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2022年 12月の記事 (3)

新戸 2022/12/27 12:59

ウマ娘:スズカと行く二年参り

「トレーナーさん、そろそろ行きましょうか?」
「ん、そうだな。出発しようか」

十二月三十一日、大晦日。
今年も残すところ一時間。
そんなタイミングでスズカと二人、外へ繰り出す準備をする。

コートにマフラー、右手には黒の手袋。
ポケットに五円玉を二枚忍ばせて、財布を懐に突っ込めば準備は完了。
一足先に玄関を出たスズカは紺色のコートを纏い、左手だけを手袋で覆っている。
施錠を済ませ、鍵をポケットに放り込み、スズカの方を振り向いて、

「じゃ、行こうか」
「はいっ」

俺が左手を差し出し、スズカが右手でそれを握る。
二人並んで歩くようになって、いつしか当然の習慣となったそれ。
特に冬は暖かくてありがたいな、などと思いつつ。

「今年ももう終わりかあ。なんか、年々短くなっていってる気がするなあ」
「ふふっ、トレーナーさんったら。それ、去年も言ってましたよ?」
「あー……確かに言った覚えあるな」

なんでもない会話を交わしながら、近くの神社へと向かった。



近場の神社は、長い階段を登らなければならないこともあり、普段はさほど人気がない。
だが、正月の初日の出を見るのなら、小高い場所にある神社は絶好のスポットとなる。
けれどやはり年をまたぐ、二年参りの時間帯となると訪れている人の姿はまだまばらで。

「まだ少し時間がありますし、甘酒をいただきませんか」
「いいね。温かくて美味しそうだ」

年をまたぐその瞬間の、賽銭箱前の先頭を虎視眈々と狙いつつ。
左手にスズカの体温を感じながら、冬の澄み切った空を見上げ、時を過ごす。
時折手をぎゅっと握ったり、握り返されたり。
視線を感じて左を向けば、スズカと目が合って笑い合ったり。

温かさは自他の境目を曖昧にし、寒さは輪郭をハッキリさせる。
冬の冷たい空気は孤独感を一層深めるけれど。
だからこそ、繋いだ手のぬくもりが一際強く、大きく感じられる。

暖かい部屋の中でのんびり、ぬくぬく過ごすのも好ましいが。
こうして二人、寒い中で待つというのも、俺は嫌いではなかった。

「トレーナーさん」
「ん」

呼びかけに応じて歩を進め、賽銭箱に向かう列へ。

並ぶと言っても、そこまで人は多くない。
今年も残すところあと五分。
結局は、前の人たちがどれだけ長く祈るかの賭けでしかない。
だからスズカにとっても、これはちょっとした運試しみたいなもので。

「あと三十秒か。……スズカ、五円玉」
「ありがとうございます」

けれど、こんなちょっとしたお遊びでも、上手くいったら上機嫌になる。
そんなところに可愛らしさを覚えつつ、五円玉を放り投げた。



「トレーナーさんは何をお祈りしました?」
「いつも通りだよ。スズカは?」
「私も、いつも通りです」

これもまた、いつも通りのやり取り。
具体的に何をお祈りしたか、教えたことは一度もない。
それでも、なんとなく。
お互いに何を祈ったかは、分かっている。

「けど、あのやり方で叶うかどうか」
「大丈夫ですよ。きっと」

玄関を出て手を繋いでから、俺の左手とスズカの右手は、ずっと繋ぎっぱなしである。
つまり、参拝の最中もお互い片手が塞がっているわけで。
お参りの基本的な作法とされる二礼二拍手一礼。
その拍手を、お互いの空いた手をぶつけての「ぱふ、ぽふ」で済ませているのである。

「……ま。神頼みが通じなくても、そうなるように頑張ればいいか」
「はい。今年も頑張りましょう」

「今年もよろしく」と言うかのように、繋いだ手をぎゅっと握られて。
俺もそれに答えるように、ぎゅっと手を握り返す。

静まり返った帰り道。
耳に届くのは除夜の鐘と、お互いの息遣い。

耳が痛くなるような寒さの中でも、孤独はこれっぽっちも感じない。
繋いだ手のぬくもりと、愛しい人の笑顔が傍にあるから。

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新戸 2022/12/18 19:12

ウマ娘:ネコと和解せよ

トレーナー室が、猫に乗っ取られてしまった。

ことの始まりはある秋の日。
風が肌寒くなってきたタイミングで降った雨は、激しさこそなかったものの冬の到来を予感させるには十分なほどに冷たくて。

「トレーナーさん、ちょっとこの子たち避難させてあげてくれませんか?」

そう言って、スカイが何匹かの猫をトレーナー室に連れ込んできたのだ。
その中には俺にも見覚えのある、スカイと遊んでいた猫もいて。

「わかった。タオルとか暖房は必要か?」
「助かります!」

友達の友達を助ける、という感覚に近いだろうか。
ともあれ、そのような許可を出したわけである。

ファンヒーターの前に並び、その温風を気持ちよさそうに浴びる猫たち。
動物嫌いでもなければ心和む情景だろう。
俺もその例に漏れず、仕事の合間にそちらを見ては癒やされたものだ。



