追憶 -魔法ヒロインの敗北-
その日はよく晴れた土曜日で、家族で街へお出かけしていました。秋も深まり動きやすい気温だったことも手伝って、ぼくは大はしゃぎ。
気が付いた時には皆とはぐれて一人ぼっちになっていて、途端に心細くなったぼくは、人目も憚らずにわんわんと泣いてしまいました。
「どうしたの、ぼく? 迷子になっちゃった?」
透き通るような声に顔をあげると、そこには青と桃色の衣装に身を包んだ二人のお姉さんがいました。
マジピンクとマジブルーだ! 街に現れる怪物から皆を守っている、憧れの存在。テレビ越しにしか見たことのなかったその姿に、ぼくは驚いて固まってしまいました。
「お姉さんたちが来たからにはもう大丈夫! ほら笑って笑って♪」
マジピンクのお姉さんが明るい口調で励ましてくれて、ぼくの涙は一瞬で引っ込んでいきました。
するとマジピンクのお姉さんは優しく頭を撫でてくれて、ふわっと香る甘い匂いが胸をドキドキさせます。
『ククク、ガキと戯れているところ悪いが……俺の相手もして貰おうか、マジレンジャー』
けれどそこに突如、地の底から響くような恐ろしい声が響きました。
「冥獣……! いつもヤなタイミングで現れるんだから!」
「ぼく、危ないから離れて!」
二人はすぐさま反応して立ち上がりました。鮮やかな色のマントがふわりと風になびきます。
その瞬間、優しい二人のお姉さんは、戦う正義のヒロインになっていました。
怪物との間に張り詰めたような緊張感が広がって、さっきまで泣いていたのに、ぼくは声の一つも出せないまま立ち尽くすことしか出来ません。
怪物はそんな事もお構いなしに襲いかかってきます。迎え撃つように、マジピンクとマジブルーも駆け出しました。
二人の活躍が、目の前で見られるだなんて! クラスのみんなに自慢できるぞ!
正義のヒロインの華麗な活躍を期待して、思わず胸が昂ります。
けれど……
「きゃああああぁ!?」
怪物は突然、目に見えない速さで距離を詰めて、鋭利な爪でマジブルーのお姉さんの胸を引き裂きました。
白い火花が吹き出して、マジブルーのお姉さんは吹き飛ばされてしまいます。
「麗ちゃん! この……ッ」
マジピンクのお姉さんは右手に持ったスティックを構えて、何か呪文を唱えようとします。
すごい! この目で魔法が見られる! そう思った瞬間、怪物の口から凄い勢いの熱線が放たれました。
「ああぁあああぁぁッ!!」
マジピンクのお姉さんはそれを思い切り浴びせられて、大きな悲鳴を上げました。
ダメージを受けた二人は、転がるように同じ場所で倒れます。
あの怪物、すごく強い……!
逃げなくちゃ、という思考は、何故か行動になりませんでした。怖くて動けないから、体が言うことを聞かないんだと思いました。
『どうした? 休んでいいと誰が言った』
怪物は倒れている二人に近付くと、その首を無造作に掴んで、身体ごと持ち上げてしまいました。
「あうぅ……っ……ん……ぐ、ぅ……」
「く、ぁ……離しな、さ……ぁ、あぁ……」
怪物の凄まじい力に、お姉さんたちは抵抗も出来ずに首を絞め上げられてしまいます。ギリ、ギリ、という不吉な音が、二人の苦しみを表現しているかのようです。
真っ白なタイツに包まれた足を暴れさせながら、お姉さん達の抵抗の力が、少しずつ弱まっていきます。
マジピンクとマジブルーが、負けちゃう……?
