナコにそのような知識はないため、あたかも現代日本における重度障害者のごとく、「無能で役立たず」というレッテルを貼られて、職場の人々から迫害されてしまいます。

店長の恐るべきパワーハラスメント

 この商店はパワーハラスメントや差別が蔓延する劣悪な労働環境でありながらも、ルールとして暴力は禁止されているため、店長がハナコに対して暴力を直接ふるうことはありません。しかし、あまりにもハナコが無能過ぎるため苛立った店長は、ハナコを鬱病に追い込んで自殺させるため、明確な殺意をもって、最大の嫌がらせとパワーハラスメントを継続的に行い続けます。どのぐらい酷いパワーハラスメントかというと、店長が仕事をするのをまる1日完全に放棄して、ハナコに対してパワーハラスメントをしたり、大きな怒鳴り声の罵詈雑言・誹謗中傷・人格否定の言葉を継続的に浴びせ続けたりするためだけに時間を使う日がある、という程です。

鬱病と自殺願望

 これにすっかり耐えかねて心が折れてしまい鬱病・自殺志願者となったハナコは、退職願いの羊皮紙の書類(※何故羊皮紙かというと19世紀の世界であるため)を書いて店長に提出しますが、この商店のルールでは退職の手続きをしても1ヶ月間はやめずに働き続けなければならないということを知り、今すぐにここを去りたいと願うハナコは深く失望します。 ハナコはその後も過酷なパワーハラスメントに耐え続けながら、1ヶ月間の勤務を乗り越えます。

ワイバーン襲来と、店長の悲惨な末路

 しかし、店長のような非人道的で冷酷なことをする人間には天罰が下ります。 ハナコがもうすぐ商店を退職できる、というときになり、なんと巨大なワイバーンが商店を襲来し、店員も客もみな殺戮して食べてしまいます。もちろん、店長もワイバーンの餌食となります。 しかし、ワイバーンは満腹になってエサを食べる必要がなくなったからか、ハナコのことは食べないで、そのまま何もせず飛び去っていきます。最終的に助かるのはハナコだけだったのです。

ハナコの決心

 皮肉なことですが、ハナコはこの店長のことを恨むのではなくむしろ感謝の気持ちを持つことになります。何故なら、地獄で賃労働に従事するのはハナコには向いていないということを、ハナコが学ぶきっかけとなったからです。これは決して褒められたことではないのですが、不自由な賃労働に従事することなく、もっと自由な生き方をしてお金を稼いでいこう、と考えたハナコは、盗賊として生きてゆくことを決意します。

作者のコメント

 読んでいて薄々察すると思いますが、「店長」は実在する人物です。このエピソードは僕の会社員時代の個人的な経験をもとにした、自伝・エッセイとしての側面が強いです。仮にあのときパワハラを受けて鬱病になっていなければ、あの会社にずっと勤め続けていたため、僕は今こうして創作活動をおこない「てんうぃ」を制作することはなかったと思います。そういう意味では、非常につらい体験でしたが、必要な過程だったのかもしれないと感じています。

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