──時に。
庇を貸して母屋を取られる、という言葉がある。
一部を貸したら全部を奪われてしまったという、要するに『恩を仇で返される』なヤツだ。
あんな感じの事態が、トレーナー室で発生した。

少し考えれば分かることだが、秋から冬にかけて気温は日々低下していく。
外で暮らす猫たちには厳しい季節だ。
スカイの友達である地域猫にとってもそれは同じで。
故に猫たちは、温風を求めてトレーナー室にやってきた。

『もうすぐ使うだろうし、いちいち仕舞っておくのもなあ』

そう思い、出したままにしていたファンヒーターの前に陣取り、稼働させよと視線で圧をかけられ。
ファンヒーターの前から離れる猫がいたかと思えば、トイレのためにドアを開けるように要求され。
その猫がトイレを済ませて戻ってくるまで、木枯らしを浴びながらドアの前で待機することになり。

「あははー……あの子たち、来ちゃいましたか」

授業を終えてやってきたスカイから、苦笑いと謝罪を受け取ることとなったのである。

「えっと。冬の間、あの子たちをここに置かせてもらっても構いませんか?」

必要なものは、ちゃんと私が揃えますから──。
スカイにそうお願いされては、首を横には振れなかった。
(飼育の許可自体は、理事長に伺いを立てたら秒でもらえた)



その後はまたたく間に、トレーナー室がキャットナイズされていった。
そんな言葉は多分ないが、そう言うほかない。

まず猫用のエサとエサ皿、それからトイレ。
冬が来て、暖房を切って帰っても寒さに震えずに済むようにそれぞれの寝床。
ファンヒーター前に敷くためのラグ。
室内でも運動できるよう、キャットタワーやおもちゃなどなど。

まあ、元々物がそこまで多くない部屋だったから別に問題はないし、猫たちも妙にわきまえているというか……こちらが息抜きをしている時にしか、ちょっかいを出してこない。
腕やキーボードの上に居座ることもなければ、書類や棚には近寄りもしない。
どうやらスカイが言い聞かせた言葉を理解して、ちゃんと守っているらしいのだ。
だから猫がいる、それ自体は別に構わない……のだが。


「あ、またソファで寝て……もうそろそろ肌寒い時期だろうに、まったく」

そんなことを呟きながら、ソファでお昼寝するスカイに毛布を掛けてやったところ。
体をよじ登り、頭の上に陣取った猫に、額をしこたま猫パンチされるという暴力沙汰が発生したのである。
解せぬ。

その後も、コタツを引っ張り出して休憩用のスペースを設けた時。
スカイの隣以外の辺を猫たちに占拠されたので、コタツを諦めてソファに座ろうとしたら、ズボンを咥えて引っ張られ、スカイの隣にお邪魔することになったり。

バレンタインデー。
俺にチョコを渡して走り去ったスカイが、猫に追い回されパンチされたり。

春を過ぎても、当然のように居座り続けてたり……と。


そう。
猫たちにとってトレーナー室は、すでに我が家も同然となっていたのだ。



十年二十年とトレーナーを続けていく気概は、ある。
だからこの部屋に居座り続けること自体は難しくはない……と、思う。

しかし、猫たちの世話をしているのはスカイだ。
現役を退いた後、猫たちを実家に連れ帰るかも知れないし、里親を探す手だってある。
手を出してくることもあるが、基本的には利口な猫たちだ。
もらわれた先でも上手くやっていけるだろう。

だが、果たして俺は。
猫たちも、スカイさえもいなくなったトレーナー室に、耐えられるのだろうか?
「トレーナー室、まこと広うなり申した」とこぼさずにいられるのだろうか?

すでに憂鬱だ。
心まで猫たちに乗っ取られてしまった。
そして、ため息なんて吐いていたからだろうか。
スカイにも、猫たちにさえも心配そうな目で見られてしまった。

「トレーナーさん、何か心配事でもあるんですか?」
「心配事というか何というか……」

濁してうやむやにしても良かった。
だが、それは不義理だ。
スカイの悩みに、心のうちに踏み込んだこともある。
だったら俺自身も、胸襟を開くべきだろう。

「実は、かくかくしかじか」

……心の内を語るのは、些か気恥ずかしいものがあったが、快いものでもあった。
悩みを話し、共有することで、心が軽くなったからだろう。
そして一通りの話を聞き届けたスカイは、俺の悩みに対し、こんな提案をしてくれた。

「だったら、引退後は私が近くに家を用意しますから、トレーナーさんも一緒にこの子たちと暮らす、なんてどうです?」
「え。すごいありがたいけど……プロポーズだと思っていいの? それ」
「……」


猫たちとスカイに、しこたまパンチされてしまった。



──ともあれ。
トレーナー室は猫たちに乗っ取られてしまったが。
これからはもっと気楽に、もっと楽しく過ごせそうな気がしたのだった。

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新戸 2022/12/03 03:01

ウマ娘:グラスワンダーの独占力

最近、グラスに後をつけられている。

顔見知りの子たちに、グラスと一緒にトレーニングしてくれるように頼んだり、
その関係で話をするようになったり、ちょっとしたアドバイスをしたりと、
担当契約を結んだトレーナーとウマ娘ほど緊密ではないにせよ、
合えば挨拶をする程度には、親しくなるだけの機会はあったわけで。