目の前で繰り広げられるあり得ない光景に、僕の心臓はドクンドクンと強く脈打ちました。
怪物は苦しむお姉さんたちの姿を舐め回すように眺めたあと、唸るような声で告げました。
『ククク……喰らえ』
その瞬間、何かが弾けるような激しい音が辺りに響き渡り……
『きゃあああああぁあああぁぁ……!?』
それは電撃でした。ぼくの目にも、めちゃくちゃに走る赤い光がハッキリと見える程の、強力な電撃。
お姉さん達は宙に浮いた手足を振り回しながら、すごい悲鳴を上げます。
まるで流し込まれた邪悪なエネルギーが、体を突き破って外へ出ようとするみたいに、体中から火花が飛び散って……。
「んぅ……ッ、く、ぅ……! ううぅ……!」
しばらくして、マジピンクのお姉さんは悲鳴を押し殺すようにして耐えながら、怪物の腕を掴んで必死の抵抗を試みます。
「ああぁあっ! くッ、んぁ! やあぁあああぁ……!」
マジブルーのお姉さんは電撃に弱いみたいで、どんどんと悲鳴が激しくなっていきます。あの透き通るようなキレイな声は、苦痛に歪んでも尚、とても美しいままでした。
憧れのヒロインが、目の前で敵に苦しめられている……。鼓動の音が、うるさいくらいに大きさを増していきます。
最初にお姉さんたちに声をかけられた時のドキドキとは違う、でも何かが同じなような、得体の知れない感情。
それを飲み込めないでいる間に、怪物はお姉さんたちを乱暴に投げ飛ばしました。
「んッ……く、うぅ……!!」
ダメージのあまりの大きさに、お姉さんたちは立ち上がることも出来ないまま、荒く肩を上下させています。
「はぁ……はぁ……はぁ…… な、なんて……強さなの……」
人も散って静けさに包まれた街で、お姉さんたちの苦しげな息遣いがはっきりと聞こえました。
「ん、うっ……ぼく、早く、逃げて……」
まだ立ち尽くしているぼくに気が付いたマジピンクのお姉さんが、息も絶え絶えにそう促します。
けれどぼくの足は、磁石でくっついたみたいに地面から離れなくなっていました。
『フン、他人を心配している場合か?』
怪物は先ほどの位置から動かないまま、おもむろに両腕を広げます。
何か、攻撃がくる……! ぼくの心は新しい期待に弾みます。
……あれ? 期待?
突然、お姉さんたちの倒れている地面が妖しく輝きました。直視できるほど柔らかい、紫色の光。
ぼくがその美しさに見惚れていると、お姉さんたちは激しく苦しみだしたのです。
「あううぅう……!? なッ……これ、は……!?」
マジピンクのお姉さんは背を仰け反らせて驚愕の声を上げます。
なんだかその体から放たれる淡い光が、地面へと吸い込まれていくのを微かに感じました。
「魔力が……!! く、ァ……吸われ、て……!!」
マジブルーのお姉さんは弱々しく体をよじらせながら、少しでも苦しみから逃れようと抵抗を試みます。
けれど魔力が吸われていく勢いはどんどんと上がっていき、それに比例して二人の無駄な抵抗は弱まっていきました。
「んあぁああぁ……! だ、め……やめ、なさ……!」
「ぃや、ぁ……く、うううぅ……ん……ッ」
ぼくは悶え苦しむお姉さんたちの後ろ姿を眺めながら、いつの間にか、あの怪物を応援していることに気が付きました。
あんなにお姉さんたちを大好きだったのに、どうして……。
「んッ…… ぁ、はッ……」
「いゃ、ぁ……」
お姉さんたちの悲鳴は消え入りそうなほど小さくなっていきます。
マジピンクとマジブルーが、負ける……。その光景をぼくは固唾を飲んで見守っていました。
怪物の攻撃が休まることはなく、二人はそのまま前のめりに崩れ落ち、気を失ってしまいました……。
『……小僧』
その様をうっとりと眺めていると、怪物がぼくを呼びました。
『俺様の闇の魔法にアテられないとは、なかなか素質があるようだな……お前に芽生えた闇の心に免じて、今回は見逃してやろう』
素質……というのはどういう意味なのか、ぼくの中に芽生えたこの感情が一体何というのか、答えも聞けないまま、怪物は不気味に笑いながら地面へ沈むように消えていきました。
あとに残されたのは、ぼくと、完膚なきまでに叩きのめされた正義のヒロインだけでした。
「んっ…… ぁ…… ゃ、あ……」
「きゃ……ッ ぁ、ん……」
手も足も出ないまま怪物に敗北したマジピンクとマジブルーは、守ろうとしたぼくの前で完全に気を失っています。
めくれ上がったスカートから、白いタイツに包まれたお尻が覗き、微かな喘ぎ声に呼応するように、びくっ、びくんっ、と痙攣を繰り返して……。
ぼくはそんな二人の無様な姿を、他のマジレンジャーが助けに現れるまでの間、ずっと眺めていたのでした。