知人である以上、何か悩んでいるようだったり、人手が必要そうだったなら、
スケジュールに問題がなければ、手を貸すのは当たり前のことだろう。

が、ウマ娘的には……というよりも、グラス的には、
俺が担当外の子たちにお節介をする様は、少々思うところがあるようで。

「──それで、スイープさんに何故あのような言葉を?」
「そうしたら、グラスのスピードを上げるヒントが掴めそうな気がしたから……かな?」
「……はあ。いえ、確かにタメにはなりました。そこは合っています。ですがトレーナーさん、あの場面で走って逃げようなどとけしかけるのは──」

俺が顔見知りの子たちと話をすると。
決まってその後、このようにしてグラスとお話するのがお決まりとなってしまった。

──そう。
俺はグラスに、後をつけられているのだ。



「俺ってそんなに信用ないんですかねぇ……」
「あー、あはは……」

週末の居酒屋。
グランドライブ関連で縁を持ったライトハローさんに、ついつい管を巻く。

彼女が俺と同世代であったこと。
かつてレースを走り、しかし今は競技者ではないこと。
そして学園関係者ではない、友人であったこと。
それらが俺の口を軽くしていたのだろう。

学生であるウマ娘に愚痴るなんてのは論外だし、
トレーナー間の繋がりに、友情はあれどもライバルであることに変わりはなく。
理事長や、その秘書であるたづなさんに相談するなんてのは論外も論外。

その点、ライトハローさんは同世代で話しやすいし、雰囲気も柔らかい。
それに活躍こそしなかったらしいが、かつて競技者であった経験から
ウマ娘視点での考えや思いを予想してももらえるのだ。

もちろん、それはあくまでライトハローさんの考えであり、
今回で言えば「グラスが何故俺を付け回すのか」を正確に言い当てるものではないかもしれないが、

「でも、グラスちゃんの気持ちもわかります」
「そうなんですか?」
「はい。だって、担当トレーナーさんにもっと自分を見て欲しいって思うのは、誰でもそうだと思いますから」
「──」

「たとえばの話ですけど」と断ってから、ライトハローさんが言葉を続ける。

グラスが俺以外のトレーナーと親しげに話していたら、気になるのでは?
それでグラスが何らかのアドバイスを受け、走りに変化が起きた場合は?
そんなトレーナーとグラスが、俺の知らないところで楽しげにしていたら?

「うぐぐ……。正直に言うとキモいと思われるかも知れませんけど……妬きますね」
「ですよね。トレーナーとウマ娘だと少し立場が違いますから、単純に逆転させるのも正確ではないですけど。でも、結局はそういうことだと思います」

……そうか、そうだよなあ。
良かれと思ってあれこれお節介を焼いてたけど、そう言われてしまうとぐうの音もでない。

「担当以外の子とは、あまり話とかしない方がいいんですかね……?」
「いえ、余計なお節介だと言われてないなら、続けた方がいいと思います。担当の居ない子も、学園にはたくさんいますから」
「それは、確かに」
「なのでトレーナーさんがすべきことは、ちゃんとグラスちゃんに話を通すことです」
「それは、今から誰それと話をしてくるぞー、みたいな?」
「いえ! これからもいろんな子にお節介をするだろうけど、俺の一番はお前だ! とグラスちゃんに言ってあげることです!」

ダン、と机をジョッキで叩き、顔を赤らめたライトハローさんが言う。
どう見ても酔っ払いの発言だが……一理ある。
少々小っ恥ずかしいが、それでグラスとの関係が円滑になり、
後をつけまわされなくなるかも知れないのなら、試してみる価値はあるだろう。

「今日はありがとうございました、ライトハローさん」
「いえいえ、どういたしまして」

かくして、週末の飲み会で悩みも解決。
月曜にでもアドバイスを実行しようと心に決めて、帰宅した。



そうして迎えた、月曜日。

「グラス! 俺はこれからもこれまでのように、いろんな子にお節介をすると思う!」
「急にどうしたんですか?」
「でも俺の一番はグラス、お前だ! だから安心してくれ!」
「……平熱ですね」

額に手を当て、熱を測られた。
確かに俺らしくはない行動だけども。だけども。

「誰かに、何か言われたんですか?」
「言われたというか……実はこの間の金曜日に、ライトハローさんにアドバイスを」
「正座」
「えっ」
「そこに正座してください、トレーナーさん。その話、詳しく聞かせてもらいます」

どうしてこうなった。



……その後、グラスに一連の流れを話したことで理解を得られ、
「後をつけまわすのは、もうやめにします」と言ってもらえた。

で。
代わりに、ぶらぶらと歩き回る時は常にグラスが隣にいるようになった。
思い描いていた解決の形とはいささか異なるが……
閃きをすぐさまグラスに伝えられるし、まあ、これはこれでいいか!

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